ただ、咲きたかった
マスター名:秋月雅哉
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/30 12:41



■オープニング本文

●季節はずれの桜のアヤカシの願い
「桜といえば春なんだが……アヤカシの桜が咲いている。
 人の生き血を啜ってより美しく、人の死体を根元に埋め込んでじわじわと捕食するのが目的のようだな。
 このアヤカシを退治して欲しい」
 石鏡の山中で件のアヤカシは狂い咲いているとのこと。
 普通の桜ならば白に薄っすら紅を混ぜ込んだ、いわゆる桜色だがこの桜は薄っすらと紫がかっている。
 季節はずれの、しかも普通とは色が違う桜という事で危険を知らずに見物に訪れた人々が何人か犠牲になっている。
 骨だけになったその人たちはアヤカシに憑依されて操り人形状態だ。
「自分を殺したアヤカシを守るために使われたんじゃ殺された人々が報われない。
 何とかならないだろうか」
 アヤカシは普段は桜の姿を、人が訪れると妙齢の女性の姿を分身としてとるという。
 紫がかった白い着物に長い黒髪。それは美しい女性だそうだ。
 その女性が人――今まで犠牲になったのは全員男性だそうだが――を留めおき、桜の木の滋養とする。
 いわば女性の姿は疑似餌だ。
「問題は結構人出が多いことで……多かれ少なかれ桜に魅入っている。
 大人しく避難してくれればいいんだが可能性は低いな。
 一般人に危害がこれ以上及ばないようにしてくれ。
 桜の攻撃は花吹雪。これは鋭利な刃物のように体を引き裂く。
 女性の攻撃は髪による締め技だ。
 女性は桜の木を倒さない限り何度でも現れる。
 男たちは何処からか調達してきたらしい刃物での攻撃だな。
 数は五人。
 それなりに手練が多い。
 アヤカシだと分かれば倒した後非難される事はないと思うが……被害を及ぼしている割に人気なんだ、この桜。
 余裕があったら扱いには注意してくれ」
 色々面倒ごとが多いが頼んだ。
 ギルド関係者は開拓者に向かって頭を下げた。


■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ライディン・L・C(ib3557
20歳・男・シ
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ
ツツジ・F(ic0110
18歳・男・砲


■リプレイ本文

●ただ願う、咲きたい。咲き続けたいと
 季節はずれの桜が風に花びらを散らす。
 その色は通常の白にほんのわずか紅を落とした色ではなく薄っすらと紫を帯びた白だ。
 季節にそぐわぬことと色合いが珍しいことも手伝って寒い中桜見物にやってくる人は後を絶たない。
「狂い咲きですね」
 鈴木 透子(ia5664)が小さく呟く。
 桜の木の下には死体が埋まっているという話はよく聞く類のものだ。
 白に少しだけ混じる赤は根が死体の血を吸っているからなのだ、と。
 あるいは舞い散る桜の花びらに囲まれていると気が触れたようになる、と言った人もあるという。
 透子はその二つの話を思い出してその両方だろうか、と考えをめぐらせる。
「護摩を焚こうと思います。……と言っても本物の護摩ではなく木切れを組んで御札を配置してお経っぽい言葉を並べるだけですが。お坊さんじゃないから本物は無理です」
 仲間には先に焼くと強い異臭を放つ硫黄が入っているので風向きに注意するように言ってあった。
 目的は桜見物に来て少なからず魅了された一般人を逃がすためである。
「かなり強い匂いがしますし……それほど強い魅了というわけではないみたいなので逃げ出してくれるのではと思うのですがどうでしょうか」
「一番前の人に足かけて転ばせるかロープ張って転ばせるつもりだったが……怪我をされても困るしな。
 護摩もどきで退散してくれるならそれに越したことはないと思う。
 なんにせよ、不用意に近づかれないようにはしないとな。
『盾になれ』とか命令されたら怖すぎる」
 ある程度の自由を奪うことが竜哉(ia8037)の立てた作戦だったが操られて強制的に動くということも可能性としてないわけではない。
 匂いに異常を感じて逃げ出してくれるのであればそれは歓迎することだった。
「春待ちきれず、慌てんぼうの気になる木……ってとこか。聖夜もまだだってのに。
 あ、護摩を焚くことに異論はないぜ。
 ……個人的には妙齢の女性アヤカシってのがめっちゃ気になるんだけどな。美人ならちょっとヤケドしたって本望……って奴らがハマってるんだよな、危ない危ない、気をつけないとっ」
 後半はやや小声で、かつ早口で告げたのはライディン・L・C(ib3557)だ。
『軟派は紳士的に』という標語を掲げた軟派紳士協定なるものに所属しているらしいからだろうか。
 疑似餌と分かっていつつも興味が引かれるらしい。
「桜のアヤカシか。
 好きな花がこうなるのは、やっぱり悲しいな……」
 護摩を焚く用意を始めた透子と、件の桜の両方を視界に入れながら宮坂 玄人(ib9942)は慎重に風向きを計算する。
 兄の名を名乗るが桜関連の道具を集めることを密やかな趣味とするあたりは年相応の少女のものだ。
 松戸 暗(ic0068)は護摩もどきに不審そうな目を向ける魅了された一般人に「桜の木の魂を慰撫するために護摩を焚く」と説明している。
 アヤカシであることを明かし避難するように告げても魅了されて危機感が鈍った人々には通じまい、と考えてのことだった。
「霊験あらたかな護摩だからもしこの護摩の香りをかいで具合が悪くなったらすぐに精進潔斎するように。異常をもたらしているのはよくないものが取り憑いているからだ」
 暗が噛んで含めるように説得して回ると一応不審な目は向けられなくなった。
 ただ陶然と桜の木に魅入っている。
「どこまで理解してくれたかね……。まぁ、強い魅了じゃないなら命の危機を感じたら逃げるだろう」
 野次馬の対処は任せ、自分は戦闘に専念する、と告げたのはツツジ・F(ic0110)だ。
 さりげなく自分の得物の感触を確かめたところで透子が準備を終え、火が焚かれる。
 出来るだけ本物に聞こえるように声の調子に気を付け、舌を噛まないように気を配る。
 硫黄の香りが風に乗って一般人に届くとざわめきが起きた。
 暗の言葉を思い出したのだろう。
 桜の木の発する魅了の力と暗示の恐怖がせめぎ合い、恐怖が勝った。
 それなりに沢山の人がいたが透子たちが考えていたよりずっとスムーズに避難させることができたようだ。
「邪魔をするの……?」
 透き通るような細い女性の声がまだ硫黄の匂いの立ち込めるその場に突如響く。
 紫がかった白い着物は彼女が守るように背後に従えた桜の花びらの色に酷似している。
 結っていない黒髪は長く、とても美しい女性だった。
 白い肌の中で紅を差しているのか艶やかに紅い唇がもう一度言葉を紡ぐ。
「私たちの……邪魔をするの……?」
「これ以上犠牲を出すわけにはいきませんから」
 護摩の匂いは風に流れて薄れている。
 透子が結界呪符「白」を発動させて戦闘に火蓋が切って落とされた。
 木をめがけて大型の九尾の白い狐が駆ける。
 その神々しさとは裏腹に極めて攻撃的かつ獰猛な性格で爪や牙によって負傷させた際に凄まじい瘴気を送り込んで対象を内部から破壊する陰陽師の術だ。
「おいでなさい……私の可愛い僕たち」
 女性がつい、と手を上げると地面がぼこぼこと動いて五体の骸骨が現れる。
「お前さんの相手は俺だ」
 竜哉が骸骨の腕部分の骨を狙って一撃を繰り出す。
 鋼糸を絡みつかせて武器を振れないように抑えつけるつもりだった。
「あくまで刃物、なら勢いを付けて振り回されなければなんとかできるものさ」
 武器による攻撃を封じられ、骸骨ががむしゃらに暴れる。
 聖堂騎士剣の聖なる精霊力を武器に宿らせる。
 ダメージを受けた場所は塩となって崩れ落ちた。
「死してなお使われるのも、かわいそうだしね」
 骸骨の傀儡の消滅を嘆くように、あるいは開拓者たちの攻撃を怒るように桜の木が花びらを散らせる。
 本来風に舞って緩やかに落ちるはずのそれは刃物の鋭さを持って開拓者達を襲った。
「人を殺してまで咲きたいと願ったのに花びら武器に変えちゃうのかよ。……なんかやるせないな」
 ライディンが女性のアヤカシを相手取りながら呟く。
「私たちはただ咲いていたいだけ……それを邪魔するなら容赦はしないわ」
 アヤカシの髪が生き物のように動きライディンの首を絞める。
「綺麗な花には棘があるっていうけど……ちょっと物騒すぎるわ、殺しまでいっちゃうと」
 暗剣で髪を切り一瞬止まった呼吸を再開させながら手裏剣を投げつける。
「悪いね。女の命とまでいわれる髪、傷つけちゃってさ」
 一応謝るとアヤカシは艶やかに笑う。
 切られて不揃いになった髪がぞろりと動き、元の長さを取り戻した。
「……心配ご無用ってやつ?」
 小さく苦笑してライディンは再び暗器を構えた。
「好きな花に武器を向けることになるとは……。
 早めに決着をつけないとな」
 玄人はツツジが再装填する間フォローに回りつつ紅い炎に包まれた矢を桜の木に放つ。
 桜の木が放つ花びら対策として篭手払を用いて攻撃の勢いを衰えさせた。
「全ては防ぎきれないが……!」
 ライディンと共に女性のアヤカシを受け持つ暗はあまり言葉を発しない。
 胸元に向けて手裏剣を放つと薄紫の着物が血で紅く染まった。
「ふふ……おいたはいけないわ」
 女性のアヤカシの姿が一度掻き消え瞬きをする間に無傷の状態で姿を現す。
 桜の木を何とかしない限りこのアヤカシは何度でも再生するのだ。
「なかなかイイ女じゃねーの。
 俺の砲撃で逝かせてやンよ……と言いたいところだが……死なないんだったか。残念だ」
 手首に絡みついた髪の毛を銃で切り離し自由を取り戻すツツジ。
 竜哉が敵の武器を塩に帰したのを見届け、スライディングで股抜けし、背後から銃で撃ち抜く。
 その反動で軽く飛んで花びらを筆頭とした敵の攻撃から可能な限り身を守った。
 竜哉の鋼糸に宿った聖堂騎士剣の力が骸骨を塩に変えていく。
「残りは任せろ」
 ツツジが言い放つと竜哉は頷いて桜の木へ向かった。
 透子が白狐を操って攻撃していたため折れている枝が数本ある。
 生き血をすするという話と植物系のアヤカシであることから露出している根を断ち切る竜哉。
 断面から鋼糸を侵入させて内部で聖堂騎士剣を持てる力全てで使う。
 瘴気を全て祓って、一瞬でも『まともな桜』にしてやりたいと願ったのだった。
「桜はやっぱ、散る為に狂い咲くから多くの者の心をとらえるんだと思うよ」
 小さく呟いた言葉はアヤカシに届いただろうか。
 その口調は優しくて、少しだけ哀しい。
 この世に在らざる色をした桜が轟、と音を立てて散っていく。
 刃物の鋭さはすでになく、自らが起こした突風が静まるにつれ雪のようにはらはらと零れ落ちていく。
 桜の木も女性も瘴気となって消えていた。
「……散ってしまった。私の、……」
 消える間際、女性が最後になんと言ったのかは永遠に謎のままだ。
「根を斬ったから駄目かと思ったが……骸骨が出てきた地面は元通りだな」
「……桜の名所を一つ潰してしまったけれどね。
 実際の関係は分からないけれど『私の……』って最期に言ってたし……大切だったのかもな」
「場所によっては今の時期に咲く桜もあるそうですから皆さんには其方で花見を楽しんで頂きましょう。
 残念がられるかも、しれませんけれど」
 透子の言葉に玄人が慈しむように幹があった辺りに手を伸ばす。
 其処には何もなくただ虚空を掻くだけ。
『ただ、咲いていたかったの。綺麗だとみなが褒めてくれたから』
 消えたはずの女性の声だけが空気を震わせ、言葉を紡ぐのが聞こえた気がした。
「……そんなに咲きたかったのか?」
 ライディンの問いかけに対する答えはない。
「桜とか、そういう季節モン、気にしなくなっちまったな。
 ガキの頃は、こういうの真っ先に見つけてねーちゃんに見せてたんだけど。
 ……紅葉見逃しちまったな」
 ツツジが何となく空を見上げる。
 はらり。はらり。
 曇り空から白い花びらに似た結晶が降り始めた。
「雪……ですか。もうじき年の瀬ですからね」
 咲きたいと願い、散っていったアヤカシの死を悼み、全てを白く埋め尽くす。
 開拓者達はしばらくその様子を眺めた後護摩もどきがまだ燻っていたので完全に消火し、大して荒れていない場所を含めて後片付けをしてその場を去ったのだった。
 開拓者ギルドを通じて「時ならぬ桜はアヤカシの仕業だった」と伝えられるのは数刻後のことである。
 多くの人が桜がアヤカシの仕業だったと知った後も桜の木が消えたことを嘆いたのが、女性のアヤカシに対するせめてもの救いだったのかもしれない。
 骸骨の遺体はほとんどが塩となってしまったが残った骨は丁重に供養された。
 行方不明の届出が出ていた男性の数と骸骨の数が一致し、骨格がそれぞれ元の体型をある程度示してくれたことから家族の許に帰すことができたのだ。
 死体を破損してしまったことを詫びるつもりだった開拓者たちだったが遺族は「一番大切な命は戻ってこないけれど一部だけでも戻ってきてくれた。他の人を傷つけることはもうないのだということが救いだ」と言って感謝した。
 情がないわけではもちろんない。
 むしろ死者に対する情がひとかたならぬものだったからこそ、安らかな眠りに付いたことに、それをもたらしてくれた開拓者たちに感謝したのだ。
 人に害を及ぼしながらもその魔性の美しさを誇った桜は、もう、咲かない。