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■オープニング本文 数年前まで理穴国の東部は魔の森に覆われていた。 二体の大アヤカシの討伐によってすべての呪縛は形骸化する。但し、残された森の焼き払いは必要でありすべての大地が元に戻ったとは言い難かった。さらに自然が完全再生するには時間がかかることだろう。 それでも地道に整備が行われる。成果の一つが遠野村の有志達が行った乳牛の導入である。 夏には荒れた大地でも雑草が芽吹く。それを乳牛に食べさせれば牛乳が得られた。 生の牛乳は腐りやすいので売れる量はわずかだが、チーズに加工すれば長持ちさせられる。 チーズはジルベリアから伝わった料理に多く使われていたが、その中でも『ピザ』は一番といえた。希儀に残された文献にもピザのレシピは存在しているらしい。 遠野村は単にチーズの販売だけでなく自ら行動を起こす。それは理穴奏生での『遠野村印のピザ屋』の開店である。 奏生では現在『豊穣感謝祭』の真っ最中。この時期の道の両脇には夏から秋にかけて得られた収穫物を売る露天や屋台が並ぶ。 遠野村印のピザ屋は店舗として改造した一軒家だが豊穣感謝祭の最中にある。この機会を逃す手はなかった。 「ほ、本当に手伝うつもり、いえ、手伝ってもらえるのですか?」 遠野村出身の青年店長『雁助』は設営中の店内で大声をあげる。 繁盛するであろう開店の前後数日だけの手伝いを募集していたのだが、やって来たのが理穴国の女王『儀弐重音』だったからだ。 「正体は明かしませんのでご心配なく。琴爪の名で通させて頂きます。遠野村のために何か出来ることがあればと考えてましたので‥‥ちょうどよい機会です」 淡々と話す儀弐王に雁助は当惑した。 「お兄ちゃ‥‥いえ店長、こちらの方も使って欲しいそうで」 どうしようかと悩んでいると雁助の妹『みゆき』が次の手伝い希望者を連れてくる。 「あれ? どこかで‥‥」 雁助はその女性にも見覚えがあった。 「大雪加香織と申します。普段は理穴ギルド長をしています。そちらの方は‥‥やはり重音殿。考えていたことは同じようですね」 「この商売のあり方で理穴の未来は大きく変わるでしょう。各地に暖簾分けしたピザ屋が開店すれば回り回って東の整備にも弾みがつくはずですから」 二人の会話を聞いた雁助が間違いないと呟く。目眩が襲って椅子からずり落ちる。 断るわけにもいかず二人とも希望した数日間だけ雇うことにした。変装は必須という条件で。足りない手伝いは開拓者ギルドに依頼することとなる。 (「ここの長が手伝ってくれるなんて‥‥妙な話だな」) 翌日、雁助は理穴の開拓者ギルドで依頼の手続きを済ませるのであった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●琴爪と菫 精霊門を通じて理穴奏生を訪れた開拓者一行は一旦解散した。調査と食材購入を兼ねて各自で豊穣感謝祭を巡回するからである。 集合場所は依頼先の『遠野村印のピザ屋』。 最初にやって来たのは翼妖精・ネージュを肩に乗せた羅喉丸(ia0347)。店内に足を踏み入れた瞬間、自分の眼を疑う。 「え、大雪‥‥」 舞踏会での告白以降、羅喉丸は大雪加のことが頭から離れなかった。 「ここでは菫でお願いしますね」 ついに幻まで視るようになったのかと戸惑いつつ話しかけると本物で安心する。 次に現れたのは礼野 真夢紀(ia1144)とオートマトン・しらさぎ。 「あー琴爪さん、お久しぶりですぅ。こちらで出会えるなんて。以前満腹屋さんでお会いした方ですよね」 「覚えています。礼野真夢紀さんでしたよね」 礼野としらさぎは琴爪との再会を喜び合う。そして琴爪から菫を紹介された。 (「話しぶりからして菫さんって、以前から琴爪さんとお知り合いみたいですね」) 菫について少し気になった礼野だが深く追求はしなかった。 来店三組目の十野間 月与(ib0343)と上級からくり・睡蓮は店内の妙な雰囲気を感じ取る。 「琴爪と申します」 「菫です」 別の名で挨拶する儀弐王と大雪加。 「こちらこそ♪」 以前から二人をよく知る月与はすぐに理解した。おそらくお忍びでこの店にいるのだろうと。 「開拓者のリィムナだよ。よろしくね〜♪ ‥‥あれ?」 勢いよく扉を開けて店内に現れたリィムナ・ピサレット(ib5201)もすぐに勘づいた。 「あのね――」 『そうします』 リィムナは連れの人妖・エイルアードに耳打ちする。二人を琴爪と菫の名で呼ぶよう言い聞かせておく。 羽喰 琥珀(ib3263)は店の前で会ったみゆきに案内してもらい、嵐龍・菫青を裏庭の厩舎で休ませる。それからみゆきと一緒に裏口から店内に入った。 「あ、琴爪。炭酸水の時ぶりー。いーとこのお嬢様っぽかったけど、店の手伝いすんだ?」 「羽喰さんお久しぶりです。正月は何かと入り用ですので」 「またまたー。美味しいものに目ざといからなー」 「ばれましたか」 羽喰琥珀と琴爪は軽口と冗談を言い合う。 『あれ、大雪‥‥むぐぐっ』 最後に来店した神座早紀(ib6735)は同行の上級からくり・月詠の口を急いで塞ぐ。仲間の何人かが口元でしーっと人差し指を立てていたからだ。 後々で聞くと御用聞きに来ていた仕入れ業者に琴爪と菫の正体を知られたくなかったらしい。 「私が店長の雁助です。そして副店長の妹、みゆきになります――」 雁助の口から改めて手伝ってもらいたい仕事の説明が行われる。 宣伝に必要な材料、試作料理用の食材などは豊穣感謝祭で購入済み。さっそく一同は準備に取りかかった。 ●宣伝 「カニで有名な遠野村の店だって分かれば客も安心して来ると思うんだー」 羽喰琥珀は雁助から遠野村にとって象徴的なものを聞きだした。 「そうですね――」 雁助があげたのは毛ガニ、精霊の湖底姫、放牧牛といったところである。羽喰琥珀はそれらを組み合わせて図案を描き上げた。 「時間ないし小冊子は無理ぽいなー。チラシにするか」 それからピザ知らない人に向けた食べ方指南や遠野村の紹介を纏めたチラシの文章を考える。 嵐龍・菫青に跨がった羽喰琥珀は版画職人の元へ。完成は明日の夕方以降になるが、たくさんのチラシを刷ってもらうのであった。 ●揚げピザ 大きなまな板の上で小麦粉が練られていく。神座早紀と菫はピザ生地『ドゥ』を作っていた。 「菫さん、お上手ですね」 「先日店長に教えてもらったばかりでして」 できるのはこのぐらいと菫は謙遜しつつドゥを仕上げる。 翼妖精・ネージュは離れた作業台でチーズを削ぐ。からくり・月詠はズンドウで毛ガニを茹でている最中だ。 途中でドゥ作りを菫に任せた神座早紀はピザそのものを作り始める。 「小分けにしたドゥで具を包み込みこんで‥‥」 ドゥにピザソースを塗ってチーズやハムをのせていく。 「こちらも準備が整ったぞ」 羅喉丸は深鍋を満たす油の熱さを菜箸で確かめた。 「折角の豊穣感謝祭だ。通りすがる野外の人達の前でピザを作れば、いい客引きになるだろう」 「食べ歩きにもちょうどいいと思います」 羅喉丸が半月状に折ったピザを油の中へ静かに投入。パチパチと弾ける音が食欲を誘う。 「すげーいい匂いがするよなー」 版画職人のところから戻ってきた羽喰琥珀が顔をだす。その場の全員で揚げピザの味を確かめた。 月詠が半分に割った揚げピザをネージュにあげて一緒に食べる。 「うまいな。いいできだ。だがチーズのクセが少し強すぎるような」 「冷めてくると人によっては気になるかも知れませんね」 羅喉丸と菫が揚げピザの感想を伸べ合う。 「菫青で飛ぶと速いんだけど寒いんだよなー。熱くてうめぇ〜♪」 羽喰琥珀は揚げピザを小振りにしてその分値段を低めにして欲しいと神座早紀に頼んだ。そのことは羅喉丸にも伝えられる。 「揚げビザの改良は羅喉丸さんと菫さんにお任せしますね」 「任された。何種類もチーズやハムがあるからな。色々な組み合わせを試してみるつもりだ」 神座早紀は月詠と一緒に茹で上がった毛ガニから身を取りだす。 ピザの材料として使うのはカニの身だけではない。殻もだ。殻は石窯のオーブンで焼かれる。 「毛ガニの殻にはカニミソもついていますし。これを砕いてアメリケーヌを作って、ピザソースに――」 玉葱やセロリなどの香味野菜に大蒜の欠片を加えたオーリブオイルで炒る。 焼いた殻は別の頑丈な鍋へ。炒めながら木べらでがしがしと砕いていく。調理酒には白葡萄酒を使う。トマトや炒めた香味野菜を混ぜ、水分を足して布で濾す。その際、スリコギで殻や野菜のエキスを搾り取るようにする。 神座早紀はこのアメリケーヌを使ってカニピザ専用のピザソースを完成させた。 羽喰琥珀は女性や子供向けのピザを創作する。 「甘党って聞いたし、色々食べてそーな琴爪は試食係にピッタリだよな」 ピザ生地にカッテージチーズを塗り、薄切りの林檎を載せてさらに粉末状の樹糖を表面に塗す。葡萄も散らして石釜で焼く。林檎に焼き色がついたら完成である。 もう一種類はピザ生地にクリームチーズとカスタードクリームを塗り、マシュマロと一房ずつに分けた蜜柑をのせて焼く。こちらはマシュマロに焼き色が付くまでだ。 「仕上げにどちらにも蜂蜜をかけてっと‥‥」 完成に合わせて琴爪を呼んで試食してもらう。 「美味しいです。このように繊細な甘味ピザを羽喰さんが作られるなんて」 「ひどいこというなー。でも誉めてくれたからうれしいぜ!」 羽喰琥珀も一緒にピザを頂く。作業台に並んでいた五人前のピザは一欠片も残さずに二人の胃袋へと収まるのであった。 ●ピザいろいろ 礼野と月与は店内掃除を手伝ってから試食ピザ作りを始める。 『ピザ、つくるの。がんばる』 からくり系のしらさぎと睡蓮が協力して生地を練り上げた。その間に礼野と月与は具を準備する。 「月与さんはどんなピザを作るつもりですの?」 「お魚が苦手な人もいるだろうから前に『ボーノ』で作った『ネギ餅ピザ』を作ろうかなって」 ボーノとは以前に月与と礼野が手伝った朱藩安州にあるピザ屋だ。 遠野村印のピザ屋は各国での支店展開を考えているとのことなので、安州はどうなのか雁助に訊いてみた。するとボーノの存在は琴爪から報されていたようだ。 「大苦戦をするだろうから、ボーノがある安州への出店は止めた方がいいと釘を刺されまして。背後にミナなる手強い人物がいるからだとか‥‥どんな方なのかお二人はご存じです?」 冷や汗をかきつつ雁助への返答に困る月与と礼野である。 「今回は半分に折って食べ歩きもできるようにしようかなって」 「それならボーノのとき他の方がアイデア出したカルツォーネの方が良くないですか?」 二人で相談して食べ歩きのピザの案を煮詰めていく。半分に折っただけだとチーズが零れてしまうのでカルツォーネのように包み込む形にした。 「希儀産オリーブオイルは焼き上がりの香り付けにっと♪」 月与が包丁を振るう。主な食材は白髪葱と刻み海苔。薄い皮が融けた餅とチーズを包み込んでいる。鰹節と醤油で味付けされた天儀風ピザの完成だ。 普通のネギ餅ピザは店内で味わえる。他にもチーズ本来の美味さを前面に押しだした数種類のチーズとハーブのピザも完成させた。 『このピザ、たくさんたべてもらう』 礼野と月与が試食する側でしらさぎと睡蓮も数々のピザを味わう。 「香りと味の両立が素晴らしいですね」 「こちらのピザはほっとする味がします」 厨房を通りすがった琴爪と菫にも食べてもらった。琴爪はハーフピザ、菫はネギ餅ピザを気に入ったようだ。 (「チーズを売りたいなら、フォンデュも手の一つだと思うんだけどなぁ。話してみようかな」) 礼野は後で雁助に提案してみようとフォンデュの準備も整えつつ試作ピザを作った。 今回は林檎を使ったピザにチーズを使う。さらに蜂蜜をかけて甘味としての完成度を上げる。加えて香りが薄い茸と肉を使った豪快なピザも作った。 林檎の方は偶然にも羽喰琥珀と似たピザに仕上がったが味の方向性は違う。 「お兄ちゃん、フォンデュ美味しいよ。こっちのピザは甘くてほっぺたとろけそう♪」 みゆきは蜂蜜掛けの焼き林檎ピザ、雁助は豪快肉ピザを気に入ってくれる。 礼野がフォンデュを話題にすると、もっと寒くなってから出すつもりらしい。 それならばと礼野はレジュメを残しておく。チーズ入りのライスコロッケや揚げ春巻きの作り方も認められるのであった。 ●牛の活用 リィムナは琴爪や菫を手伝う。 人妖・エイルアードと一緒に買い物へと出かけたり店の周囲を掃除。それらの雑務をこなしてから琴爪と一緒に創作ピザを作った。 「遠野村ではチーズの他に魚介類とお米がとれるんだね♪」 「はい。特に毛ガニについては市場で高値が付くほどです」 仲間達が使っていたので石窯の熱は充分である。食材は全部揃っているので後は調理するだけだ。 「まずはお餅とチーズをのせた、もちチーズピザ♪」 石窯に入れて数分の後にピザが完成。リィムナ、琴爪、エイルアードで頂く。 次はもちチョコピザである。 「どう? 儀‥‥琴爪さんは甘いの好きだよね♪ 樹糖を使ったのも作ってみたんだ♪」 「美味しいです。この甘味がなんともいえません‥‥」 普段から表情の変わらない琴爪だが、リィムナはどこか引っかかる。 (「あ、そうか。チーズを使って欲しいからのピザ屋さんだもんね。でもこのピザにチーズを使うと美味しくなくなっちゃうだろうし‥‥」) 察したまではいいものの、かといっていきなりの変更は難しかった。リィムナは腕を組んで考える。エイルアードが心配そうにリィムナを見つめ続けた。 「そっか。この手があった♪ 琴爪さん、もう一度作るから食べてね♪」 作り直したもちチョコピザの形は以前のまま。但し、香りは全く違った。 「なるほどです。チーズは使わないままですが、代わりにバターを足したのですね」 「そうだよ♪ もちとチョコ、どっちにもバターは合うからね♪」 バターなら牛乳を使用しているので、琴爪がこの店を応援する考えからは外れないはずである。たっぷりバターのおかげで味はまろやかになっていた。 「どんどん作るよ〜♪」 もちチーズにタラコと明太子をそれぞれ加えた、もちタラコ、もち明太ピザが完成。さらに魚市場で手に入れたトラフグを使ったフグピザもできあがる。 「あ、エイル?」 頑張って試食していたエイルアードが降参した。 (「あれ? あたしが勧めていたから琴爪さんが一番食べているはずなのに‥‥」) 自分の倍は食べているはずの琴爪は平気な顔。驚愕したリィムナは今日はここでお開きにする。 「えっと‥‥琴爪さん、明日も試食につき合ってくれる?」 「喜んで。どれもとても美味しかったですよ。ごちそうさま」 翌日、リィムナは乾物や燻製を具としたピザを数多く作る。バカリャウと呼ばれる干鱈、ソーセージ、アンチョビを使ったものだ。 「パリパリした食感で美味しいよ♪」 稀に小麦粉が口にできない人もいた。そういう人達のためにライスペーパーを使ったピザも考案する。もちろん普通の人が食べても美味しい。 ピザの試作に店内の掃除や飾り付け、宣伝活動に時が過ぎていく。そして開店の当日を迎えるのであった。 ●開店初日 遠野村印のピザ屋の玄関横。店看板の下に用意されたのは油鍋を置くための七輪と料理を並べる卓である。 「さぁさぁジルベリア伝来の遠野村印のピザだよー。においをかぐより実際食ってみな。一発でピザのトリコになっちまうぜー」 羽喰琥珀が遠野村を示す図案が描かれた看板を片手に呼び込みを行う。 彼を含めて野外にいる全員は月与が用意した『虹色もふらセーター』と『キルティングスタッフ』を着ていた。これで寒空の下でも防寒はばっちりである。 呼び込みと調理のにおいに誘われて通行人達が足を止めた。遠巻きから野外販売の様子を窺う。 「チーズたっぷりの揚げピザ、美味いよ!」 羅喉丸が熱せられた鉄鍋の油の中から揚げたてのピザを取りだす。 「それ一つ、もらえるかい?」 一人の通行人の購入を決めると堰を切ったように行列ができあがる。 『はい。こちらになります。ありがとう御座いました』 接客は翼妖精・ネージュの役割だ。客から注文を聞いてお金を受け取り、包んだ揚げピザを手渡す。 「ネージュはこういうことができて助かるよ」 羅喉丸とネージュが忙しくしていると菫が助けに入った。 「揚げピザ用のものです。厨房で作ってきました」 「菫さん、と、とても助かります」 菫が加わったおかげで野外販売での品数を増やすことができるようになる。 「これでよしっと。行列伸びてきたし、俺は整理札を配ろうかな」 羽喰琥珀は一時的に呼び込みをやめて行列整理に力を注ぐ。 客から石窯を必要とする注文が入ると、菫が指の合図で窓越しの月与か礼野とやり取りをする。数分後、半月状のカルツォーネ型ピザが窓の隙間から渡された。 店内の客も徐々に増えていった。 控え室にいた神座早紀はからくり・月詠と正面で向かい合う。 「く・れ・ぐ・れ・も笑顔で女らしい言葉使いを心がけるようにね。大丈夫、貴方ならできます!」 そういってから客室へと送りだす。 月与が貸してくれたヘッドドレス姿の月詠は、まるでジルベリアのメイドのようだ。 同じくからくり系のしらさぎと睡蓮もフリルやリボンが可愛いヘッドドレス姿で給仕をしていた。 『い、いらっしゃいませ』 神座早紀は柱の裏から客室を窺い、月詠の様子を確かめてから厨房に移動する。 昨晩の下拵えでピザソースやドゥは準備済み。礼野と協力したおかげで氷霊結による保冷も万全である。 「琴爪さんのエプロン姿、とても新鮮です」 「菫さんにこれをと勧められまして」 桃色に染められた琴爪のエプロン姿は女性の神座早紀が眺めても眩しすぎた。これで微笑まれたら大抵の男性は堕ちるだろう。 実際、雁助が琴爪の姿に固まってしまった。みゆきに小突かれて正気を取り戻した次第である。 (「湖底姫さん、円平さん、遠野村の皆さん頑張ってますよ」) 神座早紀はカニピザ用ソースを仕上げながら、東の遠方で暮らしている親しい二人を思う。 「神座さん、毛ガニのピザ大好評です。奏生の噂になってくれるかも♪」 会計を担当していたみゆきが厨房へ立ち寄った際、神座早紀に話しかける。カニの風味が客達を驚かしているらしい。 「はい。お支払いはこちらになります」 厨房にいた月与は途中でみゆきと交代して会計を行う。厨房のときはキルティングスタッフに袖を通していたが、客前では可愛いヘッドドレス姿で接客する。 月与はピザが完成する際に睡蓮を通じて、ある仕掛けを施していた。 客の要望次第でピザが焼き上がるまでの時間、睡蓮に『カラクリ目覚まし』でジルベリア地方の歌を唄わせていたのである。 ピザの焼き上がり時間は事前に計測していた。歌い終わる頃、給仕のからくり達が熱々のピザを卓へと届ける。 「まゆは小さいから接客には適しませんの。だから月与さんに任せて厨房を頑張りますの」 礼野は割烹着姿にたすき掛け。広げたドゥの上に手際よく具を並べていく。 「ハーフピザ二枚。もちチョコピザバター風味二枚、完成です」 琴爪は大きなしゃもじのような道具を石窯に突っ込んでピザを焼いていった。 「お願いしますの」 「お渡しすればよろしいのですね」 礼野が雁助の許可を得たチーズ入りライスコロッケの下拵えも終わる。窓越しに菫を介して羅喉丸に手渡された。後は油で揚げてもらえれば完成である。 「ここからはもっと早く作るからね♪」 『ちょ、チョコを急いで刻むね』 リィムナと人妖・エイルアードはものすごい勢いで動き回った。 「バカリャウのピザ一枚、それにアンチョビピザ二枚です。ソーセージはこれから焼きますね」 琴爪も負けず劣らず、石窯の前で大きなしゃもじを振るう。 昼の二時を過ぎるとさすがに落ち着いてきた。持ち場を交代しつつ、何人かは休憩に入る。 「せっかく雁助さんから許可もらったしね〜♪ それにあたしも躍りたいし♪ エイル、行くよ〜♪」 『ま、まって〜』 リィムナとエイルアードは急いで食事を済ませると豊穣感謝祭の中央広場へと向かう。 「よし♪」 リィムナが『ラ・オブリ・アビス』で『ものすごいもふら』に大変身。『バイラオーラ』で踊りの素養を高め、さらに『ナディエ』で普段以上の跳躍力も備える。 「あのもふら、すごいぞ」 リィムナが化けたもふらの大曲芸は人々の視線を集めだす。樹木の頂まで一気に跳んだりして縦横無尽に駆け回った。 『次は高速回転縄跳びをします』 エイルアードは技を解説しながらチラシを配る。リィムナのもふらも区切りのよいところで一緒に手渡した。 「遠野村印のピザ屋をよろしくもふ〜♪」 身体を動かしたリィムナは疲れるどころかより元気に。休憩後も笑顔でピザを作り続けるのであった。 ●去り際に 開店からさらに数日が経過し、手伝いの期間が終了した。 「みなさんのおかげでお客様の心をがっちり掴むことができました」 「ありがとうございます」 別れ際、雁助とみゆきが頭を下げて一同に感謝する。給金も少し上乗せしてくれたようだ。 (「何もなかったか。真面目に依頼に打ち込んでいたからな」) 肩を落として歩く羅喉丸を大雪加が呼び止める。 「あの‥‥ギルド長の職を辞めるつもりはありません。私の生きがいなので‥‥その‥‥でも‥‥私でよろしければ、お付き合いからでよろしければ‥‥それでは嫌でしょうか?」 羅喉丸は男が廃らぬように冷静を装う。だが心臓は鼓動で高鳴っていた。 「嫌なものか。好きだ、つき合ってくれ。世の中が平和になって、好きな人ができたときに渡せればと思って買っておいたものがあるんだ。喜んでくれるかな」 このときはもうすぐ精霊門の開門時間だったので二人はすぐに別れる。後日、手紙でやり取りしてデートの日取りが決まったことだろう。 開拓者仲間に冷やかされた帰り道の羅喉丸だが、心はとても暖かであった。まるで揚げピザを食べていたときのように。 |