幻の白葡萄酒
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/23 13:47



■オープニング本文

 武天の山奥にある永坂村。棚一という庄屋の息子が酒造りを思い立ったときに始めたのが葡萄栽培である。
 天儀酒の醸造を始めなかったのは、斜面が多い土地のせいで今以上の米作が難しかったからだ。
 葡萄畑も難しくはあったが、日照を考慮にいれると斜面での栽培は利点に変わる。試しに行った二年前の葡萄栽培と葡萄酒醸造はとてもうまくいった。
 一年の経過を経て今年は葡萄畑の規模を十倍にして本格的に始める。根付いた葡萄の木に実がなり、もうすぐ収穫の時期というところで予期せぬ出来事が起きた。
「なんだ。これは」
 畑の葡萄を見た棚一は自分の目を疑う。一生懸命に育ててきた葡萄の房に灰色のカビが発生していたのである。
 これまで手伝ってくれた村の衆と手分けして確認する。全体の七割ほどの葡萄にカビが付着していた。残り全部にカビが付着するのは時間の問題だろう。
「ここのところ雨が多くて‥‥、そのせいか、そのせいなのか」
 その場に崩れた棚一は大地に拳を叩きつけた。
「‥‥今後どうするのか、一日だけ待ってくれるだろうか」
 村の衆にそういってみたものの、解決策は持ち合わせていなかった。屋敷へと戻って床に転がりながら考えていると、どこからか声が聞こえてくる。
『大丈夫。お酒にするなら平気だよ。お酒をつくろう、白葡萄酒をつくろう』
 棚一が寝返って廊下を眺めると小人の姿があった。小人達は葡萄酒を作るのを棚一に勧める。
「無理だ。葡萄があんな状態になってしまっては」
『カビだらけの一粒を皮を剥いて食べてみてね。そうすればわかるよ』
 棚一は何度も無理だと繰り返す。その度に小人達は大丈夫だと説得を試みる。
「はっ!」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
 棚一は目が覚めた。うなされていたのを見かねた妹が身体を揺らして起こしてくれたのである。
「知らぬ間に寝ていたのか。あれが夢? 夢なのか」
 廊下を眺めても小人達はいない。しばらく床に座っていた棚一だが、駄目なら元々と小人達がいっていたことを試すことにする。
 すでに日が暮れていた。提灯を掲げながら日中に訪れた葡萄畑にもう一度やってくる。
 カビだらけの葡萄を一粒もぎ取って皮を剥く。非常に怖かったが、死ぬ覚悟で葡萄の実を口の中へと放り込んだ。
「‥‥‥‥甘い。ものすごく甘いぞ。こんな葡萄、知らないぞ」
 棚一は一筋の光明を感じる。
 翌日、このまま白葡萄酒を造ってみようと村の衆の説得を試みる。しかし殆どの者が首を横に振った。手伝いを約束してくれたのは幼なじみの二人だけだ。
 意気消沈した棚一だがそれでも諦めなかった。
 すぐに馬へと跨がって一番近くの町を訪ねる。そして風信器で開拓者ギルドに依頼する。白葡萄酒造りを手伝ってくれる開拓者を集めて欲しいと。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
シルフィリア・オーク(ib0350
32歳・女・騎
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔


■リプレイ本文

●葡萄の村
 武天の山奥にある永坂村を訪れた開拓者一行は依頼主の棚一が住む庄屋に向かう。
「よく来てくれました」
 挨拶もそこそこに山の斜面に作られた葡萄畑に足を運んだ。
「これなんです」
 立ち止まった棚一が一番近くに生えていた葡萄の木を指し示す。
『おいら頑張るもふー、力仕事なら任せるもふっ』
 張り切って葡萄の木に駆け寄るちびもふらの八曜丸。葡萄が食べ放題と勘違いしていた八曜丸は瞼をぱちくりさせる。
 遠目にはわからなかったが、近くで見れば葡萄の房はカビだらけ。灰色や黒色で覆われていた。
「ちゃんとカビだよって説明したんですけど、八曜丸ったら葡萄と聞いただけでずっと上の空だったんですっ」
 柚乃(ia0638)は申し訳なさそうに棚一に頭を下げる。
「‥‥あの、カビた葡萄ってそんなに甘い?」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)は依頼書にカビつき葡萄の中身がとても甘いと書かれていたのがとても気になっていた。
「私もとても興味があります♪」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)が右手を挙げて前にでる。
「ご覧の通り見かけは悪いですが、実は美味しいんですよ。気になる方は試しに食べてみてください」
 棚一から許可をとったリィムナとルンルンが一粒ずつ葡萄をもいで皮を剥き、口に含んだ。
「す、すごく甘い! 初めてかも」
「わぁ、こんなに甘い葡萄、今まで食べたことないのです‥‥。ほっぺた落ちちゃいそうです〜♪」
 二人とも瞳をキラキラにさせて大喜び。連れてきた朋友の上級迅鷹・忍鳥『蓬莱鷹』とからくり・ヴェローチェにも一粒ずつ食べさせようとする。
 蓬莱鷹は美味しかったのかルンルンの頭に掴まったまま激しく羽ばたいた。
『あまり食べたら悪いですにゃよ? でも興味はありますにゃ♪』
 一粒口に入れたからくり・ヴェローチェはしばし言葉を失った。もう一つ食べたい衝動にかられたが言いだした手前我慢するしかない。
『やっぱり食べるもふ!』
(「カビだらけを食うか? 食う気なのか!?」)
 柚乃がカビた皮ごと食べようとした八曜丸の尻尾を掴まえて留まらせる。代わりに剥いてあげた一粒を八曜丸の口の中に放り込んだ。自らもえいっと一粒食べてみる。
 ニコニコしていた八曜丸はより満面の笑顔に。怖々としていた柚乃は晴れやかな笑みを浮かべた。
 興味を持った他の開拓者も一粒ずつ食べてみる。その甘さに誰もが瞳を大きく見開いた。
「急用ができて来られなかったのは残念だけど、その分あたいががんばろうか」
 シルフィリア・オーク(ib0350)は忙しくて来られなかった友人を気遣いながらカビだらけの葡萄の房を見つめる。粉が大量に吹いていて収穫する際に漂うこと間違いなしの状態だ。
「ジルベリアでの葡萄の収穫は鋏を使いますの。こちらではどうされるのですの?」
「葡萄の木はジルベリアから取り寄せたものなんです――」
 ケロリーナ(ib2037)は棚一にいくつか質問をした。この村でも葡萄の収穫には鋏が使われる。またカビが付着していない葡萄と選別しながらの作業になるという。
「カビが中途半端についている葡萄の房はそのままで。充分に甘くなってから収穫しましょう。実は‥‥」
 ギルドに依頼した後になるが、再び棚一の夢の中に現れた小人達がそういっていたらしい。
「これぐらいカビがついた房を選んでください」
 棚一が手本として鋏で葡萄一房を梗ごと切り落としてみせる。収穫した葡萄の房は優しく籠の中へ。梗から粒をばらすのは次の工程で行う。
 葡萄が雨や夜露に濡れていた場合には乾くまで放置する。当然水洗いは厳禁だ。
 棚一が葡萄の切り落とし作業を数度繰り返す。開拓者達も教えてもらいながらやってみた。
「えっと。こうすれば、いいのですわね? なるほど♪」
 シータル・ラートリー(ib4533)が棚一き言うとおりにして最初の一房を切り取った。
 こほんと周囲にいた何人かが咳をした。やはりカビ対策は必要だと一旦庄屋へと戻る。
 玄関を開けた雪切・透夜(ib0135)は廊下の奥に何かがいたような気がした。凝視したときには何もいない。
「‥‥もしかして小人だったのでしょうか」
 棚一は小人達の存在を夢の中の話だといっていた。本当は小人は妖精で実在しているのかも知れないと雪切透夜は思うようになった。

●葡萄
「小鈴の髪はこれでよし、これを被れば万全だ。さあいこうか」
 シルフィリアは人妖・小鈴の髪をまとめて頭巾を被せる。自身も前もって用意してきた作業服に着替えていた。
 葡萄畑に戻ったシルフィリアと小鈴は、カビを吸い込まないよう口元を大きな布で覆い隠す。
「この辺りから始めようか。充分にカビだらけだよ」
 シルフィリアは高めの枝から葡萄の房を収穫した。低いところの葡萄を穫るのは小鈴の役目である。
 一部にはカビが繁殖しすぎて中身が溶けてしまっている葡萄の粒もある。それらは残念ながら廃棄するしかなかったがごく一部に過ぎない。大半の葡萄のカビは皮の部分のみで留まっていた。
「これが美味しい白葡萄酒になるなんて不思議なものさ。小鈴もそう思わないかい?」
 小鈴もそうだと頷いてくれた。
 二人でやればどんな仕事も楽しく感じられる。シルフィリアと小鈴は鼻歌を唄いながら作業を続けた。

「雪切さんが小人さんらしき影を見たって。本当ならあとでご挨拶したいな」
『一杯になったこの籠を届けてくるもふっ! がんばって葡萄を食べさせてもらうもふっ!』
 相変わらずもふら・八曜丸は人の話を聞かずに葡萄が食べ放題だと勘違いしている様子である。
(「棚一さんがカビていない葡萄を一日一房なら食べてもいいよっていってたし、それで納得してもらわないと」)
 柚乃の気苦労は絶えななかった。
「一房ずつ丁寧にっと♪」
 柚乃は『天狗駆』を自らにかけて非常に足場の悪い斜面でも悠々に作業をこなした。術の由来通りにまるで天狗のように軽やかに動き回る。
 高いところから眺めると作業中の仲間の周囲に靄がかかっていた。カビが舞っているせいだ。
 もしもカビが人に悪い影響を与えたときには『解毒』の術を使うつもりの柚乃である。

「ここの一列は私が収穫しちゃいますね♪」
 カビつき葡萄の将来性を知ったルンルンは特に張り切っていた。ニンジャの身軽さで葡萄の木を跳び越えつつ鋏を操る。
 枝から切り落とした葡萄の房が地面に落ちないよう木々の間には大きな布が張ってあった。
「段々畑を駆け回るのは、ニンジャの修行にも最適だもの」
 迅鷹・蓬莱鷹が高いところの葡萄の房を切り取るように啄んで収穫を手伝う。
 ルンルンは葡萄の房が集まった布を枝から外してそのまま包み込んだ。蓬莱鷹が布を掴んで浮かび上がり、醸造所まで運んでくれる。
「ルンルン忍法神風の術です!」
 カビがつきすぎて腐敗してしまった葡萄は最後に風の刃でまとめて地面へと落とした。その際、葡萄の木が傷つかないよう注意を払うルンルンであった。

 昼御飯の休憩時間。雪切透夜は食べ終わった棚一に描いたばかりの葡萄の絵を見せた。
「空いた時間に葡萄畑や醸造所を描かせてもらうつもりです。それとは別にラベルの絵を描かせてもらえればと考えているのですが――」
「それはいいですね」
 雪切透夜の提案を聞いた棚一が乗り気になる。
「図案を二つ思いついたのですが、どちらがよいでしょうか?」
 雪切透夜が最初に説明したのは小さな妖精が葡萄の房を抱いて寝ている図案だ。二つ目は黄金色の葡萄の房と傍らにグラスに入った白葡萄酒の図案である。
「では先に話してくれた図案でお願いします。‥‥ラベルに見合うよい白葡萄酒が仕上がればよいのですが」
「大丈夫ですよ。小人達が見守ってくれていますからね」
 瞼を落とした棚一がため息をついた。雪切透夜は少々弱気になっていた棚一を励ますのだった。

「この辺りの葡萄はカビがついていませんね」
 シータルは棚一から教えてもらった通りに葡萄の房を収穫した。忍犬・忠司さんの背中に取りつけた籠に葡萄を優しく丁寧に入れていく。
 籠が葡萄でたくさんになると忠司さんが醸造所まで運んでくれる。五分も経たないうちに籠を空にして戻ってきた。
 カビつき葡萄果汁の発酵を促すために、発酵中の普通葡萄果汁が必要だと棚一がいっていたのをシータルは思いだす。
「今日のうちに一回は絞れるように頑張りましょう」
 シータルが話しかけると忠司さんが元気にワンと答えた。

 ケロリーナと上級からくり・コレットは葡萄の枝に結んで地面すれすれに大きな布を張る。それぞれに鋏を手にして仲良く葡萄の収穫を始めた。
「コレットちゃんには高いところの葡萄をお任せするのですの〜♪」
『御意。お嬢様の仰せのままに』
 高いところになっている葡萄は協力し合う。背伸びしたコレットが鋏で梗を切り、ケロリーナが広げた布の端を持って優しく葡萄の房を受け止めた。
 休憩時、ケロリーナは棚一の隣に座る。
「そうですの! けろりーなは棚一おにぃさまに質問あるですの。天儀ではお米のお酒が有名ですけど、葡萄のお酒もずぅっと昔からあるですの?」
「この村では数年前から始めたばかりなんです。ただ去年亡くなった長老がいうには大昔、天儀酒や焼酎とは別のお酒を作っていたらしいんです。文献も紛失してしまい、すべては歴史の闇の中ですが。それを聞いていたから私は葡萄酒を作りたくなったのかも知れませんね」
 ケロリーナは棚一の話を興味深く聞く。もしかして小人達が関係しているのかもと想像を膨らませた。

「小人さんってやっぱり精霊かな?」
『お話をきいていると夢とは思えませんのにゃ』
 リィムナとからくり・ヴェローチェもせっせと葡萄を収穫。ある程度で切り上げて醸造所へ向かう。
「こうすればいいのにゃ」
 そして棚一と幼なじみ二人がやっていた葡萄の粒を梗から切り離す作業を手伝った。リィムナとヴェローチェ以外にも次々と仲間が集まりだす。
 収穫した葡萄はその日のうちに搾られる。特大桶が徐々に葡萄の粒で満たされていく。
「先に溜まりましたのでカビつきの葡萄からやりましょうか」
 いよいよ葡萄踏みの段階となった。

●躍るように
「これが葡萄踏み‥‥。面白いね、わくわくする」
『体験するのは我であろう? こういうのは女性の仕事と聞いた』
 雪切透夜とからくり・ヴァイスが特大桶を見上げながら葡萄踏みに思いを馳せる。
 棚一の幼なじみ二人が階段状の踏み台を運んできた。
「頼んだよ。美味しくなるよう、期待する」
『‥‥全く、頼まれた以上は断れぬな』
 雪切透夜はヴァイスを送りだすと特大桶よりも高いところへと移動する。
「けろりーなはぶどうふみふみするのとぉってもたのしみですの〜☆」
 ケロリーナもかえるさん人形をからくり・コレットに預けて階段を上っていく。
 次々と特大桶の中に下りて踏み役の者達が勢揃いした。
「けっこう硬い感じっ」
 柚乃はもっと柔らかいと思っていたが、カビつきの葡萄の粒は水分が少ないせいかとても踏みごたえがあった。
「皮についたカビを取らなくてもいいなんて不思議なのです」
「私も心配していたんですが、今朝方の夢にまた小人が現れていってたんです。そのまま踏んだ方が美味しくなるって」
 ルンルンが特大桶の縁に掴まりながら床に立つ棚一と言葉を交わした。カビが白葡萄酒の味によい影響を与えてくれるようである。
「それではお願いします」
 棚一の合図で一斉に足踏みを始めた。
「種を潰すと苦みになるから、それだけは注意しようね♪」
『わかったですにゃ♪』
 リィムナはからくり・ヴェローチェにジルベリアの伝統衣装を着せている。スカートの裾をたくし上げたヴェローチェが軽やかに足踏みをした。
 葡萄果汁のおかげなのか特大桶周辺で舞うカビはほんのわずかだ。
 ケロリーナがお天気の歌を歌いだして仲間達もそれに合わせる。
「金時さんの元気パワーを授けに来たよー♪」
 リィムナはどすこいっと水着の上に『腹掛「金時」』姿だ。
「よいしょ♪」
『リィムにゃん、かっこいいですにゃ♪』
 リィムナは黒猫白猫で周囲に躍る幻影を出現させながら四股を踏む。
 シータルはケロリーナと一緒に踏んで歌った。歌の合間にはお喋りを楽しんだ。
「ワインは少し昔に、父や母達に黙って飲んだことはありますけど、作るのは初めてですわ♪」
「お気持ちわかりますわ♪」
「周りが余りにも美味しそうに飲むので、ボクもおじい様が飲んでいたのをこっそりと♪」
「辛めのワインはさすがに‥‥あ、足の裏がくすぐったいですの〜♪」
 シータルは徐々に要領がわかりだす。より葡萄が潰れるようやや腰を落としながら踏んだ。その際、足先に巻いたスカーフがとても役立つ。
 ケロリーナにも予備のスカーフを巻いてあげる。
「小鈴もやってみるかい? 支えてあげるから大丈夫」
 シルフィリアが招き寄せて人妖・小鈴も葡萄を踏む。シルフィリアと向かい合いながら両手を繋いで足を上下させる。次第に楽しくなってきて二人で踊るように踏み続けた。
「もう、八曜丸ったら。せっかく手を振ろうと思ったのに」
 柚乃が特大桶から見下ろすと八曜丸が床の上でグウグウと寝ていた。棚一から去年の葡萄酒を少しもらったようである。
「この絵もラベルの参考にさせてもらいましょう」
 雪切透夜は梁の上に座って仲間達が葡萄踏みをする様子を描く。ヴァイスも楽しそうに近くの仲間と躍っていた。
「美味しくなぁれ♪ 美味しくなぁれ♪ ‥‥歌って踊って葡萄を踏めば、輝くお酒が出来ちゃうんだからっ♪」
 軽やかに葡萄を踏んでいたルンルンだが、ふと天井を見上げる。小人達が天井窓から覗いていたような気がしたのだ。
 充分に踏まれたところで特大桶の栓を抜かれた。複数枚の布で濾されながら少しずつ樽の中へと果汁が溜まっていく。
 階段で床に下りたシルフィリアが棚一からの許可を得て数滴だけ果汁を掌に垂らす。すっと唇を当てて舐めてみる。
「粒も食べたけどもっとすごい。こんなに甘い葡萄の果汁なんて初めてだよ。きっと今までにないワインが出来るんじゃないかって、素人ながらも、期待で胸がはち切れそうだよ」
 思わず棚一の視線がシルフィリアの胸元に下がった。二呼吸後、棚一がはっと我に返る。
「‥‥って、そうでなくてもはち切れそうだなんて、お兄さん‥‥ちょっとは真面目に話を聞いておくれよ」
「あの、すみません! です!」
 クスッと笑ったシルフィリアがウインク。棚一もうまくいきそうだからこその浮かれ気分である。
 引き続き特大の四分の一程度の別桶で普通の葡萄も踏まれた。
 普通の葡萄の粒は水分が多くてとても柔らかい。わずかな時間で搾り終わるのであった。

●夢の中で
 カビつきの葡萄を摘んでは踏んでの日々が一週間ほど続いた。
 開拓者達が樽運びも手伝ってくれて棚一は大助かりである。
 小人達が棚一に告げたようにカビつき葡萄の果汁はなかなか発酵しなかった。普通の白葡萄酒を少しずつ足して促していく。
「みなさんのおかげですべての葡萄を収穫し、絞り終わりました。これは去年に作った白と赤の葡萄酒です。どうか呑んでください」
 この日の夕食は普段よりも豪華な料理が並ぶ。ちなみに後片付けをするために開拓者達はまだ数日間滞在する。
「ジルベリアでは『貴腐ワイン』と呼ばれていますの」
「そうなんですか。偶然にも同じことをしていたんですね」
 ケロリーナは棚一に貴腐ワインに合う肴としてフォアグラを紹介した。
 ガチョウならこの村でも飼っていたので、棚一はケロリーナから飼育法や調理法を教えてもらう。
「これ作ってみたんですっ。希儀産オリーブオイルを使用してみました♪」
 柚乃がイワシのオイル煮と冷たい南瓜の豆乳スープを運んでくる。
「世間にはこういう調理法もあるんですね。初めての味です。美味しいですね」
 棚一に調理法のレシピを渡したところで柚乃は一曲披露した。
 唄ったのは心の旋律。精霊語で綴られたもので言葉の通じない相手にも意味が通じるという不思議な歌であった。
「ちょっと残念‥‥」
 柚乃はこの庄屋周辺に住み着いていると思われる小人の精霊達に唄ったのだが、何も起こらなかった。
 晩御飯も終わって布団を敷き、全員が横たわる。
『もふっ?』
 真夜中、もふら・八曜丸が鼻先が痒くて目を覚ますと小人がいた。取り囲んでいた五人に挨拶されて八曜丸は猛烈に驚く。部屋中を駆け回ったせいで全員が目を覚ます。
「小人さん、いたんですねっ♪」
 柚乃が指を差しだすと小人が握手をしてくれた。
「こびとさんたち可愛いのです♪ 葡萄は絞り終えましたよ」
 ルンルンは自分達ができることはすべて終わったと小人達に伝えた。もしできるのならば果汁の発酵をよろしくとお願いする。
「うまく描けていると思いますがどうでしょうかね」
 雪切透夜がラベルの原画を見せると小人達は真似をしつつ喜んでくれた。
「やっぱり小人がいたんだね。なら白葡萄酒は大丈夫だろうし、村の方々への説得を頑張ってみようか」
 シルフィリアは残った日数で村人達の説得を試みようと心に決める。
 果汁を少し分けてもらい、『士道』で印象良くした状態で自ら試飲して感想を述べればよい。村人達にも飲むのを勧めるつもりだ。
「私はけろりーなで、コレットとかえるさんなの。よろしくなの♪」
 ケロリーナは寝るときに抱いていたかえるさんの人形と、からくり・コレットを小人達に紹介する。
 小人達は最初かえるの人形を怖がっていたが、すぐに馴れて一緒に遊んでくれた。
「ねね、あなたたち精霊? カビた葡萄からお酒造れるなんてよく知ってたね! もしかして葡萄酒の精?」
 リィムナは残っていた葡萄酒を小人達に振る舞いながらお喋りをする。
 やはり小人達は精霊でジルベリアから葡萄の木が運ばれた際にこの村へとやって来たのだという。
 傍観しているつもりだったが、葡萄にカビが発生したのを見かねて棚一に助言したようだ。カビの発生は自分達のせいではないらしい。
「初めてなので棚一さん、苦労しているみたいです。うまくお酒になるようお願いしますね♪」
 シータルはふらふらと現と微睡みの狭間で小人達に話しかける。
 翌朝、誰もが小人達と会ったことを覚えていた。但し、別れ際がどうしても思いだせない。まるで夢の中の出来事であった。

●そして
 永坂村を去る最終日。最初に搾った白葡萄酒を少しだけ試飲する機会が訪れる。
 発酵が始まったばかりでほんのりと酒精が混じる程度であったが、誰もが手応えを感じ取った。芳醇さも素晴らしい。普通の白葡萄酒よりも日数はかかるだろうが、もうしばらくすれば素晴らしい出来上がりになりそうだ。
「おかげで村の者達も見直してくれたようです。これからの作業はきっと引き受けてくれることでしょう。ラベルの原画は版画にして使わせてもらいますね。葡萄酒作りを手伝って頂いて本当にありがとうございました」
 見送りの棚一と幼なじみ二人が頭を下げる。
 開拓者一行は迎えにやってきたギルドの飛空船へと乗り込んだ。武天此隅まで乗せてもらい、精霊門で神楽の都へと帰ることになるだろう。
 土産としてもらったのは普通の葡萄酒。しかし心の中のある土産は違う。開拓者達は貴腐ワインの完成を信じて遠くの空から応援するのであった。