【猫族】秋刀魚 〜翼屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/23 18:34



■オープニング本文

 飛空船。
 空に浮かぶ儀の上をさらに飛翔する乗り物。木材と鉄、そして動力となる宝珠によって形作られている。
 主に人や物資の輸送に使われており、人々にとってかけがえのない交通手段となっていた。
 誰もが欲しいと考えるところだが非常に高価であり、一般人で所有しているのはほんの一部の者である。
 しかし商人にとってはあって当たり前の一つ。
 地上にて荷を馬車やもふら車で運ぶ駆け出しの商人も、頭上を通り過ぎてゆく飛空船を見上げていつかは俺も私もと思うものだ。
 そんな飛空船だが、人が作りしものならば必ず壊れるものである。
 部品の損耗はある程度予測がつく。
 簡単なものならば自分で部品交換をして修理。また手に負えない状態になる前に造船所などの職人の元へと運び込んで直してもらう。しかし突然の故障ばかりはどうしようもない。
 朱藩安州には現地での緊急修理を請け負う職人集団が存在する。『翼屋』という屋号の集まりもその内の一つであった。

「参ったな」
 翼屋の棟梁、齢六十七歳の榊亮蔵は顎にたくわえた白髭を右手でさする。左手で持っていたのは風信器を仲介して届いた依頼の文である。
 この夏の暑さのせいか各地で飛空船が故障続き。出張修理があまりに多くて五つのすべての組が出張中。これ以上、引き受ける余裕はなかった。
 こういう場合、普段は同業者に回すのだがどこもてんてこ舞い。逆に引き受けてくれないかとの問い合わせが数時間前にあったほどだ。
「大山村所有の飛空船か。前に依頼を受けているな‥‥。得意先ではないが、金払いがよく、おまけに地元の土産をもらったと記録にも残っている。‥‥仕方があるまい。俺達が出張るか」
 榊亮蔵は過去帳を調べた上で引き受けることにした。
 普段は翼屋の敷地で部品を造る榊亮蔵以下の翼元組が向かうことにする。幸いなことに急ぎの仕事は一つもなかった。
「それにしても風信器での口語をそのまま写したのだろうが、すごい文章だ‥‥」
 榊亮蔵はもう一度依頼の文に目を通す。

『大変にゃ〜。助けて欲しいのにゃ〜。秋刀魚を食べられないとみんな泣いちゃうのにゃ‥‥。
 え? それじゃ意味がわからないから代われって? わ、わかっているのにゃ。場を和ますじょ、冗談なのにゃ。
 代表の茶々丸といいますのにゃ。
 えっと、わたしたちは朱藩西部の内地奥にある村『大山』の者なのにゃ。
 『大山』は炭作りで有名にゃんだけど、猫族がたくさんいるので年に一度の猫族の月敬いが楽しみなのですにゃ。
 山奥にゃので普段は生のお魚は食べられないけど、猫族の月敬いの一週間だけはただで食べ放題なのにゃ♪ ま、全員で一年間貯金しているんでホントはただじゃないのだけど、そういう気分なのにゃ。
 それで今年、秋刀魚をたくさん持ち帰るべく海辺の漁師町『砂洗』に向かったんにゃけど、故障して不時着。『砂洗』から二キロといったところで立ち往生中にゃ。
 町まで歩いて風信器を借りてこうしてお願いしているのにゃ。
 修理してもらいたい飛空船は前に頼んだのと同じ。中型だけどちょっと小さめって感じなのにゃ。
 見た目だと左舷の風宝珠の推進可動部分がいかれているのにゃ。もしかしたら他に操縦桿との連動の絡繰り部分にも損傷しているかもしれないのにゃ‥‥。壊れる寸前、操船の手応えが変だったそうなのにゃ。
 町の猫族は秋刀魚を持ち帰るわたしたちを待っているにゃ。どうかよろしくなのにゃ』

 榊亮蔵は椅子に寝転がりながら部下達の帰りを待つ。昼食をとりに近所の飯処へと出かけていた。ちなみに榊亮蔵の昼食は愛妻弁当であった。
 部下五名が戻ってきたところでこれから修理に出かけることを告げるが、どうも様子がおかしい。そのうち一人が便所へと駆け込んだ。堰を切ったように次々と便所へと並ぶ。
 翼元組の部下全員が食あたりにあったようで出張どころではなくなった。
 どうしようかと困っているところへ来客が訪れる。
 来客は開拓者。朱藩ギルド所属の飛空船の点検を代理で頼みに来たのである。
「その点検、格安で引き受けるから、こちらの頼みも聞いてはくれないか?」
 榊亮蔵は現地に向かう操船と修理手伝いを頼めないかと開拓者達に頭を下げた。修理の手伝いに関しては部品を支えるなどの簡単なものだという。
 格安で点検してもらえるならばと開拓者達は承諾してくれる。さっそく離陸の準備が行われるのであった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
からす(ia6525
13歳・女・弓
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
三条院真尋(ib7824
28歳・男・砂
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰


■リプレイ本文

●出発
 翼屋棟梁の榊亮蔵に頼まれた開拓者達は中型飛空船『山海』の出発準備に当たる。
「初めての船は勝手がわからぬものだ。ゆっくりと行こうか」
 船長兼航海士は榊亮蔵自身が務めた。操船室の船長席から伝声管にて船内すべてに声を届かせる。
「点呼、よろしくね」
 その後は航海士補佐として藤本あかね(ic0070)が伝声管役を担う。ミヅチ・水尾は藤本の隣りで首を曲げておとなしく床に座っていた。
 宝珠が並ぶ機関室ではフェンリエッタ(ib0018)と羅喉丸(ia0347)が忙しく動いて汗を流す。こちらの二名が機関手担当である。
「この船は右舷側の出力が少し大きめだって榊さんがいっていたから、調整はこんなものかな?」
「どんな時でも安定して力を引き出せる事こそが肝要なんだろうしな」
 二人で相談して宝珠関連の出力を同期維持。癖を把握するまでが大変なものの、加減がわかったら交代で見張ることになるだろう。
「ここは大丈夫だ。甲板をよろしくな」
『羅喉丸よ、任せておけ』
 羅喉丸から頼まれて上級人妖・蓮華が甲板へと向かう。
「右の安定翼を見ててくれるかしら? もしも激しく震動したら教えて。ラズ、お願いね」
『らじゃー!』
 羽妖精・ラズワルドはフェンリエッタに言われた通り、廊下の窓から右翼を見張る。
 観測員兼護衛は離陸に備えて各所で見張っていた。
「今までいろんな飛空船を見てきたけど、何か違うよな。後で探検してみようぜ」
「私も小型船を持っているからいろいろと知りたいのよね。つき合うわ」
 ルオウ(ia2445)とユリア・ヴァル(ia9996)は梯子を使って甲板まで登ると別れる。ルオウは甲板後部、ユリアは甲板前部だ。
 開拓者の朋友達も見張りに従事。上空で旋回している迅鷹のアエロとヴァイスは『山海』の離陸後、一緒に飛びつつ警戒してくれるだろう。
 土偶ゴーレム・地衝は甲板中央でどっしりと構える。人妖・蓮華と羽妖精・ラズワルドはその側でのほほんと空を見上げていた。
 三条院真尋(ib7824)は鷲獅鳥・百華に乗って先行して飛び立っていた。そして上空からまだ水面を漂う『山海』を見下ろす。
「離陸から水平飛行に移ったら、食事でも作ろうかしら。昼食の時間はとうに過ぎているしね」
 三条院は急いで積み込んだ食材から何を作ろうかと悩んで呻る。
 すべての点検が終わったところで操船席のからす(ia6525)とニクス(ib0444)の出番である。計器の確認はすでに終わっていた。
 どちらの席からでも操船可能だが出発はからすが担当。傍らに置いた水筒から茶を飲んで喉を潤して緊張をほぐす。
「では行こうか」
「了解、離陸だ」
 榊亮蔵の指示に従ってからすは『山海』を操る。
 『山海』が着水しているのは海に繋がっている広めの水路。水平線に向かって船体を走って徐々に上昇。仰角を足しながらゆっくりと上昇させる。
「計測終了。目標の高さに到達した」
「船首を西に。海岸線に沿って航行。緊急の事態にならない限り、三時間は水平飛行を維持してくれ」
 ニクスからの報告を聞いた榊亮蔵がさらに指示を出す。『山海』は雲より上の空で安定した飛行を続けるのであった。

●船内
 現地に到着するまで一行は役目を務めつつそれぞれの興味を満たしていた。
「船体の周囲は鉄板で補強されているんだな〜」
 梯子に掴まって逆さまになりながらルオウが船底に近い右側面部を眺める。そこにあったのは牽引用の鎖付き鈎である。
 ユリアは内部から牽引の装置を確認する。
「面白いわね」
 鈎は前部で三カ所あり、同時に鎖を巻く装置が搭載されている。手動であり、多くの者で取っ手付きの車輪のようなものを回して使うようだ。
 怪力が必要そうな構造だが、榊亮蔵によれば鈎を対象物に引っかけて鎖の弛みをなくす程度に巻き後は固定。使用時は『山海』の浮上で引っ張る寸法だという。
 三条院は厨房で調理に取りかかっていた。
「水は向こうで補給すればいいし、冷麺がいいわね」
 三条院は乾麺を見つけて冷麺作りを始めた。
 麺を茹でるのはいいとして大変なのは冷やす方法。ユリアとフェンリエッタが氷霊結で樽の水を凍らせてくれたおかげでより美味しい冷麺が作れそうである。
 機関室には交代の時間が訪れていた。
「古い船体だからどんなものかと心配だったが整備が行き届いてるだけあって、動かした後は殆ど何もせずに済んでいるな。敢えていえば眺めているのが仕事だ」
「了解したわ。駆動音がすごくなめらかなのも証拠ともいえるわよね」
 羅喉丸と交代したフェンリエッタが宝珠の前に立つ。支障が起こるような予兆は何も感じられなかった。
 休憩に入った羅喉丸は展望室に立ち寄る。羽妖精・ラズワルドと見張りを交代した人妖・蓮華を連れて食堂へ。一緒に冷麺を食べたという。
 操船室の藤本は窓の外を飛ぶ迅鷹・アエロに目を留める。滑空の状態で翼を左右に振って何かを伝えたがっていた。更なる遠くには迅鷹・ヴァイスの小さな影が。
「あれは‥‥聞いてみるのが一番ね」
 藤本は伝声管で二羽の主人であるユリアとルオウに相談する。すると敵を察知した場合の合図だと判明した。
「まだ見えない距離だけど進行方向に敵がいるかも」
「君子危うきの近寄らずを実践しようか」
 藤本の進言に榊亮蔵は航路の迂回を決める。
「左舷に航路変更。一旦海の方角へ出る」
 操船を担っていたニクスが『山海』の船体を大きく動かす。
 海岸線に沿っていた航路から海面上空へ。無用の災いに巻き込まれる危険性よりもわずかな遅れを選択する。数十分の遅れで危険を回避出来れば安いものである。
 山海は日暮れ前に漁師町『砂洗』へと到達。開拓者の何人かが風信器の建物を訪ねて、大山村の飛空船が不時着している正確な地点を教えてもらうのであった。

●修理開始
 太陽が沈み夜の帳が降りる寸前、翼屋の飛空船『山海』は不時着している大山村の飛空船の側へと着陸する。
「た、助かりますのにゃ〜♪」
 代表の茶々丸を含めた猫族五名が翼屋の到着に歓喜の声をあげた。
「こちらの船か。よし、さっそく始めよう」
「今からなのにゃ? 夜が明けてからでもいいのにゃけど?」
「少しでも早く直すのが翼屋の信条でな。そのための用意はしてあるから安心してくれ」
「ありがたいのにゃ〜」
 榊亮蔵の心意気に茶々丸が涙をちょちょぎらせる。辺りは暗くなっていたものの、修理は行われた。
 主な灯りは『山海』の外装から取り外し可能な宝珠灯五機。細かい場所には提灯が活用される。
「占い、お願いね」
 藤本あかねの頼みに応じたミヅチ・水尾がグルグルと回って天気を占う。
 明日は雨が降らないと出る。夜空にはほんのわずかな雲のみ。今から明日にかけて天気が崩れる心配はなさそうである。
 その他、埃が立たないようミヅチ・水尾は作業場となる周囲に水柱で打ち水をしてくれた。
 修理を始める前に斜面に乗り上げている大山村の飛空船を水平な土地へと移動させることに。『山海』で持ち上げる作業を行う。
「これが終われば食事の準備でもしようか」
 からすは繊細な操船で『山海』を大山村の飛空船の十メートル上で空中静止させた。
「北方向に一‥‥‥‥北東に二‥‥‥‥」
 藤本が操船室の窓から見下ろして二隻の飛空船のずれをからすに伝える。それを聞いてからすが修正をし続けた。
「あの鈎を船体に引っかけてもらえるか?」
『よかろう、羅喉丸。妾の力の一端を見せてやろう』
 羅喉丸に頼まれた人妖・蓮華が『山海』から垂れる鎖先の鈎を大山村の飛空船に引っかけてゆく。地上から三メートル前後まで浮遊出来る蓮華にとっては朝飯前の作業だ。
 三つ鈎がしっかりと引っかけられて大山村の飛空船は上へと牽引される。『山海』はゆっくりと飛行し、二十メートル先の平らな土地へと移動する。
「よし、このまま」
 ニクスはアーマー人狼・エスポワールに搭乗して宙に浮かぶ大山村の飛空船に手を添える。余計な揺れを抑えつつ破損個所に衝撃を与えないように着地まで導く。
 フェンリエッタは茶々丸の手足にあった擦り傷の手当をし、精霊の唄で体力を回復してあげた。
 茶々丸は風信器を借りるために向かった漁師町『砂洗』からの帰り道で、野犬に散々追いかけ回されたという。噛まれはしなかったものの、転んで擦り傷を負ってしまった。
「それじゃ周囲の警戒お願いね。茶々丸さんによれば近くに野犬がいるらしいの」
『らーじゃ〜♪ あの森が怪しいよね』
 フェンリエッタに頷いた羽妖精・ラズワルドが張り切って近くの森林へと飛んでいった。
 飛空船の中なら野犬など怖くはないが、夜間に修理するとなれば危険を覚悟しなければならない。
 羽妖精・ラズワルドと協力して迅鷹のヴァイスとアエロも野犬の警戒に当たる。
 枝に留まって闇に包まれた森の中へと注意を向けた。雲はあったものの月夜のおかげで真っ暗というわけではなかった。
(「野犬がいるのか」)
 ルオウは道具箱を運びながら森へとふり返る。
「強力の使用許可する」
『御意』
 からすの指示に従って土偶ゴーレム・地衝は資材運びを手伝う。半加工された板材を担いで榊亮蔵がいるところへ運び込む。
 からすは猫族達の元で夕食兼夜食作りを手伝う。
 御飯は炊くとして『砂洗』で手に入れた魚介は網で焼くことに。その他には味噌汁代わりの魚介鍋が用意される。ちなみに猫族達のある誓いによって、このときの魚介に秋刀魚は含まれていなかった。
「まずはここの留め具を外せばいいのね」
「そうだ。全て交換するのでよろしくな」
 ユリアは榊亮蔵に頼まれて船内の部品交換を担当する。
 操船連動の伝達部分は頑丈に出来ていたものの、構造そのものは非常に細かい絡繰り仕掛けである。閂を専用の道具で抜いて一つ一つ部品を外してゆく。
「お手伝いするのにゃ♪」
 依頼人の猫族の一人が工具の受け渡しをしてくれた。
(「いつ見ても不思議な耳よね‥‥」)
 ユリアはちらりと猫族の耳を眺める。まるで感情を表しているかのように細かく動いていた。食事の際、戯れに抱きつきながら猫耳をむにむにしたユリアである。
「ここの音が他と違うような‥‥」
 検査のフェンリエッタは小槌で左舷後部にある風宝珠の可動推進部分を叩いていた。
 一目瞭然で壊れている部分は交換するとして、問題になるのは見た目でわからない破損箇所である。
「確かに音が違うな。内部に亀裂があるとこういう感じになる。念のためにこっちも交換しようか」
「それなら部品を取ってきますね」
 フェンリエッタは榊亮蔵を呼んで再検査してもらった。さっそく追加の部品を『山海』まで取りに向かうフェンリエッタである。
「よし、これでいいぜ」
「やってくれ」
 ルオウと羅喉丸が大きな部品を支えている間に榊亮蔵が取りつけ作業を行った。
「そこの左のを頼む」
「この螺子ね」
 三条院が榊亮蔵に釘や螺子を手渡す。もしものために鷲獅鳥・百華は常に側へと控えさせていた。
 藤本はすでに空いている穴に螺子を差し込む作業を行う。
「これでお終い」
 締める作業は榊亮蔵の仕事だ。藤本にはわからなかったが、締め加減というのも大切らしい。
「遅いが夕食の時間だ」
 からすが鐘を鳴らして食事が出来たことを仲間に報せる。そして休憩しようと榊亮蔵がいった時、事件は起こった。
 突然に激しい物音が森の方から聞こえた。羽妖精・ラズワルド、迅鷹のヴァイスとアエロが野犬と戦っていたのである。
「こっちだっ!」
 ルオウが即座に咆哮で野犬の群れを森の外へと呼び寄せた。
 二十頭を越える野犬の数に猫族達が背中を震えさせる。しかし開拓者達にとって敵ではなかった。頭目と思われる親玉犬を蹴散らすことで野犬の群れを撤退させる。
 それから二時間後、大山村の飛空船の修理は完了。可動試験については翌日に持ち越されるのであった。

●秋刀魚
「やったのにゃ〜♪」
 早朝の空に響く茶々丸の叫び。修理された大山村の飛空船は見事浮かび上がる。
 離陸に続いて急上昇に旋回を試し、異常震動などの不具合がないことを確認して点検も終了した。
 『山海』が離陸して一緒に漁師町『砂洗』へと向かう。歩くとそれなりにあるが空を飛べば二キロメートルはすぐ近く。数分のうちに辿り着いた。
「遅れてすまなかったのにゃ」
「いいってことよ。それよりも直ってよかったな」
 茶々丸は漁師の元締めのところにいって本格的な秋刀魚漁をお願いする。大山村の分は普段のものとは別枠での漁となっていたからだ。
 挨拶が済むと大山村の飛空船は一旦『砂洗』から飛び立つ。一番近い高山で万年雪を積み込むためだ。
 榊亮蔵と開拓者達はその日、ゆっりとした時間を『砂洗』で過ごす。
 宵の口にはたくさんの雪を積んだ大山村の飛空船が戻ってきた。入れ違いになるように『砂洗』の漁船三隻が出航する。
 暗くなってから出かけたのは篝火を使って秋刀魚を誘き寄せる漁だからである。夜明け前に大漁旗を掲げて戻ってきた。
「すげーな〜。これ全部秋刀魚なんだ」
 ルオウは漁船の秋刀魚の山を見上げて叫んだ。横付けされた大山村の飛空船へと次々と積み込まれてゆく。
 一部の秋刀魚は木箱に詰められて陸へと運ばれた。秋刀魚尽くしの朝ご飯用の食材として。大山村の猫族達と共に開拓者達も調理の腕を振るった。
「これほどの秋刀魚はなかなかお目にかかれないな」
 からすは土偶ゴーレム・地衝が運んできた木箱から秋刀魚を取りだしてまな板にのせる。
 焚き火もよいがせっかくなので大山村特産の炭火で焼くことに。秋刀魚に串を打って塩を振った。
「それにしても秋刀魚を積んだうえでの故障じゃなくてよかったかも」
 フェンリエッタも秋刀魚に串打ちを手伝う。
『パラパラ〜♪』
 羽妖精・ラズワルドが高みから塩を振ってくれた。炭火で焼く作業も手伝ってくれる。
『炭火焼きは一味違うね!』
 ラズワルドはをフェンリエッタから借りた扇子『月敬い』でパタパタと風を送った。炭火は焚き火とは違って煙りに巻かれることがないのがとても助かる。
「日干しではなくて秋刀魚の薫製? それは珍しいわね」
「保存よりも風味付けの意味が大きいのにゃ」
 三条院は茶々丸から秋刀魚の薫製の作り方を伝授される。桜の木片を使って軽く燻すという。お酒にとても合うようである。
 焼いて、煮て、または新鮮な生のまま切って盛りつける。秋刀魚料理が次々と出来上がってゆく。
「美味しそうなのにゃ‥‥」
「ま、待て、待つのにゃ」
 猫族達は帰りを待っている村の者に申し訳が立たないと『砂洗』に到達しても今まで秋刀魚絶ちをしていた。持って帰る算段がついた今だからこそ、秋刀魚を食せるというものである。
 まもなく秋刀魚尽くしの朝食が始まった。
「一仕事した後の一杯は旨いな」
『そうじゃろう、羅喉丸』
 羅喉丸は人妖・蓮華と互いに酌をして酒を頂いた。朝食に酒を嗜みながら秋刀魚の炭火焼きを頂くことなど滅多にない。白んだ空にはまだほんのりと月が浮かんでいる。
 脂が乗った秋刀魚は最高。酒も進むというものである。
「うめぇなあ〜。炭焼きも刺身も。ヴァイス、美味いか? 欲しければもっとあるからな〜!」
 ルオウは丼を片手に持ち、頬に米粒をつけながら迅鷹・ヴァイスに話しかける。ヴァイスも生の秋刀魚を頂いてご機嫌の様子だ。器用に嘴でついばんでいた。
 迅鷹といえばもう一羽、アエロ。こちらは生の秋刀魚よりも調理済みが好みのようである。ユリアが炭火焼きをあげると器用に身を剥がしながら食べていた。
「炭火焼きを頂いたところで、お刺身も頂くわ」
 ユリアは秋刀魚の刺身を頂いて瞳を大きく見開いた。
「ねぇ、もしかして?」
「ああ、それは俺が作った秋刀魚の刺身だ」
 実はこっそりと特徴的な切り方の秋刀魚の刺身をこしらえたのはニクスである。
 ニクスとユリアは夫婦。依頼に入った際、ニクスが存在になかなか気づいてくれなかったのでユリアは少々ご機嫌斜めであった。
 ユリアは場所を移動してニクスの隣りでぴたりと寄り添う。元の鞘に戻ったようである。
 鷲獅鳥・百華も時々咽せながらご機嫌で秋刀魚をたらふく頂いていた。これだけの量を食べられる機会など滅多にあるものではなかった。
「どういう味付けをしているのかしら?」
 三条院は大山村の猫族が作った秋刀魚料理を味見する。薫製造りもうまいが刺身すらどこか違う感じがした。
「普通なのにゃ♪」
 三条院が訊ねても茶々丸は惚けるばかりである。どうやら使っている塩に秘密があるようだ。
 ミヅチ・水尾もたくさんの秋刀魚が食べられてご機嫌の朋友だ。
 そもそも依頼の掲示板に描かれた秋刀魚の絵に気づいた水尾に藤本はせっつかれて参加したのであった。
「後で少しなら海を泳いでもいいよ。帰りの出発はお昼過ぎみたいだから」
 藤本も秋刀魚料理に舌鼓を打つ。
「美味い」
 からすは言葉少なに箸を運んだ。一通りの秋刀魚料理を味わってお茶を一杯。何故かその様子を見て土偶ゴーレム・地衝は深く頷いていた。
「暑くなりそうだから帰りは特に水分に気をつけないとね。‥‥美味しい♪」
『炭火焼き、美味しいね! ‥‥もう一尾、もらってもいい?』
 フェンリエッタと羽妖精・ラズワルドは並んで秋刀魚を味わう。小柄な羽妖精なのだが、ラズワルドは量にすれば二尾分の秋刀魚の身を平らげてしまう。
 フェンリエッタとユリアは氷霊結の使い手でもある。帰りにも冷たい飲み物が用意されることだろう。
「ん〜、美味い。来られなかった部下達が聞いたら悔しがるな」
 榊亮蔵も人妖・蓮華の勧めで酒を愉しんでいた。出発は午後なので一寝入りの余裕がある。酒精が入っても問題はなかった。
「感謝しますのにゃ♪」
 大山村の猫族一行は一足先に飛び立つことに。
 雪による保存はかなりの間効くはずである。それでも村で待っている同胞に早く秋刀魚を届けるための出発だ。
 茶々丸は榊亮蔵と開拓者達に糠秋刀魚を手渡してから飛空船へと乗り込んだ。一同は大山村の飛空船が飛び立つのを見送る。
 翼屋一行の飛空船・山海が『砂洗』を飛び立ったのが午後を過ぎてから。暮れなずむ頃には安州へと帰還する。
 ギルド所属の飛空船の整備はまだであったが、榊亮蔵によれば明後日までには終わるという。受け取りを安州のギルドに任せて開拓者一行は神楽の都へと帰るのであった。