【猫族】鮨 〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/06 01:57



■オープニング本文

●猫族
 泰国で獣人を猫族(ニャン)と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。そうでない獣人についても便宜的に猫族と呼ばれている。
 個人的な好き嫌いは別にして魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。
 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。
 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。
 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処』(ニャンノスミカ)において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。
 誰がつけたか知らないが儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。それ以外にも各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。


 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている智塚家が営む『満腹屋』はあった。


「月に秋刀魚か〜」
 昼の客が早めに引けた満腹屋。給仕の智塚光奈は懐から取りだした瓦版を立ったまま眺めていた。
「あら、大きな猫が描いてあるわね」
「! お、お姉ちゃん、驚いたのですよ」
 瓦版を覗き込んでいた姉の鏡子に気がついて光奈が驚きの声をあげる。瓦版は泰国で行われるこの時期の風習が特集されていた。
「この瓦版の受け売りなんですけど、泰国の獣人の猫族さんはこの時期、月を敬うのです☆ 秋刀魚三匹を捧げてお祈りするとか〜」
 光奈は鏡子に説明を始める。
「特に泰国首都の朱春で行われる『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』は最大規模らしいのです〜♪ 儀式ではあるのですけど屋台が出たり楽しいお祭りの雰囲気とか☆ それと最終日には周囲の山三つに篝火が浮かぶのですよ〜♪」
「それで光奈さんは秋刀魚と聞いて、どんな料理が屋台に並ぶのか興味津々というわけね」
「そそそそそ、そんなことはないのです‥‥よ」
「光奈さんはホントわかりやすいわね」
 図星な鏡子の指摘に光奈は顔を真っ赤にした。
 ともあれ鏡子の勧めもあって光奈の泰国旅行は決まった。異国の地で光奈が料理の見聞を広めれば満腹屋のためにもなるといった理由からである。
 翌日、来店した旅泰の呂に相談すると泰国の朱春へ戻るついでに同行させてくれるという。
「そういえばこの間試作で食べさせてもらた秋刀魚のお鮨、とても美味しかったアルよ。もしも秋刀魚好きの猫族、食べたらみんな驚くアル」
「見よう見まねで作ってみたんですけど、喜んでもらえて嬉しいのです〜♪」
「そうアル。せっかくなら光奈ちゃん、屋台やるとよろし。すべての手続きや道具は準備するアル」
「やたい‥‥屋台‥‥面白そうなのですよ〜♪」
 呂の言葉に光奈は果然やる気になった。
 ただ秋刀魚鮨を握るとなると新鮮さが問題になる。現地で手に入れるとして少しでも新鮮さを保つためには氷が欲しいところだ。
 満腹屋なら巫女の銀政のおかげで地下に氷室があるが現地ではそうはいかない。しかし銀政を連れていけば満腹屋のかき氷に影響が出る。
「どの道、一人じゃ屋台は出来ないので、開拓者にお願いするつもりなのです〜。氷霊結が使える方がいれば銀政さんを誘わなくても大丈夫かな?」
 結構行き当たりばったりで泰国行きの旅行を立てる光奈であった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
明王院 千覚(ib0351
17歳・女・巫
春陽(ib4353
24歳・男・巫
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰


■リプレイ本文

●猫の住処
 泰国の帝都、朱春。
 交易商人『旅泰』の呂の商用飛空船で到着した一行は、宿に荷物を置くと魚市場へ出かけた。秋刀魚はもちろんのこと、他にもよい魚介類を探すためだ。
「屋台は明日からなのですよ♪」
 異国の珍しさに智塚光奈は普段よりも張り切っていた。
「秋刀魚の鮨か、どんなのがいいかなあ? 光奈、これなんてどうだ?」
 屈んだルオウ(ia2445)が秋刀魚いっぱいの木箱へと顔を近づける。
 春陽(ib4353)と光奈が同時にルオウの前にある木箱を覗き込む。春陽の頭の上に掴まるもふら・望花も「もふっ!」っと真剣な眼差しを注いだ。
「秋刀魚は足が速いので、水揚げしたばかりを狙うのがよさそうですよ」
「なるほど〜。その通りなのですよ〜♪」
 春陽の提案に合点がいった光奈とルオウは船着き場へと振り向いた。そして停泊する水揚げ中の漁船を見つけると同時に駆けだす。春陽も望花を頭に乗せたままドタドタと追いかけた。
「一緒に来てくださいなのです〜♪ 秋刀魚なのです、水揚げなのです☆」
「どうかされたんですか? あっ?」
 光奈は途中で見かけたお魚吟味中の緋乃宮 白月(ib9855)の腕を引っ張って連れ去った。まもなく四人と一頭は忙しない漁船の前に立つ。
「今、お話よろしいでしょうか? 朱藩安州・満腹屋の智塚光奈と申しますです」
「ん? 俺に何か用かい?」
 光奈が漁船の頭と思われる監督者と交渉を始める。市場を通した形で直接秋刀魚を譲ってもらった。
 その頃、礼野 真夢紀(ia1144)、十野間 月与(ib0343)、明王院 千覚(ib0351)の三人は魚市場で買い物中である。
「他のお魚も使ったら更にお客さんを呼び込めないかな?」
 礼野は選んだヒラメを活き締めにしてもらって購入する。今日のところは泰国産の魚介類の味を確かめるための試食用だ。
 保存が効くものは今日から仕込みを行うが、殆どの食材は新鮮さが大切なので明日も魚市場を訪ねることになるだろう。
「猫族の皆はどんな味付けが好きなのかな? あ、まゆちゃん、このお店で帆立の貝柱が売っているよ」
 月与は店先にあった炭火で軽く焼いた上で海苔を試食した。その上でよさそうな産地のものを大量に買い込む。
 店主や売り子に聞いたところ、帝都の朱春界隈でも鮮魚料理を出すお店は非常に少ないそうだ。といえ刺身や鮨の噂は天儀本島から伝わっており、とても興味を持たれているようだ。魚好きの多い猫族には特に。
「鮮魚を買われたのなら、そろそろこちらの水を凍らせますね」
 明王院は呂から借りた荷車上の樽を満たす水を氷霊結で凍らせた。
「今やったのってもしかして噂に聞いた氷霊結? あ、ちゃんと凍っているぜ!」
 すると氷を見て驚嘆した魚市場の関係者に取り囲まれて質問責めにあう。
(「こっちこっち‥‥」)
 礼野の手招きによる誘導でようやく明王院は漁業関係者の囲みから脱出する。荷車の移動はそっと月与がやってくれた。
 漁業関係者にとって魚を新鮮なままとっておける夏場の氷は非常に貴重。氷霊結に注目が集まったのは仕方がないといえる。
 とっても驚いたと笑顔でお喋りしながら月与、明王院、礼野は光奈達と合流する。
 一行は野菜売りなどの市も回った上で荷車を交代で押しながら宿屋へと戻った。
「先にこちらをやってしまいませんと」
 礼野は宿の裏庭の井戸近くで秋刀魚の一部を一夜干しにすべく包丁を握る。
「こちらは任せてくださいね」
 明王院は礼野と一緒に下拵えとして秋刀魚を開いてくれた。わずかな動きでエラを取り、切れ込みを入れる。
「塩の濃さはこれぐらいよね♪」
 月与は塩水を作って開いた秋刀魚を浸けてゆく。数時間後には三十尾の秋刀魚が軒下に干し終わる。
「月かぁー。三日月は秋刀魚に似てるって儀式の名前についているけどさー。満月なら目玉焼きに似てる気がするんだよな、俺は」
 裏庭の別所では七輪で秋刀魚を焼くルオウが緋乃宮に話しかける。
「満月と目玉焼き、いわれてみればその通りですね。光奈さんに相談してみては?」
 緋乃宮は呂の部下が運んできた二つの屋台を綺麗に拭きながらルオウに返事をした。
 屋台は道具一式揃っており、あとは食材を積み込むだけ。ただ水については荷車で別に運ぶ必要がありそうだ。
「光奈さん、氷は溶けきっていないのでまだまだ秋刀魚は大丈夫ですよ」
「ほんと氷は助かるのです。私も巫女になれないかな? えっと、こんな感じ? ひょ〜れいぃけつ〜!」
 春陽は光奈の姿に笑いながら氷と秋刀魚が入った木箱を借りた宿の炊事場へと運び込んだ。もふらの望花は荷車を引っ張るのが疲れたのか、部屋でお休み中である。
 秋刀魚の鮨といってもいくつかの品揃えが考えられる。
 そのままの秋刀魚の切り身をのせたもの。少しだけ酢で締めたり、または塩水に漬けてもよい。薬味についても生姜、葱、柑橘系の果物などいろいろと考えられた。
 ちなみに押し寿司ではなく握り鮨なのは光奈の好みで決定である。試しに掌の大きな春陽が酢飯を握ってみたところ、おにぎりのようになってしまった。
「秋刀魚もそうですけど、脂の多い魚なら少し炙っていただくのも美味しいですよね。行きの飛空船内で礼野さんや十野間さんとそんな話しをしましたし。ルオウさんは完全に火を通した秋刀魚の蒲焼きの鮨がいいとか」
「炙りですか〜。皮の部分を下にして少し七輪で焼けばいいかな? ルオウさんが秋刀魚を焼いているはずなので、火を消さないでもらうようお願いしてくるのです☆」
 春陽と光奈は幾種類かの秋刀魚鮨を作り上げた。泰国産の秋刀魚が一番美味しい処理方法を探るために。
 夕食には秋刀魚の鮨、秋刀魚の塩焼き、ちらし寿司に巻き寿司、そしてみそ汁代わりの冷汁も並ぶ。
「普通の握りも旨いけど、やっぱりこれもいいなー」
 ルオウが頬張ったのは蒲焼き風に焼き上げた秋刀魚を握り鮨にしたものである。
「塩水に短時間浸けたのも美味しいよ」
「酢で軽く締めたのもいいです。望花さんはどうです?」
 月与と春陽も秋刀魚の握り鮨の意見を述べる。
「注文を受けていろいろと作りたいのは山々なのですけど‥‥さすがにすべてを屋台でやるのは無理なのですよ〜。うむ〜‥‥」
 仲間全員の意見も聞いた光奈は秋刀魚の握り鮨をどのようにするか悩んだ。
 視線を浴びる中、光奈は決断する。氷霊結による豊富な氷のおかげで新鮮さは完璧だが、味付けとして小一時間の塩水に浸けた秋刀魚の身を使うことに。
 炙りに関しては客からの要望に応える形で提供する。生に拒否反応を示す者でも、熱が少しでも入ったものならば大丈夫と考えてもらえるかも知れないからだ。
 それとは別に蒲焼き風の秋刀魚は事前に作っておけるので、生が受け付けない客向けに用意することにする。塩麹漬けの秋刀魚の握り鮨もそれほど手間がかからないのでお品書きに加えられた。
 続いてはちらし寿司の試食だ。
「こちらならすぐに提供出来ますね」
 緋乃宮は礼野が作ったちらし寿司の感想を口にした。錦糸卵と田麩、ヒラメと帆立の貝柱が豊かな味を奏でている。
「まゆちゃんのちらし寿司に一工夫してみたの。持ち歩けるようにって」
 月与は厚めの海苔でちらし寿司をラッパ状に巻いたものを用意していた。名付けて『魚介ラッパ巻き寿司』。
「おー、これはいいのですよ〜♪」
 光奈が口に含もうとすると厚めであるのにパリっと海苔が千切れる。品質のよい海苔のおかげである。
「この冷汁おいしいですね。どうやって作るんですか?」
「鰹出汁に味噌を解いて冷やして作るのですの」
 訊ねた春陽に礼野が作り方を教えた。
 出汁は焼いた鯵の干物を焼いたものを使い、具には塩をふって水気を切った胡瓜と茄子を用意する。薬味にはすり胡麻と青紫蘇、茗荷に生姜を千切りにして混ぜて作られていた。
 夕食代わりの試食が終わった後、全員で『猫の住処』へと足を運んだ。賑やかな屋台の側には儀式用の場がある。
 たくさんの猫族が井形の炎を囲んで歌い踊っていた。儀式台にのせた三尾の秋刀魚を月へと掲げる様子を一行は見学するのであった。

●屋台
 到着二日目の夕方から出張満腹屋が開始。二つの屋台を大通りの片側に並べる。
 朱春の『猫の住処』までやって来て儀式を行う地方の猫族もいるので『猫の住処』周辺はとても賑わっていた。猫族ではない人々もお祭り気分で楽しんでいる様子である。
「朱藩安州の満腹屋ー、秋刀魚をご賞味あれー! 天儀本島の料理、お鮨だぜー!」
 ルオウは声をあげて客寄せをする。光奈が描いた絵付きお品書きの看板を指さしながら。
「お鮨って何だにゃ?」
「天儀のお魚料理、うまいから是非食べてくれなー。こっちの屋台がお鮨、あっちがちらし寿司だからな!」
 ルオウに猫族の女の子二人組が声をかけてくる。少し迷った様子だったが鮨屋台の中を覗き込んだ。
「いらっしゃいなのです〜♪ 何を握りましょうか♪」
 屋台の向こう側では月与と光奈が待っていた。二人組は生の秋刀魚だと聞いて驚きと戸惑いの表情を浮かべる。
「鮮度は大丈夫ですよ。望花さん、こっちにお願いです」
「もふ〜♪」
 裏方にいた春陽が手招きすると、もふらの望花が氷と秋刀魚が入った木箱を持ってきてくれる。おまけで春陽が氷霊結で水を凍らせて氷を作ってみせると二人組が感嘆の声をあげた。
「おまちどおさま♪ お醤油、薬味はお好みでお願いしますね」
 炙り秋刀魚の握り鮨が注文されて、月与と光奈がそれぞれ一人前を握る。秋刀魚三尾を掲げる故事に習って一皿三つで一貫組になっていた。
 二人組は恐る恐る食べていたがそんな様子はすぐに吹き飛ぶ。顔を見合わせた後であっという間に食べ終わり、二皿目を注文する二人組だ。
「いらっしゃいませ。旅泰の方も絶賛の、満腹屋の美味しい秋刀魚のお鮨ですよ」
「どれがいいかにゃ〜?」
 緋乃宮は屋台近くに並べた卓に座った客から注文をとる。若い猫族カップルは男性が生秋刀魚の握り鮨、女性は蒲焼き風の秋刀魚の握り鮨を注文する。追加で塩麹漬けの秋刀魚鮨も食べていった。
「ちらし寿司もうまいから寄ってなー。秋刀魚にヒラメとかいろいろあるぜー」
 ルオウの呼び込みに誘われてちらし寿司の屋台にも徐々に客が集まりだす。
「秋刀魚がたくさんにゃけど、他にもあるのにゃ?」
「桶に刺さっている札の通り、主に使われている魚が違うちらし寿司をたくさん用意させてもらいました。どちらになさいましょうか?」
 雑用をこなしながら明王院は客とのやり取りもこなす。
 ちらし寿司は何種類もの数が用意されていた。生の秋刀魚入りちらし寿司、一夜干しを焼いた秋刀魚入りちらし寿司、ヒラメ入りのちらし寿司などなど。
 皿に盛って卓でも食べられるが、食べ歩き出来る魚介ラッパ巻き寿司も好評だ。目玉焼き付きの持ち帰り用折り詰めも売れていた。月与が案を出した焼き秋刀魚が入った塩握りも好評である。
 鮨の屋台の方でも冷汁の注文が絶えずあるので、予定よりも早く鍋の中身が減ってゆく。
「急いで追加を作りますの。材料は‥‥全部揃っているようですし」
 屋台の裏側で待機していた礼野が急いで冷汁を作り始めた。華麗な包丁捌きで食材が切られていった。
「まゆちゃん、こちらは私が凍らせておきますね」
「助かるのです。もうすぐ一鍋分、出来上がりますの」
 明王院は手が空いた時、二重底にした鍋の間に挟まった水を氷霊結で凍らせた。
 この冷たい鍋なら冷汁を作るのも簡単。礼野自身も氷霊結を駆使して少しでも早く冷汁が出来るよう努力する。
「炙りの秋刀魚の握り鮨、三貫おまちどおさまー」
 次第に客寄せしないでも混み出すようになってルオウも売り子に回った。
 生食への怪訝さよりも物珍しさの方に猫族の客達の興味が傾いてくれたおかげで、味への評価へと繋がってくれる。
「ご、五貫出来上がったのですよ〜」
 慣れない土地で初めてのことでもあり、この日は屋台の切り盛りだけでてんやわんや。宵の口が過ぎた頃に屋台は仕舞いになった。
「いつの間にか人が引けているのですよ〜。綺麗なお月様がまだ出ているのに?」
「きっと明日の三山送りのためアルよ」
 屋台を引き揚げる間際、光奈は現れた呂と談笑するのだった。

●三山送り
「秋刀魚、仕入れてくれて助かったのですよ♪」
「朝早く買いに出かけた甲斐がありました♪ 春陽さんが重い荷物を運んでくれたんですよ♪」
 光奈と明王院は手慣れた包丁捌きで秋刀魚を下ろしてゆく。
 三日目の屋台も好調。夕暮れが迫る頃から人が増えだす。
 宵の口までに屋台は終了。他の屋台も仕舞いにするところが多いのはこれから三山送りが始まるからだ。一行も後かたづけをして鑑賞の準備を整える。
 儀式の最終日を締めくくるのが朱春を囲む西の劉山、北の曹山、東の孫山に篝火だ。前日のくじ引きによって曹組、孫組、劉組の順で行われるという。
 夜空を眺めながら一行は待ちわびていた。しばらくして遠くの山に火が灯る。
「綺麗ですね♪」
 礼野は北の山を眺めながら魚介ラッパ巻き寿司を小さな口で囓った。
「猫のお姫様だって聞いたよ」
 月与は秋刀魚入り塩焼き握りを頬張る。
「ほっこりとしていまいますね。とても可愛らしい猫です♪」
 この時、明王院は用意しておいた三尾の秋刀魚を捧げて月に感謝する。
「秋刀魚の釣りしたかったなー。でも海岸じゃどのみち無理だよな」
「明日の出発は午後なので、秋刀魚は無理でも朝釣りは出来るのですよ〜♪ 私もやりたいのです☆」
 事前に握っておいたたくさんの鮨を頬張りながらルオウと光奈も三山送りを楽しんでいた。緋乃宮と春陽も同じ卓に腰掛ける。猫族の緋乃宮は先程、月への儀式を済ませたばかりだ。
「さっき屋台回りをしたときの折り詰めがありますけど、食べませんか?」
 春陽が竹皮の包みを解くと大きな焼売が並んでいた。一個もらって食べてみた光奈が美味しさに瞳をパチクリさせる。
「これって秋刀魚の身を使っていますね。しかもそれだけじゃない深い味わいがありますし‥‥」
 緋乃宮も食べたことがない秋刀魚の焼売に驚いてそわそわと耳を動かす。
「あれが猫族さんの篝火ですよ。月を敬っているそうです」
「もっふ〜♪」
 頭に被さるように望花に春陽は秋刀魚の握り鮨をあげながら三山送りを説明する。
 二十分で一つの山が終わり、新たな篝火が別の山に飾った。泰国のお祭り的な儀式を一行は心行くまで楽しむのであった。