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■オープニング本文 天儀本島・理穴国を治める女王の名は儀弐重音。 一般に儀弐王で通っている清楚で静かな佇まいの彼女は甘味好きで有名である。 理穴の国土にはたくさんのサトウカエデが育っており、またサトウダイコンの栽培も盛んだ。 森が多く養蜂も行われている。樹糖に砂糖、蜂蜜。理穴で穫れた果実も甘いと評判。甘味好きの甘味好きのための国といえた。 そして年の瀬。寒くなってきたらお汁粉の出番。理穴の首都、奏生の各甘味屋はお汁粉目当ての客でごった返す。 毎年十二月末になると各甘味屋が協力してお汁粉の大食い大会が開催される。今年の大会責任者は駄目で元々と奏生城の目安箱にある嘆願を投函していた。 「構いません。私も見学させてもらいましょう。楽しみです」 どのようにして大会責任者の嘆願書が儀弐王の前で読まれることになったのかは定かではない。だがそれは現実となった。 奏生城・広間の儀弐王はお茶と羊羹を頂きつつ淡々と要望を受け入れた。今年からお汁粉大食い大会は『お汁粉重音杯』と名を変えることになったのである。 「えっ? え?! えーーーー!!」 城から使者が来て一番驚いたのは嘆願した責任者自身。まさか本当になるとはと驚きつつ、看板を始めとしてすべてをやり直すことに。 儀弐王が来賓されるとなればそれなりの会場を用意しなければならなかった。野ざらしの空き地で行うつもりが、急遽商家の使われていない屋敷を借りる。 儀弐王観覧の噂を聞いて参加人数も激増。例年は二十名前後のところ、百人を越えることになった。 参加者については儀弐王からの要望も加えられた。理穴東部の急変の戦いにおいて多大なる活躍をした開拓者から希望があれば最大八名を招いて欲しいというものだ。 勝利条件は簡単。餅一つ入りの粒あんの汁粉の椀を何杯食べられるか。 部門は四つ。男性の部(十六歳以上)、女性の部(十六歳以上)、男の子の部(十六歳未満)、女の子の部(十六歳未満)で競い合う。 お汁粉重音杯の当日は快晴。会場の屋敷は多くの人々で溢れるのであった。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
ビシュタ・ベリー(ic0289)
19歳・女・ジ
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●お話 晴天の理穴の首都、奏生。 お汁粉大食い大会が『お汁粉重音杯』と冠を変えることになった経緯は噂として市中に広まっていた。 理穴女王の儀弐重音が観覧すると聞いて参加者は激増。それだけではない。応援の見学者も例年とは比べものにならないほどの数になっていた。 会場となった商家の屋敷には人だかり。いつ始まるのかと皆の期待は膨らみ続ける。 重音杯は性別と年齢で部門が分けられた。十六歳以上の男性の部と女性の部。十六歳未満の男の子の部と女の子の部の計四部門である。 特別招待された開拓者八名は一室で待機。たまたま並んで座った六条 雪巳(ia0179)とビシュタ・ベリー(ic0289)は今日の意気込みを語り合う。 「理穴特製のお汁粉とあれば、きっと美味しいことでしょう。早く食べたいものですね。実は今朝から何も食べていないのですよ」 「いつも飢えてるのに満腹まで食える上、金がもらえるチャンスもあるなんて。あたしの墓はここよ!」 「それは凄まじいですね」 「死ぬまで食うぞ!」 六条雪巳は男性の部、ビシュタは女性の部。それぞれの部門で奮闘することとなる。 「美味しく食べるのもよいが、ここは大食いを極めようか」 「負けぬぞよ。我が輩こそお汁粉大食い大会で王の威光を示そ〜ぞ」 北条氏祗(ia0573)と ハッド(ib0295)は睨み合って火花を散らしつつも握手を交わす。六条雪巳も加えて男性の部は激しい戦いになりそうである。 「それにしても重音んもこのしょうがつぶとりを起こしやすい時期にこのよ〜な大会をひらくとはよ〜やるの〜」 ハッドが口にした『重音ん』とはもちろん儀弐王のこと。 噂をすれば影。楚々とした作法で襖を引いて現れたのは儀弐王であった。 「儀弐王様、東の地を奪還出来てよかったね」 「ありがたい話です。私を含めてですが理穴全体にのし掛かっていた重石から皆が解放された気分なのでしょう。おかげでこのような行事を心の底から楽しめます」 神座亜紀(ib6736)は儀弐王との会話で急変の戦いに触れる。 「元に戻るにはまだ時間がかかるだろうけど、王様ならきっと素晴らしい土地にしてくれるって信じてるよ」 「大分瘴気も抜けているようです。復興がうまくいくかどうかは我々の頑張り次第ですね」 神座亜紀は話しながら姉ことを思い出す。 (「上のお姉ちゃんはボクより理穴に関わってたからね。きっと儀弐王様にこういいたかったはず‥‥」) 神座亜紀は最後に『おめでとう』と祝福して締めくくる。 次に儀弐王と言葉を交わしたのはペケ(ia5365)である。神座亜紀と儀弐王とのやりとりを聞いていて、こんなことを思っていた。 (「‥‥ほわわっ、この間会ったあの人、本当に儀弐王様とソックリさんなんですねー。ビックリですねー。顔つきだけじゃなく、背丈も仕種や纏う雰囲気まで瓜二つ‥‥、うわ〜、声まで同じっぽい‥‥」) ペケは立ち上がった儀弐王を目で追い続ける。自分の前で止まるのも知らずに。 「ペケさん、本日の大会は応援の席から見学させてもらいます。がんばってくださいね」 「は、は〜い、精一杯頑張りまーす♪」 あたふたしつつもペケはニッコリ笑顔で儀弐王に挨拶を返す。 (「‥‥ふぅ、セーフですねぃ‥‥って、アレ? 私、儀弐王様と面識ありましたっけ???」) 儀弐王が自然な振る舞いで自分の名前を呼んだことにペケは首を捻るのであった。 「あ‥あー‥あー‥なるほど‥」 儀弐王の顔をよくよく確かめた七塚 はふり(ic0500)は誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。 先日、朱藩での依頼で琴爪という甘味好きな人物と面識を得た。儀弐王を見ると琴爪を思い出さずにはいられなかった七塚である。 「琴爪殿には飛空船をお貸し頂いたりなどお世話になりました。もしまた御一緒する事があればお礼を申し上げたいであります」 「きっと恐縮されていることでしょう。そのようなサツマイモ菓子があるとはよい勉強になりました」 七塚と儀弐王の双方とも、他人事としてそのことに触れるのであった。 「王様は大会のお汁粉を味見をなされたのですか?」 シルフィリア・オーク(ib0350)は言葉を選びながら儀弐王に質問をする。 「はい。よいお味でした。たくさん振る舞うからといって妥協はさせておりません。ただ皆さんがたくさん頂くことを考えて甘さは控えさせています。最初の一杯は物足りないかも知れませんね」 答える儀弐王は普段の通りの表情。それでもシルフィリアは儀弐王の瞳に一瞬の輝きを読みとった。 これから食すお汁粉は一国の女王を唸らせるほどの素晴らしい出来なのだろうとシルフィリアの期待は高まるのだった。 ●試合開始 四部門に分かれているものの試合そのものは同時に行われる。一部門ずつやった方が調理担当は楽なのだろうがこの点は主催側のこだわりなのだろう。 開拓者から男の子の部への参加者はいなかった。 女の子の部に参加するのは七塚と神座亜紀。男性の部は北条氏祗、六条雪巳、ハッド。女性の部にはビシュタ、シルフィリア、ペケとなる。 大勢の給仕によって参加者達が座る卓の前に次々とお汁粉の椀が並べられていく。 「それでは儀弐王様の弓を開始の合図とさせて頂きます! どうかよろしくお願いいたします!!」 司会のかけ声の後、廊下の南端に立つ儀弐王が巨大な弓に矢をかける。そして廊下の北端目がけて矢を放つ。 的となった割り箸は真っ二つ。歓声が沸き上がる中、ここに第一回『お汁粉重音杯』は始まった。 ●女の子の部 試合の席、七塚と神座亜紀は並んで座る。 「神座殿、開拓者同士、どちらが勝っても恨みっこなしの正々堂々勝負であります」 「優勝するのはボクだよ。はふりさんには負けないよ」 小声で話しているうちに試合開始。それぞれに割り箸を割って最初の一杯に手をかけた。 「わ、美味しいな♪ お餅も柔らかいし小豆の甘さも丁度いいよ。これなら何杯でも食べられそう♪」 神座亜紀は箸で摘んだ餅をむにゅーと伸ばす。 早食いと大食いを間違ってはいけなかった。 実質的な時間無制限ならば焦って口にする必要はないからである。そこを勘違いしてすごい勢いで食べる子供が多くいた。 七塚も味わって食べている様子。やはり一番手強いのは七塚だと神座亜紀は再確認する。 (「おなかがふくれるのは空気もいっしょに飲み込んでいるからと家主殿からお聞きしました」) 七塚はお汁粉をまるでお吸い物を飲むようにして頂く。お餅は最後にパクリ。 (「この一口がけっこう重いであります」) お餅に胃袋がどこまで耐えられるかが勝敗を分けると七塚は感じ取る。 子供の大半は二杯で脱落。三杯目まで到達した女の子はすでに七塚と神座亜紀のみ。男の子でも五名まで絞られた。 「せっかくだもん、味わって食べないともったいないよね♪」 神座亜紀は持ち込んだ緑茶を飲んで舌の感覚を新たにした。 最初に確認してから七塚は見ていない。自分のペースを守ることこそが大事だと神座亜紀は目の前のお汁粉に集中する。 五杯目に口をつけたばかりの七塚が動きを止めた。 (「がっつかず、食べたものは絶対に‥‥食べ物を大切にするのは開拓者の基本です。我慢するであります」) 普段よりも目が閉じ気味になりつつも椀と箸から手を離さない。少しずつ少しずつ、汁を飲んで減らしていく。 (「蕎麦か饂飩ならまだ余裕があったか‥‥いや弱気は禁物であります」) 七塚は餅を飲み込んで五杯目を食べ終わった。 「女の子の部、七塚はふりは五杯完食! さて優勝は誰になるのか?」 司会が参加者の食べた椀数を読み上げる。 それを聞いて一瞬あきらめかけた神座亜紀だが、箸と椀を持つ儀弐王を見てやる気を取り戻す。参加者ではない彼女の側に空と思われる八杯の椀が重なっていたからだ。 神座亜紀はがんばって六杯目を完食した。 「まいったであります‥‥」 七塚が六杯目のお餅を食べきれずにばったりと後ろに倒れたところで女子の部は終了。 優勝は神座亜紀。準優勝は七塚と決まった。 ●女性の部 冒険者の女性三名は互いが窺える位置で試合に臨んだ。 「へー、うまい。甘いものを食べるのって久しぶりかも!」 儀弐王による試合開始の合図からわずか十秒後に最初の一杯を食べ終わった参加者がいた。ビシュタである。 「まだまだいける!」 二杯目にかかった時間もほんのわずか。現時点、すべての参加者の中でビシュタはぶっちぎりのトップである。 「流石、甘味に一家言ある儀弐王の御膝元だね。しつこく無いのにコクのある甘みが食をそそるね」 シルフィリアはまだ一杯目を食べ終わっていなかった。 甘味とは奥が深いもの。砂糖だけの味付けでこの味は出ない。塩をほんのわずか入れるのはよく知られた手法だがそれだけでもない。 品よく艶のある唇を椀に触れさせながらシルフィリアは隠されている味探しの旅に出た。 「おいしー。これならばたくさん食べられるかもー♪」 ペケはお汁粉が大好き。だが大食いとなれば話は変わる。限界まで食べる機会はこれまでなかったからだ。 始まる前までは不安だったが一口食べてからは悩みは吹き飛んだ。いけるところまで食べ続けようと箸を忙しく動かして椀に残った粒を飲み込む。 「ま‥まだまだ‥いけます‥」 ビシュタの勢いに陰りが出たのが五杯目。先程までが嘘のようにゆっくりな食べ方となった。 「これは‥‥果物の甘みだね」 四杯目を食べきる直前、シルフィリアは正体のきっかけを得て瞳を大きく見開く。わずかな食材の欠片が残っていた。 「ぐむむ、こ、こりぇは‥‥予想以上にキッツいですぅ」 ペケも七杯目からはさすがにペースダウン。 女性の部参加者の多くが四杯を食べきれない。開拓者三名を含めて残り五名となった。 「ゼンゼンダイジョウブ‥‥」 といいながら全然大丈夫ではないビシュタの顔色が紫に染まる。お餅が喉に詰まったのではと疑われたが、それは大丈夫のようだった。 「そうほしがき‥‥干し柿に違いないさ、きっと!」 シルフィリアはすり鉢で擂った干し柿をお汁粉に足したのだろうと推測する。それは見事に当たっていた。この時のシルフィリアは六杯目である。 「はうぅ、せめてもう一杯くらいは意地をみせるですよー!」 八杯目に突入したペケの頭の中は甘いと叫ぶ輪唱で埋まる。顔を真っ青にしながらそれでも笑顔で一口ずつ飲み込んでいく。やがて空になった椀をゆっくりと置いて突っ伏す。 「‥‥もうダメぷり」 ペケは八杯で終了。記録はトップである。 「これでお終いだね」 シルフィリアは七杯目を完食したところで終わりを宣言。甘味の正体を突き止めたところですでに限界が近かった。 白目をむきながら食べ続けていたビシュタの手が完全に止まる。彼女は七杯目の途中まで。すでに他の女性参加者は誰もいなくなっていた。 優勝はペケ。二位はシルフィリア。三位はビシュタといった結果で女性の部は終わった。 ●男性の部 参加者全体の割合において男性の部の参加者が一番多かった。勝負と聞くと血沸き肉踊る男が多いのは確かだろう。 (「これから先が本当の勝負か」) 北条氏祗は三杯目の椀を食べ終わり、四杯目の椀に手をかけながら心の中で呟いた。大食いにも定石はある。ある程度胃袋に収めてからゆっくりと食べる方法をとる。 「お汁粉とはうまいものよの〜♪ 食べまくりじゃな〜♪」 ハッドは王の威光を示すべくどんな勝負にも負けられないと張り切っていた。前日から食事を抜いてさらに走り込みでハラペコ状態。ちなみに彼は『バアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世』を名乗っていた。 ハッドが採った作戦は一定のペースで淡々と食べ続けることである。 「素晴らしいですね。男性が脱落していっても開拓者の女性達はがんばっています」 ハッドが気になっていた開拓者女性陣の活躍に司会が触れた。 (「――しょうがつぶとりしょうがつぶとり――」) そうじゃ重音んはとハッドは思い出したように司会横のに座っているはずの儀弐王を背伸びして眺める。彼女は参加者ではないのにお汁粉を食べ続けていた。 重なる空の椀は四。自分と同じ数を食べているのにハッドは驚きとともにライバル心を燃やす。 (「なかなかのお味のお汁粉ですね」) 六条雪巳は四杯目を食べ終わってからすぐに次の椀は手に取らず、箸休めとして持ってきた塩昆布を口に含んだ。 どの椀も粒一つ残さないで完食状態。無理を感じたときには次の椀を取らずに止めるつもりである。帯は密かに緩め気味に締め直していたがそろそろ張ってきた。 (「もう三、四杯。よくて五杯といったところですね。普段食べているお汁粉よりもお餅が少ないですから、水分の量が後々響いてくるかも知れません」) 六条雪巳は頭の中で食べられる量を逆算してから五杯目に手をつける。 女性の部の戦いが決した頃、男性の部は残り六名になっていた。 相撲取りのような男が土俵際から転げるようにして終了。 「潮時だな」 北条氏祗は七杯目を食べ終わったところで自ら食べ終わりを宣言する。 「ここが踏ん張りどころよの〜。ラストスパートじゃ!」 オウガバトルを使ったハッドが輝きだす。消耗が激しい故にお腹も空くだろうといった算段を立てたハッドだが、その目論みが成功したかは定かではない。 だが覚悟としては成功していた。後塵を拝していたハッドが一気に追い上げて七杯、八杯と完食する。そして九杯目に手をつけていた六条雪巳と並んだ。 「ご馳走さま」 六条雪巳は九杯目を綺麗に食べ終わると手を合わせる。十杯目には突入しなかった。 (「め、目の前がぐにゃぐにゃするぞよ〜」) 十杯目の餅を食べきったハッドは残る汁を飲み干そうと指先を震えさせながら椀に口をつける。 その時、幻を視た。儀弐王の側にあった重なる空の椀を数えると十一。彼女はいつもの涼しい表情のままだ。 ハッドが十杯目を食べきった時、試合は実質的に終了する。それから数分後、残っていた二人の一般参加者が九杯目途中で降参した。 男性の部優勝はハッド。二位は六条雪巳。五位は北条氏祗。勝敗のすべては決したのであった。 ●そして 本来なら集まってもらい表彰するところだが、激戦故に身動き出来ない参加者が多数にのぼった。 そこで主催者側が各席に赴いて表彰することに。儀弐王の手から直接賞金の封が贈られる。 「素晴らしい戦いでした。この日、この時、この場所に立ち会えたことを嬉しく感じます」 儀弐王が最後に締めの挨拶。これにてお汁粉重音杯は幕を閉じた。 「また来年も出場したいな♪」 お腹がパンパンで動けない神座亜紀が呟いた。その声が聞こえた開拓者達は返事をしたり手を挙げたりして賛同を示すのだった。 |