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■オープニング本文 ●世をしのぶ 天儀西に位置する国、泰。 その泰から、春華王が天儀へ巡幸に訪れているという。 「こちらでは、お初にお目にかかります。茶問屋の常春と申します」 少年がそういって微笑む。 しかし、服装や装飾品こそ商家の若旦那と言った風であるが、その正体は、誰であろう春華王そのひとである。 「相談とは他でもありません」 その泰では、近年「曾頭全」と呼ばれる組織が暗躍している。そこではもう一人の春華王が民の歓心を買い、今の春王朝に君臨する天帝春華王を正統なる王ではない、偽の王であると吹聴して廻っていた。 だが宮廷の重臣らは危機感が薄く、動きが鈍い。彼は開拓者らと共に、宮廷にさえ黙って密かにこれを追っていたが、いよいよ曾頭全の動きが本格化してきたのである。 開拓者ギルドの総長である大伴定家が小さく頷く。 「ふうむ。なるほど……」 「是非とも、開拓者ギルドの力をお貸しください」 ● 「この街の活気は朱春とよく似ています」 泰国の若き天帝、春華王は巡幸として神楽の都を訪れていた。貴族や朝廷が催す茶会や連歌会に参加する目的は皇后候補探しである。 すべての会は和やかに儀礼に則って執り行われていたが、その裏側はとても激しかった。特に火花が散っていたのは女性同士である。 「このような機会は滅多にありませんもの」 「私達のどちらかが声をかけられても、紹介し合う約束を忘れてはなりませんわよ」 春華王がどのような趣向の持ち主なのか、情報は錯綜する。 ある会の前では春華王が菫を好むといった噂が流れた。そして参加した女性の殆どが菫をあしらった簪などの小物や着物を纏って出席したという。 「皆様のおかげで、まるで春の庭園にいるような艶やかな広間ですね」 そのような騒ぎをよそにして春華王は冷静ににこやかである。 よい女性がいれば皇后候補として取り立てるのにやぶさかではないのだが、それよりも春華王には重大な責務があった。 皇后候補探しが表ならば裏の目的。泰国を転覆しようと企む反乱組織『曾頭全』に対抗すべく各所との調整役を担っていたのである。 そのためには時にして仮の姿、市井の常春に変装することも。大伴定家と面会したのもそういった理由からだ。時間を工面するために影武者も連れてきている。 巡幸の間に『深茶屋』御曹司である常春の立場で万屋黒藍から招待を受けていた。 万屋黒藍とはあの神楽の都で名高い万屋商店の代表者。元交易商人『旅泰』であり、開拓者ギルドとの繋がりも非常に強い人物である。 「来月なら紅葉を眺めながらお会いできたのにね。少しだけ残念だわ」 万屋黒藍は縁側に立って屋敷の庭を眺めていた。道理からいって彼女は常春の正体が春華王だと承知している。 泰国としては万が一の非常事態を想定して保険をかけておく必要に迫られていた。 各方面に顔が利く万屋黒藍を味方に引き込むのは非常に重要。彼女を通じて交易商人『旅泰』の重鎮に顔を繋げられるかどうかも大切だ。 但し、相手は海千山千の狐や狸。算盤を弾かせたのならアヤカシよりも恐ろしい。一筋縄ではいかないはずである。 万屋黒藍が主催であっても、貴族や朝廷が催す会に比べれば警備は薄いはずである。身の危険を知りつつも市井の者として常春は出席しなければならなかった。 (「ある意味で万屋黒藍に試されているのかも知れない‥‥」) そう思わずにはいられなかった常春である。 後を影武者に任せて巡幸の一行から抜け出した常春は、事前に集まってもらった開拓者達と合流する。そして特別に用意した小型飛空船で茶会が開かれる場所へと赴くのであった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
朱華(ib1944)
19歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
呉若君(ib9911)
25歳・男・砲
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●待機 晴れた日の午後。 万屋商店の代表者、万屋黒藍主催による茶会が神楽の都某所の竹林内で開かれた。 竹林の奥に作られた庭園は見事。景色となる天に伸びる無数の竹を取り込みつつ、池や苔むした岩が侘び寂びを奏でる。 『万庵』と名付けられた数寄屋の中ではすでに茶が嗜まれていた。 参加していたのは万屋黒藍と常春、そして旅泰重鎮の三名を加えた計五名である。 旅泰の重鎮達は全員が各地の大商人だが、特に観代と呼ばれる四十路らしき男は万屋黒藍と同等の特別な人物といえた。 武天の地方には旅泰の街『友友』が存在する。巨勢王から旅泰による自治独立を認められた特別な金融の街だ。彼はその友友内の実力者であり、非常に強い発言権を持っているといわれていた。 関係者以外、万庵の周囲には立ち入り禁止である。出来ることならば同行したかった護衛の開拓者達だが、それが茶会の仕来りといわれてしまえば返す言葉はない。 万庵に至る小道の途中にはいくつか小屋が存在する。そこで手を洗って清めたりするのだが、これらの作法は万庵がこの世から隔離された別世界だと意味づけるものだ。 開拓者達が待っていたのは万庵から五十メートルほど離れた待機所である。 「一緒にいたかったんだけどなー。お茶菓子に毒とかあった大変だしっ」 ルオウ(ia2445)は待機所の側に伸びる竹の中頃まで登って眺めていた。見えるのは万庵の屋根の一部のみ。常春がどうしているのか気になって仕方がなかった。 「大丈夫であります。万屋黒藍が噂通りの人物なら、抜かりはないはずであります。あの場で身の危険よりも心配なのは交渉の成否でありますが、常春殿なら度胸で乗り切るでありましょうね」 七塚 はふり(ic0500)がルオウに並ぶように隣の竹を登ってきた。 万庵で茶会が開かれている最中に同行するのは認めらなかったが、それ以前の点検確認はさせてくれた。 開拓者一同で探ってみたが、爆発物や何者かが隠れているなどの危険は見つからなかった。 何名かの開拓者は帰りの準備をすでに始めていた。訪問した時よりも確実に待ち伏せられる帰路の方が危険といえるからだ。 「こんな感じでどうかな」 柚乃(ia0638)は待機部屋の奥でライ・ネック(ib5781)を常春に化けさせる変装を手伝う。まずは髪を染めた上で形も常春のそれに似せていた。 ライが着ている上質の泰服は茶会に出席してる常春と全く同じものである。柚乃と一緒に鏡へ写して自らの姿を確認する。 「そうそう、忘れていました。これがないといけませんね」 ライは鏡台に置いておいた扇子を襟元に差す。これがなければ常春とはいえない。 「せっかく髪型を似せてくれたところだが、待機所を出たときにはこの陣笠を被ってくれ。顔が見えなければ襲おうとする相手もためらうはずだからな」 朱華(ib1944)は用意してきた陣笠をライの頭上にかざして姿見を確認しつつ、常春との別れ際を思い出す。常春も同じ陣笠を持って茶会へと挑んでいった。 (「‥‥大丈夫。護ってみせるさ」) 常春の顔を頭の中に浮かべながら朱華は拳に握り締めて誓う。 神座真紀(ib6579)は刀を抱えるように窓枠に腰掛けながら、ライが変装する様を見守っていた。時折、万庵があるはずの窓外の竹林の向こうへと振り向いた。 そして数日前の常春との初対面の時を思い出す。開口一番『年の割にちんまいなぁ。男がそれやとモテへんで』といったことを。 常春はそれを聞いて笑っていた。 茶会はいつ終わるかわからず開拓者一同はひたすら待ち続けなければならなかった。しかし、やるべきことはいくつかある。 万庵から待機所までの小道は万屋黒藍が手配した見張りに任せるとして、問題なのは待機所から飛空船の係留地までの竹林道だ。 万庵から待機所の小道は庭園の一部なので比較的見晴らしがよい。つまり護りやすい。ところが待機所から係留地までの道の両脇はびっしりと竹が育っていた。 竹林だから当たり前ではあるのだが、これが護る立場からすれば厄介この上なかった。 行きはよいが帰りは大変。何名かの開拓者は竹林内を点検していた。 そのうちの一人、伊崎 紫音(ia1138)は常春のことを心配しながら竹林内の道を歩く。すでに二往復しているが不審者との遭遇はなかった。 万庵からの竹林道は何本か存在し、飛空船の係留地も複数ある。 常春一行の飛空船が係留する地につけられていた名は『春』。今回茶会に参加した各人に別々の係留地が割り当てられているようだ。 (「危険なことなのは分りますが、万商店や旅泰重鎮との繋がりを得る機会は、逃せませんよね」) 伊崎紫音は前に進みながら色々なことを想像する。 係留地を分散している理由は何か。万屋黒藍の罠でないのであれば、ようは自分の身は自分達で守れといったところなのだろうか、などなど。 狐火(ib0233)も竹林道を点検していた一人である。襲撃されやすそうなところに糸を張って鈴を取りつけて簡易の鳴子を設置しておく。鳴子は全部で二十取りつける。 (「後で取り外しておく必要はありますが、ないよりはよいでしょう」) ジルベリア人と天儀人のハーフである狐火は銀髪を黒く染めて天儀人に容姿を近づけている。さらに目を細めて青い瞳を隠していた。 リィムナ・ピサレット(ib5201)も竹林内を散策しつつ様子を窺う。 「ちょうどいい風だね〜♪」 身軽な格好で散歩の振りをしつつ、ここぞといった場所に袖の中から豆の殻を落とした。 踏めばそれなりの音がするので隠れている不審者を見つけるのにぴったりである。もちろん竹林道ではなく少し外れたところへとばらまいた。 リィムナは歩いている最中で中型犬と遭遇する。 (「泥まみれだけど、野良犬とは違うかなっ。忍犬かも」) 中型犬はリィムナに吠えて威嚇しつつもどこかへ消えてしまった。 曾頭全が常春を狙っているとして、自らは出しゃばらずに飼い慣らした動物を使役することは十分にあり得る。 追跡したいのは山々だが陽動の可能性もあり得るので静観する。それよりも常春が狙われている手応えを実感したリィムナは早々に仲間達へと出来事を伝えた。 呉若君(ib9911)は係留中の飛空船内に入り浸る。ようやく危険物が仕掛けられていないか一通りの点検を終えた。 係留地『春』には万屋黒藍が配置した警備の他に飛空船の船員も待機していた。そのうちの一人が呉若君へと声をかける。 「生真面目だな。私達がこうしてくつろいでいるというのに。ちゃんと点検はしてあるから安心しな」 「主を護り補佐する事こそ、護衛の務め故」 無味乾燥な表情で呉若君は船員へとぽつりと答える。常春が茶会を終えて戻ってきた時、呉若君は先に戻って離陸の準備を行うつもりである。 それまでは警備と船員達に飛空船の保安を任せる形になるが、その程度には信頼をしていた。 ちなみに小石を蹴って警備や船員達が避けられるかどうか、志体持ちの腕を確かめたのは内緒である。 ●茶会 茶の楽しみ方は土地によって変わる。万屋黒藍主催の茶会は天儀本島主流の嗜みで行われた。 ただし使う茶葉は常春が用意したもの。茶葉は泰国産だが発酵させない手揉みによる天儀本島の製法で作られていた。 万屋黒藍が点てたお茶を全員が頂いたところで話が始まる。ここまでがまさに『茶番』であり、ここからが『本題』といえた。 「来年の泰国で摘まれる茶はどうなのかしら? 何やら近頃、様々な噂を耳にしますので」 万屋黒藍が観代と茶樹を話題にしている途中で常春へとふり返った。 「私も興味がある。泰国の茶にお詳しい常春殿から聞かせてはくれませんか?」 観代の視線も常春へと注がれた。 試されていると感じながらも常春はにこやかな表情のまま二人に対して口を開く。 「有名産地の茶樹はどれもよく育っています。植え替えからちょうどよい年月が経ち、来年も今年と同じ質の茶葉をつけてくれることでしょう。‥‥気候の影響はとても大きいものですが、人の努力で回避出来るものだと信じていますし、その努力を怠る泰の茶農家ではありません」 常春は茶の育成に準えて曾頭全の脅威に晒されている泰国の実情を語った。質問の真意がそこにあると睨んだからだ。 当たり障りのない言葉が万屋黒藍と観代から返ってくる。失敗したかと一時は不安にあった常春だが、二人の気持ちを確かに揺らしていた。 その証拠に用事があると旅泰の重鎮二人が先に去った後で、万屋黒藍、観代、常春のみで話す機会を得た。 「真実を話す必要はありませんわ。陽炎の如く、見方、立場によっていかようにも変わりますもの。深茶屋の若旦那として憂う泰国について貢献したいことは何なのか、それを教えてくださるかしら?」 すべてを見透かしたような瞳で万屋黒藍は常春を捉える。それについて観代も口を挟まなかった。 二人とも常春の正体が泰国の天帝・春華王だと知った上で、あえてわからないふりをしてくれていた。 「‥‥万商店のお力添えを借りたいのです。卓越した交渉力と取引先との信用を。具体的には戦にかかる武器と食料などの物資手配を願えますか?」 「構いませんが、具体的にはどれほどの用意をしたらよろしいのかしら?」 「大型飛空船三隻、中型は百隻。これが最低の数でそれ以上用意してもらえるのならば助かります。それらすべてに食料と武器類を満載して頂きたいのです」 「それをわずかな月日で用意して欲しいと? まあ、それが出来るのは万商店だけでしょうけれど。お高くつきますわよ」 常春は万屋黒藍に頷いた後で観代へと視線を向ける。 「そこで観代殿にお願いがあります。友友の資金を貸して頂けないでしょうか?」 「私としましては商売抜きでも構わないのです。常春様とお近づきになる証として。とはいえ私からいうのも何なのですが、只より怖いものはないといいますし‥‥」 「観代殿に頼っているように現在の私は泰国の銀行に対しての力を持ち合わせておりません。一介の茶屋の商売人に過ぎませんので。ですが特別な人脈なら持ち合わせております。少々の任命権なら『ある人物』に頼ることが出来ますので‥‥後はそちらでうまくやって頂けたのなら‥‥と」 「充分な対価です。表の方が必要以上に裏に手を出すのは控えるのが賢明でありましょう」 もちろん『ある人物』とは春華王であり常春自身を指す。これで大まかな交渉は成立した。細かい煮詰めについては数日以内に専門の担当者がやることになる。 「この場で話したすべては泰国の役人を通したものではありません。あくまで深茶屋を通したものですのでよろしくお願いします」 常春は二人に念を押す。 深茶屋は春華王が座す天帝宮に茶だけなく様々な品を納めている。つまり深茶屋を介することで春華王と約束を交わしたのと同義となるのであった。 ●激烈 常春が万庵から外に出たのは宵の口であった。 ルオウと朱華は道の途中に建てられた小さな門前で常春を待つ。これ以上先は許可無しに足を踏み入れてはいけないといわれる場所である。 門番とにらめっこを続けていた長い時間がようやく終わりを告げた。闇夜の向こう、提灯を手にした万屋黒藍が宛った案内役に連れられて常春が姿を現す。 「荷物があったら任せくれよなー」 「とにかく無事でよかった。みんな待っているぞ」 ここから先の護衛はルオウと朱華の役目。案内役と交代してすぐ側の仲間が待つ待機所へと向かう。 「常春クン、上着を預かるね」 待機所に入った早々、柚乃が常春から上着を受け取る。 「任せてください。この姿、そっくりだと思いませんか」 ここでライと常春が入れ替わった。 常春は急いで着替えてサムライ姿に変装。陣笠を被りつつ腰には太刀。長い袴の下に高下駄を履いて身長を誤魔化す。 待機所にはすでに呉若君の姿はなかった。作戦通り、離陸準備を整えるべく飛空船に先回りしてくれている。 常春の着替えが終わったところで一斉に野外へと出た。遅くなればそれだけ危険性が高まる。そのような状況だからだ。 そよ風で竹林がざわめいていた。 待機所から飛空船の係留地までは約五百メートル。 神楽の都内にも関わらず、数多くの竹によって世間の目から隔離されていた。暗殺者にとっては好都合な状況といえる。それ故に万屋黒藍達との秘密の茶会が成立したのだが。 曾頭全が放ったと思われる忍犬らしき中型犬を除けば、竹林内に敵意を感じさせる存在は見つかっていなかった。 「確かに竹林内は襲撃し易い場所ですけど‥‥そこばかり注意が向くのは危険ですね」 柚乃は迫る術者の気配を感知出来るムスタシュィルを使って先頭を歩いた。 竹林の道半ばにして上空から風切り音が常春一行に降り注ぐ。 最初は高空を通過する飛空船のものと判断したが違和感が膨らんでいった。音がもの凄い勢いで大きくなったからである。 「敵が上から来るよ!」 袖の中で鑽針釘を手にしつつ、リィムナは叫んだ。 目立たぬよう、これまでなるべく灯火を控え気味にして歩いてきた。しかし敵に捕捉されてしまった以上、声を絞っても意味はなかった。 「常春さんは殺らせへんで。あんたの相手はこっちやで!」 伊崎紫音は大見得を頭上に向けて切りながら『長巻「焔」』を構えた。かばう相手は常春に変装したライである。 風音を立てて落ちてきたのは、曾頭全の手の者と考えられる敵シノビ等。 一瞬の出来事であったために多くの者にとっては理解不能だったが、後に整理して想像してみれば次のようなことがこのときに起きていたと思われる。 高空から龍に乗って急降下してきたシノビが上昇に転じる瞬間に跳んで竹へと掴まる。十数メートルもある竹の天辺が地面につくほどに大きくしなった。それに乗じてシノビ達は地面に転がりつつ勢いを止めて着地に成功する。 掴まれずにそのまま墜落したり、しなる竹が勢いに負けて途中で折れてしまった者もいただろう。しかし常春一行にとっては命を狙ってくる敵であり、知ったことではなかった。 万屋黒藍が雇う龍騎の護衛が飛んできたものの時すでに遅し。常春の命を中心とする戦いは始まってしまった。龍騎の護衛は上空に残った敵シノビとの攻防に終始し続ける。 七塚は瞬脚によって敵シノビとの間合いを一瞬で狭めた。 勢いのまま右肘を相手の鳩尾に決めてわずかに間を空ける。続いて相手の身体を駆け上りつつ、顎を膝で蹴り上げた。 「尻尾巻いて逃げるしかなかったと上司に報告するがいいでありますよ」 敵シノビ等を挑発することで七塚は囮となる。 サムライに化けている本物の常春はさりげなく、そしてライが化けた偽の常春を大げさに護るのはかなりの労を要したがやり遂げなければならなかった。 「無粋な輩やなあ! まあええ、相手してやるさかいに。やさしゅうないで」 咆哮に引きつけられた敵シノビが神座真紀を襲ってきた。飛んでくる手裏剣を弾いて前へと進み続ける。 ここで歩みを止めたのならば敵シノビ等の思う壺。少しでも早く飛空船に辿り着くことこそ常春の安全へと繋がる。 神座真紀が足の速さで敵シノビの体術を躱す。刹那、大きく跳ねて竹を蹴って撓らせる。元に戻る勢いを利用して雲耀の二之太刀要らずを敵シノビの喉元へと叩き込んだ。図らずも竹を利用して奇襲を成功させた敵シノビへの意趣返しともいえる。 「ここは刀を構えているだけでいい。後は任せてくれ」 「は、はい」 朱華は背中を合わせるサムライ姿の常春に囁いた。そして向かってくる敵シノビに向かって雷鳴剣の雷の刃を放って退かせる。時折『心眼「集」』で敵シノビの正確な位置の把握を忘れなかった。敵の殆どがシノビなので特に待ち伏せに注意を払う。 「そっちは任せたからなー」 ルオウもサムライ姿の常春と協力しているように演じつつも、自らが率先して敵シノビと戦った。 サムライに化けた常春を狙う手裏剣などの遠隔攻撃は狐火が阻止する。足音も立てずにすっと盾となって『忍刀「風也」』で撫でるように軌道を逸らしてしまう。 (「気になるとすれば早駆と夜を駆使するシノビがいるかどうかです」) シノビの狐火は自分も使えるが故に暗殺における早駆と夜の有用性をよく理解していた。混戦となればなおのことである。 「西側の茂みに二人潜んでいます!」 柚乃は自分の身を守りつつも常に先頭を歩いていた。ムスタシュィルで知り得た敵シノビの位置情報を的確に指示へと変える。 「ボクがやりますね!」 伊崎紫音は巫女袴を身を纏いつつも実はサムライである。『殲刀「朱天」』を下段から振り上げるようにして地断撃の衝撃を放つ。 土の中に隠れていた敵シノビが巻き込まれて土埃と一緒に浮き上がる。それを横目に見つつ常春一行が前へと進んだ。 突如、常春に化けているライが転ぶ。これは敵の注意を引くためのわざとであり、サムライに化けている常春を複数の敵シノビが狙おうとしていたのに気づいたからだ。 夜で一瞬のうちに近づいた敵シノビの忍刀がライを襲う。同時に早駆で接近してきた敵シノビもいた。 「油断も隙もないな!」 神座真紀が長巻を低空で回し、敵シノビ二体の足へ引っかけて大地に転ばす。ライの身体には二筋の刀傷が刻まれたものの、本物の常春は無事である。 転んだ二体の敵シノビはルオウと朱華によって戦闘不能にさせられる。傷を負ってしまったライだが命に別状はなかった。 「係留地までの邪魔者はこれでいなくなるよっ!」 リィムナはフルートに唇をあて『魂よ原初に還れ』を奏でることで進路を遮る最後の敵シノビを排除する。断末魔の叫びをあげながら竹の上て潜んでいた敵シノビが落下していった。 リィムナの超越聴覚、柚乃のムスタシュィルのどれも先の安全を示した。 但し、駐留地が見えてくると信じられない光景が繰り広げられていた。係留中の飛空船の上空に奇怪なアヤカシが旋回していたのである。 龍のようでそうではない。例えるならば空飛ぶ大蛇といえた。 「無粋な輩にはこちらを進呈しよう。邪空蛇よ。たんと食するがいい」 甲板の呉若君は構えた『短銃「白羽」』で閃光練弾を放ち、強力な輝きで空飛ぶ大蛇を威嚇する。 空飛ぶ大蛇は呉若君がつけた『邪空蛇』の名で呼称されることとなった。 邪空蛇が眩しさに怯んでいる隙に飛空船はかなり無理な強制的上昇で係留地を離れる。姿勢を崩しつつそれでも旋回し、係留地の出入り口まで辿り着いた常春一行の上で滞空した。 「失礼しますよ」 「‥‥あれ?」 狐火がそう告げた後、常春は奇妙な体験をする。 地上にいたはずなのに景色が一瞬で切り替わって飛空船内に移動していた。狐火が夜と早駆を駆使した結果である。 「よいしょっと! 俺が最後だぜ!」 次々と開拓者が縄ばしごを使って乗船する。最後にルオウが飛び乗ったのを合図にして飛空船は全速で離脱を図った。 (「大丈夫ですね‥‥」) 柚乃は船倉中央で念のために敵対者がいないかどうかをムスタシュィルで確かめる。仲間達はもちろんのこと、船員を含めて常春を狙う者はいなかった。 「しつこく追ってきています」 陣笠を外したライは船体後部の窓から後方の闇を眺めた。暗視を使えば造作もなく追ってくる邪空蛇を自らの目で捉えられる。さっそく伝声管で仲間に状況を伝えた。 飛空船は加速し続けていたが、じりじりと邪空蛇との距離が縮まってゆく。最大船速まで余裕は大して残っていなかった。 常春は一番安全な船室へと移動させられる。 開拓者達は操船室や機関室で船員達に力を貸した。遠隔攻撃の手段がある開拓者は甲板上で後方を睨んだ。闇の向こうにいるはずの邪空蛇を想像して。 邪空蛇が見えるまで近づいたのなら攻撃開始。全員が固唾を呑んだ。 「俺の力は、護る為の力だ‥‥。ここで防げないでどうする!」 朱華は雷鳴剣で雷の刃を飛ばす。 「常春殿の度胸を無にするわけにはいかないのですよっ!」 七塚は球を投げるが如く全身のバネを使って気功波を放った。 「アヤカシもいるとは‥‥春華王と見える絶好の機会を与えてくれた事、曾頭全には感謝しておるぞ」 呉若君は閃光練弾で邪空蛇を狙い撃つ。 「任せておいて! 誰も常春さんには近付けないからっ!」 リィムナはフルートで『魂よ原初に還れ』を奏でた。 雷の刃が邪空蛇の右翼の一部を切り裂く。 気功波の塊は邪空蛇の額に命中。 魂よ原初に還れの調べによって苦しむ邪空蛇は、さらに閃光練弾で視界を遮られる。 それぞれの攻撃が決まって邪空蛇との距離が離れていった。 ここは神楽の都の上空。アヤカシが出没したとなれば官憲の飛空船が現れる。 邪空蛇の後始末は任せて、常春一行を乗せた飛空船は春華王が利用している宿泊の屋敷の庭へと着陸する。 対外的には常春は春華王の使者として活動していたことになる。開拓者の中にも常春の正体を知る者、または勘づいている者もいたが深くは触れなかった。 ともあれ常春は傷一つなく無事生還。護衛の開拓者の中に怪我をした者がいたものの、大事はなかった。 ただ短い時間の戦闘ながら全力で戦って全員が疲れ果てる。常春が用意した宿で開拓者達は疲れを癒した。全快はしなかったものの数日の休養でそれなりにまで回復する。 「牛乳飲むと大きくなるって言い伝えがあるや。しっかり飲んで背伸ばしや。男は体も心もでかいのが一番やで」 「早くそうなれるよう頑張ります」 神座真紀は常春の肩を叩いてから後ろを向いて手を振った。 「主を護り補佐する事こそ、護衛の務め故。常春殿、困り事あれば呼び寄せて頂ければ」 「泰国にはこれから嵐が吹き荒れるはずなんです」 すべてを見透かした瞳で呉若君は別れの挨拶を交わす。 「万屋黒藍をはじめとした方々から協力を得られたと聞いて自分はほっとしているであります」 「取っかかりは出来ました。何とかなる‥‥いえ何とかします」 七塚は常春がやり遂げた交渉成立を特に喜んだ。 「敢えて危険に飛び込むこともあるのでしょうけれど、これからも命は大切にしてください」 「傷は大丈夫ですか? 痛くはありませんか?」 常春の身代わりをしてくれたライは常春のこれからを心配してくれる。 「空から落下して襲われるなんてねっ。シノビだからといっても怖くなかったのかな?」 「私だったらとても出来ませんね。高いところが苦手とか、そういう程度の話ではありませんので」 リィムナは雑談を交えながら常春とお別れする。 (「俺は春華王‥‥いや常春さんの力になれただろうか‥‥」) 「朱華さん、どうしました?」 朱華は簡単な言葉で常春に別れを告げつつ心の中で呟いた。最後に握手を交わしたのだが、常春の握り返してきた手はとてもしっかりしていた。 「味方に潜り込んだ敵がいなかったのは何よりでした。曾頭全という組織は洗脳薬を使うと聞いていたので」 「一瞬で移動したときはびっくりしました」 狐火はとにかく無事でよかったと常春に挨拶する。 「戦いはいつも大変だけど、あれほど一瞬の気の迷いが命取りなのも滅多にないからなー」 「私も長く感じていましたけれど、距離から考えればわずかな時間だったのですよね」 ルオウは常春と挨拶を交わしつつ脱出時の瞬きも出来ない状況を思い出す。 「これで何とかなりそうですね。常春さん」 「はい。これで兄のこともうまくいけば‥‥」 伊崎紫音は常春が何を成したのか、またこれから成そうとしているのかをよく理解していた。 「やっぱり王‥‥じゃなくて常春クン、物騒で大変なんだね。いつかまたのんびり一緒に観光できたらいいね」 「旅先でゆっくりと美味しい物でも一緒に食べたいです」 柚乃にとって常春と会うのが久しぶりの依頼であった。 「みなさんのおかげでこうして無事に立っていられます。泰国ではいろいろなことが起きていまして、行き先見えない霧の中といったところですが光明が見えました。ありがとう御座いました」 感謝する常春に見送られながら開拓者達は都内の住処へと帰って行くのであった。 |