|
■オープニング本文 「見つからないし、お腹へったね‥‥」 夕方、理穴奏生の街角。とぼとぼと歩いていたのは九歳の少女『朝顔』である。おかっぱ髪をして紺色の着物をまとっていた。 時折、前を歩く提灯南瓜に話しかける。 『アサガオ、ふらふらだ。大丈夫?』 「ジャっくん、少し休もう」 朝顔は提灯南瓜をジャくんと呼んだ。国によってはジャック・オ・ランタンともいわれているからだ。 朝顔とジャっくんが出会ってからまだ大して経っていない。一緒に過ごしたのは一週間程度だ。朝顔が旅の途中でたくさんの猫に追われて困っていたジャくんを助けたのが縁である。 朝顔は建物の壁に寄りかかった。 「どこにいるんだろう‥‥」 三日前、朝顔は出稼ぎに来ているはずの父親を探すために理穴奏生を訪れる。 理由は田舎で一緒に暮らしていた母親が倒れたため。手紙と風信器による伝達では父親と連絡がつかなかった。 幸いなことに疲労が溜まっていただけで母親に命の別状はなさそうであった。親しい近所に母親の世話をお願いして奏生にやってきた次第である。 お金だけは半年に一度まとめて送られてくる。しかし父親は二年も田舎に戻っていなかった。 「お金あんまり残っていないんだ。宿に泊まるのは無理かな」 『野宿するなら、わしがみはる』 「ありがと。今日は何も食べていないからさすがに少しは‥‥」 『あそこに安くてうまいとかいてある』 朝顔はジャっくんが示した飯店に入ることにした。しかし出入り口の扉を潜った途端、足下がふらついて床に転んでしまう。 そのとき、誰かが声をかけるのであった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
明王院 浄炎(ib0347)
45歳・男・泰
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●偶然 夕暮れ時の理穴奏生。 開拓者一行は宿へ泊まる前にある飯店を訪れていた。安くてうまいとのうたい文句に興味ひかれたからである。 ざっくばらんな店なので朋友が一緒でも構わない。さすがに馬などの大型朋友については外の柱へと繋がれた。 自給式の賄いなので、注文と支払い以外は各々で卓に運ばなくてはならなかった。 「茶はこれでいいが、水が足りていないか」 明王院 浄炎(ib0347)が水を取りに行こうと立ち上がる。すると提灯南瓜・ジャックが椅子から飛び降りた。 『パパさん、水なら俺が取りにいってや‥‥うぎゅっ!』 一歩踏みだしたジャックに突然誰かが倒れ込んでくる。 『なんだこいつ。俺はクッションじゃないぞっ』 ジャックの上に乗っていたのは女の子だ。 「あらあら、お嬢ちゃん大丈夫?」 御陰 桜(ib0271)が屈んで女の子を起こす。 「あたしは桜っていうの、お嬢ちゃんとかぼちゃさんのお名前は?」 かぼちゃさんとは女の子の近くであたふたしているジャックとは別の提灯南瓜だ。 「あ、あのわたしは朝顔っていいます。一緒にいるのはジャっくんです」 御陰桜は視線の高さをそのままにして女の子にいくつかの質問をする。訳あって奏生にやってきたらしい。 潰されたジャックはジャっくんによって起こされた。 『お前、ジャっくん?』 『そう朝顔はよんでいる』 自分とよく似た名前の提灯南瓜をジャックはまじまじと見つめる。 「ごめんね」 『大丈夫だからいい』 ジャックに謝った朝顔が頭をあげた瞬間、腹の虫が盛大に鳴いた。 「あたしたちもこれからなの。一緒の席にどう?」 「は、はい。でも‥‥」 御陰桜の誘いに朝顔が躊躇う。 羅喉丸(ia0347)とアーニャ・ベルマン(ia5465)はその態度で察しがついた。 「実は注文の品よりも興味をひかれた料理があってな。食べて片付けてもらえたら助かるんだが。もちろんただで構わない」 「私もそうなんですよ。お刺身よりも丼物がいいかなって。羅喉丸さんと同じで食べてもらえます?」 羅喉丸とアーニャは朝顔が厳しい旅を経て食費すらも倹約しているのだろうと想像したのである。 「あ、ありがとうございます」 朝顔は気遣ってもらったことを理解した。こうして羅喉丸とアーニャの料理が朝顔に譲られる。 開拓者達は食事をしながら朝顔の身の上話に耳を傾ける。 「まだ小さいのに、こんな所まで挫けず父親を探しにくるなんて本当に偉いな」 「二年も父様に会ってないなんて‥‥それに、母様の体調が悪いなら、尚更父様に側にいて欲しいよね」 水鏡 絵梨乃(ia0191)と天河 ふしぎ(ia1037)が瞳を潤ませる。 このとき開拓者の誰もが朝顔の父親探しを手伝うつもりになっていた。 「探すよ。力自慢の方ならそういう仕事に就いているのかもしれないね」 草薙 早矢(ic0072)は主に用心棒関係をあたるつもりである。 「どうぞこちらを。実は荷物が多くてもらって頂けると助かります」 「こんなに‥‥た、助かります」 飯店での食事後、ライ・ネック(ib5781)は所持していた食料品の一部を朝顔にあげた。 ●人探し開始 開拓者達は宿で男女別に二部屋を借りる。 翌日、朝顔は布団から起きてこなかった。御陰桜がおでこを触るとわずかだが熱がある。 「昨日寝る前に一緒にお風呂に入って気が緩んだのかもしれないわね。一日休んでいればきっと大丈夫よ♪」 「でも‥‥」 宿の部屋を借りたままにして朝顔には安静に過ごしてもらうことにした。 『朝顔は俺がまもる』 提灯南瓜のジャっくんも宿に残るという。 「ジャックよ。お前もここにいてくれ。朝顔とジャっくんがしっかり休めるように。これは三人で分けて‥‥な」 『パパさん、わかったぞっ』 浄炎は提灯南瓜・ジャックにお菓子を預けた。その中にお年玉をそっと忍ばしてある。 開拓者達は朝顔の父親『岩助』探しを始めた。 明日の深夜には精霊門で神楽の都に帰らなければならない。人探しに当てられる余裕はあまり残っていなかった。 ●アーニャとミハイル 「ジャックさんもそうですけど、カボチャですね〜。食べてはダメですよ、ミハイルさん」 『食べるわけないだろ。俺は野菜は食わない主義だ』 宿をでたアーニャと仙猫・ミハイルが一緒に歩く。 アーニャが手にしていたのは朝顔から特徴を聞いて描きあげた岩助の似顔絵だ。描いた二枚のうち一枚は水鏡に渡してあった。 「野菜が駄目なんて、好き嫌いはダメですね〜」 『よし、やはりあのカボチャ食ってみるか』 軽口を交わしながら漁港へと向かう。途中で分かれたミハイルが猫呼寄で野良猫に話しかける。 『岩助とかいうガタイのでかい男を知らんか? 四角顔で口が大きくてこんな感じで‥‥』 砂地に爪で描いた岩助の似顔絵を見せると何匹かの野良猫が覚えていた。昔に魚をもらったことがあると。ただここ一年ぐらいは見かけたことがないらしい。漁師を辞めた頃と一致する。 アーニャは岩助が喧嘩をした理由を知るために以前乗っていた漁船を探す。かつての漁師仲間から話を聞くことはできた。 「岩助さん、見かけていませんか? 奏生から離れていないと思うですけど」 「あれから会ってねぇな。おめえはどうだ?」 最初に話しかけた漁師が他の者達にも声をかけてくれる。 「そういやあいつ、からっきしの下戸だったな」 「らしい男なら半年以上前に見かけたことがあるんだが‥‥、人違いかと思って話しかけなかったよ」 岩助らしき人物を見かけた漁師が一人だけいた。 「そのときのことを教えてくれませんか。何か変わったことは? 例えば門番のような格好をしていたとか」 「格好は普段着だったはず。そういえば抱えていた袋から饅頭を取りだして食べていたぞ」 アーニャはしばらく質問を続けたが、これ以上のことはわからなかった。 ●水鏡と花月 「アーニャが描いたこの人を見つけたら教えてね」 水鏡は輝鷹・花月にじっくりと似顔絵を眺めさせてから空へと飛び立たせる。自身は歓楽の通りへと向かった。 「この絵にそっくりな人を見かけたことはないかな?」 似顔絵を見せながら方々の酒場で訊ねてみたが梨の礫である。 宿に戻ってみると花月が待っていた。岩助は空からでも見つからなかったようだ。 水鏡は宿にいた仲間達と情報を交換し、もう一度街中へと出向いた。 休憩しながら賑やかな通りの人々を眺めていると、アーニャとミハイルに遭遇する。 「絵梨乃さん。どうでしたか?」 「全然ね。今のところ成果なしかな」 アーニャの話によれば岩助はお酒が呑めない下戸らしい。 酒場で見つからなかったのは当たり前だと意気消沈しかけたものの、水鏡はすぐに気分を切り替える。ものは考えようで岩助が下戸だといった事実の裏付けがとれたともいえるからだ。 「朝顔さん、仕送りは田舎に出入りしていた行商人が届けてくれたっていってましたよね〜」 「岩助さんの手がかりが薄いのなら、その人を探してみるのも一つの手かもね」 宿に戻った水鏡は朝顔からお金が入っていた封筒を見せてもらう。記されていたのは母親の名前のみ。手紙は入ってなかったそうだ。 「甘いような‥‥」 ふと水鏡が封筒を顔に近づけたときに気がつく。それは理穴名物の樹糖の香りだった。 ●羅喉丸と蓮華 「朝顔によれば半年に一度の送金は充分なものだったそうだ。定職についているのか、それとも日雇いの肉体労働で稼いでいるのかはわからないが」 『ふむ。御前にしてはよいところを突いているのじゃ』 羅喉丸と天妖・蓮華が暖簾を潜り抜けたのは食事と酒が両方楽しめる飯店である。 酒を頼みつつ店主に話しかけた。時に周囲の客へ酒を奢った。 『ふっふっふ、任せておけ羅喉丸。お主もようやく妾の価値について分かってきたと見える』 「いいから早く話しかけてくれ」 何かを知っていそうで口が堅そうな相手には蓮華が『傾国の美貌』で懐柔する。調子が良いことばかりいっている相手には羅喉丸が威嚇して誠実な話を引きだそうとした。 がたいがよい男の目撃例は数多ある。肝心なのはそれが岩助かどうかなのだが、名前まで判明している事例は少なかった。 (「人と関わらないで生きているのだろうか。大男にしては小心者ということなのだろうか‥‥」) 羅喉丸の脳裏には朝顔から聞いた印象とは違う岩助像が浮かび上がっていた。道ばたの岩の上に座って考え込む。 蓮華は酒場で珍しい酒を瓢箪徳利に入れてもらってご機嫌だ。 一旦宿へ帰ってみれば、岩助が下戸だという情報が仲間からもたらされていた。 『酒が飲めぬとはもったいないのじゃ』 羅喉丸の肩に座る蓮華が酒を一口嗜んだ。 「蓮華、酒の反対と訊ねられて何が思い浮かぶ?」 『反対‥‥。当てはまるか知らぬが、酒飲みは甘い物が苦手というのがあるのじゃ。あくまで傾向としてじゃがな』 「甘い物か‥‥。そこに岩助殿の秘密が隠れていそうだ」 『おい。突然走りだすでないぞ」 それからの羅喉丸は奏生内の甘味処をたずねまわった。 ●天河 (「ひょっとして、体力自慢を生かして、賭場で用心棒とか?」) 天河は宿を出る前にアーニャが描いた似顔絵を模写させてもらった。 こんなことなら話に聞いた芸術学科のある泰大学に通っておけばと思いつつ、苦労の末に写し終わる。 滑空艇・改弐式・星海竜騎兵で青空に浮かび上がった天河は漁港へと向かった。ほんの数分で辿り着いた後は岩助が漁師を辞めるきっかけとなった喧嘩相手を探す。 その相手もしばらくして漁船から去っている。但し、他の漁船で漁師を続けたのですぐに接触できた。 「岩助? ああ、あいつか。いけすかねぇ奴だったぜ」 「何処に行くとかいってなかった? 漁船を下りるときにとか」 天河は食事を奢りながら、仕事が終わった喧嘩相手の男から岩助のことを教えてもらう。元々そりが合わなかったらしく、普段から衝突していたようだ。 漁師仲間一同で食事をしていた最中に問題の喧嘩は起きる。喧嘩相手の男が勧めた酒を岩助は断った。それが発端らしい。 「もう一つ思いだしたぜ。あいつ、汁粉を注文して食べ始めたんだ」 喧嘩相手の男は特に触れなかったが、岩助の汁粉好きをからかったのだろう。天河は聞いているうちにそう感じた。 いくつかの賭場に立ち寄ってから宿に戻る。そして今日一日で得た情報を話す。 何人かの仲間も岩助と甘味の関係を掴んでいた。 ●草薙早矢と夜空 「岩助さん、お汁粉が好きだったんですか」 「そうなんだ。漁師を辞めるきっかけの喧嘩もそれが理由だったみたい」 草薙早矢は宿の横にある飯店で天河と一緒に遅い夕食を頂いていた。そこに水鏡も姿を現す。 「普通の飯店なのに芋羊羹があるなんて。理穴は本当に甘味の国だな」 この飯店を利用した仲間から芋羊羹があると聞いて、いてもたってもいられなくなってやってきたらしい。草薙早矢、天河と同じ卓で芋羊羹二人前を注文する。 「封筒から樹糖のにおいがしたときは驚いたな」 「面目躍如ですね。私は門番などの用心棒的な仕事場を探ってみたのですがさっぱりでした」 草薙早矢と話す水鏡の前に置かれた芋羊羹にも樹糖は使われていた。 「今日探した賭場には岩助さんはいなかったな」 天河も草薙早矢と似た傾向の場所を探したようである。 「夜空には蹄鉄屋の厩舎に潜り込んでもらいましたが、こちらからもこれといった情報は得られませんでした。ですが、用心棒達が話していた一つだけ役に立てそうな情報があります」 天河と水鏡の視線を浴びながら草薙早矢は話しを続ける。 「奏生は王都。そして理穴国を統べる儀弐王は甘味好きで名を冠した大食い大会まであるようなんです。そういう大会が明日も何店かで行われるらしくて――」 草薙早矢は大会のどれかに岩助が姿を現すのではないかと推理する。 ちなみに水鏡のお尻に触る云々は了解を得られていなかったのでご破算となった。 ●御陰桜と桃 夜の帳がおりて朝日が昇る。開拓者達が奏生に滞在できる最後の日となった。 「この封筒だけが頼りだけど‥‥。桃、わかる?」 御陰桜は朝顔から預かった封筒を闘鬼犬・桃に嗅がせた。 多数の人が触ったもので、そもそもかなり以前に届けられたものだ。樹糖の香りが残っていたことすらも奇跡に近い。岩助のにおいが残っているかどうかは微妙なところである。 昨日のうちに船主を訪ねてみたものの、岩助の所持品は一つも残っていなかった。今のところ封筒だけが唯一の品である。 「岩助さんってヒトを探してるんだけど知らないかしら?」 家賃の安い長屋に住んでいると推理して探し回った。 御陰桜が聞き込みしている間に桃は鼻を働かす。近所で犬を見つけたときには犬語で話しかけて岩助のことを訊ねた。 「桃、どうしたの?」 長屋の主婦と話していた御陰桜の足に桃が身体を擦りつける。ゆっくりと歩いて一室の戸板の前に座って小さく吠えた。 「あら、そうだったわね。ここに住んでいたのも大男だったわ」 御陰桜と一緒についてきた主婦が思いだす。現在は別の住人だが一年ぐらい前には顔の四角い男が暮らしていたようである。 桃は長屋で飼われている犬からそのことを教えてもらい、御陰桜に伝えたのだ。 「アリガト♪」 『くぅ〜ん』 御陰桜は野良犬を抱きしめながらもふもふしてあげる。 その一室には前の住人が忘れていった手ぬぐいが残っていた。 桃は嗅覚追跡、絶対嗅覚、嗅覚識別を持つ特別な闘鬼犬である。時間をかけて岩助のにおいを辿り始めた。 ●浄炎 朝顔の話によれば、岩助は自炊を苦にせぬ性格で田舎にいるときにはよく料理を作ってくれたらしい。さらに仲間達からの情報で下戸なのも判明している。そして甘党であることも。 「四角顔のがたいのよい男を見かけたことはないか? 名は岩助といって――」 昨日は雑多に飯場巡りをしていた浄炎だったが、これらの情報から推理して今日は甘味処に絞り込んでいた。 甘味処での男は自然と目が集まりやすい。 「名前は知らないが、それらしい人は見たことあるよ。どこだったかな」 「是非に思いだしてくれないか」 いくつかの目撃情報を得ているうちに岩助の事情がだんだんとわかってくる。 甘味処界隈に出没していることは確かだ。しかも単なる客としては不自然なほど多かった。 昼十二時に宿へ集まり、情報交換する機会がある。 「岩助殿はどこかの甘味処に勤めているのでは?」 浄炎はその際に甘味処を集中的に探すべきだと仲間達に提案した。 同様の推理をしていた仲間は多い。それから夕方までの間、奏生内の甘味処に岩助が勤めている線で人探しは行われた。 ●ライ 朝顔が持っていた封筒の一部はライにも預けられる。又鬼・犬隠に嗅がせたものの岩助のところへ辿り着くことは叶わなかった。 ライは仲間達と同様に船主の元を訪ねたが、やはり岩助の所持品は残っていない。 (「犬隠の鼻を当てにしていましたが‥‥難しいようですね」) ライは途方に暮れながら昼の集まりのために犬隠と一緒に宿への道のりを歩いていた。岩助のにおいがついた品があればと心の中で呟きつつ。 「とにかく朝顔さんの体調がよくなってよかったです。あとは岩助さんに会わせることができれば‥‥」 海面すれすれを飛ぶ三羽のカモメがライの目に入る。 「小柄なカモメは子供でしょうか‥‥」 ライはふと思いついた。 岩助がどのような人物かはしらないが、父親にとって娘とはかけがえのない大切な存在のはず。だとすれば朝顔に関連する何かを持っているかも知れないと。 「急いで戻りますよ」 ライは犬隠と共に屋根に登って一直線に宿へと戻る。 「朝顔さんに関連する物を岩助さんが持っているとか、そういうことはないでしょうか?」 「えっと――」 朝顔は持っているかも知れないが実際にどうかはわからないと申し訳なさそうに答えた。 「わたしならお守りを持ってるんですけど‥‥」 「お守り?」 ライは朝顔にそのお守りを見せてくれと頼む。単なる小袋だった。覗くのは失礼なので中身を訊ねてみる。 「確かお母さんの髪の毛が入っているはずです」 朝顔の言葉にライが瞳を輝かせた。岩助がお守りを持っているとすれば同じ中身に違いないと。 「髪の毛のにおいを辿れば岩助さんの居場所がわかるかもしれません。貸してもらえますか?」 「どうぞです。こちらこそお願いします」 朝顔からお守りを預かったライは仲間達と同様に甘味処が多く並ぶ通りへと向かう。この界隈で岩助が出没する可能性は高かった。 周辺の店に勤めていなくてもにおいさえ引っかかれば追跡ができる。ライは地面に鼻をこすらせるように歩く犬隠の後を追いかけた。 ●親子 「四角い顔に大きな口っと‥‥」 天河が三角跳で高い建物に登り、バダドサイトで眼下を見渡す。甘味処はどこも盛況で人通りが非常に多かった。 岩助がいないか探しているうちに仲間の一行を発見。一人また一人と集結しつつあったので天河も合流することにした。 「きっとここだと思うな」 輝鷹・花月と同化して飛んでいた水鏡が着地して看板を見上げる。水鏡も仲間達と一緒に店内へ足を踏み入れた。 「ん? 俺のことを探しているって?」 開拓者達は岩助を発見する。彼は下っ端で修行中の身だが、甘味処に天儀菓子職人として勤めていた。 朝顔が奏生に来ていることを告げると岩助は動揺する。そして自分の妻が倒れたことを知ると担いでいた樽を落としてしまった。 「岩助殿よ。気まずさもあっての出稼ぎかもしれぬが、幼子が一人、父を探して尋ねてくるようでは、余りに情けなかろう」 浄炎は一言いわずにはいられなかった。 「いや、面目ない‥‥。漁師を辞めた俺が偶然が重なって子供の頃に憧れた職につけたものでな。つい修行の楽しさにかまけてしまった‥‥」 岩助は反省すること仕切りである。 「とにかく見つかってよかった」 「朝顔がいっていた通りの人物だね」 羅喉丸と天河は肩の荷が下りたといった感じで呟く。 「ミハイルさん、猫かぶりはもう充分ですよ」 『そうか。せっかく俺の魅了を発揮していたところなのだがな』 甘味処の女性客に撫でられていたミハイルがアーニャの側に寄った。 「桃もアリガトね♪」 『くぅ〜ん』 御陰桜は捜索範囲を絞るのに役立ってくれた闘鬼犬・桃をこれまで以上にもふもふしてあげる。 「よかったです。さてどうしましょうか。岩助さんはお仕事中なので、朝顔さんを連れてきた方がよさそうですね」 「それなら私に任せてくれ」 ライに頷いた草薙早矢が外に出て口笛を吹いた。翔馬・夜空を呼び寄せると背中に乗って宿までひとっ飛び。その間に岩助が甘味処の店主から休憩時間をもらう。 しばらくして草薙早矢が朝顔を連れてきてくれた。往復して二体の提灯南瓜も。 「朝顔、すまん。すまなかった」 地面に膝をついた岩助が駆け寄る朝顔を抱きしめる。 「お父さん、元気でよかった‥‥。でもね、謝るならお母さんにしてあげて。とても心配していたんだから」 「ああ、そうだな」 親子の対面を見て開拓者の何人かはもらい泣きをする。 岩助は田畑の処分に一度田舎に戻るつもりだが、最終的には妻と朝顔を奏生に呼び寄せて三人で暮らすつもりだという。 「あの‥‥ジャっくんは駄目かな?」 「ジャっくん?」 「奏生に来るまでわたしを助けてくれたの。命の恩人なんだよ」 「そうか。俺のところでよかったら一緒にどうだろう?」 朝顔が物陰に隠れていた提灯南瓜のジャっくんを岩助に紹介する。ジャックがそっとジャっくんの背中を押した。 開拓者達は一連の結果にほっと胸をなで下ろす。 深夜、神楽の都に続く精霊門を潜り抜ける開拓者達の足取りは軽かった。 |