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■オープニング本文 現在東房においては各国の協力でアヤカシに対する大規模な作戦が展開中である。 理穴国は元魔の森にアヤカシの注意を引きつける作戦を成功させたことで、大きな役目を終えていた。 これから先、東房から逃亡を謀ったアヤカシが冥越を通過して理穴国内に潜伏する可能性が残っている。そうならないよう理穴軍の飛空船団は東部国境付近で待機していた。 「今のところ大きな動きはないようですね」 理穴の女王『儀弐重音』は大型飛空船『雷』の艦橋で状況を見守った。ここのところは元魔の森内に散らばった敗残のアヤカシを討つことに終始している。 想定の範囲内ではあるが、はっきりといってしまえば成果は期待できない。大量の兵を導入しても五に満たない討伐数の毎日である。 理穴兵達に非はなかった。 元魔の森の範囲は一国の領土と宣言してもおかしくはない広大なものだ。半枯れの見通しの森で捜索させる方が酷といえた。 すでに決した陽動においての戦果がすべてである。今は何事もないよう国境を守ることが肝要だった。 座席の肘掛けに頬杖をつきながら儀弐王は思い出す。 理穴東部の魔の森内に残っていた遠野村は現在盛況を誇っていた。元魔の森を開拓すべく集まった人々が拠点にすることが多かったからだ。 元魔の森との境界線は非常に長いので拠点に適している町、村、集落はそれなりに存在する。であるにも関わらず何故、遠野村なのか。 食料は当然として遠野村に集まる人々が主に求めるのは情報であった。 遠野村には理穴軍所属の飛空船と理穴ギルド所属の飛空船が駐留しているのでアヤカシに関する情報がいち早く伝わってくる。 人が集まるところには自然に衣食住が備わっていく。遠野村が町になるのはそう遠くない日だと儀弐王は考えていた。 (「どうされているのでしょうか‥‥」) 儀弐王が気にしていたのは遠野村を去った元村長の遠野円平と水精霊の湖底姫についてである。 急変の戦い以前に儀弐王は湖底姫と秘密の約束を交わしていた。 魔の森の土地を奪還するのに湖底姫は力を貸す。その代わり成功の暁には精霊のために一部の土地を不可侵にして欲しいとの内容。約束は果たされて湖底姫は円平と一緒に元魔の森の東へと姿を消した。 儀弐王は不可侵の土地に対して別の理由を立てて黙認する。少々強引ながら元魔の森の一部の土地に関して儀弐家の占有地にするとのお触れを出したのである。 湖底姫との交渉において譲渡した事実はさすがに公表できなかったからだ。湖底姫も承知している。そのとき湖底姫は『人の世は面倒なものじゃ』と笑っていた。 国境での待機が続く中、神楽の都から一隻の飛空船が到着する。 操船していたのは開拓者一行。儀弐王が臣下にギルドに依頼させて呼んだ者達である。 「それでは留守をお願いします」 儀弐王は一時国境の船団を離れて理穴奏生に戻ることとなった。それは口実で湖底姫に任せた不可侵の地を来訪するためのものであった。 一週間ほど前に湖底姫からの使者として羽妖精が親書を届けていた。親書は不可侵の地への招待状だった。 臣下達に見守られる中、儀弐王が開拓者が操る中型飛空船へと乗り込んだ。 中型飛空船で移動すれば不可侵と決めた地まで大した距離ではない。半日弱が経ち、中型飛空船は不可侵の地上空へと到達した。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
イグニート(ic0539)
20歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●再会 中型飛空船が薄く雪が積もった土地へと静かに着地を果たす。 ここは儀弐王と湖底姫の約束において人の立ち入りが禁じられた不可侵の土地である。儀弐王一行は湖底姫からの招待を受けて来訪していた。 「上から眺めたときに、あの建物は見えなかったような? もしかして湖底姫さんの術で隠れていたとか?」 『あたしには見えていたわよ』 地上に降りた柚乃(ia0638)は肩の上に乗る小さな宝狐禅・伊邪那と言葉を交わす。 独特な形の建物で大地に根を下ろす樹木そのものが等間隔に並んで柱になっていた。壁のように見えるのはおそらく蔓が折り重なったものである。 屋根は数枚の巨大な葉っぱだけできているようだ。 「中はどうなっているのかなっ?」 『森みたいになっているんじゃないかしら』 柚乃と宝狐禅・伊邪那はしばらく樹木の建物を眺め続ける。魔の森のようなおどろおどろしさはなく清々しい印象を周囲に振りまいていた。 「思っていたよりも早い機会が訪れたが、二人は息災かな。便りがないのは良い便り等というから、心配することではないが」 『もふらさまも元気かな。いや、きっと元気でしょうね』 羅喉丸(ia0347)と上級羽妖精・ネージュも地上に降りて周囲を見渡した。 強く踏みしめるだけで雪の下から大地が露出する。どのように魔の森の樹木や茂みを取り除いたのかわからないが見事な平地になっていた。 湖底姫の力だけでなく、多くの精霊が協力したと尽力の結晶と思われる。また円平も努力も忍ばれた。 「久しぶりになりますね。お二人とも。お元気な様子で何よりです」 儀弐王は樹木の建物とは反対の方角を眺めつつ呟く。 それを聞いたリィムナ・ピサレット(ib5201)が同じ方角へと目を凝らす。彼女の肩の上には上級迅鷹・サジタリオが留まっていた。 「サジ太は見える? あ、あたしにもわかった♪ やっほー! お久しぶりぃ♪」 リィムナがその場で跳びはねながら両腕を大きく振る。 丘陵のせいで隠れていた遠野円平と湖底姫が姿を現したのである。こちらに向かって歩いていた。 そのとき、罪人のような格好で不可侵の地へと降り立った男が一人いる。 「なあ、そろそろ縄をほどけ。重音の護衛ができねぇだろ、これじゃ」 イグニート(ic0539)は筵を巻かれて縄で縛られている簀巻き状態だ。伸びている縄を握っていたのは神座早紀(ib6735)であった。 「また儀弐王様や私にイタズラしようとしたら鉄拳制裁ですからね」 「ん? 俺の正妻になりたいだと。がはははははっ、考えておいてやろう。‥‥考えるだけだがな」 神座早紀はポカリとやってから仕方なくイグニートを開放する。鋼龍・おとめとイグニートの炎龍も窮屈な飛空船の船倉から開放されて翼を広げていた。 「湖底姫さん、お久しぶりです!」 『おお、早紀殿よ、元気にしていたようじゃな』 神座早紀が早々にイグニートを開放したのは湖底姫に駆け寄るためだ。 抱きつき、あまりの懐かしさに少々涙ぐむ。儀弐王の御前だと思いだしてさっと離れ、恥ずかしさを紛らわすために円平と握手を交わす。 湖底姫と円平は儀弐王の前に立って挨拶をする。 円平は人として深い尊敬の念をもって。湖底姫は精霊として浮世離れをした部分が垣間見られた。 どちらにも儀弐王は淡々とした対応をとる。 『皆よ。よく来てくれた。歓迎するぞ』 「皆様お久しぶりです」 湖底姫と円平は開拓者達とも挨拶を済ます。そして自分たちの住処への道案内を始める。 「あちらの植物そのものが組み合わさったような建物はどのようなものでしょう?」 『さすが理穴の女王は目ざとい。あれは精霊を含めた朋友達の住処じゃよ。あのようなものが不可侵の地にはいくつか点在しておる。そしてあれは春に『種』となるのじゃ』 「種とは?」 『気になるか? しかし趣向として待ってもらえると嬉しいのじゃが』 儀弐王と湖底姫が並んで歩く。 「久しぶりだ、二人ともかわりなく過ごしていたようだな」 「ニクスさんもお代わりなさそうで安心しました」 ニクス(ib0444)と円平は再会を喜び合う。 やがて円平と湖底姫が住処とする大きめの丸太小屋へと辿り着いた。日光を遮らない距離を置いて風除け用の樹木が周囲を取り囲んでいる。庭の手入れも行き届いているようだ。 『こやつは精悍なもふらじゃな。名はなんというのじゃ?』 「温です。温を抱いて眠りますと疲れがよくとれますのでよろしければ」 玲璃(ia1114)は庭先で湖底姫にすごいもふら・温を紹介する。 湖底姫はもふら・温の身体に抱きついて頭を撫でていた。どうやら温のことを気に入った様子である。 ここまで乗ってきた中型飛空船にはたくさんの土産物が積まれていた。それらを運び込むために一部の開拓者が戻って丸太小屋近くへと着陸し直す。 土産物の多くは住処用の丸太小屋に併設されている蔵用の丸太小屋へと運び込まれる。 ニクスがアーマー「人狼」改・エスポワールを駆動させて大活躍。おかげですぐに運び終わるのだった。 ●語らいのひととき 夕方には宴の席が用意される。 開拓者も手伝ってたくさんの料理が並べられた。持ち込まれた酒も多種に渡って呑み放題である。 『今宵は気楽にやろうではないか。儀弐王も無礼講と仰っておるのでな』 湖底姫の簡単な挨拶で宴は始まった。 「無礼講、ぶれいこうっと‥‥。うわっ! アブねぇ!!」 儀弐王の背後から近づこうとしたイグニートの足下にフォークが突き刺さる。仕方がないと相手を変更。神座早紀の腰に手を伸ばせばフォークが鼻先をかすめて飛んでいく。 宴の終わり頃に判明するのだが、フォークを投げていたのはリィムナであった。 リィムナはイグニートが大人しくなった頃を見計らい、湖底姫と円平のところへ大きな皿に盛った料理を運んだ。 「これ希儀産のオリーブオイルとトマトペーストを使ったパスタなんだ♪ 口に合うといいんだけど♪」 『円平よ、別の儀の料理のようじゃ。さっそく頂くとするか』 リィムナが小皿に取り分けたトマト味パスタを湖底姫と円平が口にする。 「これ、美味しいですね! トマトってこういう料理にするんですか」 「興味深いぞよ。ほれ、リィムナも一緒に食べようぞ」 今度は湖底姫がリィムナのために小皿へと取り分ける。 三人でパスタを食べながら会話が弾んだ。 「あたし、二人が王子様とお姫様なって水の様に透き通った神秘的な宮殿に住んでいるって思ってたんだ♪」 『期待を裏切ってしまったようじゃの』 「そんなことないよ♪ あの樹木でできた大きなお家はすごく素敵に感じるんだ。見学してもいいかな?」 『樹照界のことじゃな。元々、明日案内するつもりじゃった。楽しみにしてたもれ』 湖底姫の快諾にリィムナがとても喜ぶ。 「サジ太も明日、一緒に行こうね♪」 迅鷹・サジタリオには肉の塊をあげる。啄む様子を眺めながらリィムナは笑顔で話しかけた。 ニクスと円平は一緒に酒を酌み交わしていた。 「アヤカシとの戦いはどうなのでしょうか? ここにいますと世事に疎くなりまして」 「昨今、騒がしいのは確かだが案ずるな。楽な状況とまでは言わないが‥‥君たちの幸せを壊させたりはしない」 ニクスの傍らに置かれていたのはアーマーケースである。どのような状況でも対応できるよう肌身離さずに持ち歩いていた。 「先程久しぶりにアーマーが動くのを見せさせてもらいましたがいいですね。とても力強くて」 ニクスはアーマーに興味を示した円平の質問にいろいろと答えた。 騎士が有利なのは間違いないのだが、志体持ちの円平ならば少々の訓練でものにできると太鼓判を押す。 玲璃は羅喉丸に頼まれて鍋を作る。完成直前で本人に声をかけた。 「こちらでよろしいでしょうか、羅喉丸」 「お、すまないな。俺だとせっかくの食材が台無しになるかも知れないからな。助かった」 羅喉丸は玲璃に礼をいってから土鍋を運んだ。そしてニクスとの話しが終わった円平がいる囲炉裏へと座った。 「正真正銘、遠野村の沿岸で獲れた毛ガニだ。あの希望号が神楽の都まで商売を広げていて驚いたのなんの」 「神楽の都まで毛ガニを売りに? 確かにおが屑を使えば活かしたまま運べますけれど」 「それなりの値段で売れるので充分に商売になるってあの兄妹はいっていたな」 「うまくいっているんですね」 羅喉丸に微笑みながら円平が何かを考えていた。遠野村のことだと思われる。 「ネージュ、悪いな」 『こちらは任せて、お話を楽しんでくださいね』 羽妖精・ネージュは酒のつまみとして七輪で毛ガニの甲羅焼きを作ってくれた。 カニ味たっぷりの甲羅を器として、酒にみりん、味噌に薬味を入れて火にかける。ほぐしたカニの身も加えてできあがりである。 「遅くなりました。みなさんお揃いのようですね」 宴が始まって三十分が過ぎた頃、理穴ギルド長の大雪加香織が到着する。 大雪加は儀弐王と湖底姫に挨拶を済ませた後で羅喉丸、円平と同じ囲炉裏前へと座った。 「互いに無事なようで何よりだ。こうして酒が呑めるのは何よりも喜ばしいな」 「頂きます。これは美味しそうですね」 羅喉丸と大雪加は酒を酌み交わしながら毛ガニの鍋を頂く。 『すぐに出来上がりますからね』 羽妖精・ネージュは自分の分と一緒に大雪加のためにも毛ガニの甲羅焼きを作ってくれる。 すごいもふら・温に釣られて湖底姫が玲璃の側に現れた。 「明日は晴れのようです。先程あまよみで確認しました」 「それはよかったのじゃ。玲璃もほら食べるがよいぞ」 玲璃は湖底姫に勧められて山菜おこわのお握りを頂いた。円平が好きなので湖底姫はよく握るという。 「ここが一年ぐらい前までは魔の森であったとは、とても信じられません」 玲璃はあらためて『懐中時計「ド・マリニー」』で精霊力と瘴気を計る。一般的な土地と比べてまったく遜色がないところまで瘴気が減っていた。 一般に大アヤカシを倒して魔の森を焼き払えば瘴気は問題がないところまで減少するものである。それを通常の五倍の速さで成し遂げているといってよかった。 『円平と苦労したからのう。これで驚いていたら身体がもたんぞ』 湖底姫が玲璃の盃に酒を注ぎながら囁く。明日になればもっと驚くだろうと。 同じ話題を柚乃もつい十分前に湖底姫から聞かされていた。 「さっき湖底姫さんがいってましたけど、樹木の建物に明日遊びにいくそうですっ♪ 樹照界っていってたかなっ?」 『ついにやってきた交流の機会だわね。楽しみ♪』 柚乃の前で宝狐禅・伊邪那が尻尾をぶんぶんと振る。宝狐禅・伊邪那はふきのとうの和え物がとても気に入ったようで、ずっと食べ続けていた。 「湖底姫さん、もう春になっちゃいますけれと、来年の冬に備えて円平さんに手編みのマフラーや手袋を編むのはどうでしょう?」 『編み物か。わらわにもできるのかや?』 神座早紀は隠し持っていた袋の中身を湖底姫に見せる。 「私が教えられるのはここにいる間だけですけど、編む時間はたっぷりありますので♪」 ひとまず湖底姫は神座早紀に進められて編み物に挑戦してみることにした。 編み物から遠く離れた座布団の上でイグニートが胡座をかく。 「腹が減っては何もできないからな」 大雪加にも特攻をしかけたイグニートだが見事本人に撃沈されてしまった。 明日への勝利のために食欲を満たすことにする。魚介に野生肉、豊富な野菜。とても僻地とは思えない料理ばかりである。 飛空船で運んできた食材だけでなく、元からの備蓄や周辺の土地で手に入れた食材もあるようだ。 精霊の多くは行為として食べることができる。しかし生きるためには食べる必要がない。 つまり精霊達はこの不可侵の地で唯一の人間である円平のために食材を用意しているといってもよかった。 (「精霊には湖底姫のように美人もいるしな。酒池肉林? ‥‥これはもしや人の世ではなし得ない究極のハーレムがここに存在するということか?!」) 次の瞬間、イグニートは気絶する。正確には気絶させられた。 心の中で呟いていたつもりが、どうやら言葉となって周囲に伝わっていたようだ。神座早紀とリィムナによるダブル肘鉄によってそのまま朝まで目を覚まさなかった。 ちなみに精霊云々の一連はイグニートの勘違いで、龍などの動物系朋友を含めれば食料の確保は大切である。 「昨晩、すごい大事なことに気づいたはずなんだが‥‥思い出せねぇ」 起きたとき、イグニートはすっかりと忘れていた。 ●樹照界 樹木が柱となり、蔓と小さな葉が壁となり、巨大な葉が屋根となる建物のような共同体を湖底姫は『樹照界』と呼んでいる。 儀弐王と大雪加、開拓者達は湖底姫と円平の案内で樹照界を訪ねた。もちろん朋友達も一緒である。 「すっごく素敵かも♪」 リィムナが歓喜の声をあげると同時に迅鷹・サジタリオが宙へと舞い上がる。 「何もかも輝いているな」 『ここはなんて‥‥あ、あそこにもふらさまがいますよ』 羽妖精・ネージュが指さした先を羅喉丸が眺めた。 たくさんのもふらさまが群れになって草むらで寝転がっている。そのもふらさまの上ではたくさんの羽妖精がお昼寝中だ。 鬼火玉に土偶ゴーレム。猫又、迅鷹、鷲獅鳥、霊騎、提灯南瓜。龍も何体か見かけられる。 「こんな景色、見たことないかもっ」 『さて、変身させてもらうわね』 柚乃が目を輝かせている横で宝狐禅・伊邪那は狐獣人に化けた。ひょっこりでの出現よりも、こちらの方が活動しやすいからだ。 柚乃と伊邪那がもふらさまの群れへと駆け寄った。 柚乃が心の旋律や小鳥の囀りを奏で唄うと、起きあがったもふらさまが周囲に集まる。目を覚ました羽妖精は踊りだした。 『ここの生活はどうかしら?』 伊邪那はこれでもかともふらさまや羽精霊とお喋りを楽しんだ。この地はとても棲みやすいらしい。 リィムナは迅鷹・サジタリオが留まる枝まで木登りをした。 「わぁ♪」 そして眼下の景色の素晴らしさに声をあげる。手を振ると儀弐王や大雪加が反応してくれた。 しばらく迅鷹・サジタリオと一緒に高みから小鳥たちの囀りを楽しむリィムナであった。 「これは一つの理想郷だな」 『すごいですね。ここまでとは思っていませんでしたよ』 羅喉丸と羽妖精・ネージュは樹照界内を散歩する。 屋根代わりとなっている巨大な葉っぱは天候に合わせて開放したり、閉じたりしているようだ。現在は開放されていて燦々と太陽光が降り注いでいた。 (「もしも‥‥」) 羅喉丸はネージュがこの地に残る決意をした未来を夢想してみる。長い年月が経って再会を果たしたとき、どのような言葉を交わすのだろうかと。 「俺か、俺は自分に出来る事をしていただけさ」 『私もあれから頑張ったんですよ』 きっと互いに精一杯に生きたことを伝え合うだろうと思い馳せた。 「これとあれ、そこにも‥‥。知らない草花があります」 医学に造詣が深い玲璃にとって新種の植物は非常に興味深い対象である。 「こちらを持ち帰ることはできませんか? 無理にとは申しません」 「すまぬが採取は控えてもらえると助かるのじゃ。人に対してどのような効用があるかはわからぬが、それを切っ掛けにして押し寄せたのならば‥‥」 湖底姫は言葉の最後を濁す。玲璃の気持ちもとてもわかったからである。 「わかりました」 玲璃は湖底姫の心情を察して引き下がる。 (「‥‥‥‥」) その湖底姫と玲璃のやりとりをイグニートは聞いていた。 その後、玲璃はもふら・温と一緒に柚乃と伊邪那がいるもふらさまの群れの中に入った。そしてもふら・温による『もふらの癒し』で昼寝をする。 すやすやと安らぎの時間が過ぎていく。 編み棒を手にした湖底姫は神座早紀から編み物を教えてもらっていた。 『難しいものじゃな』 「ですがちゃんと形になっていますよ」 少しずつ編み物の目が増えていく。 「今幸せですか?」 神座早紀はふと湖底姫に聞いてみる。 『永遠に続けばよいと思っておる』 そう湖底姫は答えた。 「ここでいいか?」 ニクスがアーマー・エスポワールで調理に必要な道具を運んできてくれた。 「樹糖をたくさんかけて頂いてくださいね♪」 柚乃が腕によりをかけて儀弐王のためにホットケーキを焼き上げる。 「こういう場で食べる食事は美味しいですね」 儀弐王だけでなく全員が昼食としてホットケーキを頂く。 (「儀弐王様、すごいかも」) 上品に食べるので焼いた柚乃以外の者は気づいていなかった。しかし儀弐王はホットケーキ五枚をしっかりと完食する。 玲璃が用意してくれた甘酒や重箱弁当、甘刀「正飴」、陰殻西瓜も美味しく食される。特に重箱弁当は米が命の者にとって素晴らしい一品であった。 樹照界から丸太小屋に戻るとイグニートが儀弐王に疑問を投げかける。 「で、重音はいつまでこれを秘密にしておくんだ?」 イグニートを仲間が止めようとしたが、儀弐王はそれに応えた。 「難しい問題ですね。実は解決策はまだないのです」 今はこの不可侵の地へ到達するには飛空船を利用するしかなかった。陸路で辿り着こうとすれば広大な元魔の森の地を横断しなければならないからだ。 皮肉なことだが元魔の森があることで不可侵の地の秘密は守られている。 儀弐王自身は魔の森の焼き払いが済むまで五年はかかると踏んでいた。 「その間に手を打つつもりでおりますが、何か妙案はおありでしょうか。そうであるならば是非にお聞きしたいところです」 「ふーん‥‥。俺が考えつくことなんて大したことじゃない。ただ聡明な重音に期待しているだけさ」 イグニートはその場を立ち去ろうとするが、思いだしたように儀弐王へと振り向いた。 「俺の口は軽いぞ」 そういってイグニートは外に出ていく。 人の口に戸は立てられない。そのような意味でいったのだろうと儀弐王は受け取った。 ●お別れ 儀弐王一行と大雪加は計四日間、不可侵の地に滞在した。 五日目の朝、二隻の飛空船が帰路に就く。 湖底姫と円平、そして多くの精霊や動物達に見送られて空中へと浮かんだ。 「湖底姫が樹照界のことを『種』と呼んでいたのは‥‥こういう意味だったのですね」 飛空船の窓を覗き込む儀弐王は目の当たりにする。 数日の間に大地を覆っていた雪はすべて溶けていた。その広い大地にぽつりと存在する樹照界が開放される。 湖底姫の仕業と思われた。 まるでつぼみから開花したように輝かしい緑が樹照界から弾けて広がっていく。魔の森の繁茂とは正反対の奇跡が起きていた。 開拓者達も眼下で発生したその様子を目撃する。 瞬く間に緑が大地に広がっていく様は到底忘れられるものではなかった。 |