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■オープニング本文 理穴の国の南西の地域には多数の避難者が流入していた。その殆どが湖の東側にある緑茂の里周辺に住んでいた民である。 儀弐王が指示した事もあって、かなりの町や村では事前に受け入れ体制が整っていた。避難者達は平穏が戻るのを待ち侘び、今は堪える日々を送る。 「この村は大丈夫のようだ」 弓術士の陽徳は理穴の女性国王『儀弐王』の命によって南西の地域を巡回して様子を確かめていた。衣食住は足りているか、混乱は起きていないかなど、定期的に遣いを出して儀弐王へ報告していたのである。 ある日、陽徳は『光来』という町を訪ねた。 神楽の都のギルドから派遣された開拓者達のおかげで治安が保たれている町だ。門を潜り抜けて町へ足を踏み入れた時、遠くから子供達の笑い声が聞こえてきて陽徳は安心する。この町はうまくいっているのだろうと。 思った通り、避難者用の食料や住処の不足はなかった。 「わたしに構わないでくれ。部屋も避難者と一緒で構わぬ」 町の重鎮の持て成しを遠慮した陽徳は空いていた避難者用家屋の一部屋を借りる。 その家屋には町を守っていた開拓者達も泊まっていた。明後日には交代の開拓者がやってくるので、この町に滞在するのは明日までだという。 宵の口、開拓者達と意気投合した陽徳は酔いつぶれない程度に酒を酌み交わす。 楽しい時間は過ぎ去り、遅くならないうちに明日に備えて眠りに就いた。だが、まだ夜が明けない頃の鐘の音によって叩き起こされる。 鐘はアヤカシ襲来の合図であった。 「一緒に行こう! 戦わせてくれ!!」 開拓者達と一緒に陽徳も外へと飛び出すのであった。 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
介(ia6202)
36歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●北門と南門 夜が明けようとする頃、光来の町は鐘の響きに包まれていた。 目を覚ました町民達や避難者達が道ばたで心配そうに声を掛け合う。何が起きたのかよくわからなくて泣きだす子供も大勢いた。 まるで大火事が起きた時のようだが今は違った。見張りの者達によってアヤカシが確認された合図である。 町の自警を担う木戸番の者達が戦いの準備を始めているが、多数のアヤカシ相手では無力に等しい。このような非常時の為に開拓者八名は光来に派遣されていた。 一緒の宿になった志体持ちの弓術士・陽徳を加えた九名は北門へと急いだ。鐘の音が北門襲来を示す打ち方をしていたからだ。 九名は互いの役目を大まかに割り振る。 桔梗(ia0439)、香坂 御影(ia0737)、焔 龍牙(ia0904)、滝月 玲(ia1409)、橘 楓子(ia4243)、介(ia6202)は北門でアヤカシを迎撃する。 白蛇(ia5337)、菊池 志郎(ia5584)、陽徳の三人は、北門から町の外へ出たのなら南門を確認する偵察組だ。アヤカシが北門に集中しているとはいえ、陽動の可能性も捨てきれなかった。 「皆さーん、危ないですから門の外には出ないで隠れてくださーい」 菊池志郎は門周辺の人波を掻き分けながら注意を促す。 ただすれ違いざまに木戸番から普通の町民と間違えられるのが三度もあって、少々へこまされる一幕もあった。 「志郎、陽徳の二人と南門にいってくるね‥‥」 白蛇は南門に残る仲間達に声をかけてから身を翻して走る。菊池志郎と陽徳も町の者からもらった松明を掲げながらついてゆく。 空は白み始めていたが、まだ辺りは暗い。 (「最近の理穴では珍しく‥子供達の笑い声が絶えない町‥。乱させたくない‥」) そう白蛇は心の中で呟いた。北門へ向かう途中で聞いた子供達の泣き声が未だ脳裏に残っている。 町の外に人はいなかったが、光来を囲む石積み壁の内側には一定間隔で櫓があり、見張りが行われていた。 「この辺りは大丈夫ですか?」 「いまんとこ、アヤカシはいねえぞ! 見つけたら鐘鳴らすぅっからよろしくな!!」 陽徳が駆けながら櫓を見上げて見張りの者と言葉を交わす。 「南門にもあのような櫓があるでしょう。陽徳さんは上にいてください。アヤカシが出たらそこから矢で射ってもらいたいのです。門は閉め切っておいて俺と白蛇さんは外で待機します。何かあった時には柱にでも縛りつけた荒縄を垂らしてもらえますか。それで待避しますので」 「承知した。お二人にご武運を」 菊池志郎が隣を走る陽徳に話しかける。白蛇も含めて三人で細かな段取りが決められた。 やがて南門に辿り着くと作戦通りに配置についた。 見張りの木戸番によれば、現在南門付近でアヤカシは確認されていないという。事実、秋虫の鳴き声が聞こえてくるほどに静かである。遠ざかったせいで届く鐘の音は非常に小さかった。 「隠れているかも知れませんので、たまに暗視で確認します‥‥」 「もしもの時には滝月さんから借りた、この呼子笛を鳴らしますので」 白蛇と菊池志郎は茂みに隠れて小声でやり取りをするのだった。 ●骨鎧と狂骨 白蛇、菊池志郎、陽徳の三人が南門に向かった直後、残った開拓者六名はアヤカシとの戦いに備えた。 「それではまたあとで。どうかご無事で」 「‥‥ありがと」 北門が内側から閉じられてゆくのを外にいた桔梗が見届ける。 「‥ん、光来での最後の一仕事、だな」 閉まる瞬間、陽徳が南門に向かう前に感謝の言葉を投げかけた事を桔梗は思いだした。 「まだ夜明け前‥‥アヤカシもちょっとは訪問時間を考えて欲しいわねぇ。寝不足は美容に悪いじゃないのさ、まったく」 不機嫌そうにかすかに白む夜空を見上げたのは橘楓子。石積みの壁に深く背中を預け、口に手を当てながら欠伸をする。 「あたしの貴重な睡眠時間を削った借りはきっちり返してもらうからね?」 そう呟いてから橘楓子は胸元から陰陽符を取りだし、まだ見えぬアヤカシがいる方向を睨んだ。 「くぁ‥‥」 橘楓子とは別にもう一人、欠伸をかく開拓者にいた。篝火の位置を移動させている介である。 「もうすぐ帰られると思いきや、襲撃に来るとはな。しかも眠りを妨げるとはね、来るなら明後日か昼に来ればよいものを…面倒なことだよ、全く」 もらった松明の何本かを篝火に突っ込んでおき、介はいつでも手に取れるようにしておく。自前の火種も使えるが、この方が手っ取り早いからである。 (「この町は良い町だな‥‥依頼関係無しに、また訪れたいぐらいだ。次に訪れるためにも、必ず守り通さないといけないな」) 香坂御影は刀の鞘に握りながら北門へと振り返る。 「ここを何としても守り! 返り討ちにしてくれる!!」 心眼でアヤカシの群れを察知した焔龍牙は仲間達に大声で伝えた。 「ここは合戦の中にあって子供達の笑い声も聞こえるいい町だ。お前達狂った骨共が踏み入っていい場所じゃない!! 向かって左に敵が集中!」 滝月玲は抜いた刀を中段に構え、勢いのある言葉とは裏腹に心眼でアヤカシの位置を正確に把握していた。 前衛の香坂御影、焔龍牙、滝月玲の三人が前に出て、後衛の桔梗、介、橘楓子の三人は少し下がる。 「これでも喰らいな!」 まだ離れている間にと弓を手にした橘楓子は闇に向かって矢を放ち続けた。姿は見えなくてもカチャカチャと鎧と骨が擦れる音は聞こえてくるので大まかな位置はわかる。矢が次々と闇の中に吸い込まれてゆく。 (「近づくまでに数を減らしたい‥」) 桔梗はアヤカシの姿がかすかにでも見えるようになると力の歪みを使って身体を捻っていった。あらかじめ配置しておいた篝火のおかげである。 「数だけは多いようだな‥‥まったく」 真っ先に斬り込んだのは香坂御影だ。刀を持つ敵をいなしながら擦り抜け、狙うは弓を持つアヤカシである。遠隔攻撃をされると何かと厄介だからだ。 「必ず町を、子供達の笑顔を守り抜いてみせる!」 滝月玲は刀撃を盾で受けながらアヤカシを押し戻す。そして炎をまとわせた刀で仕留めてゆく。 あまりに前進しすぎると後衛の仲間達が危険に晒される。それを防ぐために周囲の状況把握を欠かさない滝月玲であった。 (「日が昇るまでにはまだ少しの時間がかかるな」) 滝月玲は思う。篝火が照っているとはいえ、暗闇の中の戦闘は何かと不自由だと。 知恵か偶然か、アヤカシによってすでに篝火のいくつかが倒されていた。倒れにくいように地面へと脚の部分を埋めたのにも関わらず。 「そう簡単に踏み込めると思うなよ! 俺たちが相手だ、覚悟しな!」 焔龍牙は香坂御影と滝月玲よりわずかに下がって後衛の者達を狙おうとするアヤカシを根こそぎ刀で斬り伏せる。今は弓を持つアヤカシ退治の優先を香坂御影に任せていた。 滝月玲が視線と態度で篝火の保全を焔龍牙に伝える。 敵である骨のアヤカシは多勢であり、どんなに優れた開拓者でも怪我は負う。それを治してくれるのが介と桔梗である。 「早く日が明ければよいのだが」 松明と精霊符を手にした介は、消えた篝火を火種で点けなおす。そして神風恩寵で仲間の治療を行った。出来る限り温存して効率のよい場面で使うように心がける。 「まだ平気みたい、だな」 桔梗は力の歪みでの攻撃を続行し、前衛三人の支援をしていた。介の回復が間に合わない時には神風恩で前衛を癒してゆく。 「骸は大人しく土に返るんだねぇ」 軽やかに伸ばして砕魂符を打つのは橘楓子。彼女の攻撃が届く頃には仲間達が加えた痛手が蓄積しているので、多くのアヤカシが崩れ落ちて大地に散開する。 骨鎧や狂骨が厄介なのは、攻撃を受けてもまったく怯まずにおかまいなしに突っ込んでくる事だ。倒れる直前まで暴れるのである。 戦いの最中で夜空は白んでゆき、やがて大地も明るくなる。こうなれば篝火がなくても支障はない。 朝焼けの中、一気に仕留めようと前進を決めた開拓者達であったが、その分だけ骨のアヤカシ共等が戦線を引いた。 この時、北門を守る開拓者達はアヤカシの行動に疑問を感じ取る。最初は北門を突破しようと全力をもって敵が攻撃していたのは事実だ。しかし途中からアヤカシ共は密集せず、互いに距離を開けて散漫とした戦いの場を形成しようとしていた節があった。 さらにこちらが押した瞬間に敵が引いた様子から開拓者達は確信した。アヤカシは途中から時間稼ぎに作戦を変更したのだと。 おそらくはアヤカシの一部が南門を狙っているのだろうと誰もが想像する。当初に考えられていた不安が的中した瞬間であった。 現状の敵数が何の妨害もなしに北門を壊して光来内に突入しようとしても、それなりの時がかかる。つまりはこれまでの頑張りによって開拓者側には余裕が生まれていた。 開拓者達六名は決断をし、門を守る陣形から殲滅の攻撃陣形へと形を変えた。いわゆる乱戦である。 現在、菊池志郎、白蛇、陽徳の三名が守っているが故に、何かがあっても南門は簡単に突破されないだろうが、いち早く駆けつけて加勢してあげなければならない。 北門を守る開拓者達の考えは当たっていた。後方の光来では止まっていた鐘の音が再び激しく鳴らされ始める。 そして石積みの壁の中にある櫓の上から木戸番が叫んだ。南門付近で開拓者の一人が呼子笛を鳴らしていたと。 南門は骨鎧五体に襲われている最中であった。 ●南門の攻防 シノビの菊池志郎と白蛇は早駆を使ってアヤカシの動きを翻弄していた。主に手裏剣で牽制し、注意を自分達に向けされる。 おそらくアヤカシ共の目的は光来に入り込んでの大虐殺である。南門に取りつこうとするのを櫓の上から陽徳が矢を放って抑え込んだ。 味方三に対して敵が五。差し違えるつもりであれば別だが、この状況下では時間稼ぎをするのが精一杯であった。 「これで‥‥」 白蛇は水遁を使って敵の一体周辺に水柱を出現させる。衝撃を与えるだけでなく、感覚を狂わせる効果も見込める術だ。 「このままではまずい。一旦戻ります!」 菊池志郎が白蛇に声をかけた。数をもってアヤカシ共に追い込まれる前に櫓へと待避しようとする。 「これに掴まって!」 櫓の上にいた陽徳が石積み壁の向こう側から縄を投げてくれた。身軽な菊池志郎と白蛇なら縄に掴まるとあっという間に三メートルの壁を登り切って陽徳の側に立った。 骨鎧五体が南門に攻撃を仕掛けようとした時、鐘の音に混じって誰かが叫ぶ声が櫓の三人の耳に届いた。 「あの声は‥‥」 白蛇は目をゴシゴシと擦ってから朝日に照らされる遠くを望む。北門を襲っていたアヤカシ共の殲滅を終えたばかりの仲間達であった。 加勢に来てくれたのである。 「これでいけるはずですね」 「ああ、すべてが間に合ったようだ」 菊池志郎と陽徳は互いにあげた右手を合わせるように叩いて鳴らした。 「門近くですと矢が放てませんので」 「わかりました。白蛇さんと一緒に南門から引き離します」 陽徳に頼まれた後で菊池志郎が地面へと飛び降りる。白蛇は陽徳と視線を合わせて頷いてから櫓から跳んで着地する。 北門の六名と合流した菊池志郎と白蛇の動きは非常に生き生きとしていた。これまでの消極的なものとは違って、一気にアヤカシ共を追い込んでゆく。 「もう、わたしの出番はないな」 二射ほどすると陽徳は弓を構えるのをやめて降ろす。 朝日の中で、すべてのアヤカシは倒された。 ●そして アヤカシが身につけていた鎧などの武具はすべて集められて処分される。瘴気が取りついていた骨についても供養が行われる。 「わたしはこれにて。よい開拓者と会ったと土産話が出来た。またどこかで」 陽徳は開拓者達と挨拶を交わすと光来の町を去ってゆく。まだ別の避難地の観察があるようだ。 寝不足気味の開拓者は戦いが終わった後で借りていた家屋へ戻り、すぐに横になった。夕方頃起きると食事をとって再び眠る。 目覚めた頃には光来を守る任期が切れていた。そして新たにやってきた開拓者と交代して馬車へと乗り込んだ。 「ありがとうございました!」 「またおいでよ!」 門を出るまでの間、町民や避難していた人々から馬車に乗る開拓者達に声がかかる。 半日ほど馬車に揺られた後で待機する飛空船まで辿り着く。開拓者達を乗せるとすぐに飛空船は離陸して神楽の都への帰路に就いた。 空の旅は長い。その間に失った体力などもすべて回復し、元気な姿で神楽の都の地を再び踏んだ開拓者達であった。 |