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■オープニング本文 千代ヶ原諸島は朱藩国南方の海域に存在する。 十日前の深夜、千代ヶ原諸島海域に一隻の飛空船が不時着した。墜落してもおかしくはない宝珠機関の故障であったが、操舵手の腕で難を逃れたのである。 「ここは‥‥海の上か?」 「い、命拾いをしたようだ」 つい先頃まで絶望していた船乗り達も和らいだ表情を浮かべた。 千代ヶ原諸島周辺の海域ならば空と海、どちらも多くの行き来がある。沈みさえしなければ誰かが見つけてくれる可能性が非常に高い。 朝日が昇る頃、待ち望んでいた船が波間に浮かぶ飛空船の近くを通り過ぎようとする。 「救助要請の旗は揚げているが念のためだ。早く撃つんだ」 「はい!」 飛空船の船長が部下の一人に狼煙銃を撃たせた。まもなく進路を変えた船が飛空船に近づいてくる。 「こんなところで飛空船が着水なんかしてどうしたんだ一体。墜落でもしたのか?」 帆船の縁に立った男が飛空船に向かって声をかけてきた。 「そうなんだ。大事な品を届ける最中でこんな目にあってしまって困っていたんだ。助かったよ」 甲板に立つ飛空船の船長が船縁の男に返答する。 「大事な品? そりゃ大変だ。急いで運ばなくてはいけないものなのか? もしよかったらこの船は龍を何頭か積んでいる。届けさせてもらうが」 「親切には痛み入るが、それには及ばんよ。巨勢王様の元へは自らの手で運びたいのでな」 「巨勢王って‥‥あの武天の王様か? 偉大な方だとは耳にしているが」 「その通りだ。故あって貴重な品の輸送を頼まれたのだ」 「‥‥よくわかったよ」 船縁の男が右手をあげると銃声が響く。 船長の額に穴が空いたことで飛空船の船乗り達はようやく気がついた。近づいてきたのが救助に見せかけた海賊船だったのを。 海賊団は容赦がなかった。すべての船乗りを始末したあとで飛空船内を物色する。 「こりゃすげぇ‥‥」 船倉に保管されていたのは大量の金製品である。 海賊団が撤収した数時間後、漂流していた飛空船が商人の輸送船によって発見された。 輸送船の者達は救助に向かったが、あまりの凄惨さに立ち去ろうとする。それでもたった一人、まだ息があることに気がつく。 三日後、救助された船乗りは奇跡的に生死の境から目を覚ました。 「海賊船長と思しき奴は‥‥サメの入れ墨を額にいれてましたでさあ‥‥」 生き残った船乗りの証言から飛空船を襲ったのは有名な鮫餌海賊団だと判明する。 根城としている漁村もわかっていた。しかし村の住民と結託しているようで捕り物が進まず、官憲は手を出せないでいた。 秘密裏の依頼が開拓者ギルドに持ち込まれる。朱藩のある漁村に潜入して金製品を奪い返すのが仕事の内容だ。 噂では海賊団が手に入れた金製品は足がつかないよう融かして市場に流されるらしい。どれも歴史的に貴重な品なので金槐にされてしまう前に回収しなければならなかった。 金製品は祭事に使われるもので主に茶碗などの食事道具の形をしているという。 漁村は荒くれ者が集まる地域で有名である。一般の旅人が知らずに立ち寄ったのならば、生きて帰れれば御の字だといわれていた。 依頼を受けた開拓者一行は飛空船で現地に向かう。数キロメートル離れた土地に着陸し、そこから先は徒歩や朋友に乗って漁村を目指すのであった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
真名(ib1222)
17歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●海賊の村 朱藩国海岸線のどこかに存在する漁村は通称『海賊村』と呼ばれていた。その村から数キロメートル離れた野原に一隻の飛空船が着陸する。 開拓者一行は次々と下船した。最後に下りようとした真名(ib1222)は船乗りから狼煙銃を手渡される。 この周辺は危険なのでもう少し離れたところで待機するとのことだった。呼び寄せたいのであれば狼煙銃で知らせてくれと告げられてから扉が閉められる。 三両の荷車が下ろされると飛空船は即座に飛び去っていった。 「鮫餌海賊団‥‥またセンスの無い名前ねえ」 真名は遠くの海を眺めながら依頼書の記述を思いだす。 千代ヶ原諸島の海域を漂流していた輸送飛空船から祭事用の金製品を奪ったのは『鮫餌海賊団』と名乗る荒くれ者共である。 奇跡的に生き残った者の証言によれば、海賊船長と思しき人物の額には鮫の入れ墨が彫られていたそうだ。鮫餌海賊団はこれから向かう海賊村を根城にしているのは確かな事実である。 「依頼主は‥‥多分、『あのお方』でしょうね」 サムライの三笠 三四郎(ia0163)には秘密にされた依頼主に心当たりがあった。朱藩国での荒事故に表だった対応ができないのだろうと推察する。 「雪、これぐらいあればいいよな」 『野良猫を引き寄せるには充分です』 ルオウ(ia2445)が担いだ大袋の中身は、神仙猫・雪と遂行する情報集めに必要な物資であった。 一行には猫又系の朋友がもう一体いた。アーニャ・ベルマン(ia5465)が連れてきた仙猫・ミハイルだ。 『荒くれ者の村だってな。派手に暴れようじゃないか』 「最近どうしたのですか、運動不足ですか?」 アーニャの足下でミハイルが黒眼鏡の縁を光らせる。 『ちょいと自らを鍛えたくなったのさ』 ミハイルも村の野良猫達から情報を得ようとしていた。 (「見かけは大分くたびれているが大丈夫だ」) からす(ia6525)は少々乱暴に下ろされた荷車三両を点検する。人妖・琴音はその様子を静かに見守った。 外見は傷だらけだが骨格材や車輪はしっかりしている。充分に用は足せそうである。 「人の物を奪うなんて、お天道様が許しても私とヤッサンが許さないんだからっ! 何より船員さん達を皆殺しに、生き残ったのは一人だけなんて‥‥」 ぷんぷんと怒るルンルン・パムポップン(ib0234)は先程まで寝ていた羽妖精・ヤッサン・M・ナカムラに依頼内容を説明した。 『そいつはひでぇ‥‥その船員達にも大切な人や家族がいるだろうに‥‥わかった、このヤッサン、しっかりと仕置きを』 「全く、酷いことするんだから‥‥ってヤッサン、まずは必殺じゃなくて、奪われた物の取り返しなんだからっ」 ルンルンは表情を和らげつつ、ヤッサンの誤解を解くために今一度説明をしなおす。 「お宝を回収したら悪党は全員村ごと燃やせば? ダメ?」 リィムナ・ピサレット(ib5201)の過激な発言は心優しいからこその裏返しである。それだけ鮫餌海賊団の悪逆非道な行為に憤慨していた。 「美術品を金の塊にしようとするなんて‥‥合理的だけど美的感覚がないわ! 急いで取り返さないとね」 ユリア・ヴァル(ia9996)は仲間達とこれからの行動を再確認する。 海賊村に潜入、郊外で待機する等々。採ろうとする行動は様々だが、すべては祭事用の金製品を取り戻すためであった。 ●三笠とさつな 「あの辺りがよさそうですね」 灼龍・さつなを駆る三笠は人目を避けて街道から外れた荒野を超低空で飛んでいた。やがて森林内の丘になっている斜面へと着陸する。 海賊村を含めた街道もそれなりに見渡せた。ここを待機場所と決めた三笠は注意深く周囲を探り、誰にも目撃されていないことを確認する。 大きな身体のさつなを隠すためによく葉が茂った枝を集めて自然の景色に紛れさせる。自らもひっそりと岩と岩の隙間に隠れた。 (「待っていますからね」) 火を熾さないでも食べられる糧と水は用意してある。仲間からの合図があるまで、三笠とさつなは我慢比べともいえる時間を過ごすのであった。 ●からす、ルオウ、アーニャと朋友達 「誰もいません。今です」 街道で立ち止まったアーニャが周囲を見回して合図を出す。 それぞれ荷車を引っ張っていたからす、ユリア、ルオウは森林内に続く獣道へ逸れた。アーニャも続いて薄暗い森林に踏みだす。 しばらくして獣道からも外れる。 森林奥に横穴を見つけた一同はそこに荷車三両を隠すことにした。準備してきた深緑色の布を被せ、さらに草木を適当にのせて隠蔽する。 「私はここで荷車の留守番だ」 「ミハイル、気をつけてね」 からすとアーニャは荷車を守るためにこの場に待機。緑色の布を被って自然の景色に姿を同化させる。 ユリアも海賊村の情報が入るまではここに身を潜めることにした。リィムナの上級迅鷹・サジタリオもこの周辺で待機となる。 ルオウは神仙猫・雪、仙猫・ミハイル、人妖・琴音の三体を連れて街道に戻った。しばらく歩いて海賊村に到着する。 (「噂通りだな」) そこら中から喧嘩の騒ぎが聞こえてきた。朋友達は屋根や塀の上を伝ってルオウを追いかける。 (「早いとこすませちまおうか」) ルオウは悪意の込められた村人達の視線を避けながら空き地を探しだす。 担いでいた大袋を下ろして縛っていた紐を解いた。中身は主に干物。おまけで炭と粉マタタビの小袋である。 干物も焼くつもりだったが邪魔者まで呼び寄せそうな状況だ。そこで熾した炭火でマタタビの粉だけを炙る。 マタタビ酒が好きなミハイルは風上で待機して嗅がないように気をつけた。やがて野良猫達がぞろぞろと集まりだす。 『村の頭領を知ってるか?』 ミハイルは猫呼寄を使い、野良猫達から鮫餌海賊団のことを聞きだそうとする。 『この村で偉そうにしている方を知りませんか?』 雪も同様に猫呼寄で野良猫達に聞き回った。 ミハイルと雪のおかげで陸での鮫餌海賊団の居場所が判明する。 数年前から港近くの屋敷を占拠して手下共々住み着いているようだ。本来の持ち主は扱き使われているらしい。 その後、雪は猫獣人化の法で妙齢の色っぽい猫獣人に化けて酒場に顔をだした。 抱きかかえるミハイルを撫でながら魅乱眼で近寄る荒くれ共を惑わせる。頃合いに港近くの屋敷のことを聞きだす。 ルオウはもしもの事態に備えて酒場の外で待機した。 琴音はルオウ達とは別の酒場に向かう。こちらも鮫餌海賊団が一枚噛んでいる酒場だと噂されていた。人魂で栗鼠に化けて酒場の屋根裏へと忍び込んだ。 天井板の隙間から店内を覗く。聞こえてくるのはチンピラのくだらない自慢話ばかりであった。 琴音が天井裏に漂う安酒のにおいを我慢していると、海賊らしくないひょろっとした若者が現れる。使いぱしりらしく、ふんぞり返る男に報告してどやされていた。 会話の内容まではよく聞き取れなかった。しかし怪しいと判断した琴音は若者の後を追いかける。 しばらくして陶器を扱う埃だらけの店に辿り着く。奥を探ると盗まれた金製品の一部が隠されていた。 ●ルンルンとヤッサン くたびれた着物を纏い、深く帽子を被った者が酒場奥の席につく。 裾から見える手の甲はしわだらけ。注文取りの無愛想な店員が卓にやって来ると、お品書きに記された濁酒と丼飯を指さす。 その者の正体はルンルン。ばれないようニンジャ的な変装をして海賊村に忍び込んだのである。 (「ガラの悪い連中ばかりだけど‥‥、やっぱり海賊?」) 入店する直前に発動させた超越聴覚で他の客達の会話を盗み聞きしてみた。 すると話している内容はどれも酷いものばかり。よくこんなところで商売ができるものだと思いつつ、今度は店員達に注目する。肩や腕、背中など場所は様々なものの、誰もが鮫の入れ墨を彫っていた。 (「も、もしかして‥‥ここって鮫餌海賊団の関係者が営んでいたりっ?」) ルンルンの勘は当たっていた。村の酒場の多くは鮫餌海賊団と繋がりがあるようだ。 その頃、羽妖精・ヤッサンは村中を飛び回っていた。目立たぬよう屋根の上を這いずるように滑空して大きな煙突を目指す。 最初の煙突は銭湯。二カ所目も同じく。悪党には風呂好きが多いのかと勘違いしてしまうほど海賊村には銭湯が多かった。 六本目の煙突がようやく鍛冶屋のものである。 刀剣ばかりが鍛冶屋の仕事ではない。鍋や釜などの日用品を専門に扱う鍛冶師もいる。 (『金を融かせれば、俺のへそくりも』) どうであれ鋳つぶす道具は揃っていそうだと思いながら、ヤッサンは窓から鍛冶場を覗き込んだ。 鍛冶師であろう初老の男が火床近くに座っていた。しばらくして若いチンピラ連中が踏み込んでくる。どうやら鍛冶師は賭け事で借金を背負っているらしい。 「もう少しだけ待ってくれ。た、頼む」 「この程度の借金、すぐに返せるいい仕事があるぜ」 チンピラと鍛冶師の会話をヤッサンは聞き逃さなかった。 ●真名と紅印 (「あそこで喧嘩しているのは‥‥」) 海賊村に潜伏していた真名はルオウと接触する機会を偶然に得た。ルオウがチンピラ共と往来のど真ん中で大立ち回りをしていたのである。 「べっぴんの女を取り合ってのことらしいぜ。獣人らしいが」 「へぇ〜隅に置けないねぇ」 衆目が注がれる中、ルオウが志体持ちの力を隠しつつ五人相手に戦う。 真名が背伸びして眺めていると右足首に触るものを感じて見下ろす。ミハイルが紙切れをアンクレットに挟むと人混みの中に消えていった。 喧嘩はルオウの圧勝で終わる。真名は紙切れの内容に目を通すと細かく破り捨てた。 それから彼女が向かった先は港近くの屋敷である。 ナハトミラージュを使えば最小限の危険で探りを入れられる。行きの乗船中、真名が自分の得意とする技を仲間に伝えておいたことが役に立つ。 見張りの目をナハトミラージュで誤魔化しつつ、真名は屋敷の庭に隠れる。 (「あれが海賊の船長‥‥」) そして額に鮫の入れ墨を持つ鮫餌海賊団の海賊船長を目撃した。取り巻きがいたので接触はやめておいた。目撃しただけで充分である。 玉狐天・紅印には人魂で鼠に化けてもらい、屋敷内を探ってもらった。 屋敷の持ち主であるはずの一族は鮫餌海賊団から酷い扱いを受けていた。だからといって善人とは限らないのが難しいところなのだが。 漁村に似つかわしくない宝飾店に探りを入れるときにはラ・オブリ・アビスを使う。店主に自分を海賊船長だと信じさせた。 「大量の金を扱わせて頂けると仰っていましたが、いつ頃になりましょう?」 「金?」 真名が聞き返すと店主が怯える。 「い、いえ急かしているつもりはございません」 店主の態度から金製品が融かされる危険性を感じた真名であった。 ●リィムナ 「いい加減、鬱陶しいんだよ!」 翌日の海賊村。チンピラの足下にすがりついていた子供が蹴られて塀に叩きつけられた。 「せっかくの情報なのにいいのかなっ? 狐狸野盗団ならもっといいお金になりそうだけど」 「このガキ!」 チンピラが地面を蹴ると土塊が飛んだ。それを被っても子供は鼻水と涎を垂らしながらにやついていた。 正体はリィムナである。 ボロの衣服を着ていただけでなく異臭を放つように汚している。身体も洗わず歯も磨かない浮浪者を演じていた。 「あっちのおっちゃんはもっとくれるはずだよぉ〜?」 「ちっ! わかった、いいから話せ!」 くしゃくしゃの紙幣が地面に落とされる。リィムナは拾って懐に仕舞ってからチンピラに情報を提供した。 昨日のうちに海賊村の力関係は調べ終わっている。 海賊村において鮫餌海賊団が一番の勢力なのは間違いない。ただ狐狸野盗団と禿鷹空賊団の二勢力も侮れない力を保持していた。 盗みを行う組織において苦労するのが物品の現金化である。それぞれに独自の流通を持っているのだが、それを崩されれば組織の瓦解は必至だ。 リィムナが吹聴している情報はその類いのものだった。 祭事用の金製品はまだ鋳つぶされてはいない。担当するはずの鍛冶職人がルンルンの手引きで夜逃げしたからだ。 だからといって安全とはいえなかった。見よう見まねで金を融かしてしまえと海賊船長の命令が下るのも時間の問題であった。 ●ユリアの交渉と取引 (「遅いわね」) 黒いローブとフードに身を包むユリアは海賊村にある荒ら屋で待たされていた。上級からくり・シンは外で見張り役である。 陽が落ちて宵の口。提灯で照らされる範囲だけが視界のうちだ。 こうなるまでの数日間には紆余曲折が存在した。 ユリアが演じたのは、さる高貴な方から収集を任された交渉人である。巨勢王所蔵の黄金製骨董品を求めてやって来たことになっていた。 金と色気で鮫餌海賊団の下っ端を凋落して段取りは整えられる。昨日は海賊団の補佐役と接触したが頭でなければ嫌だと拒否した経緯がある。 数日前から美術品として買い取りたいと鮫餌海賊団には伝えていた。 (「ようやく来たようね」) ユリアはシンからの合図と同時に仕掛けておいたムスタシュィルで鮫餌海賊団らしき存在を感じ取る。 「お前がそうか。とっとと取引を終わらせようじゃねぇか」 荒ら屋に現れた者のうち、額の入れ墨を確認しなくても誰が海賊船長か一目でわかった。ぎらつく眼に裂けているような口。二メートル近い身長の大男である。 「それは好都合ね。こんな酷いところ、早く引き上げたかったのよ。伝えた通りの値段で買わせてもらうわ。市場の五倍。それで文句はないわね」 「ないね。だが一つ聞きてぇ。あれをどうするつもりだ? こっちとしては足が付くのは避けたいんだが」 「収集家は二種類いるわ。見せびらかしたい人、自分だけの物にしたい人。私の主は後者よ」 「‥‥なるほどね」 真に納得したかどうかは定かではないが海賊船長の質問は終わる。手下が抱えて運んできた木箱がユリアの前に積み上げられた。 いくつかの蓋が開けられる。どれにも祭事用の金製品が収まっていたものの、ユリアは首を傾げた。 「ここにある木箱だけでは少なすぎるわ。おそらく盗まれたうちの三分の一程度でしょう? 約束の金額は巨勢王所蔵の金製品すべてに対してよ。話しが違うわ!」 怒るユリアに海賊船長と手下達が嘲笑を浴びせかける。 「これで満足しておけ。そうすればあんたは無事に帰れるし、お宝も手に入る。尻尾を振っているご主人様とやらにも可愛がってもらえるぜ。俺達も更なる金儲けができて万々歳ってやつさ」 ユリアの両瞼が海賊船長のお喋りを聴いている間に三分の二まで落ちた。 「わかったわ‥‥」 ユリアが右手を挙げる。すると荒ら屋の奥に隠れていた、からすとリィムナが荷車を引いて現れた。 荷車に木箱が積まれる。ユリアは支払いの現金を鮫餌海賊団側に確認させた。 「んじゃ気をつけて帰りな。この村は物騒だ。村の外へ出るまでに奪われたとしても知ったこっちゃあないからな」 受け渡しが終わった瞬間、海賊船長は小汚い笑みを浮かべる。 「これでお別れね」 ユリアが呟いた瞬間に荒ら屋の外から発砲音が届く。シンが狼煙銃を撃ったのだ。 まもなく天井の一部が吹き飛んで巨大な何かが現れた。それは灼龍・さつなを駆る三笠であった。 「注目するべきはこちらですよ」 三笠が『アームクロスボウ「イチイバル」』で海賊船長の足下に矢を突き刺す。次に咆哮で海賊共の注意を自分に向けさせた。海賊の手下共が三笠に襲いかかる。 「琴音、追っ手は頼んだ」 からすとリィムナが荷車を引っ張って荒ら屋から脱出した。 荷台に乗っていた人妖・琴音が去り際に海賊船長へ呪声を浴びせかける。迅鷹・サジタリオは風斬波でリィムナに迫る手下一人を吹き飛ばした。 一時的にせよ敵側の最強戦力といえる海賊船長が無力となる。 海賊船長が取り巻きとして連れてきた手下は八名のみだ。 ここ数日で他の勢力との抗争が激化して村の各所では激しい争いが起きていた。そのせいで取引の現場に人数を割けなかった海賊側の事情がある。海賊船長が交渉の場に中々現れなかったのもそれが原因だ。 自分の身が危険に晒される状況での外出は屈強な海賊船長でも避けたい。それでも出張ってきたのは現金が欲しかったからである。 戦いに勝つには資金が不可欠。海賊団であっても変わらなかった。 村の抗争を激化させたのは主にリィムナの手柄である。 「騙そうとするのはわかっていたけど、腹が立つわね」 荒ら屋から脱出した三笠の駆るさつなが現金袋を掴んでいた。それを確認したユリアがブリザーストームを唱える。 海賊共が残る荒ら屋は真っ白な嵐に包まれて瞬く間に崩壊した。生存は運次第といえる。 交渉の場にいなかった開拓者と朋友達は二手に分かれて作戦遂行中である。すべての金製品を取引に使うはずがないと鮫餌海賊団の行動は事前に予想されていた。 ●酒場の金 一軒の酒場で騒ぎが起きていた。 仙猫・ミハイルが放った輝く光の針が強面男の腹に突き刺さる。神仙猫・雪は魅乱眼で荒ぶる男を骨抜きにする。 『ここは俺に任せて、アーニャ、金製品をなんとかしろ!』 ミハイルが振り向くとアーニャとルオウが木箱を大急ぎで荷車へと積んでいた。 今から数分前、奪われた金製品を取り返すべく荷車ごと酒場に突っ込んだのである。この酒場奥の倉庫に隠されていたのは三日前から判明していた。 「おっと近づかないほうがいいですよ。これは全部私たちがもらいますからね!」 アーニャは木箱を抱えたまま近づいてきた酒場店員の尻を蹴りとばす。 「へっ、力仕事ならサムライの出番だぜぃ!」 ルオウも迫る荒くれ者を器用に弾きながら木箱を運んだ。 『ふっ、俺の爪の餌食になりたいヤツは前に出て来い』 黒眼鏡の奥の潜む瞳でミハイルが睨む。 『強いので気をつけてください』 雪も強く敵を威嚇した。 木箱が落ちないよう荷台に幌布が被されて準備完了である。 「行くぜ!」 「行きましょう!」 ルオウが荷車を引っ張り、アーニャが後ろから押す。ミハイルと雪は荷車の上で追いかけてくる酒場の者達を退けた。 それからしばらく大立ち回りが続く。途中、三笠の灼龍・さつなが道を塞いでいた丸太載せの台車を炎龍突撃ではじき飛ばしてくれる。 酒場に隠されていた金製品も無事に村の外まで運ばれるのであった。 ●陶器屋の金 そして 酒場で起きた騒ぎとは対照的に陶器屋はとても静かであった。 ルンルンはナハトミラージュで真名が事前入手してくれた鍵を使って楽に潜入を果たす。住民やチンピラの制圧には須臾を使い、自分達の正体さえ悟らせない徹底ぶりである。 嗅ぎつけた近所への対処は真名がラ・オブリ・アビスで陶器屋の主人に成り済まして解決した。 玉狐天・紅印と羽妖精・ヤッサンが外で見張る間に、二人は金製品の木箱を荷車へと積み込んだ。 「木箱はこれで全部ね」 「あとは縄で縛るだけっと♪」 真名とルンルンは荷車を引いて陶器屋を後にする。 紅印は地上を走り、ヤッサンは低空を飛んで荷車を護衛した。 他の開拓者仲間二班の派手な戦いが意図していなかった陽動になる。 陶器屋から金製品を取り返した一同はすんなりと村からの脱出に成功した。一度だけ酔っ払いに絡まれそうになったものの、ヤッサンが眠りの砂で解決してくれる。 「あの飛んでいる龍は‥‥」 「三笠さんですね」 郊外から先は龍騎の三笠が飛空船の着陸場所までの道しるべとなる。遠方で待機していた飛空船だが、撃たれた狼煙銃に気づいて接近していたのである。 全員が乗り込んだところで飛空船は即座に離陸する。 武天此隅へ着くまでにすべての木箱は中身が確かめられた。目録と照らし合わせてみれば殆どの奪還に成功している。 後日、正体不明の依頼人は大層満足したらしい。感謝の気持ちとして支払われた報酬には色がつけられていた。 |