【迎春】興志王応援の満腹屋
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/23 18:37



■オープニング本文

 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。


 神楽の都で行われる王様選挙の噂は天儀の各地を駆けめぐった。
 そして噂は伝えられていくうちに内容が変わってしまうことも。否、変わってしまうことの方が一般的。尾ひれはひれがつく程度ならばまだしも反対の意味になることも稀にある。
 そんなこんなで朱藩安州で宿屋と食事処を営む満腹屋にもしばらくして噂が伝わってきた。
「こぉ、こ、興志王様が大変なのですよ〜!」
 満腹屋一階に給仕の智塚光奈が息を切らせて駆け込んでくる。買い物途中で豆腐売りからとんでもない話を聞いたという。
 神楽の都で王様選挙と名付けられた人気を推し量る催しが開かれるのだが、実は言い出しっぺが朱藩国王の興志宗末だと。しかも興志王は俺が負けたら褌一丁で神楽の都の往来を逆立ちで歩き回ってやると啖呵を切ったらしい。
「わたくしが聞いたのとは違いますわ」
 光奈の姉、給仕の鏡子は近所の井戸端で別の話を聞いていた。
 興志王が言い出したのはその通りだが、優勝しならなければ今後一切銃砲を撃つのを止めるというものであった。
「俺が聞いたのも別だな。あの王様、負けたらハラキリするって叫んだそうな」
 板場からひょいっと顔を出した銀政もお喋りに加わる。
 どれが真実で嘘なのか。それとも真実は別にあるのか。どうであれ神楽の都で王様選挙が行われることは確かなようである。
「お得意さまが、いやわたしたちの国王様の一大事なのですよ! こうしてはいられないのです!!」
 いつもとは違う険しい表情で光奈が満腹屋を飛び出していった。
 二時間後、戻ってきた光奈は様々な約束を取り付けてくる。
「魚市場からは安州産の寒ブリ、野菜市からは大根を提供してもらえるのですよ〜♪ 米問屋の連合からは正月用に余ったお餅♪ どれも朱藩安州産なのです☆」
「光奈さん、それで何をするのかしら?」
「あ、説明を忘れていたのです。朱藩安州産の食材を使った寒ブリ大根のお雑煮を、神楽の都の道行くみなさんに食べてもらうのです。朱藩国の印象がよくなれば自然に興志王様の人気も上がるはずなのです☆」
「そううまくいくかしらね。でもやってみる価値はありそう‥‥かな?」
 智塚姉妹は協力して準備を整えることに。銀政も手伝ってくれる。
 寒ブリの扱いが大変なものの、銀政の氷霊結で氷を用意すれば数日程度は新鮮なままだ。
 光奈は開拓者ギルドで依頼の形をとって自分達が精霊門を利用出来るようにした。
 そして深夜零時。智塚姉妹と銀政は屋台と食材運び用の荷車を引いて久しぶりの神楽の都の大地を踏んだ。
「あ、こっちなのです〜♪」
 光奈が遠くに向かってくる人影を見つけて大きく手を振る。その者達は依頼で手伝いをお願いした開拓者達であった。


■参加者一覧
奈々月琉央(ia1012
18歳・男・サ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
三条院真尋(ib7824
28歳・男・砂
火麗(ic0614
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●寒ブリ大根雑煮の味
「集まってくれてありがとうなのです☆ 心強いのですよ〜♪」
 手を振る光奈の元へと開拓者七名が駆け寄る。
 深夜に神楽の都の精霊門近くで合流した一同は大通り沿いの空き地へと足を運んだ。ここが雑煮振る舞いの中心地になる。
 安州から牽いてきた荷車二両には調理道具の他にこれでもかと食材が積み込まれていた。また組み替えることで調理台へと変身する。寒ブリを捌いても余裕の広さだ。
 炊き出しの形で雑煮を配る予定だが、光奈は椅子や卓も用意するつもりである。すでに手配は済んでいた。
「とにかく寒いな。暖まるためにも早くやろう」
「設営は大変だね」
 奈々月琉央(ia1012)とフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が白い息を吐きながら急いで熱源を確保しようとしていた。
 まずは大鍋を吊せるように細めの丸太を地面に刺し、上部を交差させて針金で結ぶ。周囲に転がっていた小岩で真下を囲んで簡易な釜戸を作り、火を熾して薪へと移す。
「先に雑煮の汁を作らなければ始まりませんわ」
「水は井戸からって話だったな」
 鏡子と銀政のいう通り、雑煮の調理に水は欠かせない。空き地に水源はなく、五十メートル先の井戸から運ぶ必要があった。
「深夜なので滅多に人は通りませんし、最初の水はアーマーで運んだらどうでしょう? 私はロートリッター弐を持ってきていますので」
「それはよい考えじゃの。我輩のてつくず弐号はいつでも万全じゃ」
 フィーネ・オレアリス(ib0409)とハッド(ib0295)は、それぞれのアーマーを起動させて大鍋を二つずつを腕に下げた。
 深夜なのでなるべく静かに。アーマー二機が差し足抜き足忍び足で井戸を目指す。
「寒ブリも大根もお雑煮も、どれも美味しい季節よね。特に寒ブリが楽しみだわ」
「何はともあれ、美味い飯を紹介するのにためらう必要はないわね」
 井戸の側で待機する三条院真尋(ib7824)と火麗(ic0614)が水を汲み上げる。アーマー二機が運んできた大鍋や樽を満水にした。
「なんだかこういう遊びをしているようですね‥‥」
「おっとっと〜。水程度を満足に運べんで王といえよ〜か」
 フィーネとハッドは水を零さないようそれぞれにアーマーを繊細に操縦。動きがちょっとだけ滑稽であったが、アーマー二機のおかげで大鍋五つと樽三つ分の水が三十分程度の時間で空き地まで運び終えた。当分はこれで十分である。
「調味料の不足はなしっと♪ あ、ちょっとだけお醤油を買い足した方がいいかな? ラヴィ、木箱の中のお餅はいっぱい詰まっていた?」
 紫上 真琴(ic0628)は羽妖精・ラヴィと協力して食材と調理道具がすべて揃っているかどうかを点検する。こういった些細なところに落とし穴が潜んでいることを紫上真琴はよく理解していた。
 準備は整ったが、がむしゃらに調理をすればよいのではない。出来上がった料理には食べ頃があるので常に人の集まりを考慮する必要がある。
「まず最初は光奈さんたちに作ってもらって、それを基準にさせてもらいましょう」
 味の統一をはかるためにも満腹屋一同から実際の調理手順を教えてもらおうとフィーネが提案した。そこで振る舞い用ではなく、仲間のための朝食分を先に作ることとなる。
「寒ブリは‥‥口で説明するのはうまくねぇから、すまねえが見て覚えてくれるか?」
 銀政は氷の粒が敷き詰められた木箱から大きな寒ブリを取り出し、調理台のまな板の上へと寝かせた。次に長物の包丁を手に取った。
 元々、包丁捌きの腕に自信がある開拓者が多かったので一度見れば余裕である。
 捌かれた身のうち、カブトとエラ周辺のアラが最初に使われる。どちらもよく洗い、炎で炙って臭みを消す。その上で昆布と一緒に大鍋へ入れて出汁がとられた。
「大根のかつらむきはこんな感じなのです〜♪」
 普段満腹屋で給仕をしている光奈も包丁の扱いが上手。さすが食事処の娘といったところである。
「お餅は焼く行為そのものよりも、列ぶ神楽の都のみなさんがどれだけいるのかを判断するのが難しいわ」
 鏡子は雑煮の鍋が仕上がる頃合い見計らって七輪で餅を焼いた。雑煮の汁作りとは別の意味で難しいのが焼き餅の準備である。
 しばらくして雑煮が出来上がった。椀によそられた寒ブリ大根雑煮が仲間全員に配られる。
 迅鷹・蒼空、甲龍・LO、駿龍・ちひろ、駿龍・早火にもブリの身がお裾分けされた。それぞれの好みで生と茹でを選んで食べている。
 紫上真琴と羽妖精・ラヴィは一緒に雑煮を食べることにする。ちなみに二人の服は大きさこそ違っていても同じ意匠で給仕用に拵えられたものである。
「はい、どうぞ。え? ブリの身から食べたいなんてラヴィも舌がこえてきたわね♪」
 紫上真琴が箸で摘んだブリの身の端を羽妖精・ラヴィが囓った。とっても美味しかったようで二口三口と続いた。
 紫上真琴もせっかくなのでブリの身から味わう。ものすごく脂がのった濃厚な味に両の瞼をぱちくり。すぐさま食べ終わって二杯目を頂いた。
「これだけ旨ければ嘘偽りなく宣伝に力もはいるというものだ。食い物で客寄せというなら、この匂いを活かすしかないな」
 先に椀から汁を飲んだ奈々月は確信した。漂うこの美味しそうな匂いは人集めの武器になると。
「寒ブリ大根雑煮がよく出来ておる。これで応援してもらえるとはコゴシんも幸せものよの〜♪」
「ハッドさん、お代わりどうぞ〜♪」
 三杯目を頂くハッドはブリの身で頬を膨らませた。光奈もすでに二杯目。これから忙しくなるのでたくさん食べて英気を養う必要があった。
「こちらに野菜などを加えてお鍋にしたいぐらいに美味しいですわね」
 少し濃い目の味付けが満腹屋の持ち味なのだとフィーネは考えながら食べる。一杯でも満足感を味わえるのが満腹屋料理のよいところだ。
「この雑煮を食べたら興志王は喜ぶだろうね」
 フランヴェルはある土地のために繁茂の宝珠を貸してくれた興志王へ恩を感じている。
 それがこの依頼に参加した理由の一つ。但し、王様選挙の一票は綾姫にと心に決めていた。
「ちょっと寒いけど、光奈さんと真琴ちゃん食べる?」
 三条院は寒ブリの身を銀政から分けてもらって刺身にしていた。
「寒くても美味しいお刺身は別腹なのです☆」
「光奈さん、なんか変♪」
 光奈と紫上真琴は数切れずつ寒ブリの刺身を頂いた。刺身を軽くつけた醤油の上に虹色の油膜が広がる。素晴らしい寒ブリの刺身である。
 ずるいとせっつかれて紫上真琴は羽妖精・ラヴィにも刺身を食べさせてあげた。
「せっかくなのでこういうのも作っておいたわ」
 火麗がお盆に乗せて運んできたのは賄いの丼飯である。
 寒ブリの中落ちを醤油、みりん、酒のタレで漬け込む。それを丼によそったご飯の上に乗せてアラ出汁をかけたものである。
「これは力が出るな!」
「やはりご飯ものがあると違いますわ♪」
 最初に頂いた銀政と鏡子の評判は上々。みんなも喜んで食べてくれる。
(「他にもなにか出せればな」)
 賄いの丼飯を食べ終わった奈々月は現場を見回す。現状では他の料理を作る余裕はなかったが、何とか出来ないかと。
 人心地ついたところで全員が立ち上がる。早朝に合わせて本格的な準備に取りかかるのであった。

●大行列
 寒ブリ大根雑煮作りの他にも、こっそりと興志王応援を仕掛けた者もいる。
「これならコゴシん推しだとイメージするはずじゃ。こっそり刷り込み作戦じゃの〜♪」
 ハッドは興志王の錦絵が貼られた王様選挙の看板の後ろにアーマーのてつくず弐号を立たせておいた。
 てつくず弐号は現在真っ赤。
 朱藩国を感じさせる超大型飛空船『赤光』と同じ濃いめの赤色を依頼前に塗っておいたのである。さらに砲術士を想像させるアーマーマスケットを片手に持たせてあった。
 さらに振る舞いが始まったのなら、もう片方の手には『満腹屋、雑煮ふるまいます』の大きなのぼりを握らせるつもりでいた。
 三条院も興志王応援を仕掛けた一人である。
「これくらいの大きさなら許されるわよね」
 三条院は『興志王様応援』と綴った小さな長細い紙を空き地の様々な場所に貼っておいた。調理台の隅など目立たぬところに。
「久しぶりー」
「元気してましたか〜♪」
 夜明け直前、光奈の友達が卓と椅子を荷車に載せて持ってきてくれる。手が空いていた者で空き地に並べて設営がすべて整う。
 朝日が昇る頃には大鍋二つ分のお雑煮が仕上がった。
「この味なら大丈夫だな。さっきのよりもいい出来かも知れん」
「ばっちりなのですよ☆」
 銀政と光奈が味見をして本番の寒ブリ大根雑煮に合格を出す。
「太陽が昇って、これで街の人にも見えるようになった。頼んだぞ」
 奈々月の腕から飛び立った迅鷹・蒼空の足には垂れ幕が取り付けられている。『朱藩のブリ大根お雑煮、ただ今振る舞い中』と。場所についても触れられていた。
「うまそうな香りだな。何やってるんだ?」
「朱藩のお雑煮を無料で振る舞い中だ。寒ブリと大根が入っていてとても旨いぞ」
 奈々月は道ばたで目が合った夜勤明けで眠そうな職人風の男に雑煮を勧める。腹が減っていたようで職人の男はそのまま空き地の中へ。雑煮振る舞いの第一号となった。
「お餅はお椀の中へっと♪」
 紫上真琴は羽妖精・ラヴィがよく焼けていると指さしたお餅を椀の中へ移す。その椀はフィーネに手渡された。
「朱藩の食材で作ったお雑煮ですわ。寒ブリと大根がたっぷりですわよ。どうぞ、『朱藩』のお味、お召しあがれ♪」
 フィーネは朱藩を強調しつつ職人の男に割り箸とお椀を一緒に手渡す。
 寒かったようで職人の男はまず椀から汁を啜った。すると落ちかけていた瞼が開いて冴えた瞳になる。割り箸を口に銜えて摘んだ指で引っ張って二つにし、具を食べ始めた。
 一滴も残さず食べ終わるまで職人は無言であったが、最後に『うめえぇ!』と『ごちそうさま』をいって機嫌良く去っていった。
 それから少しずつ人が増えて列びが出来るようになる。次の雑煮作りもそうだが特に忙しくなったのは餅を焼くことである。
「大急ぎで残り三つの七輪にも炭を熾して参りますわ」
 それまで三つの七輪で餅を焼いていたが、鏡子はもう三つ増やそうとする。
 七輪の前では紫上真琴と光奈が網の上にぎっしりと並べられた餅を忙しくひっくり返していた。
「目が回りそうなのですよ〜!」
「光奈さん、ここで倒れたら危ないよ」
 列の状態や雑煮の配り具合は羽妖精・ラヴィが教えてくれる。光奈と紫上真琴は餅を焼くのに集中し続けた。
 しばらくして七輪が全部で六つになり、鏡子が餅焼きに復帰してくれたことでかなり楽になる。
 しかし別の問題も発生した。列への割り込みが見かけられるようになったのである。
(「これはまずいな」)
 注意だけでは間に合わないと判断した奈々月は仲間が連れてきた龍達に手伝ってもらった。
 列に沿って龍達に寝転がってもらうだけだがこれが効果覿面である。割り込む者は皆無となり、ついでに風よけにもなって龍達は列の人々に感謝された。
 そして新たな呼び込みと列ぶ人々への余興の意味も含めて、庖丁人達が寒ブリを捌く。
「ブリを見事に捌いてみせよ〜ぞ。我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世だそよ!」
 長尺の包丁を手に取ったハッドは勢いよくブリのカブトを落とす。
「ここからが本番じゃぞ!」
 刃についた脂を天儀紙でさっと拭ったハッドは先程よりも速度を増す。ヒレなどの余分な部位を一瞬で切り落とし、切り身や柵にまで一気に仕上げた。
「うけたようじゃな〜♪」
 ハッドは拍手喝采を浴びながら次の庖丁人と交代する。
 二番手はフランヴェル。彼は技の二天を使用し、両手それぞれで包丁を握りしめる。
「秘技・無明包丁の舞い!」
 さらに柳生無明剣で刃を分身させながらブリを捌いていった。丸の寒ブリが瞬く間に形を変えていく。
 派手な姿を見せつつもまな板の端に並べられた切り身や柵はとても綺麗。ついつまみ食いをしてしまいそうなほどの艶を纏っていた。
 空中に放り投げた大根を輪切りにする技も披露したところでフランヴェルの番は終了となった。
 三番手は火麗である。銀政との二人三脚で効率的にブリを捌いていった。
「単純に塩焼きにしたカマも随分と酒に合うんだよね」
 時折、冗談で見ている人々の笑いを誘いながら包丁を振るう。
 ちなみに余分なカマやカブトの一部は氷の粒が詰まった木箱へと戻される。振る舞いが終わったら火麗の希望通りに塩焼きに。つまりは酒の肴になる予定だ。
「それではブリを捌かせて頂きますね」
 配膳をしていた三条院も包丁を手に大勢の前へと立った。
「ブリの解体ショーはとても楽しみにしていたんだよね」
 休憩時間の紫上真琴は羽妖精・ラヴィを肩の上に乗せて見学する。三条院のよどむことのない包丁の刃がブリの身を次々と切り離していく。
「あっ!」
 ブリのかぶとがまな板の上を転がって地面へ落ちそうになる。だが羽妖精・ラヴィが寸でのところで支えて見事防いだ。
「ありがとう、ラヴィさん」
 三条院に感謝された羽妖精・ラヴィは照れながら紫上真琴の元に戻る。これを切っ掛けにして三条院が目で合図を送り、紫上真琴がそれに応えた。
「さあ、こちらの脂がのった身がお雑煮に入りますからね。かぶとの一部やカマの部分は出汁に使われますよ〜♪」
 紫上真琴の口上に合わせて三条院の包丁も冴え渡った。盛況の中、紫上真琴曰くブリの解体ショーは終わりを迎える。
 一時は混乱した配膳だが今はとても順調である。
「興志王のこと応援してるからな!」
「ありがとうございますね♪」
 給仕を続けていたフィーネは都の人々の声を直接聞ける機会が多かった。雑煮の振る舞いが功を奏しているのを実感する。
(「残り三時間といったところでしょうか‥‥‥‥えっ?!」)
 昼を過ぎた頃。残りの食材から終わりを逆算していたフィーネは、ふと列びの最後を眺めた。
「お嬢さん、朱藩安州の美味しいお雑煮をどうぞ♪」
 真っ白なスーツ姿で給仕を手伝っていたフランヴェルにフィーネが耳打ちする。彼もまた最後尾の人物を知って驚くのであった。

●突然の来訪
 給仕の場をフランヴェルに任せたフィーネは急いで餅を焼いていた光奈の元に駆け寄る。
「休憩中すまないのですけど、餅焼きを頼みたいのですよ!」
「光奈ん、焦ってどうしたのじゃ? 構わぬが」
 光奈は近くで休んでいたハッドに餅焼きを交代してもらう。そして配膳の卓に戻ったフィーネから蓋をした椀を受け取る。目立たぬように小走りで最後尾に列んでいた男の側で止まった。
「ちょっとこっちにお願いしますです☆」
「ん?」
 いつも朗らかな光奈だが、このときばかりは演技がかっていたかも知れない。とにかく人気のない裏路地へと男を連れて行った。
「な、なぜ王様がここにいるのです?」
 光奈やフィーネ、フランヴェルが驚いたのも無理はなかった。雑煮をもらおうと列んでいたのが興志王だったからだ。
「何って散歩してたら、いい香りが漂ってきてよ。回りの者に聞いてみたらここで雑煮を配っているっていうじゃねぇか。しかも朱藩安州のだって。まさか満腹屋の出店とは思わなかったぜ。いや出店じゃなくて炊き出しって感じか、この場合」
「‥‥実はこっそり選挙で王様を応援するつもりだったのですよ。そ、そこに王様が現れてしまったら‥‥コホン。お願いしますです。この場は引いてもらえるととっても助かるのです」
 興志王は殊勝な光奈の気持ちを受け入れた。その他、いくつかの光奈の質問に答える。
「ちょっと冷めちゃったけど食べて欲しいのです」
「これか‥‥。うん、さすが満腹屋だ。あっぱれな味だぜ」
 光奈が持ってきていた寒ブリ大根雑煮を飲み干すように食べた興志王はすぐにその場を立ち去った。
 光奈はふらふらな足取りで空き地へと戻る。そして知り得た情報を仲間達に報告した。
 興志王が選挙で負けたらいろいろとやるといったのはどれも嘘。本人から聞いたのでまず間違いなかった。
「しかし興志んが歩いていたら誰もがわかりそうじゃがな〜」
「あのギンギラの格好が目立たないはずはないですから、まさか本物の興志王様だと思わなかっただけだと思いますわ。安州に住まう者ならそういう方だと知っていますが、ここは神楽の都ですし」
 首を傾げるハッドの疑問に鏡子が想像で答えた。それはおそらく正しいと側で聞いていた誰もが納得する。
「まだまだ寒いからな。少しでも暖かくなってももらえればと。日が暮れるまでは続けたい。甘酒はどうだろうか?」
 雑煮の振る舞いが最後の大鍋になった頃、奈々月が甘酒はどうかと仲間達に提案する。反対する者はいなかった。食材は現地ですぐに揃う。
 雑煮が食べられなかった人々には甘酒を楽しんでもらった。
「光奈さん、興志王様のことは大変だったわね」
「あ、ありがとうなのです〜」
 三条院は疲れ切っていた光奈の肩を揉んであげた。やがてカラスの鳴き声と共に日が暮れる。
 満腹屋による雑煮の振る舞いはこれにて終了した。

●王様選挙
 満腹屋と開拓者の一同は一晩を神楽の都の宿で過ごす。
「くか〜」
「むにゃむにゃ‥‥」
 光奈と鏡子は疲れて昼まで泥のように眠っていた。
「もう少し寝かしてやってくれ」
 その点、銀政は元気。なんだかんだといって志体持ちだからだろう。
 遅い朝食を頂いた後、一同は王様選挙の投票に出向いた。誰に入れたかはそれぞれ内緒である。
 三条院、紫上真琴、火麗はその後三人で神楽の都を散策する。
「晩酌で頂いたあのカマの塩焼きは最高だったねぇ。そういえば昨日、休憩から戻ってきてからの急がしさったら凄まじいものがあったね」
 火麗は瓢箪水筒に入れた酒で喉を潤しながら隣を歩く三条院に振り向いた。
「あのときは雑煮を作りながら接客していましたわ。人の混雑を事前に読むのは難しいですわね」
 三条院は昨日の今頃の忙しさを思い出す。一般人の光奈や鏡子があれほど疲れたのも道理である。
 しばらく歩いてから三人は一軒の茶屋で一休みした。
 火麗は地酒を頼み、三条院はお汁粉を頂く。紫上真琴は羽妖精・ラヴィが選んだ御手洗団子を一緒に食べながら街の人々の会話に耳を傾ける。
 隣の恋人同士らしき二人が王様選挙を話題にしたので紫上真琴は聞いてみた。男性は巨勢王、女性は綾姫に入れたようだ。二人とも武天出身らしい。
 正直にいってどの王様を選べばよいのか、開拓者として日が浅い紫上真琴にはわからなかった。なので先程は投票していない。だが帰りにもう一度寄って投じるつもりである。
「ねぇ、ラヴィは誰がいいと思う?」
 紫上真琴に話しかけられた羽妖精・ラヴィは団子を喉に詰まらせる。背中を指先で弾いてもらって事なきを得るのであった。