癒しの湯
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/18 22:51



■オープニング本文

 理穴の国、緑茂の里で繰り広げられたアヤカシとの戦いはとても激しいものであった。
 女性国王、儀弐王も戦いの最中で深い傷を負ってしまう。即座に治療が行われたものの、芯に残った疲労というのは抜けにくいものである。
 緑茂の里は妓鵬山に守られた地。その妓鵬山の麓付近は温泉場として有名で、温泉宿の一軒に湯治として儀弐王は滞在していた。
「何も考えないというのは‥‥とても難しいものですね」
 夕暮れ時、岩風呂の温泉へ侍女と共に浸かりながら儀弐王が天を仰ぐ。
 頭上まで伸びていた枝から紅葉した枯葉が一枚落ちてきて湯に浮かんだ。秋の深まりが儀弐王の心に何かを染み入らせる。
「あれは‥‥」
 遠くから賑やかな声が近づいてきて儀弐王が振り返った。
「おそらくは開拓者達でしょう。周辺の復興手伝いをしている様子。よい温泉が近くにあると耳にして合間に訪れたのでは。止めて参りますのでしばしお待ちを」
「いや、よい。彼、彼女らがいたからこそ、あの戦いに勝てたのだから。それにこうして復興の手伝いまでしてくれている。追い返すなどもっての他」
「差し出た真似を。申し訳御座いません」
「わたしのことを心配してくれた、その気持ちをとがめるつもりなどありません。ゆっくりと致しましょう」
 儀弐王に誘われなければ、侍女は湯に入らずに待っていたはずである。身の回りの世話をするのが仕事なのだから。
 こういう方なのだと侍女は深く反省をする。
 非常に冷静沈着で物事を合理的に判断するといわれているのが儀弐王だ。それは政においては間違いない事実である。
 大を活かす為に小を見捨てる事もあるいはあるのかも知れない。おそらくそれが上に立った者の定めだと覚悟を決めているのであろう。
 ただ、普段の生活においてはそうではなかった。少なくとも侍女の知る儀弐王は優しい。
 温泉は三つある。男湯と女湯が一つずつ、そして混浴の場だ。
 儀弐王と侍女は女湯に浸かっていた。
 話し声が間近まで迫る。開拓者が一人、また一人と暖簾を潜り抜けて温泉の場に現れるのであった。


■参加者一覧
/ 天津疾也(ia0019) / 柄土 仁一郎(ia0058) / 鈴梅雛(ia0116) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 静雪 蒼(ia0219) / 中原 鯉乃助(ia0420) / 奈々月纏(ia0456) / 橘 琉璃(ia0472) / 那木 照日(ia0623) / 柄土 神威(ia0633) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 虚祁 祀(ia0870) / 深山 千草(ia0889) / 酒々井 統真(ia0893) / 巳斗(ia0966) / 霧葉紫蓮(ia0982) / 奈々月琉央(ia1012) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 静雪・奏(ia1042) / 紬 柳斎(ia1231) / 剣桜花(ia1851) / ルオウ(ia2445) / 辟田 脩次朗(ia2472) / 神無月 渚(ia3020) / 斉藤晃(ia3071) / 真珠朗(ia3553) / エリナ(ia3853) / 荒井一徹(ia4274) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / ペケ(ia5365) / 七郎太(ia5386) / 布施 綾乃(ia5393) / 夏葵(ia5394) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 難波江 紅葉(ia6029) / 雲母(ia6295) / 朱点童子(ia6471) / 陛上 魔夜(ia6514) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 橋澄 朱鷺子(ia6844) / 麻績丸(ia7004) / 与五郎佐(ia7245) / チョココ(ia7499) / 神咲 輪(ia8063) / 瀧鷲 漸(ia8176


■リプレイ本文

●湯煙の向こうに
 温泉に入ろうと脱衣場は賑やかであった。
 男女分かれて脱衣場はあり、それぞれに温泉へ通じる出入り口が二つある。
 男性用の脱衣場には男湯行きと混浴行き。
 女性用の脱衣場には女湯行きと混浴行き。
 知り合い同士が多いらしく、多くの者は男女関係なく混浴の露天風呂へと足を運ぶ。
 男湯と女湯が挟むように混浴の温泉浴場はあり、脱衣場を経由しなくても混浴に行けるが仕切りで覗けないように配慮されている。
 訪れた開拓者達は思い思いの時間を過ごし始めるのだった。

●女湯
 女湯の暖簾を潜り抜けて脱衣場を出ると、そこは湯煙漂う露天風呂であった。
 浴室代わりの身体を洗い流す為に石畳の一角があり、その先には潤沢に湯が満たされた岩風呂温泉が佇んでいた。
 女性達は身体を一度洗い流すと、まずは湯に浸かってみる。
 緩やかに流れてくる風は冷たいものの、湯に入ればまったく気にならなくなった。身体の奥にまで薬効の湯が染み入ってくるような感覚がある。
(「‥ずっと入っていたいかも」)
 柚乃(ia0638)は長い髪を鉢巻を使って上部でまとめて首までどっぷりと温泉に浸かる。手足を伸ばして、ゆっくりとした時間を過ごしていると先客の一人が気にかかった。
 周囲で聞こえてくる会話で儀弐王だと知り、何となく声をかけてみる。
「‥こんにちは」
「こんにちは。いい湯ですね」
 近すぎず離れすぎず、柚乃は儀弐王の近くで温泉を楽しみ続ける。
「儀弐王様でいらっしゃいますよね。お初にお目に掛かります。巫女の白野威と申します」
「白野さんは開拓者の方ですね」
 白野威 雪(ia0736)も儀弐王へ話しかけ、持ってきた古酒を勧める。そして一緒に紅葉の景色を愛でた。儀弐王は疲れた様子でやはり養生が必要だと感じる白野威だ。
「大丈夫ですよ。ここからなら他の人に見えませんから」
 神咲 輪(ia8063)は深山 千草(ia0889)の背中を洗うと桶で汲んだ温泉の湯で流してあげる。
 千草が恥ずかしがるので女湯のなるべく隅っこに二人はいた。お返しにと今度は神咲の背中を深山が洗った。それから二人で温泉に浸かる。
 深山はさっそく林檎を湯に浮かべた。傷んで食べられなくなったものをもらってきたのだ。
「こうしてお元気なお姿を拝見できて、安堵致しました」
「ありがとう」
 儀弐王の近くにも林檎を浮かべると深山は岩風呂の隅っこに戻る。
「この林檎の匂い、ほっこりしますね」
「お肌にも良いのよ」
 神咲の言葉に微笑みながら深山は手に取った林檎に頬すりをした。
「‥自然と一体になった感じがして、良い感じ‥」
 瀬崎静乃(ia4468)は温泉を彩る秋の景色を前に腕を組んで胸をビシッと張った。彼女なりの自然への感謝なのだろう。女湯への男性侵入も警戒していた瀬崎だ。
 まずは温泉に浸かる前に夏葵(ia5394)と洗いっこである。
「‥お嬢様。痒い所はありませんか?」
「大丈夫なのです。それにしても‥‥」
「それにしても、どうかなさったのですか?」
「静乃ちゃんの胸って大きいのです‥‥」
 瀬崎と胸と自分のを比べて夏葵はへこむのであった。二人で湯に入ると近くに儀弐王と侍女もいた。だが二人は儀弐王だと気がつかない。
「お二人は開拓者? そちらの方はとてもお若いのに」
「そうなのです。でも、ちゃんと仕事はこなしているので――」
 答える夏葵は最後まで一般の者として接し続けるのであった。
 しばらくして儀弐王の近くを離れた瀬崎と夏葵は安らいだ時間を過ごす。湯の中で夏葵がお喋りをして、たまに瀬崎が返事をする。あまりにも楽しい時間でつい湯あたりをしてしまった。
 お湯から出ようとした夏葵が足を滑らせて湯の中へと転んだ。瀬崎は夏葵に肩を貸して温泉から出ると脱衣場で介抱するのだった。
「御姉様、ゴキげんよう」
「こんにちは」
 まったりと温泉を楽しんでいた剣桜花(ia1851)は儀弐王とたまたま目が合う。彼女もまた声をかけた相手がこの国の王だとは気づいていなかった。ちなみにゴキと発する訛りは彼女特有のものらしい。
「その様子だと湯治ですか? 皆派手にやられましたからね‥」
「ええ、早くに治さねばと思いまして」
「そうだ! 良い物を差し上げましょう。これさえ持っていれば傷なんてばっちりですよ!」
「これは‥‥」
 剣桜花がゴソゴソと髪の間からクロゴキブリの木像を取りだすと儀弐王へと手渡す。
「霊験あらたかなクロゴキブリ様の像です。Gの生命力が貴女にも分け与えられますように」
 あっけに取られている儀弐王をよそに剣桜花は一人で話し続ける。それからしばらして剣桜花は混浴の方へと移動していった。
「理穴で一番美味しい甘味処‥‥。やはり首都の奏生にある中のどれかでしょう。ただ、食べ歩いたことはないので具体的にどこかまではわかりませんね」
「そうなのですね。機会があれば奏生で食べ歩いてみたいものです」
 ペケ(ia5365)は儀弐王とたわいもない会話を楽しんだ。
 言葉遣いや立ち振る舞いから偉い立場の人物だとなんとなくはわかった。たださすがに国王とまでは考えが至らなかったペケだ。
「ギジオウさんって『あの儀弐王さま』だったんですか!?」
 ペケは後で知り、『ペケ、ビックリんちょ』と目を丸くするのだった。
「あの、もしかして儀弐王様でいらっしゃいますか?」
「いかにも」
 お湯を掻き分けながら遠慮がちに儀弐王へ近づいたのは布施 綾乃(ia5393)である。凛々しかった姉にどこか似ている感じながら。
 綾乃は名乗ると弓についての助言を求めた。
「支援はもちろんですが、最初の敵の露払いとして弓はとても有効で――」
 儀弐王は笑顔で綾乃に答えてくれた。
「一献、どうでしょう?」
「頂きましょう」
 陛上 魔夜(ia6514)に勧められた天儀酒を儀弐王は口にした。その時、儀弐王は侍女へ温泉に来た者達に酒を用意するように指示を出す。
 舞い散る紅葉の下で温泉に浸かりながら頂く酒は格別であったからだ。
 酒をたしなむと同時に魔夜は警戒を忘れていなかった。男共の中によからぬ企てをしている者がいると耳にしていたからだ。
 多くの開拓者達が儀弐王に話しかける中、他の者達とは違う行動をとる女性もいる。
 設楽 万理(ia5443)の振る舞いはとても特徴的だった。
 まるで神を敬うような視線を儀弐王に投げかけたかと思うと、尖った刃物のような視線で周囲の者達を睨みつける。
 万理は弓術士で理穴武家の生まれだ。儀弐王の側にいられるだけで天にも昇るような気持ちになってしまうようだ。
(「わ、こちらを一瞬見られた、やだ、恥ずかしい」)
 儀弐王の視線が向けられたのを知ると、万理は自分の頬が真っ赤に染まってゆくのが熱さでわかる。
「弓の腕をもっと磨きいつかその親衛隊に入れる様頑張ります!」
 背筋を伸ばし儀弐王に宣言をする。そして突然沸いてきた恥ずかしさのあまり、頭の先まで湯へ沈む万理であった。
 たまに儀弐王から少し離れた場所で笑い声があった。その笑いは女性のもので、他の女性を観つつ、たまに舌なめずりもしている。大きく岩場にもたれかかりながら足を組み、唇には煙管を銜えていた。
「王も大変だろう? 何かと考えなきゃいけないだろうからな‥‥ふふふ‥‥気が向いたら譲ってくれ、私はいつでも歓迎して継承してやるからなぁ」
 儀弐王と視線が合うと雲母(ia6295)は高笑いをする。侍女が何かをしようと湯から立ち上がるが儀弐王は無表情のまま手を伸ばして止めた。
「ふ〜、たまには温泉っていいよね」
 手拭いを頭の上に乗せたチョココ(ia7499)は顔の半分まで湯に浸かり、ブクブクと口から泡を出してみる。
 混浴には興味はないし、女湯で長くゆっくりしようとするつもりだ。儀弐王がいると耳にしたが、取り立てて興味もない。
 一人、チョココは女湯の片隅でゆったりとした時間を満喫した。

●男湯
「結構深くて広いぜよ」
 平野譲治(ia5226)は湯船の中で頭だけを出して動き回る。小柄なので特に腰も曲げずに歩いても充分な深さがあった。
 泳ごうと思えばできるのだが、さすがに他の客がいるところでやるのは気が引けた。ただ邪魔にならないところで、大の字になって仰向けに浮かんでみた。
 空を眺めながら譲治は考える。噂で儀弐王がいるとか一緒に来た女性達と話せればと一瞬脳裏を過ぎるが、男湯を離れるつもりはなかったので気に留めるのはすぐにやめた。
「混浴なんてみんな若いね〜‥。気疲れするだけのような気もするんだけどね〜‥」
 混浴の方角から時折聞こえてくる騒ぎを耳にしながら七郎太(ia5386)は鼻歌を唄い始める。混浴より覗きの方が緊張感があっていいのにと女性陣に伝わったら袋叩きに遭いそうな事を考えながら。
「ま、除きなんてするほど僕はもう若くないけどね」
 そういうと七郎太は両手でお湯を掬って顔を洗うのだった。
「温泉に浸かりながら紅葉を眺めるなんて贅沢だなあ‥‥」
 菊池 志郎(ia5584)も男湯でのんびりとした時間を過ごしていた。酒を呑みすぎたり湯あたりした人の為に岩清水を用意して。
 流れてくる湯のせせらぎも楽しんでいたが、たまに混浴からの騒ぎがそれを遮る。甲高い叫び声、まるで何かが爆発したような破裂音、などなど。
「うわー‥‥」
 何が起きているのかを想像した志郎は肩をすくめてお湯の中に深く身体を沈めた。
 逆にその騒ぎを楽しんでいる者もいた。橘 琉璃(ia0472)である。
「まあ、たまには、のんびりとするのも悪くないかもしれませんねえ」
 夕暮れから夜になろうとする頃、儀弐王からの差し入れとなった酒を頂きながら、洩れ聞こえてくる大騒動に耳を傾ける。
 男湯に入るまでに何度か女性に間違えられたのだが、それは別の話。近くにいた志郎に声をかけて一緒に晩秋の月を眺めるのだった。

●混浴
 時は少し遡り、まだ暮れなずむ頃。混浴の岩風呂は一番の賑わいを見せていた。
 与五郎佐(ia7245)は洗い桶を前に理穴の昔ながらの民謡を歌う。
「大を生かす為に小を見捨てる冷たい人だと噂されてますが、アレは嘘ですね」
 たまに周囲で頭を洗っている開拓者達に話しかけ、合戦での儀弐王を話題にする与五郎佐だ。やがて上機嫌で頭を剃っていると振った拍子にうっかり剃刀を落としてしまう。目に何かが入って瞑ったままで。
「ああ、有難う‥貴方もそう思いませんか?」
 掌に剃刀がのせられた感触がある。拾ってくれた誰かにも与五郎佐は問いかけた。
 さらに「一度儀弐王と会ってみたいものです」といった瞬間、辺りは爆笑で包まれる。
 何事かと急いで目を擦って開けてみる。ちょうど湯船に入ろうとしていた儀弐王がそこにいた。
「し‥‥失礼いたしました!」
「いや、構いませんよ。楽しい話が聞けました」
 儀弐王は髪を整えながら与五郎佐に微笑むのだった。
「良い気持ち‥‥仁一郎ものんびりしてね」
「そうだな、神威。合戦の区切りに、こうして湯治が出来るのは有難いな」
 巫 神威(ia0633)と柄土 仁一郎(ia0058)は共に温泉を楽しむ。肩を寄せ合い、二人だけの他の者達を寄せ付けない雰囲気を漂わせる。
 とはいえ侍女と共に儀弐王が混浴に現れた時は別であった。二人で合戦についての挨拶をし、いくつか言葉を交わす。
「我等の知るアヤカシは、斃れれば大地へ還るが常。にも拘らず、奴の指は残っております。如何なる事なのか‥‥」
 仁一郎の問いに指については現在調査中だと儀弐王は答えた。それが真実か、または表向きの答えなのかまでは儀弐王の心の内にある。
「故郷も家族もすべてを奪われるのは‥独りぼっちは辛いですから‥‥どうか‥これからも…私のような‥‥がんばって‥‥‥‥」
「失礼、連れ合いがのぼせかけたようです」
 うとうととし始めた神威を仁一郎が支える。儀弐王に挨拶をすると仁一郎は湯から神威を連れ出す。
「ばばんばばんばん、なんとか〜〜! いやーいい湯やなあ、眺めもええしな。酒も一味違うわな」
 天津疾也(ia0019)は酒をお猪口でちびちびやりながら目の保養をする。男性の疾也にとって対象は当然女性なのだが、いくら混浴とはいえ集中して観れば騒動の元となる。湯煙の向こうに花が咲き乱れる世界をぼんやりと楽しんだ。
 酒は、洗い場の隅に鎮座している儀弐王が提供してくれた大きな樽からの贈り物である。
「ありがとな。やっぱ、酒は百薬の長やで。一緒にやろうや」
「頂きましょう」
 疾也から酒を注がれてクイッと喉に通す儀弐王であった。
「おう、そこにいるのは理穴の王様だよな。おいらは中原鯉乃助ってもんだ、よろしくな。こっちの酒も美味いぞ」
 ひょいと儀弐王へ近づいたのは中原 鯉乃助(ia0420)だ。
 持ち込んだ古酒を儀弐王の猪口へと注いだ。
「今回の合戦はお疲れさん。炎羅の野郎も倒せて言う事無しの結果でよかったぜ」
「みなさんの貢献はとても大きいものでした」
 儀弐王の麗しき姿で眼福の鯉乃助は、何度も猪口へ酒を注ぐのだった。
「あ〜‥‥いい湯だねぇ。そして美味い酒があるときたもんだ。これ以上の極楽はないねぇ」
 難波江 紅葉(ia6029)も儀弐王と一緒に酒を交わした一人である。
「開拓者になった理由はあるのでしょうか。その類い希な力があれば他にもいろいろと。そのおかげで理穴は心強い味方を得たのですが」
「私にしたら、別にあんたら理穴の為というわけじゃない。皆が楽しく騒げる世の中にしたいからやってるだけさね」
 話は進んでうち解けてくると、本当の理由が難波江の口からこぼれ落ちる。十四歳以前の記憶が難波江にはなく名前も含めて本当の自分が知りたくて開拓者になったのだと。
「やっと‥‥辿り着き‥‥」
 開拓者仲間から遅れてやって来たのが麻績丸(ia7004)である。急いで走ってきたのでへとへとに疲れていた。
 脱衣場で衣服を脱ぐのも忘れ、湯煙の中をフラフラと千鳥足で岩風呂まで辿り着く。
「!」
 その時、麻績丸は初めて気がついた。男湯に入ったつもりが勘違いして混浴に足を踏み入れてしまったのを。
 混浴にはたくさんの女性の姿もある。まるで矢で射られたかのように、麻績丸は頭の奥に衝撃を感じた。
 オタオタと振り向けば湯船に浸かっていたのは、あの儀弐王。即座に後ろを向いて背筋を伸ばす。
「そ、尊敬しています!」
 その後の記憶が麻績丸にはない。目が覚めた時は脱衣場であったという。
「‥‥」
 辟田 脩次朗(ia2472)は湯に浸かりながら、離れた場所で開拓者達と話す儀弐王を眺めていた。
 彼女がいると知った時、いろいろな事が頭の中で駆けめぐった。伝えたいと一瞬考えた事実もある。とはいえ安易に伝えたのなら様々な影響が出るかも知れなかった。
「‥‥楽しみましょう。この時を」
 脩次朗はすべてを取りやめ、自然と張っていた肩から力を抜いて何も考えずに温泉へ身を委ねるのだった。
(「儀弐王さまは綺麗な人ですよねぇ。容姿も生き方も」)
 真珠朗(ia3553)も遠巻きに儀弐王を眺めていた。
 周囲からのイチャラブ心気をかわすのは結構大変だ。それでもゆっくり出来そうな場所を探して紅葉も楽しんだ。
「願わくば平和と彼女への祝福を」
 目の前に落ちた真っ赤な紅葉に真珠朗は囁くのだった。
「あの方は大丈夫でしょうか?」
 儀弐王は洗い場で横にされて介抱されている女性を見つめる。
 事情を知っている開拓者によれば、彼女の名は橋澄 朱鷺子(ia6844)。儀弐王が混浴の温泉場に来る前に、酔いと湯にのぼせてつぶれてしまったらしい。倒れる直前までは、両手に桶を持って踊っていたとか。
「うふふふ。私は酔ってないですよ? おほほほほ」
 たまに気がついて声をあげる朱鷺子である。
「私と同じオッドアイの槍を使う人をみたことがあるか?」
 瀧鷲 漸(ia8176)は男性陣の視線を浴びながらも儀弐王へと近づいた。
「特に覚えはありませんね」
「‥‥そうか、感謝する」
 残念そうな表情を浮かべた瀧鷲漸は立ち上がると女湯の方へ移動を始める。大きな胸のせいか、男共をうるさく感じていたからだ。
 ちょうど瀧鷲漸と入れ替わるように女湯から混浴の風呂へとやって来たのが、からす(ia6525)だ。今まで女湯にいたのは訳があるが今は秘密。
「ふー、いい湯だ。おや、何を恥らうことがある?」
 どこも隠さずに堂々としたからすに男性の方がたじろいでいた。
「どうぞ、一献」
 からすは周囲の者達にも酒を振る舞う。ちなみにこの後の温泉からの帰り道、星空を眺めながら歌を詠む事となる。
 全員がくつろいでいる中、突然悲鳴と憤怒の声が女湯から響いてきた。
 罠にかかって縄でがんじがらめになっていたのは只木 岑(ia6834)だ。駆けつけた儀弐王が女湯にいた女性達に聞いてみれば覗きをしていたらしい。
 混浴にもたくさんの美女がいるのにという誰かの言葉が只木岑をさらに落ち込ませる。
「俺、見たぞ。朱点童子が脱衣場から急いで男湯にやって来たのを。女湯がどうとか、岑を蹴飛ばして犠牲にしたとか呟いていたような‥‥」
 騒ぎを聞きつけて男湯からやってきた酒々井 統真(ia0893)が証言する。
「バレたか!」
 しばらくして男性陣の力で男湯に隠れていた朱点童子(ia6471)が連れてこられる。只木岑も朱点童子と共に罰を受けたが、岩風呂の外での正座で済んだ。
 朱点童子は袋叩きにされた上、しばらく縄で枝から吊された。袋叩きとはいえ、張り手を食らった程度だ。体中に掌の紅葉を浮かばせて風に揺れる朱点童子であった。

●混浴の仲良き開拓者達
 混浴の温泉には仲の良い集まりがいくつかあった。恋人同士や友人同士、またはそれらが合わさったものなど様々だ。
「絵梨乃さん達と一緒に入ろうと思ったのに、はぐれてしまいました。ですが温泉、気持ち良いです」
 鈴梅雛(ia0116)は岩影の隅っこの湯に浸かっていた。
 しばらくして水鏡 絵梨乃(ia0191)が酒々井 統真を混浴に誘いたいといっていたのを思いだす。いないのは当然で、ここは女湯だ。そこで混浴の岩風呂へと向かう。
「こ、こんどは俺が洗えばいいんだな。女に耐性をつ、つける訓練って」
「そうそう、これぐらいは平気だろ」
 男性の酒々井が女性の絵梨乃の背中を洗っている途中であった。どうやら背中の洗い合いをしているようだ。
「絵梨‥‥?!」
 鈴梅雛が絵梨乃と酒々井に声をかけようとしたところ、思いがけない場面と遭遇する。
 忍び足で近づいた素っ裸の女性、剣桜花が酒々井に背中から抱きついたのである。
 訳の分からぬ事を酒々井は叫び、顔を真っ赤にして倒れてしまう。仕方なく女性陣が介抱するものの、目覚めたときに真正面で女性の裸を見たようで再びダウン。
 二度目に気がついたときは、大急ぎで男湯へと退散してゆく酒々井である。朱点童子が悪さをした前の出来事であった。

「蒼、背中流してあげよう」
 静雪・奏(ia1042)は妹の静雪 蒼(ia0219)の背中を洗い、湯で流す。
「今度はうちの番や。兄はん‥‥うちら護って怪我ぁされてはったよって、肩マッサージやわ♪」
 今度は静雪蒼が静雪奏の背中に回る。頬にキスをしてから肩をもみ始めた。
 静雪蒼、静雪奏と一緒に温泉を楽しんでいたのが、藤村纏(ia0456)と琉央(ia1012)である。
「琉央ちゃん、ウチ変やない? 大丈夫やろかー?」
「大丈夫、こっちの岩場が座りやすそうだ」
 視力が悪い藤村纏は琉央に手を引かれておどおどと岩風呂の中へ入る。腰を降ろすとようやく気分は安らいだ。
「なんだかドキドキするな。温泉は」
「ウチは楽しいわ。これで眼鏡あったらな、顔見れるんやけど」
 藤村纏と琉央(ia1012)は、二人でお喋りを始めた。
 その時、温泉の中を潜行して近づき、藤村纏に抱きついた輩が現れる。
「ほわっ!? 誰ッ?」
「こんなんしたら、兄はんに怒られそやわぁ〜」
「その声は‥‥蒼ちゃんやのん?」
「せやし、抱きつくんやったら男衆はんはいかんし‥‥」
 バタバタと手足を動かす藤村纏の胸元に顔を埋め、静雪蒼は抱きつき続けるのだった。

「炎羅は倒したけど、完全に守りきれなかった‥‥」
 うつむく虚祁 祀(ia0870)の顔が湯面へと映る。
「頑張ったのですから」
 一緒に湯へ浸かる那木 照日(ia0623)は優しく声をかけた。他の者から虚祁祀の姿が見えないように盾となって座りながら。
 次第に二人は寄り添い、湯煙に覆われる秋の景色に視線を移した。
「温泉も祀も‥温かいです‥‥」
「背中を向けてくれるかな。マッサージしてあげる」
 いつも助けられているからと虚祁祀は那木照日の背中をさすりほぐす。やがて虚祁祀は那木照日の背中に頬を当ててぬくもりを感じるのだった。

「ま、アンタの下心は分かってるケド‥今回はノってあげないよ?」
 衣服を着たまま、混浴の隅っこで湯に足をつけていたのは鴇ノ宮 風葉(ia0799)。
 パシャパシャと跳ねてくる飛沫を背中で浴び、大きくうつむいていたのは天河 ふしぎ(ia1037)。
「べっ、別に僕、変なことなんか‥‥少しも考えてなんか、なかったんだからなっ!」
 顔を赤くして天河は振り向くが、温泉饅頭をパクついている風葉の姿にさらに落ち込んだ。まるで顔の部分だけ真夜中に蝋燭だけがあたっているかのような影を落としながら。
 折角だからといって、風葉は腕を引っ張って湯船から天河をあがらせる。そして背中を洗い始める。
 天河はさらに顔を赤くして目のやり場に困った。そしてふと気づいた事を、そのままいってしまう。
「ねぇ風葉、僕、風葉のが一番だから‥‥折角の温泉で服脱がない位、気にしなくてもいいと思うよ」
 この天河の言葉が風葉の心に怒りの炎を発火させる。正確には心だけではすまなかったのだが。
 髪の毛についた火を消す為に岩風呂へ飛び込んだ天河であった。

「し、静乃ちゃんはどこへいく? 私も一緒にいくわ」
 そういって最初は静乃と一緒に女湯へと向かったエリナ(ia3853)だが、纏が混浴にいると聞いて非常に迷っていた。
 考えが一巡し、二巡する。女友達だけでなくルオウ(ia2445)にも逢いたいのだが、なかなか踏ん切りがつかない。
 ようやく覚悟を決めたエリナは真っ赤にしながら混浴の岩風呂へと一歩を踏み出す。
「や、エリナは大事なその――」
 ちょうどその頃、ルオウは開拓者の男達と雑談を交わしていた。エリナと一緒じゃなくて、残念なような、ほっとしたようなと思いながら。
「ルオウ‥よろしくね‥‥」
「え、エリナ!」
 来ないと思っていたエリナが突然ルオウの目の前に現れると、ザブンッと湯船に浸かる。
「こっちあんまり見ないでね‥」
「あ、えっと‥‥。そ、そうだ、いい天気だな」
 エリナとルオウは背中を向け合いながら温泉に浸かり、甘くてじれったい時間を過ごすのであった。

「うう‥‥あ、あまり見ないで下さい‥‥」
 立派な男子だが容姿が女性のような巳斗(ia0966)は、勇気を振り絞って混浴行きの暖簾を潜った。
 そそくさと歩き、岩風呂の中に霧葉紫蓮(ia0982)を見つけると急いで近づく。
「あれ‥‥雪さんはどこに?」
「僕も探したんだが、どこにも見あたらなかった。おそらくは――」
 女湯にいるのではと答える霧葉紫蓮に巳斗は驚く。想像の通り、白野威雪は女風呂でくつろいでいた。男の自分達が女風呂に向かう訳にもいかず、また白野威に混浴を強制するのも何である。
 ここはあきらめて二人で温泉を楽しむ事にした。
 古酒の他に持ち込んだのはお饅頭やお団子。さらにはたくわんもあった。
「さすがの僕も惚れた女の裸だったら動揺するぞ?」
 雪と離ればなれになった巳斗をからかった霧葉紫蓮は反撃を食らう。他の飲み物だといわれて弱点の古酒を呑まされたのだ。
「みーすけ、謀った、な‥‥」
 顔を真っ赤にして湯船に沈む霧葉紫蓮。結果的には介抱を巳斗が抱え込む事になったのだが。
 せめてと女風呂に向かう女性に話しかけ、持ってきた甘味を雪に届けてくれと頼んだ巳斗であった。

「ん〜。いい湯だねぇ‥‥酒が旨い。ね?一徹?」
「たまにはこういうのもいいな」
 神無月 渚(ia3020)と荒井一徹(ia4274)は二人で風呂に浸かりながら酒を楽しんでいた。
「好きだよ‥‥渚」
 一徹が肩を抱き寄せて渚に顔を近づける。
「ぅう‥‥別にいいけどさぁ‥‥恥ずかしいし‥‥」
 酒のせいだけではない赤面で渚は心臓をドギマギさせる。湯煙をあげながら流れてくる温泉の音が頭の中で反響した。
 他の者達から少し離れた場所で、二人だけの時間を過ごした一徹と渚であった。

「仕事の後の一っぷろはいいね」
 斉藤晃(ia3071)は混浴のど真ん中でお銚子とお猪口片手に酒を楽しんでいた。これこそが命の洗濯だと心の中で呟いて。
「合戦ではご苦労さんやったな」
「開拓者のみなさんのおかげでもあります故。そちらこそご苦労でありました」
 近くを儀弐王が通り過ぎてゆくとき、斉藤晃はいくらかの言葉を交わす。
 ゆっくりとした時間を過ごしていた時、突然に周囲が騒がしくなる。振り返ってみれば朱点童子と只木岑と何かをしでかしたようだ。
「言いたいことは伝えろや」
 正座をして反省する只木岑に斉藤晃は助け船を出す。
「こんな状況でお話するのも何ですが、王とともに故郷の地を護ったんだと改めて喜びをかみしめ、更なる精進を誓います」
「何かの気の迷いであったのだろう。主犯はあちらの者のようだし」
 儀弐王に許されてほっとした只木岑は、湯冷めのせいか大きなくしゃみをするのだった。

●そして
「こんな機会もたまにはよいものですね。機会があればいつかまた」
 儀弐王は翌朝、配下を引き連れて温泉場を去るのであった。