温泉に居座る乱暴者退治
マスター名:秋月雅哉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/18 08:21



■オープニング本文

●温泉宿の危機
 石鏡の観光名所にある温泉宿。
 効能はあるが小さな宿なので客入りはそこそこ。
 だが今はならず者が居座って無銭飲食をして温泉を使っているため誰も寄り付かない。
 金銭を払っていないのに「客に難癖をつけるのか」と脅す始末。
 温泉宿の主の老夫婦に料理番、女中たちは困っていた。
「このままじゃ店が立ち行かないけれど……ならず者に対応できるだけの力は私たちにはないし……」
「泣き寝入りしているしかないんじゃろうか……」
「あ! ……駄目で元々、開拓者ギルドに頼んでみてはどうでしょう?」
「そうですよ! お礼は無料で料理と温泉を楽しんでもらうっていう条件なら日ごろお疲れの開拓者ギルドの方も骨休めついでに来てくれるかもしれません」
「もし本当にならず者たちが二度と来ないようにしてくれるのであればいくばくかのお礼をしよう……ちょっと行って来てくれるかね?」
 女中は力強く頷いて駆け出した。


「温泉宿に金銭を払わず居座り続けて狼藉を働くならず者がいる、と先刻宿の方がいらっしゃいました。
 このままでは宿が潰れてしまいますからね。追い払って二度と来れないようにしていただけますか?」
 静かに口を開いた、報告を受けたギルド関係者は笑顔なのに怖い。
「弱者を虐げる、このような輩、私は大嫌いなのです。
 宿の方はならず者達を追い払ってくれるなら無料で温泉を使って料理を食べて少しでも疲れを取って欲しい、と仰ってましたよ。
 まあ、すこし過ぎたお正月休み前の一仕事、と思って協力して頂けませんかね?
 ならず者は四人。
 宿の方では手を出せませんがあなたたちなら二発か三発でけりがつくでしょう。
 何処で伸しても構いませんが宿が荒れるのは避けてくださいね。
 無銭飲食された挙句掃除や修繕まで、となると大変でしょうから」


■参加者一覧
荒屋敷(ia3801
17歳・男・サ
雲母(ia6295
20歳・女・陰
シルフィール(ib1886
20歳・女・サ
誘霧(ib3311
15歳・女・サ
アルウィグィ(ib6646
21歳・男・ジ
一夜・ハーグリーヴズ(ib8895
10歳・女・シ
ヒビキ(ib9576
13歳・男・シ
桃原 朔樂(ic0008
28歳・女・武


■リプレイ本文

●狼藉には天誅を
 石鏡のとある観光名所。その中に小さな温泉宿がある。
 目立たない作りだがお湯の質は上等なものでいわゆる「知る人ぞ知る」という類の名湯だ。
 其処をならず者が占拠していてどうにかして欲しい、と開拓者ギルドに要請があった。
 集まったのは八人。
「現物支給依頼ってのも悪くねぇーな! せっかくだし温泉楽しませてもらおうぜ」
 荒屋敷(ia3801)が鼻歌を歌いながら宿の裏口で今回の作戦を共に遂行する仲間に語りかける。
「風情のわからん奴らだなぁ……。 まぁ、死んだ方がましってぐらいにはさせてもらうが」
 雲母(ia6295)は煙管から煙を燻らせて薄く笑う。
「ふん、馬鹿が4人か。まぁ馬鹿共にはさっさと自分達の行いを後悔してもらうわ、後悔するだけの頭があるならね」
 シルフィール(ib1886)が青い瞳を嫌悪に歪めて長い髪を後ろにさばく傍らでふわりと微笑むのは桃原 朔樂(ic0008)だ。
「あらら〜? いけない子がいるのね〜」
 おっとりした口調が隣に立つシルフィールと好対照だ。
「お宿は自分達だけのものじゃないのにー。
 好き勝手は許さないんだから」
 誘霧(ib3311)が可愛らしく頬を膨らませながらまだ見ぬならず者たちに腹を立てていると裏口の扉が開いた。
「……あの、こちらは裏口で……それから今、少々立て込んでおりまして……」
 女物の衣装に身を包み、パッと見は背の高い女性に見えるアルウィグィ(ib6646)が裏口の扉を開けて困ったように自分たちを見る女中に微笑みかけた。
「ご心配なく。俺たちはギルドから派遣された開拓者です。ならず者に荒らされているというお宿は、ここで間違いないですか?」
 女中がそれを聞いて安堵したように大きく胸を上下させた。
「来てくださってありがとうございます。お待ちしておりました。……中へ、どうぞ。荒れておりますが……」
「おね〜さんたちにまかせてね〜。いけない子達はちゃんと追い払うからね〜」
「は、はい。お願いします……」
 宿の中に……といってもならず者に気付かれないよう本来であれば従業員しか入らない質素な部屋に女中が案内する。
 どうやら宿の者が休憩や仮眠に使う部屋のようだ。
 少し待つと宿の人間が状況を説明するために何人かやってきた。
 厨房の担当はひっきりなしに料理を要求されるため離れられないのだそうだ。
 女中たちも悪質な滞在人のせいで顔色が悪く、疲弊しているのが見てとれる。
 宿の主だという初老の男性がやはり疲労の色が見える顔で八人に頭を下げた。
「この度は依頼を受けてくださりありがとうございます。
 問題の方々は二階の部屋を占拠しております。
 今はちょうど、温泉のほうにいっていると先ほど用を言いつけられた女中が申しておりました」
「ちょうどいいね。……話して分からない相手には、体に覚えさせるしかないよね」
 ヒビキ(ib9576)が黒の面頬を取り出しながら呟く。
「ヒビキ君、がんばろうね。むせんいんしょくなんて許せないもんね」
 一夜・ハーグリーヴズ(ib8895)が友人であるヒビキに語りかけるとヒビキは小さく頷いた。
「宿のものは壊さないよう気を配りますが不測の事態を減らすため、俺たちが戻ってくるまで皆さんは二階に上がらないようお願いしますね」
 アルウィグィが語りかけると宿の従業員たちは強張った顔で頷く。
 アヤカシ討伐を行い、志体を相手にもする開拓者にとっては雑魚、三下といった表現になるならず者たちだが一般人にしてみれば十分脅威らしい。
「それじゃあ……始めるとしようじゃないか」
 雲母の言葉を合図に開拓者たちは各々動き出した。

「いいカモだな、ここの連中」
「一ひねりですっかり言いなり。潰れるまでは居座れそうだぜ」
「踊り子でも呼ばせるか?」
「それもいいな」
 胸が悪くなるような会話が徐々に大きくなる。
 待ち伏せている部屋に問題のならず者たちが近付いて来ているようだ。
 乱暴な動作で襖が開けられる。
「あ? なんだ、姉ちゃん。客か?」
「あら〜? 部屋を間違えたようですわ〜ごめんなさいね〜」
 朔樂の艶やかな声と仕草にならず者たちがたちまち相好を崩す。
「宿の連中も気が効くじゃねぇか。美人の客なら歓迎だぜ」
「せっかくだ、遊んでいけよ」
「好きな食いモン食わせてやるぜ」
「そういうことは〜きちんとお金を払った『お客さん』がいうせりふよ〜? でも〜そうねぇ〜遊んであげるわ〜仕事だしね〜」
 仕事、という言葉を四人が誤解したのは明らかだ。
 其処へ他の七人が静かに入ってくる。
「なんだぁ? 俺たちはこれからお楽しみなんだよ。出ていけや」
「悪いが仕事でな。成敗させてもらう」
「むせんいんしょく? ぶっころされたいの?」
 漆黒の面頬を装着するとそれまでとは打って変わって冷徹な声が一夜の唇から零れた。
「身の程を弁えぬ愚か者どもめが」
「なんだと……このガキ……」
「まったく、どれだけ時間がたとうがこういう輩は居続けるな」
「倍人数の開拓者に袋叩き。お仕置きにはちょうど良いですね」
「開拓者……だと!?」
「そうよ〜。言ったでしょ? 『仕事』だって〜」
「ふざけんな! 俺たちは客だぞ!!」
「無銭飲食とか〜してるそうじゃない〜。
 客だからというのは〜言い訳にならないわよ〜」
「客って言うのはきちんと金払って利用する奴のことを言うんだよ。
 お前らは単なるワルモノ。お分かり?」
「慈悲は無い」
「くっそ……ふざけやがって!!」
「三下が、調子に乗ってんじゃねぇよ」
 いくら一般人には恐れられるならず者が四人いたからといって所詮はならず者。
 開拓者たちに数でも質でも劣る彼らに勝ち目は万に一つもなかった。
 今までの無銭飲食代と迷惑料として身ぐるみをはがされる。
 足りない分は宿で働かせては、という意見も出たが宿の従業員はならず者たちを雇う気になれなかったらしく断られた。
「今までの悪行が身に返ってきたと思うんだな。少しは反省しやがれ」
 弱い者を虐げ続けた四人にとって身ぐるみをはがされ、敵に治療の手配まで考えられ(実際は手加減に手加減を重ねたので必要ないと全員が判断したのだが)しかも家具を壊さないようにという余裕振りを見せられたのはいい薬になったことだろう。
 きっちり従業員にお詫びさせた後解放すると傷だらけの身体で必死にその場を離れようと走り出す。
 冬の観光名所を褌一丁で走るならず者たちを奇異の目で人々が一瞬見て目をそらすがそれに罵声を浴びせる余裕もない。
 そんなことをしたら四人の傷は更に増えていたことだろう。
 その様子を見た宿の主は深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。大したおもてなしは出来ませんがどうぞ中へ」
「ご好意に甘えさせてもらおうか」
「はい。皆さんでしたら、喜んで」

●温泉宿で過ごす寛いだひと時
 荒屋敷は露天風呂に酒とつまみを持ち込んでご満悦だ。
「一回やってみたかったんだよなあ♪」
「こういう仕事も、たまには良いですね」
 一緒に入っていたアルウィグィがその様子を見て微笑む。
「せっかくですし食事の際にでも踊りを披露しましょうか」
「マジで? 楽しみにしてるぜ」
「……向こうは賑やかだね」
 ヒビキが楽しそうな声の聞こえてくる女湯の露天風呂を話題に上げる。
「混浴だったらよかったのになぁ」
「嫌がられそうですけどね」
「この後のご飯に期待、だね」
「三食たらふく食うつもりではいるけど夜食も頼んでいいのかね」
「厨房の方の気持ち次第、じゃないですか?」
「せっかくだし夜食を一緒に食いながら他の連中と話でも、と思ったんだけどな」
「そういえば温泉卵がどうとかって言ってたけど……」
「あれってかなり温度が高くないと固まらないのでは?」
「少し離れた場所に原泉があって普段から宿の食事に出してるみたい」
「へぇ、温泉卵ねぇ」
 荒屋敷も興味を持ったようだ。
「温泉に浸かる前に準備するって言ってたから食事で出して貰えるかも?」
「それは楽しみですね」

 一方その頃女湯では肌を見せることを嫌う雲母以外の女性陣が入浴していた。
 誘霧は入浴前に原泉に案内して貰って皆の分を含めた温泉卵を仕込んでいた。
「湯船に溶ける雪もまた、儚い風情があって綺麗だね」
 感慨に浸りながら手の届く場所に積もっていた雪で雪ウサギを作って並べてみる。
 その誘霧の銀髪が気になるらしくしきりと視線を向ける一夜は思い切って尋ねてみることにした。
「触ってもいいー?」
 そしてもしよかったら髪を洗わせて欲しい、と申し出ると笑顔で快諾された。
 彼女の銀髪も気になるが初めて見ることになる温泉卵も気になる一夜である。
「やっぱり〜冬は温泉よね〜可愛い女の子もいるし〜至福ね〜んふふ〜」
「疲れるほどの仕事じゃなかったけれど温泉に浸かってすっきり出来るのはいいわね。
 あの馬鹿共に触ったから消毒も兼ねてね」
 覗く馬鹿はいないと思うけどいたら死ぬほど後悔させてやるわ、と些か物騒な台詞を呟きながら葡萄酒を振舞うシルフィール。
「きれいきれいしてくれた御礼に、一夜の髪も洗ってあげるねっ」
 そういいながら何故かタワシを取り出す誘霧。
「な、なんでタワシ……?」
「ん? 修羅の角って、これで洗うんでしょ?」
 にっこりと笑いながら聞かれ反応に困る一夜だった。
 好意で言っているのはありがたいが角に触られるとどうにもくすぐったくて苦手なのだ。
 結局髪だけ洗ってもらって一度上がることにする。

 取り立てて豪華、というわけでもないが素材の味を存分に生かした料理を堪能し、温泉卵もしっかり味わう開拓者の八人。
 握り箸が直っておらず、周りの持ち方を真似ようと頑張る一夜と矯正に奮闘しているものの以前から成果は上がっていないヒビキのやり取りに皆が心を和ませ。
 男湯で宣言したとおりアルウィグィが披露した舞にはならず者の相手で疲れただろうから、と従業員も招かれていたのだが舞が終わった後は皆が忘我の境地に至っていたため彼が反応のなさに首を傾げるまで拍手が忘れられるという一幕があり。
 やがて夜の帳が下りた頃雲母と一夜が温泉へ向かっていた。
 肌を見せることを嫌う雲母だが娘のように思う一夜は別のようだ。
 右手の義手を外した雲母の背中を洗う一夜を気の済むようにさせ、きちんとできたご褒美に頭を撫でる。
 慣れているだろうけれどたまには、といわれて雲母は優しく微笑んだ。
「私は一夜が私の右腕になってくれてるから、気にしてないのさ」
 隻腕になった理由は以前依頼で自分を庇ったため。
 命の恩は一生モノ、と一夜は胸の内で呟く。
「さぁ、湯に浸かろう。身体が冷えてしまう」
「うん」
 優しく促され昼間賑わっていた女湯に、今度は静かに浸かる。
 綺麗な星空が二人を見守っていた。
 ぽつりぽつりと会話を交わしながら湯を堪能した後、部屋に戻って眠る二人。

「お世話になりました」
「いえ、滅相もない」
 一晩経って恐怖からの疲労は大分薄れたらしい従業員たちが見送りにと正面玄関に並ぶ。
 朝食も平らげ、何人かは朝風呂を楽しんだ後での出立だった。
「皆様にはどれほど感謝してもし足りません。あのままではこの宿は潰れていたでしょう」
「俺たちはできることをしただけですよ」
「依頼をギルドに持ってこなかったら気付けなかったでしょうしね。いい判断だったと思うわ。
 あんな馬鹿共、のさばらせていても害悪しか生まないもの」
「連中も少しは懲りただろう」
「ご飯美味しかったよ。温泉も、素敵だった!
 今度はちゃんとしたお客さんがくるといいね」
「次は客として来るぜ!」
「疲れてる中、もてなしてくれてありがとう」
「んふふ〜楽しませてもらったわ〜」
「ゆっくり休んでねっ」
 それぞれに労われ、下がった頭の角度が深くなる。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
「ありがとうございました。ご恩は忘れません」
 深い感謝のこもった言葉に笑みを返して八人は朝と昼の中間の観光地を去っていく。
 その姿を冬の日差しが柔らかく照らしていた。
「さあ、少し休んだら次のお客様を迎える支度をしないと。
 せっかく助けて頂いたんだ。
 宿を潰しては面目が立たないぞ」
 雑踏に八つの人影が全て消えた後ようやく顔をあげた宿の従業員たち。
 疲労の色は隠せないが昨日までとは違って生気があふれている。
 新年が始まって数日。
 ようやく宿に新しい息吹が吹き込まれた瞬間だった。