血まみれの男
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/28 17:10



■オープニング本文

 外から馬の嘶きが聞こえた。その直後、扉が乱暴に開かれて何者かが床に倒れる。
 ざわついていた理穴奏生の開拓者ギルド内が一瞬のうちに静まった。
 倒れた血まみれの男は自力で立ち上がろうとする。追いかけてきた門番が差し伸べた手を振り払い、激しく蹌踉けながら血の足跡を床につけつつ受付の席へとついた。
 垂れた血で椅子が赤く染まっていく。
「依頼を、したいんだがな」
「‥‥あ、いやその」
 それまで絶句していた受付嬢が我に返った。
 血まみれの男は依頼をさせろと強引に迫る。受付嬢は治療が先だとして叫ぶように他のギルド員を呼んだ。
「わかりました。わかりましたから」
 治療をしながら依頼も聞くからと受付嬢がなだめて、血まみれの男はようやく抵抗をやめる。その直後に血を流しすぎたのか失神してしまった。
 すぐさま薬草による止血と精霊魔法による治療が施された。
 血まみれの男の年齢は三十歳前後。細身の身体に刀傷が二筋。擦り傷や殴打の痕は数え切れなかった。指数本と右腕、肋骨も何本か骨折している。
 治療を受けて包帯だらけになった男は半日後にギルド奥の部屋で目を覚ます。布団の中でほんのわずかな間だけ天井を見つめていた。
「ここはどこだ? いやそれよりも」
 すぐに包帯だらけの男はどれくらい寝ていたのかを一番側にいた者に訊ねる。半日経っていることを知ると浮き上がらせていた上半身から力が失せて布団へと沈み込んだ。
「もう‥‥間に合わない」
 包帯だらけの男が目覚めたことを知って待機していた全員が布団の周囲に集まる。その中にはギルドでの騒ぎに居合わせた開拓者の姿もあった。
「旅の途中で野盗に襲われたんだ‥‥。娘を返して欲しければ身代金を払えっていわれたんだが、そんな金どうにもならねぇ、捻りだせねえ。自力で取り返そうと思ったんだがこの通り、やられちまってよ。それで一縷の望みとして開拓者に頼もうとしたんだよ。でも、もうだめだ。こんな時間じゃ」
 包帯だらけの男は徐々に涙声になる。
 そのとき開拓者の誰かがいった。いいから詳しく話してみろと。


■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
露草(ia1350
17歳・女・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
星芒(ib9755
17歳・女・武
シマエサ(ic1616
11歳・女・シ


■リプレイ本文

●とにかく早く
 午後の五時。良造から事情を聞いた開拓者一行はギルド敷地内の庭へと急いだ。
 庭には、からす(ia6525)が起動宝珠を所有する商用小型船『天海』が着陸していた。次々と乗り込んで離陸の準備が行われる。
「速攻で行ってきます。だからその間必ず休んでいてくださいね」
 露草(ia1350)は建物の窓から心配そうに顔を覗かせる良造に一声かけてから乗降用扉を閉じる。
 すぐに各部宝珠が駆動開始。強風をまき散らしながら飛空船『天海』が浮き上がった。
「急ごう」
 操縦席のからすは通常の手順を無視して急加速させる。
 『天海』は普段の半分の時間で巡航速度に達した。水平飛行に移ってからさらに最高速まで加速は続く。
「まったく、人間の風上にも置けねぇやつらだ‥‥」
 からすの隣に座っていた緋桜丸(ia0026)が計器を確認しながら呟く。人妖・珀も見よう見まねで計器を眺めていた。
「今のところ機関は大丈夫よ。妙な反応があったらすぐに知らせるから」
 機関室にいたフェンリエッタ(ib0018)は宝珠機関の状態を伝声管で操縦室に報告する。
(「急がなくちゃ‥‥野盗には咲さんを生かしておく必要もないし。何より無事を確かめなくては」)
 フェンリエッタが心の中で呟いた咲という人物は良造の娘である。
 請け負った依頼の趣旨は野盗の手から咲を無事に取り返すこと。野盗の扱いについては開拓者達の裁量に任せられていた。
 星芒(ib9755)もフェンリエッタと同じように咲の無事を祈らずにはいられなかった。
(「咲ちゃん、絶対無事に助けるからねっ」)
 方位磁石を手にしながら操縦室の窓から目視で景色を確認。現在位置を地図に書き込みつつ目的地までの距離と航路誤差をからすに口頭で伝える。
 一秒でも早く到着するために普段よりも緻密な航路修正が行われた。
(「咲ちゃんは数えで五歳。女衒に売り飛ばすにしても、いいお金になるとはいえないのにゃ。野盗は良造さんが裕福でないのを知っていて身代金を要求したとすれば‥‥きっとダメ元に違いないのにゃ」)
 シマエサ(ic1616)はからくり・アタマウスと共に甲板で待機していた。命綱をつけた上にアタマウスがシマエサを支える。
 危険な真似をしていたのは超越聴覚でいち早く敵となる野盗を探しだすためである。
 引き渡し場所の山の中腹が見えてきた頃、からすは『天海』を減速。超低空飛行に切り替えて二、三キロメートル先の平らな土地へ静かに着地させた。
 じっとシマエサが耳をそばだてる。
「野盗らしい物音は聞こえないのにゃ」
 シマエサはすぐさま伝声管で野外の状況を船内に伝えた。
 大人数が一所に留まれば必ず音がする。馬がいるなら啼くだろう。行儀良く息を潜めて待ち構えられるほど野盗の統率がとれているとは考えにくかった。
 ちなみに野盗が息を潜めていたとしてもシマエサの耳は存在を捉えたはずである。
 開拓者達は山の斜面を登って引き渡し場所へ向かうことにした。
 到着後、緋桜丸が切り株の上に残されていた紙切れを発見する。それには墨で『かわいそうな娘。バカ親父のせいで死ぬよりもかわいそうな目に』と書かれてあった。

●追跡
 野盗はまだ遠くへは行っていなかった。引き渡し場所の高見から眼をこらすとざっと二十名程度の野盗が列をなして山道を進んでいるのが見える。
 シマエサの耳に野盗の物音が届かなかったのは、飛空船の着陸位置と野盗の列の間に小山がそびえていたからだ。
『オレにイヌになれっていうのか!』
「そうだ。おっと、危ねぇな」
 緋桜丸は茂みの中を走りつつ、浮遊随行する人妖・珀を説得した。彼なりに悩んでいたものの、緋桜丸が食い気を刺激してやると目が輝く。
『後でたっぷりお菓子の褒美もらうからなっ!』
 びしっと指を立てる珀の姿は勇ましかった。
(「お子様だな‥‥」)
 そう思いつつ緋桜丸は言葉にはしない。代わりに『おう』とだけ返事をしておいた。
 開拓者達は野盗の列まで百メートルを切ったところで立ち止まる。茂みの中から様子を窺う。
 からすは管狐・招雷鈴を宝珠の中から出現させた。招雷鈴は三百メートルまで近づいてから狐の早耳で野盗一人一人の存在を確認して戻ってくる。
「シャオ、どうだ」
『葛籠二箱に一人ずつイルナ』
 招雷鈴によれば馬が牽く荷車の葛籠の中に人が仕舞われているという。二つの葛籠に一人ずつの計二名のようだ。
 今のところ野盗の列の中で歩かされている咲の姿は確認されていない。咲がどちらかの葛籠に閉じ込められている可能性はとても高かった。
 からすは招雷鈴を宝珠に戻すと事前の作戦通りに本隊とは別行動をとる。
「人質の確認はどうかお願いね」
 仲間達にそう頼んだ星芒もからすと同じく提灯南瓜・七無禍を連れて本隊から姿を消す。
 それからまもなく開拓者の本隊は身代金の渡し役、交渉役として野盗と接触した。

●人でなしの集団
「何だ、てめぇらは!」
 突然、目前の道を塞ぐように数人が現れて野盗達は血の気をたぎらせた。次々と槍や刀を構えて今にも襲いかかろうとする。
「良造という方の交渉人です。身代金を持ってきました!」
 大きく息を吸った露草が野盗に話しかけた。
 彼女の横に並ぶフェンリエッタが凜とした姿勢で唐草模様の風呂敷包みを片手で持ち上げて暗に示す。この中に身代金が入っているのだと。
「待ちやがれ!」
 何者かが叫んで野盗達の歩みが止まる。
「あのへっぴり腰の使いか。そりゃご苦労なこったな。もうとっくに約束の時間は過ぎたはずだが。まさか今頃のこのこと現れて娘を返してちょうだいじゃないよな。お嬢さん方よ」
 巨体の男が他の野盗を退けて前に出てきた。野盗頭の雰囲気を激しく辺りにまき散らしながら。
(「早いとこ、探しだしてくれよ」)
 用心棒役の緋桜丸の側から人妖・珀はいなくなっていた。
 現在、人魂で犬に化けて野盗の列に紛れ込んでいる最中である。咲が何処にもいなければ葛籠の中に閉じ込められている人物がそのはず。それを確認しようとしていた。
「そこまでいうなら、まずは金を確かめさせてもらおうか」
「それはできない相談ですにゃ。人質の身柄確認が最初なのにゃ!」
「勇ましいな。ちっこいの」
「ちっこいっていうと怒るのにゃ!!」
 野盗頭にシマエサが食ってかかる。
 ここでしばらく野盗頭と開拓者達による問答が始まった。人質と身代金。どちらの確認を優先するのかを。
 実は開拓者側にとって身代金そのものについてはどうでもよかった。
 肝心なのは仲間の準備が整うまでの時間稼ぎである。必要以上に野盗側を怒らせないように心を砕きながら交渉を引き延ばしていく。
 ちなみに身代金は時間がなかったこともあって開拓者の有志が出し合った本物である。
(「ラズ、うまく隠れているわ。そこで待っててね」)
 フェンリエッタは山道沿いに生える樹木の枝葉の中に羽妖精・ラズワルドらしき影をみかける。
 ラズワルドは暗い緑色をした布で姿を隠しつつ、眠りの砂を活用できる位置につく。
「し、仕方がないのにゃ‥‥」
 シマエサは人質の確認役を担うために手裏剣を仲間に預けた。後ろに控えていたからくり・アタマウスも巨大な剣を地面に落とす。
 野盗側の殆どの者が交渉の場に注目し続ける。
 この状況を利用して犬となった珀とリスに化けた天妖・衣通姫が停まっている荷車へと近づいた。荷車の下に潜り込んで双方とも元の姿に戻る。こっそりと別々の葛籠に声をかけた。
 どちらにも間違いなく人が閉じ込められていた。言葉が交わせたところからいって、おそらく猿ぐつわはされていない。
 依頼の目的である咲は珀が声をかけた方。もう一つの葛籠に入れられていたのは別に拐かされた娘のようだ。
 再び犬とリスに化けて珀と衣通姫はその場から立ち去る。それぞれ別の高い樹木に登り、決めておいた手振り身振りで咲が荷車先頭側の葛籠に閉じ込められていたことを知らせた。
 互いの代表が中央へ歩み出ることに。
 開拓者側はシマエサ、露草、アタマウスが代表となった。
「あ‥‥」
 露草がフェンリエッタから風呂敷の包みを受け取り損ねる。草むらに落ちそうになったのを屈んで掴む。
 下衆な笑い声が野盗側からわき上がった。罵倒の言葉も続く。
 おどおどした態度を見せながらも、しかし露草は意に介していない。
 わざとだからだ。更なる時間稼ぎと野盗側を油断させるためにあえて道化を演じた。シマエサやフェンリエッタもそれに合わせる。
 野盗側からも代表として三人が歩を進めた。連れていた小さな女の子の頭には布が被されていて遠くからでは顔が確認できなかった。
 互いが五メートルの位置まで近づいたところで立ち止まる。
 交渉での約束通り、そこから露草だけが前に進みでた。野盗側からも一人だけ。
 野盗・壱は早歩きで近づくと風呂敷包みを乱暴に開いて中身を確かめた。硬貨を叩いたり囓ったりして偽物か本物かを判断する。
 露草は女の子にかかっていた布をとって顔を覗き込む。
「間違いなく金ですぜ! いってたぐらいの金額はありそうでさぁ!」
 野盗・壱が叫んだ。
「違います! この方は咲さんじゃありません!」
 露草は声を張り上げる。
「連れてって構わねぇよ。あばよ!」
 野盗・弐が女の子の背中を強く押して露草に抱きつかせた。
 野盗・壱は風呂敷包みごと金を奪おうとする。全力で駆けだそうとしたが、それを阻止できないシマエサとアタマウスではなかった。
 シマエサが風呂敷包みを奪い返してアタマウスが転ばす。
 だが開拓者側が想定していなかった行動に野盗側はでた。弓や機械弓で矢を浴びせかけてきたのである。
 互いの中央に歩み出た者は敵味方構わず皆殺し。その上で身代金を奪おうとしていた。あわよくば生き残った開拓者も攫おうと企んでいたことだろう。
 アタマウスが無痛の盾を使いつつシマエサをかばった。
 風呂敷包みの奪取に失敗した野盗・壱は何本か矢を受けていたが足と頭には大事がなかった。起き上がって野盗側へと逃げようとする。
 怒ったシマエサは矢の斉射が収まったところで反撃開始。背中に差していた日傘を手に取る。追いかけて野盗・壱の脇腹に深く突き刺す。
「かはっ!」
「簡単に味方を裏切る。野盗なんてその程度の結びつきなのにゃ」
 普通の日傘のように見えていたのは旡装によって偽装されていた『仕込日傘「翠香」』であった。奔刃術を自らに付与した上で野盗の直中にアタマウスと共に突入。敵の足を次々と狙う。
 賢明な露草もこの程度の悪巧みでやられるはずがない。いち早く野盗側の動きに気がつき、側にいた野盗・弐を盾にして女の子と一緒に弓撃の難を逃れる。
 まだ息があったので袖から取りだした符で式を打つ。
 襲わせたのは毒蟲。背中に多くの矢を生やした野盗・弐が小刻みに身体を震えさせながら地面へと倒れ込んだ。
 次の斉射が来ると察した露草は女の子の腕を引っ張って一緒に道沿いの樹木の裏へと隠れる。奇しくも生き残った敵の代表者、野盗・参も同じ樹木に隠れようとする。
「ここにあなたの居場所はありません」
 露草は野盗・参にも毒蟲の痺れを味わってもらう。
「この感じは‥‥なんだ‥‥もう、もうや、やめれぇてくゅれぇ」
「ああ、自分がしたことをされるのは嫌ですか。それはそれは。‥‥お断りしますが」
 地面を這うようにして樹木の裏側から逃げようとする野盗・参を露草は止めない。再び矢の雨が周辺に降り注いだのはいうまでもなかった。
 交渉の結果によって後方に待機せざるを得なかった護衛役の緋桜丸とフェンリエッタも激しい戦いを繰り広げていた。
 二人が戦いを仕掛けたのは野盗側が味方ごと矢を射かけた瞬間からではなかった。実はその十数秒前から。伏兵のからすと星芒が咲奪回に動いたときからだ。
 樹木の天辺に留まった珀と衣通姫が手振り身振りで伝えてくれたのである。
 つまり露草が女の子に被された布を外す前に咲ではない別の人物だと開拓者側の誰もが気づいていた。おかげで驚かずに冷静なまま次の手を打つことができたのである。
 フェンリエッタは『結界呪符「白」』で白壁を出現させる。緋桜丸と共に隠れて流れ矢をやり過ごしてから次の手を打つ。
(「よし今のうちに!」)
 フェンリエッタは夜による時間停止を活用して野盗の懐深くに潜り込んだ。拳や蹴りを当てれば野盗が身体を捻らせて吹き飛んでいく。
 しかしそれでは倒せない野盗と対峙した。フェンリエッタの蹴りを左腕で受けて押し返してきた者がいたのである。
 瞬時に志体持ちだと気づいたフェンリエッタは再び夜を使う。
 時間が止まっている間に志体持ち野盗の両手両足を強打。数秒後、志体持ち野盗はその場に倒れ込んだ。
 その頃、ラズワルドは布と樹木の枝葉で隠れながら野盗頭に何度も眠りの粉を振りかけていた。
 睡魔に襲われながらも野盗頭は眠りに落ちることはなかった。いい加減寝てしまえばいいのにとラズワルドが眠りの粉を散らす。
 その野盗頭に刃を突きつけたのが緋桜丸だ。
「よくもまあ、ここまでひでぇ奴らばかり集めたもんだな。悪党につける薬はねぇな。覚悟を決めてもらうぜ野盗の頭よ!!」
 緋桜丸が振り下ろした『騎士剣「グラム」』で野盗頭の鎧がひしゃげる。黄金短筒で腿を撃っても野盗頭はまだ立っていた。
 志体持ちなのは雰囲気からわかっていたが想像以上にしぶとかった。睡魔に襲われてふらふらと足下がおぼつかないというのに防御だけは一人前以上だった。
 それから一分経たないうちに緋桜丸と野盗頭の戦いは終了する。
 咲の奪回成功を告げる呼子笛の音が耳に届いたからだ。それは同時に撤収を意味する。もう一分あったのならば緋桜丸は野盗頭を倒したに違いない。
(「あの怪我なら‥‥もうお終ぇだろうな。あとは惨めに生きていきな」)
 退却する緋桜丸は野盗頭の再起不能を確信していた。力自慢による他者への脅迫は今日で店仕舞いだろうと。

●救出
 時は少し遡る。
 からすは本隊の交渉によって動きが止まった野盗が留まる道の脇に身を隠していた。埋伏りで樹木と一体化しつつ相手の出方を窺う。管狐・招雷鈴は宝珠の中だ。
 星芒も野盗のすぐ側で待機中。トリックパーティーを使った提灯南瓜・七無禍を抱きかかえることで一緒に透明化していた。
 からすは野盗がいる道を挟んで西側、星芒と七無禍は東側で息を潜める。分かれていたものの、それぞれ五メートルと離れていない距離関係にあった。
 人魂で動物に化けた天妖・衣通姫と人妖・珀の活躍によって咲が閉じ込められている葛籠は把握済み。交渉が進んで片方の葛籠から咲とは違う女の子がこっそりと出されたのも二人と一体は目撃していた。
 交渉が過熱することで野盗達の意識が引っ張られていく。とはいえ向けられていたのは真摯なものではなく嘲笑のため、または苛立ちに過ぎなかったが。
(「咲ちゃん、もう少しだからねっ」)
 透明を維持する星芒はぎゅっと七無禍を抱きしめながら飛びだしたい気持ちを我慢する。
 馬鹿な野盗の中には視線や意識だけでなく、持ち場を離れる輩も現れだす。敵側の隙がどんどんと大きくなっていく。
 ようやく交渉に妥協点が見いだされた。それぞれの金と人質の確認が行われることになる。
 からすは今が好機と判断。用意してきた爆竹を遠方へと放り投げつつ、葛籠が載っている荷車の上へと飛び乗る。
 それを知った星芒と七無禍も続いた。爆竹が破裂したのと同時に姿を現しつつ、如意金箍棒で邪魔な位置に立っていた野盗をはじき飛ばす。七無禍は亡者の笛で敵側の混乱を誘う。
 からすは葛籠の蓋を開ける寸前に招雷鈴を上空へと召喚する。葛籠の中で縛られていた咲の縄を斬りながら落下してくる招雷鈴に告げた。
「シャオ、『蹂躙せよ。但し不殺』」
『当然ダナ。オイお前ら』
 稲妻の如く招雷鈴が大地を走る。
『女を盾に脅すしかないヒヨッコ共ガ。誇りあるナラバかかってくるガイイ』
 招雷鈴は煽りながら野盗の足を次々と風刃で傷つけていく。
「ここは任せて先に行って!」
 星芒は咲とからすに襲いかかろうとした野盗へ烈風撃の衝撃波を食らわせた。弾け飛んだ野盗は一瞬だけ樹木の枝に引っかかりながら大地へと落ちる。
 咲を背負ったからすが茂みの中に姿を消したのを星芒が確認した。追いかける野盗はいない。その事実を仲間達に知らせようと呼子笛を鳴らす。
 合図は事前に決められていたもの。咲さえ無事に助けだせれば野盗に用はなかった。
 ただ咲と同様の不幸な目に遭っていた女の子は一緒に連れて行くことに。フェンリエッタが背負って崖を駆け下りていく。
 ついてきた野盗はほんの数人だけ。それらの者も軽く小突くだけで戦意喪失してそれ以上追ってこなかった。
 夕闇が終わって闇に包まれる。
 飛空船『天海』は全員が乗り込んだところですぐに離陸する。
 咲ともう一人の女の子は擦り傷こそあったものの大きな怪我はしていない。お腹が空いていたようでシマエサが持っていた鮭おにぎりをあげると、二人とも瞬く間に食べてしまった。

●再会
「さ、咲!」
「父ちゃん!」
 理穴開拓者ギルドの奥。布団で寝ていた良造は咲の姿を見るなり上半身を起こして抱きしめた。
「なんていったらよいのやら‥‥。あ、ありがとうございました」
 次に額を畳に擦りつけるようにして良造が開拓者達に感謝する。
 開拓者達はすぐに頭を上げさせて良造を布団に寝かせた。命の危険からは脱したものの、今も無理をしてはいけない状態。特に熱が酷かった。
 良造は有り金すべてで依頼金を支払おうとする。だが開拓者達はそれを受け取らない。
 からすの命で招雷鈴が幾ばくかの金目の物を野盗から頂いてきた。それを被害を受けた良造に手渡す。その上で開拓者達は規定の料金分だけを受け取った。
 ちなみに使われた消耗品については良造が補充してくれる。せめてこれぐらいはさせてくれと。
 もう一人の女の子の身元はすぐにわかった。奏生周辺の村に住んでいたのでギルドが責任を持って送り届けてくれるとのことである。
 開拓者達はギルドが用意してくれた宿でぐっすりと身体を休める。翌日以降、それぞれに用を済ませてから神楽の都への帰路に就くのであった。