【泰動】春華王の密書
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/20 22:11



■オープニング本文

 泰国は騒然としていた。
 帝都朱春のみではなく地方にも曾頭全の活動が広がっていたからだ。
 事なかれ、楽観主義、希望的観測。どれでも構わないが泰国の官僚に蔓延していた慢心の病は国内で反乱の種を育ててしまった。
 咲いた反乱の花名は『曾頭全』。奇天烈な形をした花は怨念の血を吸って真っ赤に咲き乱れようとしていた。
「お願いしたいのはこちらになります」
 本格的な戦いが始まる直前、春華王は市井の常春として開拓者ギルドに依頼する。そして朱春に集まった開拓者達に春華王からの密書五通を託した。
 泰国各地の太守に密書を届けるのが依頼の趣旨である。但し届け方は隠密に。地方の城に忍び込んで太守に直接手渡して欲しいと常春は願う。
 密書の存在が太守以外に漏れるのですら危険だと判断したからである。曾頭全の密偵がどこに潜んでいるからわからないからだ。
「太守ならば最初は怪しんでも密書に目を通せば春華王の直筆だとわかってくれるはずです。偽の春華王に協力しないように要請する内容ですが、返事をもらう必要はないです。直接読んでさえもらえればそれでいいんです。それと察しがついていると思いますが城に潜入する以上、すべての相手が敵になります。太守の配下と戦うこともあり得るでしょう。ですが怪我を負わせるのはともかく命はとらないようお願いします。曾頭全を相手にするときは全力で構いません」
 常春が頼んだ密書を届けてもらいたい太守が住まう城は泰国の北部一カ所、中部二カ所、南部二カ所の計五カ所だ。
 全員が順番に回るには時間が足りないので分かれて行動してもらう。移動に必要な飛空船は船員付きで複数用意されていた。
「太守の協力がたとえ得られないとしても、曾頭全と組みせず静観していてもらえるだけでも助かるのです」
 常春は開拓者が乗った飛空船が空の彼方に消えるまで見送り続けるのであった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
狐火(ib0233
22歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
真名(ib1222
17歳・女・陰
朱華(ib1944
19歳・男・志
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
小苺(ic1287
14歳・女・泰


■リプレイ本文

●壱の班
 パラーリア・ゲラー(ia9712)と朱華(ib1944)が向かったのは壱・城塞都市である。
 城塞へ入る前に一旦別れる。
 怪我を負っていたパラーリアはだぶだぶの服を着て旅芸人に扮していた。
 朱華は旅人に化けて城塞門を潜る。
 二人とも比較的簡単に立ち入り許可が出たのは常春が用意してくれた旅券のおかげである。これがあるとないとでは審査の厳しさに雲泥の差があるからだ。
 壱・太守屋敷近くの宿で別々の部屋を借りて情報収集を開始する。壱・太守屋敷ではよく宴が催されるようで商人が頻繁に出入りしていた。
「いつもとは違う人だね?」
「臨時のものです。品はここに置けばいいですか?」
 朱華は商人に変装して屋敷内へと潜入した。厠を借りるふりをして入り口近辺の間取りを把握する。
 迅鷹・太白も上空から警戒してくれた。
「今のところアヤカシはいないのにゃ」
 パラーリアは宿三階の客室を借りて窓近くで鏡弦を使う。射程は屋敷の門まで届いているので出入りの者の監視はばっちりである。
 仙猫・ぬこにゃんは潜入に備えて町の猫達に接触していた。さらに猫のふりをして垣根の上でごろ寝。壱・太守屋敷の衛兵や女中の話に耳を傾ける。
 二日目の夕方、壱・太守屋敷で宴が開かれた。
 その騒ぎに乗じて朱華は屋敷内の奥へと潜入を果たす。仙猫・ぬこにゃんの先導で庭園の岩の隙間へと身を隠した。
 一晩が過ぎ去って三日目の昼過ぎ。
(「想いを託された‥ってことだよな」)
 隠れていた朱華は先に迅鷹・太白を執務室の窓辺へと飛ばす。自らはいつでも飛び出せる体勢を整えた上で。
 仙猫・ぬこにゃんからの情報によれば、太守は日中執務室にいるという。
 ちょうど同時期、一・太守屋敷の敷地を囲む垣根では珍事が起こっていた。
 集まったたくさんの猫が一斉に鳴き出す。すべては猫呼寄を駆使した仙猫・ぬこにゃんの仕業であった。
「がっつにゃ。ぬこにゃんがんばにゃ」
 パラーリアは窓の隙間から宿から見守る。
 猫の大合唱に屋敷の人々は大騒ぎ。
「な、なんだ?」
 執務室にいた者も騒音が気になる。音の正体を確かめようと窓を開けて外を見渡す。すると羽ばたく鷹が目の前まで降りてきた。
「足に何かついているが‥‥」
 窓辺の男性が眉をしかめつつ首を傾げた。鷹の足には確かに『春華王』の文字が見て取れたからである。
「失礼」
 朱華は庭園の岩の間から跳ねる。屋敷の壁を駆け上って三階の執務室に飛び込んだ。室内にいたのは自分以外に男性一人であった。
「な! なにも‥‥」
 朱華は男性の口を右手で押さえつつ人相を確かめる。常春から預かった似顔絵とそっくり。壱・太守に間違いはなかった。
「太守本人とお見受けした。‥‥あの人には、敵が多い。警戒するのは、許してもらいたい」
 朱華は敢えて春華王の名を口にしなかった。どこに聞き耳があるかわからないからだ。
 呼び寄せた迅鷹・太白の足から密書を外して壱・太守に渡す。そして少し離れたところで待つ。
 壱・太守は読み終えたところで密書を暖炉にくべて燃やしてしまう。そうして欲しいと密書に記されていたからである。
 朱華は迅鷹・太白を飛び立たせてから執務室を後にした。まだ垣根の猫達は鳴き続けていた。
(「もう少し‥‥!」)
 庭園の茂みを駆ける朱華の目前に突然、黒い人影が現れる。後で知るがそれは『黒の幽鬼』と呼ばれるアヤカシであった。
 朱華が身を翻して避けつつ引き離してもすぐ近くに。複数いたのでない。瞬間移動で飛んでくるようである。
 朱華は戦うべきか逃げ切るべきか悩みながら走った。垣根を跳び越えたとき、援護の一矢があった。
 宿の窓辺からパラーリアが放った矢は黒の幽鬼に当たらなかったものの、敵に隙を生じさせてくれた。朱華は一刀を黒の幽鬼の腹に当てつつ、壱・太守屋敷からの脱出に成功する。
 宿の支払いをすでに済ませていたパラーリアも即座に撤退。待機の飛空船でパラーリア達と朱華達は合流を果たす。さっそく離陸の準備へと取りかかった。
 黒の幽鬼が気になったもののの、朱華はそれなりの手応えを感じていた。それに屋敷の守衛にも志体持ちの泰拳士はいる。後は任せるのが筋というものであった。

●弐の班
「任せてください、ルンルン印のニンジャ便で絶対太守さんにお届けしちゃいます!」
「ありがとうー、ルンルンさん。無理はしないでね」
 雪道を歩くルンルン・パムポップン(ib0234)は出発前に交わした常春との会話を心の中で響かせる。
 遠くに着陸させた飛空船を下り、梢・飛鈴(ia0034)と一緒に向かうのは高山の麓にある弐・城塞都市である。
 それぞれの朋友も同行。迅鷹・忍鳥『蓬莱鷹』はルンルンが持つ篭の中。人妖・狐鈴は梢飛鈴の前を歩いていた。
(「‥怪我さえなけりゃナァ‥」)
 負傷中の梢飛鈴だが歩くのには問題はない。ただ本格的な戦闘となれば不安が残る。
「飛鈴さん、怪我大丈夫? 無理しないで」
「ルン、これぐらい平気ダッ」
「それなら一緒に頑張っちゃいましょう! 坊っちゃんの為♪♪」
「お、おい! 走るナァ!」
 二人は城塞門に辿り着いて手続きを行う。そして一時間後、町中で再合流する。
 弐・太守屋敷の周囲を探るのは梢飛鈴の役目。ルンルンは屋敷に携わる商人を中心にして情報収集を開始した。
「どうも不景気でねぇ」
 大商店ですらあまり繁盛している様子はなかった。ルンルンが声をかけた坊主頭の丁稚がため息をつく。
「なんとかやっていけるのは太守様のおかげなんだが、逆恨みの輩も多くてよ」
「どうしてです?」
 ルンルンは干し柿を購入して丁稚から話を引き出す。
 一度だけだが曾頭全による施しがこの町でも行われたらしい。弐・太守の命で官憲が中Cさせたものの、そのせいで市井の人々の不満が溜まってしまったようだ。
 梢飛鈴は日が暮れてから本格的に動いた。
「これは独り言‥‥神楽の都に帰ったらお寿司をたくさん食べるつもりダ。でも失敗したらそうはいっていられなくなるナァ‥‥」
 使われていない古い櫓に梢飛鈴と人妖・狐鈴は登っていた。
 梢飛鈴は面をつけて屋敷の守衛を見張る。黒い外套を纏った人妖・狐鈴は事前の情報収集のために屋敷内へ。高見から安全を確認した梢飛鈴の合図で中へと飛び込んだ。
 一番知りたいのは弐・太守の居所。だがにおいに誘われた人妖・狐鈴は炊事場に紛れ込んでしまう。
「ここから二番棟の三階は遠いから大変よね」
「そうそう」
 炊事場では女中二人が夜食作りをしていた。会話によれば弐・太守に夜食を届ける様子。後をこっそり尾行しようとしていたが、女中の一人に発見されてしまう。
 人妖・狐鈴は人魂で鼠に化けた。女中達が悲鳴をあげている間に屋敷の外に脱出する。
 翌朝。宿で二人は互いの情報を報告しあう。
「危うい感じだナァ」
「早めに届けたほうがよさそうですね!」
 梢飛鈴とルンルンは宿で日中に睡眠をとった。
 そして二日目の夜。密書を届ける作戦は決行される。
 ニンジャ服に着替えたルンルンは暗視や超越聴覚を駆使しながら屋敷内へ潜入。夜空を舞っていた迅鷹・蓬莱鷹を呼び寄せて友なる翼で合体。光の翼をはやしたルンルンはひとっ飛びで二棟三階の窓に取りついた。
 そして順に窓板の隙間から中を覗き込んだ。
 暗視のおかげで屋敷内が暗くても問題はない。時間切れで翼がなくなってもそこはニンジャ。器用に壁を伝って窓を覗く。
 それらしい人物を見つけたルンルンは窓板をそっと外す。板は迅鷹・蓬莱鷹が爪で掴んで地面まで下ろしてくれる。
「太守様ですね、突然の訪問失礼いたしま‥‥す?!」
 中に入ったルンルンは驚いた。弐・太守が突然起きあがったからだ。
「お待ちしていました」
 弐・太守はすべてを見透かすような瞳をしていた。人相に間違いはなく、ルンルンは密書を手渡す。
 暖炉の灯火で密書に目を通した弐・太守は目頭を押さえる。そしてあの方をどうか助けてあげて欲しいと弐・太守はルンルンに告げた。
「そろそろダナァ」
 梢飛鈴は二棟の反対側に位置する道の中央へと立った。そして旋棍を大振りして竜巻を発生させる。
 吹き飛ぶ塀の板と枯れ葉。騒ぎを聞きつけた守衛が集まりだす。
 陽動が目的なので梢飛鈴はすぐさま退散。おかげでルンルンも簡単に敷地内から脱出したのであった。

●参の班
 真名(ib1222)と篠崎早矢(ic0072)が向かった参・城塞都市はとても賑やかであった。
 参・太守が住まう屋敷の周囲に高い建物がないのは警戒のためだろうと到着したばかりの二人は話し合う。
「責任重大だわ。念には念をいれて」
 真名は篠崎早矢が馬小屋に向かった後、人魂で符をカラスに化けさせた。参・太守屋敷の上空を飛んで俯瞰する。
「それじゃよろしくね」
 空からの偵察の次は地上から。宝狐禅・紅印をひょっこりで会話出来る形にしておいたまま参太守屋敷の周囲を散策するふりをして探りを入れた。
 機会をみて宝狐禅・紅印が人魂でリスに化けて屋敷内へと潜入する。そして上空から怪しいと感じていた場所を重点的に調べてもらう。
(「これだけ大きな飲屋街があるのは誤算よね」)
 宿への帰り道。真名は屋台が並ぶ大通りを発見する。
 日が暮れてもかなりの人が町中を行き来しているようだ。人目があればそれだけ潜入がしにくくなるのは道理といえた。
 その頃、篠崎早矢は宿の馬小屋で戦馬・夜空の世話を続けていた。
「おかげでかなり早くこの町に到着出来ました。おかげで今日の間に偵察も済ませられるはず。飛空船までの帰りもお願いしますね」
 篠崎早矢はご褒美に自らの手で人参をあげる。すでに蹄鉄の点検と毛並みを整えてあげた。さらに乾草だけでなく大麦を用意してある。
 夕方。真名が戻り、篠崎早矢と作戦を修正。深夜になって参・太守屋敷への潜入が決行された。
 壁の隙間から潜入した宝狐禅・紅印が裏門の閂を外してくれる。二人はこっそりと潜入を果たす。
 篠崎早矢は広く見渡せる屋根の上で待機。参・太守の元には真名が向かう。
 真名は宝狐禅・紅印と狐獣人変化。狐獣人特有の感覚の鋭さで周囲を探りながら参・太守屋敷奥へと潜入していった。
 一番豪華な女性の部屋が目印。この地域の太守は四十路の女性である。
 途中、巡回の守衛の二人組から隠れる。そしてこっそりと後をつけた。二人の会話から太守の部屋が判明した。
 部屋には鍵がかかっていた。真名は変化を解いて宝狐禅・紅印に小窓から寝室に入ってもらう。
『太守様ですね? 帝からの使いの者です。密書を持ってまいりました。よろしければ廊下との扉を開ける許可を頂けるでしょうか?』
 宝狐禅・紅印に起こされた参・太守は驚きつつ頷いた。宝狐禅・紅印が口に銜えていた国璽が押された紙を確認したからだ。
 国璽とは国そのものを現した印章であり、当然ながらその持ち主は春華王ただ一人である。真名は事前に常春からこの紙をもらっていた。
 中に入った真名から密書を受け取った参・太守は即座に目を通す。そして国璽が押された紙と一緒に密書を暖炉で燃やした。
「この屋敷の守衛達は無能でありません。そろそろ貴方達に気づいた頃でしょう。早くお逃げなさい」
 真名は参・太守を信じてすぐに部屋を離れる。もう一度、狐獣人に変化し大急ぎで。
 参・太守がいった通りに守衛達は何者かが侵入したことに気づいていた。追いかけられながら庭へと出た真名は篠崎早矢による矢攻の支援を受ける。
 五文銭で命中精度を高めつつ放たれた矢は守衛達の足の甲だけを貫く。地面に縫い取られた守衛は転倒。治療をすれば死ぬことはない。
 篠崎早矢が夜空に空鏑を放つ。そして真名と一緒に屋敷の外へ出ると、通りに戦馬・夜空が現れた。
 さすがに二人乗馬で戦うのは難しい。乗馬した篠崎早矢と真名は一直線に城塞門へと目指した。
 強制的に門を開けて城塞外へと脱出を果たす。戦馬・夜空のおかげで待機の飛空船まで無事辿り着いた篠崎早矢と真名であった。

●肆の班
 狐火(ib0233)とカンタータ(ia0489)は畑が多い方角から肆の城塞都市へと向かう。
(「あの方の背丈は私と同じくらいですね」)
 狐火は途中ですれ違った農民の真似るために肩をすぼませて背筋をわざと曲げる。なるべく土地の者に似せるためだ。
 城塞門での審査では商人を名乗る。そのための書状は常春に用意してもらっていた。
「また後で会いましょう」
「では」
 待ち合わせ場所を決めて二人は一旦別れる。カンタータは宿を探す。狐火は肆・太守屋敷に足を運んだ。
 屋敷は想像していたよりも華美な装飾が施されていた。まるで泰国帝都、朱春の天帝宮のようといったら言い過ぎだが印象としてはそうである。
 途中、茶屋で休みながら超越聴覚で耳をそばだてた。ここからだと屋敷内の会話が聞こえてきた。これで大まかだが肆・太守の寝室の位置が判明する。
 だが問題が一つ。用心深い太守で深夜の廊下には多数の罠が発動する仕組みのようだ。
 待ち合わせ場所に戻るとすでにカンタータの姿があった。羽妖精・メイムが手を振りながら迎えてくれる。
 詳しい話は宿の部屋で。
 潜入は狐火のシノビの腕に頼るとしてカンタータは脱出時の揺動を担当する。
 深夜、作戦は決行された。太守に密書を読んでもらえば依頼は終了。わずかでも早くこの場から離れた方が常春にとってもよいと判断したからである。
 屋敷の塀を越えて庭に立ち入るまでは一緒。それからカンタータは庭で身を潜める。
 狐火は音で守衛の動きを把握しつつ移動したものの建物にはまだ入らなかった。
 壁の突起を利用して屋根まで登りきる。そして目的の棟まで移動。屋根を静かに壊して天井裏へ。さすがに天井裏まで罠は仕掛けられていなかった。
 寝息や物音を目印に移動して探る。やがて目的の肆・太守が休む寝室を発見した。
「よ、寄るな! 近寄るんじゃな‥‥うぐっ!」
 肆・太守はとても恐がりで狐火は仕方なく口を手で押さえた。そして春華王からの密命で書を運んできたことを伝える。それからは大声で騒ぐことはなくなった。
「な、なんと‥‥」
 肆・太守はわなわなと震えつつ密書に目を通す。読み終えるとすぐに暖炉で燃やした。
「あの方にお心のままにと伝えて下され。ただ帰りは注意されよ。実はこの紐を引くと緊急の事態が伝わる仕組みになっておっての。口を塞がれる前にこの通り。今頃は廊下の仕掛けを外しながらこちらに衛兵が向かってきているはずだ」
 肆・太守が指さした先には窓があった。狐火は窓を開けて跳躍。三角跳で着地を果たす。
「観念し‥‥‥‥」
 この時、狐火は巡回中の衛兵に見つかってしまうのだが問題はなかった。衛兵が突然に寝てしまったからだ。
「こちらに」
 狐火が振り向くとカンタータと羽妖精・メイムの姿があった。衛兵が寝たのは羽妖精・メイムの眠りの砂のおかげだろうと察しがつく。
「狙いはあの柱です」
 カンタータはわざと雷閃を人へ当てずに威嚇として使う。おかげで狐火とカンタータは無事に肆・太守屋敷から脱出を果たす。
 もうここにいる必要はなかった。即座に撤収。このまま城塞の外まで脱出してしまう。
 カンタータが夜空を見上げると星や月とは違う輝きを目撃する。それは味方飛空船の宝珠光であった。
 龍騎した船員の一人が狐火の駿龍を連れて地上まで降りてくる。狐火はカンタータを後ろに乗せた。船員は羽妖精・メイムを後ろに乗せて浮かぶ飛空船へ。狐火とカンタータが無事に仕事を終えた瞬間であった。

●伍の班
 ルオウ(ia2445)と小苺(ic1287)が向かった先は南部の城塞都市。今の季節でも厚着をしないで十分に過ごせるほどの気候を保っていた。
「久しぶりの泰国はよいのにゃっ」
 小苺は猫又・焔雲(フェイユン)を頭の上に乗せた両手をあげて背伸びをする。
「手間取っている奴もいたのに簡単に入れたなー」
 ルオウが不思議がるのも無理はなかった。どうして城塞門の検査を簡単に抜けられたかといえば同行していた小苺が猫族だからだ。
 この伍・太守の城塞都市は八割が猫族である。猫族は泰国獣人の総称なので、実際に猫的なのは全住民の六割程度であるのだが。
 伍・太守も猫族。常春からもらった人相描きも確かに猫耳の猫族男性である。
 宿を決めた二人は分かれて情報収集にあたった。
「ここの太守はどんな人なんだろーって興味があってさー」
 ルオウは飯店でサンマの塩焼きを食べつつ給仕から情報を聞き出す。どうやら気さくな性格らしい。典型的な猫族のようだ。
 上級迅鷹・ヴァイス・シュベールトには伍・太守屋敷の高空を飛んでもらう。
 小苺は猫又・焔雲に無理しない範囲で伍・太守屋敷への事前潜入を頼んだ。塀の高さはそれほどでもなく、猫又ならば跳び越えるのは造作でもなかった。
 小苺も飯店で海産料理を頂きながら伍・太守の情報を集めた。
「太守に家族とかいるのかにゃ?」
 伍・太守は子沢山で八人もいるらしい。結婚から十二年経つが未だ夫婦仲もとてもよいようだ。
 夕方になって宿へと戻った。そしてお互いに得られた情報をつき合わせて作戦の修正する。
 警備は厳重ではないとの結論をだす。日が暮れるのを待って潜入は決行された。
「よし、ヴァイス。ちゃんと小苺の言う事聞くんだぞ」
「焔雲、ルオウは怪我をしてるにゃ。援護しつつ頼むにゃ」
 ルオウと小苺は互いの朋友を一時的に交換する形となる。とはいえ指示そのものは本来の主人からのものだ。
「ぐ‥‥痛っつ‥‥」
 歩いていたルオウは守衛の門番が立つ伍・太守屋敷正門前で突然に倒れた。巡回の交代をしようとしていた守衛達が駆け寄る。
 猫又・焔雲はルオウの頬を舐めて普通の猫を演じた。
「どうなされた。その身なり、旅の方か?」
「大丈夫だと思ってたんだけど‥‥傷が、よ‥‥。旅の途中で野犬に襲われちまってさ‥‥。うっっ!」
 ルオウの声に驚いて猫又・焔雲が走り去ってゆく。ルオウは遠ざかる焔雲に手を伸ばしつつ、ばったりと伏せた。
「お願いが‥‥」
 そして守衛の一人に懇願した。あの猫はここまで一緒に旅をしてきた友なのでどうか探してくれないかと。
 ルオウは屋敷内に運ばれて看護を受ける。守衛のうち二名は猫又・焔雲探しに奔走することとなった。
 ルオウと猫又・焔雲が起こした騒ぎに乗じて小苺は屋敷内への潜入に成功。迅鷹・ヴァイスと他者同化し、友なる翼で一気に目的の棟まで到達する。
 中に入って廊下を進むと子供達の声が聞こえてきた。騒がしい部屋の扉をそっと覗き込んで伍・太守を発見する。
 小苺はわざと物音を立てて伍・太守を廊下へと誘い出す。間近で顔を見て本人だと確信したところで密書を差し出した。
「よきにはからえ、にゃ。お届け物にゃ」
「こちらは?」
 伍、太守はあまり動じずに密書を受け取って読んだ。そして小苺に伝える。数日前に曾頭全らしき者が来訪したのだと。
「私どもの天子様への忠誠は永遠で御座います」
 伍・太守は外まで送るといってくれたのだが小苺は断った。再び迅鷹・ヴァイスと同化して窓から無事脱出を果たした。
 それから二時間後、ルオウは小苺と合流して伍・城塞都市を後にするのであった。


 五カ所に届けられた春華王の密書はそれぞれの太守の心を揺り動かした。
 何事も起きなかったといった事実が歴史で語られることは極々稀である。だからといってそれは無力ではない。
 おかげで春華王は万の兵力と同等の戦略的優位を得たのであった。