姉の面影 〜敵討〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/18 21:50



■オープニング本文

 夜闇に浮かぶ家は燃えさかり、頭上から火の粉が降り注ぐ。
 道ばたに転がる死体は突然に村を襲ったアヤカシによって殺されたもの。拉げ錆びつく武装を身に纏う狂骨と呼ばれるアヤカシが村を蹂躙していた。
 惨状の最中、姉妹は踊り狂う炎の隙間を縫うようにして駆け抜ける。
 姉の名は未来。そして弟は直といった。
「諦めてっ!!」
「でも」
 握っていた姉の手を弟が離す。落とした父の形見である刀へと手を伸ばすために。
 刀を拾い上げて振り向いた弟は目撃する。姉の頭に矢が突き刺さる瞬間を。
「姉ちゃ‥‥ん。姉ちゃん?!」
 崩れ落ちるように倒れた姉に声をかけている間に直は多くの狂骨に囲まれた。
「うわぁぁっ!」
 降りかかる狂骨の攻撃を直は反射的に避けながら鞘から刀を抜いた。そして一瞬のうちに接近すると自分を殺そうとした狂骨を斬り裂く。
 その勢いは留まることを知らず、数分の間に十一体分の骨がバラバラになって直の足下に転がった。還元した黒い瘴気が辺りに立ちこめる。
 十二歳の直が志体持ちとして自覚した瞬間である。
 通常、志体持ちは類い希な能力の発露によって産まれた直後から判明しているものだ。理由は定かではないが直は精神的に能力を抑え込んでいたようである。姉の死によって精神の箍が外れてしまった。
「あ‥‥あれは?」
 大きく肩で息をする直は炎の中に巨大な狼を見た。知識のない直にとってそれがアヤカシなのかケモノなのか、敵か味方かは判別出来なかった。
 呼吸が苦しくなって倒れ込み、目が覚めた頃には空高く太陽が昇っていた。倒れていたのは村から数キロメートル離れた草の上。誰が運んでくれたのかはわからないが、付近に人影はなかった。
 酷い風邪をひいたような状態で体調は最悪。近くに置かれていた形見の刀を杖代わりとして移動しようとするが、すぐに転んでしまう。
「どうして‥‥」
 亡くなった姉の未来のことを思いだし、直は長く泣き叫ぶのであった。


 村壊滅の一年後、直は神楽の都に立つ。
 誕生日を迎えて十三歳になった直はサムライの出で立ち。村からほど近い町に屋敷を構える跡取りがいないサムライの桔梗家の養子になっていた。
 十ヶ月前、志体持ちを血筋に欲しがっていた桔梗家からの申し出をすんなりと受け入れた直だ。姓名は改めて桔梗 直祐となる。
(「いろいろとあるものだ‥‥」)
 直祐は開拓者ギルドで手続きを済ませて依頼が並ぶ掲示板を眺めた。
 姉の敵討ちをするためには今以上に刀剣術を磨かねばならなかった。それには実戦に身を置くことが多い開拓者になるのが一番の早道と考えたのである。
 故郷である武天国でのアヤカシ退治依頼があればと探したのだが見つからない。代わりに目を留めたのは理穴での依頼だ。
 集落をアヤカシに滅ぼされた唯一の生存者が出した依頼である。
 場所は理穴中部の山奥。依頼者は初老の男。目撃証言によれば骨のアヤカシ集団だったという。直祐の村を滅ぼしたアヤカシと同じ系統のアヤカシだろう。
 自分の境遇によく似ていることもあり、直祐はこれを最初の依頼として選ぶのであった。


■参加者一覧
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
ジク・ローアスカイ(ib6382
22歳・男・砲
正木 雪茂(ib9495
19歳・女・サ
経(ib9752
18歳・女・武


■リプレイ本文

●理穴にて
 依頼を受けた開拓者五名は神楽の都から精霊門を通じて理穴の首都、奏生までひとっ飛び。飛空船などを乗り継いで目的の集落跡がある中部の山奥へと分け入った。
 山道を歩いていると遠くに杉の巨木が望めるようになる。事前に受け取った地図によれば巨木は集落跡からそれほど離れておらず、また依頼者との待ち合わせ場所にもなっていた。
「開拓者の皆様じゃな。遙々、よく来てくださった。依頼をした見山と申す」
 初老の男『見山』は座っていた杉の巨木の根本からゆっくりと立ち上がる。開拓者達は以前の姿を知らないが、髪は乱れて頬がこけた様子から見山にやつれた印象を持った。
「その通り、俺達が開拓者だ。あんたから詳しく聞きたいことがある。その前に――」
 一番年長のジク・ローアスカイ(ib6382)が代表して見山と話す。互いに紹介が済んだところで見山は依頼書に記しきれなかった事情を語り始めた。
 骨アヤカシの正確な数まではわからないがざっと二十体はいたという。まとっていた装備は主に鎧と刀だがどれも錆びや破損が酷かった。鎧の所々には穴が空き、刀は斬るというよりも対象に叩きつけるといった使い方をしていたようだ。
 足の速さは一般的な人のそれよりも遅かった。走るそぶりようやく人が歩くよりも速い程度だ。ただ疲れを知らないようで姿が見えなくなるまではずっと追いかけてくるらしい。
「どこに隠れているのか知らんが昼間は見かけんのじゃよ」
 見山の言葉を聞いて杉野 九寿重(ib3226)は隣の直祐へと振り向いた。
「集落跡を歩いてみませんか? まずは下調べということで」
「そ、それがいいかと。賛成します」
 直祐は少々どもりながら緊張した面もちで杉野に答える。
「それがいい。では参ろうぞ」
 霊騎・いかづちに跨る正木 雪茂(ib9495)はゆっくりと歩かせて仲間達と一緒に集落跡へと向かう。視線が高いので怪しい存在がいないか遠くを眺めながら。
「当時、あの辺りに建っていた集会所に皆で集まって戦ったのじゃが‥‥。動きはともかく力がとてつもなく強くてな。抵抗虚しくすぐに逃げ出すことになったのじゃ」
「散り散りに逃げたのですか?」
 見山に質問した内容を経(ib9752)は帳に書き留める。今では燃え残った残骸と瓦礫だらけだが、道の跡ぐらいはわかるので地図も描いた。骨アヤカシと遭遇しやすい場所がこの集落跡ならば戦いもここで繰り広げなければならない。なら戦闘で有利な場所や非常時の脱出経路などを予め把握しておく必要があった。
「何事も経験が大事ですが、それほど緊張しなくても大丈夫ですね」
「き、緊張なんて‥‥していますけど、へ、平気です」
 杉野は動きがぎこちない直祐に微笑んでみせる。
 直祐は修行を積んできたようだが、開拓者としての仕事はこれが初めてである。志体持ちとして目覚めた時に多数のアヤカシを倒したが、無我夢中でどうやったのかすら覚えていないらしい。脳裏に刻みつけられているのは姉の未来が殺された瞬間だけのようだ。
「なあ少年、この惨状を見て気が高ぶるのは仕方ないが、落ち着かなければ回りが見えなくなるから、な」
「そうしようと思っていますけど、なかなか難しいです‥‥。見山さんがあちらにお墓があるっていっていました」
 ジクは行きの道中で直祐からどうして開拓者になったのかを聞いていた。もちろん今回の依頼が彼が負を背負った過去に似ているのも。
「今はまだアヤカシが徘徊しておるが‥‥もうすぐここにいる開拓者の皆様が倒してくれる。静かになるから待っていておくれ」
 見山は敢えて集落跡に一族同胞の墓を立てていた。集落跡から離れた場所で夜営をし、昼に訪れて遺体を運んで火葬にして埋めたという。その際に形見としてもらった貴金属が開拓者ギルドへの依頼料となっている。心苦しいがこれ以外の敵討ちの方法が見つからなかったと見山は項垂れながら呟いた。直祐は懐に仕舞っていた前金が急に重たく感じられる。
「いきなり集落で待ち伏せるよりも、一度観察した方がよいと思うのじゃが、どうだろうか? わしからの情報だけでは不十分に思えるのでな」
 見山の意見を開拓者達は採り入れた。初日については集落跡を監視できる距離の茂みの中で夜営を行うこととなる。
「ローアスカイ殿。箸は使えるようになったか? そうそう、樹糖を持ってきたのだ。疲れた身体には甘いものだぞ」
 正木雪茂はジクと薪代わりの落ち枝を集める。日が暮れる前に腹を満たしておこうと焚き火での調理が始まった。
「戦うとすればこの辺りが最適かと。完全に囲まれない限りは脱出も容易く出来ますので――」
 卓代わりの岩の上には食事の他に経が描いた集落跡の地図が置かれる。全員で目を通しながら意見を交換し合う。直祐は開拓者とはこういうものなのだと思いながら意見を述べた。
 そして陽が落ち、闇が世界を支配する。
 宵の口には何事も起こらなかったが、夜が深まるにつれて嫌な雰囲気が辺りに漂い始めた。
「‥‥あれじゃ」
 小声で話す見山が指さした先にいたのは歩く骸骨。いつの間にか集落跡は多数の骨アヤカシが徘徊する場所となっていた。
(「亡くなった集落民があのようにならないよう依頼者が火葬したのは正しい判断でしたね」)
 杉野は雑草の間から警戒しながら集落跡を眺めた。手を腰の刀に添えながら。
「逸る気持ち、わからないでもないが今は堪えろ、な」
「は、はい‥‥」
 ジクは立ち上がろうとした直祐の肩に手を添える。
「桔梗殿、星明かりだけで見にくいが、今はアヤカシの装備をよく観察しておくべきだ。近接武器ばかりと思っていたが、背中に弓を背負っている者もいるようだな」
「ボロボロですが、矢もちゃんと持っているみたいです」
 正木雪茂は身を屈めながら直祐の隣に移動した。そしてサムライとして敵の装備別に有利に戦うにはどうしたらよいかを指導する。
 順番に休憩を挟みながら監視は続けられた。夜明け前には骨アヤカシの姿はなくなっていた。幽霊のように消えたとも思えるが、地下に潜ったとも考えられる。どちらにせよ骨アヤカシが集落跡を根城にしていることには変わりない。
「亜種のようにも感じられますが、通りのよい『狂骨』と呼ぶことにしませんか?」
 杉野の意見に誰もが賛成した。一同は骨アヤカシの代表的な名称である『狂骨』と呼ぶことにするのだった。

●闇
 集落跡に辿り着いての二日目。
 準備を整えた上で充分に休んで夜の戦いに備えた。見山とは一時離れて開拓者達は集落跡内の半壊した石組みの施設内で息を潜める。
 日が沈む頃に雨がしとしとと降り始めた。昨日と同じような時刻になると狂骨が次々と現れる。
「井戸とは意外でしたね」
「どこかに繋がっているのかも知れないですね」
 狂骨が井戸の底から地上へと這い上がってくる様子に、杉野と直祐は順に相手の耳へ口を近づけて小声で話す。
「地の底の亡者が井戸を見つけて徘徊しだしたのか」
「そのようだ、亡者の群れが眠れずアヤカシとなり果てた、か。ならば安らかに冥府にへと送り帰すか、な」
 正木雪茂とジクがそれぞれに武器を手に取る。そして篝火代わりのたいまつを瓦礫の石の間に捻り込む。雨雲のせいで星や月明かりは地上に届いていなかったからだ。かろうじて見えるのは志体持ちの鋭敏な視力のおかげである。
 地上の狂骨はただ今五体。
 全個体が井戸から現れるまで待つ必要はなく、ジクは『マスケット「バイエン」』を構えた。その銃声が戦いの始まりを示す狼煙となる。
 背中に弓を備えた狂骨・壱の頭蓋が粉々に吹き飛ばされて首なし状態に。ジクのいる方角が分からずに狂骨・壱が周囲を駆け回る。
 落ち着いたままのジクは二射目を狂骨・壱の背骨へと命中させて叩き折る。
「一度に相手する敵は少ない方がよいに違いありませんから」
 ジクの二射目と重なる瞬間。天狗駆で泥道を駆けた経が狂骨・弐へと迫って『不動明王剣』を振り切った。胴が真っ二つに切り裂かれた狂骨・弐は滅びて瘴気の塵へと還る。
 ジクに続いて杉野、正木雪茂、直祐もそれぞれに狂骨へと迫った。
「当たりませんね」
 杉野は虚心での素早い動きで狂骨・参の刀撃を避ける。敵の太刀筋は大雑把で一対一ならば負ける要素は皆無だが、直祐の見本となるべく手は抜かない。
 後方のジクの盾として位置取りをした上で、杉野は狂骨・参の刀を持つ右腕を斬り落とした。返す刀で首を刎ね、最後に袈裟懸けに『名刀「ソメイヨシノ」』を振り下ろす。骨ががらがらと崩れて地面に散らばり、瘴気の霧が雨の最中に四散する。
「二呼吸の後に新たな狂骨が井戸から現れるはずです!」
 心眼でアヤカシの動きを知った杉野が大声で仲間へと注意を促す。
「私に任せろ!」
 『槍「烈風」』で狂骨・肆を滅した正木雪茂は駆ける霊騎・いかづちの背中へと飛び乗った。そして井戸から上半身を露わにした狂骨・陸の胸元へと勢いのまま槍を突き刺す。串刺しにしたまま振って狂骨・陸を地面へと叩き落とした。即座に飛び降りて止めを刺すのだった。
 仲間達が井戸から現れる敵を順に相手にしている頃、直祐は狂骨・伍と戦い続けていた。実力的には問題ないと判断した仲間達は敢えて直祐を手伝わない。
「お前に似た奴とたくさん戦って、すぐに倒したはずなのにな!」
 直祐は振りかぶった刀を叩きつける。盾で受け止めた狂骨・伍はケタケタと笑うように髑髏を動かす。
「落ち着けば大丈夫ですよ」
 杉野は心眼で敵の同行を探る合間に直祐を励ます。
 敵との間をとって深呼吸をした直祐は狂骨・伍の妙な動きにようやく気がついた。足に破損があるらしく、向かって右側へと回る動きに狂骨・伍はついてこられないと。
 それがわかればあとは簡単。死角へと回って刀を振るう。狂骨・伍は瘴気を撒き散らしながら崩れ落ち、ただの骨とがらくたとなる。
 直祐が井戸の方角へと振り向くと正木雪茂が最後となる狂骨・弐拾弐を倒した瞬間であった。気が抜けた直祐は雨の中、地面へと座り込んだ。
「これぐらいならばすぐに治ります」
 経が傷ついた直祐の手当をしてくれる。
「貴殿なら大丈夫と信じていたぞ」
 治療を受ける直祐に槍を肩に担ぐ正木雪茂は声をかける。
「どうだ? お腹が空いたのではないか、な」
 治療の後で屋根のある場所へと移動すると、ジクはとっておいた干肉を直祐にくれる。
「みなさん、ありがとうございます。もっと精進しますので」
 戦い終わり、ようやく落ち着いた直祐は仲間達に笑顔を向けるのであった。

●そして
「これで集落の皆も浮かばれると思いますわ」
 見山は狂骨を倒して敵討ちをしてくれた開拓者達に深く感謝する。今後の人生は集落復活のために捧げるという。
 行きを辿るようにして開拓者達は神楽の都への帰路に就くのだった。