満腹屋の危機 〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/06 22:46



■オープニング本文

 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。


 期間限定のチョコレート菓子や料理の提供が終わった数日後。満腹屋に暗雲が立ちこめようとしていた。
「こほっ」
 兆しは給仕の智塚鏡子がした咳一つ。
 鏡子は風邪をひいてその晩から寝込んでしまう。わずかに遅れて板前見習いの真吉も熱のせいで動けなくなった。
「これは‥‥」
 満腹屋の主人『智塚義徳』は嫌な予感がする。
 三日ほど前、咳が止まらない泊まり客がいて医者を呼び診てもらった。もしかしてそれが後をひいているのではなかろうかと。
 事態を重く考えた義徳は二階の宿屋を臨時休業にする。新規をとらず、滞在の客がいなくなったところでしばらく休業の札をぶら下げた。
 鏡子が寝込んだ翌日には板前の智三と銀政も風邪で高熱を出す。義徳とその妻の南も夜には発病した。
「こんなこともたまにはあるのですよ」
 智塚光奈は元気だが一人では切り盛りできないので満腹屋一階の飯処もしばらくの休業となる。
 智三、真吉は長屋に戻って家族からの看護を受けている。独り身の銀政は長屋へ戻らずに二階の一室で療養することに。光奈一人による四人を看病する生活が始まった。
「ひぇっ!!」
 翌朝に起きた際、光奈は突然の寒気に震える。
 たんに部屋が寒いのではない。おそらく自分も風邪にかかったのであろうと判断した光奈はまだ動けるうちにと開拓者ギルドへと駆け込んだ。
「と、とにかくお手伝いの開拓者さんをお願いするのです‥‥」
 人にうつすかも知れないというので光奈は言葉少なに依頼の手続きを済ます。
 それから半日後、熱が出た光奈は布団の中に横たわった。
「もう少しすれば開拓者がやって来てくれるのですよ‥‥。それまでの我慢なのです‥‥」
 掛け布団から顔を覗かせた光奈は普段とは違う元気のない声で呟くのであった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
火麗(ic0614
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●到着
 深夜、朱藩安州へと降り立った開拓者一行は足早に満腹屋を目指す。
「お店の皆が一斉に寝込むだなんて、性質の悪い流行り病じゃないと良いのだけど‥‥」
 十野間 月与(ib0343)が白い息を吐きながら心配の表情を浮かべる。
「一人が風邪引くとあっという間に広がるって言うけど、典型的なえらいことになっているみたいね」
 先頭の紫上 真琴(ic0628)は表通りから外れて満腹屋までの近道を進んだ。探検好き故に普段から裏道の発見は怠っていない。
「ここはゆっくり安心して休んでももらえるように、あたしはしっかりお店守っていこうかね」
 火麗(ic0614)は店の切り盛りを担当するつもりである。
「お姉様が身体弱かったですから、よくちぃ姉様と一緒に看病してましたの」
 礼野 真夢紀(ia1144)は看病の経験が豊富なようだ。
「医者に看てもらっても駄目だったと依頼書には書かれていたが薬は大切だ」
 篠崎早矢(ic0072)は満腹屋の一同がかかった医者と薬に関して少々気にかかるところがあった。
 ここに来るまでに看病は礼野と篠崎早矢の役目と決まる。店の切り盛りは月与、火麗、紫上真琴が担当することとなった。
 満腹屋に辿り着くと紫上真琴が壁を伝って二階へとよじ登った。
 一カ所だけ中の閂が外れていて簡単に戸板が開く。こうやって入って欲しいと安州のギルドに光奈からの伝言が残されていた。
「お邪魔しますね」
「はい‥‥」
 紫上真琴が廊下の戸襖越しに声をかけると部屋から光奈の返事があった。紫上真琴は急いで一階へと下り、仲間を入れるために裏口の閂と鍵を外す。
 開拓者全員で静かに二階への階段を登り、光奈の部屋の前に立つ。看病を役目とする篠崎早矢と礼野はそのまま部屋の中へ。切り盛り担当の三人は廊下に残った。
「毎日納品のお豆腐‥‥さんとかには連絡してあるので‥‥コホッ」
 光奈は主に一階の飯処を切り盛りするためにはどうしたらよいのかを説明してくれる。鼻づまりでとても苦しそうであった。
「光奈さんは何時も頑張り過ぎだからさ。こんな時ぐらいゆっくり体を休めてね。返事はいいからね」
 月与は看護の礼野に解熱薬と飴湯を渡してから階段に足をかける。
「こちらの方はしっかりやるからゆっくり体休めてしっかりと治すんだよ」
 火麗も光奈に声をかけてから一階へ下りるのであった。

●夜明け前に
「皆さんがバラバラだとちょっと大変なので、看護しやすいように部屋割りをさせて欲しいのです」
 礼野のお願いを布団の中の光奈が頷いてくれた。
 智塚夫妻は元々同室なのでそのまま。銀政も現状維持。光奈と鏡子は別室なのでどちらかが片方に移動してもらう。実際にそうするのは鏡子が起きてからだ。
「眠らせ‥もらうのです‥‥」
 話しが一通り終わると光奈が瞳を閉じる。鼻づまりが酷いようで息苦しいのが続いていた。常にちり紙でかんでいるせいで鼻の頭が真っ赤である。
「熱もありますの」
 礼野はせめて熱を下げようと氷霊結で桶の水を凍らせて冷水を用意した。手ぬぐいを濡らして光奈の額にのせてあげる。
「薬はこれですか」
 篠崎早矢は医者が置いていった薬を最初に確かめた。
 専門家ではないので確信はない。しかしわずかに舐めてみると米粉か何かで嵩まししているような味がする。
「篠崎さん、それぞれのお部屋にある火鉢をつけて暖かくしたいのです」
 礼野に頼まれて篠崎早矢が手伝う。
「失礼します。お手伝いに来た開拓者の篠崎早矢といいます」
 篠崎早矢は静かに一声かけてから智塚夫婦の部屋に入る。
 二人とも目を覚まさなかったので火鉢を用意して立ち去ることにした。
 点火済みの炭を容器から火ばさみで取り出して火鉢の上へと並べる。置いた薬缶に水を注ぐのも忘れなかった。
(「適度に薬缶の水を交換すれば湯冷ましになるな」)
 沸騰させた水を飲めば病気にかかりにくいと聞いたことがある。戸襖は空気の流れを作るためにわざと少しだけ開けておく。篠崎早矢は次に鏡子の部屋へ向かった。
 礼野は光奈の部屋を暖めてから銀政の部屋を訪ねる。
(「光奈さんと同じくらい苦しそうです」)
 銀政は酷くうなされていた。熱が酷いようだ。
 礼野は急いで火鉢の用意をする。そして氷霊結で作った冷水で手ぬぐいを濡らして銀政を冷やしてあげた。
「ん‥‥? あ、礼野さんか。そっか、光奈が呼んだんだな」
「もう大丈夫ですから。安心してくださいね」
 礼野が返事をした後で銀政はすぐに寝てしまう。銀政には脇の下にも濡れた手ぬぐいを挟むことにする。
「思っていたよりも深刻です」
 廊下に出た礼野は小さく呟いた。
 風邪を引いた全員の症状がわかったところで、解熱剤は銀政に飲ませることとなった。


 一階を担当する三人はまず料理を提供できるかどうかを確かめる。
 光奈の要望によってお品書きは『お好み焼き』と『御飯とみそ汁』に絞り込まれる。余裕があれば各自得意な料理も提供して構わない約束になっていた。
「お米はここにあったはずだけど‥‥」
 月与は最初に米と小麦粉を探す。
 板場には一日分。さらに裏の倉庫で米俵や小麦粉が入った麻袋を発見する。
 さらにジャガイモや玉葱などの根野菜が沢山詰め込まれた木箱を見つけだす。ソースの壺もあって月与は一安心した。
 火麗と紫上真琴は提灯片手に地下への階段を下りようとする。
「氷室は寒いからねぇ。厚着してくればよかったよ」
「あ、ここの壁に外套が引っ掛けてあるよ。きっと氷室での作業用だね」
 二人とも外套を纏ってから地下へと向かう。
 氷室には火麗が入る。保冷室には紫上真琴がと足を踏み入れた。
 火麗は提灯を壁に掛けると外套の内袋に入っていた厚手の手袋をはめる。
(「これはきっと豚肉だろうね」)
 天井からは肉の塊がいくつかぶら下げられていた。
 床に置いてある木箱の蓋を外してみる。中にはワタが抜かれたイカが綺麗に敷き詰められている。
「どちらもお好み焼きの具としては十分だねぇ」
 火麗は収穫ありと感じて拳をぎゅっと握りしめた。
 その頃、紫上真琴は保冷室内にあった棚の引き出しを次々と開けていた。
「お肉見つけた♪ こっちの引き出しはっと」
 まずは解凍済みの豚肉を発見する。次に開けた引き出しには鶏卵が十五個並んでいた。他には作り置きの天かすや出汁も見つけだす。
 しばらくして二人ともそれぞれの室から出てくる。ひとまず氷室で凍っている豚肉とイカの一部を解凍のために保冷室へ移してから板場へと戻った。
「どうだった?」
 先に板場へ戻っていた月与が火麗と紫上真琴に訊ねる。
 二人が地下の状態を説明し、月与も調べた結果を伝える。それから光奈から預かったお好み焼き指南書が作業台に広げられた。
 すべてを確認したところで三人は顔を見合わせる。
「キャベツが絶対的に不足しているねぇ」
「鶏卵がほんのわずかだね‥‥」
 火麗と紫上真琴は示し合わせたかのようにそれぞれ胸の前で腕を組んだ。
「夜が明けたら急いで買いに行かないといけないか」
 月与が双方を見ながら深く頷いた。
 夜明け後の役割を三人はあみだくじで決める。
 キャベツ購入は火麗の役目。鶏卵入手は紫上真琴の仕事。月与がこなすのは下ごしらえとなった。

●初日早朝から二日目の宵の口にかけて 其の壱
「肩を貸しましょうか」
「大丈夫ですわ。それよりも光奈さんの容態はどうなのです?」
 夜が明けてから礼野は鏡子に事情を話して光奈の部屋に移ってもらう。光奈の症状が重くて動かすには忍びなかったからである。
 智塚夫妻と鏡子に関しては食欲があって鮭入り粥を食べてくれた。ただ光奈と銀政は白湯か湯冷ましの水を飲むのがやっとの状態だった。
 篠崎早矢は同じ看護を受け持つ礼野に話をつけてから外出する。満腹屋の者達がかかった医者のところへと出向くためだ。
「先生は外来に出かけました」
「先程はこちらにいらっしゃるといってたのでは?」
 しかし篠崎早矢は弟子によって医者との面会を拒絶された。薬について聞きたいと告げたのがどうやら医者の癪に障ったようである。
(「残っている薬は無視するか」)
 篠崎早矢は他の医者をあたってみる。しかし外来を前提にすると山師のなれの果てか、非常に高価な治療代を請求する医者しか見つからなかった。
 満腹屋に戻った篠崎早矢は鏡子のためにショウガ入りの粥を作る。
「もしかすると呂さんならよいお薬を持っているかも知れませんわ」
 篠崎早矢は鏡子に医者から面会を断られた事実を話す。そして旅泰の呂の商隊が安州で拠点にしている建物を教えてもらった。
 礼野に一声をかけてから再び外出する。呂本人はいなかったが満腹屋の名を出すと留守番役が快く対応してくれた。
 風邪を治す薬はなかった。しかし鼻づまりを抑える泰国薬を格安で譲ってくれた。月与が持ってきた解熱薬の同等品も売ってくれる。
「飲んでみてくれ」
 満腹屋に戻った篠崎早矢はまず光奈に鼻づまりを治す薬を飲ませた。
「ありがとなのです‥‥」
 二時間程経ってから薬が効き始める。これまでの息苦しそうな表情ではなく、やさしい笑顔で光奈が眠りに就いた。
 再び解熱薬を飲んだ銀政もよい方向に向かいだす。銀政の汗の量がかなり減った。
 礼野と篠崎早矢は安堵のため息をついた。
「あとはお二人の体力次第ですね。食欲が戻ってくればいいのですけれど」
 礼野は鏡子に好評の蜜柑の寒天寄せを多めに作っておく。篠崎早矢が買ってきたイチジクも同じように寒天寄せ仕立てにしてみた。
「い、頂くぜ」
 一眠りした銀政が半ば無理矢理に寒天寄せを胃袋へと押し込んだ。まずいのではない。その証拠に他の食べ物は口にすることさえ難しいのだから。
「美味しいのです」
 光奈も寒天寄せを食べてくれる。
 満腹屋一階階段横の台には連絡用の帳面が置かれていた。手洗い用の道具も一通り揃っている。
 これらは月与が用意したものだが、礼野は手帳に書き込んでおいた。『智塚夫妻と鏡子さんの回復は順調です。光奈さんと銀座さんは食事がとれるようになりました』と。

●初日早朝から二日目の宵の口にかけて 其の弐
「出汁は指南書通りに作ってあとは冷ますだけ。天かすも作ったし。粉よし、ソースの準備よし。食器も大丈夫っと♪」
 月与は板場でお好み焼きの準備を整える。そして御飯を炊いている間に店内の卓を雑巾で拭いた。
 満腹屋再開の張り紙は用意したものの、まだ外には貼っていない。すべてはキャベツと鶏卵が手にはいるかどうかにかかっていた。

「キャベツ、キャベツ‥‥キャベツはどこに‥‥ここにあったのかい」
 火麗は荷車を引きながら市場を訪れていた。
 比較的温暖な朱藩ならば今時期でもキャベツの入手は比較的簡単なはず。問題なのは質と値段。しかしゆっくりと吟味する時間的余裕はなかった。
(「悩んでる暇はないねぇ」)
 新鮮そうで傷んでいなければ値段はそこそこでも目を瞑った。速攻で決めた火麗は支払いを済ませてたくさんのキャベツを荷車に載せる。
 落ちないように幌を被せて縄で固定。ここからは足の勝負である。
「ちょっくらごめんよ!」
 事故を起こさないよう注意しつつもできるだけ速く。火麗は急いで満腹屋に舞い戻るのであった。

「光奈ちゃんの指南に書かれてる鶏小屋ってここかな?」
 小さめの荷車を引きながら紫上真琴がやってきたのは安州近郊にある畜産家の敷地である。
 ここの鶏卵は市場にも出荷されていたが、多めに買うのならば直接出向いた方がいいと但し書きが指南書に残されていた。
「あの、満腹屋さんから来たんですけど」
 紫上真琴が声をかけると巨大な鶏小屋から大男が現れる。どうやらここの主のようだ。
「満腹屋さん? 少し前にしばらく卵はいらないって連絡があったんだけど」
「実は――」
 紫上真琴は主に事情を話す。それならばと鶏卵を用意してくれた。
 荷車に藁を敷いて少々揺れても割れないようにして運んだ。とはいえ走ったら割れそうなので焦る気持ちを抑えながら荷車を引きながら歩いて帰る。
 紫上真琴が満腹屋に戻ると小気味よい包丁の音が板場から聞こえてくる。月与と火麗が懸命にキャベツの千切りをしていたのである。
 紫上真琴も鶏卵の搬入を終えてからキャベツ切りを手伝った。
 これでお好み焼きを作る目処が立つ。
 月与は店先で告知する。張り紙にはお好み焼き、御飯とみそ汁限定で今日から満腹屋を再開すると書かれてあった。
 一時間後、暖簾がかけられて満腹屋開店と相成る。
「いらっしゃいませ。本日はこちらから選んでくださいね♪」
 最初に給仕をしたのは紫上真琴である。
「あたしは豚玉を焼くからね」
「イカ玉はあたいに任せて」
 月与と火麗は板場で注文のお好み焼きを作った。
 これは持ち回りで日によって交代する。
 板場の二人は御飯とお味噌汁も用意しなくてはならない。よそってお客様の卓まで運ぶのは給仕の役目である。
 初日はこれで何とか切り抜けた。
 手順が身に付いた二日目からは、それぞれが考えてきた料理もお品書きに加えられるのであった。

●順調に
 四日目。
 二階で寝ていた満腹屋の五人全員が回復に向かっていた。
 誰もが普通の食事が食べられるようになる。お好み焼きの他にも一階の開拓者達が提供している料理を頂く機会もあった。
「あう〜♪ 食べられるのがこんなに幸せだなんて。健康バンザイなのです☆」
 少し熱が残っていた光奈だが今にも一階で働き出しそうな勢いの笑顔である。月与が作ってくれた辛い丼を二杯も平らげた。その間に火麗特製の大根サラダも完食する。
 最後は紫上真琴が作った温かい蒸かしたておまんじゅうを頬張った。礼野が淹れてくれた飴湯と一緒に光奈は満足げであった。
 五日目には智塚夫妻と鏡子が普通に起きあがられるようになる。七日目の早朝からは光奈と銀政も立って身体を動かせるようになった。
 長屋からの連絡で智三と真吉も快復したとの連絡が入る。
 八日目から満腹屋は通常開店に戻った。但し光奈と銀政はもう一日休養をとる。
「高いところからごめんなさい。言葉が見つからないぐらいに感謝しているのです。ありがとう御座いました」
 深夜、光奈は二階の窓から顔を覗かせる。そして帰路に就こうとする開拓者達に深々と頭を下げるのであった。