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■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 剣と魔法が織りなす世界『ジ・アース』。 時代は中世。この世界に存在するパリの街はノルマン王国の首都である。 地上と繋がった地獄において繰り広げられたデビルと戦争に勝利したノルマン王国は比較的平和な状況にあった。わずかに残ったデビルによる事件は未だ起きていたが極わずかに。地方貴族の小競り合いはあったものの、大きな戦争も起こっていない。 冒険者ギルドでは日常の問題を解決する依頼が増えていた。 「ふ〜、今日もたくさんの依頼があったのです〜♪」 ある日の夕方。冒険者ギルドの受付嬢、シーナ・クロウルは就業時刻となった。ちなみに冒険者ギルドは八時間勤務の三交代制である。 途中、馴染みのシュクレ堂でパンを買い求めて帰宅。家にあったソーセージを主な具にして鍋を作って夕食とする。 (「お刺身しばらく食べていないのです。そういえばクリスマスも終わってもう年明けなのですよ。ジャパンはお正月を盛大に祝うらしいですけど‥‥。羊さんでも数えて眠‥‥」) ベットに入ってしばらくするとシーナは眠りに就いた。 夢の中でテーブルに置かれた艶々の丸焼き肉を取り分けようとフォークとナイフを手に取る。皿に取って美味しそうな肉を一切れ食べようとしたときに目が覚めた。 「ここは‥‥どこなのです?」 シーナが目覚めた場所は自宅のベットの上ではなかった。ジャパンで使われている畳の上に敷かれた布団の中である。 「ここはジャパンなのです? いつの間にか誰かに月道で運ばれちゃったのかな?」 窓の戸板を開いてみれば眼下に瓦葺き屋根の建物が建ち並ぶ景色が広がる。この部屋は二階に存在していた。 腕を組んで考えてみるが答えは出ない。やがて壁の一部に見えた綺麗な板が横に引いて開けるものだと気がついた。 シーナは襖を開けて廊下に出てみる。やはりどう見ても自分の家ではなかった。 「おはようございますです☆ お早いお目覚めですね」 「あうっ?」 自分とそっくりな声がして振り向いてみれば、そこには若い娘が立っていた。名前を訊いてみれば智塚光奈というらしい。 「あの、つかぬ事を聞きますけれど、ここはジャパンのどこなのです?」 「ジャパン? ジャパンではないのですよ。安州なのです☆」 「安州、それは国の名前なのです?」 「あ、ごめんなさいなのです。詳しくいうと天儀本島の朱藩国の首都、安州なのですよ。で、うちは二階が宿屋で一階は食事処の満腹屋なのです☆ ですのでもうすぐ暖簾がかけられるので食事は一階でお願いしたいのです〜♪」 「てんぎ? しゅはん?」 シーナの奇怪な質問に光奈は疑いもせず答えてくれた。おそらく寝ぼけていると思ったのだろう。 光奈の説明が理解出来ずにシーナが混乱していると、いくつかの部屋から叫び声が聞こえてきた。 まもなく廊下に飛び出してきたのはシーナがよく知る冒険者達。どうやらその者達も寝ている間にこの地へ運ばれたようだ。 一同はシーナが休んでいた部屋に集まって話し合う。 普段使っている服や装備については各自が寝ていた部屋の片隅にある。また何故かこの地で使えるお金がたくさん含まれていた。 「宿賃から考えるとそれぞれ一年は豪遊しても暮らせそうなお金を持っているのです。数日間はこの満腹屋を拠点にしてこの街、いやこの世界がどんなところなのか調べてみるのがいいと思うのですよ」 シーナの意見にみんな賛同してくれる。さっそく着替えて安州の街中へと繰り出すのであった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
日御碕・かがり(ia9519)
18歳・女・志
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
デニム・ベルマン(ib0113)
19歳・男・騎
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
岩宿 太郎(ib0852)
30歳・男・志
ユリゼ(ib1147)
22歳・女・魔
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●安州 満腹屋一階の料理は夕食に頂くとして、一同は智塚光奈に安州を案内してもらう。 軽く朝食を食べてから各々の自由行動となる。ちなみにシーナは食べ歩きする気満々でいた。 (「この街はやはり‥‥空気が違いますね」) 三笠 三四郎(ia0163)のもう一つの姿、パラディンの三笠明信は見下ろすように街を眺める。ジャイアントの彼は身長二メートルを軽く超えていた。 「あぶないのです!」 「おっと。助かりました」 光奈のおかげで三笠明信が看板を避ける。 彼は満腹屋でも何度か梁などに頭をぶつけてしまっていた。腕を伸ばせば二階の屋根に登るなど造作もない感じである。 「えと‥なんだか不思議な気分ですね〜」 日御碕・かがり(ia9519)のもう一つの姿、鳳・双樹はデニム・シュタインバーグ(ib0113)と腕を組んで歩く。 (「見知った方も多いし、これ以上心配するのはよそう」) デニムは満腹屋での出来事を思い出していた。見知らぬ部屋を飛び出し、廊下で見つけた鳳双樹を強く抱きしめたことを。 今は鳳双樹が横にいる。ここがどこであろうとそれだけでデニムは幸せであった。 「ジャパンのようでそうではない‥‥うむむっ〜」 「アトランティスみたいな新しい世界なのかもですよ、シーナさん」 シーナとアーシャ(ib0054)は一緒に街の景色を確かめる。 建物の殆どは木造で瓦葺きの屋根。商店らしき建物の出入り口には変わった形の看板が多い。 道ばたで商売をしている人もたくさんいた。肩にかけた天秤棒で品物を運びつつ、笛やかけ声で人集めをしている。 道行く人々を眺めて獣人などを知り、アーシャはそれまで被っていた帽子をとって尖った耳を露わにする。 (「この白くて四角いのは一体‥‥。ここがジャパンではないなんて不思議な所へ迷い込んだものです‥。パリへ帰るためにも、まずはこの街を調べてみましょうか」) 豆腐売りの桶の中を覗き込んだリディエール・アンティロープ(ib0241)は男性。しかしこの世界に来てから自分は女性ではなかったのかと一瞬戸惑うこともあった。 もちろんそれは錯覚。瞼を閉じれば妻や子供達の笑顔がすぐに思い浮かべられる。 「江戸村でもないよな‥‥。それにしても徹夜が響いたか‥俺も歳かなぁ」 岩宿 太郎(ib0852)のもう一つの姿、ロックフェラー・シュターゼンは腕を組みながら一番後ろを歩いていた。 「やめやめ。まあ、パリに住んでいたら不思議な体験もするだろう。こうなったら冒険者的に楽しむか!」 大分遅れていたロックフェラーが走って仲間達の最後に追いつく。するとユリゼ・ファルアート(ib1147)と目と目が合う。 「どうやら吹っ切ったようね。私もそうしたわ。精霊のいたずらで別世界に来たのかも。楽しんでいきましょ♪」 ユリゼは元気を取り戻したロックフェラーとしばらくお喋りを楽しむのだった。 「ここがお勧めなのです☆」 やがて先頭の光奈が一軒の店の前で立ち止まる。 「貝と魚が彫られた看板。ここは‥‥どうやら魚介料理を出す店のようさね」 戸隠 菫(ib9794)のもう一つの姿、ライラ・マグニフィセントは光奈に続いて店の暖簾を潜った。 「安州といえばお魚料理なのですよ〜♪ 変わったものばかり出している満腹屋のわたしがいうのも何なのですけど☆」 全員が卓についたところで光奈が壁に貼られているお品書きを指さす。 「えっと、この料理って、もしかしてお刺身だったりします?」 「なのです☆」 シーナの希望はたくさんのお刺身。何故か心が通じ合った光奈は朝っぱらから舟盛りを注文した。 「あう‥‥うっっ‥‥」 どでーんと現れた舟盛りを前にしてシーナが号泣しだす。 「し、シーナさん?! どうしたんですか?」 「お肉の友よ。こんなに美味しそうな山盛りのお刺身なんて、夢のようなのです‥‥」 ハンカチを取り出しつつ鳳双樹が訊ねると、どうやらシーナは嬉し泣きのようだ。刺身を食べるたびに笑顔に変わっていく。 「気持ちはよくわかるさね。見知らぬ土地でこんな状況なのに新しい菓子が見つかりそうで、わくわくしてるんよ」 ライラはお菓子職人としての血が騒いでいた。 「俺もそうだ。道行く人が刀を持ち歩いているってことは鍛冶屋がいるってことだからな。それに空飛ぶ船も浮かんでるしな! 不思議すぎるぜ」 迷いを捨てたロックフェラーは好奇心で満ちあふれていた。 「ジャパンとよく似ているけれど、薬草がどうなのかも気になるわ。ね? リディエールさん?」 「そうですね。私も薬草師だからとても興味があります」 ユリゼとリディエールは薬屋を訪ねることにした。郊外を散策したいところだが、季節は冬のようなので樹木以外にはわからないと判断したのである。 生魚が苦手な者達は煮付けや魚介鍋を注文していた。 ユリゼはお品書きにあった焼きカニを頼む。卓の火鉢の上では甲羅を半剥きにしたカニが焼けていた。 「とっても美味しい♪ そうだ、アーシャさんも食べる?」 「ちょっ、二十数えるだけ待ってくださいね〜」 ユリゼに焼きカニを勧められたアーシャは冷や汗をかきつつ筆を紙の上で走らせる。 せっかくの機会なので絵の形でこの地の様子を残しておきたいと考えていたのである。ささっと描いてからアーシャも焼きカニを頬張った。 「どう? 私は気に入ったんだけど」 「おいしいです! こういう食べ方もあるんですね。ドレスタットなら似たようなカニが手に入るかな?」 ユリゼとアーシャは焼きカニに舌鼓を打つ。 「シーナさん、私ね? デニムと婚約したんです」 「おめでとうなのですよ〜♪ とってもめでたいのです〜♪」 デニムと並ぶ鳳双樹はシーナに指輪を見せながら満面の笑みで報告する。 「今は緊急の事態なんですけど、なんだか一足早い結婚旅行のような気がして仕方がないんです。双樹ともさっきそう話していたんですけど」 デニムはシーナに鳳双樹とのことを照れながら話す。 「お肉の‥‥いや、双樹さんはわたしの大事な親友なのですよ。どうか二人で幸せになってください」 ちゃんとしたお祝いはパリに戻れてからということで、シーナは二人のためにアンコウ鍋を注文した。 何故、アンコウ鍋かといえばパリ在住でジャパン出身の川口花から絶品の味だと聞いていたからである。 アンキモたっぷりの鍋はとても美味しかったようで、鳳双樹とデニムはとても喜んでくれた。 ●食べ歩き 魚介類を出す食事処を出たシーナ達は安州周辺を散策する。 ライラ、アーシャ、リディエールは特別に行きたい場所があるというので集合場所を決めた上で別行動をとっていた。 「焼き鳥、一本ずつお願いするのです☆」 朝食を食べたばかりだというのにシーナの胃袋は旺盛なまま。屋台で次々と買い求めた。彼女曰く、食べ歩きは別腹らしい。 「太りそうですけど‥‥。ええいっ、ままよ!」 アーシャもぱくり。シーナにつられて同行する者達もかなりたくさん食べていた。 お団子にカラメル焼き。天ぷらに寿司。鰻の蒲焼きなどなど。 さすがに一人で全部は食べきれない。みんなで一口ずつ試食をして楽しんだ。後日、気に入った料理をそれぞれ楽しむことだろう。 「あそこに見えるのが飛空船基地なのです☆」 光奈が指さした海岸線付近にはたくさんの建造物が並ぶ。安州の街に隣接するように国王肝いりの飛空船基地は存在していた。 実際に近づいてみれば建物と思っていたいくつかが大型飛空船だと判明する。平地に着陸している船もあったが、多くは堤防で囲まれた海域に着水していた。 「何だ、あの大きさは!」 「普通の船としてもかなり大きいのに、それが空に浮かぶなんて」 ロックフェラーとデニムは超大型飛空船『赤光』の雄姿に大興奮状態である。 アトランティスにも似たようなものがあると知っていたが、まさかジャパンそっくりの土地で見かけるとは驚くことしか出来なかった。 「ん? この鳴き声は」 三笠明信も赤光を眺めている足下からうなり声が聞こえてくる。 下を向いてみれば野良犬である。どうしたものかと屈んでみれば、キャンキャンと負け犬となって逃げていってしまった。 「ジャパンだけでなくどこにも野良犬はいるようですね」 三笠明信は恐れられるのかよく動物に吠えられる。振り向いてみれば、犬の他にも四つ足の知らない生き物が不思議そうな眼で三笠明信を見つめていた。 白い四つ足は三笠明信と目が合うと、みるみるちに表情を強ばらせて逃げていってしまった。 「あの『もふ〜!』って叫びながら走り去っていったのはなんなのでしょう?」 「もふらさまなのですよ。実は言葉も話せる神様なのです☆」 「神様? 牛のように神聖な生き物なのですね」 三笠明信の疑問に光奈が答えてくれる。 労働力として牛や馬の代わりもしてくれるが、普段は神様として敬われている存在らしい。 「あれ?」 アーシャは遠くから近づいてくる人物に気づいて首を傾げた。はっきりと確認出来るようになってアーシャから駆け寄った。 「アイシャ、こっちに一緒に来てたんだね!」 アーシャは肉親のアイシャと遭遇する。しかしアイシャの耳は尖っていなかった。 「アイシャを知ってるのですか? 私はアーシャ」 「私もアーシャ。アーシャ・エルダーです」 少々の差異を除いて二人のアーシャの容姿はそっくり。耳を隠して服を交換したらどちらだかわからなくなるほどだ。 飛空船基地には開拓者ギルドの依頼で立ち寄ったという。開拓者ギルドは、どうやら冒険者ギルドと似たような組織のようである。 「あれ? どこにあったかな?」 光奈が困っているとこの土地のアーシャがお土産の饅頭屋の場所を教えてくれる。 「美味しい!」 「黒糖の皮ですね」 試食の饅頭を食べて二人のアーシャはさらに意気投合。しばらく一緒に行動することに。ちなみにわかりにくいのでパリ・アーシャと安州・アーシャと呼ばれるようになった。 「ジャパンでも催しがあるとどこからか現れた屋台が饅頭を売るんですよ。やっぱり似てますよね」 「ジャパンと朱藩。共通点が多いのです〜♪」 鳳双樹とシーナは飛空船饅頭の折り箱を五つほど買い求める。 飛空船基地の見学が終わったところで、シーナ達は安州の街中へと戻った。 「ねえ、シーナさん。私にとってもうひとりのアーシャのように、光奈さんってシーナさんに声がそっくりです。不思議じゃありませんか?」 歩きながらパリ・アーシャがシーナの耳元で囁く。 「光奈さんのこと、とても他人とは思えないのですよ。もしかしてもう一人のわたしなのも知れませんです〜♪」 シーナとパリ・アーシャは前を歩く光奈と安州・アーシャの後ろ姿を感慨深く眺めるのであった。 ●薬草 ユリゼとリディエールは光奈からもらった地図を観ながら薬関連の店が並ぶ通りへと足を運んだ。 「やっぱりジャパンの薬の材料とよく似ているわね。本草学っていったかな」 ユリゼは店先で木の根のような薬の材料を手に取ってみる。 「詳しくは知りませんが、それらに使えそうな材料は一通り扱っているようです」 リディエールは酒に浸けられた数々の強壮薬の壺を見渡しながらユリゼに答えた。 ユリゼはジャパンの薬をそれなりに知っている。リディエールは詳しくないものの、薬草師として興味深かった。 知らない材料や薬は泰国のもののよう。まとめて泰国薬と呼ばれていた。 最初は一通りの薬や材料を買い求めようとした二人だが途中ではたと気がついた。 「これらを買ってパリに戻れたとしても、月道を使ってジャパンにいけば同等のものが手に入りますね‥‥」 「ちょうど私も気がついたところよ。手間やお金は余分にかかるけど、手に入れようと思えばできなくはないはず」 リディエールとユリゼは思案の末に薬や材料ではなく、医療関連の本を買い求めることにした。幸いなことにジャパンの語学で読み解くことが出来たからだ。 薬屋では断片的な知識しか手に入りそうもない。 やはり餅は餅屋。朱藩はとても勉強熱心な国であり、安州内にも多くの貸本屋が存在した。貸本屋といっても提示されたお金を払えば買うことも出来る。 二人は医療関連を専門とした貸本屋を発見。厳選しつつもたくさんの本を購入。途中で茶屋を見つけて一休みした。 「そこで買った簪、妻に喜んでもらえるといいのですけれど」 リディエールは道すがらで購入した簪を丁寧に仕舞う。 「ジャパンのお茶もあるけれど、このカミツレ茶を飲んでみようかしら」 ユリゼとリディエールは団子の他にカミツレ茶を頼んだ。一口飲んだだけでカモミールティだとわかる。 「不思議よね」 「本当に」 異文化の国でよく知った味に遭遇し、二人とも感慨深い。 目を瞑って味わうユリゼ。次に瞼を開けたときには目の前に赤い色のふわふわした動物が座っていた。 「これって精霊のもらふさまだよね?」 「光奈さんはそういっていました。精霊ですけど神様の扱いを受けているって」 二人がひそひそ話をしていると赤もふらが欠伸をして後ろ足で頭をかいている。まるで犬のようだ。 リディエールが団子を一串差し出すと四つ足で近づいてきた。赤もふらはぱくりと大口で食べて嬉しそうに頬を動かす。 ユリゼがそっと毛並みに触れるともふもふである。リディエールも続いて触ってみた。 「こちらの精霊は、とても可愛らしい姿なのですね‥」 「どの属性の影響を受けているのかしら。水火土風月陽‥‥赤いから陽なのかな。でもあそこを歩いているもふらさまは黄色いし」 リディエールとユリゼが悩んでいると、茶屋の看板娘がもふらさまは大地から産まれると教えてくれた。ちなみにこの赤もふらは隣の家が育てているらしい。 「なら地の精霊かな? ねぇ、毛を少し持ち帰っていい? ほんの少し切らせてね?」 『もふ♪』 団子をもらった赤もふらはユリゼに頷いた。少しだけもらった毛をリディエールと分ける。 途中で見かけた神社にも立ち寄ってみた。リディエールは人気のないのを確認した上でウォーターコントロールを使う。 「やはり魔法は問題なく使えるようですね」 水たまりがちゃんと移動する。精霊の加護がこの地まで届いてる事実がとても不思議に感じられるのであった。 ●お菓子と技術 市場や店が建ち並ぶ界隈。 量り売りの露天商の前で一人の女性が品定めをしていた。 女性の名は戸隠菫。姿はジルベリア人だが東房国出身の武僧である。 「このカカオ豆の粉、三袋もらうね」 買い物が終わった戸隠菫はふと振り向いた先にいた女性が気になった。単に人波をかき分けて歩いているようだが、避ける足運びが見事だったからだ。 (「あの人も志体持ちかな? でも違うような‥‥」) 気になる女性の服装や装備はジルベリアのそれのようでいて違う雰囲気も感じられる。 「ちょっといいかな。あたしの名前は戸隠菫。きみ、変わった格好をしているけど、ジルベリアの人? それともアル=カマル? 希儀は無人だったて聞いていたけれど、もしかして?」 戸隠菫は物怖じせず気になった女性を呼び止めて質問責めにした。 「ライラっていうもんさね。実は気がついたら、この街にいたのさね」 「もしかして誘拐されたの?」 ライラは何故か初めて会った戸隠菫に警戒心を持たなかった。肉親のような印象を最初から感じたからである。 「――所で、お願いがあるのだが、お菓子の材料探しなど、協力して貰えないだろうか?」 「いいよ。実はさっき買ったこれもお菓子の材料だよ。もうすぐバレンタインデーだからって知り合いにチョコレートの材料を頼まれたの」 戸隠菫はからくりの穂高桐が抱えていた荷物を指さす。 ライラはからくりの説明を聞いて驚く。 その後、ライラの仲間にも興味を持った戸隠菫は一緒に待ち合わせ場所へと向かう。 集合場所は蕎麦屋。ライラの仲間達はそれぞれに丼を頼んで食べていた。 「ん〜♪ 飯もジャパン風で美味い!」 ロックフェラーが天ぷら入りのかけ蕎麦を汁まで飲み干す。 そこへライラと戸隠菫、そしてからくりの穂高桐が近くに腰掛ける。さっそくロックフェラーがからくりに興味を示した。 「戸隠さんの隣の方は‥え、あれ?こんな精微な‥ゴーレム!?」 「この子は、桐って言うんだ。からくりなんだよ。からくりは非常に精密な機械なんだけど、自我もあるんだよ。皆それぞれに個性があるんだけど、桐はとても無愛想なんだ」 戸隠菫がしてくれた説明をロックフェラーはこれ以上ないほどの真剣な表情で聞いていた。 「か、からくり‥‥し、失礼しました! しかしこれは‥魂が燃えるぜ!」 途中で観てきた刀や宝珠以上にロックフェラーはからくりに惹かれる。 「良かったら、これ上げるよ」 戸隠菫からからくりのスペアパーツをもらったロックフェラーはまるで子供のように喜んだ。安州におけるジルベリア関連の工房の場所も教えてもらう。 「デニムさん、職人の寄り合いを教えてもらったぜ!」 「それはすごいですね。僕も‥‥」 ロックフェラーに誘われたデニムは、はっと鳳双樹に振り向いた。 「どのような造りになっているのか確かめればと。一緒につき合ってくれたらいいのだけれど――」 「気になるのなら、いってらして。あたしはシーナさんたちと楽しくやっています♪」 鳳双樹は快くデニムの背中を押す。 デニムは鳳双樹に感謝する。そしてロックフェラーと一緒にジルベリア関連の工房を目指して蕎麦屋を飛び出すのであった。 ●工房 ジルベリア関連の工房に到着したロックフェラーとデニムは、出入り口付近に置かれた駆鎧の前から動けないでいた。駆鎧のつま先から頭の天辺まで隈無く凝視する姿はまるで少年のようである。 「飛空船のようにアトランティスのものとは違うのでしょうか? ここに鞘のようなものがありますがもしかして」 「きっと動くんだろうな」 しばらくすると工房の中から職人が現れる。 「客人かい?」 「俺の技術は惜しみなく出す! だから、からくりやこれをどうやって作るのか教えてくれ!!」 興奮しすぎて挨拶を忘れ、ロックフェラーは職人に詰め寄った。 デニムに抑えられたロックフェラーは我に返って謝る。その様子に職人は大笑い。工作好きはこうでなくてはいけねぇと。 工房の中に入れてもらった二人は整備中の駆鎧やからくりに圧倒される。 「えっ?!」 今度はデニムが我を忘れてある物に駆け寄った。それは人の身で構えることは不可能な巨大な刀剣。職人によれば駆鎧用の武器だという。 「これだけ大きなものだとどうやって造るのでしょうか?」 「単なる鋼鉄の塊にも見えるが、ちゃんと工程ってのはあるもんさ」 デニムは巨大刀剣が打たれる様子を見せてもらう。 基本は鋳造。型の中に二種類の溶鉱炉の鉄が同時に注がれていた。さらに鍛造の工程もある。職人が駆鎧に乗って巨大な鎚で剣を打つ。 作業を見せてもらった後で、デニムは巨大な刀剣の前で小一時間を過ごす。眺めているだけで感じられるものがあったようだ。 ロックフェラーは主にからくりの修理を見学する。その構造は非常に複雑。陶磁器のような外殻を外して中身を見せてもらう。 「ここはどうなっているんだ?」 「パーツごとの交換が主だからな。それとこの部分が『コア』だ。人でいえば心の臓か脳味噌って辺りだ。俺は脳味噌だって思っているが、心の臓だっていう奴もいる」 ロックフェラーは熱心にメモを取るものの、すぐに理解出来るものではなかった。 しばらく工房に通いたいと頼んだロックフェラーとデニムは、とある金属製品を工房の職人達に見せる。 それは真っ白な魔法金属ブラン製の小刀。荷物の中に何故か紛れていたものであった。 工房の職人達も見知らぬ金属製の刃物に興味津々。二人の通いが許される。 後日、二人は天儀においての作刀風景を見せてもらうことになる。その過程はジャパンのものとよく似ていたが、徹底的に違うのが宝珠の存在といえる。刀造りも研ぎや拵えなどで様々に細分化されていたが、宝珠も同じく専門の研磨師が行うようだ。 「楽しかったですね。鋼はやはり砂鉄から精錬していたようです。もしもブランシュ鉱がこの地で発見できても魔法炉がなければどうしようもありませんが」 「俺はやっぱり、からくりだな。宿に戻ったら書き留めたことを整理しておかないとな!」 満腹屋への帰り道、二人が工房での体験を話しながら歩いていると野次馬の人だかりに遭遇する。 「なんか若い頃の爺ちゃんの絵に似てる人が大騒ぎしとる‥‥」 背伸びしたロックフェラーはとても不思議な風景を目にしたのであった。 ●満腹屋の料理 宵の口の満腹屋一階。店内の一角を占めていたのはシーナと冒険者達である。 パリから来た者達がお品書きを見てもどのような料理なのか皆目見当がつかないので光奈にお任せとなった。 朱藩によく似たジャパンをよく知る者達ですらそうなのだから、満腹屋の料理恐るべしである。 「お好み焼きとタコヤキっていうんですか」 「運んできた鏡子さんは『ブタタァ〜マ』っていっていたのですよ♪」 パリ・アーシャとシーナは同じ姿勢でしばらく卓に置かれた料理を見下ろす。覚悟を決めて一口食べてみた。 「何これ、ふわふわのケーキみたい‥‥。お、おいしい! 上にかかっているのはタレは何ですか?」 「甘いケーキじゃなくて、しょっぱくて美味しいケーキなのですよ〜♪」 パリ・アーシャとシーナはあっという間に完食。続いてタコヤキも頂いた。お好み焼きに似ていたが歯ごたえがまったく違ってこちらも美味しい。 「ブタタマの他にもイカも美味しいですよ」 パリ・アーシャとシーナに自分のイカ玉お好み焼きを一口ずつあげる安州・アーシャである。 「あーん♪」 「あ、あーん‥‥」 鳳双樹とデニムは熱々。二人とも真っ赤に照れながらも隠すことはない。鳳双樹が食べさせてあげた後、今度はデニムの番である。 互いにお好み焼きを一口ずつ食べたところで味の感想を話す。とっても美味しいと微笑む鳳双樹にデニムは贈り物を渡す。双樹が似合いそうな簪を見つけたからと。 「嬉しい‥‥とっても」 「双樹の喜びは僕自身のもの‥‥」 恋人同士の熱々は高まるばかりであった。 「うん、お好み焼きは美味しい。このソースの正体が知りたいさね」 ライラはお好み焼きの基本が小麦粉だとすぐに見抜く。 ただかけられているカラメルソースのようなものが何なのかがわからない。しょっぱいだけでなく甘みや旨みが感じられた。 アーシャがパリでもお好み焼きやタコヤキが食べられたらといっているが、ソースさえあれば再現できそうである。 「そぉ〜すの正体なのです? うちは旅泰の呂さんから壺で買っているんですけど、作り方も知っているのですよ〜♪ ただもの凄く大変なのです☆」 ライラは光奈からソースのレシピをもらった。これほどの大量の食材がいるとは想像していなかったが、パリでもやろうと思えば出来そうである。 途中、ライラは板場を借りて購入してきた材料で料理を作らせてもらう。 満腹屋の板前も最初は異国の料理に半信半疑の表情を浮かべていた。しかし出来上がった魚介豊富のブイヤベースの味見をして関心を示す。お菓子も作りたいとライラが頼むと快く石釜を貸してくれた。 「こ、これは?!」 「お、お姉ちゃん?」 ブイヤベースを試食した際、光奈が瞳に涙を浮かべる羽目に。鏡子が気に入り過ぎて光奈が食べられたのは一口のみだったからだ。 「ジャパンは醤油ばかりと思っていたけどソースもあるんだな。あ、ここは朱藩だったか」 お好み焼きを食べるロックフェラーの前には帳面が置かれていた。同席した戸隠菫から聞いた、からくりについてを書き留めるためのものだ。 「この時期に食べられる七草粥には薬草が使われているそうです。お品書きにもありますけど」 「えっ? 私も頼んでみるわね」 リディエールとユリゼは注文した七草粥を食べて今一の表情を浮かべる。 正直にいって美味しくはなかった。ただ二人とも良薬は口に苦しと知っている。異国の土地でこういう風習と出会えたことは薬草師にとって大事な思い出となった。 「これでワインがあったら‥‥あれ? ライラさん?」 ユリゼはライラが卓にいないことに気がついた。まもなく店の奥からブイヤベースの皿を抱えてライラがやってくる。 「オジャマするのですよ♪」 是非にブイヤベースを食べさせて欲しいと光奈も卓に座る。代わりに食事代を一割引してくれるいう。 「どうぞどうぞ〜♪」 シーナは割引する必要はないからといいながら光奈にブイヤベースを取り分ける。そして全員でライラのブイヤベースを楽しんだ。 (「シーナさんと光奈さん、食べる姿がそっくりですね」) 三笠明信が心の中で思ったことは誰もが感じていた。 その三笠明信だが、パラディンなので戒律を守るために食生活にも気をつけなければならない。光奈や鏡子に聞くと料理にどのような食材が使われているのか丁寧に教えてくれるのであった。 夕食後は満腹屋二階の客室へと移動する。 「使いやすいオーブンで助かったさね」 ライラが作ってくれたシフォンケーキとホイップクリームが客室に運ばれた。光奈と鏡子もお呼ばれして真夜中のティータイムが始まった。 ちなみに満腹屋の関係者全員分のシフォンケーキとホイップクリームもちゃんと用意されている。同じ頃に別所で食べていることだろう。 「紅茶と珈琲、どちらもあるのですよ♪ 香草茶も万全なのです☆」 光奈が用意してくれた好みの飲み物を頂きつつ、ホイップクリームをたっぷりとつけたシフォンケーキを頂いた。 「はうっ!」 光奈は一声発した後でしばらく無言になる。 「こんな味、初めてなのです‥‥。食べるのがもったいないのです」 「気に入ってくれたのならまた作るさね」 ライラは震えながら食べる光奈に自分のシフォンケーキをあげた。これほどに喜んでくれるなら菓子職人として本望だと。 光奈と冒険者達はそれから一週間、満腹屋に滞在して安州を楽しんだ。 「はい、もういいですよ。後は仕上げです♪」 アーシャの写生のモデルになったユリゼは抱えていた子もふらを下ろしてあげる。 「ありがとうね♪」 『もふ♪』 ユリゼが頭を撫でてあげると子もふらはとても喜んだ。 「まだまだ描き足りないですね」 アーシャが滞在中に描いた安州での写生は全部で五十枚を越えたという。 ●ジ・アース シーナと冒険者達が睡眠から目覚めると、そこは各自のパリ自宅であった。 「行きと似たような出来事で戻れましたか‥‥」 目覚めた三笠明信はさっそく外出して日付を確認する。 経過していたのはたった一日。つまり夢の出来事であったらしい。 夢の最後の方で彼はたくさんのもふらさまと友達になっていた。最初は怖がられたのにと思い出してクスリと笑う。 夢から覚めてまだ間もないのに三笠明信は妙に懐かしかった。 「今日はシーナさんの家を訪ねましょうか」 「それがいいですね。シーナさんまで見ていたら驚きです」 起きたばかりの鳳双樹とデニムはまったく同じ夢を見ていたことに驚きながら朝食を頂く。 今日は二人でシーナの自宅に出向いて婚約の報告を行うつもりでいた。 「やっぱり光奈さんはシーナさん?」 「そうとしか思えないですよ」 目覚めたアーシャはさっそくシーナの家に駆け込んでいた。彼女の手元には五十六枚の絵が残っていたという。 「ちゃんとあるなんて」 ユリゼは夢の世界で買い求めた薬草に関するたくさんの本が枕元に置いてあったことに驚いていた。もふらさまの赤い毛まである。 「姉さん‥‥シェアト姉さんの子に何時か話したら信じてくれるかしらね」 どこかに存在するもう一つの世界のことを、ベットの中でもう一度思い出すユリゼである。 「ん‥? ああ、戻ってきたのですね」 リディエールは起きてすぐに愛する妻と子供におはようのキスをする。それから夢の話をした。 「何だか面白い世界でしたよ。さて、何から話しましょうか‥‥」 リディエールの夢の話はしばらく子供達を楽しませる。彼は後で気がつくが部屋の片隅には夢の中で手に入れた本と、もふらさまの毛が置かれていた。 「あれが夢だったなんて‥‥いや、これは!」 夢から覚めたばかりのロックフェラーは絶望した。しかし夢の中で書き留めた帳面と、からくりのパーツが手元にあって頭の中がこんがらがる。 立ち直ったロックフェラーは行動開始。まずはからくりを再現するためにもらったパーツの秘密を解き明かさなければならない。 最初にアトランティスの技術者との接触を図るロックフェラーであった。 「ソース、作れそうやね。それにしても光奈さんはシフォンケーキを美味しそうに食べていたさね」 起きたばかりのライラはベットで上半身を起こしつつ、そう呟いた。 支度を整えてまずは市場へ。新大陸の食材も含めてソースの材料を買い求めた。 夢での内容が出鱈目であったのかどうかは、レシピ通りにソースを作ってみればわかること。 もし真実であれば真っ先に冒険者ギルドへと出向いてシーナに話そう。そう考えるライラであった。 |