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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 天儀南部海洋に点在する千代が原諸島は朱藩国に属している。その中の一つ南志島は真夏の今、観光客で賑わっていた。 砂浜で遊ぶ人達。 「美味しいかき氷はいかがですか〜? ひゃっこいのですよ〜♪」 光奈は浜茶屋『甘氷菓』の店先でかき氷削り器の回転取っ手を回す。 以前にかき氷削り器の納品を手伝ったことがある満腹屋の光奈だが、今年はその伝で知り合った老夫婦のお手伝いをしていた。賛同した開拓者達も一緒である。 お手伝いは一週間。続く二日間は自由。だがお手伝いの期間も交代で遊んでも構わない。旅客飛空船の往復代金や食事代は無料の約束になっていた。もちろん働いた分の給金は支払われる。 浜茶屋『甘氷菓』で提供するのはかき氷のみ。練乳や宇治金時などだ。ちなみに冬の間に氷室で貯め込まれた大量の氷がある。充分な量が確保されているので気にする必要はなかった。 定番のかき氷の他に希儀産の檸檬やオレンジを使ったタレも提供されている。これらは開拓者と共に光奈が希儀を探検した成果といえた。 特別にオレンジとパイナップルの果実も沢山用意されている。豪華かき氷はこれらの果肉入りになる。 (「う、パイナップルかき氷の注文なのです‥‥」) 光奈はパイナップルの硬い皮がどうにも苦手である。切るときの力加減がどうしてもわからなかった。 日中はかき氷を作る係、給仕の係、器を洗う係を分かれて仕事を行う。日が暮れてから氷室から氷を運ぶ作業は全員でだ。 南志島は太陽に溢れていた。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
八塚 小萩(ib9778)
10歳・女・武
獅子ヶ谷 仁(ib9818)
20歳・男・武
遊空 エミナ(ic0610)
12歳・女・シ
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●かき氷 朱藩・南志島は快晴。その日は夜が明けた直後から暑かった。浜茶屋『甘氷菓』の開店準備が整う前から購入の列が並び始めていた。 「こちらの縄に沿って一列によろしくお願いしますね〜♪」 給仕の遊空 エミナ(ic0610)は列の整理に乗り出す。紺色の水着の上に清潔な白いエプロンつけた姿はとても目立つ。 「先に注文を聞かせてもらうねぇ。この中から選んでもらえるかい?」 火麗(ic0614)は黒色ビキニのエプロン姿で列の最初から順に注文取りを行った。腰に巻いたパレオを揺らしながら。 目映い女性のエプロン姿の開拓者達に眼光鋭くする列の男性陣。それがばれて恋人に頬や二の腕を抓られる男性がかなりにのぼったとの噂が後に開拓者の噂が入る。 『甘氷菓』内では準備が急いで行われていた。 「その三台は全部、刃を交換したから使っても平気だ。刃は氷削りの命だからな」 獅子ヶ谷 仁(ib9818)はかき氷削り器の刃の交換を終える。 「助かったのですよ〜♪」 智塚光奈が試しに回すと力少なく綺麗に氷が削れた。とても薄くて綺麗な削り氷に仕上がっている。 開店に忙しい状況だが頭数は揃っているので獅子ヶ谷は鈍った刃の研ぎを優先する。複数ある砥石に刃を当てて研いでゆく。 「やはり鋭い刃は違うものじゃ」 八塚 小萩(ib9778)はかき氷削り器の回転取っ手を勢いよく回す。まずは器に氷を盛るのを手伝った。 八塚小萩の隣りでは礼野 真夢紀(ia1144)が、からくりのしらさぎに二台目のカキ氷削り器を任していた。 「しばらくお願いします。あっちで包丁を握っていますから、判断に困ったときには聞きに来てくださいね」 しらさぎは礼野に頼まれた通り、店に設置されている氷室から氷の塊を取りだしてカキ氷削り器へと設置。回転取っ手をグルグルと回す。 (「大丈夫なようです」) 礼野は自分の目が届かないところでしらさぎに接客を任せるのは不安だった。からくりの構造故に食器洗いについても。しかし昨日に引き続いて氷を削る分には問題なさそうである。 八塚小萩はしらさぎの分も合わせて器の氷にタレを万遍なくかける。時には具をのせて、かき氷を完成させた。給仕を開始した火麗と遊空も盛りつけを手伝ってくれる。 礼野はパイナップル切りに取りかかる。昨日のうちに氷室で冷やしてある切ったパイナップルがあるので、これからのは午後の分である。 「厚く剥かないと‥‥…薄かったら棘が残って舌が痛くなっちゃうんですよね」 頭とお尻の部分を切り取って丸太状に。周囲の皮も削いでゆく。棘の部分に包丁をいれて取り除いたら後は食べる大きさにまで切る。最後は固い芯が残るのみだ。 光奈と十野間 月与(ib0343)も午後以降用の仕込みに汗を流していた。 「聞いた話ですけど、房ごとに手で千切れて芯も柔らかくて食べれるパイナップルもあるんですって」 「初耳なのです〜♪ そんなのがあったらとっても便利なのですよ☆」 礼野の横で光奈は宇治金時用の豆をぐつぐつと煮ていた。 二人の会話に月与も参加する。 「これなんか特に固いよ。ほら、このダマスクスナイフがなかったらどうなっていたことか」 月与もパイナップルを切っていたが、ナイフがまな板まで下ろされるとこれまで聞いたことがない大きな衝撃音が響き渡る。 礼野と光奈が大きく瞳を見開いて驚いた。 「だ、だい‥‥じょう‥‥ぶ」 恐る恐るまな板を確認する光奈。真っ二つに割れていなくて三人で安堵のため息をつくのであった。 そのあとすぐ紫上 真琴(ic0628)が重たい砂糖袋を担いで厨房に現れる。 「この山、持っていっていいかな。タレ作りに使うよ」 彼女が指さしたのは礼野と月与が切り落としたパイナップルの端切れである。 もちろんこれだけでは足りない。熟しすぎたパイナップルは客に出せないが、タレを作るのにはちょうどよかった。普通の身のパイナップルも切って砂糖と一緒に壺の中へ。そのまま氷室で数時間寝かせばパイナップルのタレは出来上がる。 前日の夜に漬けたタレを味見して頷く紫上真琴。光奈も確かめて太鼓判を打つ。適度に冷水を足して濃さを調整し、パイナップルかき氷のお客へと提供される。 「いらっしゃいませ♪ ご注文はお決まりでちか」 「ちか? い、いや、この檸檬と宇治金時を一つずつ」 給仕を交代した八塚小萩はエプロン姿で注文をとっていた。口調が時々珍妙になるのはご愛敬。元気に『甘氷菓』の敷地内を駆け回る。 常に途切れることがなかった客の列だが、午後になったらその数は倍増した。 砂浜に用意された椅子ありの卓は常に満杯状態。持ち帰り用の竹筒かき氷が主流になるのはいつものことである。 「はい、お返しするねぇ」 火麗が竹筒を受け取りつつ五文を手渡す。 補償金預かりの方式なので、持ってきてくれればお金を返す仕組みになっていた。竹筒に大きな破損がなければまとめて煮沸して再利用する。 ふと火麗が接客中の遊空を見ると自分が提案したかき氷が注文されている。 「はい、栗蜜かき氷二つですね。それと――」 栗蜜かき氷にかけられている餡は蜂蜜で煮込んだ栗をすりつぶしたものだ。特に宣伝しなくても口コミで売れているようで火麗は安心するのであった。 獅子ヶ谷はその頃、仲間と交代してパイナップルを切る作業に従事していた。特にこの日はパイナップルの実入りかき氷が売れに売れていたのである。 「ようは魚を捌くような力加減で皮をとれば‥‥」 「さすがに違うのですよ」 「え、似たようなもんだろ」 「それならわたしでも簡単に出来るはずなのですけど‥‥あれ? うまく切れているのです」 獅子ヶ谷は光奈と掛け合い話しをしながらパイナップルを切る。 少し忙しさが緩和されたところで、休憩代わりに二人はかき氷を頂いた。これは雇い主である老夫婦のお墨付きである。 「オレンジやレモン、パインとか少し酸っぱめの上に練乳かけるとこの上なく美味いんだぜー、どうかな、お客さん」 「ありがとうなのです☆」 おどけながら光奈は獅子ヶ谷からパイナップルかき氷、練乳がけを受け取る。 暑い厨房の中、光奈と獅子ヶ谷に清涼の風が吹き抜けるのであった。 『甘氷菓』の裏庭で礼野、月与、紫上真琴は川で洗った食器を窯で茹でていた。釜の湯から網ごと一気に引き揚げる。 「暑いけどこうしないと」 「お腹が壊れたら大変です」 月与が網を軽く上下に振って水気を落とす。礼野は少し冷えたところで布巾で綺麗に拭う。 「ここの竹筒は終わったから持ってくね」 「残りは任せて。やっておくから」 紫上真琴が持ち帰り用の竹筒の入った木箱を抱えて店内へと戻っていった。礼野と月与は食器に続いて竹筒の煮沸を開始する。 遊空は仕事をこなしながらふと海辺で遊ぶ海水浴客へと視線を向けた。 (「いいなー。もう少ししたら休憩だから‥‥」) エプロンを脱げば水着姿。いつでも海に飛び込める。 「接客から休憩まで驚きの時間短縮術、これでこそシノビ」 遊空が独り言を発した瞬間、休憩に入ろうとした獅子ヶ谷がたまたま通りがかる。 「あ、ちょっといってみただけ♪」 「そ、そうか。昨日みたいに魚を獲ってくるからな。夕食を楽しみにしてくれ」 真っ赤な顔の遊空に見送られた獅子ヶ谷は手にモリを持っていた。これから岩場の沖でモリ突き漁を楽しむつもりである。 暮れなずむ頃を過ぎて空が茜色に染まり始めると急に客足が遠ざかった。 「ふう‥‥。光奈ちゃん、大分落ち着いてきたね」 「海に入っている人も減っているのですよ〜♪」 給仕をしていた月与と光奈はお盆を手に持ちながら額の汗を手の甲で拭った。月与は『水着「クィーンビー」』女神の薄衣を羽織った目映い姿である。 「うむ、完璧な乾きじゃ。しかし粗相は水分の摂りすぎのせいかの‥‥いやいや、夏場に水分は欠かせぬ」 八塚小萩は朝方干した褌を取り込んだ。何故、毎朝早く起きてそうしているのかは仲間達には内緒である。 本日の浜茶屋『甘氷菓』は店仕舞いとなった。 ●氷室 日が完全に落ちてからかき氷用の氷運びは今日も行われる。 『甘氷菓』の氷室はあくまで簡易的なもの。複数の店で共用している氷室は砂浜から約一キロメートル先にあった。 氷運びの頭数が足りていたので光奈、遊空、火麗は店の片づけをすることに。近くの川へと向かう。 「暑いから水が気持ちいいね。それにしてもたくさんあるね」 遊空は川の水に足をつけて涼みながらタライに汲んだ水で食器を洗う。 「どうしても溜まってしまうのは仕方がないからねぇ」 火麗も同様に食器を洗った。汚れた水はそのまま川に流すのではなく、水辺から少し離れたところの地面に撒いておく。 ちなみに光奈は『甘氷菓』の裏手で煮沸用の窯の番をしていた。せっかく涼んだ遊空と火麗だが、戻ったら汗をかくことになるだろう。 氷運びの一行は氷室前へと到着する。 「これでおがくずは使わないですみます」 「やるね〜」 礼野は月与に荷車の上の樽をわざと転がしてもらう。中の水が荷台全体に広がったところで氷霊結。車輪を凍らせないよう注意しながら三度繰り返して氷に包まれた荷車を作り上げた。 準備が整ったところで四重の扉を抜けて氷室の奥へと進んだ。 「来い、赤城山五十號!」 真っ先に奥へと辿り着いた八塚小萩は氷室の空間でケースからアーマー人狼・赤城山五十號を展開させる。 力仕事であり、なおかつ氷を素手で扱うと肌に張りついてしまう危険性がある。氷運びの作業にアーマーはうってつけ。八塚小萩が操る赤城山五十號はあっという間に氷を荷車へと載せ終わった。 「埃避けになりますし、少しは溶け方が違うはずです」 礼野が荷台の上に大きな茣蓙を被せる。 「縄、投げるわね」 「よし、受け取った!」 紫上真琴と獅子ヶ谷が手際よく茣蓙がめくれないよう縄を這わせてくれたところで積み込み完了。来た通路を引き返して外へと出た。 アーマーをケースに戻した八塚小萩は一足先に浜茶屋『甘氷菓』へと戻る。あちらで再び赤城山五十號を起動させて氷を甘氷菓の氷室へと移すために。 礼野、月与、獅子ヶ谷、紫上真琴は荷車を牽いて砂浜の『甘氷菓』を目指す。 「ここは任せてね!」 月与は強力を自らに施し、主導して荷車を引っ張った。整備された道であったが、小石は転がっていて速く走るにつれて揺れが酷くなる。 四人は緩急をつけて荷車の揺れをそれなりに抑えつつ速さを稼いだ。少しでも氷が溶けないようにと。 『甘氷菓』に到着し、すぐに縄は解かれて茣蓙が捲られる。八塚小萩が動かす赤城山五十號が手際よく店の氷室の中へと仕舞ってくれるのであった。 ●楽しいひととき 「とっても助かったよ」 「明日から息子の家族が手伝ってくれるから、この島を楽しんでおくれ」 手伝い最終日の夕方、『甘氷菓』の老夫婦が感謝と共に光奈と開拓者達に給金を手渡す。 夜に氷を移動させてすべての仕事が終了。滞在の残る二日間は完全なる自由の身となった。 朝日が昇る頃、全員が目を覚ます。朝食を頂いたら行動開始である。 「まゆちゃん、一緒にどう?」 波間に浮き輪をつけてぷかぷかと浮かぶ月与が砂浜の礼野へと大きく手を振った。 「この山、見張っていてくれる?」 礼野に大きく頷くからくり・しらさぎ。 山とはパイナップルとオレンジの木箱を指す。 給金の代わりにタレと果実が欲しいと頼んだところ、たくさんあるからと土産としてくれたのである。タレはすぐに傷むので果実から作らなければならないものの、礼野なら簡単な作業だろう。どれも持って十日ぐらいである。 「ゆっくりはいいね」 「夏は眩しいですの」 礼野は月与が貸してくれたもう一つの浮き袋でぷかぷかと海面に浮かび続けた。 着替えが終わった八塚小萩は天幕からババーンと飛び出す。 「よし、存分に泳ぐのじゃ!」 身に纏っていたのは真っ白なさらしと黒猫褌姿。 「負けないからね♪」 同じく天幕から現れた遊空もすでに水着姿でいつでも泳げる状態だ。 八塚小萩と遊空は砂浜を思いっきり駆けて、押しては返す波打ち際へ。一緒に飛び込んで海面に顔を出すとお互いに笑顔を浮かべるのであった。 「あたし達も行こうかねぇ」 「了解なのです☆」 火麗に誘われて光奈も海へと飛び込んだ。 「つ、冷たいのですよ〜♪」 「あー、気持ちいいねぇ。ずっとこうしていたいよ」 火麗と光奈は足が着く辺りでしばらくふらふらと波に身を任せる。 「おーい!」 「うん?」 光奈は八塚小萩から浮かぶ球で遊ぼうと誘いを受けた。 光奈と開拓者の六名は砂浜で球を弾いて遊びに興じる。もちろん休憩時にはかき氷を楽しんだ。仕事中と遊んでいる最中ではやはり感じる味は違うものだ。 獅子ヶ谷と紫上真琴は『甘氷菓』のある砂浜から離れた『波乗り』に適した荒い海へと足を運んでいた。 板は借りたもの。二人とも初心者なので荒いとはいえ、まずは比較的穏やかな海辺で練習に励んだ。 「こ、こんな感じかな?」 赤い水着姿の紫上真琴は借りた板にのって姿勢を保つ。 「おおっ、案外難しいのな」 獅子ヶ谷は勢いよくスッテンコロリン。自分は海に落ちつつ板は高く空へと舞い上がった。 それでも二人ともさすが志体持ち。一時間もしないうちにあっという間に慣れて普通に乗れるようになった。さらに場所を移動して波が荒い海辺へ。 「わー、あんな乗り方が出来るんだね」 「面白そうだな」 紫上真琴と獅子ヶ谷はすでに波乗りをしている海水浴客達を観て感嘆する。上級者は波の上に登ったり、または波で出来た管の中を通り抜けたりしていたからだ。 二人は板を抱えながら激しい海へと飛び込んだ。 「速くて楽しいー♪」 紫上真琴はわざと波の流れから板をずらして飛沫をあげる。加速させて空中で一回転したりも。簡単にこなすのはさすがシノビである。 「天狗駆けー!」 予め勢いをつけた獅子ヶ谷は巨大な波の上に駆け上った。 板の上であるし、第一に土の上ではなく海面である。天狗駆の効果があるかどうかは別にしてここはノリだ。わずかな間、巨大波の上から南志島の景色を俯瞰する獅子ヶ谷である。 二人揃って波の管の中を潜り抜けたことも。獅子ヶ谷と紫上真琴は存分に波乗りを楽しんだ。 遊びの二日間は瞬く間に過ぎ去る。島での楽しい思い出を胸に帰路に就いた光奈と開拓者達であった。 |