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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 満腹屋に朋友三体が現れてから一ヶ月弱が過ぎ去った。 「今日はもう少し高く飛んでみようか」 銀政は空いた時間に駿龍・ガイムを連れて郊外で龍騎の練習を行う。老練なガイムよりもどちらかといえば銀政の習熟待ちである。 「出かけますわよ」 『帰りにみたらし団子が食べたいもふ』 鏡子はもふら・もふもふりんに荷車を引かせて買いだしに行く。毎回だとクセになるので買い食いを許すのは三回に一回の頻度だ。 「さっきのは甘過ぎて美味しくなかったのです。これは丁度良い甘さで美味しいのですよ〜♪」 『あまいとあまい。おなじあまい。よくわからない』 光奈はからくり・光と一緒に食べるようにして味覚を覚えさせる。 大衆の好む味がわからないと料理は作れない。せっかくなら給仕だけでなく調理もこなせるようになってくれればと光奈は期待していた。 ある日、光奈は光を連れて安州の魚市場を訪れる。 「やっぱりこの季節は秋刀魚かな?」 『サンマ、おいしい?』 海産物のことを光に教えながら仲買の店先を歩き回った。 「ここのところずっと、並んでいるお魚が少ないように感じるのですよ」 光奈の印象は当たる。ある店先で主と漁師の話しが耳に入ってきた。 「鮫にせっかくの獲物を食い散らかされて商売あがったりだよ」 「それだけじゃなくて襲われた漁師もいるらしい。どうしたもんだか」 どうやら安州の沖合にたくさんの鮫が現れて不漁続きらしい。 「この秋刀魚、一箱分欲しいのですよ。それと差し出がましいようですが、鮫の被害に困っているのなら開拓者ギルドにお願いするとよいのです☆」 光奈はちょっとした親切のつもりで話す。 「開拓者ギルド? そうか、アヤカシだけじゃなくてこういう荒事も引き受けてくれるんだったな」 「確か満腹屋さんとこのお嬢さんだったよな」 しかしあれよあれよと事が大きくなり、魚市場の関係者から鮫退治の件を頼まれる形となった。 「うむ〜」 こんなはずじゃなかったのにと心の中で呟きながら光奈は帰り道を歩く。ただうまくいければ謝礼の他に半年分の仕入れを大幅割引してくれるという。 やるからには成功させようと気持ちを入れ替える。途中で引き返して安州内の開拓者ギルドに立ち寄った。 「今日のお願いはいつもとちょっと違うのです。鮫退治をお願いしたいのですよ」 光奈は受付嬢に事情を説明した。 開拓者なら鮫なんて一撃で軽々と倒してくれるだろう。二、三十匹も駆除すれば安州の沖も落ち着くのではと考えていた。 それは間違っていない。しかしこの時点では誰も知らなかった。大量の鮫が一体の鮫に似たアヤカシに操られていたことを。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●準備 ここは朱藩の首都、安州。 魚市場の関係者への聞き込みや準備万端にするために初日の鮫退治出発は午後からとなる。 魚市場の船着き場には漁船の機能が備わった中型飛空船が停泊中。今依頼の参加者一同が朱藩安州のギルドから借りたもので、ここを拠点にして活動を開始した。 「早々後れを取ることはないとは思うけどさ、有事の備えがあるって安心感はパニックを起こし辛くする意味でも重要だしね」 十野間 月与(ib0343)はギルドから借りてきた水中呼吸器を飛空船に運び込む。心構えとして不慮の事態には常に供えておくべきだからだ。 「私は呼吸の必要がありませんので、件と一緒に水中に入ります」 隗厳(ic1208)は『共水踊』の術を持つミヅチ・件を連れてきていた。 実は『共水踊』がなくても隗厳はからくりなので呼吸には困らない。余った一人分の水中呼吸器は同行する光奈の分とされる。 芦屋 璃凛(ia0303)と礼野 真夢紀(ia1144)は魚市場近くでため息をついていた漁師達に声をかけた。 「うちら鮫退治を魚市場から頼まれたもんや。鮫の攻撃ってどないなもんやろか。予兆とかあったら教えてや」 「漁師さんも襲われた、ということは‥‥船に乗っていても襲われるんですかね?」 漁師達は落ち込んだ様子のまま、二人の質問に答えてくれる。 一番多い被害は海中に投げ込んだ漁網が破られるものだ。それに船縁に船乗りが立っていると海面から跳ねて襲ってくるらしい。 何度も衝突することで漁船を激しく揺らすこともあるという。船乗り達を海中に落とそうとしているとしか考えられなかった。 大きな鮫が老朽化した漁船の船底を突き破った例もある。必死に海水を掻き出しながら命からがら港に戻ってきたそうだ。 「今しばらくは休憩だ。午後からはバリバリと働いてもらうからね」 からす(ia6525)は揺れる飛空船の甲板で水平線を眺めながら淹れたての茶を嗜んだ。カミヅチ・魂流も海を眺めながら茶を頂いた。 「鮫はまた厄介な相手だね。それはそれとして鮫と聞けばカマボコを思いだすけど、光奈は作れるのかい?」 「芦屋さんも聞かれましたけど、やったことはないのですよ。ようは練り状にしてお湯に浸すか蒸すかすれば固まるみたいなんです。あ、山芋を足したほうが美味しいって漁師さんがいっていましたです」 光奈と火麗(ic0614)が鮫肉のカマボコを話題にする。 火麗の勧めで作ってみることにした。すり鉢などの道具は火麗が駿龍・早火に乗って満腹屋まで取りに行ってくれる。 『おともだちのヒカリ、おはよう』 『しらさぎ、おともだち。あえてたのしい』 上級からくり・しらさぎと、からくり・光は再会を喜んだ。光奈がしらさぎにカマボコ作りを説明すると買い物を手伝ってくれた。 そして午後。魚市場の飯屋で魚介丼を食べた一同はいよいよ中型飛空船へと乗り込む。 わずかに浮上させて移動距離を稼いで再び着水する。ここからが鮫退治の本番であった。 ●襲ってくるたくさんの鮫 「ほな、うち行ってくるで。上から探ってみるさかい待っててや」 「行ってらっしゃいなのです☆」 鋼龍・風絶に跨がった芦屋璃凛が光奈に見送られながら甲板から浮かび上がる。波間に漂う飛空船を中心にして鮫探しが始まった。 風絶に低空を旋回し続けるように指示をだした後で芦屋璃凛は言魂を唱える。式で海中にタコを出現させて視覚と聴覚が共有させた。これで海の様子が丸わかりである。 場所を変えて何度か繰り返し、ついに複数の鮫を発見。即座に戻り、水先案内人となって鮫を見かけた海域へと飛空船を導く。 「この下の鮫四匹が泳いでいたんや」 芦屋璃凛は光奈から水中呼吸器を受け取る。その上であらためて言魂のタコで海中を探った。 「まゆちゃん、お願いね」 「よいしょっと。合図をだしてくださいね」 月与は礼野に手伝ってもらって船縁で大きなタライをひっくり返す。海に流したのは鮫をおびき寄せるための魚市場でもらった魚のワタや血だ。 からすの朋友、カミヅチ・魂流はすでに海へと飛び込んでいた。 「よし、うまくいっていようだ」 からすが魂流にだした指示は鮫を引きつけて飛空船までおびき寄せること。海上の飛空船を中心にして泳ぎ回り自らを追いかけさせる。 「四匹、追いかけとるで。んっ? 五匹目に増えたようや」 式のタコから得た海の状況を甲板に座る芦屋璃凛が報告した。戦闘の警戒が一段階あがる。 『セントウ、はじまる。ミナさん、ヒカリ、センシツはいって』 からくり・しらさぎが船室への扉を開いて光奈とからくり・光を導く。 「お言葉に甘えてここから見させてもらうのです〜」 『しらさぎ、きをつけて』 船内に待避した光奈と光が船窓から顔を覗かせた。手を振って応えたしらさぎが礼野の元へ戻る。 礼野としらさぎは甲板に残り、鮫の襲撃から飛空船を守る役目を担った。 「それじゃ鮫一匹は手に入れておくさ」 「カマボコ調理の準備は万端なのです☆」 火麗は船窓越しに光奈といくらか話してから駿龍・早火の元へ向かう。途中で『刀「叢雲」』を抜いて感触を確かめてから鞘に収めた。火麗が乗った駿龍・早火が翼を広げて上空へと舞い上がる。 「海面に上がってこなかった鮫がいたときには任せてください」 隗厳はミヅチ・件を傍らに置いていつでも海に飛び込める態勢を整えた。 突然、遠くの海面に水柱が立つ。カミヅチ・魂流が海中から飛びだしたのである。 魂流は着水してから全力で飛空船目指して泳いでいた。わずかに遅れて波間に現れた背びれが魂流に迫る。 「魂流、よくやった。そのままこっちだ」 からすが『呪弓「流逆」』の弦をしならせて矢を放つ。狙ったのは鋭い牙で魂流の尾に噛みつこうとした鮫・壱の頭部だ。 宙を切り裂くように一直線に進んだ矢が大きく口を開いた鮫・壱の額に命中する。甲高い女性の悲鳴にも似た響きが聞こえたのと同時に鮫・壱の上半身が粉々に吹き飛んだ。『響鳴弓』による内部破壊は強烈であった。 「しらさぎ、お願いね」 礼野はこの場を、からくり・しらさぎに任す。敵鋭解析で状況を把握し、自動装填と八重弾幕による掃射を行う。 魂流を射撃範囲に含めずに海面まで上がってきた鮫の背びれを手がかりにして弾が放たれていた。銃弾が降り注いだ海面に血が浮き上がる。 (「あれ?」) 礼野はこのとき引っかかる印象を持つ。ただその正体がわからなかった。鮫・弐、鮫・参が瀕死となった状態で海面に漂いだす。 「そろそろ届くよね」 「やってみましょうか」 火麗と月与は互いが対象とする鮫を決めた上で咆哮を轟かせる。鮫・肆と鮫・伍が魂流を追いかけるのをやめて飛空船甲板に立つ二人目がけて突進してきた。 「襲う相手を間違っているで!」 芦屋璃凛が『砕魚符』で召還した巨大鮪が鮫・肆と激突。おかげで鮫・肆が船体に衝突することなく勢いを弱める。 もう一体の鮫・伍は海中から跳ねて月与に牙を剥いた。 「これで!」 月与が『太刀「鬼神大王」』を下段から振り上げて真空の刃を放つ。鮫・伍の左エラ周辺を大きくえぐり取った。 からくり・睡蓮は人形祓で瞬時に動いて月与を守る。 甲板に落下した鮫・伍の尾びれが月与に当たるのを自らの背中で防いだ。からくり・光はその様子を船窓から眺めていた。 「カマボコにはちょうどいい鮫じゃないかねぇ」 火麗は振りかざした『刀「叢雲」』で鮫・伍の頭部を斬り落とす。『唐竹割』を使ったのである。 まだ牙を剥きだしで顎を動かしている鮫の頭を蹴りとばして海中へ沈めた。さらに尾びれの部分も斬り取って海に放り込む。それでも生命力の強い鮫・伍はまだ身体をうねらせていた。 鮫退治が一段落したかに思える。しかし鮫との戦いは未だ続いていた。 火麗が鮫・伍の頭部を斬り落としたとき、すでに隗厳がミヅチ・件と一緒に海へと飛び込んでいたのである。 件が高速泳法をかけてくれたおかげで隗厳はより素速く水中行動ができるようになる。隗厳はからくりなので呼吸の心配はない。超越聴覚で水流の音を聞き分け、暗視で薄暗くなった海中に眼をこらす。 海底の岩場に潜んでいた鮫・陸を隗厳が発見。件にもう一度高速泳法をかけてもらった上で挑発し、大急ぎで急浮上する。 「大きな鮫です!」 海面から顔をだした隗厳が叫んだ。すぐさま潜って迫る鮫・陸の突進を躱す。 薄らと鮫・陸の影が浮かんでいた。それを目印にして魂流が水柱を使う。水しぶきをまといながら鮫・陸が空中高く舞い上がった。 睡蓮の『相棒弓「白樺」』による弓撃。件の練水弾。芦屋璃凛と共に飛んだ風絶が衝撃爪で激しく傷ついた鮫・陸は隗厳と陸から遠ざかる。さらに、しらさぎの八重弾幕で穴だらけとなった。 海面に鮫・陸が叩きつけられたときには瀕死の状態だ。からすの響鳴弓で尾の部分が粉砕される。 甲板から駆けた火麗が跳躍して鮫・陸の背中に立つ。即座に刃を立てて止めを刺す。しばらく暴れたものの、やがて鮫・陸は動かなくなった。 陸の種類はホホジロザメで大きさは六メートル級。甲板にあげるのは大変なので、そのまま他の魚の餌にすることとなる。 「鮫の種類がバラバラなのは普通のことなのですかね?」 「おかしい感じはするね」 礼野と月与が甲板に残ったモウカザメを眺めながら雑談を交わす。他にも倒した鮫はシュモクザメなど種類がまちまちだった。 「この鮫ならカマボコにできるかもしれないのです」 『カマボコ、つくる』 船室から出てきた光奈とからくり・光がモウカザメに近づいた。光奈は最初怖々としていたが、完全に動かなくなっていたのを知ってからは普通に振る舞う。 何人かの開拓者は鮫の解体を手伝った。先に逆さ吊りにして体液を抜いた上で大きめの切り身にされる。 さらに鮫退治は続けられた。 鮫の切り身を練り状にするのは光の仕事だ。光奈は摺ったヤマイモを鮫の練りに混ぜてから蒸してみる。 「うん。悪くないのですよ」 光奈はわさび醤油をつけてできあがったばかりのカマボコを試食した。非常にあっさりとした味で、新鮮な切り身を使っただけあって鮫特有の臭みはまったくなかった。 「こってりとしたければ他の白身を混ぜた方がよさそうなのですよ。でもこれはこれでいけるのです☆」 光奈は鮫のカマボコに手応えを感じる。手が空いた開拓者にも食べてもらう。 「お酒には合いそうだねぇ。終わったらこれで一杯やりたいもんだ」 火麗の言葉で場に笑いがわき上がる。 初日に退治した鮫は総数九匹にも及ぶのであった。 ●積もる疑問 二日目、三日目と鮫退治は順調に行われる。モウカザメなどのカマボコに適した種類はなるべく残されて光奈に預けられた。 加工しきなかった鮫は魚市場に運ばれて格安で売り捌かれる。収入の一部は開拓者達への依頼金に追加された。 そして四日目も早朝から飛空船で安州沖へと出かける。 「小物を除けばこれまでの三日間で三十六匹ですね。かなりの数です」 「そろそろ見かけなくなってもおかしくないんだけれどねぇ」 隗厳と火麗が甲板で話しているところに船内から仲間達が現れた。 「気になっていることがあるんです。こんなに鮫が大群で襲うなんて変じゃないです? 本来鯱とか海豚と違って群れ作る魚じゃない筈ですし‥‥。しかも違う種類なんておかしいです」 「まゆちゃんのいうとおりだよね。何だか変だと思う。誰かが意図的にやっているような、そんな気がするよ」 礼野と月与の意見を聞いた光奈が胸の前で腕を組んで長く唸る。 「‥‥今日の午前中も鮫をたくさん退治することになったら、ちょっと考えがあるのですよ」 ひとまず光奈の案に沿って鮫退治は続行された。これまでと似たような頻度で鮫との遭遇は続く。 鋼龍・風絶を駆って海面すれすれを飛んでいた芦屋璃凛が一隻の漁船を見かける。 「この辺は危険やで。鮫がおるんや」 漁船に近づいて船長らしき人物に漁場の変更を勧めた。そのとき一匹の鮫が海面から跳ねて甲板の漁師を襲おうとする。 風絶の身体をわざとぶつけて鮫を弾いて海中に戻す。海面には他の鮫の背びれも浮かび上がった。 「こっちや!」 緊急事態と判断した芦屋璃凛は漁船に追いかけてくるよう船長に伝える。わざと蛇行しつつ仲間達が待つ飛空船を目指す。 海中を巡回していたカミヅチ・魂流が途中で気がついた。漁船を追いかける複数の鮫を自らに引きつけてくれる。 からくり・しらさぎの八重弾幕であらかた片付く。後は水中呼吸器で海中に飛び込んだ月与と火麗が始末してくれた。 「魂流、少し甲板で休んでいけ」 からすは魂流に光奈からもらった鰺をあげた。昨日、鮫肉を囓ってこりごりな表情を浮かべていた魂流を不憫に思ったからである。 「みなさんもきっと同じ考えに辿り着いていると思いますけど、これはきっとアヤカシのせいなのです」 光奈は自分の推理を開拓者達に伝える。海中深くに多数の鮫を操っているアヤカシが隠れているのではないかと。 異論を挟む開拓者はいなかった。むしろ全員が積極的に賛成してくれる。 海の深い周辺を調べるとなればカミヅチの魂流と件が一番の適任だ。お目付役として隗厳も同行することとなった。 ●隠れていた真の敵 海の深くに手をつけ始めて半日が過ぎ去る。その間、カミヅチの魂流と件、そして隗厳は潜り続けて真の敵を探す。 海上に残った一同は無理をしない範囲で鮫を退治していた。心なしか鮫の出現頻度が減ったかのようにも感じる。 (「鮫を操るアヤカシなら、やはり鮫の形をしているのでしょうか」) 隗厳は薄暗い海中で眼をこらす。 暗視を使えば問題はなかった。超越聴覚も併用してアヤカシを探そうとする。 件と手分けすることも一瞬考えたが安全策として共に行動した。呼吸が不要なからくりであっても、泳ぎについては別だからだ。さすがに海中に特化したアヤカシを敵想定すると不利なのは間違いない。 魂流が凄まじい勢いで泳いでくるのを見かけた隗厳は直感を働かせた。すぐさま件に高速泳法をかけてもらい、魂流と動きに合わせて海面を目指す。 振り向けば巨大な塊が追いかけてきていた。少しでも気を抜けば追いつかれてしまう状況が続き、トビウオのように海上へと飛びだす。 その直後、巨大な塊の正体も宙に姿を晒した。 真っ黒な巨大鮫が水飛沫をまとって身体をくねらせる。判断する術は持っていなかったものの、隗厳は直感的にアヤカシだと感じた。 海面に落ちてからの隗厳は全力で泳いだ。牙だらけの大口が迫り、隗厳の身体へと影を 落とす。 魂流が洪水で押し流してくれたおかげで巨大鮫・妖との距離が稼げた。 「アヤカシと思われます!」 飛空船の甲板に駆け上がった隗厳が叫ぶ。到着前から状況を把握していた飛空船の一同は戦闘態勢に入っていた。 「そのまま待機。私が合図をだしたら水牢を使え」 からすは呪弓を手にしながら飛空船を背にして立ち泳ぎしている魂流に指示をだす。 遠隔攻撃の術を持つ者達が堪えて巨大鮫・妖を引き寄せる。中途半端に負傷させて海中深くに逃げられたら倒すのが難しくなるからだ。短時間で一気に叩くしか方法はなかった。 十数メートルまで近づいたところでからすが合図をだした。魂流が水牢で巨大鮫・妖の動きを鈍らせる。 からくりの睡蓮としらさぎが遠隔攻撃を開始。 (「この機会なら使えます」) 礼野は少し前から精霊力を充填していた。一気に精霊砲を放つ。精霊力の塊が巨大鮫・妖の横っ腹に命中する。 からすの響鳴弓による矢攻撃は巨大鮫・妖の左側部を大きくえぐり取った。 先に咆哮の響きで巨大鮫・妖の敵意を自らに引き付けた月与は真空の刃で背びれを斬り飛ばす。 光奈とからくり・光は戦闘を眺めているだけではなかった。巨大鮫・妖の衝突を避けるべく海上の飛空船を操る。 咆哮を使った火麗は超低空を飛んでいた駿龍・早火から巨大鮫・妖の背中へと飛び乗る。そして左右の目玉を順に潰していく。 火麗が早火の足に掴まったところで芦屋璃凛が放った砕魚符による鮪が巨大鮫・妖と正面衝突した。 泳ぐ勢いが弱まった巨大鮫・妖に鋼龍・風絶が体当たりを敢行する。スカルクラッシュによってアヤカシは完全に力強さをなくした。 止めを刺したのは隗厳の『鋼線「黒閃」』である。絡みついた鋼線が巨大鮫・妖の部位を次々と寸断。その側から瘴気の塵へと還元していく。 やがて動かなくなった巨大鮫・妖の胴体が海中に沈んでいった。何人かの開拓者が水中呼吸器で潜り、瘴気への消滅を確認する。 これ以降、朱藩安州沖で発生していた異常な数の鮫被害はなくなった。 ●そして 開拓者達は満腹屋に滞在して丸一日ゆっくりと休んだ。おかげでこれまでに蓄積した疲労が回復する。 「魚市場と漁師のみなさん、喜んでいたのですよ〜♪」 開拓者が神楽の都へと帰る日の夕方。満腹屋で魚尽くしの料理が振る舞われる。もちろん朋友の分もたっぷりと用意されていた。 「なかなかのものだねぇ」 火麗は念願の鮫のカマボコをわさび醤油で頂きながら天儀酒を一杯引っかける。 「鮫の皮は役立つんやで。他にも――」 「ふむふむ」 芦屋璃凛は鮫の使い道を記した報告書を光奈に預けた。安州の漁業関係者に責任を持って渡してくれるそうだ。 「船乗りさん達、軽傷でよかったです」 「誰かが命を落とす前に退治できてよかったね」 礼野と月与はおいしく海鮮料理を頂いた。鮫退治のおかげで漁獲が元に戻ったらしい。 「存分に呑むがよい。こちらは容器に注ぐ分だ」 カミヅチ・魂流もからすからご褒美としてお酒をもらってご機嫌な様子だ。 『カマボコだけ、あまりあじしない』 からくりの光、しらさぎ、睡蓮は一つの卓に集まって楽しそうにしていた。 「これどうぞ♪ 満腹屋名物、そ〜すぅ海鮮お好み焼きなのです☆」 「頂きます。‥‥‥‥おいしいですね」 光奈が勧めた料理を隗厳が食べてくれる。 夜も深まり、開拓者達は満腹屋を後にした。 まさかアヤカシが鮫を操っていたとはと話しながら精霊門を潜り抜けて神楽の都へと帰っていくのであった。 |