【AP】華の都パリ
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/21 20:14



■オープニング本文

※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


 剣と魔法が織りなす世界『ジ・アース』。
 時代は中世。この世界に存在するパリの街はノルマン王国の首都である。
 春の訪れを嬉しく思うのは誰しも同じ。冒険者ギルドの受付嬢シーナ・クロウルは行楽の予定を立てる。
「じゃぱんには花より団子ってことわざがあるのです〜♪」
 それは花見。パリにはジャパンからの植樹によって桜並木が存在する。恒例として今年も桜を眺めながら食べて唄って踊っての大騒ぎをしようと考えていた。
 結婚してギルドを退職した先輩のゾフィーとはシフール便のやり取りで参加の約束を取りつけてある。
 懇意の冒険者にはいつもの棲家の壁への張り紙で告知する。日時を指定し、美味しい食べ物を持って集まって欲しいと。
「ここは大奮発なのです☆」
 シーナはここぞとばかり自らのへそくりとコネを最大限に活用して刺身用の海産物入手を画策した。
 セーヌ川のおかげでパリとドーバー海峡の交通路は整備されているものの、日数はかなりかかる。生で食べられるほどの新鮮さを求めるのであればアイスコフィン、フリーズフィールドと呼ばれる保存魔法の活用が不可欠だ。結果として高価にならざるをえないのである。
 醤油とワサビの準備も万端。
 あとは花見の日が訪れるのを待つのみとなった。


■参加者一覧
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
日御碕・神音(ib0037
18歳・女・吟
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
ユリゼ(ib1147
22歳・女・魔


■リプレイ本文

●花見
「おー、綺麗なのです〜♪」
 シーナの家へと集合して荷車を押し訪れたのは桜満開の通りである。道から少し外れた場所に空きがあったのは幸運といえた。
 ここならば他の花見客とは離れているので、どれだけ騒いでも迷惑はかからない。それにシーナが用意してきた食材に関係する特別な理由もあった。ノルマン王国では一般的ではないからだ。
 薄いピンクの桜の花は八分咲き。ちらほらと花びらが風に乗って飛んでゆく。
「花見日よりね」
「いい日でよかったのです〜♪」
 シーナとゾフィーは胸一杯に春が香る空気を吸い込んだ。
 まだ全員は揃っていなかったが、先に集まった者達で宴の準備を始める。
「そう、今朝起きるまでずっとジャパンのような国にいた気がしてならなくてな。そこではよく龍に乗って戦っていたんだが‥‥。私はこれまで龍など飼った覚えはないのだがな。夢の世界に理屈や道理を求めても仕方がないのだが不思議なものだ」
「わたしもじゃぱんっぽいところの飯店で看板娘をしている夢を見たことがあるのですよ〜♪ 食いしん坊なのは変わらなかったのです☆」
 シーナとエメラルド・シルフィユ(ia8476)はお喋りしながら広めの卓を運んだ。
 花見をしながら食べるだけなら座るための敷物があればよいが、この場で調理をするつもりであったからだ。移動用の窯まで設置する念の入れようだ。
 秋霜夜(ia0979)のもう一つの姿、霜夜は荷車に載せられていた非常に大きな木箱に触れて驚いた。ひんやりと冷たかった。
(「母さまにお料理自慢の人ぞろいだから手土産はかえって失礼ですよっていわれ、手ぶらで来たですが‥‥」)
 木箱はおそらく保冷庫代わり。魔法のアイスコフィンによって保存された何かしらの食材が入っているのだろうと霜夜は想像した。ちなみに彼女の母は吟遊詩人のクリス・ラインハルトである。
「ひょっとして母さま、手抜きしたかっただけ?」
 肩をがくりと落としながら呟く霜夜の背後からシーナが近づいた。
「ふふふっ、これぞ秘密兵器! もとい、とっておきのデリシャスな秘密食材なのですよ〜♪」
「し、シーナさん、驚かさないでくださいー」
 せめて力仕事で貢献したいと霜夜は木箱に手をかけた。持ち上げようとするとずしりと重い。一人で運べないわけではないが安全に運ぶために応援を呼ぶことに。
「アーシャさん、手伝ってもらえますか?」
「任せてください。こっち側を持てばよいので、す、よ‥‥かなりの重さですね」
 アーシャ・エルダー(ib0054)も手のひらに想像以上の手応えを感じた。
 集合時にはすでに荷車上にあったので誰も気に留めて留めていなかったが、これをか弱いシーナが一人で載せられるはずがない。複数人の手を借りなければ無理である。
「シーナさん、これって何なんです?」
「気になりますか。ならこっそり教えちゃうのですよ♪」
 シーナはアーシャに耳打ちする。
「あ、あたしも気になりますー」
 霜夜も耳を近づけていち早く木箱の中身を知るのであった。
 その頃、ユリゼ(ib1147)とイリス(ib0247)のもう一つの姿、サクラは一緒に準備をしていた。
「リゼ、これだけあれば足りますよね。背中の袋いっぱいにして持ってきたんです」
 サクラは葡萄酒の瓶を一つ一つ確かめた。どれも自ら用意したとっておきのお酒ばかりである。
「充分よ。私が用意してきた評判のパンとチーズもなかなかのものよ」
 ユリゼはパンとチーズの他にハーブを何種類も持ち込んでいた。香草茶だけでなく調理にも使えるようにと。その辺りはさすが薬草師といったところだ。
「剣や刀のようにも感じられるが、それなりに重いの〜。一体何なのじゃ?」
 ハッド(ib0295)は布で厳重に包まれた棒状の品を肩に担いで運んだ。調理台代わりの卓の上に置くと落ちていた花びらに気がつく。
「パリは長閑よの〜。あの毎日水平線ばかりの景色を眺めていた船旅が嘘のようじゃ」
 見上げてみれば桜の花。
 様々な困難を乗り越えてノルマン王国へと通じる新たな月道を発見したうちの一人がハッドである。船に乗って大海を渡り、新大陸を目指した冒険の日々を思い出す。
 それほど年月が経っていないのに関わらず、振り返るとまるで大昔の出来事のように感じられた。
「急な連絡だったのに来てくれてうれしいな。元気なようでなによりです」
「ちょうどパリに来る用事がありまして。月与さんもお元気で」
 十野間 月与(ib0343)は現れたアロワイヨー一行に挨拶をした。領主アロワイヨーと妻のミラ。そして後見人のバヴェット夫人も一緒である。
 子供は産まれたがまだ幼いので領地に置いてきたという。
 ミラは変わらずの細身だが、アロワイヨーとバヴェット夫人は一番痩せていた頃よりもふっくら気味になっていた。
「シーナさん、お醤油ここに置いておきますね」
「助かるのです〜♪ 花さん、このあと楽しみにするのですよ☆」
 すでにジャパン出身でパリに住む川口家の人々は最初の集合時から一緒である。
 仲良しの川口家長女、花のおかげでシーナは醤油を手に入れることができる。花の両親と祖母、弟でまだ赤ん坊の菊太郎も花見に参加していた。
 エテルネル村のデュカス一行もまもなく現地に姿を現す。デュカス夫婦にワンバ夫婦も健在だ。
「はうはうっ、遅くなったのですよ〜〜」
 わたわたと道の中央を駆けるのは日御碕・神音(ib0037)のもう一つの姿、リア・エンデ。涙をちょちょぎらせながら両腕で抱えるカゴにはシュクレ堂の焼き菓子が山盛りになっていた。
「あ、リアさんなのです〜♪ 髪の毛、乱れてますよ。そこに座ってくださいな。梳いてあげるのです〜♪」
「はう〜、寝坊してしまいました〜。せめてと思ってシュクレ堂に寄って焼き菓子を買っていたのです。今からジョワーズに出前頼んだら持ってきてくれるでしょうか〜?」
 まだ息が荒いリアの髪を櫛で撫でながらシーナがにこりと笑う。
「きっとジョワーズの料理も食べられるのですよ☆ ティリアさんも招いたので大丈夫なのです〜♪ 期待してくださいな☆」
 シーナとリアの会話に出たティリアとは神聖ローマ帝国からの越境者である。シーナが世話でジョワーズ・パリ支店で女性料理人をしている。
「これでとっておきの新作料理を作らせてもらいますね」
「うぉ、大きくて深い鍋なのです〜」
 シーナがいっていた通りティリアも花見の席にやって来た。
 手間のかかる肉料理は温めればよい状態で持ってきてくれた。得意のスパゲッティは出来たてをこの場で作ってくれるらしい。
 調理に欠かせない水はユリゼが魔法のクリエイトウォーターで出してくれるので問題はなかった。
 桜を愛でながら、料理を作り食べながら、お喋りを楽しみながら。花見の宴は自然と始まるのだった。

●春の宴
「遅いぞよ〜」
「ごめんなー、船の到着が遅れてさ」
 団子を呑み込んだばかりのハッドに駆け寄る騎士見習いのベリムート。二人は一緒に新大陸発見の船に乗った仲間である。
 ベリムートは元ちびブラ団のクヌット、アウスト、コリルと港で待ち合わせてから花見の席にやってきたのだ。
「シーナ、それってもしかして‥‥」
 ゾフィーが張り切ってちょこまかと動くシーナに声をかける。
「そのまさかなのです☆ さてとみなさんご注目なのですよ〜♪」
 シーナは大仰な仕草で卓に載せられていた木箱の蓋を取り外す。その中にはアイスコフィンが解けたばかりの巨大な魚が二本横たわっていた。
「この日のために取り寄せた海のお魚、本鮪なのですよ〜♪ うんしょっ‥‥と」
 シーナは一人で持ち上げようとするものの重すぎてあがらない。
「すまないけどお願いするのです〜」
 シーナに頼まれたエメラルドと霜夜が木箱から卓の板上へと本鮪一本を移してくれた。
「わぁ‥これが聞いていた鮪? なんか艶々のお魚だ」
 霜夜は目を輝かせて本鮪を見つめる。
(「シーナのすぐ側にいた霜夜はまだしも、力仕事を真っ先に頼まれる私は女子として問題なのでは‥‥」)
 エメラルドは女性としての危機を感じたものの、それは一瞬で脳裏を過ぎ去った。何よりもこれから食べられる鮪料理が興味深かったからだ。
「じゃんじゃじゃ〜ん♪」
 シーナが布を取り外すとまるで刀のような大包丁が姿を現す。
「ふふふっ‥‥」
「あたしはこっちを押さえておき‥‥し、シーナさん‥‥ちょっと怖いです」
 鮪を切ろうとするシーナのにやりとした表情に霜夜はたじろいだ。いけないいけないと普段の朗らかなシーナに戻る。
 練習してきただけあって包丁さばきは見事。大した時間はかからずに見事に解体された。
「べりむ〜と、次は我輩達の出番ぞよ」
「航海の間でもこんな大物の魚みたことないぞ。もし獲れてたらもう少しましな食事だったのにな」
 本鮪はもう一本残っている。疲れ気味のシーナに変わって今度はハッドとベリムートが解体を行う。
「骨の間の中落ちがうまいぞよ」
 ハッドはサジで骨の間の身をそぎ取って希望者達に食べさせる。
「こんなの初めて!」
「長い航海の時には船乗りたちも生で魚を食べるってきいたよ。それにしても美味しいなー」
 コリルとアウストが中落ちの味に大喜び。
(「今度、こうして食べてみるか」)
 クヌットの修業先は海辺なので軍船に乗ることも多かった。
 ハッドとベリムートは掲げた拳をぶつけ合って好評を喜んだ。
「これはかぶとやきも楽しみですー」
 中落ちの身の味に霜夜も瞳を輝かす。鮪が二本あるということは頭部も二つあるということ。さっそくかぶとやきの下準備に取りかかる霜夜だ。
「この道具、懐かしいでしょ、よくこれでお料理依頼を手伝っていましたもんね」
「た、助かるのです〜」
 身を柵まで切ってゆく作業をアーシャが手伝ってくれる。シーナは少しずつ元気を取り戻していった。
「これが魚の柵というものか」
「準備は出来ているからすぐにお鮨にするね。お楽しみに♪」
 月与はエメラルド運んできてくれた鮪の柵をさっそく長い包丁の刃全体を使って切り始める。花が持ってきたお櫃の中は鮨飯でいっぱいだ。
 月与と花が並んで鮨を握る。鮪の他にも卵焼きや烏賊など様々な鮨ネタが用意されていた。
「これは美味しいですね。鮪の鮨をもう少しもらえるでしょうか。ほら、ミラもバヴェット夫人も怖がらずに食べてみてください」
 生粋のノルマン王国出身なのにアロワイヨーは生の魚がのった鮨を何の躊躇いもなく楽しんだ。ミラとバヴェット夫人は恐る恐る口にする。
「とても綺麗な色‥‥」
「これは‥‥とろけるような美味しさね」
 サクラとユリゼは一緒に鮪鮨を味わう。
「シェリーキャンリーゼをどうぞ、シーナさん」
「頂きますです〜♪ 喉が乾いていたので余計に染み渡るのですよ〜♪」
 シーナは刺身の用意が終わった後でサクラから渡されたワインを楽しんだ。お返しにとお刺身の盛り合わせをサクラの前に並べるシーナだ。
 鮨に使われたのは主に赤身で、刺身には脂が乗ったトロの部分が使われた。
 一部の食通の間では下卑た味だといわれるトロだが獣肉の脂に親しんだノルマンの人々にとってはこちらの方が口に合いやすい。
 それに評価というものは時代を経るに従って変わるものである。ちなみにシーナはどちらも大好きであった。
 サクラとユリゼは生の鮪の味を充分に楽しんだところで調理に取りかかる。宴は夕方まで続くのでその頃にはまたお腹が空くはずだからだ。
 ユリゼの案によって鮪の身のかたまりを使うことに。塩とハーブを身に擦り込んだ上で香草の大葉で完全に包んで土の中へと埋める。その上で焚き火しての蒸し焼き料理だ。
 川口家の面々も舌鼓を打つ。
「これほどの鮨ネタはジャパンでもそうはお目にかかれるものじゃねぇ」
「菊太郎も喜んでいるわ」
 花の父親である源造が膝を叩く。花の母親のリサは美味しそうに鮨を食べる菊太郎に微笑んだ。
「美味しくてたまんないのです〜♪」
 完全復活のシーナは調理をしながらのつまみ食いを楽しむ。
 お行儀悪いことこの上ないが本日は無礼講。ちょっとした背徳感が隠し味になってより美味しく感じられるのが不思議である。
「シーナさん、幸せのお裾分けです。あ〜ん」
「‥‥この塩加減、さすがなのです☆」
 アーシャがシーナに食べさせてあげたのはイスパニア産の生ハム。新しいスパゲッティを作り中のティリアにも提供されていた。
「はい、最初の一皿出来上がりました!」
 そのティリアの自信作たる新作スパゲッティが出来上がる。アーシャによってまずはアロワイヨー一行の元に届けられた。
「こちらの料理、美味しすぎますわ!」
 どうやらバヴェット夫人の好みに合ったようで殆どを一人で平らげてしまった。アロワイヨーとミラが食べたのはそれぞれ一口ずつのみだ。
「領内は平和でしょうか。何か困ったことあったらイスパニアから飛んできますからね」
「ありがとうございます。デビルによる騒ぎは起きていません。アロワイヨー様はここのところ治水事業に力を入れています。微力ながらお手伝いもしています」
「私もエルダー領統治の夫の手伝いをしてますよ。直に指導した種族混成部隊が自慢なのです♪ それと相変わらず夫婦ラブラブなんです。ミラさんもまだまだ熱々のようで♪」
「実は――」
 アーシャは二度目のスパゲッティを運んでしばらくアロワイヨー達と話す。特にミラとは多くの言葉を交わした。どうやら二人目の赤ん坊ももうすぐのようである。
 突然にあがる叫び声。気になった者達が振り返った先にはデュカスの姿があった。
「こ、この味は一体‥‥」
 デュカスの様子が気になって月与が近づく。
「どうかしたのかな? あ、これ? 巷で噂のトマトを使ったってティリアさんがいってたよ」
 月与が新作スパゲッティに使われていたトマトについて説明する。耳を澄まして聞き入るデュカスの目が本気。どうやらエテルネル村での栽培を考えているようだ。
「これも新大陸で発見された食べ物なの。トマトを栽培するならどうかな?」
 月与はそれならばと焼きトウモロコシをエテルネル村一同へと運ぶ。単に焼いたのではなく工夫して醤油とバターで味付けしてあった。
「どえりゃ〜美味さや!」
 焼きトウモロコシは特にワンバが気に入ったようだ。
「突然になにごとぞよ〜」
 ハッドはデュカスとワンバの急襲に遭う。どうすれば新大陸の種が手にはいるのか質問責めに。
「おい、ハッド!」
「頼んだぞよ」
 そういうのはベリムートが詳しいと話しを振って脱出。新作スパゲッティと焼きトウモロコシを楽しむハッドであった。
「シーナ様、あんなに大きなお魚を捌けるなんてすごいのです〜。私なんて最近、お皿を割ったり焦がしたりが多いからスズカちゃんに台所禁止令を出されたのです〜〜」
「誉められると照れるのです☆ 買ってきてくれたシュクレ堂のお菓子、美味しいのですよ〜♪ やっぱりこの味がないと」
 調理が一段落ついたシーナはリアの隣りに座る。一緒に料理を頂きながらシーナはへにょりと落ち込むリアを励ました。
「今度、と〜〜っても大切なお友達が結婚するのです‥‥。相手の人もいい人なのでいっぱい祝福してあげたいのですよ‥‥。でも、何かモヤモヤしちゃうのです〜。スズカちゃんにも『もう少し大人になりなさい』って言われちゃったのですよ〜」
「難しいお話しなのです。でも無理に切り替える必要もないと思うのですよ」
「双樹ちゃんにはいっぱい幸せになって欲しいのに‥‥。でもでも、どうすればいいのかわからないのです〜」
「シーナはそういうときお腹いっぱい食べるのです☆ それで忘れるのではなくて、お腹いっぱいのときは人の幸せを喜んであげやすくなるのです〜♪」
 泣き出したリアをしばらくシーナは胸元で抱いてあげた。泣きやんだ頃には少しは気持ちが落ち着いたようですっきりした様子である。
「ん〜と、アロワイヨー様とミラ様の曲を歌うのです〜♪」
 元気になったリアは取り出した竪琴で曲を奏でた。自然に誰もが踊り歌い出す。
「シーナんよ。この酢飯とわさびとしょうゆと一緒に食べる鮨なるものは‥‥ん、んまい!」
「シーナも刺身、お鮨、大好きなのです〜♪」
 リアと入れ替わるようにシーナの横に座ったハッドが鮨を頬張る。負けじとシーナも。
「そういえばシーナんはいつ結婚するのじゃ〜?」
「んと〜、まだいい人がいないのですよ〜〜。もしずっとこのままだったらハッドさん、もらってくださいなのです☆」
「わ、我輩はデ‥‥なんでもないぞよ」
「冗談なのです☆」
 顔を真っ赤にしたハッドのカップにシーナが葡萄酒を注ぐ。
「結婚、結婚か‥‥」
 シーナとハッドの会話を聞いていたエメラルドが桜を見上げながら葡萄酒を口にする。ほんのりと頬が赤く、それなりに出来上がっているようである。
「エメラルドさんはどうしたのですか?」
 シーナがお酌するとエメラルドがふっと口の端で笑みを浮かべた。
「しかし、懐かしい顔ぶれだ。私にも色々あったからな‥‥故郷神聖ローマの実家に報告に帰っていたところだ。何故か向こうには月道が通っていないからな」
「しばらく顔を見ないと思っていたら、ローマに戻っていたとは!」
「そんなに田舎ではないのだがな。腕の上達も確認出来て良かったよ」
 身内に嫁の貰い手はないとかと愚痴られたのは内緒にしておくエメラルドだ。そもそも私は神に身を捧げているのだからと。
「しかし思えば感慨深い。あの頃は分身を極めたり、無我を極めたり、ラ・ソーユに目覚めたり‥‥‥‥‥‥ロクな事してないな私‥‥‥‥」
「そんなことないのですよ〜♪ 楽しかったのです☆」
「シーナとはこうやって葡萄酒を飲んだり、ラ・ソーユをやったりしたもんだ」
「ラ・ソーユ、あれからさらに研鑽を積んでうまくなったのですよ♪ どうです?」
 シーナが指さした先にはラ・ソーユの球技場が。花見の場所からそれほど離れていない距離にあった。
「‥‥とにかく今日はラ・ソーユだけはやめておこう。どうにもアレをやると私は人格が変わる‥。いいか、今日はラ・ソーユはやらぬぞ、絶対だ」
 それから十分後、シーナとエメラルドはラ・ソーユのコートで向かい合っていた。腹ごなしにちょうどよいとシーナが誘ったからだ。
「やるとなったからには、本気にならなくてはな!」
 エメラルドが側面の屋根の上へと球を転がす。
「ふふふっ、運動オンチの私ですけど、こればかりは負けるわけにはいかないのですよ〜♪」
 自分側のコートに落ちて球をシーナが革手袋をした手のひらで弾いてラリーが始まった。
「シーナ様、そこなのですよ〜エメラルド様、追いついたのすごいのです〜♪ おでこに球があたるといたいので気をつけるのです〜」
 リアは大声援。
 隣のコートではハッドと元ちびブラ団の面々が。
「これはどうやるのじゃ?」
「それはね――」
 ハッドにコリルがルールを説明。相手側コートにはベリムートとアウスト。しばらくしてラ・ソーユのダブルスの試合が始まる。
「この絵もいい感じ」
 アーシャはラ・ソーユで戯れる仲間達の姿を紙の上に写す。本鮪を切る様子もすでに描き終わっていた。
 桜の下、霜夜と月与は花茣蓙に座りながらぬいぐるみを作る。
「こんな感じでどうですか? ラインハルト家の血筋は不器用なので‥‥」
「そんなことないよ。よく出来ているし。そのまま縫えば大丈夫だよ」
 ぬいぐるみは以前、義援活動のシンボルにもなった『幸せのあひるさん』。
 霜夜は月与に教えてもらいながら一針一針丁寧に縫う。袋状になったところで綿をきゅむぎゅむと詰め込む。思い出にと肩の上に落ちていた桜の花びらもぬいぐるみの中に入れて閉じた。
「完成ですー♪」
 月与に少し遅れて霜夜のアヒルのぬいぐるみも完成する。
「とてもかわいいね♪ クリスさんよりも上手よ」
 少し歪だが霜夜にとっては満足な出来。それよりも誰もが母より上手だと誉めてくれるのがちょっとだけ気にかかる。不器用なのは知っているが、昔はもっとひどかったのだろうと。
 ちなみにぬいぐるみを作りながら様子を見ていた鉄板上の『かぶとやき』は完成間近のようだ。
 サクラは一人、紙の上で羽根ペンを走らせていた。
『未来の私と貴女に。時が過ぎても、今日の様にお互い笑いあえますか?過ごした時を優しく振り返る事が出来てますか? そうあれるように、私は前を歩いていければいいなって、そうあろうって思います。「今の」私はリゼが誰より大好きです。「未来の」私はどうですか?「未来の」貴女がこれを見て、どう思うかしら‥‥二人の過去と未来が素晴らし時間でありますように』
 文面を書き終えると急いで隠す。ユリゼが石の上でチーズをのせて焼いたパンを持ってやって来たからである。もちろん二人でパンを頂いた。
「うふふ‥‥桜も綺麗だし‥‥幸せ」
 ユリゼが葡萄酒をサクラのカップへと注ぐ。
(「リゼとのこの時間がずっと、ずぅっと続きますように‥‥」)
 サクラは心の中で呟きながらお返しにユリゼのカップへと葡萄酒を注いだ。二人で乾杯した後でユリゼは突然に瞬きを繰り返す。
「そっか、サクラの名前はこの花と同じなのね。不思議‥‥異国からこんな風に人も花も根付くのね」
 桜をもう一度見上げた後でユリゼはサクラへと振り向いた。春風が吹いて桜の花びらが二人に降り注いだ。
 サクラはこの後、桜の花や花弁、他の春の花を摘んだ。
 それからまもなく別行動をしていた面々が宴の席へと戻ってくる。
 その理由は美味しそうな香りに惹きつけられたから。出上がった『かぶとやき』と『鮪の蒸し焼き』を味わうためである。
「あたし、こっちの鮪の右目のトコ頂戴していいですかー?」
「霜夜さんは目玉を!? わ、私は遠慮します‥‥」
 アーシャは遠巻きに箸を伸ばす霜夜を眺める。鉄板上の鮪かぶとから嬉しそうに目玉とその周辺の肉を取り出していた。
「とっても美味しいんですよ♪」
「なら挑戦せねば女がすたるのですよ〜♪」
 花に勧められてシーナも鮪の目玉の一つ。
「へぇ〜、とろりとしてそれに濃い味がするのです〜♪」
「でしょう。大好きなんですー♪」
 ほっぺたをもぐもぐさせるシーナの横で霜夜もあんぐりと口の中へ。花も加えて三人並んで笑みをこぼす。
「魚肉がこれほどとは。しかもこの目玉の味はこれまで食べたことがないもの‥‥」
 最後の鮪の目玉はアロワイヨーの胃袋に収まった。
「こちらをもらいしましょうか? よい香りね」
「ラ・ソーユの応援したらお腹がすいたのです〜」
 月与とリアはユリゼの作った香草蒸し焼きを頂いた。さすが薬草師だけあって選んだ調味は完璧。さわやかな味わいに仕上がっていた。
「昼頃にあれだけ食べたのにぺこぺこぞよ〜」
「私もいい汗をかいて、たくさん食べられそうだ」
 ラ・ソーユで運動したハッドとエメラルドも香草焼きをお腹一杯に食べた。それだけでは足りずにかぶとやきにも手をつける。
 鮪赤身の醤油漬けもちょうどよい塩梅に。そのままでも美味しいが、炊き直した飯に酢を合わせて鮨となる。
 お腹一杯になったところで一同は斜面に並んで座った。アーシャが記念の絵を描きたいと願ったからだ。
「今度は一列目のみなさん、よろしくお願いしますー」
 アーシャはグループ分けして描き進める。
「笑顔で描いてもらいましょ」
「そうですね、では」
 ユリゼとサクラは葡萄酒が注がれたゴブレットを手にして絵のモデルになった。
(「絵に描いてもらうなんて緊張です‥‥」)
 霜夜は着こなしが乱れていないか確かめた上で髪を手のひらでなでつけて髪紐できゅっと縛った。
「では次は霜夜さんと月与さん、川口家のみなさんですー」
 アーシャの声かけで霜夜の緊張が最高潮に達する。
「生まれたてのぬいぐるみと一緒に、はいちーず‥‥です〜」
「それだと顔の半分が隠れてしまうから、もう少しさげましょ」
 月与の一言にはっとする霜夜。抱えるぬいぐるみの位置を少し下げるのであった。
 絵は小一時間ほどで描き終わる。それは同時に宴の終わりも意味する。
 夕暮れ時、桜の樹木の根本へと『たいむかぷせる』と呼ばれるものを埋める。そのためにそれぞれ思い出の品や未来の自分に見せたいものを持ち寄っていた。
「開けるときにはあたしの子供と父さま母さまと一緒だといいなー」
 霜夜はぬいぐるみをアーシャが用意した壺の底に座らせる。
「幸せのあひるさん、また会いましょうね」
 月与が縫ったぬいぐるみはその隣へと並べられた。
「特に用意してないのだが、せっかくなのでこれを入れておこうか」
 エメラルドが納めたのはラ・ソーユ用の皮の球である。シーナと二人でサインを記したものだ。
「双樹ちゃんのためにつくった歌の楽譜です〜。封印じゃなくて残しておくだけなのですよ〜。今度会うときには歌ってあげるのです〜♪」
「それがいいのです☆ お肉の友も喜んでくれるのです〜♪」
 楽譜を納めたばかりのリアに何度も頷くシーナである。
 サクラとユリゼは一緒に仕舞う。
 先にユリゼが壺の中へと羊皮紙を置いた。桜の花や花弁、摘んだ花を羊皮紙で挟んで蝋で封をしたものだ。
 次に手紙を置いたサクラは羊皮紙の表面に書かれた文字が目に入る。そこには”親愛なるサクラと共に‥‥”と記されてあった。
「我輩はこれじゃ〜」
 ハッドが壺に入れたのは妙な姿の人形。実は人形の中に隠しておいた新大陸に渡ったときに手に入れた髑髏水晶が本命である。
「元ギルド受付嬢としてはこれしかないわね」
 ゾフィーは羽根ペンとインク羊皮紙のセットを納める。
 川口家やアロワイヨー一行、デュカス達も様々な品を壺の中に入れてゆく。
 最後はアーシャである。描いた絵の数々と未来への自分宛の手紙を丁寧に仕舞う。
『セラと仲良くしてますか? 子供達は元気ですか? いつまでも私の心はイスパニアとパリと共にあります』
 手紙にはそう書かれてあった。
「とても楽しかったのです〜♪ 機会を見つけてまた宴を開くのです☆ そのときも来てくださいね〜」
 シーナの挨拶で締めとなる。
 たいむかぷせるを掘り返す予定は三十年後。一同は再会を約束しあってから解散するのであった。