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■オープニング本文 ●ただ、歌いたい、と 春が来れば祭りで歌を歌う役目。それがとても誇らしかった。 歌が好きで、踊りが好きで、春が好きだったから。 畑起こし、田植え、種まき。 農耕行事のときには田楽が披露される。 冬の寒さを乗り越えて迎える春の雪解け祭りは、本当に心踊るもので。 それなのに――……私は春を迎える事が出来ずに黄泉路を下ろうとしている。 鈴の音のようだと褒められた声はしわがれ、普通の会話すらままならない。 せめてもう一度。 雪解け祭りの会場で歌えたなら。 『その願い――……叶えてやろう』 何処からか、暗鬱な声がした。 「農村で少女が一人、行方不明になりました。 冬の訪れと共に病床について以後寝たきり。不治の病で、起き上がることさえ出来なかった少女が、です。 アヤカシが死体に憑依した可能性が高いので調べて頂けないでしょうか。 夜になると少女の歌声が祭りの会場になるあたりから聞こえて来るそうなのですが……姿は確認されていません。 少女は村では有名な歌い手で雪解け祭りで歌うのを楽しみにしていたようです。 おそらく死の淵で心が弱っているところをアヤカシに狙われたのだと思います。 もはや助けることは出来ませんが……せめて、アヤカシから少女の体を解放してあげてください。 歌いたい、と願っていたとしてもアヤカシに身を渡すことを望んでいたとは思えませんから。 歌声を聞いた人たちは次の日から高熱などに苦しむと聞いています。 これがアヤカシが原因ではないかと疑った一番の理由なのですが……。 人を楽しませることを目的に歌っていた少女の歌が人を苦しめている、この現状の打破を。 ……お願いします」 翼を折られた春告げ鳥。 声をなくして、なお歌う。 祝いの歌ではなく、怨嗟の歌を。 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
葉桜(ib3809)
23歳・女・吟
フルール・S・フィーユ(ib9586)
25歳・女・吟
角宿(ib9964)
15歳・男・シ
厳島あずさ(ic0244)
19歳・女・巫
ビシュタ・ベリー(ic0289)
19歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●六花舞うなかで、春を招いて ただ、春を迎えた村で祭りの舞台に立ち歌いたいと願った少女がいた。 少女は冬に病床につき、床上げも出来ない状態で姿を消した。 その晩から可憐な歌声が夜の村に響くようになる。 歌声を聴いた村人たちは病に伏せるようになり、村は冬の寒さと近付く死の沈黙に包まれようとしていた――……。 「春の空は、澄んで、青くて。 まだ風は冷たくても、凍える程じゃなくて。 土の匂い。梅、桃、桜の匂いに花弁。 ……今は、まだ、春は眠ってるけど。 解放された魂に、雲雀みたいに。空を舞って、歌って欲しいって、思う」 舞の才を持つが巫女として舞うのみの桔梗(ia0439)は澄んだ目を伏せ、おそらくアヤカシに憑依されたのであろう少女を悼む。 「……やっぱ……他に方法って無い……んだよな?」 アヤカシに憑依された者は助からない。 憑依された時点で人間はアヤカシと化すからだ。 少女も、もう――……。 「……なんか……やりきれねえよな。こういうの……」 ルオウ(ia2445)は唇を噛み、強く拳を握る。 「わたしも……歌と舞いが大好きですから……。 もしも、もう二度とそれが出来ないようになってしまったら、すごく……悲しくなっちゃうと思う。 悲しい歌は好きじゃない、の」 珍しく饒舌に語ったのは水月(ia2566)だ。 「迷ってしまった魂……。救ってさしあげましょう」 少女に深く同情し、アヤカシとして迷っているのをほうっておけない、と静かに、けれど固く心を定めるのは夏葵(ia5394)、隣で頷いたのは葉桜(ib3809)の二人。 「春を待たずに亡くなった、その少女の想いを穢さぬように……」 「歌はただ鳴り響く音ならず。 歌い手は音色に己が想いをのせ、耳する者へと伝える。 来たる春を告ぐ想いを歪めたのであれば、此れは歌成り得ず。 雑音と呼ぶに相応しいものね。 音色に篭める想いだけは穢してはならぬ。 それは音を歌へと変える大切な物だから」 フルール・S・フィーユ(ib9586)が歌うように言葉を紡いだ。 「……今の僕に、何ができるのかな?」 開拓者は常に事件が発生した後にしか出番がない、人を救うことは困難だ、と小さく吐息を漏らした角宿(ib9964)は静まり返った村を見てその思いを深める。 厳島あずさ(ic0244)は少女の思いを理解し、同情する。 「……聞き込みや、村人の快癒が可能かどうかの試み。夜に向けての準備を行いましょう」 同情だけでは救えないから、とわずかに眉根を寄せて仲間に告げた。 「同じような、芸能でメシを喰う人間として、なんか同情を禁じ得ないね。まあ、彼女は生きる楽しみで、私は生きる手段だけれど」 ビシュタ・ベリー(ic0289)は呟きながら村の入り口をくぐった。 他の開拓者たちもそれに続く。 桔梗と水月は村人を診てまわることにした。 熱で苦しんでいるという人たちに解術の法や閃癒を使って治せたのなら行幸。 そうでなくてもせめて熱の苦しさを和らげることが出来たら、と願ってのことだ。 「今も苦しんでる奴がいるんだよなっ! 急ごうぜっ」 アヤカシに憑依された人間を救う方法を知らないか、と一縷の望みをかけて集った仲間に問いかけるが頷きは返ってこない。 迷わない。せめて一秒でも早く終わらせるために。 覚悟を決めたルオウは村全体を見て地形を把握する、と言った。 夏葵はまだ病に倒れていない村人から話を聞くために歩き出す。 歌が聞こえたという場所で鏡弦を使いアヤカシの索敵も行うつもりだった。 葉桜はその夏葵に同行し、歌い手の少女について話を聞く。 病床につく前の様子、病床についてからの様子……。 そこから分かったのは今歌っている歌は、少女が望むものとは正反対だという事実。 少女はいつも祭りのとき、村人の安全と健康を祈って、そして天からの恵みを感謝して歌っていた、ということだった。 病を撒き散らすのは決して彼女の本意ではないだろう。 祭りの会場で歌が聞こえるのは深夜。 それに備えて二人は十分に休むことにした。 フルールは会場予定地を下見。 舞台は質素でまだ殆ど飾り付けされていないが雪は払われている。 それを確認した後、少女の家を訪ねるためにフルールはその場を去っていった。 角宿は連絡用の鳴子を設置する。埋伏予定位置付近までロープを繋いで引き土をかけ、鳴子を村の側に設置し、少し引けば村側で音がなるように調整しておく。 あずさは一人で聞き込みを行っていた。 病に倒れた人達の願い。 「あの子がアヤカシに憑依されたのなら、せめて心を救って欲しい」 いつも自分たちのことを想って歌ってくれたあの子を恨むことはできない。 その言葉に頷き、いたわりの言葉をかけて家を後にする。 精霊占術、小枝、皮のカード、手相などで有効な情報を得られる相手を探すビシュタ。 それぞれが昼間を過ごし、休息をとってやがて深夜がやってきた。 『――呪われあれ、冬よ続け、永久に凍れ』 村人たちが寝静まった村に声が響く。 それは春を寿ぐことを夢見た少女の願いとは真逆の呪い。 開拓者たちはすぐに潜んでいた場所を抜け出すと声のするほう――舞台へと向かった。 そこにいたのは見た目は、少女だった。 痩せた体。 その瞳は瞳孔が開いた死人のもので。 アヤカシに憑依された少女の抜け殻なのだと分かる。 「あんたはあんた自身なのかい?それとも、中身はアヤカシになっちまったのか」 にぃっと笑う少女の顔は整っていたが、その笑みは邪悪そのものの体現のようだった。 「……皆に慕われてたっていう『春告げ鳥』がそんな醜い顔をするわけがないね。アヤカシ、か」 ビシュタはそっとため息をつく。 神楽舞「速」と神楽舞「防」で仲間を強化し、術視でアヤカシか死者か、それとも他の何かなのかを見極めようとしたあずさだったがこぼれ落ちた瘴気が何者なのかを雄弁に告げる。 死者の体を乗っ取ったアヤカシ、だった。 霊鎧の歌で抵抗力を高めるフルールは攻撃系のスキルを所持していないため味方の援護が役目だ。 「……もう、望まぬ歌を奏でるのは……やめて下さい」 少女の身体を傷つけぬように、とは全員の一致した考えだった。 葉桜は対滅の共鳴で呪歌を打ち消しながら少女の悲しみを想う。 「苦しいですね……。殺してあなたの心を救います」 そっと呟かれた言葉。 狐の面に素顔を隠し、夏葵は他の開拓者の心情を察して自分が手を汚す役割をすると心に決めて挑む。 鷲の目によってアヤカシ化してしまっている部分、また人としての急所部位を狙い定めて射抜こうとする。 その面の下を伝う涙を隠して、弓を握る手が悲しみに耐えるために力を込めすぎて血で濡れていることに本人は気付いていたかどうか。 『呪われ、あれ――……』 「あなたが歌いたかったのは、こんな歌じゃない筈なの。 わたしの歌が聞こえるなら、厳冬の雪(アヤカシ)に負けないで。 春を待ち望んでいた想いの種子を芽吹かせて……。 あなたの声を……歌を聞かせて」 天使の影絵踏みでアヤカシの歌を邪魔するのではなく、二人で一つの歌を歌うように寄り添わせ、歌そのものを優しく穏やかなものに変えようとする水月。 「かけまくも畏き広幡乃八幡大神よ! 哀れなる彼女の御霊を救い給い幸い給え」 彼女への同情を考えずにはいられないあずさが神楽舞の中で祈り。 仲間を庇うように前面に出て咆哮をあげて少女の姿をしたアヤカシをひきつけるルオウ。 「そんな唄が! 唄いたかった訳じゃねえだろぉっ!!」 血を吐くような悲痛な叫びだった。 桔梗の白霊弾が胸を穿ち、瘴気が掻き消えた。 あとに残ったのは開拓者と、極力荒らさないように気をつけた舞台に倒れる少女の亡骸。 致命傷と、少し破けた衣服以外はとても綺麗だった。 「……終わったね」 「いや、まだだ」 少女が本当の望みを、叶えてあげよう? その言葉に全員が頷いた。 ●空に還り、恵みの陽光となって降り注ぎ、いつか戻ってこれるように 次の日の早朝から少し早い春の訪れを寿ぐ祭りの会場設営は行われた。 村人の熱は元凶となったアヤカシの歌が消えたことで嘘のように引き、誰もがまだ若い命が散ったことを嘆いた。 とりわけ少女の両親の悲しみは深い。 桔梗は前日、見回りをした際に習った春祭りの歌と舞の手順を思い出す。 冬と少女の魂を送り、芽吹きを迎える今年の祭りは常にも増して重要なものになるはずだった。 「……春告げ鳥、か」 いつか長く厳しい冬が終わりを告げ、春告げの声は高らかに恵みの春の訪れを知らせる。 そんな意味の歌と踊りなのだという。 少女の亡骸は死化粧と歌い手の正装で飾られ棺に納められた。 舞台とは別にもう一つ壇を作って葬送の用意を整える。 「生まれ変わりとかあったら、また歌えるといいな」 そう祈ることは、きっと罪じゃないから。 「……あれ? 何処いったんだ?」 友人の夏葵の姿が見えずルオウがキョロキョロと辺りを見回すと本人が走ってきた。 手に抱えた、小さな花束。 「春なのですよっ」 泣きながら、それでも笑顔で弔おうと顔をくしゃくしゃにしてまだ閉じていなかった棺に眠る少女の腕に花束を抱かせてやる。 「……死者が出ていないであろうことは、幸いでした。村の人々も、きっとそれを許してくれる筈……」 祭りの準備が整うと葉桜は哀桜笛で奏でる華彩歌で春の花を咲かせて少女の手向けとする。 彼女が歌うはずだった歌を見送りの調べにして、もうじき訪れるであろう春を願う。 心の旋律がもう其処には居らぬ彼女へ届けてくれるかしら、とフルールは心のうちで問いかけた。 「貴女が歌う筈の歌……忘れぬようにね」 悔いをなくし安らかな眠りを、自分は願わない。 もし輪廻があるのなら、また歌いに舞い戻りなさい、と。 だって、私たちにはそれが総て……でしょう? そう問いかける。 答えはもちろん返ってこなかった。 「……天国、いけたかな? このお祭の歌声、届いてるかな」 角宿もまた答えのないことを分かっていながら問わずにはいられない。 スキルを伴わない神楽舞で彼女の晴れ舞台に花を添えるあずさは祭りが終わった後よく晴れた青空を見上げる。 「はやく皆の願う春が来るといいねぇ……」 本来のあんたが歌う春の歌を聞きたかったけど、あんたがアヤカシ化していなかったら此処には来ていなかったんだろうね。 「皮肉なもんだ……」 ビシュタもまた青空を仰ぎながら一人ごちる。 春を待ちわびた少女がいた。 冬は彼女の命を奪い去り、絶望の種をまいた。 けれどその絶望は芽吹かず、村人と開拓者の手によって希望へ転じようとしている。 陽光は日ごとに温もりを増していくだろう。 いずれ春が来る。 今はいなくなった春告げ鳥の願った春が、生前願ったように村人に多くの恵みをもたらすことを願って祭りは華やかに、そして厳かに続く。 彼女の死を悼みながら見送ることで明日への糧にするように。 涙のしずくを凍らせる冬が終わり、その涙で芽吹く命があることを願って。 歌が、楽の音が、空に消えていく。 花開くような笑顔を持った一人の少女に届くように、という願いを具現化したようにいつまでも余韻はこだましていた。 誰もが待ち続ける春は、きっともうすぐやってくる。 新しい命を育てるために――……。 固く閉じた蕾はいつか花開き、風に花を散らし、新緑が芽生え、夏の酷暑の後に秋の実りを祝って、また冬が来る。 それはずっと昔から続いてきた、命の約束だ。 巡る季節の中で人々はこれからも出会いと別れと或いは再会を繰り返していくのだろう。 この世界に生まれた、たった一つの『命』として。 「湿っぽいのは止めにしよう。少し早いけど春を祝う祭りの席なんだ。涙は似合わないよ?」 ビシュタが吹っ切るように皆に語りかける。 「村人さんたちも。亡くなった子が願っていたのは村のみんなの健康と幸せなんだろう? 湿気た顔で見送っちゃがっかりされるよ」 「――幸いあれ。幸いあれ。季節よ巡れ。緑よ芽吹け」 少女が歌った呪歌に似せた、けれど真逆の意味を持つ歌が呟かれる。 沈んでいた顔をしていた村人も。 少女を救えなかったことを嘆いていた開拓者も。 フルールのその呟きにパッと顔を上げる。 「こういう歌を……歌いたかったんでしょうね」 「あの……もっと聞かせてもらえませんか? あの子が、歌うはずだった歌」 「なら一緒に歌いましょう? お祭りの相場は皆で楽しく飲み食いしながら調子外れの歌を歌うものと決まってますから」 歌を生業とするものも、しない者も。 即興の歌を歌い始める。 開拓者たちにつられて村人たちも歌いだす。 歌いながら舞い、舞いながら歌う。 (あぁ、心を凍てつかせていた『冬』は終わりましたね) 夏葵は村の周囲を駆け回って漸く見つけた花を見つけた時と同じ気分でその光景を見ていた。 自分も舞い、歌う。 「春なのですよっ」 あの時言うのが辛かった台詞が、今は喜びで言える。 「泣いた後には笑え、ということかな」 「……あるいは転んだら立ち上がれ、ですかね」 日が暮れるまで雪解け祭りは続いたのだった。 |