|
■開拓者活動絵巻
1
|
■オープニング本文 天儀本島の各地では行事として毎年節分が行われている。 人々の生活を脅かす『鬼』という存在は俗に『鬼族』とも呼ばれる『修羅』を指しているというのが定説だ。 天儀暦五百年頃、修羅は朝廷との戦いに破れて世界の表舞台から姿を消した。 朝廷に仇なす修羅を討つ歴史の一幕。その名残が豆撒きという行事に変化したと考えられる。 だが、理穴中部の山間にある酒谷村の酒谷神社では一般とは違う伝承が残っていた。それに沿って節分の行事にも違いがある。 酒谷神社の伝承とは八人の鬼がアヤカシから村を救ってくれたというものだ。故に豆を撒く際に叫ぶ言葉は『妖(あやし)は外。鬼は内』である。 「本当かねぇ。この神社は六百年前からあるって話は。今一信じられねえ」 「火事やらなにやらで建て替えはしているけんども、そうらしいで」 酒谷神社に村人達が集まって今年の節分をどうするのか相談する。 「そもそも酒谷神社の始まりは――」 神主によれば今年は酒谷神社が建立されて六百年目にあたる。そこで例年よりも盛大にやることとなった。具体的にはいつも村人がやっていた鬼役を開拓者に依頼する。 酒谷神社においての節分は、境内で鬼役がアヤカシ役を倒す寸劇から始まる。続いてアヤカシを倒してくれた鬼に村人達が感謝して神社内で馳走を振る舞う。宴の締めとして最後に豆を撒くという流れである。 鬼役を身体能力の高い開拓者にやってもらえれば、より派手な寸劇になるはずと村人達は考えていた。 「カイタクシャってどんななんだろ?」 「屋根をとびこえるぐらい朝飯前だってきいたよ」 特に村の子供達の期待は非常に高まる。 寸劇は子供達の間でとても人気が高かった。毎年節分が終わってしばらくは寸劇に倣ったアヤカシ退治ごっこで遊ぶらしい。 話し合いから数日後、村の代表者が風信器が建つ町まで出向いて開拓者ギルドに依頼する。ど派手な技で節分の行事を盛り上げてくれる開拓者を集めて欲しいと。 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
何 静花(ib9584)
15歳・女・泰
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
月詠 楓(ic0705)
18歳・女・志
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)
48歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●来訪 節分行事の二日前に開拓者一行は酒谷村を訪れる。 「お兄ちゃんとお姉ちゃんたち、もしかしてカイタクシャ?」 到着早々、村の子供達が声をかけてきた。そうだと答えると酒谷神社まで連れて行ってくれる。 一行は噂として村の子供達がアヤカシ退治の寸劇を心待ちにしているを知っていた。子供達の話しを聞きながら下手なものは見せられないと誰もが心の中で呟く。 「これは遠いところからよくぞお出で下さいました」 酒谷神社に着いた一行は神主と挨拶を交わした。村にとっても神社にとっても大切な行事なのでどうかよろしくお願いしますと頼まれる。 宿泊に割り当てられた部屋に荷物を置いた後は藁製の妖案山子を確かめに境内へと向かう。村を救ってくれた伝説の鬼の数に合わせて八体の妖案山子が並んでいた。 「私はこのでかいのがいいぞ」 何 静花(ib9584)が巨体・妖案山子の腹を軽く叩いた。 『ダメですよ。もー』 からくり・雷花は何静花が叩いたせいで傾いた巨体・妖案山子を焦り気味に支える。 『僕、劇をやるのは初めてだよ‥』 「打ち合わせ、ちゃんとしようか」 宮坂 玄人(ib9942)と人妖・輝々は戦いやすさから人型・妖案山子を選んだ。 『これは双頭の蛇のようなアヤカシでござるな』 「酒と蛇か‥‥。これでいこうか」 からす(ia6525)は土偶ゴーレム・地衝が気に入った双頭蛇・妖案山子にする。合体分離するように作られているので一体でアヤカシ二体分と数えるようだ。 「どうせなら派手にいこうではないか」 『なら、これでいいだろ。決まりだ』 鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)は羽妖精・ビリティスが乗っかった超巨体・妖案山子を見上げる。高さにして三メートルを越えていた。 「時間はありますので稽古をしておきましょう」 月詠 楓(ic0705)が選んだのは人型・妖案山子だ。鬼火玉・火焔には夜の稽古中に灯火になってもらうつもりである。 「こちらにいらっしゃいましたか」 一行が妖案山子を見学していたところに村人達が現れた。神社まで案内してくれた子供達がアヤカシを演じる村人達に一行の到着を報せてくれたという。 その日の夜遅くまで開拓者達はそれぞれのアヤカシ役の村人と相談する。 翌朝から段取りを決めての稽古開始。子供達を驚かせたいのでなるべくばれないように行う。それでも境内の片隅でこっそりと覗いている子供達の姿が見かけられた。 子供達の瞳の輝きで開拓者達は注目度の高さを肌で感じとるのであった。 ●鬼のアヤカシ退治 節分の当日。午前の早くから見物人が集まりだす。 今年は大々的にやるといった噂を聞きつけた近隣の村や集落の者も多い。正午を越える頃には境内が人で溢れていた。 神社の巫女達が寸劇の場所を確保するために縄で囲いを作る。こうして境内中央が寸劇の舞台となった。 寸劇の順番は相談で決められる。先に村人二名が順に鬼役を演じることとなる。 志体持ちの開拓者達と比べて迫力が見劣りしてしまうのはわかりきっていた。そこで村人二名は喜劇仕立ての鬼のアヤカシ退治を演じる。境内が笑い声で包まれ、場が温められた。 いよいよ開拓者の番。村人や巫女が扮した黒子達によって簡易な舞台が境内中央に整えられる。 「では行こうか」 『合点でござる』 角付きの鬼面をつけたからすと土偶ゴーレム・地衝が前へと進み出た。 設定は深夜で野外。村人一名が腹の底から出した大声で解説を入れてくれる。 「今晩は寒いな」 『熱燗が出来たでござる』 揺らめく焚き火の前で青鬼からすと赤鬼・地衝が酒を酌み交わす。からすと地衝の他にも人間役として村人三名にも参加してもらった。 楽しく酒を呑んで語らっていると、突然に青鬼からすが立ち上がってふり返る。 「なにやら茂みが騒がしいな」 その方角から蛇・妖案山子二体が焚き火へと近づいていた。案山子はアヤカシ役の村人二名が動かす。 「ここは任せて」 青鬼からすが人間役の三名を後ろに下がらせる。 『やるでござるよ!』 そして赤鬼・地衝がアヤカシを前にして立ち塞がった。大地を蹴った青鬼からすが赤鬼・地衝の肩の上に立つ。 「ヤアヤアお主ら、我を何と心得る。我等が盟友に傷をつける事は許さんぞ?」 『そうでござる!』 青鬼からすと赤鬼・地衝が啖呵を切る。 すると大きく首をうねらせながら蛇・妖案山子二体が合体。双頭蛇・妖案山子へと変化した。 そしてアヤカシ役の村人二名が双頭蛇・妖案山子が口から吐き出すが如く木製の円盤を投げて攻撃を開始する。 「これは瘴気の固まったものか。不用意に当たると大変なことになるぞ」 弓を手にする青鬼からすが六節と先即封の早業で次々と木製の円盤を矢で撃ち落とす。見物人から拍手喝采が沸き上がった。 『効かぬ、効かぬぞ!』 下となった赤鬼・地衝も大奮闘。逸れた円盤を盾と剣で受け流した。 円盤が切れたところでアヤカシ役の村人二名は案山子の側から離れる。 深呼吸をした青鬼からすが月涙にて弓射。薄緑色の輝きを纏った矢が双頭蛇・妖案山子の胴体に命中する。まるで円柱を通したように穴が空いた。 双頭蛇・妖案山子をまとめていた縄が解けて藁屑と化す。 「酒のツマミにもならんわ」 青鬼からすと赤鬼・地衝が両手を広げて勝利を示す。これにて双頭蛇・妖案山子の退治は終了。 二人とも拍手する観客に手を振りながら退場した。からすと地衝の名を叫ぶ子供もいたという。 「派手に行くか」 続いては何静花とからくり・雷花の出番となる。 何静花は修羅。角を二本生やして肌は赤褐色。何もせずとも堂に入っていた。 『観ている方々に注意してくださいね。特に子供には』 からくり・雷花は補助役として境内の端に置かれた巨体・妖案山子の側で何静花の寸劇を見守る。活躍の場はあるがそれは後半になってから。 「アヤカシ、来い!」 何静花は境内の中央で八極天陣の構えを見せた。大地に根を下ろしたような姿勢で身構える。 本来ならば瞬発力を持ってして驚異的な回避を行う技なのだが、敢えて何もせずに何静花はアヤカシ役の村人の攻撃を受ける。 巨体・妖案山子の大きさほどではないにしろ、まるで相撲取りのような体格の村人が張り手を咬まし続けた。 観客の中には無体な様子に目を逸らしたりする者もいる。しかし状況がわかってきて多くの者が何静花に釘付けとなった。 激しい攻撃を受けているにも関わらず何静花は微動だにしていなかったのである。 何静花が一瞬だけからくり・雷花に視線を送る。それを知ったからくり・雷花は巨体・妖案山子を持ち上げて何静花目がけて投げ込んだ。 その瞬間、何静花は村人に急接近。殴ったように見せかけながら押して転倒させる。 これは前もって決まった段取り通りであり、村人はそそくさと退散した。つまり落下中の巨体・妖案山子との入れ替えを示していた。 「はあっ! 爆砕拳っ!!」 何静花が天を突くように爆砕拳を放つ。巨体・妖案山子の腹に拳が当たると激しい爆発が発生した。 眼を見開く観客達。 再び宙を舞った巨体・妖案山子がからくり・雷花の元へ戻ってくる。それをからくり・雷花は突壊攻と呼ばれる剛の一撃で弾き飛ばした。 何静花の頭上に巨体・妖案山子がもう一度落ちてくる。今度は紅砲の拳をねじ込んだ。紅の波動が巨体・妖案山子に纏いながら天へと昇る。 何静花とからくり・雷花が大地を蹴って宙に飛んだ。交差しつつ繰り出された二つの蹴りによって巨体・妖案山子が破裂する。 『静花って子供好きですよね』 「そうか?」 藁の雨が降る中、何静花とからくり・雷花が観客達にふり返る。何静花は子供達がいる方へと多く手を振った。 観客からの賞賛の声はしばらく止むことはなかった。 (「村を救った八人の鬼‥‥同胞だとしても、本物だとしても尊敬するぞ」) もう一人の修羅、宮坂玄人は社の方角を向いて合掌してから境内の中央に進み出る。 寸劇は村を見回りしている際にアヤカシと遭遇する設定。人妖・輝々は青白い肌を持つ鬼、宮坂玄人を回復役である。 『こ、この村を好きにはさせないからねっ!』 緊張と興奮で顔を真っ赤しながら人妖・輝々は台詞を叫ぶ。 「しけた村の雇われ鬼が何を偉そうに。すべての村人の命を喰らい尽くしてくれよう」 アヤカシ役の村人は刀代わりの木刀を肩で担ぎながら高笑いをする。 「‥‥俺を怒らせたようだな」 宮坂玄人も殺陣の間は怪我がないように木刀を使う。相手が案山子になった後は愛刀と交換するつもりである。 さっそく剣劇が始まった。 『玄姉ちゃん、頑張ってね‥!』 人妖・輝々が神風恩寵の風を舞わせて宮坂玄人の回復をはかる。 宮坂玄人とアヤカシ役の村人は駆けながら木刀を交えた。そうすることでどの観客からも寸劇の様子を間近で観ることができるからだ。 互いに懐に入りつつも寸でのところで躱す。互いの攻撃を避けることで観客を魅了する。まるで演舞をしているが如く。 頃合いだと感じたところで人妖・輝々は前に出た。しなを作りつつ甘上手でアヤカシ役の村人の動きを鈍らせる。 その間に黒子役の村人が人型・妖案山子を運んできた。 ここで村人と案山子が入れ替わる。同時に宮坂玄人は木刀の背中に回してそっと地面に落とし、愛刀を鞘から抜いて構えた。 使った技は『紅焔桜』。『刀「丁々発止」』の刀身に桜色の燐光が纏う。 宮坂玄人が人型・妖案山子を斬りつけるたびに風に揺らぐ枝垂桜のような燐光が散り乱れた。女性観客達はその美しさに目が離せなくなったという。 止めの一撃を叩き込んだ宮坂玄人は人型・妖案山子に背中を向けて刀を鞘に収める。みるみるうちに人型・妖案山子が崩れて散り去った。 宮坂玄人と人妖・輝々の寸劇は幕を下ろす。 人妖・輝々は恥ずかしがりながらも手を振って観客の声援に応える。宮坂玄人も黄色い歓声を浴びながら一緒に手を振るのであった。 順番が回ってきた月詠楓は境内の中央に向かう途中で足を止める。 「もし、わたくしが万一アヤカシに負けてしまった時、アヤカシ退治をするのはあなたですからね。よろしくお願いします」 観客の子供達に微笑みながら声をかけた。中央へたどり着く前に鬼角と般若面で宮坂玄人は正義の鬼と化す。 かつて鬼に助けてもらった体験を持つ月詠楓にとって鬼角と般若面はとても大切なものである。 「お姉ちゃん、がんばれー!」 一人の男の子が叫ぶと他の子も呼応して声をあげる。 月詠楓は炎のような朱色の着物に身を纏いつつ『薙刀「茜」』を構えてサムライ姿のアヤカシに扮した村人と戦う。 アヤカシ・サムライが使うのは木刀。月詠楓の薙刀の刃には革の袋が被されていた。 押して戦い、時には引く。 村人が繰り出した突きを月詠楓は上半身の動きのみですべて躱す。境内に拍手喝采の雨霰が降り注いだ。 紅蓮紅葉を使い、紅い燐光を散りばめながら剣劇は続いた。 アヤカシ・サムライ役の村人もやられているばかりではない。月詠楓が円を描くように振るった薙刀を跳び越えて迫る。それを身を翻して月詠楓は避けた。 流れるような一進一退の攻防がしばらく続いた。やがて終演に差し掛かった頃、月詠楓は薙刀で村人の木刀を宙に飛ばす。 回転しながら高く空中に上がった木刀に多くの者の視線が引きつけられる。その間にアヤカシ・サムライ役の村人は退散。人型・妖案山子と入れ替わった。薙刀の革袋も外される。 「これで最後です」 月詠楓は上段に構えた薙刀を一直線に振り下ろす。すると藁で出来た人型・妖案山子は燃え上がった。 火を放ったのは鬼火玉・火焔の仕事。なるべく小さな火球を太陽を背にして放ったのである。 仕上げに月詠楓の肩を踏み台にして鬼火玉・火焔は高く跳躍した。自ら大爆発をして打ち上げ花火を演出してくれる。 「アヤカシ役の村人さんもお疲れ様でした、とても良い演舞でした」 月詠楓は寸劇の終わりに観客へお辞儀をする。そして何度目かの喝采を浴びながら境内の中央から去るのであった。 「ビリィよ‥‥角は本当にこれでいいのか? 皆のものとは形状が異なる様じゃが」 『おう! 指揮官っぽくていいだろ♪ ついでだ。色を塗る代わりに布を巻いておこう』 今一噛み合わない会話を交わしながらも、羽妖精・ビリティスによるテラドゥカスの飾り付け、もとい鬼への変装は続けられた。 月詠楓の寸劇が終わってテラドゥカスが取りとなる。 徹夜で作った小型の投石機が境内に現れると観客の中から驚きの声があがった。 投石機には超巨体・妖案山子に使われていた頭部や腕や足が取り付けられている。つまりこの投石機が仮想のアヤカシということだ。アヤカシ役の村人にはこの投石機を操作してもらう。 羽妖精・ビリティスはテラドゥカスの頭に乗って角を掴んだ。どうやら角を通してテラドゥカスをビリティスが動かしている設定らしい。 「アヤカシめ! この村を蹂躙するのはわしが許さん!」 テラドゥカスが投石機に向けて指をさす。 『ノリノリだな♪』 羽妖精・ビリティスが呟いたその時、投石機から飛んできた玉がテラドゥカスの腹へと命中した。破裂して爆音と煙を辺りにまき散らす。威力は控えめだが見た目だけはとても派手であった。 『行け、テラドゥカス!』 「おおっ!」 羽妖精・ビリティスがガチャガチャ角を動かすとテラドゥカスがゆっくり一歩前に出る。 投石機からの火薬玉攻撃は止むことなくテラドゥカスに次々と命中した。頭の上に乗っていた羽妖精・ビリティスも煤だらけになる。 「うむっ‥‥!」 演出としてテラドゥカスが大地に片膝をついた。その時、子供達の間から頑張っての声援が起こる。 『やべえ! しっかりしろ! ‥‥こうなったら斜め45度・改!』 いつの間にかテラドゥカスの背中に隠れていた羽妖精・ビリティス。片腕を伸ばしてテラドゥカスの後頭部にチョップを咬ました。 するとテラドゥカスは泰練気法・壱を発動。身体が真っ赤に染まる。引き続いて瞬脚で投石機との距離を縮めた。 観客からは驚愕の声が鳴りやまない。 テラドゥカスの頭に戻っていた羽妖精・ビリティスは叫んだ。『鬼神嵐撃ぃ!』と。 大きく跳んだテラドゥカスが投石機の上に乗って踏み壊す。その後は超巨体・妖案山子の主要部分を攻撃する。掬い上げるようにして拳で殴りつけて高く宙に浮かせた。 落ちてきたところをテラドゥカスは両腕でしっかり掴み、倒れる勢いで大きく身体を反らす。超巨体・妖案山子の上部が大地に叩きつけられる。 さらに放って地面に横たわらせたところで自らの身体全体で押し潰した。超巨体・妖案山子は内部に仕掛けられた火薬によって大爆発を引き起こす。 真っ黒に煤けたテラドゥカスと羽妖精・ビリティスが煙の中から生還する。 『あたし達の勝利だぜ!』 「そうだな!」 夕日の中、テラドゥカスと羽妖精・ビリティスは両腕をあげて勝利宣言。呼応する観客の声は長く境内に響き渡ったという。 ●宴と豆撒き 寸劇が終わった後は神社内の広間で宴が始まる。その頃には夜空に星が瞬いていた。 酒谷村は名が示している通り酒造りが盛んな土地。宴ではこれでもかと天儀酒が振る舞われる。 「酒が呑めない者もいることだしな」 からすは囲炉裏で沸かした湯で茶を淹れた。やがて結構な数の子供がからすの周囲に集まる。 からすのお茶を飲む子や土偶ゴーレム・地衝を不思議そうに眺める子など、行動は様々であったが。 「鬼ってなんだろ?」 「う〜ん。なんだろね」 お茶と一緒にご馳走を食べる兄妹が二人して首を傾げる。 「私が考える『鬼』というモノの認識についての話でもしようか」 からすは戯れに鬼とは何かを兄妹に語ってみせた。 鬼とは怪力乱神。つまりは常人には理解できない不思議な力を操るモノとされている。ヒトは理解できないモノに恐怖を抱き、時には悪と感じるものだ。 しかし鬼に金棒、鬼の霍乱、鬼の目などの諺にも出てくるように恐ろしいだけの意味ではない。とても力が強いといった例えにも使われている。 「仲間と認めたモノへの情は厚く、決して嘘をつかないという。酒を飲み、享楽的であるともいう。はるか昔から悪役を率先してやってきた存在だ」 からすの話を聞いた妹が大きく頷いた。 「それじゃあ、この村は鬼さんと仲良しなんだね」 妹のいうことに兄がその通りだと相づちを打つ。 「地衝は子供達のアヤカシ役にでもなるといい。いいね?」 『御意』 土偶ゴーレム・地衝はからすに上半身を揺らして頷いてみせる。帰りは数日後になるので当分は子供達の相手をすることになるだろう。 何静花は手酌で呑んでいると村人達が次々と集まってきた。本物の鬼、つまり修羅というのはそれだけでも酒谷村の人々の心に訴えかけるものがあるようだ。 「ありがや〜」 「いや、そういうのは」 老人に拝まれて何静花が少々困った表情を浮かべる場面もある。 『酒の肴におでんはどうでしょうか?』 「雷花は楽しそうだな」 割烹着姿のからくり・雷花がおでんの鍋を持って何静花の席に現れる。 『ついでに紹介してくれって頼まれたので連れてきちゃいました』 からくり・雷花の背中には男の子が隠れていた。男の子は開口一番『爆砕拳』を教えてくれと何静花に迫った。 『爆砕拳は危ないので真似しちゃいけませんよ』 再び困った様子の何静花を見かねて、からくり・雷花が間に入る。 「だってすごかったし。お姉ちゃんは何でいいの?」 『静花は危ないからいいんです』 男の子を前にしてきっぱりと断言した。何静花はからくり・雷花に『どういう意味だ!』と突っ込みをいれる。 結局、明日もう一度だけ見せる約束を何静花は男の子と交わす。 『うめえもんが一杯だな!』 「うむ」 テラドゥカスと羽妖精・ビリティスは一緒に鍋をつついた。熊鍋は臭みがきついかと思われたが、丁寧に処理されていてまったく感じさせない。 その他にも川魚の干物を出汁に使った山菜みそ汁は絶品。羽妖精・ビリティス主に食べに食べ、テラドゥカスは酒を呑みに呑んだ。 宴の締めは豆撒きである。かけ声は『妖は外。鬼は内』だ。 「妖は外。鬼は内!」 『鬼はうち!』 宮坂玄人と人妖・輝々は同じ升から豆を撒く。 「よい節分ですね。妖は外。鬼は内」 月詠楓は窓から外に向かって豆を投げた。高く宙に浮いた鬼火玉・火焔が篝火の代わりになってくれる。 『妖は外。鬼は内!』 「よし、ここは本気で!」 からくり・雷花が軽く豆をばらまく横で何静花は本気を見せる。豆を非常識なほどに遠投して周囲を驚かせた。 誰もが豆を撒きながらアヤカシによる脅威がこの世から少しでもなくなるようにと心の中で祈る。酒谷神社の宴にいた全員の想いは一緒であった。 |