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■オープニング本文 「駄目だ‥‥。俺達ではとても‥‥」 一人の若者が血に染まる左肩を右手で押さえながら、穀倉が並ぶ村の一角を苦々しく睨む。 この村は理穴に存在する。また、緑茂の里を含む湖東端周辺の民が目指す避難地でもある。 今は秋。穀倉には今年収穫されたばかりの米が俵として納められていた。 他にも潤沢な食料があり、受け入れ体制は整う。後は避難民を待つだけという状況で、アヤカシに襲撃されてしまったのである。 そのアヤカシとは鉄甲鬼。 鉄甲鬼は五つの穀倉の周囲に陣取って動こうとはしない。しかし村人達が米俵を手に入れる為に近づこうとすると、巨大な棍棒で襲いかかってきた。 圧倒的な鉄甲鬼の力を前に、村人達は穀倉からの撤退を余儀なくされる。そして鉄甲鬼は逃げ遅れた村人を玩びながら喰らった。まるであざ笑うかのような雄叫びをあげながら。 聞こえる悲鳴に、村人達は涙を流し、耳を塞ぎ、歯ぎしりを立てる。 その時、応援を呼びにいった俊足の青年が村に戻ってくる。 息も絶え絶えながら、青年は声を振り絞った。 アヤカシ退治を依頼された開拓者と偶然にも会い、村を助けてもらえるように頼んだのだという。 青年の到着からまもなく一行が村へと足を踏み入れる。 状況を知った開拓者達は、すぐに鉄甲鬼へ戦いを挑むのであった。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
佳乃(ia3103)
22歳・女・巫
凛々子(ia3299)
21歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●救出 開拓者達が村へ足を踏み入れた時には、惨事が拡大している最中であった。 村人の顔には恐怖がはっきりと浮かびあがる。子供達が泣き叫び、着物を血に染めている大人も少なくない。 村人達にいわれた通りに道を進んでゆくと、やがて高倉式の穀倉が並ぶ一角に辿り着いた。 「たまたま通りがかってよかったですね‥‥」 滋藤 御門(ia0167)が睨んだ遠方には異様な姿が佇んでいる。手に血塗られた棍棒を持つアヤカシ・鉄甲鬼である。 鉄甲鬼の近くには穀倉が並び、足下にはたくさんの村人達が横たわる。風が吹くと濃い血の臭いが開拓者達の鼻にまとわりつく。 「まずは負傷した村人を助けるのが先ですね」 佐久間 一(ia0503)は仲間達を誘導してひとまず建物の影に隠れる。 「見たところ、まだ息のある方は三人います。すべてが男性で一人は若く、二人は三十代中頃。一人は確実に足の骨を折られていて歩けない様子です。それから――」 志藤 久遠(ia0597)は板壁の隙間から状況を報告する。あまりに事前の情報がない状態だが、出来る限りの事をしようとしていた。 「鬼を引きつける役目‥‥私もさせてもらいます‥‥」 開拓者達は即座に役目を陽動班と救出班の二つに分けた。那木 照日(ia0623)は陽動班を買ってでる。自分が持つ咆哮が役に立つのでは考えたからだ。 「穀倉の側なら‥‥鉄甲鬼の死角から死角へと‥移動して近づけないかな‥‥」 救出班の柚乃(ia0638)はどうやって怪我人に近づくかを思案していた。陽動班が鉄甲鬼を引きつけてくれるにしろ、あらかじめ近くにいた方が何かと都合がよいからだ。 「食というのは大事だよ、生きる力だ。だからそれを奪うような輩は、絶対に許しちゃいけない」 凛々子(ia3299)も柚乃と同じ案を考えていた。鉄甲鬼に発見されず怪我人の側へ近づくために頭の中で経路を選択する。穀倉を支える太い柱が何本もあるので、それをうまく利用しようと思いついた。 「ここで、アヤカシ討伐か」 千王寺 焔(ia1839)はすでに珠刀を抜いて構える。そして緋色の瞳で見据えた。倒すべきは狂喜の様を浮かべた鉄甲鬼であると。 「鬼さんの動きが変わったようです。わたくしたちも動きませんか?」 佳乃(ia3103)の提案に、開拓者それぞれの言葉や仕草で賛同する。 陽動班は滋藤御門、志藤久遠、那木照日、千王寺焔、佳乃。 救出班は佐久間 一、柚乃、凛々子。 新たな犠牲者が出る前に開拓者達は動きだした。 開拓者達から説得された村人達は、屋根の上や櫓から遠くの穀倉の建物周辺を心配そうに見守る。まさにこれから救出と戦いが始まる場所であった。 鉄甲鬼が脇腹を押さえてうずくまる男に手を伸ばそうとした瞬間、パチパチと小さな音が静まった街角に響き渡った。 「鬼さんこちら‥手の鳴る方へ‥‥」 道の真ん中にいた那木照日が手を叩き続ける。鉄甲鬼がうめき声をあげながら、那木照日をじっと睨んだ。 「これでは米俵を運べませんね。しばらくしたら、たくさんの避難民がこの村を訪れるというのに」 「まるで米が仕舞われた穀倉を囮にしているようなこの芸当。顔を見る限り、これほどの知恵を持っているようには思えませんが」 大八車を動かしながら那木照日とは別の道筋から現れたのは滋藤御門と志藤久遠であった。少々演技かかっていたが、それは鉄甲鬼を煙に巻く為だ。米俵を取りに来た村人を装いながら鉄甲鬼の視界の真正面に立つ。 滋藤御門と志藤久遠が引っ張る大八車の上に正座をしていたのは佳乃である。 「滅びてくださいね、鬼さん」 鉄甲鬼に向かって佳乃は微笑みかける。いつでも神風恩寵で傷ついた者を癒せるようにと心構えを持ちながら。 誰を襲おうかと迷いだした鉄甲鬼だが、そうこうするうちに足下で転がっていた村人の腕を強く踏みつけた。骨の砕ける音が離れた位置にいた開拓者達の耳にもはっきりと届く。 腕を踏まれたままの村人が激しい悲鳴をあげた。鉄甲鬼は先に喰らってしまおうと足下の村人に牙を剥く。 次の瞬間、那木照日が咆哮をあげて鉄甲鬼の注意を引いた。身を翻した鉄甲鬼は那木照日に向かって一直線に駆けてくる。 「ひとまずは任せな! まずは後退だ!!」 そこに立ちはだかったのは千王寺焔だ。二刀を振るい、鉄甲鬼の棍棒との間に火花を散らせた。 怪我をして倒れている村の三人から鉄甲鬼を遠ざけるのが重要であった。 「ここは‥‥お、お任せします‥‥」 那木照日はきびすを返して走る。追いつかれそうになると建物の間の狭い路地に飛び込んだ。身体の大きな鉄甲鬼は通り抜けられず、破壊しながら進むか、遠回りするしか手は残っていなかった。 陽動班の他の仲間達は鉄甲鬼に追いついて戦いを挑んだ。倒すよりも注意を自分に向けさせる事に専念する。 その頃、救出班の開拓者三人は、穀倉近くでまだ息のある村人達を助けだそうとしていた。 「少し痛むかもしれませんが、我慢してください!」 佐久間一が助けだそうとしていた男は特に出血が酷かった。応急として持っていた包帯で左大腿部の根本を縛り上げる。それから背中に担ぐと鉄甲鬼が暴れているのと反対の方角へなるべく揺らさないよう懸命に走った。早くにちゃんとした治療を行わないとまずいのは素人でもわかる状況である。 「これで大丈夫。では、ゆっくりとゆっくりと」 柚乃は青年に加護結界を付与すると肩を貸して立ち上がらせた。青年は一人では無理だが、少しずつならすり足の要領で歩むことが出来る。 陽動班が残していった大八車へ青年を座らせた柚乃に凛々子が声をかけた。 「静かに乗せたいので手伝ってもらえないかな? この板の反対側を頼む」 凛々子は腕と足の骨が折れている一番重傷の男を動かす為に柚乃の力を借りた。 近くの家屋からひっぺがした戸板に重傷の男を時間をかけて静かに乗せると大八車まで運んだ。 柚乃はひとまず神風恩寵で重傷の男の傷を癒す。 「激しく暴れているようだね。もしかすると鉄甲鬼の奴、こちらに戻ろうとしているのかも知れないな。急ごう!」 凛々子がさっそく大八車を引っ張り始める。乗せている怪我をした二人の様子を確認しながら柚乃も手伝う。 激しい物音が穀倉付近に近づきつつあった。あまりに穀倉から離れすぎた事に鉄甲鬼が気がついたのであろう。 やがて村人達と一緒の佐久間一を見つけると、凛々子と柚乃は大八車を停めた。 すでに佐久間一が救出した男の手当ては村人によって済んでいた。続いて新しく運ばれてきた二人の治療が始まる。 「ん?」 陽動班と合流しようとした凛々子は抵抗を感じて足を止めた。振り返ってみれば涙を堪える男の子が着物の裾を掴んで見上げていた。 「一緒に連れてってよ。おれ、父ちゃんの敵を討つんだ!! あんなアヤカシの鬼になんて負けないよ!」 男の子の言葉に、凛々子、柚乃、佐久間一の三人は順に顔を見合わせる。 「大丈夫。柚乃達に任せてね」 男の子とあまり背の高さが変わらない柚乃がにこりと笑う。 「そうです。必ず鉄甲鬼は倒しますから、ここでみなさんの手伝いをお願いします」 佐久間一は屈んで男の子に話しかける。 「敵は討つし、米も取り返す。‥‥鉄甲鬼を倒したらゆっくりと父ちゃんの話を聞こう。母ちゃんはいるのかな?」 凛々子に訊かれた男の子は遠くの地べたに座っている女性を指さした。 「それなら、まず母ちゃんを守ってやらないとね」 凛々子に男の子が大きく頷いた。 救出班の三人は話しかけてきた男の子だけでなく、多くの村人の願いも背負って道を駆ける。向かうは陽動班と鉄甲鬼が火花を散らす戦いの場であった。 ●鉄甲鬼との戦い 粉々になった瓦が飛び散り、土煙が視界を遮る。鉄甲鬼が棍棒を振るう度に何かしらのものが壊れてゆく。 陽動班の開拓者達は出来るならば鉄甲鬼を穀倉が連なる区域まで戻らせたくはなかった。怪我をして動けなかった村の三人はおそらく救出班の仲間達が助け出しただろう。 しかしあの周辺には残念ながら命を落とした村の人々が未だ倒れている。村へ到着する前に起きてしまった不幸とはいえ、これ以上の死者への冒涜を許すわけにはいかなかった。 (「こいつは思ったよりも骨が折れそうだ‥‥」) 近道を通過した千王寺焔は壁の突起を利用して走る勢いのまま長屋の屋根まで一気に登る。そして眼下に鉄甲鬼を捉えると珠刀を構えて飛び降りた。 「そこを動くな!!」 千王寺焔の一撃は鉄甲鬼の動きに楔を打ち込んだ。 強風が鉄甲鬼の長髪を不気味に揺らす。 「静かにしていなさい、鉄甲鬼。ここは通しません」 防盾術を自らに施した志藤久遠は千王寺焔の横に並んで長槍を構え、鉄甲鬼に立ち塞がった。道幅に余裕はないので、鉄甲鬼は千王寺焔と志藤久遠を倒さなければ前には進めない。 「あなたが動くたびに被害が増えてしまうのですよ」 追いついた滋藤御門が呪縛符を鉄甲鬼に施して時間稼ぎをする。 「大丈夫ですか?」 その間に佳乃が神風恩寵でこれまでに負ってしまった仲間の傷を癒す。力の歪みは今のところ使わなくても済みそうである。 「‥‥スゥー。‥‥いきます‥‥。 !!!!」 那木照日は今一度咆哮をあげて、鉄甲鬼の意識を自分に向けさせる。 その時、救出班の佐久間一、柚乃、凛々子が駆けつけて全員が揃った。ここからは一気に鉄甲鬼を仕留める戦い方に変わってゆく。 鉄甲鬼を取り囲み、逃げ道をなくした上で武器を手にした前衛の開拓者達が飛びかかる。 那木照日は十字組受を活用して鉄甲鬼の攻撃をいなし続けた。志藤久遠は那木照日が致命的な攻撃を受けないように、長槍で鉄甲鬼の動きを封じ込める。 凛々子が珠刀で鉄甲鬼の右手を狙い、何本かの指を宙に弾き飛ばせた。棍棒は一度地面へと落ちて鐘のような音を周囲に響かせる。 屈んで棍棒を両手で持ち直した鉄甲鬼だが、そこへ炎魂縛武などで威力をあげた佐久間一の珠刀が脇腹へと深く突き立てられる。 さらに上段に構えた千王寺焔の刃が鉄甲鬼の額を斬りつけた。 この時の鉄甲鬼があげた声は、村人を殺して喜んでいた雄叫びとはまったく違っていた。まさに負け犬の遠吠えといってよかった。 額の角を地面へ突き刺すぐらいに前のめりで鉄甲鬼が倒れ込んだ。最後の止めを刺すとやがて鉄甲鬼のすべてが消えてなくなる。 開拓者達は地面へ座り込んだり、壁に寄りかかって身体を休める。村の被害は最小限に食い止めたが、その分だけ身体にかかった負担は大きかったのである。 治療の術を持つ滋藤御門、柚乃、佳乃が仲間が傷を治していると村人達が集まってきた。開拓者達を全員荷車に乗せると、村長の屋敷まで運んで休ませてくれる。 新たなアヤカシに襲われないかの監視を含めて開拓者達はしばらくの滞在を決めた。数日後には避難者の第一陣が到着するとも聞かされるのだった。 ●そして 今回の災難で亡くなった村人達の葬式が終わった翌日に避難者達が到着する。 開拓者達も様々な仕事を手伝った。 調理の腕に覚えがある者は包丁を握り、力仕事が得意な者は斧を持って薪割りをする。その他に簡易の宿泊小屋の用意もあった。 悲しいことがあったばかりだというのに、村人の多くは他人の為にひたすら汗を流していた。この村を助ける事が出来て本当によかったと開拓者達は呟く。 「おれが母ちゃんを支えるんだ。春になったら田んぼに苗を植えたりするんだぜ」 父親を亡くした男の子と救出班の三人は長く一緒の時間を過ごす。同じような境遇の子供もたくさんいた。 名残惜しくなるほど村人達と親しくなった開拓者達は、やがて期間を終えて神楽の都への帰路に就く。 別れの際、最後まで手を振ってくれた子供達の姿が開拓者達の心の奥底に刻まれるのであった。 |