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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 昼のかき入れ時が終わって夕方まで仕込みの休憩時間。 「お姉ちゃん! これ見てくださいなのですよ!」 「光奈さんったらそんなに急いでどうしたのかしら?」 外出していた給仕の智塚光奈が慌てて満腹屋に戻ってきた。姉の鏡子は光奈から瓦版を手渡される。 「なんでしょう? ‥‥‥‥希儀料理指南書とは別の調理手順の書物が多数発見されたと見出しがありますわ」 「地中海の魚介料理らしいのです☆」 光奈のお喋りを聞きながら鏡子は最後まで瓦版に目を通す。 「瓦版の最後に募集がありますわ。希儀の地中海で魚を釣り、実際にその料理を作りましょうですって。主催者はどうやら美食家のようね」 「美味しい料理なら満腹屋でも出したいのですよ〜♪ 地中海ではどんなお魚が釣れるのかな?」 光奈だけでなくジルベリア系の料理が好きな鏡子も興味津々である。 智塚姉妹は満腹屋を経営する両親の許可を得て二人で参加する。ちなみにその間は親戚の娘が給仕を引き受けてくれることとなった。 後日、光奈が手に入れた申請用紙には旅程や乗り込む飛空船のことが記されていた。 希儀の羽流阿出州までは護衛の開拓者と共に精霊門でひとっ飛び。現地では特化された中型飛空船三隻が待機している。 その三隻とは『板場飛空船』『氷室飛空船』『釣り飛空船』。 保存が利く食材や調味料、道具を運ぶのは板場飛空船。船倉内が板場になっていて料理の腕を存分に振るえる。 氷室飛空船は高山で万年雪を採取して生鮮食品を長持ちさせる構造だ。氷霊結が使える巫女も数人乗船しているので雪を得てから一週間の持続が可能だと書かれていた。 釣り飛空船の甲板は一般的な飛空船と比べて海面との距離が近くなるよう設計されているそうだ。大物に備えて銛打ちの装備が整っているらしい。 漁網に関しては主催者の意向で載せられていない。但し、手釣りを補助するたも網などは別である。 やがて当日。参加者一同は開拓者達と共に精霊門を潜り抜けて希儀の羽流阿出州へ。早速飛空船に乗り込んで地中海を目指すのであった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
一心(ia8409)
20歳・男・弓
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●地中海 見上げれば透き通るような青い空にふわふわの白い雲。 眼下には煌めきを散りばめた穏やかな海面。 希儀中央に広がる『地中海』に中型飛空船三隻が次々と着水していく。 智塚姉妹は釣り飛空船に乗っていた。 「お姉ちゃん、窓の外がきれいなのですよ〜♪」 「あちらの向こう岸が見えないわね。地中海って地名に『海』がついているけれど湖じゃないのかしら?」 「人によって意見が分かれるのですよ。河口付近の汽水を除ければ塩っぱいみたいだし」 「難しいところなのね」 光奈と鏡子は部屋から出て甲板へと向かう。 『まゆき、いまはねたよ! おさかながみずからとんだよ♪』 釣り飛空船の甲板にいた礼野 真夢紀(ia1144)は興奮する猫又・小雪に微笑んだ。 「警戒態勢の変更があるまでお魚釣りはちょっと待っててね。すぐに出ると思うから」 礼野のいう通りまもなく警戒が緩められて護衛の者達も自由時間になる。 芦屋 璃凛(ia0303)は歩み板を渡って板場飛空船へ移った。船乗りから海岸に向かうと聞いたからである。 「好きにしてええからな」 『わかったわ。あとでな』 仙猫・冥夜は釣り飛空船に残ることにした。操縦室の屋根に登って寝転がる。 「ラヴィ、潮干狩りするからこっちの船ね」 紫上 真琴(ic0628)は船縁から板場飛空船へと飛び移った。羽妖精・ラヴィは自らの羽根で追いかける。 数分後、板場飛空船は旋回して海岸を目指す。 「これで万全だろう」 竜哉(ia8037)は手を輝かせて自らを触った。天候による悪影響を無効化する『保天衣』をかけたのである。次に釣り竿ではなく『鋼線「墨風」』を取りだす。 「どんな魚が釣れるのでしょうかね」 一心(ia8409)が釣りの準備をしている隣で、人妖・黒曜は目を閉じたまま海面の方を向いていた。潮風に髪を揺らしながら。 「珍妙な姿の魚も捨てずにとっておいてね♪」 滑空艇・カリグラマシーンで宙に浮かんだ雁久良 霧依(ib9706)は釣り飛空船の上を旋回する。そして海岸へと飛んでいく。 「予定しているのはあの崖の辺りだな」 「わかった。では夕方には戻ってこよう」 草薙 早矢(ic0072)は船長に今晩の停泊場所を教えてもらう。それから翔馬・夜空の背中に跨がって遠くの空へと姿を消した。 火麗(ic0614)は釣り飛空船操船室の空き座席に腰かけていた。 「この料理はおいしいのかねぇ? 天儀の人の舌に合わせるにはアレンジが必要かも」 地中海用の料理指南書にあらためて目を通していたのである。 初めての海なので漁師が釣り場の選択に悩んでいた。そこで一心が『心眼「集」』で魚影を探って決められる。 「焦っても仕方がないからな」 鋼線を使った大物狙いの竜哉のやり方だと移動時のみが実質的な釣りの時間になる。他の乗船者達が釣っている間は水でも飲みながらゆっくりと休んだ。 ●船釣り 礼野と光奈は並んで釣りに挑戦していた。 「魚が充分に釣れたら夕食のために麺を用意したいですね。地中海料理指南書に載っていたまっすぐではない麺を試したくて」 「筒状の真ん中に穴が空いている麺なんて驚きなのです。『まかろぉにぃ』っていうらしいですよ♪」 礼野と光奈が談笑している横で猫又・小雪は真剣な眼差しで海面を見つめる。 『まゆき、ひいているよぉ! みなのも、ゆれてた!』 小雪がいわれて二人とも釣り竿をあげる。釣り針にかかったのはどちらもアジだ。 釣り飛空船の真下をアジの群れが通過しているらしく、参加者達の竿に次々とアタリがきた。 「貝類は海岸に向かった人達に期待するとして、ブイヤベースならいろんな白身魚が欲しいところだねぇ」 火麗が釣ったアジを羽妖精・冷麗が針から外してくれる。一緒の作業が面白いようで冷麗は喜んでいた。 「まだアジの大群はたくさんいますね」 『‥‥』 一心と人妖・黒曜は落ち着いた構えで釣っていたが手さばきは非常に早かった。急いで釣っている釣り人に勝るとも劣らない。 普段と変わらないように見えて黒曜は釣りを楽しんでいた。少なくとも一心はそう感じ取る。 『あじ、たくさんつれているよ! さっそくさしみにしてたべるんだって!』 『そりゃ贅沢な話だ。ちょいとご相伴に預からせてもらおうか』 小雪が仙猫・冥夜を誘う。 二匹で仲良くアジの刺身を頂く。皿に盛られた刺身の銀皮が眩しく輝いていた。 他の朋友もアジをもらってご満悦である。 「この食感を味わえるのは釣りたてだからですわね♪」 刺身を食べた鏡子の心は躍る。完成した地中海料理を思い浮かべながら。 アジの次は多種に渡る魚介類が釣れた。タイやスズキの他に赤いヒメジも引っかかる。しばらくしてエビやイカの群れに遭遇して十分な数が釣り上げられた。 殆どの釣果は定期的に氷室飛空船へと運ばれる。活け締めにするかどうかは釣った個人の判断に任された。 「えっと‥‥」 「任せてくださいなのです☆」 礼野はタコを釣り上げたのだが光奈に頼んで外してもらう。どうやら色が苦手らしい。 釣り場の移動中、大物狙いの竜哉にアタリがあった。 (「来たな」) 竜哉は背水心を使って自らを律する。集中力を切らさないよう徐々に鋼線を手繰り寄せていく。 かかった魚は中々海面に姿を現さない。 チョウザメのメスなら良しだが、その他の鮫なら食材としての魅力は少ない。美味しい大物が釣れればと他の参加者達が応援する。 十五分が過ぎた頃、ようやく獲物の一部が見えた。背びれが浮かんで沈み、続いて細長い突起物が波間から露わになる。 「カジキか!」 竜哉の呟き通り獲物はカジキマグロである。大きな身体を波の上で跳ねてしならせることで抵抗しようとしていた。 ここぞという機会に竜哉は強力を使って一気に引き寄せる。 充分に近づいたところで上級迅鷹・光鷹が手伝った。銛で突く代わりに鋭い爪でカジキのエラ部分を深く引っ掻いてくれる。 おとなしくなったカジキに鈎を引っかけて滑車で甲板に揚げる。突起部分を除いても三メートル前後の大物であった。 ●草薙 草薙早矢は海面間近を浮かぶ翔馬・夜空の背中の上で釣っていた。 「釣れないな」 釣り糸を垂れてから三時間が経過しても釣果は未だゼロである。釣り場を変えてみたが、かかる魚はいなかった。 仕方なく休憩。竹の皮の包みを開いてお握りを頬張る。 (「ケモノやアヤカシのせいで海中に魚がいないのか?」) そう考えた草薙早矢は潜って確かめようとする。食べ終わってから海岸付近に移動し、水着姿で海へと飛び込んだ。 海中は生命で溢れていた。 ひとまず目に付いた貝類を海底から拾う。アワビにサザエなどなど、採り放題である。 (「いた‥‥。あの魚が獲れれば」) 三度目の潜水時に泳ぐマダイを発見して草薙早矢は心躍らせた。 「銛を頼む」 草薙早矢が海面から顔をだして夜空に声をかける。頭の良い夜空は背中に積んでいた銛を落としてくれた。 銛を握って海中へ。先程のマダイはどこかへ消えてしまったが、すぐに別の個体を発見する。 一突き目は大外し。二突き目は避けられて岩に命中。三突き目で見事に仕留める。さらに近くを泳いでいたイシダイも手に入れた。 「こんな感じか?」 海岸にあがった草薙早矢は獲物の魚に釘を差し込み、包丁を入れて活け締めを施す。 せっかく得た待望の獲物である。早々に戻り、氷室飛空船で夕方まで保存してもらうのだった。 ●雁久良 上空から海岸線をなぞることで磯を発見した雁久良は、滑空艇・カリグラマシーンを着陸させる。 「独り占め、いいわね♪ 誰も見ていないし、ここは裸でもいいかな?」 裸か水着か悩んだ雁久良だが素潜りの予定を思いだす。 どのみちベルトで道具を身体に取りつけなければならない。それならばと『ビキニ「ノワール」』の姿で採り始める。 「きっと岩の下のあたりに‥‥あったわ♪」 岩場にはたくさんのムール貝が張り付いていた。手つかずの自然なので採り放題。もってきた網が三十分も経たないうちに膨らみきった。 「次は岩牡蠣ね。真牡蠣と違って夏が旬だから、きっとおいしいはず♪」 海に飛び込んだ雁久良は素潜りに挑戦する。海中を探っていくうちに狙っていた岩牡蠣を発見した。一度浮上して大きく息を吸ってから再び海底へ。 (「んっ‥‥」) 釘抜きのような道具を使って岩肌から岩牡蠣を剥がす。そして急いで海面へ。 「‥‥ぷはぁっ!」 浮き袋付き網へ岩牡蠣を入れると雁久良は仰向けになって波間に漂った。 (「結構きついわねー」) 岩牡蠣があったのは水深四〜五メートル辺りである。潜りは何とかなるが岩から剥がすのに手間がかかった。 こればかりは慣れだと雁久良は覚悟して素潜りを繰り返す。 鮫との遭遇こそなかったが、毒を持っていそうなトゲトゲの魚は稀に泳いでいた。 不細工でも味はよさそうな魚が泳いでいれば小網で確保。苦労はしたものの、二つ目の網も岩牡蠣で一杯になる。 「まずはシンプルに白ワイン蒸しね。不細工魚ちゃんはやっぱりあれね♪」 雁久良は飛空船へ戻ろうと滑空艇・カリグラマシーンを浮上させるのであった。 ●芦屋 「結構な穴場のようやな」 岩場に座る芦屋璃凛は釣り針に餌をつけて海面に放り込んだ。一分も経たないうちにアタリがあり、釣り竿をあげれば魚がかかっている。 最初は釣り飛空船で釣るつもりだったのだが、板場飛空船が海岸に行くと聞いて気まぐれで乗り込んでしまった。 海岸での釣りも楽しむつもりだったので、これはこれでよし。釣り飛空船で釣る機会は明日以降もたくさんある。 魚がかからなくなってきたところで直接掴まえてみようと上着を脱いで海へと飛び込んだ。 ふらふらと泳いで芦屋璃凛にぶつかる間抜けな魚もいる。ここまで無防備な相手だと獲る気分にはなれなかった。 砂浜にあがって一息ついていると子供達の声が聞こえてくる。参加者の家族が少し離れたところで泳いだり潮干狩りを楽しんでいた。 いてもたってもいられなくなった芦屋璃凛は再び海の中へ。 深く沈んでからは仰向けで力を抜く。そして海面の向かう側に広がる水天を眺めた。 (「透き通っているわけやないけど綺麗やな。まったく、魚達や珊瑚、クラゲなんて、生きるために必死や。うちは、もっと自分に正直になるべきや」) 芦屋璃凛は身体に溜まった何かを洗い流していくのであった。 ●紫上 砂浜に到着した紫上真琴は軽装に着替えて海に飛び込んだ。 (「わあ、魚の群れだ♪」) 海の中はとても澄んでいて、かなり遠くまで見通せる。おかげでたくさんの魚を一度に見ることができた。 (「あの大きいのって‥‥もしかして」) 遠方に巨大な魚が一尾。 紫上真琴は光奈から聞いたチョウザメらしき魚を目撃する。キャビアと呼ばれるチョウザメの卵が巷では流行っているらしい。 後ろ髪を引かれつつ、ひとまず砂浜へ戻った。すると羽妖精・ラヴィが潮干狩りはまだかと熊手を片手に持って待っていた。 「潮が引けてきたようだし、やろうか?」 紫上真琴はラヴィと一緒に潮干狩りを始める。先程まで波が届いていた砂浜を掘ってみればゴロゴロと貝が見つかった。アサリやシジミ、ハマグリも。 「砂浜の穴にお塩を入れてみて」 ラヴィは紫上真琴にいわれた通り、塩を摘まんで砂地の穴へ振りかけてみた。すると棒状の何かが飛びだしてきて思わず尻餅をつく。 棒状の何かの正体はマテガイ。 ラヴィはマテガイ採りを気に入った。桶がマテガイで一杯になる。 潮干狩りはとても順調で一時間程度で十分な量が採れてしまう。そこで素潜りによる漁をやってみることに。 紫上真琴は超越聴覚で水掻き音を選別してチョウザメを探しだす。こっそりと近づいて輪にした縄を引っかけた。 後は志体持ちの力で縄を引っ張った。時間はかかったものの、砂浜まで揚げることに成功する。メスだったのでキャビアも入手。そして身は白身である。 チョウザメを背負って板場飛空船まで運ぶと他の参加者達に驚かれた。 ●地中海料理 飛空船三隻は暮れなずむ頃に陸へと移動する。参加者達は晩餐の準備に取りかかった。 「ラヴィ、お酒とってくれる?」 紫上真琴はチョウザメ肉を鉄鍋へと放り込んだ。 「みんなの分もたくさんあるからねぇ」 火麗はとても大きくて平べったい鍋に様々な食材を投入。 魚介類はカサゴ、オコゼ、アナゴ、エビにムール貝である。他にはトマトやニンニク、ジャガイモも。オリーブオイルや香辛料、白ワインで煮込んでいく。 調理していたのはブイヤベース。雁久良も同様の料理に挑戦しようとしていた。 「せっかくだし火麗さんとは少し食材を変えてみようかしら。魚介類は豊富にあるからね♪ 白カサゴにホウボウ、マトウダイにアンコウ。チョウザメの肉も♪ ムール貝もいいけど苦労した岩牡蠣を使ってみよっと♪」 ブイヤベースの主となるのはスープである。指南書によれば身はおまけ扱いらしい。 「興味深いですわ」 鏡子が漂ってくる香りに思わず喉を鳴らす。火麗と雁久良のブイヤベースにどのような違いがあるのか興味津々だ。 その他に火麗はマリネ。雁久良は白ワインの酒蒸しを作ろうとしていた。 「これであとはじっくりと。急いでソースを作らなければ」 草薙早矢が作っていたのは鯛の塩釜焼きである。 板場に備え付けのオーブンに塩で覆ったマダイを投入。主に卵黄とオリーブオイルを使ったアリオリソースを用意しておく。他には魚介の酒蒸しやタコ煮を準備する。 一心と人妖・黒曜は卓や椅子を並べる設営を手伝っていた。 「なんですか黒曜?」 黒曜の言いたげな表情に一心が気がつく。しかしこのときはなにも語らなかった。 三日目の夕方に黒曜は甘上手を駆使しつつ、言葉少なにだが一心にせがむことになる。大物を釣って欲しいと。 「指南書に出ていた肉料理も挑戦したいところですが‥‥」 「二人で地中海料理指南書を写したから今度一緒に作るのですよ♪」 礼野と光奈は多種に渡る麺の準備を終えていた。耳たぶのような麺、棒状なのに真ん中に穴が空いた麺などひとまず五種類が作られる。 礼野は氷霊結を活用して冷製料理を多く用意した。オリーブオイルとトマトを使ったマリネ。麺を加えた生野菜盛り合わせも作られる。他にはカポナータと呼ばれる揚げ茄子の甘酢煮も。 バーニャカウダは冬用のフォンデュ料理だが、つけるソースを冷たくすることで今の時期でも食べやすいように調理された。ジャガイモやカブなどをアンチョビを基本にしたオリーブオイルソースで頂くことになるだろう。 魚介を本格的に使った料理は晩餐のお楽しみである。 竜哉はカジキを捌き終わって本格的な調理に手をつけた。 カジキの身に塩胡椒を振りかけてレモンの皮と香草を添える。そして氷室飛空船に運び込んでしばらく寝かせた。 レモンの実は炭酸水用として絞っておく。 オリーブオイルで炒めた玉葱にワイン酢、ワイン、砂糖を加えて煮詰めていった。塩胡椒で味を調え、冷ましてソースのできあがり。あとはカジキの身と合わせるだけである。 「今日は‥‥ご飯ものが少なそうやな。あれでいこか」 芦屋璃凛は候補にあげていた地中海魚介料理の中からパエリアを選ぶ。 使う米は長粒種。ニンニク、サフランと一緒にオリーブオイルで炒める。白身魚はチョウザメの身。さらにエビ、ムール貝、エビ、イカを使った。 炊きあげる際には白ワインを加える。オリーブオイル、トマトも投入。初めてなのでおっかなびっくりで進めていく。 さらに参加者の子供のために炭酸水でラムネを作る。酒の肴用として串料理ピンチョスも用意するのであった。 ●晩餐のとき 「幸せすぎて怖いのです☆」 光奈の一言が地中海料理のすべてを表す。二つのブイヤベースを鏡子と一緒に食べ比べながらほっぺたが落ちそうになっていた。 どちらも甲乙つけがたい。傾向としては火麗のが女性客に人気。雁久良のは男性客の興味を惹いていた。 開拓者が作った料理は参加者の中で評判になる。 「アサリが美味しー♪ 次はチョウザメのステーキはどうかな?」 紫上真琴とラヴィはまずは自分達が作った料理を楽しんだ。 キャビアは様々な料理に添えられていた。ねっとりとしたとても濃い味である。 準備してきたフルーツ炭酸は桃味。はちみつ檸檬の炭酸水も子供達に好評。ラヴィは桃味が気に入ったようだ。 炭酸水は一同に並べられる。大人達も初めての味を楽しんでいた。 各卓に用意されていたお品書きは紫上真琴が制作したものである。おかげでどの料理を誰が作ったのかすぐにわかった。 礼野が作った魚介料理はトマトソースがけの麺が大好評。取り合いでわずかな間になくなってしまう。 アジの揚げ物にはちょっと変わった希儀のパセリが振りかけられていた。卵焼きも葱の代わりにこちらのパセリ入り。鏡子はとても気に入った様子である。 礼野は参加者の大人達に地中海料理に合う酒はどれなのかそれとなく訊ねてみた。 ヴォトカと極辛純米酒の評判がよかった。一部の参加者は辛めの白ワインもいけると勧めてくれる。 「怖々作ったけどちゃんとできてたで」 『うむ』 パエリアを食べる芦屋璃凛の側には仙猫・冥夜の姿もある。 (「塩釜焼きは子供に好評か。酒蒸しは大人が好んでいる。タコ煮は結構女性に人気だな」) 草薙早矢は自分が作った料理の評判がよくて安心した。 ちなみに翔馬・夜空は別所で晩餐中だ。美味しい野草が生えているところで。 「酒がすすむわねぇ」 火麗は自分と雁久良のブイヤベースを味わったあとでボンゴレパスタに手をつける。 使われていた貝はハマグリ。単純な味付けなのだがこれがうまかった。 「冷麗、パスタやブイヤベースは熱いから気をつけて食べなきゃいけないよ。なんならあたしがフーフーしてやるから」 マリネも頂きつつ、火麗は羽妖精・冷麗の世話も焼く。 「光奈ちゃん〜♪ 楽しんでいる?」 「雁久良さん♪ 楽しみまくっているのですよ〜♪ どれも美味しいのです☆」 「そんなこといっていると光奈ちゃんも美味しく頂‥‥」 「何かいいましたです?」 ほろ酔いの雁久良が光奈の背中に抱きつく。 「アジのマリネとまかろに野菜合わせのお替わりをとってあげようか」 一心と黒曜は物静かに智塚姉妹が作った料理を頂いた。重なるたくさんの皿が満足度を示している。 「指南書そのままの作り方ではないように思いますわ」 「その通りだが、難しいことはしていないな」 冷製カジキマグロ料理が気に入った鏡子は竜哉からの作り方を教えてもらうのであった。 ●そして 「よし」 地中海に留まる最終日。一心は待望の獲物がかかって釣り竿を強く握りしめた。船に積まれていた中で一番頑丈なはずの釣り竿が大きくしなる。 彼が黒曜に振り向いたとき、普段は閉じられたままの彼女の瞼が開いた。 奮起した一心は更なる力を振り絞って二メートル越えのオオニベを釣りあげる。その瞬間、黒曜は『成敗!』のポーズで一心と共に喜んだ。 現地最後の晩餐はオオニベ料理で締めくくられる。 その晩。芦屋璃凛と仙猫・冥夜はサングリアを飲みながら一緒に夜空を眺めた。 「結局逃げてるのかも知れへん‥‥、なぁ冥夜」 「いってしもうたか‥‥、辛気くさい話してもしゃあないもんな」 芦屋璃凛は海の中から見上げた空を語る。透き通っていたわけではないがとても綺麗だったと。 魚や珊瑚、クラゲも生きるために必死だった。負けずに自分も正直になろうと冥夜に話すのであった。 翌日、飛空船三隻は羽流阿出州への帰路に就いた。氷室飛空船で保存されていた食材は希望者で分けられる。 また地中海料理指南書についても写本は自由。光奈と礼野以外にも書き写した開拓者はいたようだ。 開拓者の多くは朱藩安州の満腹屋に一晩泊まる。旅の思い出を語り合ってから神楽の都へと帰っていくのであった。 |