長距離走 〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/20 00:27



■オープニング本文

 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。

「ぬっくいのですよ〜♪ 冬には炬燵にみかん、それに今年はピスタチオがあるのです☆」
「‥‥光奈さん、少し太られたのでは?」
 炬燵に半身を入れてくつろいでいたとき、光奈は正面に座る姉の鏡子から不意をつかれた。
「そ、そんなことないのですよ‥‥」
 それまで曲げていた背中をしゃきっと伸ばしてみせる光奈。だがそんなことで体型が変わるはずもない。
「ほら、前よりも伸びるし」
「い、たゃいにょでしゅよ〜」
 鏡子が伸ばした右手で光奈の頬を引っ張った。
 光奈は反射的に痛いと叫んだが実際には軽く摘まれた程度だ。それよりもびよーんと伸びたのが光奈自身にもよくわかり、そちらの方が衝撃的である。
(「こ、これはまずいのです〜‥‥」)
 顔面蒼白の光奈に鏡子が一枚の瓦版を手渡す。
「これに出られたらどうでしょう? 私も出場するつもりなのですけれど」
「ふむふむ‥‥」
 それには『希儀発見記念・長距離走まらとん大会開催』と見出しがついていた。
 希儀で発見された資料の中に長距離を走って優劣を競う『まらとん』なるものが記述されていたという。それに倣って瓦版屋主催でやってみようということになったらしい。
 子供の部は五キロメートル。
 男性の部で四二・一九五キロメートル。
 女性の部は男性の部の半分。
 志体持ちの部は男性の部の倍。
「結構走るのです‥‥。大丈夫かな?」
「いきなり出場しても無理でしょうね。そうではなくてこれに参加するのを目標にして日々鍛錬すれば自然と体重も落ちるはず。まらとんへの参加は仕上げのようなものと考えるべきですわ」
「わかったのです、お姉ちゃん。わたしもやるのですよ〜♪」
「その意気ですわ♪」
 一人でまらとんに参加するのは心細かった鏡子の作戦がまんまと成功した瞬間である。光奈と鏡子はその日から少しずつ走り込みを始めた。
 やがてまらとん大会開催当日。たくさんの人が安州郊外の出発地点に集まる。
 その中には志体持ちの部参加の開拓者達の姿もあった。


■参加者一覧
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
ライディン・L・C(ib3557
20歳・男・シ
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
樋口 舞奈(ic0246
16歳・女・泰
近衛 朝陽(ic0286
22歳・男・騎


■リプレイ本文

●スタート前
 早朝の郊外に大勢が集まった。
 半数がまらとんの参加者で残りが運営と応援に駆けつけた人達。智塚姉妹はジルベリア風の身軽な服に着替えての参加である。
「あけましておめでとうなのです☆」
 準備運動中の杉野 九寿重(ib3226)へと光奈が駆け寄る。
「おめでとうございます」
 杉野も軽装を心がけたようで手足が露出した服を身に纏っていた。一緒に身体を動かしてから別所へと。次に遭遇したのがKyrie(ib5916)だ。
「やせようと思って☆」
「私もお正月にお餅を食べすぎてしまいましてね」
 苦笑するKyrieだが細身で太ったようには見えない。
「体を絞るためにも、頑張りますよ」
「ははっ」
 Kyrieに姉妹は引きつった笑顔で答えのであった。
 初めて知り合った開拓者も何人かいた。
「満腹屋、以後お見知り置き下さいなのです☆」
「美味しいって噂だなっ。どんな料理を出すんだ?」
 ライディン・L・C(ib3557)は光奈とお喋りしながら師匠との真剣鬼ごっこマラソンを思い出す。
(「修行時代は後ろから矢なり手裏剣なりバンバン飛んできたっけ‥‥」)
 対象を仕留めた後に、早く且つ長距離を移動出来なければアサシンではない。ライディンにとって、まらとんは遊びでは済まされなかった。
 次に光奈が声をかけたのは樋口 舞奈(ic0246)。
「大体84キロかぁ‥‥。完走目指して頑張ろう!」
「もしかして開拓者さんですか?」
「そうだよ。瓦版を見てビビッと来てね。これは修行になるって! もしかして君たちも?」
「違うのですよ〜。お世話になっている満腹屋の者なのです☆」
「どこかで聞いたかも?」
 樋口舞奈から元気をたくさんもらった姉妹である。
 続いて知り合ったのは近衛 朝陽(ic0286)。真横へ突然落下してきたのがきっかけであった。
「準備で木の枝にぶら下がっていたのだ。怪我はなかったか?」
「平気ですわ♪」
 鏡子が近衛朝陽に会釈。
「注意一瞬怪我一生、なのに君たちとぶつかりそうになるとは俺もまだまだ‥‥いや? これであっていただろうか?」
「ちょっと違う気がするのです☆」
 光奈の言葉に近衛朝陽は大いに笑う。互いの完走を願って別れた。
 移動していると後ろから誰かが光奈の肩を叩く。振り返ると毛布衛門のまるごとが立っていた。
「あけましておめでとう。フェンで男性の部に登録したの。この中にいる間はもふえもんね♪」
 まるごとの頭がわずかに外されるとよく知るフェンリエッタ(ib0018)の顔が現れた。
「おめでとうなのです☆ やせようと参加したのですよ♪」
「わたしも♪ 光奈さん、知ってる? 夏より冬の方が実は痩せ易いのよ♪」
「じゃわたしも着て走‥‥重くて無理なのです☆」
「ふふっ♪」
 小声でお喋り。姉妹とフェンリエッタは途中まで一緒に走ることに。
 櫓の上に立つ大会主催者が狼煙銃を天に向ける。放たれた弾は上空で赤い煙となってまらとん開始を告げた。
 歓声の中、参加者達は一斉に駆け出すのであった。

●フェンリエッタと姉妹
「ひぇ〜!」
「はぐれないように!」
 始まったばかりで走者達の流れはとても速かった。姉妹は転ばないよう急いで駆けるしかない。
「大丈夫もふ!」
 そこへ盾になるが如く、まるごと姿のフェンリエッタが姉妹の真後ろへ移動。
 大柄故にとても目立つ。先を急ぐ後方の走者達が避けてくれるようになる。おかげで姉妹は望む速さで走れるようになった。
「助かったのです〜。兜についた蛇の注連縄が頼もしいのです☆」
「よかったもふ♪」
 光奈に手を振って応えるフェンリエッタ。二キロを過ぎた頃には人もばらけて気にする必要がなくなった。
 今日の海風は穏やかで走りやすい。日差しに照らされた海面が輝く様はとても素晴らしかった。
「風光明媚もふ♪」
「見慣れていても海はやっぱりいいのです〜♪」
「走り終わったらなにを食べたいもふ?」
「海鮮かるぱっちょを食べたいかな?」
 大会に参加するために走り込んだので現時点でも光奈はごく自然な体型である。
「もふらの大きいのがいる!」
「なんかすげー!」
 沿道からの応援にまるごとのフェンリエッタは手を振って応えた。
 給水所では水の入った升を姉妹が代わりにとってくれる。まるごとの手だと非常に取りにくく一つ前で失敗したからだ。飲むのは用意した藁のストローを使えば問題ない。
 姉妹とフェンリエッタの走りは続いた。やがてゴール。鏡子が女性の部で十五番、光奈が十六番の結果となる。
「フェンさんありがとなのです〜♪」
「頑張ってくださいね〜」
 姉妹に見送られながらフェンリエッタはまらとんを続行。男子の部にとっては中間地点に過ぎなかった。
(「ちょっと頑張ってみようかな」)
 跳ねるように駆ける毛布衛門姿のフェンリエッタ。
 鏡子が急遽手ぬぐいを縛って作ってくれた袋が腕に取り付けられており、升はそこに填めれば落とさないで済む。給水もこれでばっちりである。
「あ、転倒した!」
 心配する観客達。ゴール直前になってこけたが実はわざと。まるごとのまん丸の身体を利用してゴロゴロとゴールへ一直線だ。
 男性の部、三十九位の成績でまらとんを終えるフェンリエッタであった。

●近衛朝陽
 時を少し遡り、狼煙銃が撃たれた十分後。
 近衛朝陽は第三集団に混じって走っていた。多くは志体持ちでごく一部が優れた運動能力の一般人といったところである。
「おお、やはり海は田舎のものと変わらないのだな」
 絶景の海原を眺めて近衛朝陽は顔を綻ばせる。沿岸で漁をしている船もあって長閑な雰囲気が漂っていた。
「なんだ? あれは。よし!」
 遠くに見えた砂浜の様子が気になって全速力。
「ははは、こういう坂、よく弟達と駆け比べたものだ!」
 丘を駆け上る近衛朝陽を追いかける者、無視する者など様々であったが、この時点での第三集団は散り散りとなる。
「アジの干物を作っていたのか。いや、あれはもしや鯛か」
 一所で足踏みをして砂浜の様子を眺める。アジの他にも様々な魚が干されていた。
「よし! 今日の夕食は干物尽くしで決まりだな。そうと決まれば」
 またまた全速力の近衛朝陽。いくら志体持ちとはいえ無理は祟るもの。四つ目の給水所を間近にしてバテバテに疲れる。
「水‥‥いや、身体を考えれば白湯だ。白湯がいい」
 給水所では升を手にして少しずつ白湯を口に含んだ。そうすると次第に身体に力が戻ってくる。徐々に復活してようやくコース一周を回りきった。志体持ちの部のゴールはさらにもう一周である。
「妙だな」
 二週目の後半。前方で立ち往生している走者達を目にして近衛朝陽も足を止める。
「かなりの幅だな」
 一週目のときは何事もなかったのに崖沿いの道が崩れていた。
 誰もが状況を確認してから少し下がって勢いをつけて崖崩れを跳び越えてゆく。さすがは志体持ちばかりである。
「よし!」
 近衛朝陽も勢いをつけて跳んだ。そつなく着地してまらとんを続行する。
 ただこれによって順位が大きく変動。決意の早かった者が得をした形にとなる。
 十四位でゴールした近衛朝陽は待ち受けていた観客に手を振るのあった。

●樋口舞奈
 狼煙銃を合図にして集団に混じる樋口舞奈が走り出す。
「この調子なら大丈夫かな」
 少々速めを持続する樋口舞奈。周囲の走者についてはあまり意識せず、自分の調子で走り続けた。
「この松の並木はどこまで続くんだろう?」
 沿岸の景色はとても綺麗で目の保養にもなる。十五キロを過ぎた頃には前方の全員が志体持ちばかりとなっていた。
「絶対に足をとめない、歩かないを目標にしよう」
 給水所では白湯を選んで水分補給する。
 使い終わった升は沿道の茣蓙の上に投げ捨ててよいことになっていた。回収し再利用される仕組みだ。
 樋口舞奈は人がいないのを確認して升を投げ、走りに専念する。
 一般人がいなくなった二週目からが志体持ちにとって本番の区間である。樋口舞奈も誰に合わせたわけではないが勢いを加速させる。
「えっ?!」
 二週目の後半。前方に立ち止まる先行の走者達を見て樋口舞奈は戸惑う。止まらないのを信条にしていたからだ。
 ゆっくりと進みながら状況を把握。崖崩れが原因だと知ってからほんの一瞬で決断。
 殆どの走者が一旦立ち止まって下がり助走をつけるところを一気に跳んだ。足の裏半分の余裕しかなかったが向こう側への着地を果たす。
 そのまま突き進もうとしたところ、困っていた老人を目撃する。若者なら回り道をすればよいが、年老いた足ではそうはいってられない。
「任せてっ! しっかり掴まってね」
 樋口舞奈は足を止めて老人を背負うと助走をつけて再び崖崩れへ挑んだ。
「ぐわっっ〜!」
 老人の絶叫を響かせて見事着地。感謝された樋口舞奈は三度崖崩れの上を跳んでまらとんに復帰する。結果は十三位であった。

●Kyrie
 Kyrieは非常に軽快な格好でまらとんに参加していた。
 上着を脱ぎ捨てるとシャツに袖の短いスラックス姿だ。ただシャツの中にはお腹が冷えないようさらしを巻いてある。
「大分身体が温かくなってきましたね」
 五キロを過ぎた頃から本調子。
 事前にあまよみで調べたところ天候は良。このことはスタート前に出会った全員へ伝えてあった。
 給水所でのもらう白湯は一口か二口に留めた。
(「そろそろでしょうか」)
 十キロを過ぎた頃、Kyrieはさらしに挟んでおいた飴を取り出して口に含んだ。規約上問題ないことは確認済みである。
 糖分は身体に活気を呼び起こす。加えて口の中で飴を転がすと唾液が分泌されてのどの渇きが軽減される。一石二鳥の効果が見込めた。
 中には無謀な走りで道ばたに座り込んでいる参加者も。
 特に酷そうな状態の人に声をかけた。神風恩寵で歩いて帰れる程度には回復させてあげる。
「た、助かりました!」
「お大事に」
 Kyrieがまらとんに復帰。自分の足も心配だったが神風恩寵を使うまでには至らない。まらとんの間、Kyrieは三人に治療を施す。
 二週目に突入した頃、残りの体力配分を考えた上で歩幅を広くとってみた。次々と抜いて上位に食い込もうとした頃、遠くから凄まじい轟音が届いた。
 言葉こそ交わさなかったものの、互いに顔を見合わせる周囲の走者達。
 Kyrieも一緒に先を急ぐと目にしたのは崖崩れ。しかも道を巻き込んで大きく抉った形である。まらとんの順路は完全に寸断されていた。
(「巻き添えで落ちた人はいないようですね」)
 Kyrieは被害者がいないのを確認してから勢いをつけて跳び越えた。
 まらとんを再開。抜きつ抜かれつが激しくなる。
 Kyrieも体力のすべてを注ぎ込んで残り三キロでラストスパート。結果、九位に食い込む健闘をみせるのであった。

●ライディン
 狼煙銃の合図が空に放たれた直後、ライディンが飛び出す。
 早駆で得た先行は非常に有利であり、団子状態からいち早く抜け出すことで自分の調子を維持することが出来る。
 ライディンはアサシンと表現していたが最前線に飛び出せたのは全員シノビである。それからわずかに遅れて前衛職の熟練者達が続いていた。
(「最初から志体持ちばかりかっ。一般人は考えないでよさそうだな」)
 純粋に志体持ち同士の勝負を楽しめると考えながらライディンは駆けた。二度目の早駆を使うと追随してきたのはシノビ三人。三度目は二人のみ。
 先頭はライディンを含めた三人で構成された形で入れ替わる。二十キロを過ぎた頃には後方の熟練者達に距離を縮められて第一集団を形成し始めた。それには理由があった。
「なんだってんだ、これはよっ!」
 空中回転するライディンが放った木製の苦無が上空から襲いかかってきた大鷲の額に命中する。
 主催者が仕組んだのか、それとも精霊の采配か。先頭の走者にはひっきりなしに障害がつきまとう。
 イノシシの突進、暴れ馬に暴れ牛、たくさんのもふらさまが道を塞いでお昼寝をしていたりなどなど。
 仕留め、弾き、跳び越えたりをこなすうちに順位が目まぐるしく変わった。何事もなければ後方の熟練者が追いつくのは一週目が終わった頃であったろう。
「塩、助かります。ありとう」
「次の給水所で水いっぱいおごれよな!!」
 仲良くなった杉野に塩をあげたライディンは笑顔を振りまいた。
 第一集団が八人になっても災いは襲いかかる。
 それでも気概を持った数人き走者は妨害に挑んだ。ライディンもそのうちの一人に含まれる。
 二週目に突入して後半に最大の難関が。崖沿いの山道で突然に周囲全体が崩れ出したのである。
「ひょい、ひょいっと。跳ぶのはアサシンにはお手のもんだねっ」
 三角跳びで難なくこなすライディン。
 さすがは全員が志体持ち。誰も崖崩れに巻き込まれることなく大した怪我もない。
 まらとんは続行され、やがてライディンもゴール。結果は七位となった。

●杉野
「焦らずいきましょうか」
 杉野の走りは堅実。狼煙銃によるスタート時こそ団子状態で四苦八苦したものの、その後は追い抜いて順位を上げていった。
 給水所では温かい白湯を選んだ。身体が慣れてきた頃には水を選んで体温を下げるよう心がける。
 八キロに差し掛かろうとした頃には第二集団と合流を果たす。
(「このペースならおそらく先頭集団に追いつけるでしょう」)
 無理をせずに第二集団のまま先を目指す。
 第一集団に追いついたのは二十キロ前後であったが、そこでとんでもない状況に出くわす。次々と災難が襲いかかってきたのである。
「これは‥‥まらとんというよりも‥‥障害物競走みたいですね」
 坂道を駆け下りる杉野の後方から倒れた木が転がってきた。先程は冬眠から目を覚ました大熊に追いかけられたばかりである。
 あまりの事態にわざと後方に下がることで安全をはかる走者もいたが、この状況を知った上で引き下がるわけにはいかない。志体持ちというよりも開拓者の気概と奮起である。
「今度はケモノの鰻ですか!」
「海から飛び出してくるのかよっ!」
 走りながら仲良くなったライディンと一緒に杉野はケモノ鰻を海へと蹴り飛ばす。二週目になっても災いの大安売りは去らずにやがて後半へ。
 互いにスパートをかけるかどうかのさぐり合いの最中、突然の事態が起こった。第一集団の全員が崖崩れに巻き込まれたのである。
 杉野は落ちてくる岩を足がかりに跳んで向こう側へと着地。事なきを得る。
「ふうっー」
 誰も怪我をしていないのがわかると再び走り出す。結果、同着の七位でゴールを果たすのであった。

●そして
 スタート前に光奈と知り合った一同は表彰の場で再会する。光奈の誘いで全員が満腹屋へと立ち寄り、減りに減った空いたお腹を満たす。
「光奈さん、程々にしなさいね」
「わかってるのですよ〜♪ ‥‥ホントなのです☆」
 ぱくつく光奈に鏡子があきれ顔。お腹の他に笑い声も満たされる満腹屋であった。