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■オープニング本文 ●やがて冬が来る前に、秋を楽しむ一日を その広場には様々な花の鉢植えや近くの二階建ての建物から窓を覗くと鉢植えを集めて図案を作ったものなどが展示されている。 使われているのはすべて菊で、菊の品評会場となっているのだ。 丹精込められて育て上げられた菊はどれもそれぞれに美しい。 訪れた人たちはその見事さにほぅ、と感嘆の息をつくのだった。 「そんな菊の品評会にね、お招きしようかと思いまして。……あ、いえ私は場所を教えて頂いただけなんですけど」 宮守・瑠李(iz0293)はいつものようにのほほんと笑った。 「お酒を飲める方は菊を浮かべた天儀酒なんかも飲めるみたいですよ。あとは菊のお浸しですとかも頂けるみたいです。食用菊も我々にとってはなじみ深いものですがジルべリアの方とかには珍しいんですかね」 菊の種類もいろいろありますし人形の服を菊で飾ったりするものもありますし楽しめるのではないかと思いますよ。 「あとは舞人さんの踊りを見られたり菊を象った練りきりなんかもあるらしいですねぇ。味覚と視覚、鼻のいいかたは嗅覚もですか。菊の祭典を楽しみに行きませんか」 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 丑(ic1368) |
■リプレイ本文 ●過ぎ行く秋に菊花の手向けを 舞台の上では白拍子が菊を胸元に飾り、菊の柄が透けるように織り込まれた衣装をまとって楽の音に合わせて優美に舞を舞っていた。 菊の品評会を兼ねた祭りのオリジナルの演目でテーマは男女の出会いと別れ、そして思わぬ再会。 古今東西でよく用いられる題材ではあるが舞台の演出に時折ごく自然に菊の花が用いられているのが他の舞台では見られない特徴だろうか。 礼野 真夢紀(ia1144)はオートマトンのしらさぎと一緒に舞台上で繰り広げられる物語を兼ねた舞と舞を引き立てる楽をはじめとした演出の数々をじっくりと堪能する。 やがて演目が終幕となり観客席から拍手が送られる。真夢紀としらさぎも拍手を送って席を立った。 「身を焦がすような恋、かぁ……ちょっとまだ想像がつかないなぁ」 『あこがれたりは?』 「うーん、どうだろう。物語としてなら悲恋や波乱万丈な恋も悪くはないと思うけど現実だったら疲れちゃうかも。平穏無事なのがある意味一番贅沢だよね」 幼い顔立ちとは真逆に大人びた考えをしらさぎに語って次に赴くのは土産物を取り扱う出店。 今年はそろそろ時機を逃しそうだが透かし細工で菊の花の描かれた一筆箋やそれに似合いの封筒で二人の姉に来年文を認めるのもいいかもしれない。 今日一緒に来ることのできなかった友人には漆塗りに菊の花が色鮮やかに描かれた髪留めはどうだろう。 金や銀といった華やかな色から淡い黄色やピンクといった大人びつつも可愛らしいもの、青や紫といった幻想的な色遣いのものなど色々な色やデザインの髪留めが並べてあって誰にどれを贈るか考えるのも一つの楽しみだ。 トンボ玉の中に菊の花を閉じ込めた根付や大きいトンボ玉に小さいトンボ玉を添えて首飾りにしたものもおいてある。 「菊の練りきりなんかはすぐ会える人へのお土産によさそうよね……あら、しらさぎ、どこ行くの?」 『ミヤモリさんのすきなおでんのぐ、きいてくる』 菊を使った料理は真夢紀もいくつか知っているが今の時機屋外で食べるなら熱々のものの方が美味しいだろうということで菊料理は食べ物の出店で楽しむことにして、持ち込みの料理を広げられる広場の一角を荷物置き場として借りて七輪と燃料を持参で煮込んだおでんを鍋ごと持ってきていたのだった。 「他にもお腹すいてそうな人がいたら連れてきていいからね。たくさんあるしみんなで食べた方が美味しいから」 『わかった』 「あたしは火種で燃料に着火させておでん温めなおしておくから。一人で平気?」 『ダイジョウブ』 祭りも終盤なためか人の数はそれほど多くない。会場は人探しにはいささか広い気もするが宮守・瑠李(iz0293)は長身で目立つ外見をしているから探す気になって探せば割とすぐ見つかるだろうと真夢紀は判断した。 「いってらっしゃい。何事もないとは思うけど厄介ごとに巻き込まれたらすぐ呼んでね」 丑(ic1368)は薄い微笑を口元に湛えて菊の鉢植えの間をゆるりと散策していた。 「菊、ですか。綺麗ですねぇ」 菊を眺められる飲酒可能な出店にふらりと寄ると盃に菊の花を浮かべた天儀酒が運ばれてくる。 徳利からは酒の匂いに本当に微かに混じる菊の花の香り。 「ふふ、貴方もどうです?」 近くの人に声をかけて盃の追加を頼むと自然な手つきで酒を注いで勧めてその流れで世間話を楽しむ。 「楽しんでいらっしゃるようですね」 瑠李が通りがかり際軽く会釈して挨拶すれば丑も同じ仕草を返して。 「貴方もいかがですか? 今日はギルドの方はお休みなのでしょう?」 「えぇ、まぁ。では折角ですからご相伴に預かりましょうか」 二人とも酒と一緒に出されたつまみには手を付けないままゆるゆると酒を酌み交わす。 「こんな鮮やかなところにいると、どうも自分もこの色に染まらなくてはいけないのかと……そんな気がしますねぇ」 「朱に交われば赤くなるのも人なら、朱に混じっても己の色を貫くのも人の生き方の一つだと思いますよ。染まりたいと思ったときに、染まりたいと思った色に染まればよいのでは?」 「そういうものですか。否応なく染まる人も多そうですがね」 瑠李の言葉に丑が微かに首を傾け、吟味するように発せられた言葉を自分の声に乗せる。 「これ以上ないくらい深く染まった、と思っても意外とまっさらな布を初めて染めるように簡単に別の色に染まるのが人生の醍醐味だと、私は思いますけどね」 まぁまだ三十路にも差し掛かっていない若輩者の戯言ですが、と真面目な雰囲気をやんわりと壊した後丑の盃に新しく頼んだ酒を注いでしばらく無言で二人並んだまま菊を肴に天儀酒を味わう。 そんな二人に近づく一つの影を見ておや、と瑠李は小さく声を漏らした。 「しらさぎさん、お久しぶりです。どうしました? 真夢紀さんとはぐれたのですか? 姿が見えないようですが」 『ミヤモリさん、おでんのぐは、なにがすき?』 唐突な問いかけに真夢紀としらさぎのやり取りを耳にしていない瑠李は不思議そうに首をかしげる。 「おでんの具、ですか? どうしてまた……」 『マユキがきょうもってきたオベントウ、アツアツのおでんだから、ミヤモリさんもさそいにきた。ほかのヒトもよんでいいっていってた』 「あぁ、冷え込みの厳しい季節になってきましたし熱々のおでんは身にしみいる美味しさでしょうねぇ。因みにおでんの具でしたら私は餅巾着が好きですね。あとは大根や卵も」 出汁のよくしみ込んだおでんの味を想像したのか瑠李が少し相好を崩して楽しそうにしらさぎに好きなおでんの具を伝える。 『たしか、ぜんぶはいってる。いっしょに、たべよう? そっちのヒトも、いっしょ』 「おや、俺もご相伴に預かれるんですか。菊を肴に酒だけ楽しもうと思ってきたんですが予想外のお誘いは嬉しいものですね。せっかくですからご一緒させて頂きましょう」 「身体を暖めるのにはお酒もいいですがお酒はお腹にあまりたまりませんからね。真夢紀さんは料理上手なお嬢さんですから今日のおでんもきっと美味しいですよ」 立ち上がって酒代を支払いながら(どちらが持つかで少し揉めて結局は折半することで落ち着いた)丑に瑠李が語りかける。 「仲がよろしいんですか?」 「ギルドの仕事の合間に息抜きのお誘いをしますとね、大概顔を見せて下さるんですよ。実家の縁談攻撃にさらされた時も台所を使う許可を取って姉や母を私から遠ざけてくださったりとかお世話になりっぱなしですねぇ。今度何かお礼をしなくてはいけないと思うんですが十代前半の女性が好むものというとやもめの男にはいまいちピンと来なくて」 何がいいでしょうね? と歩きながら考え込み始めた瑠李に丑は転ばないよう気を付けてくださいよ、と声をかける。 「妙齢の女性の気を惹くなら簪や帯留め、絃を使った楽器をたしなまれる方なら「この絃が切れる前に会えるように」なんて気障なセリフを添えて替えの絃なんかも喜びそうですが……十代前半、ですか」 どこまで本気かつかみどころのない口調で挙げられた例に瑠李は思わずといった様子で苦笑する。 「恋仲でもない相手、しかも自分の半分くらいの年齢の方にそんな言葉を添えて贈り物をする度胸はありませんよ。料理道具は長年使っているものがあるならそちらの方が手になじんでいるでしょうし……さてはて、何がいいやら」 『マユキに、ちょくせつきいたほうがはやいんじゃないの?』 しらさぎがあどけなく問えば男性二人は困ったように顔を見合わせて。 「なんだか助平親父として認識されそうなのでお礼は息抜きと美味しい出店の出るお祭りか何かの紹介にしておきましょうかね」 「そんな表現をされる年でもないでしょうに」 「向こうから見たら私でも十分おじさんですよ、きっと」 そんな話をしながら持ち込みの食べ物を広げるスペースでおでんの用意をしている真由紀の元へと一歩一歩近づいていく丑たち。 真夢紀と合流してみんなで鍋の中の熱々おでんを突きながら至福のひと時を過ごしているときに丑と瑠李の半ば冗談めいた会話を真由紀に告げたしらさぎの言葉に真由紀が首を傾げ、丑が小さく笑い、慌てる瑠李にしらさぎがきょとんとするまで、後――……。 |