月桂樹の精霊 〜七羽〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/30 19:05



■オープニング本文

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 兄の七羽矢吉は十五歳。弟の七羽的吉は十四歳。父が亡くなって家族は母親と兄弟のみになった。
 普段から父の商売を手伝っていた七羽兄弟は継いで交易商人となる。ただ次々と常連が離れて知り尻窄み状態。立ちゆかなくなるのは時間の問題となっていた。
 そこへきて希儀の発見である。
 ギルドに依頼して開拓者を応援に迎えながら未知の大陸へ。
 希儀の大陸南部へと到達して点在する遺跡のうちの一つを探検し、いくつかの品を持ち帰った。
 ピスタチオの実は市場で非常に好評。その他に七羽兄弟が注目していたのがキラキラと表面が輝く陶器である。
 新しい街になるであろう『羽流阿出州』(パルアディス)と名付けられた土地で情報収集。さらに調査した結果、粘土の採掘場と壊れた窯跡を発見する。
 捨てられていた欠片からしてそこが注目していた陶器が作られた場所だと断定する。ピスタチオを採取して天儀に戻った七羽兄弟だが、四六時中忘れてはいなかった。
「興味はあるみたいだけどな」
「安全かどうかをすごく気にしていたね。窯跡や採掘場の周辺、この間は危険がなかったからといって安心するのは禁物だし。利口なアヤカシならこっちの動きを窺って様子見していたかも知れないし」
 若者はすぐに腹が減る。兄弟は炙り豚肉丼を食べながら今後の計画を立てていた。
「この間の俺達は開拓者が一緒だったからな。そうでなかったらどうだったかなんてわかりゃしない」
「どう考えても普通の人があの辺りを彷徨くのは‥‥死にに行くようなものだし。ましてや留まって生活するなんて」
 ああでもないこうでもないと兄弟して悩んでみたがよい案は浮かばなかった。
 数日後、七羽兄弟の元に羽流阿出州へ大量の衣服を運び入れる依頼が舞い込む。
 百聞は一見にしかずということで、ついでに現地を見てもらおうと知人の陶芸家を一緒に連れてゆくことにした。
 陶芸家の名は『二代目万力京太郎』。十五歳のまん丸に太った男であり、七羽兄弟は『二代目』と呼んでいる。
 親元を離れて十歳の頃から師匠と二人の生活を送っていたが、約一年前にアヤカシ騒動に巻き込まれて師匠が他界してしまったらしい。それから陶芸の窯を引き継いで暮らしているが、皿や茶碗の売れ行きはあまり芳しくはないようだ。
 師匠と親の差はあるが、二代目も七羽兄弟と似た境遇といえる。矢吉が二ヶ月前のわんこ蕎麦大食い大会に出場したのをきっかけに知り合った。食いしん坊もたまには役に立つものである。
「行けばなるようになるさっ!」
「‥‥それしかないね」
 お気楽な矢吉が笑って丼をかっ喰らう。的吉は箸で摘んだ炙り豚肉をしばらく眺め、軽いため息をついてから口へと運んだ。

 その頃、希儀南部にある粘土の採掘場跡にはたくさんの精霊の姿が。
「女王様‥‥、もう駄目かも‥‥」
「そんなこというなだよ!」
 精霊達は輪になって地面に座り込んで解決の糸を見つけだそうと唸り続ける。事は精霊達が慕い敬う月桂樹の精霊女王について。
 精霊女王の名は『ミヨニ』。蛇のアヤカシ共が棲みだしたせいでミヨニの本体である神聖な月桂樹が枯れかかっていた。
 アヤカシの蛇が巣くうようになったのは精霊女王ミヨニの姿が人によく似ていたからかも知れない。アヤカシにとって人は食べ物なのだから。
 一週間後、七羽兄弟と二代目、そして開拓者達は希儀へ。一行を乗せた中型飛空船・熊牙号は羽流阿出州に荷物を運んだ後で粘土の採掘場跡へと着地しようとする。
 その様子を精霊達は茂みの中から見つめていた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
からす(ia6525
13歳・女・弓
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
エラト(ib5623
17歳・女・吟
クレア・エルスハイマー(ib6652
21歳・女・魔
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
厳島あずさ(ic0244
19歳・女・巫


■リプレイ本文

●粘土の採掘場跡
 目前に広がるのは希儀の青空。
 預かった衣服を羽流阿出州へと届けた後に中型飛空船・熊牙号が向かった先は採掘場跡である。あの輝く皿の作陶に必須な粘土が採れる場所だ。
「ここか、あの皿の粘土が採れる場所てのは。はてさて‥‥」
 真っ先に下船した二代目万力京太郎は崖の粘土層まで駆け寄って屈み、興味深げに土を掴み取る。
 元々の不純物が少なくて良質の粘土といえた。七羽兄弟がくれた見本と同じ粘土に間違いはなかった。水に浸したり練りながら小石などを取り除く作業は必要だが、使える粘土にするまでの苦労は少なそうである。
「地上は気が楽だぜ」
「ほんとだねー」
 七羽兄弟も下船。続いて開拓者達も船を下りて外の空気を吸った。今日のところはここで一晩を過ごす予定である。
「その凹んだ辺りの粘土を採取してくれるか?」
 二代目に頼まれて開拓者達は採掘場跡の崖を跳びまわった。
 普通の者なら簡単に到達出来ない危険な個所でも志体持ちの開拓者ならお手の物だ。絶壁のわずかな突起を足がかりにして駆け上る。
 またその力も凄まじい。邪魔な岩を手にした武器で真っ二つ。時には素手で。特に刃物で斬られた断面はまるで研がれたように平面で光沢を放つほどである。
「さてと、まずは火興しの準備でも‥‥」
 矢吉が薪拾いに出かけようとすると後ろから引っ張られた。振り返ると、からす(ia6525)が服の裾を掴まえていた。
「精霊がいるようだ」
 からすがもう片方の手で持つ『懐中時計「ド・マリニー」』は精霊の力の流れを計ることができる。はっきりとわかるものではないが、からすの勘と合わせて南東の茂みがとても怪しく感じられた。
 柚乃(ia0638)も同型のド・マリニーを所有していた。飛空船の影に隠れて宝珠の中から管狐・伊邪那を呼び出して探らせる。
『‥なんかちんまいのがいるけど。それもたくさん』
 狐の早耳を使った管狐・伊邪那が柚乃の肩の上で囁いた。
 さりげなく集まった一同は小声でやり取り。精霊と思われる者達がどうするつもりなのか、注意をしながらしばらく出方を見た。
 二代目は粘土層の調査を続けた。しかし三十分が過ぎても何事も起こらなかった。
「この近くに住む精霊さんって引っ込み思案?」
『そういう性格の精霊かも?』
 緋乃宮 白月(ib9855)と小声で話す羽妖精・姫翠が首を傾げる。
「このまま立ち去るのも何ですし。困りましたわ」
『クレアはん、ウチに任せといてや〜♪』
 クレア・エルスハイマー(ib6652)の前で胸をぽむっと叩いた羽妖精・イフェリアは高く飛翔。そして茂みの上空を滑空した。
 イフェリアの眼下にはたくさんの自分と同系統と思われる羽妖精や非常に小柄な人型の妖精の姿が。
『おおぅ、ウチとめっちゃ似とるのがぎょーさんおるのぅ〜』
 イフェリアが声をかけると茂みの中はざわついた。妖精達はあたふたと逃げようと右往左往、中には木にぶつかったり転ぶ者までも。
(「お話しするにもまずは落ち着いもらわないと‥」)
 遠くから状況を知った柚乃はこれはまずいと口笛を吹いて場の空気を和ませようとする。
『あ、あの‥‥』
『どないしたんや?』
 ようやく決心がついたのか勇気を振り絞りながらイフェリアに話しかけてくる羽精霊が現れた。
『女王さまをたすけて』
 一体の言葉をきっかけにしてその場に隠れていた精霊全員が叫んだ。女王さまをたすけて、ミヨニ様をたすけて、と。
「詳しく話してください。そのミヨニという方はあなた方の女王のようですが、どうされたのでしょう?」
「わたくしたちでよければお話しを聞かせてください。お力になれると思います」
 エラト(ib5623)と厳島あずさ(ic0244)は危害を加えない意志を示すために両腕を身体から離しながら精霊達が潜む茂みへと近づいた。
『あなたたち、すごく速くて力持ち。それなら蛇にも勝てそう。うううん、きっと勝てる!』
 最初に話しかけてきた羽妖精が矢継ぎ早に話す。
 自分達が敬っている精霊女王『ミヨニ』が大変なのだと。アヤカシの蛇が女王の本体である月桂樹を痛めつけているせいで消滅しかかっているという。
「どうでしょうか、的吉さんに矢吉さん、京太郎さん。あたしは協力したいのですが」
 フィン・ファルスト(ib0979)は振り返って七羽兄弟と二代目に強い視線を送る。
 他の開拓者達も隣り合った同士で協力についてを話題にする。反対意見はまったくなく、誰もが積極的な賛成を口にしていた。
「おらはたまたま同乗したおまけだからな。だけんど助けてやりてえ」
 二代目はこういうことが照れくさいのか背中を向けながら答える。
「アヤカシは許しておけねぇよな」
「その通りだね。食料には余裕があるから滞在の延長は大丈夫だよ」
 依頼主である七羽兄弟が精霊達の女王、月桂樹の『ミヨニ』救出を決断する。
 七羽兄弟と二代目の三名はアヤカシに大切な人を殺されている。アヤカシのせいで困っている存在をそのままにしておけるはずがなかった。

●相談
 それほど待たずに日が暮れた。
 案内してくれる地元の精霊達がいるとはいえ見知らぬ土地である。暗闇での戦闘は避けて解決は明日へと持ち越された。
 細かい事情を知るために代表として二体の精霊を熊牙号へと招いた。
 羽妖精のパリリは女の子風。小人のガルナは男の子風だ。ちなみに最初の接触時、一番に話しかけてきたのはパリリである。
『ここは大きな木。ここには小道があるよ。こっちには‥‥』
『ちょっ、ちょっとまって』
 天井から吊した提灯の明かりの下。パリリとガルナは協力してミヨニの本体である月桂樹周辺の地図を描いた。
 ガルナは椅子の上に立って卓の上へと腕を伸ばして羽根ペンを羊皮紙の上で走らせる。パリリは卓の上を飛び回りながら地図に間違いがないかを確認した。
『うまいもんやな〜』
『本当ですーっ』
 羽妖精のイフェリアと姫翠もパリリと同じく卓の上を飛んで地図作りを見守る。開拓者の何人かも室内で出来上がりを待ち続けた。
 描き始めてから三十分後に地図は完成する。
『こほんっ』
『コホンッ』
 そしてパリリとガルナによる蛇のアヤカシと月桂樹周辺についての説明が始まった。
 描いた絵から想像するに三本の首以上の首を持つヒュドラと呼ばれるアヤカシは、平均して全長四メートル前後の巨体を誇っているようだ。
「数はどれくらいでしょうか?」
『んと‥‥? ちょっとまって』
 厳島の質問に悩みに悩んだ末、パリリとガルナはそれぞれの両手を開いて前につきだす。指の数からしてどうやら二十前後といいたいらしい。
『強いのがいるよ。とっても』
 ガルナの説明に寄れば開拓者ギルドで話題になった『ヒュドラ=レガドゥス』よりも小柄なようだ。それでも全長八メートルはありそうである。
「これの歪んだ丸の囲みはなんですっ?」
『水が沸いているの。すぐに地中にしみこんで消えちゃうけどきれいなのよ。でも、だいぶ濁っちゃったって前にこっそり覗いた仲間がいってた‥‥』
 フィンに答えたパリリは段々と落ち込んだ様子をみせる。
 荘厳な月桂樹が構える森の中の拓けた周辺はとても美しかったという。
 アヤカシに占拠されてからみるみるうちに荒廃し、昔をわずかでも感じさせるのは月桂樹のみとなってしまう。その月桂樹さえも枯れようとしていた。
「一服もよかろう」
「お菓子もあります‥」
 からすと柚乃がお茶の用意をしてくれる。希儀は比較的暖かいとはいえ、やはり冬の今頃は日が沈むと肌寒い。温かいお茶を口にすると体中に染み渡った。
「私の夜の子守唄が役立つとよいのですが」
 エラトは眠気を誘う演奏を奏でられる。すべてのアヤカシが眠るとは限らないが、うまく使えば一度に戦う相手を少なく出来るはずであった。
「その間に僕は突撃ですねーっ」
 緋乃宮は団子を頬張りながら猫耳をまるで踊っているかのように動かした。
 戦闘については開拓者達にお任せ。七羽兄弟と二代目も同じ部屋にいたが、お茶とお菓子を美味しそうに頂いていた。
 明日の作戦時、七羽兄弟と二代目は熊牙号で留守番に決まる。戦いは苦手な精霊達だが敵の察知はお手の物なので危機を教えてくれるという。いざとなれば空に逃げればよかった。
 精霊女王『ミヨニ』の救出作戦は開拓者達に委ねられた。

●アヤカシとミヨニ
 森の中の移動はパリリとガルナが先導してくれた。月桂樹の周囲までは滅多にアヤカシと遭遇することはないとのことで比較的気が楽な移動となる。
「ひっ!? もうっ、いつもいつも!!」
 突然に両手を振り回すクレア。どうやら隙をつかれてイフェリアに胸元をもにゅもにゅされたようだ。
「ま〜ま〜、減らへんのやしええやんかいさ〜♪ ほな、さっさと行こか〜」
 やることを済ませたイフェリアは元気いっぱい。掴まえようとするクレアの手をひょいと空中で避けて先を急ぐふりをして飛んでゆく。
「全く‥‥!」
 ぷんぷんと怒りながらクレアが追いかけていった。
 途中、腹が減っては戦は出来ぬと早めのお昼を頂いた。おにぎりを不思議そうな顔してパリとミヨニは食べる。
 目的地が近くなると、からすは走龍・兎羽梟の背中から降りた。そしてド・マリニーで瘴気と精霊の力の流れを観察する。
 羽妖精のイフェリアと姫翠は斥候として枝葉の影から拓けた周辺の土地を覗き見た。
 管狐の伊邪那は狐の早耳でアヤカシ共の分布状態を把握した。
 もふらの居眠毛玉護比売命は戦いに参加せず、離れてパリリとガルナを守る役目を受け持つ。
 フィンはアーマーケースを開いてガラハッドを取り出す。起動準備を整えて待機。いつでも飛び出せる状態を維持させた。
 からくり・庚は主人であるエラトを守るために青銅巨魁剣を手に握った。
 月桂樹がただの木ではなく威厳を放っているのは誰の目にもわかる。だが大樹に絡みつくシュドラの群れは非常に醜くて正視に耐えなかった。早くミヨニを助けてやろうといった気持ちが開拓者の誰の心にも沸き上がる。
 以前に開拓者ギルドで告知された内容によれば、ヒュドラは首の一本でも残っていれば数時間で完全回復するという。今後のことを考えれば一匹足りとも逃すわけにはいかなかった。
「だいじょーぶ。必ず女王様は助けるからね」
 そうパリリとガルナに告げてフィンはアーマーの開閉部を閉じる。大きく深呼吸して一旦閉じた目を見開いた。拓けた周辺を占拠するヒュドラの群れを目指して茂みの中を突っ切って飛び出す。
 ガラハッドを駆るフィンは最初に接近したヒュドラとは戦わず、わざとすれ違ってより敵の懐深くへと潜り込んだ。意表を突かれて身動きしていないヒュドラの首一本を妖しき『魔爪「ナグルファル」』で斬り落とす。
 立て続けに攻撃を喰らわしてヒュドラ一体を消滅させる。当然のことながらガラハッドを駆るフィンはヒュドラ共に回りを囲まれた。
 しかしこれはわざとである。
 毒の効かないアーマーの姿でヒュドラ共の注意を自らにのみ引きつけていた。その間に仲間達が拓けた場所へと飛び出す。ヒュドラを逃がせぬように四方八方から取り囲むように。
 からくり・庚はヒュドラが迫ってきても無表情に青銅巨魁剣を上段に構えた。光輝刃を纏わせ威力を増した剣で牙を剥く蛇頭を斬り落す。高く舞い上がったヒュドラの頭が地面へ落ちない間に反転して腰を屈め、今度は下から上へと流すようにして二つ目の蛇頭を切断した。
 守られたエラトはその間に『リュート「激情の炎」』で夜の子守唄を奏で始めた。
 多くのヒュドラに子守唄を聴かせるための位置取りは危険を伴う。それが出来るのもからくり・庚の奮闘あってこそ。護衛役としてからくり・庚は任務を全うしようとしていた。
(「寝てしまいなさい‥‥」)
 エラトの子守唄で次々と眠りに誘われるヒュドラ共。位置を変えながら出来る限り連続でエラトは夜の子守唄を演奏し続けた。
 エラトと同時期、厳島は仲間達の支援を行っていた。
「ひふみよいむなやことも ちらねしきる ゆいつわぬそをたわく めかうおえにさりえてのます あせえほれけ――」
 厳島による祝詞と舞いの『神楽舞・攻』で仲間の攻撃力が底上される。特に前衛の者が攻撃するのに合わせて祝福した。
 戦いの終盤になれば怪我を癒す神風恩寵の出番もあるだろう。だが今はアヤカシを叩くための行動にこそ価値があった。
 敵中深い場所で奮闘するフィンの加勢として真っ先に辿り着いたのが走龍・兎羽梟に騎乗したからすだ。
 瘴気が混じるどす黒い水攻撃を避けながらヒュドラ数体とすれ違う。構える『呪弓「流逆」』にて威嚇の矢を放ち、その直後の反転で今度は急所を狙う。眼球や喉を貫かれたヒュドラは苦しみ藻掻くように細長い身体をくねらせた。
 弓の攻撃は強力だが、それでも接近戦となれば隙が生じるものである。その危険を未然に防いでくれたのが走龍・兎羽梟の頑張りだ。
『キャアアア!』
 ヒュドラに一回り絡まれた走龍・兎羽梟が『威嚇の声』をあげた。そして怯んでいるヒュドラに龍尾を叩きつける。
 この機会を待っていたからすは土煙に包まれながら弾かれるヒュドラ目がけて矢を放った。一つ目の蛇頭が消滅し、さらにもう一つ。最後に残った蛇頭は走龍・兎羽梟が広げた翼による龍翼刃で斬り裂かれる。
「悪の芽、残さじ」
 からすと走龍・兎羽梟は早くも敗走しようと森へと蛇行するヒュドラを追いかける。足の速さを活かして先回りをし退路を塞ぐ。
 その頃、柚乃は腰を屈めて茂みの中を移動していた。
『ここからなら大丈夫だよー』
 周囲の安全を確認してくれた管狐・伊邪那が宝珠の中へと帰る。
 柚乃から少し離れた拓けたところに固まって何もしていない三体のヒュドラがいた。誰と戦おうかの段階で迷っている遊兵である。
(「ミヨニ様救出‥ですね」)
 柚乃は鈴の音によって『魂よ原初に還れ』を奏でる。
 範囲内にいたヒュドラ三体はいきなり姿勢を崩して地面へと横たわった。外傷がないのに敵を大きく消耗させられるのがこの技の特長といえる。
 今は戦場の外縁部分からだが、もう少し敵数が整理されれば中央に立ち入って一気にヒュドラを消耗させようと柚乃は考えていた。
 クレアはその中央へと近づきつつにあった。
『うっし! ウチはクレアはんにアヤカシの攻撃が行かへんように、前に出て攻撃するで〜』
 クレアの移動がうまくいったのは上空から周囲を見回して抜け道を指示してくれたイフェリアのおかげである。
「我は編む月光の衣!」
 クレアは仲間を支援するためにホーリースペルを多用する。そして敵の動きを窺う。
「ここにあなたたちの場所は無いわ!『我解き放つ絶望の息吹』!」
 敵のみが一方向に固まっている機会をクレアは見逃さなかった。ブリザーストームの吹雪はヒュドラの身体を瞬く間に凍らせて深い傷を負わす。
『逃がさへんで〜。きりっっと♪』
 瀕死で生き残ったヒュドラの頭に降りたイフェリアが苦無でぺしぺし。ヒュドラが消え去ると武器を仕舞って『成敗!』で志気をあげる。
(「こちらがミヨニさん‥‥」)
 真っ先に月桂樹の根本へと辿り着いた緋乃宮だ。烏鷺の中で踞るミヨニの姿を目撃した。
 端正な顔立ちと腰まで長い金髪が印象に残る。身長は人の子供程度のようだ。
 ミヨニと目があって微笑んでから木の枝の上を次々と跳び移った。ヒュドラの親玉による水攻撃を避けるために。
 親玉ヒュドラの頭は本来五本。
 ガラハッドを駆るフィンが一本、走龍・兎羽梟に騎乗するからすが一本を斬り落としている。残るは三本だ。
 反撃の機会を狙っていた緋乃宮が両の拳を強く握りしめた。
「すみません、一気にいかせてもらいます」
 泰拳士たる拳の打撃を持ってして親玉ヒュドラの頭蓋を拉げた。泰練気法・弐によって瞬く間に三撃が叩き込まれる。
 三本目の親玉ヒュドラの頭が瘴気の霧となって消失。
 親玉ヒュドラは遁走を企てる。
 そうはさせまいと走龍・兎羽梟を駆るからすが先回り。ガラハッドから強制排除で飛び出したフィンの剣が親玉ヒュドラの首もとに深く突き刺さった。四本目の蛇頭が瘴気の塵と消え去る。
 残る一本を緋乃宮による再びの三連続拳撃で撲殺。蛇頭がもげると同時に細長いき巨大な身体も瘴気へ還元してゆく。
 わずかに残っていたヒュドラの手下共は全力で逃げ出そうとする。しかし開拓者達は一体も残さずすべてを倒しきるのだった。

●そして
 留守番の熊牙号では何事も起こらなかった。
 エラトの精霊の聖歌による長時間の浄化によって月桂樹周辺の瘴気はかなり取り除かれる。すべてを消し去ることは適わなかったが、助け出した精霊女王『ミヨニ』がいればもう大丈夫である。
『感謝を。この度の恩、この身が果てるまで忘れることはないでしょう。もしやあなた方は外の世界からおいでになったでしょうか?』
 七羽兄弟と二代目も含めて救出したミヨニとの話し合いが行われる。
 これまでの経緯を説明する七羽兄弟。
 残念ながら人との接触を可能な限り避けてきたミヨニは希儀の歴史に疎かった。アヤカシによって滅ぼされ、また精霊も虐げられたことを除けばだが。
『厳島あずさ殿、私がすべての代表ではありませんが、この土地の精霊とも仲良くしてやってくださいね』
 厳島は神風恩寵で癒したことにミヨニから感謝される。
『烏鷺の中で突然に現れた緋乃宮白月殿には驚かされました。姫翠殿も頑張ってくれたとか。実は頼みが‥‥』
 緋乃宮はミヨニに猫耳を触らせてあげた。どうしても気になって仕方なかったようである。
『よくぞ駆けつけてくれました。クレア・エルスハイマー殿、そしてイフェリア殿』
 ミヨニに頭を撫でられたイフェリアはまんざらでもない様子である。
『瘴気の浄化、非常に助かりました』
 エラトは精霊の聖歌をミヨニに非常に高く評価される。
『フィン・ファルスト殿、あのアーマーなる絡繰り。凄まじいものですね」
 戦闘の際に見たアーマー・ガラハッドの雄志が忘れられないとミヨニがフィンに語った。
『この周辺が精霊の領域だと掛け合ってくれるとのこと。非常に助かります』
 からすはミヨニの感謝の言葉に淡々と頷いてみせた。
『柚乃殿、伊邪那殿、今後ともよろしくお願いしますね』
 柚乃は管狐の伊邪那を出現させてミヨニに紹介する。さらにお茶に誘ってお喋りを楽しんだ。
 今後アヤカシが近づけないようミヨニは採掘場跡も含めてあの周辺に罠を仕掛けるという。戦うのは苦手だが、事前に排除するのはそれほど難しくないらしい。月桂樹にアヤカシを近づけてしまったのは以前に油断があったせいである。
 熊牙号一行には罠の位置を事前に知らせるか、またはかからないようなものにするそうだ。なのでいつでも立ち寄ってくれとのことである。
 陶芸に必要な採掘場跡での粘土採取についても最大限の協力を惜しまないと約束してくれた。
 数日後、精霊達との楽しい思い出を胸にして熊牙号は天儀への帰路に就くのであった。