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■オープニング本文 ここは武天の地。水田が広がる農耕地帯に天儀酒の蔵元『葉滴』はあった。 「蔵人の集まりが悪いようだね」 葉滴の女主人『竹見 菊代』は座して杜氏の仲代と酒造りの今後を相談をしていた。 杜氏とは蔵元から酒造りのすべてを任された者。倉人を取り仕切り、酒の出来は杜氏の手腕次第だ。 「菊代様はすべてお見通しですな。その通りで御座います」 「訳はあるのかい?」 「どうも川向こうの蔵元『友花』が金の力で引き抜いた様子で。米に関しては必要分ちゃんと集めましたが、まさか蔵人にまで手を出されるとは考えが及ばず‥‥。わしの不徳の致すところ」 「いや、それが理由ならあたしも悪いのさ。上乗せの金は用意するからもう一度、葉滴に来てもらうようには出来ないのかい?」 「それが証文を書かされたようで、もし途中で来なくなったら飛んでもない金を請求されるとか」 一通りのやり取りを終えると、菊代と仲代はしばらく黙り込んだ。 蔵人といってもいろいろある。将来、杜氏を任せるつもりのやる気ある有望な者は葉滴で住み込みをさせていた。 その他大勢の蔵人は水田仕事が無くなった冬の間だけ雇われる者達だ。今回の蔵人とはそのような農家の人々を指していた。 「開拓者‥‥はどうだい?」 菊代は開拓者に酒造りを手伝ってもらおうと提案する。 「何やら凄まじい力を持ったもんやらがいると耳にしておりますが、酒造りに関してはずぶの素人。果たして‥‥」 仲代は返事の猶予を一晩もらう。翌朝、菊代の元に再び現れると開拓者を一時的に雇うのを承諾した。 このままでは春に行われる天儀酒の品評会を辞退しなければならない。孫に必ず上位に入ると約束していた仲代である。 「開拓者の手配は任せておくれ。酒造りは頼んだよ」 「わかりやした。この仲代、全力であたらせて頂きます」 菊代は屋敷で使っている者を開拓者ギルドのある此隅まで行かせるのであった。 |
■参加者一覧
鷺ノ宮 月夜(ia0073)
20歳・女・巫
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
難波江 紅葉(ia6029)
22歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●酒の香り 開拓者一行が天儀酒の蔵元『葉滴』に到着した頃にはすでに日が暮れていた。 「よく来てくれたね。以前の雨乞いの時の顔もあって嬉しいよ」 「覚えておいでか。そうか、もう5ヶ月前になるのだな。あれ以来、水に問題はないのだろうか」 「あの後は大丈夫。おかげで金色の稲穂がたくさん実ったさ。今年もよい酒が造れる‥‥と考えてた矢先、同業からの邪魔が入ってね」 「依頼書にも書かれてあったが、川向こうの蔵元だな」 王禄丸(ia1236)は久しぶりに会った竹見菊代から依頼が行われた経緯を聞かされる。 「杜氏の仲代といいますわ。簡単ながら最初に酒造りに際して話させてもらいますゆえ――」 まずは杜氏の仲代が酒造りにおいての注意点を説明した。 許可なしに立ち入ってはいけない場所などいろいろとあったが、特に納豆などの発酵食品の飲食は法度である。天儀酒の元となる酒母はとても繊細で他の発酵物に影響を受けやすい。そもそも寒造りが主流になったのは、酒母のみ有利な発酵状態へ追い込みやすいからだ。 「お酒好きで日頃頂く身としては、一度は自分の手で造りに携わってみたいとも思っておりました。お米は良いですね。農家の方々、そして水が湧き出る土地に感謝しなくては。ご指導お願いしますね」 「志体を持つ開拓者という者。わしはよく知らぬのだが、この仕事で見させてもらおうと思うておる」 正座する鷺ノ宮 月夜(ia0073)が仲代に対してお辞儀をする。 「酒はよく呑んではいるが、造ったことはないな。力仕事ならば幾らでもこいといったところだが、それ以外のところはさっぱり分からぬ。杜氏殿、此度は指導のほど宜しく頼みます」 「厳しくするやも知れんが、それだけ酒造りも真剣な世界。わかっておいて欲しい」 紬 柳斎(ia1231)が下げた頭を見て仲代が頷いた。 「酒の源になるお米には八十八の神様が宿るらしいな」 酒好きの無月 幻十郎(ia0102)はすでに屋敷と蔵周辺をとても気に入っている。酒造りをしているだけあって一種独特の香りが漂う。それが何ともいえない幸せな気分にさせた。同じような事を紬柳斎もいっていた。 「が、がんばります‥頑張ります、から‥終わったら、あの‥お酒、ください‥‥」 「そうだね。頑張ってくれたのなら、帰りに呑むぐらいだったらいいよ。事情があって火を通してないやつになるから日持ちしないんでね。持ち帰ってもすぐに呑んでおくれよ」 那木照日(ia0623)は菊代の言葉に何度も頷いてみせる。 (「お酒がどう造られるのか‥‥知る良い機会ね」) まだお酒の味がわからない柚乃(ia0638)である。彼女にとってお酒とは宴などで振舞われる未知のモノだ。とはいえ興味がないといえば嘘になる。 「お酒どすかぁ。そう言うたら、うちの近くでもこさえてはったとこがあったなぁ。聞いといたら、ちょっとでも役に立ったんどすが‥‥」 雲母坂 優羽華(ia0792)はたおやかな動きで右の手を自らの顎に当てた。 「酒呑む者、酒造りくらいできないとねぇ。この機会に酒造を覚えて自分の倉でも持とうかねぇ」 冗談めかしながら難波江紅葉(ia6029)はお猪口を持つ仕草をする。気がついた菊代は下働きの者を呼んで『葉滴』の天儀酒を持ってこさせた。そして開拓者達に一口ずつ味を確かめさせる。 甘口も製造されていたが、葉滴の天儀酒は辛口が主である。特徴はきりっとした口当たりと清々しいと感じられる香り。 その晩、開拓者の誰もが酒の味を思いだしながら用意された部屋の布団で横になるのだった。 ●精米 川沿いの水車小屋で行われていたのは精米作業である。ゴトッゴトッと繰り返される水車の音の中で米が研ぎ澄まされてゆく。 「米は、どれぐらい磨いているのでしょうか?」 「そうだな。品評会に出す為の特別な樽用は十を五ぐらいまで。普通のは十を七から六程度だ。他の蔵じゃ、九から八ぐらいのを誤魔化して売ってたりするが、うちじゃそんなまがい物は作っていねぇよ」 鷺ノ宮の質問に精米作業を任されている蔵人が教えてくれた。 開拓者の中で体力に自信がある者は米を出し入れする作業を引き受ける。 「時間がかかるものなのだな。精米というのは」 王禄丸は水車の動力が伝わって回る精米の仕組みをよくよく眺めた。非常にゆっくりとした動きでたくさんの米粒が少しずつ研がれてゆく。 「急いでやると熱くなっちまって味が変わるのよ。だからこうやってゆっくり、じっくりとやらなぁいかん。この精米の後、枯らしといって専用の蔵で三週間ぐらい寝かすのさ。さて出来た奴を運ぼうかい」 研いだ米が入った一袋を蔵人が肩で担いだ。ふと見ると王禄丸が楽々と五袋を担ぐ姿を見て蔵人は驚く。 「丁寧に、丁寧にとねぇ〜。おいしぃ〜お酒を飲むには、しっかり仕事をしないとねぇ〜♪」 鼻歌混じりの無月も五袋を担いでいたが、ひょひょいと足取りは軽かった。 「ふぅむ、酒造りは奥が深い‥‥」 女性なのに紬柳斎は六袋を持ち上げた。両肩に三袋ずつを担いで何事もなく水車小屋を出ていくのを蔵人達は口を開けて目で追う。 もっと驚かされたのは那木照日であった。小柄な娘なのに紬柳斎と同じ六袋を担いでいる。端からは袋の塊が歩いているようにしか見えないのだが。 「が、頑張るって‥‥約束したから‥‥」 那木照日は一生懸命に水車小屋と枯らし用の蔵を往復するのだった。 ●麹室 葉滴の蔵の一つに麹室はある。麹を育てる為のとても特別な部屋。全員が風呂に浸かり、念入りに洗濯された衣服に着替えてから麹室に立ち入る。 「噂通り、暑いですね」 「暑いねぇ‥‥でもここが酒造りの要というからねぇ。しっかりしないとねぇ」 手拭いで口元を覆った鷺ノ宮と難波江が同時に呟いた。 それもそのはず、冬だというのに麹室の中では夏場の暑さが保たれていた。さらにたくさんのお湯も沸かされて非常に蒸している。 麹室に窓はまったくなかった。壁は二重になっており、部屋の中にもう一つ部屋が造られているような構造になっていた。 「こいつを広げればいいんだな」 無月は大きめのしゃもじで木枠の中に蒸されたばかりの米を釜から移す。 力のある開拓者は無月と同じ作業に従事した。細かい作業が得意な開拓者は小さなしゃもじを使って木枠の中の米を均等にならしてゆく。 あら熱がとれると今度は掌でもみほぐすように米粒をバラバラにしていった。 「汗を流し、煤にまみれる。うむ、労働とはこうでなければな」 王禄丸はさっきまで米を蒸す作業も手伝っていた。大きな手で米をやさしくほぐす。 「普段湯水のごとく呑んでいるが、これだけ知ると頭が下がる思いだ‥‥」 紬柳斎は感心しながら温かい米を手に取る。 米に触っても熱を感じなくなったら今度は麹を合わせる作業だ。酒蔵によっては室に住んでいる麹が自然に米へ宿るのを待つところもあるのだが、葉滴では以前に作られた麹を付加してさらに増やす方法がとられている。 細かくされた麹を振りかける作業を行ったのが雲母坂と柚乃である。 「ぎょうさん育ってや〜」 雲母坂は心を込めながら麹を丁寧にふるいを使って撒いていった。 「こうやって出来るのですね‥‥」 柚乃も麹の入ったふるいを振りながら感心している。 「あわわあわわ‥‥」 那木照日は台の上から落ちそうになったところを難波江に助けられた。 「あ、ありがとうございます」 「後で呑む酒はきっとうまいはずさね。一緒にがんばろうねぇ」 那木照日と難波江は並んで作業を続けた。今度は麹がまんべんなく米の間に行き渡るように床もみという工程である。 それが終わると布を被して寝かす。半日後に再び米を動かしたりなど、その後も何度か似たような作業が繰り返された。暑さの調節の為に何人かの蔵人は麹室に付きっきりだ。 こうやって酒の元となる麹は作られてゆくのだった。 ●洗米と浸漬、そして蒸し すでに枯らされた精米を使って行われたのが洗米。 単純に米を洗う作業だが、ご飯を炊く時とは少々事情が違った。ぬかを含めた米くずが水に溶けて研いだ米の中に浸透しないように流水を使うのである。 「これは大変ですね。体力と繊細さが必要と聞いてましたが‥‥」 鷺ノ宮は巨大な桶の栓を抜いて流れ出してきた冷水で米を洗った。桶に布が被された上で米が入れられており、水に晒しすぎないように終わった瞬間に布ごと引き上げられるようになっていた。 洗米の時点からすでに浸漬の初期段階が始まっているといっても過言ではない。力仕事が得意な開拓者達は多くの蔵人と共に桶へ冷水を運び入れる作業に従事する。 「さて、いきましょか。あんじょうよろしゅうにぃ」 洗米が始まる前に仲間達と一緒に身を清めてきた雲母坂だ。気持ちも引き締まったところで米との戦いに挑む。 洗米が行われている間に浸漬が引き続き行われた。 まとめてやる蔵元もあるが、葉滴では杜氏の合図で蔵人達が小分けで冷水に米を沈める。杜氏の仲代のすぐ近くには、正確な時間を計る為にたくさんの砂時計が置かれていた。 「次! 用意、五、四、三、二、一。始め!!」 一拍のずれも許さぬ気迫で仲代が浸漬の合図を出す。一斉に米が冷水に沈められ、そして合図と共に引きあげられる。 「くぅ‥‥しゃっこいねぇ。それでも、慣れればどうということはないはずさね」 難波江は巫女修行でやらされた米研ぎを思いだす。あの時とはやり方が違うものの、冷水との戦いは一緒だ。鍛えられた根性がこういう時に役に立つとはと思いが過ぎった。 (「冷たくても平気です‥‥」) 髪を束ねて臨んだ柚乃は、額に汗を浮かばせながら浸漬の作業を続けていた。周囲の蔵人達と呼吸を合わせる。 そして蒸しも引き続き行われた。 通常のご飯を炊く要領ではなく、蒸籠を使っての蒸して米に熱を通す作業である。 大量の蒸された米は麹と合わされる。開拓者達はこれらの作業を何度も繰り返し行った。 ●そして 滞在の間、開拓者達は仕事が終わると晩酌として出された天儀酒を楽しんだ。 やがて明日の朝には神楽の都への帰路につく夜が訪れる。 「‥‥思ったよりも大変だったねぇ。でもこういう風に苦労するからこそ美味い酒が出来るってもんさね」 寒い夜空の下、一人縁側に出て冷や酒を頂きながら月を眺める難波江。さすがに寒くなって仲間達のいる部屋へと戻るものの、こうしている時間がなによりも好きであった。 「米を作る農家の方々と、酒に造りかえる蔵の方々に感謝を‥‥いただきます」 かしこまって酒を頂くのは王禄丸。出された鯵のひらきを摘みとして楽しむ。 「自然と人の力が合わさって出来上がる宝か。大切にしていきたいものだ」 紬柳斎は自分達が手伝った酒がいつ出来上がるのかを想像しながら酒を嗜んだ。神楽の都に戻っても、しばらくはこの蔵周辺の香りを思いだすだけで酒が進みそうである。 「ちょっとは役に立てたと思いますなぁ」 ほんのりと頬を赤らめて天儀酒を楽しんでいたのは雲母坂。その隣で毎度悩んでいるのが柚乃である。 (「柚乃は呑めない‥呑んだことがない。でも、きっと大丈夫‥」) お猪口の酒をまじまじと見つめた後で唇にちょっとだけつける。 「柚乃は‥もう何年かしてから‥後のお楽しみに取っておく‥」 その味と香りだけで酔った気がして、少しで留まる柚乃だ。 「酒造りの手伝い、よくやってくれた。約束だと菊代様が仰っていたものだ。これは日持ちしないので神楽の都につくまでには呑んでくれ。向こうについても一日か二日で駄目になるぞ」 仲代が土産の葉滴の天儀酒を開拓者達に手渡す。 「あわ‥これで‥一緒に‥飲める‥‥」 那木照日はある人物を思い浮かべながら幸せそうな表情を浮かべた。 「かはぁ〜美味いなぁ、はっはっはっは」 汗だくになって働いた後での天儀酒は五臓六腑に染み渡る。無月は熱燗をきゅっといっては手酌で進めていた。途中で仲間を誘って一緒に歌い始める。 「品評会があると聞きましたが、どうようなものなので?」 「たくさんの酒蔵のもんが武天の中心である此隅に集まって開かれるのさ。巨勢王も来られるという大変名誉なものだ。これまで葉滴はいいところまでいってるが、上位には届いていねぇ。何とか来年の春には――」 鷺ノ宮は仲代から天儀酒の品評会についてを詳しく聞いた。春の頃開かれて武天一の天儀酒を決めるという大会である。 美味しい酒を呑んだ後、開拓者達はぐっすりと眠る。 翌朝、行きと同じく荷馬車に揺られて神楽の都への帰路につくのであった。 |