毛糸の編み物
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/05 23:25



■オープニング本文

 賑やかなる神楽の都。冷え込む冬の季節になっても街の活気は変わらなかった。
 ただできることならば暖かくして過ごしたいもの。
 夏の間に準備を重ねて本日街の片隅に新たな店が開く。その名は毛糸の編み物専門店『ぽかぽか屋』である。
「今日からがんばるぞー!」
 女性店主の奈々は張り切っていた。
 店内の棚には様々な色や太さの羊やもふらさまの毛糸が豊富に並ぶ。かぎ針や編み棒などの道具も充実していた。
 さらに店内には編み物をするための卓や椅子が用意されている。編み物に疲れたらお手頃な価格でお茶や珈琲、紅茶も楽しめた。
 そして一週間が経過。
「は〜っ‥‥」
 早朝起きたばかりの奈々がため息を吐いて顔を青ざめさせる。客の入りが悪すぎて連日閑古鳥が鳴き続けたからだ。
 売り上げが悪くても一年は頑張るつもりだったが、ここまで酷いと先に心が折れそうになる。気持ちを奮い立たせようとしても、つい悪いことばかり考えてしまった。
(「店の立地はよくはないけど悪くもない。品揃えは豊富だし、店の内も外も綺麗に掃除しているから大丈夫。対応の笑顔も忘れていないし‥‥やっぱり宣伝が足りないのかな?」)
 困り果てた奈々が友人に相談すると開拓者ギルドの存在を教えてくれる。
「そうなの?」
 奈々も知っていたが荒事の解決専門組織だと勘違いをしていた。
 さっそく開拓者ギルドを訪ねて手続きを済ませる。十日間の手伝いと店の宣伝をお願いするのであった。


■参加者一覧
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
シルフィリア・オーク(ib0350
32歳・女・騎
七塚 はふり(ic0500
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463
14歳・女・騎


■リプレイ本文

●ぽかぽか屋
「‥‥へっくし。泰に居たから忘れていたけど、天儀はすっかり冬なのであります」
 七塚 はふり(ic0500)は久しぶりの天儀の空気に身体を震えさせる。
 ここは神楽の都。
 依頼に参加した一同は開拓者ギルドで時間を潰し、夜が明けてから毛糸の編み物専門店『ぽかぽか屋』へと向かう。
 ぽかぽか屋の建物は大通りから少し外れた場所にあった。
「とりあえず入る前にちぇっシていくとして‥‥一応看板はあるけど、小さいわよねぇ。それに木が邪魔で通り道から見えづらいし」
 御陰 桜(ib0271)は愛犬の桃と雪夜を連れながら周囲を見回す。
 跳んだり屈んだりしたのは気づきにくい欠点があるのではないかと考えてのことだ。その意味での問題点は見つからなかった。
「看板が見えにくいのは別にして店そのものはよい感じなのに、どうしてお客さんが来ないんでしょうね。こんにちは、依頼を受けた開拓者一同です〜。あ、おはようがよかったかな?」
 ノエミ・フィオレラ(ic1463)が扉を開いてゆっくりと店内に入る。
「折角いいムードのお店なのに、お客さんが入ってくれないんじゃ困っちゃうものね。なかなか、いい感じなのにねぇ」
 シルフィリア・オーク(ib0350)が店内の様子をつぶさに観察した。
 多種多様な毛糸は綺麗に整頓されて見やすく棚に収まっている。
 販売も行われている店主お手製であろう毛糸製のセーターやマフラーは素晴らしい出来だ。値段はそれなりにするものの、素人でもその価値がわかるほど手の込んだものが多かった。
「お待ちしていました。この店の主人の奈々と申します」
 依頼人の奈々が店の奥から現れる。
「御陰 桜よ、ヨロシクね♪」
 御陰桜と一緒に愛犬たちも挨拶。桃が『わん』と小さく吠えてペコリと頭を下げる。雪夜は『あんっ♪』と吠えながら尻尾を振った。
「桃と雪夜もヨロシクって♪」
「かわいいわんちゃんですね♪」
 奈々は屈んで犬二頭を撫でた。どうやら犬好きのようである。
「初めまして奈々殿、こちらは人妖のてまりといいます。口やかましい奴でありますが、ひとつよろしくなのであります」
 七塚は胸元で抱きかかえる人妖・てまりを奈々に紹介した。
『手編みの冬服がもらえるって聞いたわ!』
「自分で作りやがれであります」
 七塚は代わって奈々に謝りつつ、てまりに棒編みを覚えさせて欲しいと頼んだ。もちろんと奈々は引き受けてくれる。
「ここでゆっくりと休んでいてくださいね。遠くに行くときは連れて行きますから」
 ノエミは連れてきた駿龍・BLを表の扉前から裏庭へと移動させた。
 奈々は編み物をするための椅子に開拓者達を座らせると紅茶や珈琲を淹れる。改めて依頼の内容を伝えて店が繁盛するようにお願いした。
「空いた時間は是非、編み物をしてください。材料も自由に使って構いません。そういう方々が店内にいればお客様も入りやすくなると思うんです」
 奈々の好意は受けるとして肝心なのはどうやって人を集めるかである。
「看板をどうにかした方がよさそうね。それと今触れられたけど、編み物シてる姿が見えたら興味を抱くヒトも多いんじゃないかしら♪」
 御陰桜の案には一つ問題が。窓を開放すると風が吹き込んでとても寒い。この店の窓には飛空船のような高価な板硝子や水晶は填まっていなかった。
「いわれてみればその通りね。うーんと、少し配置を変えればどうかしら?」
 幸いなことに店内の暖炉の近くには窓が存在した。
 暖炉の間近なら少しぐらい風が入ってきても凍えることはないだろう。そこに卓と椅子を移動すればなんとかなりそうである。
 次に案を話したのはシルフィリアだ。
「看板以外にもこちらがあったらいいと思ってね」
 シルフィリアはのぼり旗を使うことを提案する。看板が何とかなれば持ち運んで自らが活用するつもりでいた。
「それに編み物の見本を作ろうかな。小鈴やウサギのぬいぐるみをね。他にもあるけどまずはそこからがいいかも」
「お手伝いできることがあればいってください」
 シルフィリアは奈々にウインクを決める。
 次に案を提示したのは七塚だ。
「手書きのビラを作るであります。編み物専門店『ぽかぽか屋』と屋号を大きくいれ、港や開拓者ギルドからのおおまかな地図と品揃えの一覧を添えるであります」
 七塚は道すがらで買ってきた筆と紙の束を取りだす。
「ビラなら私も! あの、私もそうですけど編み物が未体験で、やり方がわからない人が多いのでは? 編み物体験教室はどうでしょうか?」
 ノエミは木版画を作るための木版と彫刻刀を用意してきた。
「あたしも賛成よ。初めてだと編めるかどうか不安に思うヒトも多いだろうから、『編み方を教えます』とか『編み物教室やってます』みたいなコトは大切よ。売った後のあふた〜けあがしっかりシてれば、りぴ〜た〜の獲得にもつながるしね♪」
 御陰桜も編み物教室が必要だと考えていた一人である。
「そうですね――」
 奈々は悩んだものの、試しに無料編み物教室を開くことにする。ビラにはその旨も書き加えられることだろう。
 ビラの意匠や文章全体は七塚が担当。ノエミはそれを木版画に起こす。他にも策はあったが、まず手を付けられるところから始められた。

●ビラ作成
 七塚はさっそくビラの図案作成に取りかかった。
「これが見出しであります。版画なので絵的に仕上げてみたのであります」
「わかりました。がんばりますよ、泰大学芸術学科の学生の名にかけて!」
 三十分後、七塚が描いた「編み物専門店『ぽかぽか屋』」のロゴをノエミが受け取る。
 重ねる版は三枚。一版目が見出し。二版目が地図。三版目が文章である。三版目を交換すれば別内容のビラ作りにも転用も可能だ。
 地図は後回しにして七塚は先に文章を考える。
「港と開拓者ギルドからの経路を確認するのであります」
 一時間後、文章を完成させた七塚は街中へと出かけた。
 参考用の神楽の都地図は入手済みだが、念のため自分の足で辿ってみる。地図に記されていない行き止まりや工事中の道があるかも知れないからだ。
「は、反転した文字って結構難しいです‥‥。こ、こんな感じかな?」
 木炭で書いた紙を木版に押し当てて裏側から強くこする。薄らと写るので掠れた部分を修正してから本格的に彫り始めた。ここからが根気との戦いである。
 ぽかぽか屋に戻ってきた七塚は難しい顔の二人を目の当たりにした。
 一人は版画彫りに集中するノエミ。そして鉤針で悪戦苦闘中の人妖・てまりである。特にてまりは普段からのジト目をさらにジト目にしていた。
「地図は自分が彫りましょうか?」
「その方が早く刷れそうですし‥‥、お願いしますね」
 ノエミは一版目の見出しを完成させている。細かな文字を彫らなければならない三版目はまだ始まったばかりだ。
「難しいのであります」
 七塚は地図に修正を加えた上で反転絵を写して二版目を彫り始める。版のすべてが完成したのは初日の深夜であった。

●前準備
「これだけでは少し寂しいし、編み物屋らしい特徴が欲しいからね」
 シルフィリアは持ち込んだのぼり旗に細工をした。細めの毛糸を使って刺繍を施したのである。
「これで優しい感じになったかな?」
『シルフィリアお姉ちゃん、すごい』
 シルフィリアが仕上がったばかりののぼり旗を両手で広げると、人妖・小鈴が頷きながら笑顔を浮かべた。
 曇り空なので雨が降っても大丈夫なように出入り口付近の庇があるところへ設置。後で持ち歩くが今は店の看板代わりとして立てておく。
 ちなみにこれと同等の品をシルフィリアは帰り際に奈々から贈られる。ありがとうの言葉と共に。
「これもついでにね♪」
 野外の扉に柊のリースを取りつけた。それからしばらくは店奥で編み物だ。
「両腕を挙げてくれる?」
 シルフィリアが編みかけのセーターを小鈴の身体に当てて大きさを確かめる。
 以前にも編んだことがあるので編み方は頭の中にあった。編み目の数を修正しながら毛糸を編んでいく。
「こういうのもかわいいですね♪」
 奈々は人妖・てまりに鉤針を教えつつ自らも編んでいた。シルフィリアから借りたうさぎのぬいぐるみに合ったセーターとマフラーを完成させる。
 七塚に編んでいるふりさえしていれば巧拙は二の次といわれていたてまりだが、それでは満足できない。自身のセーターを完成させようと頑張っていた。

●宙舞う愛犬たち
「よいシょっと」
 御陰桜は一部の棚を外し、そこへ編み物用の卓と椅子を移動させる。
「ここなら窓を開けていても大丈夫そうね。換気もしなければいけないし、丁度よさそだわ♪」
 試しに椅子に座ってみると通りを歩く街の人々が眺められた。
 後は棚を空いた場所へ設置して商品を並べ直す。次に店の正面に取りつけられた看板の問題を解消すべく外へ。
「看板はどうシようかシらね‥‥」
 御陰桜がのぼり旗を立ててくれたので誤魔化せてはいる。かといって折角の看板が台無しなのは勿体なかった。
「看板を移動させるか、それとも樹木の枝を少し整理するか、どちらかしかないわね」
 店内に戻り、奈々の意見を聞くと樹木を何とかして欲しいと頼まれた。設置して間もない看板をいじるのは心苦しいようだ。懐の問題もある。
 樹木はぽかぽか屋の敷地内に生えているので、枝を刈っても誰に文句をいわれる筋合いはなかった。
 再び外に出た御陰桜は愛犬二頭を連れていた。
「さて、折角だから桃と雪夜にガンバってもらおうかシらね♪」
 愛犬二頭が刃を口に銜えて飛び跳ねる。幹を蹴って枝の上に登りつつ、御陰桜の指示通りに枝葉を伐っていく。
「あれ?」
 奈々が少し遅れて外に出てみるともう枝葉の伐採は終了している。邪魔な枝がなくなって、通りの位置から看板が見えやすくなっていた。

●ビラ配り
 二日目の午前中、七塚とノエミはビラを刷りまくる。
 裏の準備室は乾燥中の紙があちらこちらに。すぐにも配布したいところだが乾燥させなくてはならなかった。
 そこで二人はしばし他の作業を行う。
「白いセーターとか一式編みたいんです」
 ノエミは奈々に編み物を習うことにした。
「これを完成品をお借りしてもよろしいですか。奈々殿」
 七塚は店内の飾り付けを始める。
「様になっているのであります」
『わたしがちょっとだけ本気になればこんなもんよ♪』
 七塚は窓際に座る人妖・てまりのすぐ側にセーターを飾った。透かし編みの完成品であり、これを編んでいるといった演出のためだ。
 てまりが動かす鉤針の動きはお世辞抜きにそれなりになっている。態度と言動が少々気になった七塚は飾り付けが終わると自ら鉤針を手にした。
「これがいっていたものに一番近い図面かな」
「助かるであります」
 奈々に世話してもらってさっそく編み始める。
(「図面通りにやれば‥‥」)
 七塚はこの言葉を三十分の間に二十一回、心の中で繰り返して呟く。
「‥‥ビラが乾いたはずなので、配りに行って来るであります」
 ぱっと立ち上がった七塚は毛糸を引っ張ってすべてを解いてしまう。
「私もここの一列が終わったらそうさせてもらいます」
 ノエミに見送られた七塚が向かった先は港である。
「珍しいもふら毛製もあるのでありますよ」
 道行く観光客に声をかけてビラを渡す。中には商人や武家らしき姿もある。
「編み物屋? 毛糸の玉を買ってもどうしようもないし」
「完成品も飾ってあるのであります。ご家族のクリスマスプレゼントとして買ってあげたら喜ぶのであります。今なら店頭で人妖が編み物をしているので行けばすぐわかるでありますよ」
 説明しながら勧めてみると何人かはよい感じにビラを受け取ってくれる。
(「全部編み上げるには結構時間がかかりそうですね」)
 七塚が出て行ってから三十分後、ノエミは白い息を吐きながら繁華街に到着する。
 首に巻いているニットマフラーやニット手袋は奈々から借りた物だ。滞在中に少しずつ自分で編んだものに変えていくつもりである。
「ぽかぽか屋には冬に温かい毛糸の服も展示販売されています。クリスマスプレゼントに如何ですか? とても暖かいですよ♪」
「そのマフラー、もしかしてお店のもの? 少しみせてもらえるかしら」
 女性は食いつきが早かった。一人がノエミに声をかけてマフラーを眺めると、いつの間にか人だかりになる。
「どうぞ。ぽかぽか屋です!」
 ノエミはビラを配り終わる。すべてなくなったので早めに戻り、七塚と一緒に明日の分のビラを刷りあげた。

●御陰桜とシルフィリアの宣伝
 二日目午後過ぎ、御陰桜とシルフィリアは暖炉近くの椅子に腰かけて編み物をしていた。
 同じく暖炉がある窓際では人妖・てまりが鉤針で実演中。
 人妖・小鈴はシルフィリアに編んでもらったばかりのセーターを着て店内の整理を手伝う。
「いらっしゃいませ♪」
 奈々はぼちぼちと来店する客に対応する。
「‥‥もう一度挑戦しようかしら。わんこ達、待っていてね♪」
 御陰桜は愛犬二頭をモデルにしたあみぐるみを編み終わった。しかし満足がいくできではない。未練が残らないようどちらも一気に解いてやり直す。
「ふう‥‥」
 シルフィリアはてまりに珈琲を頼んで休憩をとる。この店ではこうしたサービスも行っていると来店した客達に宣伝するために。
 客数が増えてきたところで席を空けるためにもシルフィリアと御陰桜は宣伝しに出かけた。二人とも宣伝のために展示物で着飾った姿て。
 シルフィリアが大通り沿いの立ち話しやすい空き地にのぼり旗を立てる。
「あら、かわいいわね」
 セーターを着た小鈴も人集めに一役買ってくれた。やがてシルフィリアはぽかぽか屋の口上を披露する。
「大切な人へのクリスマスプレゼントに、温かな毛糸製品は如何? 一編み一編み心を籠めて、手作りの一品を作って贈るもよし。大切なあの人を思って、暖かな品を選んでも良し。
 ぽかぽか屋では、店内で編み物を行うこともできるから、編み物に不安がある方も安心して編み物が出来ること。疲れた時は、一寸お茶も出来る素敵なお店――」
 シルフィリアが着ていた数々の編み物に集まった人々の視線が集まる。やはり宣伝が足りなかっただけなのだと思いながらシルフィリアは口上を続けた。
 御陰桜はセーター姿で愛犬二頭を連れて広場を散歩した。
 二頭も奈々が即席で編んでくれたベストを着ている。わずかな時間で編んだとは思えない珠玉の出来映えだ。
「あら、かわいいわんちゃんね。こちらのベスト、貴女が編んだの?」
「あたしは今挑戦中なの。あみぐるみだけとね♪ ぽかぽか屋って毛糸とか売ってるお店が出来てね、編み物が出来るすぺ〜すもあって教えて貰いながら作れるの。これは店主が編んだものよ♪」
 動物好きの人は特に二頭が羽織っていたベストが気になる様子。あみぐるみが完成したら愛犬に似合いそうなマフラーでも編もうかと御陰桜は考えるのであった。

●そして編み物教室
 日々、宣伝と編み物の日々が続いた。
「やった。全部完成です!」
 ノエミが頑張ってきた自作ニット一式が完成。それは白いセーター、ニットスカートに猫耳付きのニット帽である。さらに手袋とマフラーも。
 自分のだけではなく駿龍・BL用として巨大なニットベストも編み上げた。水色と黄色の縞模様である。
「力作ですねー」
「小さい頃読んだ本にこういう柄の龍が出てきたんです♪ では♪」
 BLに跨がったノエミは奈々に見送られて宣伝に出かける。寒空を飛んでも暖かなニットで震えることはなかった。
(「常春様は可愛いのも似合うと思うんです‥‥」)
 実はもう一式、こっそりと編んでいるものがある。
 それは猫耳ニット帽、ベスト、猫尻尾付ショートパンツ、肉球手袋・靴下。期間内には編み上がることはないが、依頼後に頑張ればクリスマスまでには間に合うだろう。
「長くすればよいのであります」
 人妖・てまりに負けじと七塚はマフラーを編み続けた。単色から始めて二日から三日にマフラー一本を完成させる。
「成長の跡がまざまざとわかるでありますね」
 前回と今回のマフラーを見比べて七塚が呟く。
 前回のマフラーを解いて毛糸に戻し、次に挑戦。滞在の間に差し色の入った緑色のマフラーを編み上げようとする。それはぎりぎりで達成した。
 ちなみにてまりは実演がてら自分専用のセーターを完成させる。奈々の教え方がよかったようだ。
「これは会心のできね。ほら、見てみて♪」
 御陰桜は完成したばかりのあみぐるみを掌に乗せて愛犬二頭の鼻先へと近づける。桃と雪夜は小さく吠えて喜びを表す。
 滞在の最後になるとかなりの来客があったので、てまりを除いた全員は店の奥で編み物に興じる。
 忙しいときには交代で奈々を手伝う。編み物の質問などの客対応は奈々が行い、梱包や会計、飲み物の給仕を開拓者一行が担う。
「明日の編み物教室、予約は一杯だね。立ち見もでそうだしさ」
 日が暮れてからの片付けの際、シルフィリアが奈々に声をかける。
「あんなに閑古鳥が鳴いていたのに‥‥」
 シルフィリアに頷いた奈々は屈んで人妖・小鈴に微笑んだ。シルフィリアお手製のセーターがよく似合う。近くの棚に飾ってあったうさぎのぬいぐるみの編み物一式もシルフィリアが作ったものだ。
 やがて依頼滞在の最終日。
 ぽかぽか屋の店内では無料編み物教室が開かれた。臨時に増やした席も満員で立ち見がでるほどの盛況ぶりで幕を閉じる。
 閉店後、奈々は開拓者達に金一封を手渡しながら感謝した。
「ありがとうございます。これで自信がつきました。売り物の展示品も大分減っちゃったから頑張らないと。もう少し忙しくなったら人を雇わなくてはならないかも。様子見しますけれどね♪」
 奈々に見送られながら開拓者一行は帰路に就いた。
 神楽の都に住む者達はそのまま住処へ。特別許可を得ている者達は精霊門を使って住処の土地へと帰っていく。
 滞在の間に編んだ品々を大切に持ち帰る開拓者一行であった。