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■オープニング本文 約一ヶ月前に神楽の都へと各国の代表者が集まった。 それは世間に知られるところとなり、市井の者達の間では王様選挙と呼ばれる催しが行われる。おかげで多くの民が楽しい日々を過ごしたのだが、会談の内容が漏れ聞こえてくることはなかった。 何が話し合われたのかは謎のままだが、徐々に各国が動きだす。 最初に動いたのは理穴国である。 魔の森であった国土東部の土地を取り返した現在、アヤカシは減少の一途にある。巣くっていた大アヤカシ三体の討伐に成功したからだ。 つまり他国からの流入を考えなければ、アヤカシを減らした分だけ国は安全になる。少なくとも理穴を束ねる女王・儀弐重音はそう考えていた。 理穴の首都の奏生城。宵の口の書斎で儀弐王は臣下に命令を下す。 「隣接する冥越や東房の魔の森からのアヤカシ流入を無くすことは不可能でしょう。それでも国境付近に砦を設置出来ればかなり改善されるはず。その前に大掃除が必要なのです。年末までに終わらせたかった宿題を終わらせてしまいます」 儀弐王が口にした大掃除とは国内に残存しているアヤカシの殲滅である。 神楽の都で行われた会議において大規模な掃討作戦が理穴国内で行われることとなった。それは世間に告知されていて事実に他ならない。 しかし物事には何かと裏の事情が存在する。 戦の本懐は東房であって理穴ではなかった。理穴東部で予定されている戦いはアヤカシに対しての陽動の意味合いが非常に強い。 理穴東部で残存のアヤカシとの戦は行われるであろう。しかし実際に理穴を訪れる各国の軍は極々少人数に留まるはず。各国の軍は理穴に派兵すると見せかけてアヤカシ側を騙し、実は東房へ向かう段取りになっていた。 陽動を引き受けた理穴は手薄になってしまうだろうが、急変の戦いで疲弊した軍備を武天国と泰国が支援してくれている。 それに表向きの行動として開拓者ギルドの積極的な協力を得ている。一人で何十人分もの兵と同等の力を持つ開拓者の応援は一国の軍のそれと同等といえた。 魔の森であった土地の焼き払いは順調に行われている。仕方がないことなのだが、そのせいで理穴残存のアヤカシがまだ焼かれていない元魔の森の土地に追いつめられて集結しつつあった。 また魔の森から『魔の森擬き』と呼ばれる理穴各所に移り棲んでいるアヤカシも存在する。魔の森擬きとはアヤカシが勝手に移り住んでしまった元々瘴気が濃い土地を指す。 「まずは魔の森擬きに巣くうアヤカシを倒さねばなりません。遊撃で各地の魔の森擬きを叩く役目、私自らが対処しましょう」 儀弐王は大型飛空船で理穴各地にある魔の森擬きを急襲する作戦を立てる。 一カ所にかけるのは一時間程度。一日のうちに四から五カ所を叩きつつ、それを一週間続けて戦う。夜は大型飛空船内で休むとはいえ非常に酷な作戦である。 効率を重視し、予定時間を過ぎたら一斉に撤退。討ち漏らしたアヤカシは敢えて放置する。それらのアヤカシが逃げおおせる先は東部の元魔の森しか残っていないからである。 表向きには元魔の森に集まった残存アヤカシは各国の協力を得た上で叩くことになっている。それを実質的に理穴軍のみで行わなければならなかった。 残存アヤカシを事前にどれだけ減らしておけるかが成否の鍵を握っていた。たくさん倒せばよいのではない。効率的というのが大切である。 別行動になるが魔の森擬きを急襲する遊撃は儀弐王が率いる大型飛空船『雷』の他にもう一隻、理穴ギルド長・大雪加香織が担う『角鴟』も参戦する。 「お呼びいただければこちらから出向きましたのに」 「いえ、お願いするのはこちらですから」 儀弐王は自ら理穴ギルドに足を運んだ。そして大雪加と細かい打ち合わせをしつつ、開拓者募集の手続きを行うのであった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
一心(ia8409)
20歳・男・弓
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰
桧衛(ic1385)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●初戦 地平線から朝日が昇る頃。大型飛空船『雷』は右側面を『魔の森擬き・壱』へと向けながら超低速飛行へと移行した。 『殲滅開始です。順次計画通りに遂行を』 伝声管で届いた儀弐王からの命令を聞いて砲雷長が砲撃開始の合図を出す。右側面に並ぶ五門の宝珠砲が一斉に火を噴いた。 森に命中した榴弾が次々と爆発して炎と煙を巻き上げる。積雪はほんのわずか。大量の土が宙を舞って大地に降り注ぐ。 「頼むのであります」 甲板にいた七塚 はふり(ic0500)はその直後、迅鷹・金蘭を魔の森擬き・壱へと飛ばした。 迅鷹・金蘭が砲撃によって炙り出されたアヤカシ群を発見。即座に戻って上空で啼き、七塚へ報せた。 「砲撃に驚いたアヤカシ等は南東に向かっているであります」 七塚によって甲板から見下ろすよりも詳しい地上の状況が艦橋の儀弐王の元へと伝えられる。 『雷』は左側面を魔の森・壱に向けるように反転しつつ魔の森擬き・壱を中心にして移動。反対の位置で今度は左側面五門の砲を大地に向けた。 しかし左側面五門の宝珠砲はすぐさま撃たれることはなかった。あくまで威嚇であり、地上のアヤカシ群に睨みを効かして足止めに成功した。 その間に理穴兵達や一騎当千の開拓者達が魔の森擬き・壱へと降下開始する。甲板には一部の弓術兵が残った。 龍や滑空艇を所有する者はそれに乗って。そうでない者は超低空時の『雷』から垂らされた長い縄を伝って着地する。ちなみに瘤がついた縄は降りるためのもので、登りには別に縄ばしごが用意されていた。 「船に集ろうとしているのを先に倒した方がやりやすいですからね」 魔術師の朝比奈 空(ia0086)は地上戦への参加を少し遅らせた。 上級鷲獅鳥・黒煉に騎乗しながら『錫杖「ゴールデングローリー」』を構える。放たれたホーリーアローが空中に曲線を描きながら蚊に似た飛翔型アヤカシに命中。立て続けに『雷』に近づこうとするアヤカシを排除していく。 射ちもらした分は甲板の弓術兵達が仕留めてくれる。完全に任せられるぐらいに飛翔型のアヤカシが減ったところで朝比奈空は魔の森擬き・壱の深部へと挑んだ。 「援護を頼むぞ!」 羅喉丸(ia0347)は後方の一般理穴兵達に声をかけてからアヤカシに戦いを仕掛けた。 大地を蹴り鞭のような伸びる腕の攻撃を避けながら近づく。時には樹木の裏に隠れてやり過ごし、どす黒い色した巨体の泥状アヤカシの胴体に蹴りを叩き込んだ。 泥状アヤカシの胴体の一部が蹴りの勢いで千切れて辺りにばらまかれる。蒸気のように瘴気の煙が辺りに漂った。 一般理穴兵達は矢の斉射で羅喉丸に近づこうとする他の小物アヤカシを威嚇して時間を稼いでくれる。 『仕方がない。気張るのじゃぞ、羅喉丸よ』 天妖・蓮華は羅喉丸に危険が迫れば神風恩寵で回復してくれた。減った練力は戦いの最中に吸精でアヤカシから奪う。 (「手応えがない。埒があかないな‥‥」) 羅喉丸は玄亀鉄山靠で身体ごとの攻撃を試みた。 泥状アヤカシのぶよぶよな腹に向かって突進する。一時、アヤカシの身体に取り込まれたかのような状態になったがぶち破って背中から姿を現す。 泥状アヤカシは激しく捏ねる粘土の如く動き回った後で瘴気の塵となり四散する。 「よっし! こいつは俺が受け持つぜぇ!」 それまで空中戦を繰り広げていたルオウ(ia2445)は轟龍・ロートケーニッヒの背中から跳んだ。そして一般理穴兵達が戦っていた大型蟷螂・妖の背中へ蹴りをかますように降りつつ『殲刀「秋水清光」』を突き立てる。 血のように吹き出る瘴気の細かな塵。 鎌のような腕の攻撃を避けてルオウは大型蟷螂・妖の背中へと回る。 「いいところにやってきたな!」 集ってきた複数の蟻型アヤカシを巻き込みつつ回転切りで斬りつけた。『成敗!』を使った上で大型蟷螂・妖を仕留めるルオウである。 ルオウが地上で存分に戦えたのは轟龍・ロートケーニッヒのおかげもあった。ルオウの上空付近で飛翔型のアヤカシと戦ってくれたのである。 (「魔の森一週間ツアーとは胸アツだねぇ‥‥」) 不破 颯(ib0495)は駿龍・瑠璃で森のすれすれを飛びつつ、時に高い樹木の間をすり抜ける。 高速で流れていく景色の中でもアヤカシを見逃さない。 何本もの矢を手にとって魔弓の弦へとかける。死角から味方を襲おうとするアヤカシに矢が突き立てられた。カザークショットのおかげで騎乗しているとは思えない見事な射撃を不破颯は決め続ける。 「いやいや出迎えご苦労ってかぁ!?」 不破颯は朝比奈空と同じように味方が地上へ降りる際には飛翔型アヤカシの排除を優先していた。あらかた倒したと判断していたのだが、目前のふざけた情景に軽口を叩かざるを得ない気持ちになった。 巨大な蜂の巣を守るように大量の蜂・妖が待ち構えていたからである。襲ってきた蜂・妖のみに乱射で対処して一旦その場から脱出する。 不破颯が蜂・妖と遭遇した頃、炎龍・チェンタウロに騎乗したリィムナ・ピサレット(ib5201)は空中戦を繰り広げつつ、地上の戦況にも注意を払っていた。 「この音は‥‥真下かな?」 呼び子笛の音が聞こえたリィムナは炎龍・チェンタウロで急襲。即座に駆けつけて味方の損耗を取り除いた。 「すぐに痛みも消えるから少し我慢してね」 笛の音には救援を求める意味も含まれている。リィムナは精霊の唄で理穴兵達の傷を治してあげる。 そうこうするうちに不破颯が現れてリィムナは協力を求められた。そして二人と二龍は巣周辺の蜂・妖退治を敢行する。 不破颯は『魔弓「夜の夢」』による乱射弓撃で一気に蜂・妖の群れを攻め立てた。 リィムナも遠方から『魂よ原初に還れ』で確実に一体ずつ蜂・妖を仕留めていく。瘴気回収を併用して練力の回復をはかりつつ攻撃を続行する。 蜂・妖はかなりの数に上るために迫る勢いと倒す早さが噛み合わない時もある。そういったとき二人は朋友龍の機動性を利用して飛び回り、状況を仕切り直す。 途中で志体持ち理穴兵も参戦する。それから約二十分間かかりっきりになったものの、巣の中に隠っていた蜂・妖の女王も含めて退治に成功するのであった。 桧衛(ic1385)は滑空艇・彗星から降りて地上戦に参加していた。 (「早く、一体でも多く倒そう」) 大木の枝を足場にして宙を移動し、フロストダガーで甲虫・妖の羽根を切り裂いて地面に転がり落とす。 地上をのろのろと這うことしか出来ないアヤカシならば一般理穴兵でも勝機があった。遠隔攻撃で少しずつ削り倒していった。 甲虫・妖の止めは一般理穴兵に任せる。桧衛は特に強そうな巨大甲虫・妖に集中し一閃の目にも留まらぬ早業で止めを刺す。 桧衛が気にしていた儀弐王は現在『雷』に残って指揮を執っていた。戦況によっては女王自ら出張ることもあるだろう。その時には側で支援するつもりの桧衛である。 「もう大丈夫ですからね!」 鋼龍・おとめに騎乗した神座早紀(ib6735)は疲弊した味方の回復を上空から続けていた。 閃癒の輝きが傷ついた兵達の身体を癒す。おかげで酷い状況にまで陥らずに命を巣くわれた兵士は多い。また戦闘の継続にも非常に寄与していた。 練力の減りを感じて神座早紀が甘露水を口にする。儀弐王が配給してくれたもので無駄遣いしないように消費した。これは誰も同じである。 「ここでの戦いが今後の試金石になりそうですね‥‥」 一心(ia8409)は樹木のお化けのようなアヤカシを弓矢で仕留め終わってから呟いた。 その直後、人妖・黒曜が一心の服を引っ張った。暗視で発見したばかりのアヤカシの位置を一心に教えてくれる。 「近接が得意そうなアヤカシが森の闇を利用して近づいているのですね」 一心はこくりと頷く人妖・黒曜を抱き上げて安全な茂みへと移動して弓矢を構えた。人妖・黒曜は一心にいわれなくても監視を続行する。 「これは大変、NINJAの出番だね!」 叢雲・暁(ia5363)は又鬼犬・ハスキー君と一緒に枝から枝へ飛び移りながら戦う。 志体持ち理穴兵が猿・妖相手に手こずっていたところへと遭遇。又鬼犬・ハスキー君が吼えると猿・妖は激しく興奮しながら迫ってきた。 又鬼犬・ハスキー君が猿・妖の注意を引きつけてくれている間に叢雲暁は後ろへと回った。そして思いっきり両手で猿・妖の尻尾を掴む。 「そうれ!」 ぐるぐると回転した勢いで周囲の樹木に向かって猿・妖を叩きつけた。その後は『忍刀「風也」』の餌食。猿・妖を瘴気の塵へと還した叢雲暁と又鬼犬・ハスキー君は次の敵を探すのであった。 宝珠砲斉射から一時間が経過した。『雷』の甲板から撤退の合図を示す狼煙銃が撃ち上がる。戦況が有利不利、どちらであろうともそうする取り決めである。 この魔の森擬きだけが戦場ではなかった。予定では今日のうちに後三カ所の魔の森擬きを叩かねばならない。 余裕がある龍騎兵は怪我をした味方を優先して『雷』まで同乗させた。元気な者は垂らされた縄ばしごに掴まる。十分を待たずに全員が船へと帰還する。 『雷』は急上昇で魔の森・壱から離れた。そして次の魔の森擬きがある方角に船首を向けるのであった。 ●身体を休めるのも戦いのうち 空が茜色に染まる頃、初日の戦いは終了する。 予定していた四つの魔の森擬きのすべてに突撃。あくまで儀弐王の手応えからの判断だが、潜伏していた八割から九割のアヤカシの討伐に成功していた。 便宜的に魔の森擬きと呼んでいるので平地もあり得たが、大抵は何かしらの障害物が存在する。 極端に見通しが悪い土地で敵を追いかけるのは得策とはいえない。逃げおおせたアヤカシ等は近場の魔の森擬きに合流するはずである。 遊撃的な戦いを続けているので次の機会に叩けばよかった。その方が効率的といえる。 最終的にアヤカシの残存は東方面の元魔の森へと逃げ込むだろうと儀弐王は想像していた。 戦いが始まったばかりで息切れする訳にはいかない。儀弐王は事前に様々な立場の者から意見を聞いて策を講じている。 疲労した身体を癒すには食事と睡眠が不可欠。その二つを促進するのが風呂である。 大型飛空船『雷』には一般兵士用と上級士官用の浴場の二種類が存在する。厳密には儀弐王専用の風呂も存在するのだが今は数えない。 開拓者達には上級士官用浴場が開放された。男性用と女性用に分かれて食事の前に入浴する。 「ぽっかぽっかだよ♪ あったかいのはいいね」 リィムナは肩まで湯船に浸かってほっと一息ついた。 「狭いと聞いていましたが、十分な広さですね。生き返ります。ふぅ〜」 神座早紀は湯船に浸かりながら手ぬぐいで顔を丁寧に拭く。 風呂へ入る前に彼女は鋼龍・おとめに労いの言葉をかけて餌をあげている。明日の戦いに備えて早紀自身もおとめも疲れをとる必要があった。 「これは儀弐王。昼間の見事な采配、感服したであります」 「誉めて頂いてありがとう。お邪魔しますね」 七塚が身体を洗っていたとき、儀弐王が上級士官用浴場に現れる。 専用の浴場があるのに女王が入りに来たのは忌憚のない意見を聞きたいからだろう。そう七塚は感じ取る。その証拠に侍女を連れてきてはいなかった。 儀弐王は軽く身体を洗った後で開拓者と一緒に湯船へと浸かる。 「一般兵の休養はどのようなものか教えてもらえるでありましょうか?」 七塚の問いに儀弐王が答えてくれた。 今回一般兵用の浴場は開放されているという。船員の多さからいってどうしても流れ作業的になるのは仕方がなかった。その代わりに食事については一般兵用も豪華なようだ。 儀弐王の背中はリィムナが率先して洗う。泡だらけにした手ぬぐいを儀弐王の背中で滑らせる。 「わぁ‥お肌綺麗‥‥」 思わず声を出してしまうリィムナである。お返しにと儀弐王に背中を流してもらったリィムナは緊張しまくっていた。 「戦いはまだ五日間もありますから、飛ばしすぎないようにしませんとね」 初日の緊張故に少々頑張りすぎたと朝比奈空は反省していた。それでも誤差の範囲であったのだが。 「これからは肩の力も抜けるだろうから大丈夫だね。それはそうと儀弐王さん、偵察の仕事があったらあたしに任せてね。彗星と一緒にこなしてみせるよ」 桧衛は長く湯に浸かっていたせいか頬が桃色に染まっていた。 「理穴兵全体の動きにムラがあったのは確かです。本日の四戦目には慣れを感じたので明日からは大丈夫でしょう」 再び湯船に浸かった儀弐王は朝比奈空、桧衛の両名と今日の戦いについてを話題にする。 「思い出したっ! さっき廊下ですれ違った給仕から聞いたんだよ。夕食には武天風料理のお肉がたくさん出るみたい♪ 楽しみだね〜♪」 叢雲暁はゴシゴシと体中を洗って泡だらけである。髪の毛も洗ったあとでざばっと風呂桶からお湯を被った。 その頃、開拓者の男性陣も隣の男湯でくつろいでいた。 「女湯は元気ですねぇ。疲れて無言よりもよっぽどいいですけどぉ」 風呂の湯で顔を洗いつつ不破颯は女風呂との壁に目をやる。 「不破殿、こっちだ。せっかくなので親交を深めよう」 「そうだぜ。風呂に入ったらこれだよなー」 羅喉丸とルオウに呼ばれて不破颯が湯船からあがる。そして開拓者男性陣四名は手ぬぐいを手に並んで背中を洗い合った。 やがて夕食の時間。開拓者達は噂通りの豪華な料理に目を見張る。 「うめぇなー。戦場でこんな豪勢なのは初めかも知れねぇな♪」 山盛りの丼飯片手にルオウは箸で焼き肉を頬張る。 「確かにな。戦場の直中といってよい船内なのだが。せっかくなので鋭気を養わせてもらおう。蓮華も遠慮せずにな」 羅喉丸も肉塊にかぶりついた。調理方法は様々だがどの肉料理も旨い。 「弓は狩りに適していますからね。黒曜はお茶のお代わりはどうです?」 一心が食べた焼き鳥は鶏ではなかった。味わいからしてどうやら雉のようである。人妖・黒曜も隣で正座しながら頂いていた。 「温かい風呂に美味しい食事と至れり尽くせりだなぁ。これは鴨のローストビーフでしょうかねぇ」 不破颯も大満足である。 「楽しんで頂ければ幸いです。ごゆっくりと」 開拓者達の食事の席に現れた儀弐王は挨拶をしてすぐに立ち去る。 開拓者達は夕食の後ですぐさまベットに潜り込む。元気なようでいて疲労は溜まっていた。翌朝まで誰もが熟睡するのであった。 ●困難な戦い 連続の戦い故、切羽詰まった状況に陥ることもある。だが儀弐王による事前の脱出経路確保によって撤退にもたつくことは一度もなかった。 五日目の戦闘が終わった時点で壊滅させた魔の森・擬きは二十三箇所を数える。計画通りにことが進んで船団の志気は高く維持されていた。 深夜に理穴ギルド長・大雪加香織が指揮する大型飛空船『角鴟』からの連絡龍騎兵がやってきた。 届けられた親書には順調だと書かれてあって儀弐王は安心する。またこちらも問題はないとの返事を連絡龍騎兵に渡して届けてもらう。 六日目に向かった地域の天気は朝から小雨がぱらついていた。以前から降り続いているのか雪はまったく積もっていない。 大雨に変化していっても戦いに大きな支障はなく、すべては順調であった。魔の森擬き・弐捌に戦いを仕掛けるまでは。 いつものように大型飛空船『雷』搭載の宝珠砲による地上への斉射から攻撃は始まる。 砲撃後、魔の森擬き・弐捌から現れた飛翔型アヤカシはわずか十数体。実質的にいないに等しい数である。 地上への降下が開始されて茂みの中に隠れるアヤカシを理穴兵達が目撃する。そこにいたのは蝸牛型のアヤカシ。泥状になった大地だけでなく、樹木の幹や枝にも大量に張り付いていた。 「駄目だ!」 一般理穴兵による弓撃は蝸牛・妖の殻の前にしてまったく役立たなかった。すべての矢が跳ね返されて落ちるだけ。ただはみ出している身体の部分を狙えばそこそこの傷を負わせられる。 しかし希望は一瞬にして絶望に変わる。 迫ってきた集団の先頭は巨大な蝸牛・妖で揃えられていた。 地面から殻の天辺まで三から四メートルもあり、これだけの大きさだと身体の部分に多少の矢を受けてもびくともしなかった。殻の部分は言わずもがなである。 蝸牛・妖の集団は毒性のある粘液をまき散らして理穴兵達の動きを鈍らせる。 阿鼻叫喚の叫び声。 理穴兵達が絶望しかけていたその時、一矢が巨大蝸牛・妖の殻をぶち抜いて大地に突き刺さる。討たれた巨大蝸牛は転倒して後方のアヤカシ進行を阻む壁となった。 理穴兵達がふり返ると、大弓を手に樹木太枝の上に立つ儀弐王の姿がある。 「負けるわけには参りません。ここが今作戦の成否を決める分水嶺です。各隊長は阿吽の呼吸で目標の妖を決めて下さい。兵は各隊長の指示に従い、敵を絞って弓撃です」 儀弐王は雨に濡れながら指示を出す。理穴兵達の曇っていた眼は見開いた。 隊長の指示に従い、弓撃で集中攻撃を仕掛ける。 「そうこなくっちゃあな! 行くぜ、ロートケーニッヒ!!」 ルオウは轟龍・ロートケーニッヒを大樹の枝に留まらせると業火炎を吐かせた。威力と射程はそれほどでもないのだが、まとめて敵に傷を負わせるのには最適な攻撃技といえる。 二度の炎を浴びせかけた後でルオウは飛び降りて大地に立つ。回転切りを繰り出し、弱っていた蝸牛・妖をまとめて葬り去る。 鷲獅鳥・黒煉の飛翔翼で素早く位置取りをした朝比奈空はここ一番のブリザーストームを放った。冷たい冬の雨を吹き飛ばして猛吹雪が蝸牛・妖の集団を包み込んだ。 「ここは全開でいきませんと大変ですからね」 これまで抑え気味にしてきた力を一気に開放する。朝比奈空は連続のブリザーストームで多数の蝸牛・妖を薙ぎ払う。 明日向かう予定の魔の森擬きを偵察して戻ってきた桧衛も参戦した。 「大丈夫? 大怪我とかしていたら隠さずにいってね」 桧衛は滑空艇・彗星で超低空を飛び、大型蝸牛・妖に踏みつぶされる直前の理穴兵を掴まえて助け出す。ちなみに二人乗りでの戦闘は厳しいので『雷』に送り届ける。 「ここは任せてください。ご存分に力を振るってくださいね」 「お言葉に甘えましょう」 兵士救出の後、桧衛は儀弐王の側で護衛役を務めた。女王が心おきなく弓撃に集中出来るよう桧衛は迫るアヤカシを排除していった。 「そこでありますか。急ぐのであります」 七塚が瞬脚を使って向かった先は迅鷹・金蘭が上空で旋回している真下である。 味方の志体持ち理穴兵が窮地に陥っているところへと加勢。頂心肘による肘鉄で大型蝸牛・妖の殻に亀裂を刻んだ。 さらなる攻撃で大型蝸牛・妖の殻は大きく破損する。殻の穴へとたくさんの弓撃が射たれて大型蝸牛・妖は消沈する。まもなく瘴気の塵へと還っていった。 (「この音は? もしかして」) 鋼龍・おとめで上空を飛んでいた神座早紀は独特な呼び子笛の吹き方を耳にする。即座に音がした先を探し出す。 「みなさん、わたしの周りに集まってもらえるでしょうか」 神座早紀は鋼龍・おとめの背中に乗ったまま閃癒を施した。優しい光りが大勢の理穴兵の傷を癒していく。 次の笛の音を聞いた神座早紀が鋼龍・おとめを即座に飛び立たせる。 「決して誰一人死なせたりするものですか!」 神座早紀は魔の森擬き・弐捌を飛び回り、治療に尽力してくれた。閃癒だけでなく解毒も施してくれたおかげで助かった命は非常に多かった。 「チェン太、あの木に掴まって!」 リィムナが指さした樹木の太枝に炎龍・チェンタウロが掴まる。 見下ろせば蝸牛・妖ばかりの場所で全力攻撃を開始する。『魂よ原初に還れ』によってリィムナが狙った蝸牛・妖がバタバタと倒れていく。 炎龍・チェンタウロは幹を伝って登ってくる蝸牛・妖を爪攻撃で地面へと落とす。 リィムナがいる樹木の根本では倒された大量の蝸牛・妖が瘴気に還元していた。立ち上る瘴気を回収して次の攻撃に繋げるリィムナである。 「ここで戦うぞ、蓮華」 『負けるでないぞ、羅喉丸よ』 枝から枝へと飛んでいた羅喉丸は浮かぶ天妖・蓮華を残して地面へと飛び降りた。着地から即座に型をとって大きく足を踏み出す。崩震脚によって周囲にいた蝸牛・妖すべてに傷を負わせる。 羅喉丸が主に狙ったのは蝸牛・妖の殻だ。殻さえ破壊してしまえば一般の理穴兵でも戦いようはあるからだ。 一体を倒すよりも十体の殻を壊す。怪我や毒をものともせずに羅喉丸は全力でそれを行う。 『妾がおらんとまったく駄目じゃな』 天妖・蓮華はふわふわと宙に浮かぶながら、眼下の傷ついた羅喉丸を神風恩寵や解毒で癒すのであった。 魔の森擬き・弐捌には時折、矢の雨が降ることがある。 駿龍・瑠璃で上空を漂う不破颯は地上の蝸牛・妖に向けて乱射を続けていた。 「この辺りはそろそろ地上だけの戦力で何とかなりそうかなぁ」 頃合いをみてより危険な状態の味方に加勢を変更する。 空中に敵がいない魔の森擬き・弐捌は不破颯にとって最高に有利な戦いの場といえた。毒粘液も届かない距離だからである。 しばらくして不破颯は以前から気になっていた対象に攻撃先を移す。地面から殻の天辺まで十メートル強の超大型蝸牛・妖である。なぜこれまで放置していたかといえば後方に待機していたからだ。 その超大型蝸牛・妖が前線に進み出ていた。 一心と叢雲暁もそれに気がつく。 「これでどうですか‥」 一心は極北で超大型蝸牛・妖の弱点を突いた。おかげで味方の攻撃が通りやすくなる。 人妖・黒曜は暗視で周囲を警戒しつつ、近場にいる味方の怪我を神風恩寵で癒してくれた。 叢雲暁は奔刃術で駆けつつ超大型蝸牛・妖の背後に回る。少し遅れていた又鬼犬・ハスキー君も追いつく。 (「くっつけたら火を点けてっと。‥‥ハスキー君の分もこれでよし!」) 叢雲暁と又鬼犬・ハスキー君は儀弐王から預かった爆薬を超大型蝸牛・妖の殻に仕掛けて即座に退散する。 油紙に包まれた爆薬は雨をものともせず大炸裂。開拓者達の攻撃と合わさり、硬くて厚い超大型蝸牛・妖の殻に亀裂が走った。一部は剥がれて吹き飛び、近くの樹木に突き刺さる。 蝸牛・妖の残存はまだ多く、超大型蝸牛・妖だけに戦力を割く訳にはいかない。それでも遠隔攻撃の手段を持つ開拓者は超大型蝸牛・妖を徐々に削っていった。 そして毒粘液が理穴兵に届くまでの距離には近づかせずに超大型蝸牛・妖を倒しきる。大量の瘴気が煙のようになって周囲に広がった。 ここで戦闘開始から一時間が経過する。 儀弐王が薄暗い空に向けて狼煙銃を撃つ。合図を知った理穴側は各飛空船に乗り込んで魔の森擬き・弐捌から撤退するのであった。 ●そして 最終の七日目。魔の森擬きに潜むアヤカシの排除は順調に進んだ。 突撃した魔の森擬きは全部で三十三にのぼる。平均して潜んでいた八割のアヤカシを倒したと儀弐王は判断した。 よく食べてよく休み、時には回復の物品を使っても疲労は溜まるもの。それでも開拓者や理穴兵は破綻せずに最後までやり遂げてくれる。 魔の森擬きから追い出された残存のアヤカシは儀弐王の想像通り、東の元魔の森へと向かったと思われた。いくつかの報告がそれを裏付けている。 開拓者達には元魔の森での決戦の前に中型飛空船で神楽の都へと帰還してもらう。それが依頼の取り決めだからだ。 「おかげで最終戦の目処つきました。魔の森擬きを叩いた順番から判断して、討ちもらしたアヤカシの数は大したことはないはずです。油断は禁物ですがこれならば勝利を確信して戦えます」 別れ際、儀弐王は自ら開拓者達にお礼をいう。 数日後の理穴東部の元魔の森において戦闘が行われる。陽動故に理穴軍のみの戦力であり、圧倒的な物量とはいなかった。 それでも事前の討伐が功を奏し、戦いは常に理穴軍側の有利で進められる。 事前の討伐とは大型飛空船『雷』を中心とした戦いばかりではない。様々な方面で行われた戦闘や補給などがあってこそだ。 約八割の敵勢力を減らしたところでアヤカシ側が崩壊した。なし崩し的に戦いは終わったのである。 これまで追撃を指示しなかった儀弐王だがこの時ばかりは実行させる。元魔の森の土地故に一般人がまったくいない好機だったからである。 「兵からの報告まとめさせて頂きました。こちらになります!」 アヤカシの追撃は成功して最終的な討伐数に加算された。臣下からアヤカシ討伐率は約九割だと儀弐王に報告が入る。 残りの一割が理穴の国土に留まるのか、それとも別の地に移るのかはわからない。だが理穴の地に巣くうアヤカシは多めに見積もって数百に留まるはずである。 武天国の巨勢王に派兵を願った頃からすれば夢のような状況といえた。 (「まさに春はもうすぐといったところでしょうか」) そう考えると儀弐王は嬉しくて仕方がなかった。但しそれを彼女の表情から読みとれる人物は非常に少ない。 側に従える侍女達にも気づかれぬまま、儀弐王は心の中で喜びを溢れさせるのであった。 |