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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 開拓者達のおかげで風邪蔓延による満腹屋の危機は乗り越えられた。おかげで四月に入った本日も盛況である。 (「う〜ん。どうしようかな」) 給仕のちょっとした合間に智塚光奈は考える。休業で迷惑をかけたお客様に少しでも感謝の意を示すにはどうしたらよいのかと。 「おい、すごい大漁みたいだぜ!」 光奈が街中をぶらついていると、今年は鰆がよく獲れているとの噂を耳にした。 天秤を抱えた魚売りが井戸端の女衆相手に商売しているところにも遭遇する。耳にした鰆の値段は非常に安く、魚市場ならもっと安価に手に入りそうなのがわかった。 (「鰆料理ならいけそうなのです♪」) 繁盛している満腹屋でも余裕があるわけではない。値段は他店と大して変わらないが味と量で勝負している。それ故に原価率はどうしても高めになってしまう。 この鰆を使った料理ならば安い値段に設定できる。さらに普段提供していない泊まり客へのサービスにもなる。 ただ現状の働き手だけでは足りなくなるのも確かだ。 光奈は父親と相談し、開拓者ギルドで募集をかけた。 「えっとですね。満腹屋を手伝ってもらえる開拓者を集めて欲しいのです。あといくつか条件が。十日の間、毎日鰆料理を提供するので調理案がどうしても足りなくなるのです。鰆を使ったお料理を一品ずつ、考えてきてもらえると助かるのですよ。それと今回は二階の宿のお客さんにも朝と晩に御飯を提供するのです。鰆を魚市場から買い付けしてもらうのもお願いします。開拓者さんたちの朋友さんに期待してるのですよ〜♪」 光奈は詳しい要望を依頼書に書き込んでもらう。手続きが終わると受付嬢に頭を下げてからギルドを去る光奈であった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
志姫(ib1520)
15歳・女・弓
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628)
16歳・女・シ
サンシィヴル(ic1230)
15歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●満腹屋 深夜の満腹屋勝手口前。開拓者一行が軽く引き戸を叩いて名乗ると中から返事が聞こえてきた。 「よく来てくれたのですよ♪」 まもなく戸が引かれて智塚光奈が姿を現す。 「よっす! 光奈きたぜー? 風邪が流行ったって聞いたけどだいじょうぶかー?」 「もう大丈夫なのです♪ ほら♪」 ルオウ(ia2445)の前で光奈が身体を動かしてみせる。そして開拓者一行を二階の宿部屋へと案内した。 「ふむふむ‥‥」 光奈が開拓者が考えてきた鰆料理を紙へと書き出す。ざっとではあったが提供する日が振り分けられる。 「夜明け前に魚市場に出かけて鰆を仕入れて欲しいのですよ。たまに遅れて昼頃の水揚げになるときもあるのですけれど――」 その他にも買いつける食材はあるものの、鰆が一番肝心なのは間違いなかった。 「力仕事は任せてもらおうかな。駿龍の早火を連れてきたからねぇ」 「天気が良い日は氷霊結の出番です。道中使えるのと使えないのではやっぱり鮮度が違ってくると思いますし」 火麗(ic0614)と礼野 真夢紀(ia1144)以外にも一同は買出しを希望してくれる。今日のところは全員で買い付けを実体験することとなった。 仮眠をとって四時頃起床。 光奈と開拓者一行は荷車を牽きながら魚市場へと向かう。一足先に駿龍・早火で魚市場近くに辿り着いていた火麗と合流してさっそく買い付け開始である。 『良い料理には良い食材からアル』 「この箱の鰆はどう判断する?」 からす(ia6525)は提灯南瓜・キャラメリゼと手分けして鰆を目利きした。よさそうな鰆を箱ごと買い求める。 目安としては七十センチメートル以上の大きなもの。目が澄んでいて身が締まって硬いもの。虹色の艶があって斑紋がはっきりしているといったところだ。 こういうとき満腹屋地下の氷室は便利である。十分な鮮度で魚介類の保存が可能だからだ。 「鰆以外にも使えそうな魚介類はありそうですね〜〜。あのシジミなんてお味噌汁によさそうです〜〜。こっちは小鉢に使えそうですよ〜〜。お値段もお手ごろですし〜〜」 「お買い得ですね〜♪」 サーシャ(ia9980)は光奈に相談して味噌汁や小鉢用の食材も買い求めた。 「こちらの箱の鰆を頂けるでしょうか」 「お、かわいい譲ちゃんだね」 志姫(ib1520)も魚市場の店舗で目利きをした上で鰆を購入する。 目が澄み、身が締まって硬く、表面に斑紋がはっきりした新鮮な鰆を選んで。店主へ丁寧に挨拶をして顔つなぎも忘れなかった。 「板前さんがいうには‥‥あった、ここね」 紫上 真琴(ic0628)は板前の智三から教えてもらった店舗で鰆を購入した。 智三の名を出せばそれだけでも駄目な魚は出さないはずである。もちろん紫上真琴自身も目利きした上で購入するかどうかを決定する。 「あちらは何を扱っているのかしら?」 「おお、ちょうどよい屋台を発見してくれたのですよ♪」 サンシィヴル(ic1230)が注目した鮨の屋台に光奈が小走りで近づいた。 鮨ネタとして鰆が並んでいるのを確かめた上で一同を呼び寄せる。満腹屋の払いで鰆の鮨を立ち食いした。 「美味しいですわね」 『‥‥じゅるり』 サンシィヴルが鰆の鮨を食べる様子を猫又・ミネットが首を長く伸ばして眺め続ける。 「‥‥お魚が欲しいの? 今日からの手伝いを少ししてくれたらあげないでもないわ。もちろん、依頼主の許可を貰ってからだけど」 『フン、義によって手助けするワ。べ、別にお魚に釣られた訳ではなくってヨ』 サンシィヴルから鰆の鮨をもらった猫又・ミネットはあっというに食べてしまう。ちなみ三貫をペロリと平らげた。 「ラヴィもどうぞ♪」 『♪』 羽妖精・ラヴィも紫上真琴から鰆の鮨を頂いた。 たくさんの鰆や魚介類を買い求めて荷車に載せる。一部は駿龍・早火に積んで火麗が満腹屋まで運んでくれた。 ●感謝祭開始 「これでよしっと♪」 紫上真琴によって満腹屋の玄関前に貼られた告知には大きく『鰆の塩焼き』と書かれていた。 感謝祭用の張り紙も見事の一言。どちらも紫上真琴が用意してくれたものである。 朝食の客で満腹屋はごった返す。当然、板場は戦場となった。 「これでも料理はそこそこ得意なんだぜ?」 「薬味として味噌マヨネーズと梅しそおろしも作らないといけませんね」 真っ赤に燃える炭の前で鰆を塩焼きしているのはルオウと志姫だ。 「焼方はルオウさんと志姫さんにお任せするのです☆」 本日の光奈は給仕に専念する。ちなみに姉の鏡子は二階の宿を手伝っていた。 「今朝獲りたての鰆なのですよ♪」 「それじゃここにいる三人分、焼き魚定食でもらうおうか」 光奈が注文をとって板場前に注文の紙を吊るす。 「可愛らしい給仕さんね」 羽妖精・ラヴィは光奈と一緒に給仕をがんばってくれる。 大きな料理を運ぶのは無理でも飛んで注文を聞いて回れる。またお水やお茶運びも一杯ずつなら大丈夫である。 「夕方になら間に合うかねぇ。どうせならたくさん作っておこうか」 火麗は駿龍・早火でひとっ飛びして筍を買ってきた。満腹屋の裏庭で皮を剥く。さらに糠と鷹の爪であく抜きをする。 裏庭には礼野とからくり・しらさぎの姿もあった。 「それでは始めますね」 『きりみ、おてつだいするの』 最初に礼野が鰆を三枚におろす。からくり・しらさぎは切り身にしてから塩を振る。身が引き締まるのを待つ間に味噌漬けの準備を行う。 一時間後、二つの木桶に鰆の切り身を仕込んだ。それを地下一階の冷蔵室へと運ぶ。これで明日にはちょうどよい味噌漬けが出来上がる寸法である。似たような要領で塩麹や醤油でも鰆を漬け込んでおいた。 サンシィヴルは二階の宿を主に手伝う。 「こちらになります。どうか召し上がってくださいね」 一階の板場で出来上がったお膳を二階の各部屋まで運んだ。 猫又・ミネットは滑車の鎖を引っ張って一階と二階を往復する昇降台を動かしてくれた。 からすと提灯南瓜・キャラメリゼは魚介類以外の買い出しをするため、もふらさまが牽く荷車を連れて街中へと繰りだす。今日明日の食材だけでなく、乾物や醤油などの日持ちする品も含まれていた。 『あのお菓子美味しそうアルな。買い食いするアルヨからすサン』 「許可」 途中、提灯南瓜・キャラメリゼは桜餅を買い求める。 からすと提灯南瓜・キャラメリゼ、そしてもふらさまも歩きながら口にする。ある庭先を通りがかると桜が花を咲かせていた。 サーシャは満腹屋周辺を竹箒で掃く。店の中の掃除はすでに済ませてある。 「いらっしゃいませ〜〜♪」 そして挨拶も忘れない。満腹屋を出入りするすべての客に笑顔を振りまくサーシャであった。 ●一日目の夕方 昼食になって塩焼きのほかに鰆とジャガイモの煮物を提供されるようになった。生姜で臭みを消した昆布だしのお吸い物にも鰆の身が使われる。 鰆のお刺身に漬け丼は簡単にできてお客にも好評なので、これらは感謝祭中での定番料理に決まる。 開拓者達が考えてくれた一品は夕方の一押し料理となった。 一日目の担当はルオウが考案した鰆の身を使ったフライだ。夕方にかけての仕込みの時間中に試食が行われる。 「やっぱし、満腹屋に来たならコイツだよなー」 ルオウが揚げたての鰆のフライにソースをかける。光奈が『そぉ〜す』と呼ぶそれは満腹屋では一般的なものだ。 「き、きっと美味しいのですよ」 光奈が恐る恐る口にする。フライ料理は何度か食べたことがあるものの、ソースをかけた記憶はなかった。 「お姉ちゃんも食べてみるとよいのです☆」 「えっ、ええ。できればわたくしはお醤油が‥‥」 笑顔の光奈に勧められ、ソースて食べた鏡子もその味に驚く。 鰆フライとソースはよく合っていた。 「へぇ〜。こういうそぉ〜す料理もあるのか」 鰆のフライは客の間でも好評を博す。 「あちらの料理は鰆のフライになります」 給仕を担当していた志姫が忙しそうに注文をとる。他の客が美味しそうに食べるのを眺めて鰆フライの追加注文が続出したのである。 「できあがったぜぃ。残り三皿、いや増えて四皿だな」 ルオウはかかりっきりでフライを揚げる。 「はい。ここにおいとくわね♪」 揚げる寸前までの下ごしらえは紫上真琴が担当する。 感謝祭初日は上々の繁盛で幕を下ろすのであった。 ●二日目と三日目 早朝からも鰆料理を提供し続け、本番といえる夕方を迎えた。本日と明日の料理は礼野と志姫の考案で占められる。 「お品書き、増えているねぇ。どれがうまいのかい?」 「どれもお勧めですが、ご飯には鰆の味噌漬け焼きがいいと思います」 礼野はお盆を抱えつつ客から注文をとる。 『こゆきのぶんまでがんばるの』 からくり・しらさぎは板場で下ごしらえの真っ最中だ。 「注文がたくさん入りましたね。がんばりませんと」 志姫は味噌漬けの鰆を次々と焼いていた。 共通の料理は鰆の味噌漬け関連。焼く場合もあれば揚げるときもある。 礼野は鰆を竜田に揚げたり、オリーブオイルで焼く。鰆の塩麹漬け焼き、鰆の醤油漬け焼き。春人参や新玉葱を使った鰆の野菜あんかけなど様々な技法で客の舌を楽しませた。 限定料理として酒蒸しも披露する。 刺身にオリーブオイルをかけ、湯がいた菜の花をちらした一品も出す。野菜については春が感じられる筍、ウド、かきチシャ、蕗、新牛蒡を主に使った。 志姫の工夫も素晴らしい。 鰆の刺身は軽く炙って旨みを増しておく。鰆と春野菜の卵とじ丼、梅しそおろしを添えたり、昆布締めにしたお造りも出す。 酒のお摘まみとして鰆の皮を細かく切り、酢味噌で和えた小鉢料理も用意した。 礼野と志姫は下ごしらえの残り具合で調理役と給仕役を交代する。 「おまちどおさまです。こちら鰆と春野菜の卵とじ丼になります」 「うまそうな匂いだな」 給仕となった志姫は注文の丼を卓に置いて客に微笑んだ。 板場に入った礼野はからくり・しらさぎにこれまでの状況を聞いて間に合わなくなりそうなところから手をつけていく。 「考えていたよりも味噌漬けと醤油漬けが減っていますね」 礼野のお願いでからくり・しらさぎと光奈が地下に食材を取りに行く。 『おさかないらいなのにこねこまたのこゆきこなかったの、へん?』 「変ではないですけど、どうしたのかなって思ったのですよ」 二人はお喋りしながら必要分の切り身を冷蔵室の木桶から取り出す。 『「ぽんぽんいたい」っておうちでねてるの。まゆきのしさくりょうり「おいしいおいしい」ってたべすぎちゃったの』 「そ、それは大変なのです」 自分も似たような経験がある光奈にとって、からくり・しらさぎの話は教訓といえる。気をつけなくてはと心の中で誓う光奈だ。 板場に戻った光奈とからくり・しらさぎは目を丸くして驚いた。 「どうかしました?」 二人が地下にいっていた時間は十分にも満たなかったはず。その間に礼野が作り上げた料理の品数は想像を越えていた。 さすが真夢紀さんといいながら光奈は給仕として料理を運んでいく。 盛況の満腹屋もやがて暖簾が下ろされて静けさを取り戻す。片付けも終わって肩の荷が下りた瞬間、誰かの腹の虫が鳴いた。 「‥‥…ご、御免なさい。とても楽しくて、つい御飯を食べるのを忘れてました」 志姫が顔を赤らめて下を向いた。 「がんばってくれましたもの。余ったご飯で握ったおにぎりですけれど、よかったら食べてくださいな」 鏡子が持ってきてくれた鰆の味噌焼きの具入りおにぎりを志姫は頬張った。 ●四日目 この日、夕食を担当したのは紫上真琴である。 「よし、今日仕入れた鰆もいい感じね♪」 夕方にかけての仕込み中。包丁を手にした紫上真琴がまな板の前に立つと羽妖精・ラヴィが大きく頷いた。 鰆を捌き、一つ一つを普段の切り身よりも小さめに切る。 仲間と協力して下味をつけるを大量にこなす。ここまでしておけば、後は小麦粉や片栗粉をまぶして油で揚げるだけだ。 極一部を夕食用の賄い分として調理した。 鰆の身に粉をまぶして油で唐揚げに仕上げる。その上に片栗粉でとろみをつけた野菜餡をかけた。『鰆唐揚げの野菜餡かけ』のできあがりである。 「ちゃんとラヴィの分もあるからね」 紫上真琴は光奈が用意した羽妖精用の皿に料理を盛りつける。お猪口大の茶碗にはご飯を山盛りによそった。 「いっただきますー♪」 紫上真琴と羽妖精・ラヴィは仲間達と一緒に料理を頂いた。 「ご飯がすすみますね〜〜」 サンシィヴルはご飯をお替わりしつつ鰆唐揚げを頬張る。他の仲間達も夕方からの激務に備えてお腹いっぱいに食べた。 「さてっと。そろそろなのですよ♪」 しばらくして夕方からの開店の時刻となった。 「お待たせしましたわ」 鏡子が玄関へ暖簾をかけた途端に多くの客が詰めかける。 「あ、これ頼む」 「私も」 信用が築かれたのか大抵の客はお勧めの鰆料理を注文する。 「さあ、ラヴィ。これから数時間は私たちが特にがんばる時間だからね」 紫上真琴が掲げた手を羽妖精・ラヴィがぱしっと叩く。そして注文をとりに客室へと飛んでいった。 紫上真琴は唐揚げをルオウに任せて餡作りに専念する。また下味用のタレを作り、仲間が切ってくれた鰆の身をつけておくのも忘れなかった。 鰆唐揚げの野菜餡かけは好評で約七割の客が頼んだ。 羽妖精・ラヴィは大忙しで飛び回って注文をとる。紫上真琴も客を待たせないように包丁を振るい、鍋を降り続けた。 ●五日目 これまで二階の宿を手伝っていたサンシィヴルだが、今日については一階を担当する。その代わりに鏡子が二階の仕事を手伝っていた。 まずはオリーブオイルで鰆の身を鉄板で焼いた。 マリネ液につけたタマネギなどの野菜はよく冷やしておく。氷は銀政や礼野が氷霊結で水を凍らせてくれるし、地下に行けば冷蔵室もある。 「この料理の味はどうかしら?」 サンシィヴルは皿に盛りつけた鰆のマリネを猫又・ミネットの前に置いた。今日まで料理運びや布団叩きをがんばってくれたご褒美である。 濃い味付けの料理は猫によくないのでなるべく控えめにした特別製だ。 『まあまあね。少しは腕をあげたようだワ。これも普段から指導してきた――』 いろいろと喋った猫又・ミネットだが、途中から無言で食べ続ける。屈んだサンシィヴルは肘を膝にのせて頬杖をつきながら嬉しそうに眺めた。 猫又・ミネットが満足したところで、自分を含めた人間用の鰆のマリネも作る。賄いとして全員のお腹を満たす。 「こういう料理、大好きですわ」 特に鏡子が気に入ってくれた様子である。作り方をサンシィヴルから熱心に聞いていた。 夕方の開店して注文が入りだす。 サンシィヴルはマリネ作りに集中した。猫又・ミネットは地下と一階を往復してマリネを冷やしてくれる。 閉店後、小腹が空いた一同はもう一度賄いを食べる。猫又・ミネットが食べたのはもちろん猫用の鰆マリネであった。 ●六日目 火麗が提案した料理は鰆と筍の煮物である。 丁寧にあく抜きした筍と湯がいて臭みを抑えた鰆を使った料理は一日目夕方から好評。日を増すごとに注文する客は増えていた。 「大人気なので明日は鰆と筍の煮物を半額にするのですよ♪ 火麗さん、たくさんの用意お願いするのです☆」 「それじゃ早火でひとっ飛びして普段よりもたくさん筍を買ってこようかねぇ」 五日目の昼頃、光奈に頼まれた火麗は普段の倍の筍を用意する。あく抜きを済ませて六日目の朝を迎えた。 紫上真琴によって『鰆と筍の煮物、半額』の貼り紙が店先を飾る。 鰆と筍の煮物は朝食としても好まれる一品である。一人で二鉢頼む客もいる。それが半額となれば注文数はうなぎ登りになった。 「こりゃ絶対に足りなくなるねぇ」 「わたしもそう思うのですよ」 八割の客が注文する状況に火麗と光奈は相談した。 ぎりぎり今日の分が足りても明日は品切れになってしまう。そこで火麗はあらためてあく抜きまでの筍を用意することに。 「鰆は任せてくれなー」 追加の鰆はルオウに任される。輝鷹・ヴァイスと『韋駄天脚』で同化すると荷車を引っ張って満腹屋から消えていく。 筍は普段の三倍を購入し、夕方までにすべてのあく抜きを終えた。水に浸して冷蔵室で保存すれば数日持つので少々余っても問題はなかった。 火麗は仲間が用意してくれた賄いを食べて夕方からの開店に望む。想像していた通り、鰆と筍の煮物の注文数は凄まじかった。 暖簾を下ろして片付け終わる。 「準備してよかったのです☆」 「明日の分も残ってよかったよ」 お腹が空いた光奈と火麗は誰もいなくなった店内で、鰆と筍の煮物をおかずにご飯を食べるのであった。 ●七日目 「ここはシンプルにムニエルでいきますよ〜〜」 「お姉ちゃんが喜びそうなのです☆」 サーシャは光奈の伝手を使ってたくさんのバターを手に入れていた。 水気を切った鰆の切り身に塩胡椒をし、オリーブオイルとバターで炒める。付け合わせのシメジや椎茸もバターで炒めて皿に添えられた。 これまでいろいろな料理を出してきた満腹屋なので客もジルベリア風の料理を抵抗なく受け入れてくれることだろう。実際、誰もがごく普通に注文してくれる。 「ずっとこうならよいのだけれど‥‥」 バターの香り漂う板場で鏡子がうっとりとした表情を浮かべた。 「わたしは醤油やそぉ〜すが焦げる香りが好きだったりするのです☆」 光奈と鏡子の趣向は違うようである。 「あと、五、四、三、二、一。できあがりですよ〜〜」 サーシャが二つのフライパンで作っていた料理を皿の上で一つにする。 鰆ムニエルも好評で注文が次々と舞い込んだ。 「どうしても余る部分があるのですよ〜〜。もったいないので‥‥そうなのです〜〜!」 余った鰆の肉片は光奈の許可をとって朋友達にお裾分けする。この日サーシャはフライパンを握り続けた。 鰆ムニエルは主に女性客に好評であった。 ●そして八日目以降 この日、提灯南瓜・キャラメリゼが板場に立つ。当然からすもいるのだが、どうやら主役はキャラメリゼのようだ。 智塚姉妹を前にして『自称料理精霊』による『キャラメリゼの料理講座』が始まる。 『サワラは蒸し焼きがいいヨ。こんなレシピ如何アルカ?』 キャラメリゼは『鰆の酒蒸しあんかけ』を作るために小柄な身体でせっせと調理する。 陶器の器に塩を振った鰆、長ネギ、茸を盛り付けた。さらに酒を振りかけて器ごと鍋に入れて蒸す。合間に事前に作った鰹出汁に片栗粉を入れて餡を作成。蒸し上がった陶器内の鰆等に餡をかけてできあがりである。 『蒸し焼きにすると甘さを損なわないアルヨ』 「その通りなのです☆ お姉ちゃんも食べてみて」 キャラメリゼが作った料理を食べて光奈が頬を抑える。 「美味しいわ♪」 瞬きを繰り返す鏡子も気に入ってくれた。 最後に注意事項も説明する。 『身は柔らかく割れやすいため注意ヨ。真水で洗ってから下ろすヨロシ。皮がついたまま作るがいいヨ。歯ごたえのよい皮と身の間が香りと甘さの秘訣アル。身が柔らかいから最初に塩を振って身を締めてから調理すると崩れにくいアルネ』 同じ内容をからすが初日に仲間へと伝えてある。念のための確認といったところだ。 『急がしアル!』 「食事処の板場とはそういうものだ」 夕方、からすとキャラメリゼは板場で奮闘する。 最後の客が去って暖簾が下ろされた。 「ちょうどよい。酒蒸しあんかけの材料が人数分残っていた」 疲れていたキャラメリゼに代わって、からすが賄いを調理する。全員分の鰆の酒蒸しあんかけが用意された。 「滋味深い味です」 「仕事が終わったところだしこいつを肴にして酒を一杯もらおうかねぇ」 志姫と火麗も気に入った様子だ。 九、十日目は智塚姉妹考案による鰆料理が提供される。 「おかげさまで大盛況だったのですよ♪」 深夜、智塚姉妹は開拓者達にお礼としてオリーブオイルを贈る。そして帰路に就くのを見送るのであった。 |