狼の危機 〜敵討〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/27 22:52



■オープニング本文

 約一年前、直少年が住んでいた村は狂骨と呼ばれるアヤカシの群れに襲われてすべてが灰と化した。
 その際に姉を目の前で殺されたのきっかけにして直の抑えていた精神の箍が外れる。呼び覚まされた志体持ちの能力で次々と狂骨を粉砕。しかし途中で力尽きて気絶する寸前、直は炎の中に立つ巨大な狼を目撃する。再び目を覚ました時には遠くの草原に転がされていた。
 その後、直は志体持ちの血筋を欲しがっていた村からほど近い町に屋敷を構える跡取りがいないサムライ桔梗家の養子になる。改めて桔梗 直祐と名乗るようになった。
 そして現在、姉の敵討ちを密かに誓った直祐は刀剣術の腕を磨くべく開拓者として神楽の都で暮らしていた。
 開拓者として受けた最初の依頼は理穴中部の山奥でのアヤカシ退治。故郷の村を襲った同じ系統のアヤカシであり、依頼者の境遇も自らのものとよく似ている。直祐は同じ依頼に入った仲間達と協力して狂骨を殲滅。依頼を完遂した。
 それからしばらくが経ち、直祐の故郷の村跡にほど近い集落で巨体な狼が娘を攫う事件が起こる。だが開拓者達は状況の不確かさから疑問を抱いていた。
 二ヶ月前、欲望をたぎらせた集落長の長男が画策し、娘だけを残して彼女の家族を死に追いやっていたのである。娘は集落長の家屋で下働きをするか生きる道が残されていなかった。
 集落長の長男が娘を襲おうとしたところを巨大な狼が助けたのが真相だ。実は亡くなったと思われた家族のうち、娘の兄は巨大な狼『流星』に助けられていた。流星がケモノなのも判明する。
 欺いた集落長と長男は開拓者達によって取り押さえられる。官憲に引き渡される形となった。


「すみれ? やっぱりあの菫さんか」
 開拓者ギルドの掲示板を眺めていた直祐は一枚の依頼書に目を留める。
 菫とは先日の依頼で知り合った娘であり、過去の自分と同じように巨大な狼ケモノの『流星』によって命を救われた人物だ。その菫が今度は依頼を出したようである。
 依頼を読み進めるうちに直祐の表情が強ばってゆく。
 開拓者達が立ち去ってから十日が過ぎた頃、集落に突然飛空船が着陸した。空賊に襲われたのである。
 前集落長が官憲に引き渡されたばかりで新集落長はまだ決められていなかった。集落全体を指揮する者がおらず逃げまどうことしか出来なかったらしい。
 そこへ巨大な狼『流星』が現れて空賊を撃退してくれる。おかげで怪我人こそ出たものの、命を落とす集落民はいなかった。
 流星に感謝しつつ集落の再建をしようとしていたところ、今度は空賊から脅迫状が届いた。
 空賊は流星の子供一頭と集落の子供一人を誘拐していた。子供を殺されたくなければ、流星の身柄と大金を持ってこいと書かれてある。
 鋭敏な流星の鼻も大空を飛ぶ飛空船相手では役に立たない。空賊が素直に引き渡しに応じるはずもなく、開拓者ギルドへの依頼に至ったようだ。
 引き渡し方法についてにも触れていた。
 時は早朝、場所は湖。
 中央付近に空賊の飛空船が着水状態で待機。
 湖畔には空賊が用意した大きめの筏があるので、それに流星とお金を詰めた木箱を積む。鉄製の轡と足枷も用意してあるのでそれらを流星にはめてから漕いでよし。
 空賊は遠くから監視し続けるという。もし守らなければ引き渡しは中止。狼と人の子の命はないとある。
 筏を漕ぐ要員は八名まで。
 湖畔から湖の中央までは約二百メートル。大きめの筏には最初から小さな筏が付属しているので、空賊の飛空船近くまできたらそちらに八名が移動。
 空賊飛空船は狼と人の子を乗せた筏を解放する。八名が狼と人の子を乗せた筏へと近づく間に、空賊の飛空船は流星とお金を接舷回収。空賊の飛空船が離水して終わりとなる。
(「空賊が金子を欲しがるのはわかるがケモノの流星を何故?」)
 空賊は流星をどこかに売り飛ばすのか、それとも逆恨みで殺しすつもりなのか。どちらにしても大恩のある流星を助けねばと依頼参加の手続きをとる直祐だった。


■参加者一覧
雲母(ia6295
20歳・女・陰
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
正木 雪茂(ib9495
19歳・女・サ
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文

●誘拐の指定場所へ
 開拓者六名は先に依頼先の集落へと立ち寄る。身代金を預かった上で引き渡し場所の遠方の湖へと向かおうとしていた。
「あの子、とても優しいんです」
「どうか助けてやってください」
 最初、菫と彼女の兄が同行したいと申し出たが危険が伴うので遠慮してもらう。
 それでも気が収まらなかったのかこれぐらいは手伝わせて欲しいと、二人は集落所有のもふらが牽く荷車二両を貸してくれた。
 開拓者達は荷車二両に分かれて湖へ続く道を進んだ。
 空賊が要求していたのは身代金だけではなかった。
 巨大なケモノ狼『流星』もだ。集落の外で待っていた流星が荷車二両の後をついてくる。彼も自分の子供の安否をとても心配していた。
 引き渡しは明朝。
 集落に寄った当日の暮れなずむ頃に一行は湖畔へと到着する。大きな筏はすでに湖畔に用意されていた。しかし湖面中央に船影はなかった。
 脅迫状には引き渡し開始まで大筏には近づくなとある。
 開拓者達と流星は仕方なく湖畔間近の森の中から遠巻きに状況を観察した。見張りがいるかどうかわからないが男の子と子狼が空賊側の手の内にある以上、迂闊な行動は控えるべきと考えたからである。
「本当に大きな筏ですね。脅迫状にあった通りの鉄製の轡と足枷も筏の近くに置いてあります」
 直祐は藪の隙間からじっと大筏を眺める。
「あれなら緩めた感じで流星さんに取り付けられそうですね」
 緋乃宮 白月(ib9855)も轡と足枷に注目していた。いざとなったときに流星が自ら外せるよう填めるつもりである。
「子供を人質とは三下だな、下衆いやり方だ」
 雲母(ia6295)は普段、煙管を手放さないが湖での戦いに備えて今から控えていた。煙やにおいによって空賊の見張りに居場所を知られるのを防ごうといった配慮もあったのかも知れない。
「‥‥もう一度大丈夫か確かめてみるか」
 正木 雪茂(ib9495)は身代金運搬用の木箱の中に両足を入れた。そして身体を丸めながら底に身体を這わせる。
「仕切となる中間の蓋を取り付けますね。どうです?」
 中間の蓋板を取り付けた杉野 九寿重(ib3226)が呼びかけると、木箱から軽い打音が聞こえてくる。問題なしを示すものだ。
 木箱は二重底構造になっており、上蓋を開けるだけでは金子しか確認出来なかった。道中の間に正木雪茂、緋乃宮、杉野の三人で改造したのである。
「ここから筏までなら余裕で矢が届きますが‥‥」
 篠崎早矢(ic0072)は自分の弓矢が届く範囲をあらかじめ目視で計っておく。湖は広くて脅迫状の通り空賊飛空船が湖中央に待機するのならば、湖畔からの攻撃は不可能である。
 開拓者達は日が暮れる前に夜営の準備を済ませる。
 夕食後に現地での確認を踏まえて作戦を修正。そして早めに就寝し明朝に備えるのであった。

●緊迫した空気
 夜明け前の二時間前には開拓者全員が目を覚ます。流星は一睡も出来なかったようだが、一晩ぐらいは問題ないようだ。
 空賊所有と思しき飛空船は未だ湖周辺に現れていなかった。
『わからん』
 鼻が利く流星に聞いてみるが、開拓者を除く人らしきにおいは周囲に感じられないという。
 夜空が白んできても何事も起きなかった。もしや騙されたと考え始めた頃、上空からの飛行音が耳に届いた。
 飛空船は上空で大きく旋回してから湖面へと着水。脅迫状に記されていた通りに紫色の旗を掲げていた。間違いなく空賊の飛空船である。遠方ではっきりとはわからないが中型と思われる。
 開拓者達は互いの顔を眺めてから流星と共に森の中から一歩踏み出した。
 大筏が係留されている湖畔から空賊飛空船が浮かぶ湖面中央まで目視で二百メートル前後はある。今の時点で奪還を仕掛けることは非常に難しかった。
「降ろすときにはいいますから」
「万が一、木箱ごと湖に落ちたときにはすぐに脱出を」
 直祐と篠崎早矢が協力して運ぶ身代金が仕舞われた木箱にはすでに正木雪茂が隠れていた。二人は小声で中の正木雪茂に話しかける。
(「人質を取るなどと卑怯な真似を‥‥っ。絶対に成敗してくれん!」)
 木箱の中で正木雪茂は唇を噛みしめて拳を強く握る。
「痛くありませんか? その時には首を縦に振ってくださいね」
「少しの辛抱です」
 緋乃宮と杉野は大筏に飛び乗った流星に鉄製の轡と足枷を取り付けた。
 緩めにしたとはいえ造りがしっかりとした拘束具である。外すにはそれなりの力が必要になるだろう。
 淡々と拘束を受け入れる流星の姿に開拓者達は感心する。流星ぐらいの知能があるのならば屈辱を感じていることだろう。攫われた男の子と子狼を必ず助けようとあらためて心の中で誓う。
 急かせる意味なのか空賊飛空船から狼煙銃が空に向かって放たれた。
「三下ごときが飛空船を所有などと」
 櫂を握った雲母が空賊飛空船を睨んだ。目を凝らせば甲板上に人影が見える。まだ射程距離ではないはずなのに、こちらへと銃口を向けていた。
 身代金の木箱の積み込み、流星の拘束が終わって全員で大筏を櫂で漕ぎ始める。湖面が穏やかなおかげで進みは順調。空賊飛空船も推進の風を吹かせながらゆっくりと大筏へと近づいてきた。
 約百メートルまで互いに近づいたところで空賊の一人が大声を張り上げる。大筏に備え付けられている小さな筏へと全員が移れと。
 空賊側も脅迫状の通りに新たな筏を湖面へと降ろす。そして拉致した男の子と子狼を筏へと移動させた。
 開拓者全員が移動した小筏は大筏から距離をとる。
 小筏の動きを観察しながら空賊飛空船が湖面を掻き分けて大筏へと近づいた。
 開拓者達が漕ぐ小筏は不安げな男の子と子狼が座り込んでいる筏へと全力で進んだ。
 志体持ちが漕いでいるとはいえ、強力な風を吐き出す宝珠の推進力に適うはずもない。先に空賊飛空船が拘束具が取り付けられた流星と身代金が入った小箱がのる大筏へと辿り着く。
「お前さんには散々な目にあわされたからな。ちゃんとお礼をしてやるぜ!」
 空賊の一人が流星の鼻を力一杯蹴り上げる。急所であったのか流星の身体から力が抜けた。何度も執拗に流星を蹴り続ける空賊。その間に別の空賊五人が身代金が入った木箱を持ち上げて空賊飛空船へと運び込んだ。
「あばよ。魚の餌になっちまいな」
 ようやく蹴るのをやめた空賊が筏の丸太を繋ぐ縄の何カ所かを刃物で切断してから飛空船へと移る。開拓者達を乗せた筏が男の子と子狼の筏に並んだのはこの直後であった。
 大筏の丸太が次々と離れて散り散りに。流星が沈んで湖面から姿を消してしまう。
「流星は私に任せてください!」
 重い装備を外した直祐が湖へと飛び込んだ。流星の救出は直祐に任せるとして他の開拓者は空賊飛空船を追いかける。
「三下で自分の力量をわきまえてない屑共はかかってこい」
 雲母は水蜘蛛で湖面をまるで地上のように駆けて先行する。装填済みの『マスケット「魔弾」』を構えてにまっと笑い、引き金を絞った。
 放たれた魔弾は飛空船窓の水晶を突き抜けて空賊操縦士へと命中。
 空賊飛空船が大きく右舷前方に傾いて姿勢を崩す。湖面へと船体の一部を接触させて不規則に横回転しながら水しぶきを跳ね続けた。
 暴れる空賊飛空船内部では別の動きがある。
 船倉内で身代金が入った木箱が壁へと勢いよく叩きつけられた。壊れた瞬間、飛び出したのは金銭だけではなかった。
「やぁやぁ! 我こそは武天国が住人、正木大膳亮雪茂なり! 賊どもよ成敗してくれん!」
 正木雪茂は名乗りをあげて空賊共の注意を自分に引き付けた。
 本来ならば雲母が攻撃を仕掛ける前にこうしたかったのだが、流星が気絶させられる事態に機会を逃したのである。
 また愛用の『片鎌槍「北狄」』が大きくて木箱の中には持ち込めなかった。流星と一緒に湖の底へ沈んでしまったかも知れなかった。
 正木雪茂は壁に掛かっていた長銃を手に取って槍に見立てて大立ち回り。戦いながら船内を移動する。
 雲母が水蜘蛛で空賊飛空船へと突入。
 そのあとすぐに直祐は流星の背中に乗って仲間達が乗る筏へと辿り着いた。水中で流星を叩き起こし、轡や枷を外すのを手伝って溺れるところを助けたのである。
「子供達は私たちに任せてください」
「お願いします」
 緋乃宮はそれまで守っていた男の子と子狼を直祐と流星に託す。
「私も残ります。遠くからの方が役に立てると思いますので」
 篠崎早矢も湖面に浮かぶ流星の背へと移動した。
 流星の背中に男の子と子狼を移すと筏の一同は全力で漕ぐ。
 空賊が弓や銃で筏を狙ってきたものの、篠崎早矢が弓矢で援護してくれる。おかげで湖空賊飛空船までわずかな負傷のみで到着できた。
「これを!」
「かたじけない!」
 杉野は甲板の正木雪茂へと『片鎌槍「北狄」』を投げ渡す。流星の身体に繋げてあったおかげで沈まずに済んだのだ。
 傷だらけの正木雪茂であったが、片鎌槍を手にして力が満ちる。大きく振り回して空賊の一人を甲板から湖へと弾き飛ばす。
「甲板を除けば操縦室と機関室らしき空間に人が集中しています!」
 杉野は船内へ足を踏み入れると即座に『心眼「集」』で敵の分布を把握し、仲間達に大声で伝えた。
 ざっと数えて空賊は二十人前後。志体持ちの開拓者にとって勝てない戦力差ではなかった。
「私はここで踏ん張りますね!」
 杉野は敢えて筏に残った。『桔梗』の技によるカマイタチなら充分に戦えるからだ。空気の刃で甲板で戦う正木雪茂を手助けする。
 放ったカマイタチが空賊の背中をばっさりと斬り裂いた。これによって杉野の存在を甲板の空賊等も無視出来なくなる。
 筏から一番に敵船へと乗り込んだ緋乃宮は戦っていた。
「子供を人質にするなんて!」
 緋乃宮の黒夜布に包まれた拳が唸る。紅砲での衝撃のおかげで少々空賊との間合いがあっても確実に痛手を加えてゆく。狭い船内でこそ有利に働いた。
 蹴り飛ばした空賊が当たって扉が開いた。獣耳をピンっと立てた緋乃宮が前傾姿勢で突入する。強烈な一撃を中の空賊に食らわせる。
 緋乃宮は早めに戻って怯えていた男の子と子狼をなぐさめてあげたい気持ちが大きかった。
 船内で暴れ続けた雲母はついに機関室へと達しようとしていた。
「ここを壊せば飛空船は単なる木材の寄せ集めだからな」
 雲母は襲ってきた空賊の一人を蹴散らすと宝珠の並びにマスケットの銃口を向ける。次の瞬間、シュトゥルモヴィークによる火弾爆発によって機関室内は業火に包まれた。
 雲母は帰りに一番の近道を選んだ。船体にマスケットの銃撃で穴を空けて脱出。浸水が止まらない空賊飛空船はみるみるうちに沈没してゆく。
 沈みきる前に乗り込んだ全員が筏へと戻った。そして少し離れた湖面で待機していた流星達と合流する。
「お腹空いていませんか?」
「お姉ちゃんありがとう」
 緋乃宮は男の子に岩清水と月餅をあげた。子狼には岩清水を飲ませてあげる。
 開拓者達と救出した子供達、そして流星は湖岸まで無事に辿り着くのであった。

●そして
 船倉に散らばっていた身代金の大半も回収されていた。攫われた集落の男の子と子狼は無事。空賊に要求されていた流星の身柄も事なきを得る。
 飛空船沈没の際、生存していた空賊が自力で湖岸に泳ぎ着いたのならそれでよし。そうでなくとも自業自得といえる。
 依頼は無事完遂された。
「せめてものお礼にこちらのお酒をお持ちになってください。本当に、本当にありがとうございました」
 菫とその兄を始めとした集落の全員が開拓者達に感謝する。
『助けてくれた、ありがたい。あいつも喜んでいる』
「以前に助けられたのは私です。それにすべてを返したとは思っていませんし」
 流星も直祐を含めた開拓者達に恩を感じたようだ。
 神楽の都への帰り道。開拓者達の心は晴れやかであった。