カレー勝負 〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/22 20:39



■オープニング本文

 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。


 辛い丼は満腹屋において長く親しまれている定番料理となっている。
 提供当初は珍しい料理だったが、今では世間でも『カレー』としてそれなりの知名度がある。アル=カマルとの交流をきっかけとして。
 文化というものは面白いもので、稀に各地で似たようなものが同時に発生する。アル=カマルにおいてカレー的な味付けは非常に普遍的なものであったという。天儀でいうところの醤油や味噌を使った料理みたいものだ。
 カレー風味とは忘却の古においての交流によって、人々の記憶の奥に刻まれた味の名残なのかも知れない。今となっては真相はわからないが、それでも人々を魅了するカレーは健在だった。
「うむ〜‥‥」
「光奈さん、お出かけになった後でずっとその様子ですけれど、どうかされたのですか?」
 夕方にかけての仕込みの時間。椅子に座って難しい顔をしている光奈に姉の鏡子が声をかける。
「お姉ちゃん、この安州でも何軒か辛い丼、もといカレーを出す店があるのは知っていますです?」
「ええ。お客さんの会話で聞いたことがありますわ」
 光奈は鏡子にここ数日、賄いを食べずに外食をしてきた理由を語った。光奈が知る限り、安州には満腹屋以外にカレーが出す店が三軒存在する。
 満腹屋と似た店構えの大衆食事処『神田屋』。カレー専門の食事処『アル=カマル割烹』。そして神出鬼没の屋台カレーである。
 どれも特徴的な味で美味しかったという。
「これまでの味が好きなお客さんはいるので、これを変えるつもりはないのですよ。でも辛い丼の売り上げが落ちているのは確かなのです」
「定番料理の落ち込みは大変ですわ」
「そこで新しいカレーも用意しようかなって。カレーは作り置きができるので種類を増やしても板場の負担はそれほどでもないのですよ。板長の智三さんにはさっき話したばかりなのです」
「‥‥よそるだけの料理なら全体的に楽になるはずだもの。よい考えね」
 気合いに満ちた輝く光奈の瞳に少々引きつつも鏡子が同意する。
 翌日、光奈は開拓者ギルドに依頼をだした。自らも頑張るつもりだが開拓者にも新しいカレーを考えてもらいたいと。
「カレー勝負なのですよ!」
 どの店にも負けられないと光奈は小さな拳を強く握りしめるのであった。


■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
慄罹(ia3634
31歳・男・志
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
真名(ib1222
17歳・女・陰
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
火麗(ic0614
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●相談
 深夜に満腹屋を訪れた開拓者一行は一階の店舗内に通される。智塚光奈が用意した辛い丼を食べながらの話し合いとなった。
「カレーって夏にしくじると酷いことになるのよね〜〜」
 葛切 カズラ(ia0725)が辛い丼を頂く。
 彼女の好みは野菜が溶けてなくなるほど煮込んだカレーである。しかし今回は別のカレーに挑戦しようとしていた。
 天妖・初雪もほっぺたにご飯粒をつけながらご相伴に預かる。
 礼野 真夢紀(ia1144)は上級からくり・しらさぎを同行させていた。
「しらさぎは下拵えと営業の手伝いね」
『わかったの』
 コクリと頷いたしらさぎも礼野と一緒に辛い丼を食べる。
 礼野はふと壁に貼られたお品書き札の列を眺めた。
「あの頃から残っているのは基本と辛い丼うどんだけですか‥‥」
「日替わりとか期間限定で提供しているのですよ。‥‥ほら、これは一ヶ月前のお品書きなのです♪」
 光奈が礼野に見せたのは鶏の出汁カレーの札だ。冬に実施したピザ週間では辛いピザが好評であった。
 慄罹(ia3634)はあっという間に辛い丼を食べ終わる。腕を組んで空の丼を見つめた。
(「カレーか。実は簡単でいて奥が深い料理だよなっ。天儀風っていっても土地柄も出していきたいところだし、でも光奈の意向は屋台風‥‥」)
 ドツボにはまってきたと思いつつ、慄罹は椅子にもたれて様々なカレーを脳裏に浮かべる。
「うーん‥‥ん?」
 気がつくと目の前が暗い。提灯南瓜・かぼすけが椅子の上に立って慄罹に顔を近づけていた。
 慄罹は驚いて仰け反る。椅子ごと倒れそうになったが何とか立て直す。
『男なら迷わずすぱっと決めるでごじゃるぞー!』
 かぼすけが提灯をぶんぶんと振り回す。
「そうはいってもだな‥‥」
『天儀食は出汁巻に限るでごじゃるー♪』
 最初は受け答えになっていたが実はそうではなかった。かぼすけは好きな食べ物を次々と並べただけだ。
「あ、そういえば夏の旬に南瓜があったな。疲労回復にもいいし‥‥」
 慄罹は逸らしていた視線をかぼすけに戻す。
『なにゅ! 拙者食べても美味しくないでごじゃるー』
 勘違いしたかぼすけが物陰に隠れる。ちらりと顔を覘かせる姿に慄罹は笑いを堪えた。
 フィン・ファルスト(ib0979)はさっさと一杯目を食べ終わる。
「美味しかった‥‥けど‥‥」
「待っててなのです♪」
 物足りなさそうなフィンに光奈が微笑んだ。すぐにお替わりを持ってきてくれた。
「このカレー、美味しいよね!」
 食べるフィンを観察する眼が二つ。迅鷹・ヴィゾフニルはどこか恨めしそうな視線を送っていた。
(「ワイかて美味しそうなもん食べたいねん、っていってそうな眼なのです」)
 そうヴィゾフニルの心の内を光奈が想像する。光奈が持ってきた骨付き肉を持ってくるとヴィゾフニルは美味しそうに啄んだ。
 真名(ib1222)は依頼を受けたときから辛い丼に興味があった。
「満腹屋のカレーはこういう味なのね。出汁は鰹節とニボシかな?」
「その通りなのですよ〜♪ 昔、出汁にニボシも足したらお客さんに好評だったのです☆」
 真名と光奈は出汁についてを語り合う。辛い丼うどんほどではないが、蕎麦用の返しも普通の辛い丼へと使われていた。
 紫上 真琴(ic0628)は新しいカレーのレシピを頭の中で組み立てる。
(「野菜もお肉も大量に必要になるよね。特にたまねぎは食材として使うだけじゃなくて、ダシの方でも活躍できるだろうし」)
 隠し味とし果物を入れるとよさそうだが予算との兼ね合いになる。羽妖精・ラヴィは辛い丼を食べて大満足。椅子の上に寝転がっていた。
「ふぅ、ごちそうさま。カレーはいいよね」
「お粗末様なのです☆」
 火麗(ic0614)がカレーの締めとして湯飲みの水を飲み干した。
「カレーには冷水が合うねぇ。でもお酒の摘まみとしてのカレーも面白そうなのさ」
「具体的にはどんな感じなのです?」
 火麗は新作カレーの構想を語った。
 肉抜きの野菜カレー。有り体にいえばごろっとした野菜を楽しむカレーである。もう一つの案としてうどんではなく蕎麦を使った丼も考えついていた。
 篠崎早矢(ic0072)は鱈腹食べてから光奈に声をかける。
「香辛料の購入は任せてくれるかな。料理を作るのは今ひとつうまくないのだけど、そちらの方面なら手伝えるはずだから」
「新しい香辛料とか冒険してみたいのですよ☆」
 篠崎早矢は光奈から新しい香辛料を集めて欲しいと頼まれる。条件としては高価ではなく、さらに量が手に入りやすいことだ。
 一眠りしたあとで開拓者達は活動を開始するのであった。

●買い出し
 フィンと篠崎早矢は買い物に出かける。
「とにかくいろいろな魚や肉を買ってきて欲しいと。うん♪」
 フィンは荷車を引いて市場を訪れた。買い物の覚え書きを確認してさっそく購入開始である。それまで中空を飛んでいた迅鷹・ヴィゾフニルは荷台の上に舞い降りた。
 今後の入手性を確かめながらの購入は結構大変である。肉類に続いて魚市場も訪ねた。
 よしあしに迷ったときにはヴィゾフニルにも確かめてもらう。
「どう?」
 フィンが差しだした試食の切り身を眺めた荷台のヴィゾフニルがぷいっと横を向く。どうやら鮮度が悪いようだ。
 ヴィゾフニルの目利きが当てになるのかはわからないが一緒の買い物はとても楽しかった。
「こっちはよさそうね」
 ヴィゾフニルが試食を啄んだ箱の魚を丸ごと購入する。それらは荷台の上にある氷箱へと移された。氷は満腹屋の銀政や礼野が氷霊結で用意してくれたものだ。
 充分な肉と魚介類を手に入れたフィンはヴィゾフニルと一緒に満腹屋へと戻るのであった。

 翔馬・夜空に騎乗した篠崎早矢が安州の郊外を駆ける。
 市場で一通りの香辛料を手に入れた篠崎早矢だが、半日ほど前にアル=カマルから来た商隊飛空船が安州を飛び立ったとの情報を手に入れた。今は商隊の飛空船が次に立ち寄る町に向かっている最中である。
 夜空は巨体に似合わぬ素速さで丘から丘へとひとっ飛び。おかげで予定よりも早く町へと到着する。
「あれかな?」
 アル=カマルの飛空船を発見し、ターバンを巻いた商人から香辛料を見せてもらう。名前しか知らない香辛料が十数種類も揃っていた。
 篠崎早矢は商人からここにある香辛料が今後も購入可能なことを知る。
 安州でカレーを扱う神田屋、アル=カマル割烹、屋台カレー、どれもこの商隊のお得意様だったからだ。
 カレーは香辛料の配合によってがらりと変わる。同じ香辛料を揃えたからといって味や風味が同じになるとは限らなかった。
 篠崎早矢は商人に安州を訪ねたときには満腹屋に一声かけて欲しいと頼んでから帰路に就く。
「帰りも頑張ってくれよ」
 篠崎早矢は途中、夜空に水を飲ませて休ませる。さらにご褒美としてニンジンを何本か食べさせてあげるのであった。

●汁無し
「賄いで食べてもらいしましょうかね〜〜」
 葛切は香辛料の配合を済ませると挽肉と微塵切りの野菜を炒めた。頃合いに野菜と肉の煮込み汁と合わせる。汁気が少なくなるまで煮込んだらできあがりだ。
 工夫としては挽肉にする前、肉塊の外側を焼いていた。
「炒飯みたいなドライカレーだと作り置きがしにくいからね。汁気は少し残しておいて注文があったとき、小鍋に分けて汁を飛ばしてからご飯にかけてもらおうかと」
 昼のかき入れ後、葛切のドライカレーが仲間達に振る舞われる。
「お肉の味が全面に押しだされているのねっ」
「男のお客さんが喜びそうなのです☆」
 フィンと光奈がドライカレーをはふはふしながら頂いた。
「合わせた野菜とかは特にこだわりはなくて、わりとありふれた感じ? こういうのもいいと思うのよね〜〜」
 葛切と一緒に天妖・初雪も笑顔でドライカレーを頂いていた。

●肉抜き?
 火麗は駿龍の早火を連れての買い出しを終える。ジャガイモや玉葱、ニンジン、そのほかに旬のタケノコや大根などの野菜類を購入してきた。
 空いた時間を使って他店の味を確かめに向かう。神田屋とアル=カマル割烹は混んでいたが待ちさえすれば食べられた。味などの評判は光奈がいっていた通りである。
 屋台カレーは市場近くの通りに面する空き地で目撃した。
(「なるほどねぇ」)
 火麗は感心しつつ屋台カレーを頂いた。満腹屋へ戻った際、光奈に強烈な魚介風味のカレーだったと報告を入れる。
 火麗は肉抜きの野菜たっぷりカレーを作り上げる。別の表現を使うのならばカレー風味の野菜煮っ転がしといってよかった。
 暖簾を下ろした後、火麗は仲間達と一緒に天儀酒を一杯やりながら試食する。
 もう一品用意したのはカレー南蛮。こちらは辛い丼うどんの麺を蕎麦に変えたものである。
「蕎麦こそ天儀風カレーの極みだね」
 火麗は紫上真琴に頼んで配布するチラシにこう付け加えてもらった。『火麗の華麗なるカレー』なく謳い文句を。

●天儀風カレーの手伝い
 葛切と火麗のカレーは好評を博していた。続いては光奈が希望するカレーの番である。
「一人では行き詰まっていたのですよ」
 礼野、慄罹、真名、紫上真琴は光奈が実現したい天儀風カレーを手伝ってくれた。
 五人は火麗からの情報で屋台カレーを食べに行く。空き地の屋台カレーは噂を聞きつけた人々で大繁盛していた。
「いらっしゃい」
「辛さは一種類のみか」
 慄罹が代表して行列に並んで、持ち帰りの形で二皿分を手に入れる。
 探りを入れてみたのだが屋台の店主は雇われで実際の調理人は別にいるとのことだった。それが真実かは不明である。
 五人は空き地の片隅で二皿分のカレーを分けて頂いた。
「前よりも天儀風が強めなのですよ!」
 光奈は一口食べて目を丸くする。
「乾物の風味ですね。鰹節の風味をここまで引き出しているなんて驚きです」
 静かに一口目を飲み込んだ礼野も驚いていた。
「ガツンとした味なのね。複雑さよりも一点突破を目指している感じ」
 紫上真琴は羽妖精・ラヴィにも屋台カレーを食べさせる。
「具は‥‥魚ね。この味、知っているような」
 真名は二口目で鰹の身だと気がついた。血合いの部分も含まれているが臭みは抑えられていた。
「肉代わりの鰹の身、風味は鰹節、だとすればきっと‥‥」
 慄罹は目を閉じて味の世界へと旅立つ。辛い丼うどんのように蕎麦汁用の返しが加えられていたが、使われているのはただの醤油ではなさそうである。
「‥‥魚醤だ。おそらく鰹が使われたものに違いない」
 慄罹の皿から提灯南瓜・かぼすけも一口食べる。美味しくてつい全部食べてしまった。
 怒られると思ったかぼすけだが何事も起こらない。慄罹は感嘆の真っ最中でそれどころではなかったからだ。
 光奈も開拓者も考え込んだ。
「鰹尽くしのカレー。これを越える天儀風カレー‥‥」
 光奈は綺麗に食べ終わった皿をじっと見つめ続けた。


 夕方、満腹屋の出入り口に再び暖簾がかかった。
『辛い丼うどん二人前、おまちどおさまですの』
 からくり・しらさぎは給仕として注文をとる。
「着替えはこれでばっちりね♪」
『♪』
 紫上真琴と羽妖精・ラヴィはお揃いの朱色でまとめられた給仕服姿で奥から現れた。智塚姉妹の前で両手両足を大きく動かしてキメポーズをとる。
「ラヴィ、宣伝とかよろしくね〜」
 紫上真琴に頼まれた羽妖精・ラヴィは街の往来でビラ配りだ。葛切のドライカレー、火麗の野菜たっぷりカレー、カレー南蛮を告知する。
『炎の番は任せるでおじゃる〜』
 提灯南瓜・かぼすけは釜戸の番をしてくれた。裏庭で割った薪を運んで釜戸にくべる。板場は大助かりである。
 早朝での出来事だが、釜戸で火興しする際には玉狐天・紅印が発火を使ってくれる。おかげで大変な火付けが一瞬で済んでいた。


「屋台カレーが鰹尽くしなら、こっちは複雑な味で勝負するのですよ」
 光奈は複雑な味の中に天儀の懐かしさが感じるようなカレーを目指すことにした。お客からの評判を確認しつつ四人の開拓者が考えたカレーを順に作ってみる。
 最初は礼野だ。
「茗荷は香辛料にするより具材にした方が良いかもしれません‥‥」
 礼野は夏が旬の茗荷や生姜を香辛料として混ぜてみることを提案する。光奈が感心しつつ礼野の横で包丁を振るう。
 礼野は熱した鉄板の上で大蒜や葱を醤油で炒め焦がした。
 カレーを天儀風にするために最初からだし汁を準備する。具体的には鰹出汁、昆布、鰹と昆布の混合、いりこでとられた風味いっぱいのだし汁だ。
「これぐらいの強さは欲しいのです」
 鰹出汁については光奈の判断で厚い削り節を強い火力で煮出して作られた。上品な吸い物とは正反対のやり方だ。
「椎茸は‥‥味を主張し過ぎるからまずいかも」
 悩んだ末、椎茸を含むキノコ類は使わないことにする。
 具材としてはオクラ、隠元、茄子、赤茄子、冬瓜、玉蜀黍が候補に挙げられた。胡瓜も考えられたが浅漬けにして付け合わせとなる。
「夏が盛りの野菜って手に入りますかね?」
「大丈夫なのですよ。安州の流通はすごいのです☆」
 光奈は礼野が挙げてくれた中から赤茄子をすりつぶして仕上げに使うことに賛成した。赤茄子はトマトとも呼ばれていて最近よく食べられている。
「で、お肉ですけど‥‥やっぱり満腹屋さんとしてはお肉は外せませんかね?」
「お魚でいこうかなって。白身のお魚でカレーの風味を一時的に和らげたらいいかなって前から思っていたのです」
「それはいいですね。味は足し算ばかりではなく引き算も重要ですし」
 これから夏を迎えるので白身の魚としてスズキが選ばれる。昼の賄いのときに白身魚の天儀辛い丼が振る舞われた。
『このカレー、おいしい』
 からくり・しらさぎだけでなく全員が気に入ってくれる。その日の夕方からお品書きに加えられるのであった。


「天儀風といえば魚介! と考えがちだがな。そうでもないんじゃないかというのが俺の結論だ。隣国の武天は肉食が盛んだ」
「興味深いのですよ」
 店仕舞い後、慄罹と光奈は珈琲を飲みながら天儀風カレーの相談をする。提灯南瓜・かぼすけも興味深げに珈琲を飲んでいた。
 慄罹は満腹屋の客層からいって滋養強壮の高い豚肉こそカレーに欠かせないのではと説明した。肉そのものにも香辛料をすり込めばうまさ倍増だと。
 論より証拠ということで実際に作り始める。
「寸胴の中身は薄めの昆布出汁から始めよう。これに新規配合の香辛料を加えで隠し味の陳皮を少量入れれば汁は完成だ。おっと玉葱は飴色に炒めないとな」
「とろみはつけないのです?」
「スープカレーにしようかなと。お茶漬けのようなものだな。具は緑豆もやしと骨を外したスペアリブ!」
「おおっ!」
 スペアリブは慄罹が日中に作っておいたものだ。満腹屋名物のソースや武神島で得た技法が用いられていた。
 ご飯には白ごまを混ぜておく。最後に炒った松の実を飾り完成である。
「お好みで辣韭があるなら添えてもいいかな」
「頂くのですよ☆」
 慄罹と光奈はスープカレーを頂いた。さらさら感がとても美味しくて、一緒に食べたかぼすけも満足げである。
 翌朝、お品書きに加えられた。チラシにもスープカレーの文字が並べられる。
 白身魚の天儀風辛い丼とスープカレーの料理は新規のお客を続々と呼び寄せた。


「魚介出汁を使った丼のカレーに、いっそ魚介そのものを合わせて煮込んでみたらどうかな? 中に入れる魚介はその日に入荷したもので変わるとかで」
 紫上真琴は光奈に発想の転換を語った。
「漁師の魚介鍋みたいに魚の種類を問わないってことです?」
「それもいいかも。今ならアサリも足してみたらどうかな?」
 光奈に説明する紫上真琴の横で羽妖精・ラヴィがうんうんと頷いている。
(「突飛だけど一理あるのですよ」)
 光奈はしばし天井を見上げながら思案した。様々な魚が混ざっていても魚介鍋はちゃんと美味しい。
 魚介類ではないが泰国では豚や羊などの雑多な肉を煮込み漉すことで美味しいスープができあがる。ジルベリア料理にも野菜や肉の種類を問わず煮込んで作りあげる出汁的な中間食材が存在する。
「面白そうなのでやってみるのですよ♪」
「そうこなくっちゃね♪」
 光奈と紫上真琴は調理を開始した。
 大量に刻んだ玉葱はまとめて熱した油の中へ。ついさっき光奈が思いついた調理法だ。揚がった茶色の玉葱はとても甘かった。
 紫上真琴は魚介の出汁を作る。小魚から大きな魚のアラまですべてを寸胴へと投入した。
 野菜だけでなくバナナも入れる予定である。羽妖精・ラヴィが皮を剥いたバナナをすり鉢で潰す。
 溶けてしまう具材もあるのでアサリや魚を追加投入。香辛料を入れて小麦粉でとろみをつけたらできあがりだ。
 暖簾を下ろした後、みんなで試食。翌日からさっそく提供することとなる。
「お魚とバナナの挿絵入りチラシ、お願いねっ♪」
「♪」
 紫上真琴に頼まれた羽妖精・ラヴィが張り切って飛んでいく。あっという間にチラシを配り終えて戻ってきた。
 開店後、ごった煮魚介類カレーの注文が十連続で入る。
 たくさん作り置きしたものの、宵の口前には寸胴が空になる。閉店までは持たなかった。


「天儀風のカレーね。じゃあ、あれよね‥‥」
 真名と光奈は提灯を手に地下への階段をおりた。冷気が満ちる冷蔵室へと入って魚介類を見繕う。
 イカやホタテを抱えて板場に戻った二人はさっそく調理に取りかかる。
「真名さん、これも使ってみたいのですけど」
「ホタテの干し貝柱。うん、合いそうねっ。試してみよっか」
 光奈の案も採り入れることにした。
 昆布を基本とした蕎麦つゆの返しに戻したホタテ貝柱の乾物を投入する。戻し汁の追加も忘れない。こうすることで魚介の風味が一層増すはずである。具材の生ホタテとイカとも相性はよいはずだ。
 辛い丼用のカレーと合わせてできあがり。ちなみに香りをよくするための香辛料が新たに加えられていた。
「これは‥‥滋味深いのです」
 光奈が数口食べて呟いた。強力な派手さはないものの、一定数の常連客が見込めそうな味であった。
「んっ?」
 光奈は寸胴とは別の小鍋にカレーが作られているのに気がついた。
「あ、光奈さんそれは‥‥」
 真名は味見する光奈を止めようとしたがすでに遅かった。それは真名専用の極限まで辛くしたカレーだった。
「ご愁傷様」
 手足をばたばたさせて苦しむ光奈に辛さを和らげる牛乳を飲ましてあげる。
「お、驚いたのです! 口の中が痛いし、血が全部頭に上った感じがしたのですよ!」
「私専用で作ったカレーよ。‥‥うん、やっぱりこれくらいじゃないと食べ応えないのよね」
 真名も味見をしてみたが想像通りの出来映えになっていた。
「光奈さん、こっちも食べてみる? 卵を落とせばまろやかになるんじゃないかしら?」
「‥‥えっと、遠慮させてもらうのです」
 光奈はイカホタテ魚介カレーを引き続いて頂いた。真名は新作カレーと一緒に極限辛味カレーも楽しむ。
 翌朝、羽妖精・ラヴィによって新たなチラシが配られる。真名は店前でジプシーの踊りを披露することで客引きを行う。
 この日も大繁盛。数々の満腹屋新作カレーはすでに安州内で噂になっていた。

●そして
 最終日までに神田屋、アル=カマル割烹、そして屋台カレーの店主らしき人物が満腹屋を来店した。
 どの人物も食べた後で難しそうな顔をしながら去って行く。対抗策を考えていたのもしれなかった。
 開拓者達が作り手伝ってくれたカレーはどれも好評で甲乙つけがたい。
 定番料理になるかどうかは来客者が長い時間をかけて決めてくれることだろう。味との戦いは永遠に続くのである。
「たくさんのカレーの案、ありがとうございましたです☆」
 最終日、光奈は開拓者達に感謝として土産を手渡す。銀政、鏡子と一緒に精霊門まで見送るのであった。