秋桜が咲くころに
マスター名:秋月雅哉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/29 22:12



■オープニング本文

●彩り豊かなあの花が咲くころに、迎えに来るから
「どうしても行ってしまうの……?」
 少女から女性へと進む階段を上り始めた年頃と思われる少女が自分より頭二つ分は高い男性を見上げる。
 その目には薄っすらと涙が滲んでいた。
「あぁ。俺は自分の力を試したい。……それに今のままじゃ君のご両親に娘さんを下さい、なんていっても一笑に付されるだけだ。だから色んな実績を土産に挨拶に行って、正々堂々君を妻に迎えたい」
 男性の目にも悲しみの色はあるがそれよりも決意の色が濃かった。
 止めても無理だと、女性には分かってしまった。
「無理はしないで。身体に気をつけて。……それから」
「うん?」
「……時々は、私の事を思い出して」
「あぁ。時々なんかじゃなくいつでも君を思っているよ」
「無事に帰って来てね?」
「分かってる。来年の秋……君の好きなコスモスが咲くころに、迎えに来るよ」
「……うん。待ってる」
「その時は、指輪を君の左手の薬指に贈るから」
 今は、彼女の両親に悟られないように鎖に通して首から下げている指輪より、もっと君に似合う指輪を、きっと贈るから。
 そういって男性が去っていったのは五年前の事。

●果たされていない約束の行方
「今年はきっと来る。コスモスの花が咲くたびにその女性は思い続けて……五年が経ちました。ですが男性からの便りはなく、次第に女性は気鬱の病にかかってしまったそうです」
 宮守・瑠李(iz0293)は今回の依頼についての資料をめくりながら言葉を紡ぐ。
「……そして男性に焦がれたまま儚くなり、アンデッドとしてかりそめの復活を遂げてしまった」
 アンデッドとなった女性はコスモス畑でぼんやりと立っているのだという。
「無念と愛慕の思いが強く残っていたせいか普通のアンデッドより大分強いと考えてよさそうですね。コスモス自体も瘴気に当てられたのか半ばアヤカシに似た性質を帯び始めています。具体的には花粉を飛ばす事で幻覚や精神撹乱作用、鋭くなった葉や花弁での切り裂くような攻撃。女性はコスモスを操ることができるようです。
 本人は……気鬱の病から自分の命を絶った時に用いた、刃物を武器に」
 一瞬言葉を止め、目を伏せて哀悼の念を示した後言葉を吐き出す。
「男性のほうについてはギルドで調べてみましたが貿易商としての一定の功績を挙げて女性を迎えに帰る途中に山賊に襲われて亡くなっています。皆さんにはお手数ですが女性とコスモスのアヤカシの討伐と……拠点を突き止めた山賊の撃退をお願いできればと。
 山賊たちは村から少し離れた山の洞窟に拠点を構えています。抜け道などはないと情報があがっていますので一箇所に追い込めばさほど苦労はしないかと。
 人数は首領を合わせて十五人ほど。志体持ちは確認されていません。
 どこかで食い違ってしまった二人の人生が、せめて天の国で歯車が元通りに回りだすように、彼女を救ってあげてくれませんか」


■参加者一覧
ティア・ユスティース(ib0353
18歳・女・吟
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
焔翔(ic1236
14歳・男・砂


■リプレイ本文

●人生を狂わせたのは
 コスモスの花が咲くころに迎えに来る。実績をたくさん積んで親に挨拶ができるように、寂しい思いをさせてしまうけれど自分の力を試してくる。
 帰ってきたその時は、今君が首から提げている鎖に通した指輪よりもっと似合いの指輪を君に贈るから。
 来年の秋、君の好きなコスモスが咲くころに帰ってくるから。どうか侍っていて欲しい。
 とある恋仲の二人の間でその約束が交わされたのは五回季節が一巡りした頃。
 いくら侍っても帰ってこない恋人に娘は次第に気鬱の病へとかかり、最期は自分の手でその命を、そして侍っているという時間を終わらせてしまった。……筈だった。
 娘の死体にアヤカシの瘴気が入り込んでしまい、死して尚安息を得られない娘の救済と、娘の許へ帰ろうとしたときに青年を襲って金品を略奪した山賊の捕縛。それが四人の開拓者に告げられたギルドからの依頼。
 すれ違ってしまった二人の魂を、せめて天の国でめぐり合わせて欲しい、そう告げたギルドの青年に共感したティア・ユスティース(ib0353)がそっと悲しみの色を乗せたため息をつく。
「擦れ違いと深い愛情が故に、死して尚、無念と愛慕の念からアヤカシとなって苦しみ続けているだなんて……悲し過ぎますわ。
 ギルドの方ではありませんけど、今世ですれ違ってしまった想い……せめて天国や来世で成就出来るよう二人の菩提を弔ってあげたいと思うのです」
「へっ、よくある話だな。
 山賊がいる様なとこで満足な護衛もつけねえからだぜ。大事な女に会いに行くんだろうに。
 あたしらに依頼すりゃよかったのによ。
 ……そうすりゃこんな事にならなかったんだぜ、畜生」
 悔しさが素直に青年の死を悼むことを許さないのかナキ=シャラーラ(ib7034)はぐっと拳を握り締めながら吐き捨てた。
「……かわいそうだよね、うさみたん」
 そう背中のうさぎのぬいぐるみに話しかけるのはラグナ・グラウシード(ib8459)だ。
 行動自体は少々奇抜だが二人の男女の死を悼んでいることはその目が言葉より雄弁に語っている。
 ナキと違ってストレートに怒りとやりきれなさを表現する焔翔(ic1236)が悲鳴のように痛みを孕んだ声で叫ぶ。
「なんでだよ……なんで何も悪くない女の人がアヤカシになってんだよ。おかしいだろ! 悪いのは山賊じゃねーか! くっそ、ゆるさねえぞ!」
 四人がまず向かったのはギルドで情報を開示された山賊のアジトだ。青年の遺品があれば女性と一緒に弔ってやりたい、という想いと青年が最後まで女性のことを思って、帰る途中で無念の最後を遂げたのだと通じなかったとしても女性に伝えたかったということで四人の意見が一致した結果である。
 単純な造りの洞窟が山賊たちのアジトだったがティアは念のため逃走阻止用に撒菱をまいていた。
「まずは……露払い、といくか」
 人の命を奪っておいて馬鹿騒ぎを繰り広げているらしい大声を聞いてラグナが眉間に皺を寄せる。
曲がり角を曲がれば山賊たちの宴会会場と思しき広間か何かに乱入できそうだ。
 仲間たちと視線で合図を確認しあった後ラグナは大きく足を踏み出す。
「我が名は騎士、ラグナ・ラクス・エル・グラウシード!
 汚らわしき盗賊どもよ、お前たちの終わりの時が来たぞ!」
「あ? なんだ、てめぇらは!?」
「五年前、少なくとも一人の男性の命を奪っていますね。開拓者ギルドからあなたたちの捕縛命令がでました。貴方たちのせいで人生が狂ってしまった方の代行として、罪の対価を支払って頂きます」
 ティアが冴え冴えと答えれば山賊たちは胡乱気な顔をして。やや間をおいてあぁ、あいつか。と山賊の一人が声をあげた。
「若いくせに金品をたっぷり持った男が、そういや確かに五年位前にカモになってくれたな。荷馬車の御者も護衛の連中も仲良くあの世に送ってやったがあいつ等の家族から捜索願でも出てたのか? 五年も連絡のない奴を侍ちつづけるなんざ馬鹿のすることだぜ」
「……なんだと」
「五年も音沙汰のない奴を待ち続けるなんざ馬鹿だって言ってんだよ」
「テメェ……!」
 焔翔とナキが押し殺した怒りの声をあげる。ティアとラグナも不快感を隠そうとしなかった。
「下衆が!」
 魔槍砲で足をなぎ払って転倒させ足を叩き折る焔翔にやりすぎだと注意するものはいなかった。山賊の耳障りな悲鳴が洞窟に反響する。
「た、たすけ……!」
「お前らに殺された男の人や、その連れや、その人たちを侍ってた家族はもっと痛かったんだよ! この位の怪我じゃ死なないけどお前らは殺したんだろう? 殺された人たちはもっと怖かったんだよ! 何も悪くない人たち殺しておいて自分たちは馬鹿騒ぎしながら毎日楽しく人の財産で遊び暮らしてこのくらいの怪我で命乞いするなんて身勝手すぎるって思わないか? お前らが人生狂わせた人たちのこと、少しでも考えたことあるのかよ! その蛆の湧いた頭で少しは反省しろよ!」
 死なせず役人に引き渡す、という自制は辛うじてきいているようで痛めつけながらも致命傷になるような怪我はさせない。
 ラグナも焔翔を手伝って山賊たちの武器を投げ飛ばすなどして無力化していく。
 全員が戦意を喪失、或いは動けなくなったところで荒縄で容赦なく捕縛した。
 志体持ちではなく、統率の取れた動きでもないただのごろつきが開拓者にかなうわけがない。まして、怒りに火を注ぐ言動を取ったなら尚更。
 山賊たちは開拓者ギルドを通じて瑠李が手配した犯罪捜査担当の者たちが引き取り、その時に山賊が溜め込んでいた略奪品を一緒に押収し、返すべき人がいる場合は返却を、という話になったがそれは少しだけ侍ってもらうことにして四人で手分けして男性が女性を思って選んだはずの指輪を探す。
 小物類が傷がつかないようにとだけ配慮はされているが雑然と置かれた宝物庫のような場所で見つかった指輪は一つ。指輪の内側にギルドで聞いた女性の名前の頭文字と男性の名前の頭文字がジルベリア風に、男性から女性から送る、という意味に受け取れるように彫りこまれていた。
「……これ、ですね」
「多分間違いないだろう。……他にも遺品を持っていってやりたいが確証がないからな……山賊が売り払っちまったもんもあるだろうし、やっぱり全部見つけてやるのは無理か」
「だが指輪が残っていたことは僥倖といっていいだろう。名前が彫りこまれていて転売できなかったのかもしれないが今から会いに行く女性にとっては訪れるはずだった幸せを約束するものだったんだから」
 指輪を丁寧に磨いて布にくるむと開拓者たちは男性の帰りをずっと侍っている女性の許へと向かうのだった。

●コスモスは哀しみ色に染まり、やがて散る。いつか喜びの花を咲かせるために
 ぼんやりと佇む女性の影法師が月明かりで照らされて伸びている。
 コスモス畑に踏み入る前にティアが天使の影絵踏みを発動させて仲間たちの抵抗力を高めた。
 ナキは精霊の狂想曲を奏で終わるまで他のメンバーに守ってくれるようにと頼むと精霊を巻き込んだ激しい狂想曲を奏でてコスモスをなぎ倒した。
「彼は、あなたを捨てた訳ではありませんでした。
 あなたを迎えに帰る途中、賊の手に掛かってしまったそうです。
 あなたは最後まで愛されていたのですよ」
 今、彼の許へ送って差し上げますね。そう柔らかくつげたティアの声は果たしてアンデッドとなってしまった女性へ届いただろうか。虚ろな表情に明確な変化は見出せない。それでも。
「あんたの彼氏を殺した連中はみんな捕まえたぜ。
 全員法の裁きを受ける筈だ」
 ナキもまた、女性へと語りかける。
 女性自身の血で染まった刃物がナキに向かって振り下ろされる。
「……もう、終わりにしよう」
 その刃物をうねる刀身を持つ深紅のフランベルジュで受け止めたのはラグナだった。
 狂詩曲の間合いに入っていなかったコスモスが女性を援護するように鋭い花弁と針のような葉を乱射する。
「なんで、こんな。この人はただ、好きな人侍ってただけなのに。あんなふざけた連中に相手の人殺されて、自分も自殺するほど精神的に追い詰められて、その挙句アヤカシに取り付かれるなんて、哀しすぎるだろ!」
 焔翔がはなったのは山賊に向けたような怒りの叫びではなく、痛切さを感じる声で。
「くっ……大丈夫だ、あんたはもう、苦しまなくていいんだ……!」
 女性の唇が動いた。その形を光源の乏しい闇の中でもよむことの出来た四人は攻撃されるより余程痛い思いをしたように揃って眉を寄せた。
 声にならない声が紡いだのは、愛した人の名前と、会いたい。その二つの単語。
 命を絶って、アヤカシに入りこまれて、かりそめの命の終焉が近づいても。思うのはたった一人のことだけ。その一途すぎる想いは、元々女性に同情的だった四人の胸を打つには十分すぎた。
 蓄積したダメージが女性の動きを鈍らせる。それでもアヤカシの本能が女性に温かな血を、柔らかな肉を求めさせる。
 ラグナの魔剣が刃物を弾き飛ばし、胸を穿った。
 その一撃に耐えかねたように女性の身体が灰のように崩れていく。
「二人仲良く、安らかにな……」
 ナキが呟いた後コスモス畑を清めるため精霊の聖歌を歌う準備をする。
 その間にティアは女性が立っていた場所に残された、指輪が通された鎖に洞窟で見つけた指輪を一緒に通した。
 焔翔と一緒に来年の今頃になればコスモスが咲き乱れるであろう場所に深い穴を掘り遺留品となった二つの指輪を通した鎖を埋める。
 天儀酒を捧げて菩提を弔うティアと、響き渡る聖歌を聞きながらラグナは相棒のうさみたんを抱きしめ、しょんぼりとその様子を眺めていた。
「……うさみたん、哀しいお」
 うさみたんからの返事は当然ながらなかったけれど無機物であるはずのその目が哀しそうに見えるのはラグナが感傷的な気分になっているからだろうか。
「……天の国が、もしあるのなら。向こうで、会えているのだろうか……」
 その答えに、生者は永遠に辿り着くことはできない。
 けれど巡りあえていればいいと痛切に願う。
「これで来年はきっとまた、綺麗なコスモスが咲くはずだぜ……」
 聖歌を奏で終わったナキがラグナの背を励ますように叩く。
 悲しみの色に染まったコスモスは全て散り果てた。
 来年は、喜びに染まったコスモスが咲き乱れる事を願って四人はその場を後にしたのだった。