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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 まだ六月だというのに真夏のように暑い日が続いていた。給仕の智塚光奈は満腹屋とは別の店先で大きな湯飲みを手にする。 店の屋号は『清涼倉田屋』。彼女が口にしていたのは生姜入り炭酸水である。 「ぷはぁー。しゅわしゅわがクセになるのです☆ 世の中にはまだまだ知らない味がたくさんあるのですよ〜♪」 飲み干した大湯飲みを光奈が見つめる。仲良しの開拓者から炭酸水を教えてもらってから毎日のように清涼倉田屋へと足を運んでいた。 生姜入りだけでなく、メロンや苺、さくらんぼにびわ、リンゴ、梅、中にはチョコレートやアル=カマルの変わった食材で作られた飲料はどれも美味しい。 この日、光奈は店の主人である倉田と話す機会を得た。 「興志王様の肝いりだったのですか」 「そうなんです。最初は驚いたのなんのって」 炭酸水は泡が抜けやすいためにすぐ提供できるよう店頭販売を行っている。だが職人気質の倉田にとっては苦痛で仕方がないようだ。できることならば早いところ炭酸水作りに集中したいらしい。 彼にとっては作った炭酸水を得意先に卸す問屋稼業が日々の仕事として許容しうる落としどころであった。 「まずは満腹屋で引き受けさせてもらうのです☆ 他のお店にも声をかけてみるのですよ〜♪」 「ほ、本当ですか?! 助かります。そういうのどうも苦手でして」 光奈は満腹屋で炭酸水を扱う約束を交わした。取引先が増えれば優先して仕入れ値を安くしてくれるとのことだ。 (「飲み物の中には理穴の特産、樹糖を使ったものも‥‥あ、思いだしたのですよ」) 去年の暮れのこと、満腹屋に理穴女王の儀弐重音にそっくりな女性が泊まったことがある。 琴爪と名乗ったその女性は幻のサツマイモ菓子を求めて、遙々理穴奏生から朱藩安州を訪ねていた。 無事に食すことができた琴爪は帰り際、光奈にお願いをする。珍しい甘味を見つけたのならば是非に知らせてくれと。 (「これならきっと琴爪さんも食べたこと、いや飲んだことはないと思うのですよ」) 光奈は連絡先の屋敷に文を送ることにした。風信器を通じて理穴奏生に伝えられた文章は琴爪宛の手紙となってある屋敷へと届けられる。 その屋敷には儀弐王縁の者が住んでいた。手紙は奏生城へと渡る。 琴爪の正体は儀弐王その人。だが光奈は最初こそ疑ったものの、今ではそっくりさんと信じきっていた。 儀弐王は現在冥越方面へと遠征中である。手紙は他の荷や書類と一緒に超高速飛空船によって儀弐王の元へと届けられた。 ちょうどその頃、儀弐王による直接交渉でしか解決できない補給関連の重大な面倒事が発生していた。 「この予定日ならおそらく奏生にいるはずです」 儀弐王は奏生までの強行往復の途中で光奈と会うことにした。すれ違いになってしまうかもしれないが、日時の符号に妙な運命を感じたからである。 儀弐王の返信は超高速飛空船によって朱藩安州の満腹屋へと翌日に届けられる。 「これで琴爪さんと連絡がとれたのですよ。あとは奏生まで炭酸水を持って行くだけなのです☆」 儀弐王の正体と事情を知らない光奈は呑気である。 一般人が精霊門を使うためには依頼を通じて開拓者に同行してもらうのが一番だ。光奈はさっそくギルドで手続きをとる。 せっかくの機会なので満腹屋の案が加わった炭酸水も琴爪に飲んで欲しいと考える光奈であった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
真名(ib1222)
17歳・女・陰
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●炭酸水 深夜の朱藩安州。精霊門を潜り抜けてこの地を踏んだ開拓者一行が満腹屋を訪ねる。 「お待ちしていたのですよ〜♪」 智塚光奈は寝ずに到着を待っていた。一行を一階店内へと案内し、依頼の肝となる味付き炭酸水を振る舞おうとする。鼻歌交じりに台車を押して卓まで運んできた。 全員で手分けして把手付きの瓶から大湯飲みに味付き炭酸水を注ぐ。 「これこれ。うちのジンジャースパークや。残しといたレシピ通りに作ってあるようやで」 芦屋 璃凛(ia0303)は上級からくり・遠雷の分も大湯飲みに注いであげる。 一緒に飲みながら遠雷にジンジャースパークの改良案を語る。こうすることで自らの構想を整理することも出来た。 「どうぞなのです♪」 「ふぅん、弾ける飲み物ね」 ユリア・ヴァル(ia9996)は光奈から大湯飲みを受け取ると興味深げに覗き込む。香りをかいでから粒入り苺ジャムが使われた味付き炭酸水に唇をつけた。 「星が弾けたみたいね。面白いし、美味しいわ♪」 ユリアは気に入ったようで表情を明るくして激しく瞬きを繰り返す。伴侶であるニクス(ib0444)へと早く飲むように勧めた。 「炭酸水、めずらしいものがあるな」 ニクスはユリアに急かされるまま味付き炭酸水を喉に流す。泡立ちと冷たさが相まって爽快な味がした。 様々な案が湧いてきたユリアのお喋りが止まらない。ニクスは彼女に頷きながらライチを使った炭酸水を思いついた。 「これが炭酸水。皆はきっと甘い飲み物を作るはずよね‥‥」 真名(ib1222)は玉狐天・紅印が休んでいる宝珠へと話しかける。 羽喰 琥珀(ib3263)はごくりと喉を鳴らしたあとでスパークリングチョコレートを一気に飲み干した。 「倉田屋のご主人は問屋商いをしたいようなんです。炭酸水を扱うお店が増えればもっと安価に提供できると仰っていたのですよ〜」 「もっと安くなったら菫青にも飲ませてやれるな〜」 光奈から説明を聞いた羽喰琥珀が腕を組んで大きく頷いた。 味付き炭酸水一杯の値段は百十から百二十文もするという。ここは一肌脱いでより多くの人達が手軽に飲める値段にしようと羽喰琥珀は心に決めた。 炭酸水を抱えて向かう先は理穴奏生である。 朱藩安州に続き、理穴奏生でも琴爪を通じて炭酸水が話題になれば、清涼倉田屋の支店進出が早まる展開もあり得た。 「久しぶりに飲んでみると、いろいろとわかるものがあるな‥‥」 すでに発売中のコーラ炭酸水を最初に考えついたのは篠崎早矢(ic0072)だった。コーラ炭酸水を改良しようと依頼に参加したのである。もちろん輸送の工夫も忘れていない。 「きっと夏真っ盛りに飲んだら、今以上の美味しさなんだろうねぇ。こりゃ楽しみなのさ」 火麗(ic0614)は荷物の中に蒸留酒を隠し持つ。あとでこっそりと炭酸水で割って飲んでみようとしていた。 「ラヴィはどう?」 一口飲んだばかりの紫上 真琴(ic0628)は羽妖精・ラヴィに訊ねてみる。とても面白くて美味しいとのことだ。両手をブンブンと振り回つつ、天井付近を飛んで回る。 開拓者達はひとまず光奈が用意した宿の一室で仮眠をとる。陽が昇ってから本格的に行動を開始するのであった。 ●相談 開拓者達は炭酸水が抜けにくい容器を作るべく満腹屋の裏庭で話し合おうとしていた。 「たくさんあったわ。これで最後かしらね」 真名が玉狐天・紅印に手伝ってもらいながら容器で一杯の木箱を持ってくる。他の仲間達も満腹屋を含めて方々から容器をかき集めていた。 「二段構えで大きな樽に小さな樽を入れたらどうだろうな」 「サイズと容量の違う容器を用意するのには賛成よ。外見は樽のような木製でもいいけど、陶器かガラス瓶で小分けがいいと思うけどね♪」 ユリアと羽喰琥珀が卓の上に様々な容器を並べていく。 「これはワインの容器やな。こっちは発泡酒。こいつはちょいと変わっとるで。他のよりも側に厚みがあるし、側にあったコルクは針金で縛られているんやで、ほら。瓶にも針金の跡が残っておるんや」 「それは満腹屋の倉庫にあったものだな」 芦屋璃凛が手にしていた容器はニクスが発見したものである。 光奈の話しによればスパークリングワインに使われていた空瓶だという。とても変わっていて発泡酒と同様に泡立つワインが詰められていた。頑丈な作りなのはそのためらしい。 「航海などでは肉類とかを煮込んだりして保存していたようだけど‥‥炭酸水をそうしたら全部抜けてしまうから意味ないし」 「逆に冷やすといった手はどうなのかしらね。ちょっと試してみようかしら」 篠崎早矢とユリアは会話によって互いに思考を回転させる。 「やっぱり栓はコルクかしらねぇ。それと輸送中はできる限り振動を与えないようにすべきだわ。何かよい緩衝材があればいいんだけどねぇ」 「日の光をなるべく通さないために、もしガラスなら色の濃いのがいいよね」 火麗と紫上真琴も一つずつ容器の吟味を行う。 見繕ったいくつかの種類の瓶に清涼倉田屋から届いたばかりの炭酸水を詰めてみた。さらに樽などの大きめの容器を利用して二重構造も試す。 しばらくしていくつかの試験品ができあがる。丸一日待ってから開封して炭酸の抜け具合を確かめることにした。出発までの残り日数に余裕はないがどうしても必要な確認作業である。 午前十一時ぐらいに炭酸の詰め込みは終わったので、しばらくは各自の時間となる。味付き炭酸水作りを主としたそれぞれの作業に取りかかった。 ●芦屋璃凛 「子供でも飲みやすいもう一つのジンジャースパークを作るんや」 芦屋璃凛が取りかかったのはジンジャースパークの改良である。 元となるジンジャーシロップの配合を変えてみた。具体的には生姜の風味を抑えて甘味を増すように調節する。 他にもブルーベリージャムを炭酸水で割った。溶かすのに苦労したものの、レモンの汁を加えて完成させる。 「遠雷、一緒にこれを地下まで運んでや」 からくり・遠雷に手伝ってもらって食材を氷室に運び込む。作ろうとしていたのはソーダポンチである。 ブルーベリーにメロン、スイカなど多彩な果物が甘い炭酸水のおかげで一つの味にまとめられた。単一でも充分に美味しい。 「割れることも考えるとお客さんに出すのは無理なのです。ゴメンなさいなのですよ」 光奈に相談してみるが残念ながらソーダポンチ用にガラス製の容器は用意できなかった。 ●ユリアとニクス 買い物から戻ってきたユリアとニクスは新しい味付き炭酸水作りに取りかかる。 手間がわずかなのでニクスのライチ割りはすぐにできあがった。 「悪くない」 よく冷えたライチ炭酸水は大人の味で喉ごしがよかった。 ニクスが大湯飲みの残りを一気に飲み干そうとしたとき、背後から『えいっ』といった言葉が聞こえる。間髪入れずに背中へと強烈な冷たさを感じた。 「旦那様もしゅわしゅわが気になったのね」 ニクスに笑顔に振りまくユリア。噂では炭酸水で肌がすべすべになるとのことで、ユリアはニクスの背中を確かめる。 そんなユリアだが味付き炭酸水の試作も忘れない。レモン汁を基本としたソースに蜂蜜を加えてレモネード炭酸を完成させる。 「さっぱりしているのですよ♪」 光奈に飲んでもらったところ期待通りの感想が返ってきた。 「これを飲んでみてくれる?」 ユリアはニクスにも試飲してもらう。 濃いめの水出し紅茶が炭酸で割られてスライスレモンが浮かんでいた。 「うまい」 ニクスの感想は言葉少なめであったが高評価だ。レモンの代わりにオレンジを使っても美味しい。容器の端に皮で引っかけるとオシャレで鮮やかになった。 もう一つ、甘味をつけた牛乳を凍らせてかき氷にしたものに果汁入り炭酸をかけてみる。「アイスを炭酸で溶かすとまた変わった味わいよね♪」 「本当に♪」 ユリアは満腹屋の鏡子と一緒に味見。こちらも満足な仕上がりになっていた。 ●羽喰琥珀 「銀政、ありがとうな。ちょうどいい凍り具合だぜ。光奈、ちょっと借してもらってもいいかな?」 「どうぞなのですよ♪」 羽喰琥珀は買ってきた夏みかんの実を銀政に凍らせてもらう。さらにかき氷削り器でシャーベット状にした。 器に炭酸水を注いで、その上に夏みかんのシャーベットを静かに置く。こうすることでシャーベットの下の部分に炭酸水が混じって二層構造になった。 「どうだ?」 「もう少し甘いのが好みかな? 琴爪さんも甘党なのです☆」 羽喰琥珀は光奈の意見を反映させるべく果汁に蜂蜜を加える。先の二層と相まって三層仕立ての『しゅわしゅわ夏みかんシャーベット』が完成するのであった。 ●篠崎早矢 篠崎早矢は甘味と風味の不足を解消すべくコーラ炭酸水の改良に取りかかっていた。 篠崎早矢が探し求めた野草は残念ながら手に入らなかった。そこで集められるだけの甘味を用意する。 「黒砂糖、テンサイからの砂糖、サトウキビの砂糖。前に使った樹糖も試すとして、ハチミツは花の種類別に四種類‥‥」 様々な甘味を混ぜ合わす。塩もわずかに足してみた。 風味についてはホウレンソウの汁などの変わり種の他にスパイスやハーブも使った。レモン、コーヒー、オレンジ、ネロリ、コリアンダー、ナツメッグ、ライムジュース、バニラ草、カラメル、シナモンなどなどなど。 「これを摺ればいいのね」 「こっちは終わったのですよ〜♪」 真名と光奈が空いた時間に手を貸してくれる。 理穴出発当日の夕方まで新作コーラ炭酸水の改良を続ける篠崎早矢であった。 ●火麗 「私好みの炭酸水を作ってみようかねぇ。甘すぎず、サッパリとした飲み口を目指してね」 火麗は炭酸水に岩塩を加えてみる。すると泡立ちの勢いが増した。さらにレモン汁を適量加えて飲んでみる。 さわやかな味わいに手応えを感じた火麗は蒸留酒を取りだす。あらためて先程と同じ味付き炭酸水を作って蒸留酒を割ってみる。 氷を浮かべてできあがり。一口呑んで大湯飲みから唇を離した。 「こりゃいけるねぇ。‥‥今日はもう丈夫だから腰をすえようか。摘まみっと‥‥」 本日こなさなくてはならない仕事はすべて終わっている。後は寝るだけなので存分に蒸留酒の炭酸水割りを楽しんだ。割合を変えて自分好みの味を探求するのであった。 ●紫上真琴 「梅の果肉をほぐし終わったのね。ありがと♪」 紫上真琴は羽妖精・ラヴィに手伝ってもらいながら味付き炭酸水を作る。 梅にレモン、みかんの皮、果肉も使ってみた。甘味として主に使うのは蜂蜜だ。 できあがったばかりの新作を一緒に試飲する。夕方までに思いつく限りの味付き炭酸水を試す。 「ラヴィはどれが一番美味しかったと思う?」 紫上真琴とラヴィの意見は一致する。蜂蜜にレモン汁を溶かし、炭酸水で割ったものが一番美味しかったと。翌日からは最適な割合を探し求めた。 「さっぱりとした甘さが何故かほっとするのですよ〜♪」 光奈からの評判も上々。理穴行きの前に『蜂蜜レモン炭酸水』は完成するのであった。 ●いざ理穴へ 「これでうまくいくのですよ♪」 三日目の午後十時頃。光奈は提灯片手に空龍・菫青の背中に括りつけられた大木箱を見上げる。 炭酸水は最終的に三重の密閉が施されていた。 まず最初にスパークリングワインの空容器を再利用して強めの炭酸が詰められる。差し込まれたコルク栓には蜜蝋が被され、さらに針金で巻かれた。 ニクスの螺旋状コルク栓はとてもよい案だったものの、合わせる瓶が間に合わなかった。 たくさんの瓶はひとまず小樽へと収められる。その際、緩衝材として藁が敷き詰められた。 もう一つあった小樽には果汁などが詰められた瓶が入った。現地で混ぜ合わせればすぐにできあがるように。 二つの小樽は中ぐらいの木箱に収められる。小樽と中木箱の間には炭酸水を凍らせて砕いた氷塊が敷き詰められた。 炭酸が水に溶け込むことで炭酸水ができあがる。それならば小樽の周囲が炭酸で満たされていれば気が抜けないといった発想からだ。 中木箱はさらに大木箱の中へ。こちらの間に敷き詰められたのは普通の氷である。高価な炭酸水をここまで贅沢に使うわけにはいかなかった。但し、ユリアが定期的に氷霊結で凍らせてくれるので密封性は万全だ。 「出発なのです☆」 光奈も開拓者達と一緒に精霊門へと向かう。 そして真夜中の零時に一行は精霊門を潜り抜ける。到着したのは朱藩安州よりも遙か北の大地、理穴奏生であった。 ●大屋敷 (「ここは手紙を送った場所のはずなんですけど、す、すごいお屋敷なのですよ」) 光奈と開拓者達が訪問したのは大屋敷であった。門番に取り次ぎを頼むとすぐに案内人が現れて屋敷内へと通してくれる。 待機用の部屋と寝室は離れになっていたがとても豪華だ。荷車で運んできた一式は部屋に併設されている台所へと運び込まれた。 特にやることはないので就寝する。 誰もが早くに目を覚ましたが特にやることはなかった。朝食には朱藩安州に勝るとも劣らない魚介料理が並べられて光奈が驚く。 (「琴爪さんは一体‥‥何者なのです?」) 両目を疑いの眼にした光奈だが美味しい鯛の刺身を食べてころりと忘れてしまう。開拓者達も充分に満足したようだ。朋友達にも十分な食事が与えられる。 「助かったのですよ。もしユリアさんがいなければ銀政さんに同行してもらうつもりだったのです」 「これくらい朝飯前ですわ。あ、今食べたばかりでしたわね」 光奈と一緒に笑った後、ユリアが大木箱に氷霊結をかけてくれた。溶けて水になった部分が再び氷となる。 梅雨の時期だというのに理穴もそれなりに暑かった。ユリアは二時間ごとに再氷結してくれる。 朝食に続いて昼食も豪華。 「うめぇな!」 羽喰琥珀はあまりの美味しさにご飯をお替わりする。 火麗は美味しいが故に複雑な表情を浮かべた。これらを肴にして一杯やれたのならどれだけ満足かと。 午後二時になって一行はぼちぼちと動きだす。 三時過ぎ、大木箱の蓋を開けて中身を確かめる。中木箱内の炭酸水の氷は殆ど溶けておらず、想像した通りの状態を保っていた。 屋敷の者によれば予定通りの午後四時頃に琴爪は現れるとのことである。それに合わせて各々味付き炭酸水を準備した。鮮度にこだわる開拓者は絞りたての果汁を使う。 光奈は作ったばかりのスパークリングチョコレートを飲んでみる。泡の弾け方は清涼倉田屋の店先で飲んだものと遜色がない。 「開拓者のおかげでものすごくよい炭酸水の状態なのです☆」 開拓者達に感謝しつつ光奈が壁時計へと振り向く。まもなく鐘の音が響き渡って四時を告げた。それからまもなくして頭上から大きな音が聞こえてくる。 「飛空船が着陸しようとしているわ」 真名のいう通り中型飛空船が庭へ着陸しようとしていた。着陸後、下船してきたのは琴爪である。 「琴爪と申します。初めての方はよろしくお願いしますね。くつろいで頂けたでしょうか」 「お久しぶりなのです〜♪ わたしから開拓者のみなさんを紹介しますよ〜♪」 光奈が琴爪に開拓者と朋友を紹介する。急ぐと聞いていたので味付き炭酸水を作りながら挨拶する者もいた。 「甘めの特別なジンジャースパークや。それとソーダポンチやで。食べてみてや」 芦屋璃凛が用意した味付き炭酸水を琴爪は受け取る。さすがに全員分の炭酸水を大湯飲みで一杯ずつ飲むのはきついので小さな湯飲みに注がれていた。 「‥‥発泡酒とは違う、奇妙な清涼感。この泡はクセになりそうです」 無表情な琴爪だが普段よりも瞬きの回数が多いようである。メロンのソーダポンチも残さず食べきった。 「こちらはどうかしら?」 「俺はこれだ」 ユリアが出したのはレモネード炭酸とアイス牛乳にオレンジ果汁をかけたものだ。ニクスはライチ炭酸である。 「どちらも美味しいです。とても」 三種を味わった後で琴爪はそう呟いた。アイス牛乳にオレンジ果汁をかけたものをお替わりする。 「俺のはこれ。『しゅわしゅわ夏みかんシャーベット』って光奈が名付けてくれたんだぜ」 羽喰琥珀が用意したシャーベットを琴爪が一口頂く。そして二口、三口。特に三口目を食べた琴爪はさじを長く口の中に留まらせた。 「夏にもう一度、食べてみたいものです」 羽喰琥珀は琴爪の前で照れ笑いを浮かべる。 篠崎早矢が用意したのは改良版コーラ炭酸水であった。 「満足いく仕上がりだと思う」 望まれたので光奈も一緒に飲むことに。琴爪と並んで光奈も改良版コーラ炭酸水を頂いた。 「こ、これ、甘味と香りが倉田屋で飲んだものと全然違うのですよ!」 「素晴らしい仕事をなさったようですね」 篠崎早矢は努力が実を結んだことを素直に喜んだ。手伝ってくれた真名も笑顔である。 ちなみに真名は自分専用に唐辛子入りの炭酸水をこっそりと完成させていた。ただ光奈から琴爪が甘味好きと聞いていたので出しはしなかった。 「あたしのはこれさ」 火麗は塩とレモン汁で作った味付き炭酸水を琴爪に出す。そして耳元で囁いた。蒸留酒で割って呑むと格別だと。 「‥‥今度、安州を訪ねたときにはそちらで飲みたいものです」 琴爪は火麗の炭酸水を綺麗に飲み干す。 最後は紫上真琴の番である。考えた三種類の中で梅の炭酸水を琴爪に飲んでもらう。 「果肉がとてもよい食感です」 「ラヴィが頑張ってくれたおかげかな♪」 紫上真琴が琴爪へ返した言葉に羽妖精・ラヴィが照れていた。 「すみませんが私は再び出かけなくてはなりません。屋敷の者には夕食の用意もさせていますので、どうか楽しんでいってくださいね」 立ち去ろうとする琴爪に一同は贈り物をする。 樽の中には味付き炭酸水を詰めた容器がたくさん。美味しく飲めるよう氷が浮かぶ冷水に浸けられていた。 「こちらで先程仰った飲み方、試してみますね」 火麗に呟きつつ琴爪が中型飛空船に乗り込んだ。もちろん味付き炭酸水も積まれる。 「あの飛空船、特別な造りになっているな。普通の者が所有できる代物では‥‥」 飛び立つ飛空船を見上げながらニクスが呟いた。 夕食にはユリアが作った肉料理も並んだ。肉を炭酸水で浸けて柔らかくしたものである。 「仲間がやっていたけどさ。ジャムで作る炭酸水もうまいんだよな〜。夏みかんとか柑橘のやつを使ってさ。果物が安く手に入る時に大量にジャム作っておけば、冬でも果物の炭酸水作ること出来るぜ」 「試させてもらうのですよ♪」 羽喰琥珀と光奈はよく焼けた柔らかい肉塊を美味しそうに頬張る。 深夜になって開拓者達は奏生の精霊門へと向かう。 光奈は朱藩安州へ。開拓者一行は神楽の都へと帰ることにした。 「琴爪さん、喜んでくれたようなのですよ♪ 眉の微妙な動きがそういっていたような気が‥‥気のせいかもしれないですけれど。これは食いしん坊の勘なのです☆」 光奈の言葉に開拓者の多くは納得する。類は友を呼ぶ。食いしん坊同士にしかわからない世界があるのだろうと。 最後に光奈は開拓者達にお土産を手渡す。 真夜中の零時。精霊門が開かれて別れのときとなった。 |