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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 朱藩安州は今日も平和。 「乾物、干物、たくさん買ったのですよ♪」 『スルメ、たくさん。お酒の摘まみ?』 昼下がり、智塚光奈はからくり・光を連れて買い物に出かけていた。 「光奈ちゃん、どうか頼む。引き受けてくれ!!」 その帰り道。後ろから追い抜いていった中年男性が振り返りざまに土下座する。 訳がわからなかった光奈だが屈んで土下座男の顔を覗き込んだ。それでようやく知り合いだと気がつく。 「とにかく顔を上げてくださいなのですよ!」 仕方なく近所の甘味屋で話しを聞いてあげることにした。 「実は少し遠くの村で祭りがあるんだけどよ。人の手配が間に合わなくて困っているんだ。屋台を数台出す約束をしているんだが、当てにしていた奴ら全員に断られちまって‥‥」 男性の名は『躍吉』。屋台の元締めを生業としていた。一日いくらかで屋台を貸しだす商売である。 祭りや興行があるとまとめて出店を請け負う。いつものように引き受けたところ、人手が絶対的に足らなくなってしまったらしい。 「屋台はたぁ〜くさんあるんだ。だから後は料理のできる人がいれば‥‥。思いついたのが光奈ちゃん以外いなかったんだよ」 「だからといって突然は困るのですよ。この時期のお店、とても忙しいですし」 「そこを何とか!」 「お姉ちゃんに怒られるのはわたしなのでずよ」 二人のやり取りは長く続いた。 光があんみつを五杯食べ終わった頃にようやく話がまとまる。 屋台から食材までかかる原価はすべて踊吉持ち。そして儲けはすべて光奈が受け取るといった偏った条件だ。 躍吉は大赤字だが背に腹は代えられない。信用の方が大事だと承知した。 断られることを前提で出した条件を呑まれて光奈は面食らうものの約束は約束である。 「わたしはおでんの屋台でもやるのですよ。後の人集めは任せてくださいなのです」 満腹屋に戻った光奈は父親や姉の鏡子に事情を話して承諾してもらう。それから開拓者ギルドで屋台手伝いの募集をかけるのであった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
ウルイバッツァ(ic0233)
25歳・男・騎
ラス・ゲデヒトニス(ic0236)
56歳・男・騎
オリゼー・種小路(ic0237)
17歳・男・騎
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
レイブン(ic1361)
20歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●安州へ 深夜、精霊門を通過して朱藩安州の地を訪れた開拓者一行は満腹屋へと向かう。 「きつい予定なのに参加してくれて助かったのです〜。ありがとうなのですよ」 智塚光奈は一行の到着を待ち侘びていた。一階の飯処で夜食の掛けうどんを奢りながら今回の依頼に至る経緯を説明する。それが終わると開拓者達は二階の宿部屋で仮眠をとった。 夜が明けてから準備開始。踊吉のところで屋台を選んだり、市場などで食材を買い求めようとする。 「この屋台なら大丈夫よね?」 『しらさぎ、屋台運ぶ』 礼野 真夢紀(ia1144)はたこ焼き用の屋台を選んだ。実際に作るのはたこ焼きではなく玉状の甘味である。 十野間 月与(ib0343)は上級からくり・睡蓮と相談しつつ二枚の鉄板が備わっている屋台に決めた。作る料理は焼きそばとお好み焼きをなので満腹屋と同じ仕入れ先で食材を購入する。 「器を持って歩いて、後で返しにっていうんじゃ白けちゃう面もあるしね」 販売用に大量の包み紙も用意しておく。 火麗(ic0614)が選んだのは天ぷら用の屋台である。 「そうそう、これこれ。この屋台なら串揚げができそうだねぇ」 飲み物として酒の用意も忘れない火麗だ。 同じ串料理でもレイブン(ic1361)は『串焼き』を選ぶ。 「串がポイ捨てされるようじゃ後味悪いものね」 ゴミについて案じていたのはレイブンだけではなかった。移動用の飛空船には屋台や食材だけでなくたくさんのゴミ箱も積まれる。 ウルイバッツァ(ic0233)、ラス・ゲデヒトニス(ic0236)、オリゼー・種小路(ic0237)の三名は協力して芋煮屋『るぃちゃーにえ』を展開する運びとなった。 「戦うために生まれたアーマーで料理を作る。そういうのもあっていいんじゃない?」 ウルイバッツァはアーマー「人狼」改・スメヤッツァの整備に余念がない。 「ジルベリア仕込みのおもてなしを、ぜひお客様がたに味わっていただきたいですね」 そうラスはことあるごとにいうのだが実際に作るのは芋煮である。誰かに突っ込まれても微笑みで返す。 「芋煮ってのはさー。バーッと材料切って、ガーッと鍋に入れて、ドーンッと入れた味噌とダシで煮込めばいいんだってば!」 アーマー「火竜」・惣右衛門を操縦するオリゼーは大釜を担いで移動用の飛空船へと運び入れる。大釜は全長三〜四メートルのアーマーが扱うのに丁度良い大きさだ。 「ルンルン忍法を駆使して光奈さんのおでん屋台を手伝っちゃいますから♪ 客寄せ給仕のニンジャに任せてなのです♪」 「ポーズが可愛いのです☆」 光奈とルンルン・パムポップン(ib0234)は予め役割分担を決めた。からくり・光も頭数に加える。 調理は光奈と光の担当。給仕や宣伝はルンルン。下拵えはルンルンも手伝う。 「こ、こんなに捌けるかな?」 「大丈夫なのです☆」 光奈が大量の食材を揃えてきてルンルンは口をあんぐりと開けて驚いた。 仕込みを終えてから全員が早めに就寝する。 日が変わってまだ夜が明けていない三時に起きて移動用の飛空船へと乗船。祭りが開かれる村に到着したのは当日の朝七時半であった。 ●本格調理開始 祭りが始まるのは午後の一時から。 料理の種類によっては事前の準備の方が忙しいものもある。特に芋煮はそういうものだ。 ウルイバッツァは包丁でひたすら里芋の皮を剥いていた。用事の帰りに屋台の近くを通りがかった光奈が足を止める。 「こ、この山の里芋を剥くのですか!」 「最初は焼き飯にしようかと思ったんだけど練力的にそう何度も調理できないし、秋ならやっぱり芋煮かな〜って、ね♪」 言葉は元気だがウルイバッツァの目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。かれこれ二時間が過ぎていたが一向に皮剥きが終わる気配がないそうだ。 「この岩を屋台の横に運びましょう」 「ちょっとだけ無茶をするから釜戸は頑丈にしないと!」 ラスとオリゼーはアーマーを駆使して釜戸を作ろうとしていた。とはいえ本格的なものを作る暇や時間はないので現地で手に入れた大岩を利用する。 「支えますので、印をつけたところを凹ませてください」 「‥‥あ、強くやりすぎた。やり直しだ!」 アーマー「火竜」のロシナンテと惣右衛門が大釜が載せられるように岩の形状を変えていく。 釜戸作りが終わったら皮剥きの手伝いだ。 「あ〜、もうすでに一生分、芋の皮を剥いた気分だよ‥‥」 「だ、大丈夫ですか?」 ラスは死にかけたような表情のウルイバッツァを少し休ませる。オリゼーと一緒に皮剥きを始めるがこれがとても痒くて辛かった。 「もう大丈夫だよ。根野菜を切り始めるね」 一時間後にはウルイバッツァも下拵えに復活する。 「皮剥きも三分の二が終わったところでウルイバッツァ兄貴。味付けは俺様にバーンッと任せてくれ!」 ウルイバッツァから許可を得たオリゼーは惣右衛門へと搭乗。『パワーエンジン』で機体出力を上げて井戸との間を往復した。樽に汲んだ水を注いで大釜を満たす。 「離れないと真っ黒焦げだからなー」 釜戸の下に並べた薪に向かって『火炎放射』を放つ。見事火が点くと遠巻きに見ていた通行人から拍手が起こった。 湯が沸いたところで芋を始めとした食材が投入されていく。 「やっぱ隠し味にはこれだよな。ジルベリア風を銘打っているんだから」 オリゼーはワインを大釜へと注ぐのであった。 「殻を割るのが大変でしたね。あ、向こうの壺はここに置いちゃいますね」 光奈とルンルンは壺の蓋を開けて中身を確かめた。だし汁と一緒に収まっているのは大量の煮卵である。 昨日はたくさんの鶏卵を茹でて殻を剥いた。さらにだし汁に煮てから壺に移して一晩置いたものだ。 「卵は人気があるのでこれでも足りるかどうかなのです。なので光ちゃんに追加を茹でてもらっているのですよ。殻剥きは指先を動かす練習にもなるのです☆」 光奈が見ていた方向にルンルンが振り向く。からくりの光は屋台裏で茹でられたばかりの鶏卵の殻を剥いていた。 「次のキャベツの箱を持ってきてくれる?」 月与とからくり・睡蓮は焼きそばとお好み焼きに使うキャベツをひたすら刻んだ。他の食材は調理の直前でも何とかなるがキャベツはそうはいかなかった。 「こちらの下拵えはもう大丈夫だから手伝うね」 『すいれん、てつだうね。さっきみた。ひかり、ゆでたまごつくってた』 割烹着姿の礼野とオートマトン・しらさぎが隣の屋台からやってくる。 「まゆちゃん、ありがとう♪」 「こちらこそ昨日、餡作りを手伝ってくれて助かりましたし」 月与と礼野、睡蓮としらさぎは祭りが始まる三十分前までキャベツを切り続けた。 火麗は屋台の前に立って串に食材を刺す作業を繰り返す。 「今のうちに全部やっておかないと後が大変になるからねぇ」 使う食材は定番の豚肉や鶏肉に加えて白身魚とジャガイモ、タマネギである。この地で購入した多種に渡るキノコも使う。 安州で購入した舞茸とシメジはすでに下拵えを終えていた。衣つけて揚げるだけの状態になっている。 食材や道具を整理していた羽妖精・冷麗は頃合いに炭火を熾す。鍋に油を注いで開店の準備を整えるのであった。 「どう?」 ようやくキャベツが切り終わった月与は通り向かいのレイブンの屋台を訪ねる。 「今のところ大丈夫かしら。どちらかといえば焼き始めてからが大変かも」 月与はレイブンと同じ小隊。月与の母は小隊隊長である。 すでに刺された状態の串が木箱に収まって積み重ねられていた。 鶏肉だけでなく豚肉や牛肉も『ネギま』にされていた。つくねや皮なども一目でわかるよう木箱に紙が貼られている。 タレについては昨日の時点で月与から助言をもらっていた。蜂蜜を足して少々甘めに仕上げてある。 「ゴミ箱の片付けは睡蓮に手伝わせるからね。まゆちゃんとこのしらさぎもやってくれるっていってたよ」 「一個所にまとめもらえればシルフィードに掴ませて運ばせますので」 礼野が自分の屋台へと戻っていく。串打ちが終わるとレイブンは小麦粉を練って味付きのナンを焼いた。 「たくさん買ってくれたお客さんにはこれと一緒に渡せば、お皿の代わりになるしね」 すでに周囲は多くの人で騒がしい。祭りはもうすぐであった。 ●満腹屋のおでん 屋台が並ぶ界隈にも太鼓に囃子の響きが聞こえてきた。祭りが始まったのである。 「ジュゲームジュゲームパムポップン、可愛いおでん屋さんになぁれ」 ルンルンは『ルンルン忍法「花の鍵」』を使っておでん職人の風格を自らに漂わせた。 ちなみに先程、滑空艇改・特大凧『白影』に屋台宣伝の垂れ幕をぶら下げて祭り会場の上空を一回りしてきたルンルンだ。 「さあ、みなさん満腹屋のおでんですよ〜♪ 食べるとほっぺた落ちちゃうんだから♪」 ルンルンは屋台の主人のように振る舞う。だし汁の中から串刺しおでんを持ち上げたりしながら。 「美味しそうだな。えっと大根と昆布巻き、それと卵を一つずつもらおうか」 「いらっしゃい! 肌寒い日にはおでんはぴったりですよね〜♪」 さっそく客の一人が屋台前に座った。それをきっかけにして次々とお客がやって来る。 屋台で飲食する者、竹筒の入れ物で持ち帰る客など様々だが、わずかな時間で鍋が空になっていく。 「光奈さん、もうおでんが!」 「追加なのですよ〜♪」 屋台裏で作業していた光奈が鍋を手にして現れる。すでに温められているおでんの具を足していった。 「最初からお大忙しなのです☆」 光奈は屋台のおでん鍋の他に時間をずらして煮込んでいる裏方の二つの鍋も管理する。 「今度は可愛い、売り子さんになぁれ☆」 忙しくなってきたところで屋台全体を光奈が預かる。ルンルンは『花の鍵』を再び使って売り子専門になった。 「ありがとうございます、大根に蒟蒻、がんもにスマイルですね」 やがて屋台の側に置いた卓も満席となる。 『たまごのからむき、がんばる』 からくりの光も夕方以降の煮卵作りを頑張るのであった。 ●甘味の屋台 『しらさぎ、料理出来ない?』 「今回は接客と、ごみ箱設置も見て欲しいの」 礼野は鉄板を熱している最中にオートマトン・しらさぎと言葉を交わす。やがて刷毛で油を塗り、小麦粉、牛乳、卵、蜂蜜を水で溶いた柔らかい生地を鉄板に注いだ。 生地に軽く火が通ったところで餡を一塊ずつ鉄板の窪みの中に置いていく。餡子、栗餡、芋餡、林檎の甘煮、カスタードの五種類を揃えていた。 カスタードは傷みやすいのて『氷霊結』で作った氷で冷やしてあった。 『おいしい。すいれん、ひかりにもたべさせたい』 「後で持っていってあげていいからね」 礼野はしらさぎと最初にできたプチホットケーキを試食する。味を確かめたところで一気に焼いていく。 たこ焼きと同じように八個ひとまとめで販売。笹の葉で包んで持ち帰れるようにする。五種類とも値段は同じだ。 甘い匂いに誘われて客が集まってくる。 「この栗餡と林檎の甘味のをもらおうかしら」 『ありがとうございます。ちゅうもん、くりあん、かすたーど、ひとつずつ』 しらさぎが客との商品とお金のやり取りをそつなくこなす。集計も忘れていない。 (「いつもと勝手が違うけど大丈夫よね」) 安心した礼野はプチホットケーキ作りに集中する。たくさんの客がプチホットケーキを買い求めたが波があって引く時間もたまにある。 「お願いね」 そういった機会にゴミ箱の処理をしらさぎに頼む礼野であった。 ●焼きそばとお好み焼き 「焼きそば、たこ焼き美味しいですよ♪」 月与は屋台の中から道行く人々に声をかける。その姿はサラシに法被といった祭り装束で粋なもの。少々肌寒いが熱せられた鉄板の前では丁度よかった。 念のための足元用に七輪を用意してきたが今のところ必要を感じない。使うとしても日が暮れてからになりそうである。 客の列ができてからは売れ行きのよいお品書きを優先して焼いた。看板で大きく掲げているのは薄い御餅入りのお好み焼きだ。 月与の隣ではからくり・睡蓮が接客中。熱々の焼きそばやお好み焼きを売っていた。 焼きそばはクレープ状に焼いた生地で巻いてある。お好み焼きも平のままではなく丸めてあった。どちらも外側を包み紙にすることで持ちやすくしている。 「タコの焼きそばと‥‥う〜ん、辛めソースの豚玉お好み焼きをもらえるか?」 「かしこまり! すみませんが少々お待ちを!」 稀なお品書きは注文されてから作りだす。左の鉄板ではお好み焼き、右の鉄板では焼きそばを焼いた。コテの二刀流が鉄板の上を舞う。 『すいれんとゴミのかたづけ、してもいい?』 「もちろん♪ 頑張ってきてね」 しらさぎに誘われた睡蓮がゴミの回収へと向かう。そういうときは隣の礼野と協力し合って屋台を切り盛りする月与であった。 ●焼き串 熱せられた肉塊から脂が滴り落ち、真っ赤な炭火で煙と化す。レイブンが団扇で風を送るだけで十分な客引きになった。 「美味そうな匂いに誘われてしまったよ。鶏の塩とタレを二本ずつもらおうか。酒も一杯頼む」 あっという間に焼き串屋台の席が埋まった。持ち帰りの客には屋台横の台を通じて販売する。 「牛や豚の肉もあるのか。アル=カマル風味って?」 「ヨーグルトに漬け込んだ肉を使っているわね。それにパプリカ、ターメリックとかの香辛料を効かせてあるのでお勧めよ」 たくさん買ってくれた客には焼き串をナンで包んで提供する。 「串焼きの味が染みたナンも美味しく頂けますよ」 最後にかける一言も忘れなかった。 さすがに二十人以上の客が並んだときには困ったものの、月与がからくり・睡蓮を派遣してくれる。その一時さえ乗り越えればレイブン一人でも充分に間に合う。 「お姉さん、どこかで店やっていないの?」 「頼まれての屋台なので、今日一日だけになるかしら」 「勿体ないなあー。こんなに美味いのに」 「こちらの御茶もどうぞ」 褒められれば嬉しいもの。とても忙しかったがレイブンは客達とのやり取りを楽しむのであった。 ●串揚げ 「酒は美味いし、串揚げは最高。そして屋台の主人は美人とくらぁ〜♪」 火麗が営む串揚げ屋台も繁盛していた。彼女が目指した通り、酒を一杯引っかけたい客がやって来る。 「豚肉と白身魚の奴、それにキノコ掻き揚げももらえるかい? あと蒸留酒の炭酸割りをもう一杯!」 「すぐに揚がるから待っておくれ。冷麗、頼んだよ」 火麗が串を揚げている間に羽妖精・冷麗がお酒を用意する。竹筒の容器に決めた分量の蒸留酒と炭酸水を注いだ。それを零さぬように客の元へ。 「うまい酒だな!」 「揚がったよ。たんと召し上がれ」 串揚げは短時間で熱を通すことができる。その分、熱した油の扱いは大変なのだが。 「お姉ちゃん、白身魚に大根おろし味のをちょうだい」 「あたしはお魚のタルタルソースのやつ!」 祭りなので村の幼い兄弟も買いに来る。 「熱いから気をつけて食べな。これはおまけだ」 「ありがとう♪」 そういった微笑ましい客もいればそうでない者も。迷惑な客が現れたときには火麗自身が矢面に立った。腰にぶら下げた『刀「叢雲」』へ手を掛けつつにじり寄る。 「酔って狼藉働く輩には容赦しないよっ」 大怪我をさせるつもりはないが、それなりの痛手を負わせる覚悟で対処する。大抵は火麗の一睨みで退散していった。 ●芋煮屋『るぃちゃーにえ』 巨大釜戸に鎮座まします大釜がぐつぐつと煮える。 人の背よりも高い大釜をかき回しているのはアーマー。ウルイバッツァが搭乗するスメヤッツァである。 芋煮屋『るぃちゃーにえ』屋台の両側にはアーマー「火竜」が駐機中。ラスのロシナンテとオリゼーの惣右衛門だ。 「そろそろ煮えたな」 ウルイバッツァはスメヤッツァの両腕を器用に動かした。かき回すのに使っていた巨大おたまで芋煮を一般的な鍋へと移す。 「保温のためにはっと」 オリゼーが鍋を受け取ると屋台で弱火にかけた。 「‥‥うまい! さすが俺様だ。あのワインがよかったんだな」 ここで初めて味見をしたオリゼーは大満足。美味しかったのは奇跡的なのだが本人は気づいていない。この後、小鉢によそってウルイバッツァに試食してもらった際には鼻高々であったという。 「いらっしゃいませ。ようこそ『るぃちゃーにえ』へ」 ラスは給仕を一手に引き受けた。ジルベリア仕込みのエレガントな接客が彼の持ち味である。しつこいようだが芋煮の屋台なのは間違いではない。 「お嬢様、お熱いですから、お気をつけてお召し上がりくださいませ」 「あの、わたしです。光奈ですよ」 「これは失礼。折角ですし、味わってくださいませ」 「わかりましたです☆」 立ち寄った光奈が芋煮を口にする機会を得る。美味しくてわずかな時間で食べきってしまった。 「すごく美味しかったのですよ♪」 「喜んでいただけたのでしたら、なによりでございます」 あくまで優雅な振る舞いのラスである。 「すごいなー。これなんていうの?」 「アーマーっていうんだって」 大釜をかき回すスメヤッツァは特に男の子の人気を博していた。 「ま、まずい!」 見学者にいいところを見せようとして姿勢を崩し、大釜をひっくり返しそうになるウルイバッツァだ。 似たような事故未遂は数時間前にも起きている。屋台裏で皿洗いをしていたオリゼーが呟く。 「カノンチャージとアーマーマスケットで、祭りの開始を報せようとしたのに‥‥止められるとは思っていなかったぜ」 祭り開始当時、太鼓の演奏がすでに始まっていたのが表向きの理由。本当の原因は調理途中で起きた出来事にある。惣右衛門を操っていたオリゼーが通行人を高い高いして大釜の中に落としそうになっていた。 美味いとの評判で芋煮は次々と売れていく。 ラスとオリゼーがそれぞれの機体に乗り込んで大釜を傾かせる。流れてくる最後の芋煮をスメヤッツァが鍋で受け取るのであった。 ●ささやかな宴会 祭り最後の踊りを光奈と開拓者達は楽しんだ。片付けを終わらせてから各屋台の料理を移動用の飛空船内へと持ち寄る。 誰もが腹ぺこ状態。ささやかな宴会が始まった。 「よく頑張ってくれた。好きなだけ食べるといいさ。芋煮をとってあげよう」 火麗は羽妖精・冷麗を膝にのせて目いっぱい誉めてあげる。お酒は泥酔しない程度に嗜んだ。 「みんなの料理、とても美味しいのですよ〜♪」 光奈は相変わらずの食いしん坊だ。 「ゴミの散らかりはわずかだったようでよかったわね。次はおでんを頂こうかしら」 焼きそばを頂くレイブンは祭りがうまくいったことが特に喜ばしかった。ゴミ運びを頑張った駿龍・シルフィードには肉の塊をあげてある。 「締めの焼き串でお腹がいっぱいになったところで別腹の甘味を頂くわね。うん。まゆちゃんのプチホットケーキ、美味しい♪」 月与はお腹いっぱいに仲間達の料理を味わう。 「全部食べてかまわないからね」 礼野はオートマトン・しらさぎにプチホットケーキが盛られた大皿を渡した。しらさぎは光、睡蓮と一緒に楽しい時間を過ごす。 「最後の囃子、すごかったですね。つい村人さん達と一緒に私も踊っちゃいました♪」 「可愛かったのです☆」 ルンルンと光奈は一緒におでんを頂く。二人して苦労して作った煮卵を頬張る。 「ウルイバッツァ兄貴、このお好み焼きと焼きそばが美味いぜ!」 「ウルイバッツァ様、串揚げと串焼きもなかなかのもので御座います」 オリゼーとラスがウルイバッツァの側に座った。 「僕たちが作った芋煮も美味しかったけど、どれもいいね。その料理ももらおうか」 ウルイバッツァ、オリゼー、ラスの三人は一通りの料理を味わう。 祭りの成功に屋台の繁盛が寄与したことは間違いない。 深夜ではあったが一行はその日のうちに安州へと戻る。もう一晩満腹屋に泊まってゆっくりと休んだ。 三日目の深夜。開拓者達は光奈と踊吉に見送られながら精霊門で神楽の都へと帰っていくのであった。 |