儀弐王遠野村訪問・大宴会
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/09 01:51



■オープニング本文

 日差し強い夏の季節。
 理穴国軍所属の大型飛空船『雷』は東部の空を航行していた。遠野村に向かう前に乗船する女王・儀弐重音が望んだからである。
「東部の空をこのようにして飛べるのは夢のようです‥‥」
 艦橋窓際に立つ儀弐王の眼下に広がるのは形骸化した魔の森。
 主となる大アヤカシ『氷羅』『砂羅』を討伐した今、瘴気が多少濃い広大な土地に過ぎなかった。
 真っ当な土地に戻すためには一度焼き払わなければならないものの、これまでの強烈な不安を考えればその苦労は容易いものといえた。
 これから向かう遠野村は海岸線を除く殆どすべてを魔の森に囲まれている。湖底姫と呼ばれている水精霊のおかげで長く魔の森に浸食されずに済んだ稀少な土地といえた。
 以前、非公式に訪ねたことはあるが今回は公式な訪問である。国の内外に東部の土地奪還を強く示す意義が込められていた。
 ただそれだけではない。
 遠野村の民と大いに協力してくれた開拓者への感謝が含まれていた。儀弐王による理穴国東部奪回の宣言の後は大宴会が開かれる予定である。
 式場は大型飛空船『雷』と理穴ギルド所属の『角鴟』の二隻の甲板上。並べて着陸させて行き来出来るよう橋で繋げる形になるだろう。
 大宴会はジルベリア風の立食式であり、様々な料理が用意される予定だ。遠野村沖の魚介料理も多く並ぶはず。特に毛ガニは遠野村の特産品になっていた。一部がすでに奏生の魚市場でも扱われている。
 魔の森であった土地の見学を終えた後、大型飛空船『雷』は遠野村へと着陸を果たす。理穴ギルド所属の『角鴟』は二時間後に到着した。
 儀弐王と臣下達に続いて開拓者達も遠野村の大地を踏みしめた。殆どが魔の森境界線で繰り広げられた戦いの功労によって招かれた者である。
 三日後の夕方、儀弐王が甲板の演壇に立つ。女王による東部奪回宣言とそれに続く大宴会はすぐに迫っていた。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 十野間 月与(ib0343) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 无(ib1198) / 神座真紀(ib6579) / アムルタート(ib6632) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / 巌 技藝(ib8056


■リプレイ本文

●奪回宣言
 夕日に照らされる二隻の大型飛空船。『雷』は理穴軍所属。『角鴟』は理穴ギルド所属の飛空船である。
 大宴会の会場となる四本の橋が架けられた双方の甲板にはたくさんの人々が集まっていた。
 現地の遠野村住民。操船要員の理穴兵やギルド員。理穴国やギルドの重鎮の姿も。魔の森境界線での戦いに多大なる貢献をした開拓者も多数参加していた。
 大宴会は理穴女王・儀弐重音の言葉から始まる。
 衆目の中、壇上に立った儀弐王は甲板にいたすべての者を見渡す。
「私が生まれたとき、そして王となった瞬間も理穴国の東部は魔の森に覆われていました。日々の生活を脅かすアヤカシの巣窟である魔の森。理穴に限らず各所の魔の森の存在は非常に大きな問題といえるでしょう。特に東部の魔の森は元々、他国から広がったものです。天儀本島の北東に位置した一国を呑み込んでさらに理穴国まで浸食。それは止むことなく先祖の地を奪われた民の嘆きが私の耳に魂に今も刻まれています。
 当初は一体の大アヤカシが支配しているのではと考えられていた広大な東部の魔の森ですが、緑茂の戦いにおいての炎羅によって仮説は崩れました。討伐後、魔の森の一部を取り戻した私達は絶望の渦中にあって希望を見つけたのです。
 やがて状況は打開の糸を紡ぎ始めます。
 急変の事態ながら砂羅、氷羅と名付けた大アヤカシの討伐に成功。ついにかつての土地を理穴国は取り戻しました。多くの理穴民の力、武天国、朱藩国の協力、そして開拓者ギルドの力添えによって為し得たもの。ありがとう。この言葉がこれほどに喜びに満ちたものだとは私は知りませんでした」
 赤く染まる世界の中が静まり返った。
「理穴の王である私儀弐重音は今日ここに理穴国東部の奪回を宣言いたします」
 喝采に包まれて儀弐王の演説は終了する。後は食べて歌えの大宴会の時間となるのであった。

●宴の出来事
(「あれが儀弐王ですか」)
 无(ib1198)は自らが尾無狐と呼ぶ宝狐禅を肩に乗せながら儀弐王の演説を見やる。
 堂に入った姿はさすがだと思いながら、心の中であったのは魔の森で得たとされる護大についてだ。
 『氷羅』と『砂羅』のどちらにも関わりを持った无は真剣に理穴軍が回収した護大を青龍寮で調査してみたいと考えていた。
 儀弐王によって理穴国東部奪回の宣言されると大宴会。卓にはたくさんの料理が並べられる。
「まずは賞味しましょうか。‥‥美味しいですね此れ」
 无は最初に尾無狐へと毛ガニを取り分けてから一緒に堪能する。もちろん酒も一緒に。理穴と武天の天儀酒が並び、さらに遠野村の地酒も。遠野村のは殆ど濾過されていない濁酒だが、それはそれで味わいがある。
 尾無狐にも分けてあげながら酒を嗜んだ。カニミソが使われた酒の摘みもあってなかなかにすすむ。
「どうぞ」
「これはご丁寧に」
 酒の酌に現れた遠野村村長、円平と无が挨拶を交わす。
「この度の戦い、疲れ様でした。この遠野近隣に隠れていた強力なアヤカシを倒したと聞きましたが」
「オオサンショウウオによく似たアヤカシのことですね。私も参加しましたが、こちらを討伐出来たのも開拓者のみなさんのおかげです。私共は不浄の水と呼んでいますが、瘴気の濃い水を地下から流れされていて大変な事態になっていたのです」
「その不浄の水にはどうやって対処したのでしょうか?」
「この遠野村に住む湖底姫が清浄の水を流して中和してくれたのです」
 无は円平の言葉で噂を思い出す。この村には水精霊の湖底姫がいたことを。円平によれば大宴会の場にはいないという。
 円平も誘ったそうだがいろいろと理由をつけて参加を拒まれたようだ。どうやら精霊として曲げられない信条があるらしい。
 无は儀弐王と話す機会も得る。
 気になっていた護大についてだが、すでに理穴国には存在していないらしい。開拓者ギルドを通じて然るべき場所へと移送になったようだ。
「果たして人と同じ形と考えてよいのかはわかりませんが、氷羅が残したのは左足の親指らしき部位でした。砂羅も同じく足の指ですが、右の親指以外だと判断しました。それ以上のことはわかりかねます」
 敢えて大きさすらも正確には計っていないと儀弐王は語る。
 理穴国にとって二つの護大は忌むべき存在であって、いち早く手放したかったといったところが本音のようである。
 一人になった无はもう一度杯を手に取る。
「開拓者ギルドに掛け合うしかないでしょうかね」
 尾無狐と世話話をしながら毛ガニの塊にむしゃぶりつく无であった。

 羅喉丸(ia0347)は円平を含めた仲間達と酒を酌み交わしていた。
「全てが終わった。いや、一つのことが終わり、また始まるんだろうな。だが、折角の宴だ、今は存分に楽しまなければな」
「すべてを忘れて楽しみましょう。今晩は呑んで呑みまくりますよ」
 すでに顔が真っ赤な羅喉丸だがこれからが本番。円平の杯に並々と酒を注いだ。
「そういえば湖底姫はどこにいるんだ?」
「彼女はどうもこういう場は苦手なようで。村内にはいるはずなのですけど」
 残念ながら甲板の大宴会に湖底姫は現れることはないという。
 これが村人達との宴ならば問題はないのだが、一国の歴史に残る行事となれば意味合いが違う。彼女の能力からいって精霊の中でもかなりの上位の存在と思われる。別の世界に存在している以上、必要以上の接触を避けているようだ。
「ですが、喜んでいましたよ。後で会ってあげてください。きっと私の屋敷にいるはずですから」
「そうさせてもらおう」
 湖底姫との仲を邪魔しないよう円平の元に長居をするつもりはなかった羅喉丸だが、その相手がいないとなれば話は変わってくる。
 仲間達と一緒に暫し円平との語らいを楽しむ羅喉丸だ。大分楽しんだところで遠くの大雪加に気がついた。
(「大雪加さんも甘い物はきっと好きだろう‥‥」)
 羅喉丸は自分が作った紙包みの焼き菓子を手に大雪加へと近づいた。
「羅喉丸さん、楽しんでいらっしゃいますか」
「はい、おかげさまで。これまでの遠野村のこと、色々と気にかけて手を回してくれたこと、感謝しています」
「あなたこそ遠野村のこと、大事にしてくださってありがとう御座います。ギルド長としてとても助かりました。儀弐王様から理穴ギルドが預かった土地ですので」
「そ、そういわれると――」
 羅喉丸は大雪加とかなり長く話した後で、甲板を繋ぐ橋の上で佇んだ。
(「炎羅から三年と九ヶ月ぐらいか。あれからの日々の積み重ねの結果が目の前の景色か。俺は何かを為せたのだろうな‥‥」)
 両方の甲板に視線を向けた後、月夜に照らされる形骸化した魔の森を見つめる羅喉丸であった。

「遅れちゃったかも」
『いざゆかん 馳走あるとこ おいらあり』
 柚乃(ia0638)と、もふら・八曜丸は少し遅れて大宴会の会場を訪れる。階段を登って甲板に辿り着けばすでに盛り上がっていた。
 知り合いを見つけて聞いたところ湖底姫はいないらしいとのことで、柚乃はかくりと俯いてみせる。
 しかしせっかくの大宴会。落ち込んでいるだけでは勿体ないので、湖底姫の分も楽しむことにした。
『もふーん♪』
 もふら・八曜丸は取り分けてもらったカニの身たっぷりの雑炊を頬張る。もちろんそれだけではなかった。ところ狭しと並ぶ卓の料理を柚乃にとってもらってはお腹の中に納める。
(「あれは‥‥綾姫ちゃん?」)
 柚乃はコソコソと帽子を深く被る人物を武天の綾姫と見抜いた。
 綾姫といえば魔の森境界での急変の戦いにおいての立て役者の一人。本来ならば壇上にいてもおかしくない人物である。
「綾姫ちゃん、どうしたの?」
「しー。‥‥柚乃殿か。その名は禁句なのじゃ」
 どうやら綾姫はお忍びでやってきたようである。ばれると父親の巨勢王からお目玉をもらってしまうらしく内緒にしておいてもらいたいという。
「そういえば‥‥えっと、綾姫ちゃんはイチゴが好きだったよね?」
「大好きなのじゃ♪」
 柚乃が大きな袋から取りだしたのは苺のタルト。この季節、生の苺はないの砂糖漬けの苺を使ったものだ。ちなみに遅刻したのはこれを作っていたためである。
「どう?」
「うまいの〜♪ やっぱり苺が一番‥‥」
 柚乃が眺めていた綾姫の動きが一瞬止まる。綾姫の見上げる視線の先を辿ってみれば間近に儀弐王の姿が。
「こちら頂いてよろしいですか?」
 儀弐王が綾姫と柚乃と同じ卓を囲んだ。
『おいらが許すもふ♪』
「は、八曜丸〜!」
 もふら・八曜丸が儀弐王にかけた一言に柚乃が顔を真っ青にした。儀弐王は笑ってで頂きますといって柚乃の苺タルトを口にする。
 甘味が揃って女子が三人揃えば会話も弾んだ。
「まだまだやるべき事が残っていますので海水浴は無理ですが、落ち着いたら温泉にでも入りたいところです」
 柚乃と綾姫に耳打ちする儀弐王。多忙から逃れられるであろう冬の頃には温泉でゆっくりしたいとのことだ。
「温泉、よいの〜♪」
「いいですね♪ ゆっくりしたいです」
 綾姫と柚乃も秋を越えての冬に思いを巡らす。
『温泉タマゴ おいら たくさん食べるもふ』
 やはりもふら・八曜丸は食べることしか頭の中にないようである。柚乃は綾姫、儀弐王と一緒に大いに笑うのであった。

「この食べ物、なんていうんだろー♪ 天儀の料理って変わっているよね〜♪」
 アムルタート(ib6632)は卓に並んだ料理の中から好みのものを選んで平らげ、皿を重ねる。
「いえ〜い宴会だ〜!! かーんぱーい!!!」
 周囲の人達と乾杯して交流したら、次にやることは決まっていた。
「そこそこ食べたらレッツダンス! 宴と言えば音楽と踊り! 踊りと言えば、私だよ♪」
 舞台に上がった軽いステップでくるりと回る。プレセンティ・トラシャンテによってアムルタートの身体が輝きだす。
 ヴィヌ・イシュタルを使いながらの投げキッス。男性の一部が呻いた。続いてバイラオーラを纏って踊り出す。
「ひゃっほ〜い♪ 盛り上がっていくよ〜!」
 我慢しきれずアムルタートに合わせて踊りだす者が続出。人の輪が広がってさらに盛り上がってきた頃、アムルタートは儀弐王を発見してこっそりと踊りの輪から抜け出した。
「はっじめまして! アムルタートだよ! ジプシーなの♪」
「こちらこそ。儀弐重音です。盛り上げてくださっていますね」
 アムルタートの挨拶に儀弐王は丁寧に応えた。そして飲もうとしていた冷たい珈琲をアムルタートにも勧める。一緒に飲みながら暫し歓談した。
「奇岩坊だっけ? 強かったんだからね〜! 固いし馬鹿力だし!!」
「砂羅の眷属ですね」
「女王様のとこには出たの?」
「複数の報告は聞き及んでいます」
「怪我したって聞いたけどダイジョブ?」
「こうして元気にしていますので‥‥‥‥ここだけの話し、温泉でゆっくりしたい気分ですね。そうはいってられないのですけれど」
 儀弐王が囁いた本音にアムルタートは吹き出しそうになる。
 踊りに戻ったアムルタートは大満足。遠野村名物の毛ガニ尽くしの料理を堪能するのであった。

 これだけの大宴会となれば、最初に料理を用意すればそれで済むというものではなかった。会食が始まってからも料理は作り続けられていた。
「あ、月与さんも調理参加なんですのね」
 礼野 真夢紀(ia1144)は厨房で十野間 月与(ib0343)を見つけて駆け寄る。
「まゆちゃんもこっちにいたんだ。あたいは討伐には殆ど関われなかったからね。女王様が開拓者を労って下さっているのは承知なのだけど、料理のもてなしで少しでも戦いに従事した人々や苦労した住民の方々を労って行きたいなって思ってね」
 月与と礼野は一緒に調理することに。礼野は道具や食材を抱えて月与横の作業台へと移動した。
「立食だと魚の煮つけや刺身は食べ難いですよね。フライや串に刺した焼き魚が多いけど‥‥折角新鮮な魚が多いのにもったいない気もするんですが」
「少しだけど畳を敷いた席も用意してあるみたいだから、そっち優先にしてお刺身や煮つけを運んだらどうかな?」
 いろいろと工夫しながら作業を進める二人。礼野は魚を捌いて刺身や煮つけを仕上げる。月与は甘味の用意だ。氷が必要なときには礼野が氷霊結で用意してくれた。
 料理を運ぶ係が専門にいるので礼野と月与は調理に専念する。大宴会はとても盛り上がっているようで、作っても作っても足りない状況が続いた。
「よし♪ ちょっと行って来るね」
 月与は儀弐王のために作った料理については自ら運んだ。そして試食を申し上げる。作ったのはチョコレート菓子とタルトであった。
「これは美味しい‥‥。よい食材を使っていますね。それに合わせての加減も素晴らしい」
「こちらのタルトには理穴産の梨を使わせて頂いています」
 儀弐王と月与のやり取りは当然、周囲の者達の耳にも届く。月与の甘味菓子は大人気となって宴会場へと運ばれる度に一瞬でなくなる事態が続いた。
「素晴らしい毛ガニです」
 礼野は毛ガニ料理も次々と用意していた。
 どのカニにも身がたっぷりと詰まっていて調理がしやすかった。カニミソも使い、鍋にしたり時には冷製仕立てにして提供する。
(「これ‥‥もしかして‥‥」)
 ふと礼野が美味しそうなにおいに誘われて厨房内を見回す。すると網の上で大きなお肉が炭火で焼かれていた。
「こんなに大きくて柔らかいお肉‥‥見るの初めてです」
「ん? この牛肉か? 俺は武天国から派遣された板前だ。せっかくだから最高級の肉の味を楽しんでもらおうと思ってな」
 礼野は網の上に肉をまじまじと眺める。
 適度に脂のさしが入っている牛肉はとても柔らかだ。厚みがあるから簡単にひっくり返せているが、そうでなければ難しそうである。
 これほどの牛肉を大量に誰でも用意出来るものではなかった。
 疑問に感じた礼野だが、たまたま甲板である人物を見かけて合点がいく。帽子で隠した顔はある国の姫様であった。
 武天の板前は牛肉の網焼きの他にも葡萄酒で煮込む牛肉の塊など面白い料理を見せてくれる。
「あんたたちも開拓者だろ? せっかくだ。味わっておくれ」
 武天の板前が礼野と月与のために牛肉料理を運んできてくれた。好意に甘えて調理の手を休めて頂くことに。
「網焼きでたくさん脂が落ちていたのに‥‥このお味」
「葡萄酒を使った牛肉煮込みもすごいよ。お肉の質が違うとこんなに味が変わるんだ」
 礼野と月与は牛肉料理でそれまでの疲れが吹っ飛んだ。二人はこの後もたくさんの料理を作って大宴会を盛り上げてくれたという。

 宴会に歌や踊りはつきもの。
 みんなの酔いが進んだところで、少々過激な舞の披露が始まる。
 シルフィリア・オーク(ib0350)と巌 技藝(ib8056)は、これから『樹理穴踊り』をしようと即席のお立ち台の上に立つ。
 『樹理穴踊り』とは理穴の首都、奏生において有名な踊りとされている。進行役からその名を聞かされた儀弐王も興味津々な視線を向けた。
「どのようなものでしょうか‥‥」
 表情こそいつものように落ち着いているものの、儀弐王はかなり酔っていた。たまにぼうとする視界を瞬きで取り戻すうちに楽器が鳴り始めて踊りが始まる。
 そして一気に目が覚めた。目前で繰り広げられる踊りのおかげで。
 シルフィリアの衣装は大胆に開いた胸元に太股が露わな姿。基調の緑色は力強い夏の木々のよう。そしてうっすらと透けているようにも見えた。
 自由な鳥の如く手にした羽根扇を舞い踊らせる。
 巌技藝が纏っていたのはバラージドレスと呼ばれるもののようだ。頭の後ろでまとめられた紫髪が踊るたびに揺れる。手にした羽根扇の勢いと合わせてシルフィリアと共に周囲の視線を釘付けにする。
 一見しただけでは露出の激しいただの踊りだが、ちゃんとした歴史的意味が存在していた。
 有力な発祥説はこうだ。
 瘴気を纏う緑茂によって魔の森に住処を追われた人々が始めたものとされている。激しい踊りによって瘴気を祓って元の森を取り戻したいといった願いが込められているそうだ。
 シルフィリアと巌技藝の踊りはまさにその原点。
 元気が出る速い曲調に合わせることで生命力溢れる天へと伸びる樹木を表す。そして空を表す羽扇子を高く振り上げる。
(「やっと訪れようとしているこの地の平和が続きますように‥‥」)
 シルフィリアは力無き人々の歓喜の思いを込めて踊った。
(「きっと大地は再生する。諦めない限りね」)
 巌技藝は緑豊かな森に再生するようにと踊りの形を借りて祈り続ける。
 二人の一心不乱な過激さに一時は度肝を抜かれた儀弐王も踊りのうちに秘められた願いを理解した。
「その踊りを始めた方がどこかにいたはずです。おそらく魔の森を追い出された方なのでしょう‥‥。魂が受け継がれてこうしてこの場で踊られている‥‥」
 一筋の涙を流した儀弐王は踊りが終わるまで二人から目を離さなかった。

 時を遡って儀弐王の演説が終わった直後。神座家三姉妹は卓に運ばれてきた数々の料理に目を輝かせていた。
「わー、美味しそうな物がいっぱいだね♪」
 特に三女の神座亜紀(ib6736)の動きは素速かった。
 殻からはみ出した毛ガニの身を口に頬張つつ、ナイフとフォークを手にとって分厚い網焼き牛肉を切ろうとする。いつの間にか甘味の皿も自分の周りに引き寄せてキープ済であった。
「あ、亜紀‥‥」
「よう食べるな‥‥」
 次女の神座早紀(ib6735)と長女の神座真紀(ib6579)が亜紀の様子に苦笑。ふと早紀が振り向くとその先には大雪加の姿が。目が合った大雪加が三姉妹の卓へと近づいた。
「大雪加さん、遠野村がこの日を迎えることができて、とても嬉しいです」
「遠野村のことで尽力してくれた早紀さんに理穴ギルド長としてとても感謝しています」
 早紀が大雪加に挨拶すると続いて姉と妹を紹介する。
「早紀の姉の真紀いいます。いつも妹がお世話になってるようで‥‥」
「こちらこそ。遠野村の今があるのは早紀さんのおかげが非常に大きいのです」
 真紀と大雪加は丁寧な挨拶を交わす。
(「大人の女性って感じやな。あたしもこういう風にならんとな、うん」)
 真紀が感心していると、口中の食べ物をようやく呑み込んだ亜紀が大雪加に挨拶した。
「ねえねえ、ギルド長ってどうやったらなれるの? ギルドの昇任システムってどうなってるの? ボク、是非知りたいよ!」
 矢継ぎ早に質問する亜紀。早紀と真紀がまるで飛びかかるように亜紀へと駆け寄る。
「し、失礼でしょ!」
「何て考えとるんや!」
 早紀が右耳を真紀が左耳を摘んで大雪加から亜紀を遠ざける。
「痛い痛い、耳ひっぱらないで!」
 涙目で訴えてようやく亜紀は姉の二人から耳を解放してもらう。
「妹が失礼してほんますんません」
 真紀が亜紀の頭を抑えつつ、何度も大雪加に謝る。
「ギルド長は現場叩き上げの方もいれば事務方から上がった方もいらっしゃいます。どの仕事に就いていてもがんばり次第で昇進は出来ますよ」
 大雪加は亜紀の質問に優しく答えてから立ち去った。
「そ、そうや。確か早紀が作った料理もあるんやね。どれやろ」
 真紀は話題を変えるべく早紀の料理に注目する。
「え? こ、これだけど‥‥」
 真紀が作ったのは鯛の塩焼きとお吸い物である。お吸い物の中には鯛のすり身を素麺状にしたものが加えられていた。
「うん、ええ味や。早紀も腕あげたな」
「あ、ありがとう」
 真紀の一言に早紀が顔を真っ赤にする。姉に誉められたことが余程嬉しかったようだ。
「いいもん、こうなったらお料理全制覇するんだから!」
 少々ふてくされ気味の亜紀は空いていた隣の卓の料理も頂こうと歩み寄った。
 甲板の端からふと眼下の大地を眺めてみれば、大宴会から抜け出したと思われる逢い引きの二人の姿が見える。たまたま篝火に照られていた。
「女の人、変わった格好しているし、少し光っているような‥‥」
 疑問を感じた亜紀は早紀を呼んで逢い引きの二人を指さす。
「あれは湖底姫さんと円平さんだけど、邪魔したら駄目よ」
「お話ししたかったけど‥‥仕方ないか。人の恋路を邪魔するともふらに蹴られて死んじゃうんだよね」
「それをいうならもふらじゃなくて馬だけどね」
「ま、いいか。ギルド長が最後にいってたけど、早紀ちゃん、冷たいお菓子作ったって本当? どこにあるのかな? 探しに行ってきます〜♪」
 走って姿を消す亜紀。早紀は湖底姫が大宴会に現れないことを事前に知っていた。
 円平が一時的に会場を抜け出して逢いにいったのだろうと察しはついたが、面倒になるのは本意ではないので黙っておく。
「運ぶの手伝っちゃった♪」
 亜紀が早紀が作るのを手伝った氷菓を運んでくる。三姉妹で果物入りムースを堪能しながら暑い夜は更けていった。

 この日の大宴会は朝まで続いた。
 国事においてこのようなことは滅多になく、それだけに儀弐王の喜びが伝わる語り種になったという。