追いだされた猫又
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/10 22:10



■オープニング本文

 ある日の理穴奏生。一人の男が包帯だらけの猫を抱えてギルドへと現れた。
 男はさっそく受け付けの手続きをとろうとする。卓の上に猫を座らせて目前の受付嬢に依頼内容を切りだした。
「俺の名は仁太郎。で、こいつは猫じゃないんだ。猫又でカンって名前だ。実質的にカンが依頼主なんだが構わないか? 書類とかは俺名義でいい。だがこいつの話しを聞いてやってくれ」
 仁太郎がカンの背中を軽く叩く。するとカンはゆっくりと話し始めた。
『紹介にあずかったカンなのにゃ――』
 カンは事情を説明する。
 仁太郎が住んでいるのは奏生から北西に存在する漁村である。その仁太郎の家で世話になっているカンは漁村にたむろする野良猫達を統率してきたという。
 港に揚げられた魚を盗まず、家屋や倉に巣くう鼠を退治する。田畑を荒らす雀は追い払う。そうすることで野良猫達は村人達から美味しい魚を分けてもらっていた。
 野良猫の気概がないという輩もいる。だが一時は人と猫との関係はとても険悪で、血が流れる悲しい事件も起きていた。
 それを見かねた猫又のカンが野良猫達をまとめたのである。つい先頃まではそれが続いていたのだが。
『猫又によく似た何かが村にやってきて、野良猫達をそそのかしたのにゃ。魚は盗み放題、鼠や雀には素知らぬ顔。仕舞いにはおいらを襲わせたのにゃ‥‥』
 その気になれば普通の野良猫など猫又のカンにとって敵ではない。しかし友達を傷つけるわけにもいかず、逃げることしかできなかった。
 カンが包帯だらけなのはそれが原因である。
「野良猫共をそそのかしたってカンはいったが、あの様子はただ事じゃないんだ。狂気に支配されているような、そんな感じだ。俺はあの猫又に似た何かの正体はアヤカシじゃないかって睨んでいるんだが‥‥証拠はない」
 仁太郎とカンは猫又に似た何かの正体を突き止めて欲しいと頼んだ。さらにアヤカシだと判明したのならば退治をして欲しいとも。
「今は迷惑だけで済んでいるが、あれがアヤカシならば村人達に直接危害を加えるようになるかもしれない。どうかよろしく頼む」
『お願いするのにゃ』
 仁太郎とカンは手続きを終えてギルドを立ち去る。しばらく奏生に滞在して依頼を受けてくれた開拓者が着くのを待つ。到着次第一緒に漁村へ向かう予定だ。
 依頼内容はさっそく風信器を通じて神楽の都のギルドへと伝えられる。一時間も経たない間に掲示板へと張り出されるのであった。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
サニーレイン=ハレサメ(ib5382
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ


■リプレイ本文

●漁村へ
 開拓者一行は深夜零時に精霊門を抜けて理穴奏生の地を踏んだ。往来で待っていた依頼主の仁太郎と猫又・カンが深々と頭を下げて一行を出迎える。
「雪華、治療したれ。安心し、これ位は報酬内でやったるさかい」
 八十神 蔵人(ia1422)に頷いた天妖・雪華が宙を舞いつつ神風恩寵で包帯姿のカンの傷を癒やす。
「私も治療させてもらいますね」
 カンの頭を優しく撫でた玲璃(ia1114)も精霊の唄で治療してくれた。
 おかげでカンは身体が楽になる。仁太郎が包帯を解いてみると見事に傷が治っていた。
「あ、ありがとうございます」
 仁太郎は一行を郊外に待機させていた飛空船まで案内する。
 全員が乗船して即座に離陸。漁村に到着するまでの間、仁太郎とカンの口からあらためてこれまでの経緯が語られた。
「狂気に支配されているような、猫たちはそんな感じなのか」
 羅喉丸(ia0347)は仁太郎の話しを聞き、胸の前で腕を組んで唸る。
 座席隣の天妖・蓮華は膝の上にマタタビの粉が入った粉を乗せていた。相手が猫ならばマタタビが役に立つと考えての判断からである。
 アーニャ・ベルマン(ia5465)が雲上の星空を眺めていると、ふと仙猫・ミハイルに気になって振り向いた。
『猫又のふりをするアヤカシか。気に入らんな。本当にそうだとしたら瘴気の塵にしてやろうぜ』
「いつもより気合が入ってますね〜」
 ミハイルの黒眼鏡の縁が船窓から差し込む月光によって輝いた。アーニャもミハイルにあやかってよりやる気をだす。
『丸一日、追いかけられたこともあるのにゃ』
「ふ〜む〜。猫の世界もタイヘンよの〜。ほれ、遠慮せず食べるがよいぞ」
 ハッド(ib0295)は正面に座らせていたカンに一日干しの魚を勧めた。ちなみにハッドもマタタビの粉を用意してきた一人である。
「にゃんこ大暴走、ですか。このままでは、安心して、私達もお魚を、食べられません、ね」
 ハッドの隣に座っていたサニーレイン(ib5382)が手を伸ばしてカンの頭を撫でた。
『目的はそこなのか』
 向かいに座っていた上級土偶ゴーレム・テツジンが突っ込みを入れる。うんと答えたサニーレインはお腹をぐぎゅるると。つられてハッドも腹の虫を鳴らす。
「これをどうぞ。せっかくだからお弁当を用意してきたのさ」
 サニーレインの前方背もたれの向こう側からフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が顔を覗かせる。差しだされた弁当箱の中身はハムサンドが並んでいた。
 サニーレインとハッドはハムサンドを頂いて空腹を満たす。
『姉さん、挨拶が遅れたのにゃ。カンというのにゃ』
『冥夜だ。大変だと聞いたがよかったら話してみろ』
 しばらくしてカンは芦屋 璃凛(ia0303)が連れてきた仙猫・冥夜と談義する。小一時間ほど話した後で冥夜は芦屋璃凛の元に戻った。
「冥夜、なんだか頼もしい感じやな、いや、引っ込みが付かなくなった感じか」
『からかうな、確かに姉さんなどと、呼ばれると気分は良かったがな』
「まぁ、ええ、とにかく野良猫たちの潔白を証明するで」
『もちろんだ』
 芦屋璃凛と冥夜の覚悟は開拓者側全員の意思でもある。
 飛空船は正午前に目的の漁村港へと着水するのであった。

●調査
 下船した一同はひとまず仁太郎の家に向かった。
「前はこうではなかったのですが‥‥」
 歩く仁太郎が聞こえてくる野良猫達の鳴き声にため息をつく。今では猫同士のケンカがしょっちゅうである。
 開拓者達は仁太郎の家に余分な荷物を預けると漁村の状況を直に知るために各々自由行動をとった。

「ちょいと護衛を頼むで」
 岩の上に座った芦屋璃凛は仙猫・冥夜に周囲の警戒を頼んでから人魂の式を打つ。鼠に変化した符は猫の鳴き声が聞こえる倉の中へ。
(「荒れとるの」)
 三つ巴で野良猫達が激しくケンカしていた。
 人様の備蓄の食べ物を奪い合っていたが尋常ではなかった。傷だらけ、血だらけで殺し合いの様相を呈していた。
(「やばいで」)
 野良猫達が芦屋璃凛の式鼠に気がつく。さっと壁穴の中に潜り込んで式鼠を解除し、感覚を元に戻す。
「狂気に支配されとるつうのは本当やな」
 その後、芦屋璃凛は漁村の様々な場所で同じような探りを繰り返した。時には式鼠ではなく式フナムシの形で。
 芦屋璃凛が知る限り、漁村内で穏やかな生活を送る野良猫は一匹も見かけられなかった。

「あみだくじの結果、俺は内陸側だ」
「我輩は海岸側じゃな」
 マタタビを用意してきた羅喉丸とハッドが分かれて効力を試そうとする。
 羅喉丸と天妖・蓮華は漁村の内陸側で野良猫達がたむろする場所を探しだした。
「蓮華、頼むぞ」
『仕方がないのじゃ』
 羅喉丸に頼まれた蓮華がふわふわと地上数メートルの高さにまで浮き上がる。そしてマタタビの粉を野良猫に振りかけた。
 すぐにケンカをやめて粉を求め始める。
(「マタタビは効くようだな」)
 羅喉丸は酔っ払ったような調子の野良猫達を眺めて利き手の拳を握りしめた。
 同じ頃、ハッドも海岸側でマタタビの粉を撒いていた。高い松の木に登って掴んだマタタビの粉をばさっと。
「おときばなしでこんなのがあったような気がするがの〜」
 こちらでも野良猫にマタタビの粉はよく効いた。
 しかし一部が妙な反応を示す。効いている野良猫がほとんどだが見向きもしない一匹がいたのである。
 ハッドはその野良猫を中心にしてマタタビの粉を撒いてみた。しかし喜ぶどころかその場を立ち去ってしまう。
 合流した羅喉丸とハッドはマタタビの効果について互いに報告する。
「効かぬ野良猫がいたぞよ。尻尾は普通じゃったな‥‥」
「マタタビが効かないとは。猫又らしき何か以外にもアヤカシが混ざっているのでは?」
 ハッドからの情報に羅喉丸が推理を加える。それが当たっているかどうかは他の仲間からの情報を待つしかなかった。

 アヤカシや瘴気を判別する技を持つ玲璃とアーニャは手分けして漁村内を探った。
「この周辺の瘴気は少々濃いですね」
 玲璃は懐中時計「ド・マリニー」を片手に海岸を含める漁村外周を一回りしようとしていた。
 上級羽妖精・睦は玲璃の頭上を飛んで周囲を見張る。探索に集中している玲璃が不意打ちを食らわないようにと警戒する。
(「立った今、濃いめの瘴気を感じましたが‥‥」)
 『瘴索結界「念」』発動中の玲璃が背後へと振り返った。念の範囲ギリギリのところに野良猫達が集まっている。玲璃の視線を感じたせいか一斉に散らばってしまう。
 玲璃はあらためて『瘴索結界「念」』を使ってみたが特別な事象は感じられなかった。
 アーニャは鏡弦の広い射程範囲を活かすために漁村中央部を目指す。ちょうどよい櫓があったので村人から許可をとり上へと登った。
「ここなら見晴らしもよいですし、うってつけですね」
『だな。はやいとこ、かたづけちまおうぜ』
 アーニャは仙猫・ミハイルと話しながら『ロングボウ「フェイルノート」』を取りだす。弦をかき鳴らす鏡弦によってアヤカシを探る。
「‥‥いないみたいですね」
 鏡弦は弓の射程がアヤカシ探査の範囲になる。広範囲が対象になったのにも関わらず、それらしい反応は感じられなかった。
『あれは噂の猫又みたいな何かじゃねぇのか? 尻尾分かれの猫だが、カンとは毛並みが違うしな』
 櫓の柵上に乗って景色を眺めていたミハイルが気がつく。
「あそこなら充分に射程のはずなんだけど‥‥おかしいな」
 アーニャはもう一度かき鳴らしてみるがやはり何も感じない。そうこうするうちに猫又らしき何かは姿を消してしまった。

「アヤカシにしても猫を操って何がしたいのかというのもあるけどな‥‥」
 八十神は道ばたの岩の上にあぐらをかいて漁港を見学していた。
 大漁旗を掲げた漁船が帰港するとさっそく水揚げが始まる。するとどこからともなく野良猫達が集まってくる。
 漁師の何人かは売り物にならない魚を野良猫達に放ってあげていた。
 数時間前に八十神が港の者に聞いたところによれば、野良猫達への不信感を持つ村人は徐々に増えているらしい。
 敵がアヤカシだとして目的は何なのか。八十神は野良猫達の動向を眺めながら考える。
「どうであれ、かわいいにゃんこを傷つけるわけにはいかんよな」
 八十神が隣に座っていた天妖・雪華に視線を向ける。それに気がついた雪華だが言葉の意味がわからずに首を捻る。
 理解するのには明日を待たなければならなかった。

 港近くにはサニーレインの姿もある。土偶ゴーレム・テツジンを連れて適当な野良猫に狙いをつけた。
「ちっちっちっ」
 屈んだサニーレインが手招きをしても野良猫達はそっぽを向いて寄ってこなかった。
 そこで『ぽぴん「晴雨」』を取りだす。ぽこぽこ鳴らして奏でたのは『再生されし平穏』である。
 気持ちが穏やかになったのか寄ってきた野良猫がテツジンの頭に飛び乗った。
「さあテツジン、このにゃんこから、事情を、伺いなさい」
『無茶言うな。土偶に猫の言葉はわからんよ』
 ふがいないと首を横に振るサニーレイン。そこで同行していた猫又・カンに訊いてもらう。
『やはりあの猫又みたいのが指示しているようなのにゃ』
 カンはテツジンの頭上で寝転がる野良猫から事情を聞きだす。同じようにして十匹に訊ねたが、どれも似たような答えが返ってきた。
 猫又らしき何かに指示されるとしばらく言うなりになってしまうらしい。そのような技を猫又は持っていないが、上位の仙猫なら習得していても不思議ではなかった。
「ここにいたんだね。お願いがあるのさ」
 声が聞こえてサニーレインが振り向くとフランヴェルの姿があった。
 彼は先程までこの漁村で調達した魚とマタタビを入れた樽二つを天秤棒を担いで走り回っていたという。
 当然のことながら野良猫達が追いかけてくる。野良猫達が疲れてきた頃合いを見計らって一匹を捕獲したそうだ。
 耳を澄まさなくても樽の中から鳴き声と暴れる音が聞こえてきた。サニーレインはフランヴェルの願い通り夜の子守唄でおとなしくさせた。
「ほら、ごらんよ」
 フランヴェルが樽の蓋を外したのでサニーレインは覗き込む。中で丸まって寝ていたのは『猫又らしき何か』であった。

●真実
 日暮れまでに全員が仁太郎の家に戻った。
 確保された『猫又らしき何か』は開拓者の技や世話によって憑き物が落ちたようにおとなしくなる。
『話しがしたいそうなのにゃ』
 先にカンが猫語で会話したあとで『猫又らしき何か』は人の言葉を発す。
『ナノカセというのにゃ‥‥。迷惑をかけたのにゃ、ゴメンなのにゃ‥‥』
 ナノカセと名乗った『猫又らしき何か』はアヤカシではなく猫又上位の仙猫であった。猫又のカンが敵わなかったのも道理といえる。
『この辺りにいるアヤカシは尻尾が分かれていなくて野良猫にそっくりなのにゃ。三匹が交代でニャンを操っていたのにゃ』
 ナノカセの証言によって三体の野良猫・妖の存在が明らかとなる。また開拓者達が調べてきた情報と照らし合わせても裏付けがとれたといってよい状況だ。
 野良猫・妖三体はナノカセを傀儡として祭り上げた。
 こっそりと村全体の野良猫を裏から操っていたのである。ナノカセが猫呼寄を使うときもあったのでカンは勘違いしたのだろう。
『仕方がねぇな』
 仙猫・ミハイルとしては物理的肉体言語でナノカセを説得したかったようだが、しおらしくなった相手に拳を振るうほど狭量ではない。
 開拓者達は事前に考えてきた退治作戦に修正を加えるのであった。

●野良猫集め
 翌朝から開拓者達はアヤカシ退治に乗りだす。まずはアヤカシと野良猫を切り離す作戦を始めた。
「今日は魚もあるぞよ〜♪ ほれほれ」
 ハッドは昨日よりも派手にマタタビの粉を撒きながら野良猫を集める。
「テツジン、やさしく、運ぶのですよ」
 サニーレインは夜の子守唄で野良猫達を眠らせた。
『言わずもがな』
 土偶ゴーレム・テツジンはせっせと籠の中に猫を並べていく。
「さあ、急ごうか」
 フランヴェルは荷車の上に猫入りの籠を載せていく。それが終わると鋼龍・LOに乗って上空偵察に飛び立った。
「これぐらいでよかろうて」
 荷車運びはハッドの役目である。
 アーマーケースから『「人狼」改・てつくず弐号』を展開して搭乗する。楽々と引っ張って仁太郎に用意してもらった空き家へと運び込んだ。
 別所の羅喉丸もマタタビの粉による野良猫集めに尽力していた。
「よし、うまいぞ。蓮華」
『そつないのはいつものことじゃ』
 羅喉丸と天妖・蓮華が一緒にマタタビの粉を撒く。
『あの石の辺りに集まるよう仲間へ呼びかけろ』
 仙猫・冥夜も猫呼寄で野良猫集めを手伝う。
「よしここじゃ」
「いきますよ」
 芦屋璃凛と玲璃が土砂に隠された網を引っ張った。これで野良猫が一網打尽にされる。
 羽妖精・睦はまだ騒がしい野良猫へと眠りの砂をかけて静かにさせた。
 八十神も天妖・雪華を使って野良猫を集める。
「雪華にしかできん作戦や。頼むで」
『これってマタタビでは‥‥』
 八十神は雪華にマタタビを刷り込んで低空を飛行させた。やがてたくさんの野良猫を引き連れて空き屋へと飛び込む。
 八十神は野良猫が空き家に入ったところで戸を閉めて外から閂をかける。
『ふう‥‥あれ? 旦那様、ここを開けてください』
 雪華がとんとんと内側から戸板を叩く。
「雪華‥‥お前の犠牲は忘れへんで。多分三日くらいの辛抱や」
『だしてえええええここからだしてえええええええ』
 雪華がその気になれば戸板の一枚ぐらい簡単に突き破れる。しかし真面目な性格が災いしてそれができなかった。
 野良猫達を閉じ込めるために、雪華以外にも仁太郎、猫又・カン、仙猫・ナノカセ、仙猫・冥夜がしばらく空き家周辺に残るのであった。

●判別
 時は少し遡る。
 開拓者仲間が野良猫集めに奮闘していた頃、特務を帯びたアーニャと仙猫・ミハイルは物陰に隠れて様子を窺っていた。
「あの野良猫、怪しいですね。マタタビや魚に反応していませんし」
『いつでもいいぞ』
 ミハイルが猫呼寄でアヤカシと思しき野良猫へと話しかける。効果がないのがわかるとアーニャが鏡弦をかき鳴らして判断した。
 面倒な手順を踏んだのは広範囲に音が伝わる鏡弦の使用を控えたかったからである。
 野良猫・妖と判明したところでアーニャとミハイルは色水入りの袋を投げつけた。これで逃げられても判別が容易となる。ちなみにこの案をだしたのは仁太郎だった。
 アーニャとミハイルは戦うよりも野良猫・妖三体に色をつけることを優先する。
 危惧すべきは開拓者側の実力を見抜かれて野良猫・妖が敗走してしまうこと。依頼期間を過ぎてから一匹でも戻ってこられたのなら、せっかくの退治も元の木阿弥になってしまう。それだけは避けたかった。
 仲間による野良猫集めの騒ぎに乗じ、漁村内を駆け回って三体すべてのアヤカシに色をつけ終わる。
 三体のアヤカシはかけた色水によって便宜的に野良猫・妖青、野良猫・妖朱、野良猫・妖黄と呼ばれた。

●野良猫・妖
「それではいきますよ」
 アーニャがここぞと鏡弦で弓の弦を何度もかき鳴らす。野良猫・妖の位置が判明する度に仲間へと知らせた。
 野良猫・妖黄を退治しに向かったのは芦屋璃凛、羅喉丸、八十神である。
 野良猫・妖青に向けてはフランヴェル、サニーレイン、ハッドだ。
 最後に発見された野良猫・妖朱に対してはアーニャ、玲璃が武器を手に取った。

 野良猫・妖黄は漁港にいた。
 停泊していた漁船の帆柱に登る妖黄を仙猫・冥夜が追う。
 冥夜が瞳を輝かせて鎌鼬を放つ。
 鋭い風攻撃を受けた妖黄は落下したものの、甲板への着地に成功する。さらに逃げようと港側の船縁へと飛び乗った。
『任せておけ、羅喉丸』
 すくっと船縁に立った天妖・蓮華が酔八仙拳を繰りだす。後ずさりした妖黄は海に落ちかけたが寸でのところで港の柱に掴まった。
 八十神は何も語らず武器も手に取らなかったが剣気で妖黄を威圧する。
「ここから逃がさへんで」
 芦屋璃凛は漁船から戻ってきた仙猫・冥夜と一緒に逃げ道を塞いだ。
 こうなれば妖黄には戦うしか手が残っていない。
 瞬脚で接近してきた羅喉丸による牽制の一撃を避ける。しかし待ち構えていた蓮華の拳が横っ腹に決まった。
 権謀術数には長けていたようだが実力行使としては開拓者側が圧倒的に上であった。盾とすべき野良猫達と切り離された時点でアヤカシ側の敗北はほぼ決まっていた。
 妖黄が瘴気の塵に還る瞬間、八十神は大きく欠伸をした。

「見つけたぞよ」
 ハッドがアーマー・てつくず弐号から身を乗りだして望遠鏡を覗き込んだ。野良猫・妖青が雑草だらけの空き地へと逃げ込む様子が捉えられる。
「いいから出ておいで。子猫ちゃん」
 鋼龍・LOから飛び降りたフランヴェルはいつもとは違う意味で子猫ちゃんと呼びかける。耳を澄ませて妖青の動きを察し、ここぞという機会で咆哮を使う。
「お魚のため、です、ね」
 サニーレインは茂みから現れた妖青にスプラッタノイズを叩きつけた。まともに食らった妖青は無意味に跳ねたり、草を食べたりなど奇妙な行動を取り始める。
「ほれテツジン、加減無用、です」
『合点!』
 憤怒の土偶ゴーレム・テツジンが繰りだした魔神の怒りによる拳は凄まじかった。妖青が風に乗った紙切れのように宙へと吹き飛ぶ。
「まったく不甲斐ないの〜。とはいえ我輩達の頭脳の勝利じゃな」
 妖青が落ちた先は退路を塞いでいたアーマー・てつくず弐号の足下。ハッドが飛び降りつつ聖堂騎士剣で妖青の胴を真っ二つにする。
 妖青から還った瘴気の塵は風に乗って瞬く間に散っていった。

 野良猫・妖朱はアーニャが見つけた時点ですでに郊外を目指していた。
 逃げられてしまったのなら元も子もない。危惧していた事態が現実にならないよう、アーニャと玲璃は追いかける。
「妖朱を引き留めてもらえますか?」
 玲璃に頼まれた羽妖精・睦が全力で飛び先回りをする。構えたデーモンズソードで妖精剣技を繰りだす。こうして妖朱の足がひとまず止まった。
『てめぇのツラ、気にいらねぇから消えろ!』
 続いて仙猫・ミハイルも追いつく。勾玉呪炎の冷たい炎が妖朱を拘束する。
「援護します。皆さん、やっちゃってください」
 アーニャは弓の射程内に辿り着いた時点で加勢した。先即封による矢が妖朱の前足を地面に縫い止める。
 ミハイルはだめ押しでもう一度、妖朱を燃え上がらせた。睦はその隙にソードで妖朱の頭部を貫く。真っ正面から戦わない敵故に少々手こずったものの見事に倒しきる。
「すぐに痛みはひきますからね」
 玲璃は傷ついた仲間達を精霊の唄で癒やしたのであった。

●そして
 開拓者と朋友達は野良猫・妖を残すことなくすべて倒しきる。
「さーて終わったらまた酒のむかー」
『あの今回、主に私だけ働いてません?』
 閉じ込められていた天妖・雪華は三日ではなく三時間ほどで解放された。八十神に不満を告げても暖簾に腕押しである。
「これで村も安心です。なあ、カン」
『おかげさまですにゃ』
 すべてが片付いて安心した仁太郎は張り切って地元の魚介料理を振る舞ってくれた。開拓者一行は数日の漁村滞在で十分な休憩をとる。帰りにはお土産までもらう。
『潔白が証明されてよかったな』
『これで静かに暮らしていけるのにゃ。姉さん、ありがとう』
 仙猫・冥夜はカンと別れの挨拶を交わす。
『仲良く暮らせよ』
『気をつけるのにゃ』
 仙猫・ミハイルはナノカセに一声かける。ナノカセもカンと一緒に仁太郎の世話になるようだ。
 猫だらけの漁村に再び平穏が戻る。
 開拓者の誰かが『人と猫に幸あれ』と呟くのだった。