もう一人の偽春華王
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/29 22:30



■オープニング本文

 春華王の偽者と聞けば、誰もが泰国転覆を謀った曾頭全首領の偽春華王を思い浮かべる。
 しかし本物の春華王にとっては曾頭全の彼よりも先に留守番役の人物が脳裏を過ぎる。
 本物の春華王は留守番役を『春』と呼ぶ。ちなみにお忍びの際、本物の春華王は『常春』を名乗っていた。
 影武者たる春の存在を知っているのは本物の春華王と侍従長の孝亮順、それにわずかな隠密係のみだ。
 以前から天帝宮をよく留守にしていた本物の春華王だが泰大学に入学して寮生活を始める。つまり本物が卒業するまで春はずっと春華王役を務めることとなった。
「よきにはからえ」
 天帝宮内の謁見の広間。春華王・春は羽根付きの扇子で口元を隠しながら役人の案を承認する。
 時に地方へと出向いて視察を行うこともある。天帝一行のもふら車行列が地方繁華街の往来を人だかりにさせた。
 春華王・春はもふら車の中から外を眺める。道の両端では多くの民が跪いて頭を垂れていた。
(「あれは‥‥?!」)
 春華王・春はそれらの中の一人に目を奪われる。一瞬だけ上向いた顔が死んだはずの妹にそっくりであった。
 影武者役になる前、春華王・春は浮浪者として町を徘徊する孤児だった。惨めな生活を送っていたところを孝亮順に拾われて今に至る。
 家族は全員アヤカシに殺されてしまった。そう思い込んでいた春華王・春だが妹も自分と同じように生き延びたようだ。
 無我夢中で逃げたせいなのか残念ながら当時の記憶は非常に曖昧である。
「どうかされましたか?」
「‥‥いや、なんでもない」
 同じもふら車には孝亮順も乗っていたが、妹らしき人物のことは言いだせなかった。事情を知らない他の者達も同乗していたからである。
 宿代わりの地方屋敷の一室でようやく孝亮順に話を切りだす。
「他人のそら似もあり得るのですが‥‥。確かめたいのです。もし苦労しているようであれば手を貸してあげたいのですが、それは難しいでしょうか?」
「春華王様との関わりを話さないのであれば、会って話すのも構いません。住まいなどの提供も致しましょう。ただその場には変装して身分も明かさない形で私も同席させて頂きます」
 孝亮順は春華王・春の願いを聞き受けてくれる。ただことは内密にしなければならない。泰国朱春へ戻った後、開拓者ギルドに秘密依頼の募集がかけられる。
 春華王・春の元の名は『秀英』。現在の年齢は十八歳である。
 妹の名は『紅花』。年齢は生きていれば十五歳。容姿は春と似ている。つまり本物の春華王を三、四歳若くして女性にした感じのようだ。
 春華王・春が視察で訪れた泰国南部の町は『栄運』という。
 それからの日々、春華王・春は天帝宮にて吉報を待ち続けるのであった。


■参加者一覧
露草(ia1350
17歳・女・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
朱華(ib1944
19歳・男・志
エラト(ib5623
17歳・女・吟
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
サエ サフラワーユ(ib9923
15歳・女・陰
七塚 はふり(ic0500
12歳・女・泰


■リプレイ本文

●春華王の影武者
 深夜、開拓者一行は精霊門を潜り抜けて泰国朱春の地を踏んだ。用意された飛空船で南部の町『栄運』を目指す前に侍従長・孝亮順、春華王・春と寂れた屋敷で対面した。
「こちらになります」
 孝亮順が希望者に似顔絵を配布する。
 七塚 はふり(ic0500)は受け取った似顔絵をちらりと確認してだけで、からくり・マルフタへと預けた。
(「自分は常春殿をよく知っていますが、この絵は作戦に使うのです」)
 七塚には策があるようだ。
(「確かに絵とよく似ています」)
 露草(ia1350)は視線を上下させて手元の似顔絵と春華王・春を見比べる。現地へ着くまでに特徴を頭に叩き込むつもりでいた。
(「妹の紅花さん、人買いやら酷い目におおてないとええんやけど‥‥」)
 神座真紀(ib6579)は似顔絵の受け取りをやんわりと断る。肩の上に乗る上級羽妖精・春音の頭を人差し指で撫でた。
「春音、ちょいときばってもらうで」
 春音に一肌脱いでもらう作戦を立てた神座真紀である。
「俺は似顔絵いらないかな。その代わり、妹と一緒にいた時の話を教えてくれよな。特に食べ物か歌がわかればいいんだけとなー」
 ルオウ(ia2445)の訊ねに春華王・春が深刻な表情で考え込む。
「確か‥‥無花果が好きだったはずです」
 春華王・春は無花果の乾物を口にして喜ぶ幼い紅花をおぼろげに思いだす。
(「ほんと、坊ちゃんにそっくりですね。でも、目尻がちょっと違うかも?」)
 ルンルン・パムポップン(ib0234)は春華王・春を観察してから訊ねた。遠方の町で紅花を見かけた時と場所を。
「おそらく午後の二時頃、場所は大通りでしたが――」
 春華王・春にとって『栄運』の町は初めての土地であり、さらにもふら車内だったので詳細な位置はわからなかった。特に目立った建物がなかったせいもある。
 エラト(ib5623)はルンルンと春華王・春のやり取りを聞きながら、腰のポケットに手を入れた。
(「大まかな場所はわかったとして‥‥もし相手がアヤカシだとすれば瘴気を探ればわかるでしょうか」)
 懐中時計「ド・マリニー」が正常に動いているかを確かめてから元に戻すエラトである。
 朱華(ib1944)も春華王・春に質問をした。
「春さん、俺にも紅花さんについて教えてくれ。どんな些細なことでもよい。昔のこととか、身体特徴‥‥それに、はぐれたときのことを聞かせてほしい」
「身体の特徴は右肘裏の小さな火傷跡しか覚えていないのです。すみません。育った町、いや村がまるごと大火事になったのです。そういえば襲ってきたのは、熱風の竜巻を起こすアヤカシでした」
 アヤカシは龍に似ていて口から吐く炎の竜巻で町を燃やしたのだという。
(「春さま、ほんとだったら自分で探したいんじゃないのかな‥‥」)
 サエ サフラワーユ(ib9923)はじっと春華王・春を見つめる。
 冷静を装っていたがやはり自ら探しに行きたい気持ちはあるようだ。瞳の輝きがそれを物語っている。しかし春華王役として朱春を離れるわけにもいかずにじっと堪えていた。
「あっ!!」
 開拓者達の去り際に春華王・春が大声をあげる。
「紅花はとてもケンカが強かった、はずです。近所の悪ガキ共にも負けたことがなくて。滅多に兄妹ケンカはしませんでしたが、私もまあ、何というか敵わないぐらいで‥‥。これが役立つかわかりませんが」
 春華王・春が必死に思いだしてくれた情報を開拓者達は心に留める。
 寂れた屋敷を後にした開拓者達は飛空船に乗り込んで夜空へと飛び立つ。栄運に着いたのは当日の暮れなずむ頃であった。

●一回り
 賑やかな栄運の町は物流の要所として機能していた。
 港の施設が充実しるおかげで多くの商船が荷物を積み下ろす。それらの品は取引で小分けにされて別の商船に積み込まれる。また飛空船で遠方へと運ばれていった。
 開拓者達は天帝一行がもふら車の行列で通った繁華街の大通りを歩いてみた。
「確かにわかりにくいですね。どれも同じ店に見えますし」
 ルンルンが右掌を庇にしてキョロキョロと見回す。
 商売屋が立ち並ぶ賑やかな通りだが、意地の悪い言い方をすれば雑多としているだけである。特徴的な建物もないので同じように見えても仕方がなかった。
「春さま、妹さんに驚いていたのだから覚えていなくても仕方がない‥‥けど」
 サエはだんだんと頭の中が混乱してきた。
「あの、正直に王さまの影武者さんの妹さんを探してます‥‥っていっちゃダメですよね?」
 小声で訊くと仲間が首を横に振る。
「す、すみません、すみません、すみません、すみま――」
 サエが必要以上に頭を下げるのを繰り返す。
「えっと、体力勝負でなんでもやってみますっ! なので先輩方、指導してもらえますか?」
「そっか。んじゃちょっと頼まれてくれるかな」
 前を歩いていたルオウ振り返ってサエに手伝いを頼む。自分と手分けして無花果の乾物を売っている店を調べて欲しいと。
「俺は大通りの海側の店、サエは反対の内陸側の店を頼んだぜ。日暮れまで時間がないから明日に持ち越しでかまわないからな。後で宿で会おうぜ」
「はい! どこまで調べたか覚えておきますっ」
 ルオウとサエはそれぞれに人混みの中へと消えていく。
「宵の口まで一時間ぐらいか。各自、飯を食べたら宿へと集まろう。あの二人も途中で調べを切り上げてそうするだろうからな」
 朱華の一言で一行は一時解散した。
 食事処や酒場で得られる現地の情報は必要である。夜の帳が降りる頃には全員が宿へと戻る。紅花に直接関係する情報は得られなかったが町の事情はいくらか集まった。
 運輸の町だけあって物資だけでなく人の流入がとても激しいようである。紅花がすでに立ち去っている可能性も考慮に入れなければならなかった。

●大捜査
「行くぜ!」
「ではまた後で!」
 翌朝、宿を飛びだしたルオウとサエは無花果の乾物を扱う店探しを続行する。
「では調査に行ってくるのです」
『おひいさま、まってくださいまし』
 七塚はこれと絞らずに露天や物売りへの聞き込みに出かけた。からくり・マルフタは似顔絵を手に七塚の後ろを追いかけていった。
「今日のところは町を隈無く歩いてみるさ。春華王にそっくりなら目撃すればすぐにわかるからな」
 朱華は猫又・胡蘭を連れて町のどこかへと消える。
 残る開拓者は独自行動をとる前にエラトによる『時の蜃気楼』を手伝うことにしていた。時の蜃気楼とは演奏を通じて土地に眠る精霊の記憶を呼び起こす技である。
「春音、パフォーマンスして衆目を惹きつけるで」
『わかったですぅ♪』
 神座真紀と羽妖精・春音は衆目からエラトの『時の蜃気楼』をそらすために現場から少し離れたところで芸を披露し始めた。
「ちょいとお暇な御仁は足を止めてご覧じろ。あたしの頭上を回っている春音なる妖精。実は『朋友あいどるグループAKG48』の一員なんや。聴いてうまいと感じたら、拍手喝采よろしくや」
 口上を述べた神座真紀は三味線を弾く。それに合わせて春音は宙を舞いながら歌い踊った。時に幸運の光粉を羽根から散らしつつ、五曲を連続で歌い上げる。
 同じ頃、エラトは『時の蜃気楼』を奏でた。
 その間、五分。天帝一行が通ったときの事象が写しだされる。
「な、なんだ?」
 さすがに通行人全員をその場から立ち去らせるのは難しかった。しかし最低限に留めることには成功する。
「わぁ、凄いです‥‥これで捜査もはかどりますね。っと急がないと」
 ルンルンは迅鷹・蓬莱鷹と友なる翼で同化した。背中に生えた光の翼で低空を飛び回りながら危険はないことを口頭で伝える。
(「こちらの中にあの絵と似た人物がいれば‥‥」)
 露草は上級人妖・衣通姫と一緒に幻の景色の中を探し回った。似顔絵にそっくりな娘がいないかを。
 時の蜃気楼によって浮かび上がった幻の範囲はかなり広く、ルンルンも告知しながら紅花を探した。
『いましたのー』
 紅花を発見したのは衣通姫であった。すぐにルンルンや露草が駆けつける。
「間違いありませんね。坊ちゃんにそっくりです」
 ルンルンは地面すれすれまで屈むと跪いている紅花の顔を確かめた。行列が過ぎ去ると紅花は立ち上がって路地裏に入っていく。
「まさか‥‥」
 露草の視線が自然に天へと向けられる。紅花が建物の壁を蹴って高い屋根の上まで登ったからだ。
「アヤカシ? でなければ‥‥」
 ルンルンはすぐに二つの仮説を思い浮かべる。一つは紅花の正体がアヤカシの可能性。もう一つは志体持ちの可能性であった。

●七塚
「あるかわいそうな方の生き別れを探しているのであります」
 七塚が塩屋店主に訊ねると、後ろに控えていたからくり・マルフタが見えるように似顔絵の紙を広げた。
「どっかで見たような‥‥。ん〜、うちの常連じゃないことは確かだな」
 邪険に扱われるときもあったが大抵の店は親切である。十軒目の米屋で有力な目撃情報を得た。
「毎月、いや毎週たくさんの米を買っていってくれる娘だね。それがすごいんだよ。二俵の米を軽く担いで持って帰るんだから」
 それを米屋の店主から聞かされた七塚とマルフタは顔を見合わせた。

●朱華
『やれやら‥‥年寄りをこきつかうかの』
「そういうな。夕飯に尾頭付きの魚を食わせてやるから」
 朱華は塀の上に乗る猫又・胡蘭に付近を探るよう指示をだした。自らは『心眼「集」』で周囲を警戒しながら紅花を探す。
「あれは?」
 朱華は紅花らしき娘を見かけて追いかけた。しかし人混みに紛れてどこかに消えてしまう。途中で合流した胡蘭も探してくれたがどこにもいなくなっていた。
 この日、栄運で紅花を見かけられるはずがなかった。そして見かけた娘の正体も後に判明するのであった。

●ルオウとサエ
「どうだった? こっちは三軒だったぜ」
「えっと、扱っていたのは二軒です。それと季節によっては外からやってきた天秤売りもいるみたいです」
 ルオウとサエは大通りに並ぶ店の中でどう無花果の乾物が扱われているのかを調べ上げた。後はそれらの店舗を中心にして娘を探すだけである。
「無花果の乾物おいしいよな」
「ほんと、おいしいです」
 ルオウとサエは買ったばかりの無花果の乾物を一つずつ食べてから店番に訊ねてみた。サエぐらいの年頃の娘が他にも買い来たりするのかと。
 それを繰り返して三軒目に重要な証言を得られる。
 いつも無花果を買っていく常連の娘がいるらしい。頻度は毎日のときもあるが一ヶ月程度空く場合もあるようだ。それでも三年は顔をだしているようなので、この町に住んでいると考えられた。

●持ち寄り
 宵の口、開拓者達は宿屋近くの飯店で晩飯を頂きながら日中に得た情報を突き合わす。
 最初は時の蜃気楼で得られた紅花の一件についてである。エラト、ルンルン、神座真紀、露草によって語られた。
 特に紅花が志体持ちかも知れない事実は重く扱われる。
「紅花殿は志体持ちかも知れないのですか。それで納得したのであります」
 七塚は米俵のこと知っていたので表情を変えず頷いた。
「志体持ちなら合点がいくな。ケンカが強いのはその証左。アヤカシで混乱する火事場の村から生き延びたのもそれなら納得だ」
 朱華は丼飯を片手に持ちながら何度も頷いた。卓の下で鰆一尾を頂く猫又・胡蘭は素知らぬ顔である。
 七塚は米屋で得た情報を話す。朱華は紅花らしき娘がいたことを説明した。
「無花果の乾物からわかったこともあるんだぜー」
「そ、そうなんです」
 ルオウとサエによれば無花果が大好きな娘がこの町にいるらしい。探している紅花も無花果が好物だ。
「何となくですが掴めてきましたね」
 ここでもエラトは『懐中時計「ド・マリニー」』で瘴気の流れを確認した。
 町中で少し気になったことがある。人に害をなすほどではないが、特異点として瘴気が強い地点がわずかに存在していた。
 仲間達に注意を促すエラトであった。

●探し人は何処に
 紅花らしき娘の人物像が絞れたおかげで捜索は捗る。二日間に三名が候補にあがった。
 そのうちの二名は春華王をよく知る開拓者が遠目から見た瞬間に首を横に振る。そっくりというにはほど遠い容姿だったからだ。念のために接触もしてみたが無駄骨に終わった。
 時の蜃気楼で再現された幻の娘は本物の春華王と春華王・春にとても似ていた。
「さてどないしよか‥‥」
 神座真紀が最後の一人の元へ向かうのを躊躇したのには理由がある。
 まず名前だが紅花ではなく蒲公英というらしい。
 もう一つ、彼女は輸送船で調理を行う料理人を生業していた。そして船がこの町に戻ってくる予定日は明日だ。
 悪い話ばかりではなかった。無花果をよく購入しているのは蒲公英のようだ。
 時間はあるのでひとまず住処の場所だけでも確認しておくことになる。
「あれ? 誰かいるような。ルンルン忍法地獄耳☆!」
 ルンルンは蒲公英が借りている長屋の一室から音がしたような気がした。超越聴覚で再確認する。
「一人、いるな」
 朱華も即座に『心眼「集」』で確かめる。部屋の中には間違いなく誰かがいた。
「蒲公英さんのお宅でしょうか。行方不明中のご兄弟についてお話がしたいのであります」
 七塚が戸板を叩いて中に呼びかけた。
「何でしょう?」
 戸は開けられないまま長屋の一室から女性の声が聞こえてくる。
 七塚が事情を話している間に、からくり・マルフタは戸の隙間から似顔絵の紙を差し込む。
「そちらの絵の人物が探している妹殿であります。依頼主は外に出るのも難しく、好きに動けぬ境遇になられています。ですが一目ご家族に会いたがっているのであります」
 七塚による説明が一通り終わった。しばし時間が経過してから閂を抜く音がする。
「みなさん下がって!」
 『懐中時計「ド・マリニー」』を眺めていたエラトの勘が働いた。圧迫感がエラトを身構えさせる。
 それは当たっていた。長屋の中から緑色のアヤカシが現れたのである。
「か、河童?!」
 あたふたしながらサエは叫んだ。伝説上の生き物、河童に似ていたからである。
 正確には春華王にそっくりな娘と半々の姿をしていた。それも徐々に河童寄りへと変化している。実力を出すために本性を現しているのだろう。
 獣人の中には亀系もいるのだが、明らかに違う凶悪な顔をしていた。
「せっかく無花果を買ってきたってのによっ!」
 ルオウはサエの前にでて河童・妖が放った水流攻撃を盾で受け止める。
「えっと‥‥そ、そうです!」
 サエは焦りつつも呪縛符を使う。河童・妖の足に式が絡んで動きを緩慢にさせた。
「本人ではなくてとても残念です」
 露草は毒蟲の式を打って河童・妖を痺れさせる。
 河童・妖がその場へとへたり込む。次の瞬間、風のような素速さで小柄な人物が現れた。
 小柄な人物による拳撃が河童・妖の顎へと命中。数メートルほど吹き飛んだところで瘴気の塵となって雲散した。
「一日早く戻ってこられたら、家の前でとんだ騒ぎだね。えっと、あんたたち誰?」
 小柄な人物の顔を見た開拓者全員が唖然とする。春華王にとてもよく似た十五歳ぐらいの娘がそこに立っていた。
「どこの猫かな?」
 娘は猫又・胡蘭を抱えて頭と喉を撫でた。

●本物かどうか
 開拓者達は話しを聞こうと蒲公英を連れて適当な飯店に入る。
「秀英はあたしの兄ちゃんだよ。それと蒲公英って名前はただの愛称。本当の名前は紅花っていうんだ。よろしくね」
 本物の紅花しか知らないはずの情報を蒲公英はすべて知っていた。肘裏の火傷跡も見せてくれる。
「間違いなさそうやね」
 神座真紀は火傷跡を確認して安堵のため息をついた。
(「何度見ても、どこから眺めても坊ちゃんにそっくりなのです‥‥」)
 ルンルンは紅花を観察する。
 女性化した常春を見ているようで不思議な気持ちになっていた。それはルンルンだけではなかった。七塚もそうだったに違いない。
「アヤカシが何故ご自宅に隠れていたのでしょうか。思い当たる節はありますか?」
「ちょっと前、仕事で乗ってた船が海上で襲われたんだよ。みんな河童みたいのに捕まっちゃったんだけど、あたしは隠れていて後で倒したんだ。まさか逆恨みして陸まで追いかけてくるとは思わなかったよ」
 姿に似合わず紅花は豪傑な生活を送っていた。
「それにしても兄ちゃんだけでも生きていてよかったー。あたしがアヤカシが暴れる火事の村から助けたんだけど、目を離した隙にいなくなっちゃってね。さんざん探したけど見つからなくて」
「秀英殿は当時の記憶が曖昧なのであります」
 紅花は七塚から秀英の話を聞いて天井を見上げながら考える。
「‥‥そういえば逃げている途中で、落ちてきた梁が兄ちゃんの頭に思いっきりぶつかったんだった。あまり覚えていないのはそのせいかもね」
 紅花が志体持ちである事実を秀英が知らないのは両親がひた隠しにしていたからである。
 幼い頃の秀英にとって紅花は少々力持ちの妹だった。もう数年、兄妹として過ごしていたのなら秀英も気がついたのかもしれない。
「朱春にまでご足労願いたいのですが、お仕事は大丈夫ですか?」
 エラトの問いに紅花は即座に了解した。
「大丈夫。一回の輸送参加でいくらの日雇いみたいなもんだし。それに河童の襲撃から船を取り返しても報償一つくれなかったケチな船会社だからね。恩なんて感じていないし。それにこの町に留まっているとまた河童が襲われるかもしれないから、ちょうどいい潮時かな」
 話はとんとん拍子でまとまった。

●再会
 夕方、朱春に戻った開拓者達は紅花を連れて寂れた屋敷をもう一度訪れた。
 秘密の方法で連絡をとり暫し待つ。
 日が暮れた頃、春華王・春と孝亮順が灯籠を片手に姿を現す。二人とも一般人のような長袍姿であった。
「紅花、本物の紅花ですよね?」
「あたしの顔まで忘れたのか。変わらないね、兄ちゃんは」
 言葉だけを聞いていればぶっきらぼうなやり取りだが、兄妹は抱きしめあって再会を喜んだ。
 開拓者達と孝亮順は少し離れたところから兄妹の様子を眺める。
「で、兄ちゃんは今、何してるんだ? 結構、羽振りがよさそうだけど」
 紅花が核心を突いたところで孝亮順が兄妹に近づいた。開拓者達は役目を終えたと感じて部屋の外へでる。
「常春殿に似た女人‥‥そっくりだったのであります」
「坊ちゃんが知ったらきっと驚きますよ」
 七塚とルンルンは未だ紅花の容姿に驚きを感じていた。
「無花果の乾物、ほんと好きだったよなー」
「あれだけ買っておいたのに、帰りの飛空船の中で全部たべられちゃいました」
 ルオウとサエが兄妹と孝亮順がいる部屋の扉へと振り返る。
「気に入られていたようだな。満更でもなさそうだったぞ」
『はー坊よ。四六時中抱きかかえられているのは、大変なのだぞ』
 朱華は疲れた様子の猫又・胡蘭に声をかける。
「正体がアヤカシではなくて本当によかったです。もしそうだったのならがっかりされていたでしょうし」
「紅花さん、朱春で生活するおつもりのようですね」
 エラトと露草は事がうまく運んで喜んでいた。
 紅花は孝亮順が用意した朱春の家屋へ移り住むことになる。仕事は海に浮かぶ船ではなく中型以上の飛空船で料理人として雇ってもらうつもりのようだ。
 秀英の正体だが春華王の影武者については秘密が貫かれる。
 地方監査回りの下っ端役人が自分の仕事だと秀英は紅花に説明した。これならば天帝一行の行列時に紅花を見かけていたとしても不思議ではなかった。

 本物の春華王である常春がこの事実を知るのは翌日のこと。七塚とルンルンから教えてもらった常春は驚いて階段を踏み外しそうになるのだった。