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■オープニング本文 泰大学は迫る大学祭の準備で大わらわの状況だ。 学生達の成果を披露する場として十一月三日から六日の間に開催される。各々が目指す将来に向けて腕を競い合う。 それだけではなかった。当日には気の知れた仲間同士による様々な催しも行われる。 すでに敷地内の道には多くの屋台が並ぶ。歌唱大会や演劇などの時間と場所を示す告知板がそこかしこで目立つ。 そのような状況下、一つの告知板に多くの人々が群がっていた。 「これあの人、私を誘ってくれないかな‥‥♪」 「え、もしかしてあの人って?!」 目立つように朱色の大文字で記されていたのは泰国では滅多に聞いたことがない『舞踏会の開催』について。最終の六日夜に行われると宣伝されていた。 いくつか注意事項も書かれてある。 舞踏会にはジルベリア風の服装を纏い、基本二人一組で参加。演奏に合わせて優雅に躍るという趣向だ。 服飾に関わる学生達が作った正装の貸し出しが行われる。自前の一式があればそれが一番。この日のために練習を積んできたジルベリア楽器演奏の前評判も高い。 舞踏会の開催は遅い時間で宵の口の七時から深夜零時までのようだ。 参加条件は特になし。外部からの見学者、当然ながら泰大学の学生、どちらも参加可能である。 注目度が非常に高く、わざわざ舞踏会のためだけに泰大学を訪れる参加者もいるらしい。 大学祭は盛況のうちに六日目となる。 日が暮れようとする頃にはかなりの人数が舞踏会の会場に足を運びだす。 まもなく泰大学祭舞踏会の始まりであった。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / パラーリア・ゲラー(ia9712) / ルンルン・パムポップン(ib0234) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / 神座真紀(ib6579) / 神座早紀(ib6735) / 七塚 はふり(ic0500) / ノエミ・フィオレラ(ic1463) |
■リプレイ本文 ●泰大学祭最終日 普段は講堂として使われる空間が泰国の将来を担う学生達によって舞踏会場に仕上げられた。 飾り付けから参加者に提供される衣装など、どれも珠玉の出来映えだと学生達の間では評判である。 噂は学内だけに留まらず、舞踏会目当てで泰大学祭へ足を運ぶ一般参加者も多かった。 談笑の場は別にして基本二人で躍って親交を深める。別の目的を見いだしている参加者もいた。華麗な踊りや素晴らしい音楽の鑑賞。そして美味しい料理を味わおうと。 夜の帳がおりた頃に澄んだ演奏が流れだす。舞踏会の始まりであった。 ●泰拳士と仮面の女性 広間中央で演奏に合わせて躍る人々。外縁で飲食や談笑を楽しむ参加者達。羅喉丸(ia0347)は壁沿いに一周して全員の顔を確かめた後で一つの卓に落ち着いた。 (「ここからすぐにわかるはずだ」) その卓は入場扉がよく見える位置である。新規の参加者はすべてここを通るはず。ちなみに入場と出場は別々に用意されていた。 酒は今のところ控えて給仕が運んできてくれた紅茶を飲んで時間を潰す。 (「有名な舞踏会と聞いて、もしかしてと思ったのだが‥‥」) 羅喉丸には探し人がいた。 彼女は理穴奏生の開拓者ギルドにいる。その気になれば会えるのだが、それでは意味がなかった。仕事中に私事を割り込ませるのは無粋だと考えていからである。また彼女もそうであろうと。 (「いつから心惹かれていたのだろうか‥‥」) 思いだしてみると酒を酌み交わしたときかも知れない。関わった遠野村の暗雲が晴れてあまりの嬉しさに二人で思いっきり呑んで騒いだ。 あれは普段物静かな彼女の別の一面を覗いた瞬間だった。 一時間が過ぎさり、やがて二時間が経過する。 葡萄酒の瓶に手が伸びたものの、引っ込めて我慢した。やけ酒をするにはまだ早い。舞踏会が終わってからでも遅くなかった。 (「あの背格好は‥‥」) ふと入場扉に振り向いた羅喉丸は釘付けとなる。 煌めくドレス姿にマスカレードマスクをつけていたが間違いなく大雪加香織だ。理穴ギルド長ではない普段の彼女がそこにいた。 連れはいなかった。誰かが横に並ぶ前にと羅喉丸は卓を離れて彼女に近づく。 「俺と躍ってくれませんか?」 羅喉丸が差しだした手に大雪加が添える。二人は広間の中央に歩んで踊りだす。 (「この日のために踊りの練習をしてきてよかった」) いろいろと考えてしまう羅喉丸だが、それよりも目の前に大雪加がいることが何より喜ばしかった。 一曲踊った後に卓で談笑する。そして二度目の踊りの際に羅喉丸は告白した。 「上手い言葉でもでてきたらよかったんだがな。好きだ、大雪加さん。ずっと以前からだ」 飾り気のない想いを込めて。 それからしばらく大雪加は俯いて口を開かなかった。振られたかと羅喉丸が思い始めたときに彼女が顔をあげる。 「あの‥‥どう答えてよいのかわかりませんで。あの‥‥少しだけ時間をください。近くにお返事の機会は必ず作りますので」 仮面のせいで大雪加の表情は窺えない。ただ声には戸惑いが混じっている。脈がありそうでなさそうで、羅喉丸には判断がつかなかった。 羅喉丸と二曲目を躍った大雪加は広間から去っていくのであった。 ●困り姫と竜 竜哉(ia8037)は午後三時頃から舞踏会の広間へと足を運んだ。 自分自身の慣らしついでに踊り慣れていない参加者の練習相手でもしようかと考えていたからである。どちらが優先だったかは竜哉の心の内にあるのみだ。 (「結構な数がいるな。それだけ期待されている舞踏会ということか」) 設営の大学関係者だけでなく、明らかに舞踏会の参加者の姿が見受けられた。整った衣装を眺めれば区別は容易かった。 料理はまだ並んでいなかったが飲み物についてはいくらか提供されている。竜哉は近くを通り過ぎる給仕から果汁の飲み物をもらって口につけた。 (「あれは‥‥?」) 一人で踊りの練習している小さな女の子が眼に入る。気になって近づいてみるとはっきりと誰なのかわかった。マスカレードマスクこそつけていたが間違いなく綾姫である。 「姫も来ていたのだな」 「‥‥竜哉殿か。お忍びなのでわらわの正体は内緒で頼むぞよ」 綾姫が右手の人差し指を口元で立てる。 「そういえば前に踊りがどうのといっていたな。習っていたのを思いだしたと聞いたが」 「どうも不安でのう〜。こうやって仮想の相手と躍ってみたのじゃが、今一というところじゃ」 竜哉が胸元まで浮いていた綾姫の手を取る。 「それじゃあ一曲、お相手願えますかね? お嬢さん」 竜哉がステップを踏むと綾姫はついてきた。どうやら身体は覚えているようである。ぎこちなさは少しずつ消えていく。 「無理しないでいいさ。見た目もそこそこでお互いに楽しめればそれでいい。今日の姫は王侯貴族ではないのだろ?」 「そ、そうじゃ。今のわらわは普通の娘じゃからな。うむっ」 余計な力が抜けて動きがよりなめらかになった。もう大丈夫だろうとしばらく流して踊り休憩をとる。 「お〜♪ 苺ジャム入りのミルクなのじゃ♪」 「まだ酔うわけにはいかないからな。俺もそれをもらおう」 再び給仕から飲み物をもらう。水分を補給しながらしばらく雑談を交わした。 「俺は他の人と練習でもしてくるか。それではな」 「竜哉殿よ。助かった、ありがとうなのじゃ♪」 竜哉が元気よく遠ざかっていく綾姫の背中を見守る。 (「しっかし、社交界のように陰謀策謀の関係ないダンスも久々か。こういったのがもっと増えてくれればいいのだがね」) 竜哉は踊りを楽しんでいる人々の顔を眺めながら心の中で呟いた。 ●白き紳士と朱色の姫君 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は葡萄酒を片手に舞踏会の雰囲気を味わう。胸元には赤い薔薇。白いスーツとマントを纏いつつ。 今宵の美しい花達は誰もが素晴らしい。蝶となって躍る相手を探していたところ、一人の少女に目が留まる。 (「おや‥‥? 成程、お忍びという訳だね♪ ボクも倣うとしよう」) 朱色のマスカレードマスクで顔を隠していたものの、フランヴェルには誰なのかすぐにわかった。 朱色のドレスを身に纏う小柄な姫君が背を伸ばして卓上の料理を取ろうとしている。フランヴェルは蝶を象った白いマスカレードマスクをつけて少女に近づく。 「こちらでよろしいですか?」 フランヴェルは大皿から苺が使われた菓子を小皿にとって朱色の姫君に差しだす。 「お、御主はフ‥‥なんでもないぞよ」 朱色の姫君は慌てた様子ながらフランヴェルから小皿を受け取んた。さっそくフォークを使って菓子を頂いた彼女は満面の笑みだ。 「蝶は可憐なる花に惹かれるもの。姫、ボクと踊って頂けませんか?」 朱色の姫君が食べ終わったところでフランヴェルは踊りに誘う。 「うむ。よろしくたのむぞよ、フラ‥‥。いやいや、白き紳士殿よ」 お忍びなのは明かせないようなのでフランヴェルも白き紳士として仮の名で通す。 曲が終わって入れ替えとなる。二人は手を取り合って広間の中央に立ち、演奏に合わせてステップを踏んでいく。 どうやら朱色の姫君は覚えていたようで動きにはよどみがなかった。これならばと練習で教えた通りにやることにした。 「姫、いきますよ」 「うむ」 寄せた瞬間に耳元で囁いてからが本番。ステップに続いてターン。そして抱きついて跳躍し、そのままつま先立ちで高速の連続ターンを決める。 朱色の姫君の服が膨らみ、風によそぐ花びらの如く華麗を振りまく。白き紳士はまるで猫のように着地して朱色の姫君をおろす。 見学者からざわめきが聞こえてきた。 白き紳士と朱色の姫君は互いのマスク越しに微笑みを交わす。 「こちらを」 踊り終わっての別れ際、白き紳士は朱色の姫君に贈る。 「今宵の思い出は格別じゃ」 受け取った朱色の姫君は薔薇の香りをかぐと髪に飾るのであった。 ●謎のご隠居さま、泰へゆく 宵の口から始まった舞踏会の広間はまばゆい光に包まれていた。並ぶ蜜蝋燭と宝珠の輝きが人々の笑顔を照らす。もとい、人ではなく猫もいる。 「ほぉっほほほっ!」 柚乃(ia0638)が『ラ・オブリ・アビス』で真っ白毛色の神仙猫に変化していたのである。翁の白猫は壁際に置かれた調度品の棚上に陣取った。 猫の姿とはいえ衣装には凝っている。燕尾風の上下、頭にはシルクハット、目元では片眼鏡が輝く。 (「自分自身で姿を見れないのが残念っ。あ、光奈さんと鏡子さんがいるし」) 離れた卓で智塚姉妹を発見。ふと悪戯心が騒ぎ、『貴女の声の届く距離』で声をかけてみた。 「あれ? お姉ちゃん、今わたしに話しかけたのです?」 「いいえ、気のせい‥‥。あ、どなたかが私の名前を呼びましたわ」 智塚姉妹がキョロキョロと周囲を見回している。それからも他愛ない悪戯を続けた翁の白猫だ。 それまで姿を消していた、ものすごいもふらの八曜丸が大皿を持って翁の白猫へと近づいてくる。皿に盛られていたのは鯛の塩釜焼き。立食用の卓に並べられた料理はとても美味しそうである。 『おいしいもふ♪』 「八曜丸よ。少しは世間というのがわかってきたようじゃな」 翁の白猫は八曜丸の気遣いを受け取ることにした。 ちなみに昨日、買い食い用に渡した小遣いはすべて使い切ったようだ。それに引け目を感じての行動かも知れないが、そうだとしても嬉しいことに変わりはない。 八曜丸は別にロースト肉を手に入れてご機嫌である。並んでお腹いっぱいに頂きながら舞踏会の雰囲気を楽しんだ。 「あ、もふらだ」 八曜丸を見かけた男の子が駆け寄ってくる。どうやらもふらさま好きのようで抱きついて頭を撫でた。 「わしも混ぜてもらえぬかのう」 「あ、猫だ! ‥‥話せるの?」 高笑いをした後で翁の白猫は男の子に仙人のような猫だと砕いて話す。わかってくれたのはよいのだが、矢継ぎ早に踊りへと誘われてしまう。 「わしか? すまぬのぅ、舞踏は辞退じゃ。代わりに演奏ではどうじゃ?」 翁の白猫はささっと移動して、休んでいた演奏者の一人に相談を持ちかけた。どのような交渉が成立したのか本人達以外知る由もないのだが、とにかく演奏者は了承する。楽団にこっそりと紛れ込みつつ管楽器を演奏し始めた。 「あの猫さん、すごいなあ」 男の子は八曜丸をお膝しながら翁の白猫の演奏を鑑賞する。 (「あ、まずいかも?!」) 真夜中の十二時を示す鐘の音が鳴り響く。そのときちょうど『ラ・オブリ・アビス』が切れて柚乃は翁の白猫から元の姿に戻ってしまう。 「あれ?」 光奈は人混みに紛れる直前の柚乃を目撃した。ただ他人のそら似だとそれ以上気にしなかった。 ●美味しい料理と踊り 泰大学祭の最終日。 礼野 真夢紀(ia1144)とオートマトン・しらさぎは敷地内の道に並ぶ屋台巡りをしていた。 『マユキ、ガッコウいかない?』 「うん、実家との兼ね合いあるからねー。特にこれを学びたい、っていうのもないし。読み書き計算ある程度できるし」 焼き串を食べた後、二人で本場のマーボー豆腐の味を確かめる。山椒がぴりりと辛かった。 辛い味の次は甘そうな栗の菓子。ここぞとばかりに食べ歩きをしていると告知の看板が目に留まる。 「今夜、この辺で舞踏会をやるんだ。お料理もあるみたい」 『これ、いってみたい。マユキといっしょにいったことはあるけど、シラサギおどったことない』 衣装を貸してくれるというので礼野は参加を決めた。さっそく衣装室で学生達がお勧めしてくれる正装に着替えてみる。 (「しらさぎ嬉しそう。帰ったら正装買おうかな」) 礼野は髪型を整えてもらいながら、楽しそうに服を選んでいるしらさぎに目をやった。 日が傾いてきたので会場の広間を訪れてみれば、壁際の立食用の卓には美味しそうな料理が並んでいた。一部は炭火を使って冷めないような工夫までなされている。 『マユキ、ゴハンめあて?』 「そうかも?」 期待以上の料理に礼野は驚きを隠せなかった。歩きながらどれにしようか迷っているうちに肩が誰かの背中に触る。 「すみま‥‥あ、光奈さんに鏡子さん?」 「あ、礼野さんなのですよ。驚きなのです〜♪」 こちらこそ驚きですと礼野は光奈に返す。智塚姉妹も舞踏会の美味しい料理に引きつけられたようだ。 『‥‥ヒカリ、いないの?』 オートマトン・しらさぎが首を傾げながら周囲を見回す。 「ちゃんといますよ〜♪ ほら♪」 光奈が指さした先に、からくり・光はいた。失礼のない範囲で空いている卓を回り味見をしていたのである。 『しらさぎ、いた。びっくり』 『ヒカリ、いっしょにおどる』 しらさぎとヒカリはしばらくお喋りしてから広間の中央にでた。演奏が始まったのと同時にゆっくりと踊る。ぎこちなかったものの、五分もしない間に様になっていく。 「しらさぎちゃん、上手なのですよ〜♪」 「ヒカリさんこそ」 光奈と礼野は五目春巻きを味わいながらしらさぎと光の踊りを眺める。 「光奈さんと礼野さん、こ、これ見てくださる? 美味しそうでしょう!」 鏡子がホールの豪華ケーキを卓へと置いた。泰国産メロンが使われたふんだんに使われている。給仕が運んでいるのを知ってもらってきたのだという。 「お行儀悪いのはわかっていたのですけれど‥‥」 「ちゃんと食べきればよいのです☆」 光奈はさっそくケーキを五つに切り分ける。しらさぎと光が踊りから戻ってきたところで、紅茶や珈琲と一緒に頂くのであった。 ●姉妹の舞踏 「何であたし男装なん?」 衣装室の神座真紀(ib6579)は鏡の前で自分の姿を確かめる。妹の神座早紀(ib6735)に誘われて舞踏会にやって来たのだが、こうなるとは想定していなかった。 「ですから男の人は怖いのです。‥‥姉さんは私がパートナーでは嫌ですか?」 「そんなことあらへんけど‥‥まぁ早紀のいうことも解るけど、ここは苦手を克服するチャンスやん。‥‥まぁええけど」 すでに着替え終わっていた神座早紀は自分のことよりも男装の神座真紀に夢中である。 (「これで姉さんと踊れますね♪」) 神座真紀の支度が整い、二人で廊下を移動する。案内係の学生が入口扉を開くと夜だというのにまばゆい世界が広がっていた。 「ものすごく綺麗です」 「ダンスは大分混んどるようや。空くまで少し待っとこか」 美味しそうなローストビーフを見かけた神座真紀は立食の卓に近寄る。 広間中央の場が混んでいるのは本当なので神座早紀も卓へとついた。但しただ食べるのは姉とは違って甘味。クレープの皮で生クリームと果物を包んだ一品がとても気に入った。 (「んっ? もしかして姫さんやないか?」) 神座真紀はローストビーフを味わいながら見知った人物を見つける。マスカレードマスクのせいで顔はわからなかったが、隣の卓にいる少女は間違いなく綾姫である。 神座真紀と目と目が合った瞬間、綾姫が慌てだす。 「な、内緒じゃ。お忍びなのでばれないように頼むぞよ」 綾姫が神座真紀の腕を引っ張って耳元で囁いた。 「ようわかったから心配せんとき。紹介はええか? 妹の早紀がおるんや」 今度は神座真紀が神座早紀の耳元で囁いた。目の前にいる仮面の少女はこれまでに何度も話してきた綾姫だと。 「あ、この方があの方なのです? 姉さんがいってたように可愛らしい方ですね♪」 「訳あって名乗れんがよろしくなのじゃ♪」 神座早紀は綾姫に食べたばかりの甘味を勧める。料理を話題にしていると中央の場が空いていた。 「それじゃお嬢さん、お手をどうぞ」 神座真紀が手を差し伸べる。 (「カッコ良すぎです。姉さん!」) 神座早紀は顔を赤くしながら手を添えた。 演奏が区切られた段階で二人は広間の中央へ。優雅な曲に合わせて身体を揺らす。 神座真紀に抱き寄せられた瞬間、神座早紀は顔を見上げる。 「私のドレス姿はどうですか?」 「妖精みたいに可愛いで。そないによう似合うとはな」 神座真紀の優しい言葉に神座早紀のステップが早くなる。 (「何や変にテンション上がっとるけどそんな嬉しかったんやろか?」) とはいえ神座真紀にとって動きを合わせるのは造作もない。 (「このまま曲がおわらなければいいのに‥‥」) 神座早紀は永遠の時間を望む。それから三曲ほど踊り続けた神座姉妹であった。 ●壁の花 とろみのタレがついた肉料理をぱくっと食べて口元を動かす。それでも瞼を半分落としたジト目は変わらない。 誰かがここまでの七塚 はふり(ic0500)を観察していたのなら美味しくなかったのだと感想を持つことだろう。しかし彼女は二皿目を頂いた。表面上の機微からは窺えないが料理は気に入った様子である。 (「花より団子であります」) 舞踏会の広間、七塚は立食で料理を楽しみながら参加者達を眺める。 元気なだけあって学生達はすぐにわかった。 外来の参加者だと少々推理が必要である。恋人、夫婦、または家族連れ。中には変わった素性の者達も混じっていた。 有名な舞踏会なので王族や有力氏族がお忍びでやって来ていても不思議ではなかった。もっとも権謀術数の魑魅魍魎と化した場にしては軽すぎる。そういったしがらみから開放されているのは間違いないだろう。 「‥‥驚いたのであります」 七塚は次の料理を小皿にとるのをやめて別の卓へと移る。 「あ、七塚さんなのです〜♪」 「こちらの学生さんでしたのね」 向かった卓には満腹屋の智塚姉妹、光奈と鏡子の姿があった。 「光奈殿は踊りに来たのでありますか?」 「それはないのです☆ 料理目当てなのですよ〜♪ 七塚さんは?」 「自分も同じであります。がっつり食べるでありますよ」 「このよくわからない煮物、美味しいですよ。よそってあげますね〜♪」 七塚は智塚姉妹と一緒の時間を過ごす。しばらくしてからお忍びらしき人物に注目してみた。 (「あの先ほどから甘いものをばかり賞味しておられるのはもしかして‥‥」) 顔をマスカレードマスクで隠しているので断言はできないのだが、以前に満腹屋を訪れた琴爪に見えなくてもない。ちなみに琴爪は理穴の女王、儀弐重音にそっくりである。 他にも引っかかる人物が。豪快に食べる様子はただ者ではなかった。 (「あの背の高い殿方はどなたでありましょうか。希儀でお会いした気もするのであります」) 偉い人だったような気もするが中々思いだせなかった。笑うと特徴的な尖頭歯がきらりと輝く。やがて背の高い男性は女性と踊り始める。 ぼうっと眺めているうちに背の高い男性が常春に見えてきた。 (「常春殿が幸せならそれで良いのであります‥‥」) そんなことを考えていると背中から聞き覚えのある声をかけられる。 「ここにいたんだね。はふりさん」 振り向けば常春がそこにいた。 常春は七塚と同じ泰大学芸術学科の学生である。この場にいても不思議ではないが、それを必然と呼ぶか偶然と受け取るかは本人次第だ。 「芸術学科棟の屋上にいってみたんだけどいなくてね。でも見つけられてよかった。そろそろ今の曲が終わる。私と躍りませんか?」 常春の誘いに戸惑った七塚だが差しだされた手に吸い寄せられる。いつの間にか広間の中央に立つ。そこから先は夢うつつの世界が続いた。 「どこまでが本当で、どこからが夢なのでありましょうか‥‥。痛いであります」 翌日、七塚は布団の中で目覚めたときに自分の頬を抓った。 ●オレンジ色の花 大学祭の数日前のこと。常春とパラーリア・ゲラー(ia9712)は芸術寮の庭で踊る。 「こんな感じでいいよね」 「春くん、うまいのにゃ♪」 地面には落ち葉が敷き詰められていた。二人がステップを踏む度に浮き上がって風に吹かれていく。それだけでなく近くの落葉樹から新たな枯れ葉がひらひらと舞い落ちてくる。 色づいた森の紅葉を思いだしながら常春とパラーリアは躍った。 パラーリアのおかげで常春は踊りの勘を取り戻す。 やがて泰大学祭の舞踏会当日となった。 会場となる広間は満員御礼。ドレスなどを貸しだす衣装室も混んでいるようだ。そこでパラーリアは芸術寮の自室で着替えていくことにする。 「これでいいのにゃ♪」 オレンジ色でまとめられたジルベリアのドレスを着て鏡で確認する。外套をまとって会場に向かった。 到着したら外套をとってドレス姿に。外套は一緒にやってきた神仙猫のぬこにゃんが預かってくれる。 (「どこかにゃ?」) パラーリアが探したのは常春である。たくさんの人とすれ違ったものの、中々見つからなかった。見知らぬ男性に誘われることもあったが断って周囲を見回す。 一生懸命に背伸びをしていたところで姿勢を崩す。床が目前まで迫った。 「どうしたの? パラーリアさんが転ぶなんて珍しいよね」 支えて倒れるのを防いでくれたのは常春。パラーリア自身は知る由もないが困り顔から笑顔へと変化する。 「春くん、一緒に躍ろ。躍るのにゃ♪」 「私もそのつもりだよ。パラーリアさん、踊ってくれませんか?」 演奏が一区切りして踊りのカップルが入れ替わる。常春とパラーリアも二人で広間の中央に立つ。 やがて曲が始まる。演奏されたのは一番練習したワルツである。二人の足運びに迷いはなかった。 (「春くんが目の前にいるのにゃ‥‥」) パラーリアは巡り会えたことに感謝しながら常春を見つめる。踊っている間の常春はずっと笑顔であった。一瞬も見逃さないよう、パラーリアは見上げる。 一曲目が終わって二曲目。次は少し激しい曲だが大丈夫。 常春とパラーリアは殆ど言葉を交わさなかった。その代わりにずっと視線を合わせ続ける。 二人のダンスも終わりを迎えた。 「喉、乾いたね。そういえば味付き炭酸水があったよ。飲もうか」 「うんっ♪」 卓へと移動した常春とパラーリアは談笑の時間を過ごすのであった。 ●王子様とお姫様 ルンルン・パムポップン(ib0234)は心臓の高鳴りが収まらぬまま舞踏会が開催される講堂へと足を運んだ。 (「常春さん、どこにいるのかな‥‥」) 常春がこの舞踏会に参加することはルンルンも知っている。芸術寮の食堂で誘い合おうとも約束していた。 ただ乙女は不安なもの。 常春にとってはその場限りの軽い口約束なのではと脳裏を過ぎった。常春はそんな不実ではないと振り払っても、どこからか浮かんできて頭の中を占めていく。 (「大丈夫です。常春さんは絶対に」) ジルベリア風の煌びやかな衣装のルンルンはエントランスで待ち続ける。 窓から見える野外が暗闇に染まっていく。エントランスにいた人々がいつの間にか姿を消した。広間へと移動したのだろう。 やがて会場の広間からダンスの演奏が聞こえてくる。そんなとき野外と繋がる扉が開いた。息を切らしながら常春が現れる。 「ごめん‥‥。遅れたかな」 「いいえ。私も今来たばかりです」 常春が差し伸べた手にルンルンが手を添えた。 (「常春さん、素敵です‥‥。とっても」) そのまま二人で広間へ。ただでさえ高まっていた心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響くいた。繋いだ手を通じて常春に聞こえてしまうのではないかと思うほどに。 演奏が終わって何組かのカップルが広間の中央から去って行く。 「常春さん、王子様みたいでとっても素敵です」 「ありがとう。ルンルンさん、とても綺麗だ」 頬を紅色に染めたルンルンは常春に導かれて舞踏の場へ。時に互いの身体を添うように躍り続けた。 「あっ?」 ルンルンが姿勢を崩して倒れかかるが常春のおかげで持ち直す。 暫しの間、二人は見つめ合った。瞬きほどのはずだがルンルンは永遠を感じる。 「足は平気? 捻挫とかは」 「大丈夫、全然平気です」 心配していた常春の表情が柔らかくなっていく。 常春の息が届く距離に自分がいた。景色のすべてが消える。何もかも白く塗りつぶされてこの場にいるのは二人だけ。 演奏だけが耳に届くものの、それさえ小さく聞こえる。 「私だけの王子様‥‥」 ルンルンは常春の胸の中でそう呟いた。 ●宮廷の貴婦人 ノエミ・フィオレラ(ic1463)はかなり早めの時間から衣装室に籠もっていた。衣装の殆どは自前のものだが着付係に手伝ってもらうためだ。 女性の支度は時間がかかるもの。ましてや舞踏会の貴婦人となればそれ相応の手間が掛かるのは道理。湖面を優雅に泳ぐ白鳥の水面下の水かきの如くコルセットを装着する。 『ドレス「黒薔薇」』に身を包むとアップにした金髪のウィッグをつけた。こうして貴婦人の装いは整っていく。 化粧も普段よりも気合いをいれる。但し、やり過ぎは禁物。 時間が迫ったらハイヒールに履き替えて静々と広間へと足を運んだ。噂に聞いた通り、絢爛の装飾が施された空間が用意されていた。 「なんて素晴らしい」 特に優れていたのは音楽の演奏である。これほどの腕を持つ楽団を抱える貴族は滅多にいない。国中の才能が集まる大学だからこその贅沢といえる。 ノエミが待ち続けたのは東側の一番奥の卓近く。そこが常春と交わした約束の場所であった。 常春は約束の時間に現れる。 「ノエミさん、今宵は私と躍って頂けますか?」 「お待ちしておりました。常春様。喜んで」 常春の申し込みをノエミは受け入れた。約束を守ってくれた常春にノエミは心の中で感謝する。 手を握り和やかに会話をしつつ、曲の演奏が一段落したところで広間中央へと歩みでた。 「今日のノエミさんは違うひとのようだ。どちらが本当のノエミさんかな?」 「それは常春様も‥‥。今宵この時はすべてを忘れましょう。ここにいるのは二人だけ。それで充分です」 演奏が始まって常春とノエミはステップを踏んだ。ゆったりとした動きで淀みなく流れるように。 微笑みを絶やさずに常春へと熱い眼差しを送り続ける。瞳の奥にある熱い恋慕の想いを込めて。 穏やかな演奏にもここぞと盛り上がる瞬間はあった。常春とノエミは互いの半身を重ねる。 その瞬間。 「ジュテーム‥‥常春」 そう呟いたノエミは立ち止まることなく踊り続けた。 長くて短い演奏が終わり、入れ替えの時間となる。 「もう一曲、よろしいでしょうか? ノエミさん」 「はい、常春様‥‥」 ノエミは常春の顔を見上げながら即答する。すべてはこの日のためにあったのかも知れない。そしてこれからも心の中で呟くノエミであった。 ●舞踏会の終わり 真夜中の泰大学に鐘音が響き渡る。夢のひとときは終わりを告げるのであった。 |