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■オープニング本文 ●それは一瞬の、そして永遠にも等しく 開拓者ギルドの一角から妙に重たい、色で言うなら黒。暗澹とした空気が湿気で清涼感の少ない空気を悪化させている。 「……あぁ、お疲れ様です。お天道様が頑張ってくださると野菜が美味しくなりますよね」 後半は明らかに現実逃避だろう挨拶を暗雲を背負った爽やかさのかけらもない顔で宮守・瑠李(iz0293)が開拓者たちに向かって投げかけた。 身内に不幸でもあったのか、それとも余程対応の難しい強大なアヤカシでも現れたのか、はたまた瑠李個人がアヤカシの災害にあって目の下にどす黒いクマがはっきりと浮かぶほど疲弊したのに仕事をしなければならないほど忙しいのか。 色々と可能性を考え、そしてやつれっぷりの凄まじさに返す挨拶が慎重になった開拓者たちに瑠李が弱々しく笑う。生きた屍の愛想笑いとはこういう具合になるのだろうか、という呈だった。 「……実家が、祭祀を司る家系だったらしいのですが、その縁で星見のための塔での七夕付近の宴を取り仕切ってまして」 あぁ、と付き合いがある程度長いメンバーは心配して損をした気分になったかもしれない。 「去年ご一緒してくださった方はご存知かもしれませんが、私は今年も準備に借り出されるわけですが……いい年なので家族が縁談を片っ端から持ってきてくださりやがってですね……」 要するに里帰りが嫌で気が滅入っていて、推測だが縁談を纏められる悪夢か何かを見て飛び起きるせいで寝不足なのだろう。 「宜しければ私の実家のある宿場町に御一緒願えませんか。実家が宿屋なので泊まって下さる方がいればその間接客があるのでいくら家族が多くても各個撃破しやすくなるので」 瑠李が向かうのは戦場ではなく実家のはずなのだが前者に赴く者の死を覚悟したような表情が哀愁を誘った、かも知れない。 「星見の塔の近くに流れる川で蛍を試験的に育てたのが今年は根付いてくれたようで今年は天に星、地上に蛍と幻想的な光景が見られると思いますよ。宿の方は忙しくしてくださるならお礼という事でいろいろ融通させて頂きます」 助けてください。 そう結んで土下座した青年の様子は、普段のアヤカシ退治依頼の時より切実そうだった。 アヤカシより家族から齎される善意の方が善意なだけに重くもあり断りにくくもあり逃げ出し難くもあるのだろうか。 涼を求めてついでに人助けをするのもいいかもしれない。今の様子なら恩返しも期待してよさそうでもあるし、と開拓者たちは知己に声をかけてみることを請け負ってその場を後にしたのだった。 余談だがそのお陰か空気は少し軽くなったようで他のギルド職員から感謝されたという事である。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 笹倉 靖(ib6125) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461) |
■リプレイ本文 ●大家族と開拓者とギルド職員の攻防 「お集まり頂き有難うございます……何かありましたら積極的に私の家族をこき使ってください」 都からそれほど離れていない瑠李の故郷である宿場町に着いた瞬間瑠李の瞳から光が消えた。よほど家族と顔を合わせるのが憂鬱なようである。 あぁ、またですか。礼野 真夢紀(ia1144)はからくりのしらさぎを伴ってやって来ていたがその様子に軽くため息をついた。 「そんなに嫌なら里帰りしなければいいのではないですか?」 「……里帰りしないと母と姉と妹たちが縁談を持って押しかけてくるんです。ギルドの受付にも、自宅にも。仕事も休息も無縁な生活が里帰りするまで続くんです」 主に家の女性陣から強硬な見合いしろ攻撃を受けているらしくそれ位なら行事の際に家に帰って開拓者を防波堤にして凌いだほうがマシ、ということらしい。 「だからといってギルド内の空気が悪くなるのも困るんですが……」 「申し訳ありません、この時期は心労から来る胃痛と寝不足でどうにも……以後気をつけます」 去年のことを考えてかき氷を作る用意はしてきた。後は……。 『マユキ、おべんと、なにつくる?』 「!」 「どうしました?」 「今年はお宿で仕出しのお弁当を作ってもらえないか打診してみるのはどうでしょう? 一人だとどうしても同じものを作ってしまいますし別のところの夏向けお弁当とかも勉強したいですし」 これならどうしても一人は女手がいるだろうし調理法を細かく聞けば拘束時間は長くなる。 おまけに各地の料理を勉強している真夢紀にとっても利になることだろう。 「それは名案ですね。宿場町という場所柄、色々な材料と人が集まりますから料理も天儀の古今東西からジルベリア風まで色々案を聞けると思いますよ」 明らかに顔色の良くなったギルド職員は他のメンバーも用がないなら熱中症予防のために宿でゆっくりしては、と実家に五人の開拓者を誘ったのだった。 笹倉 靖(ib6125)は通された部屋でふむ、と口元に手を当てて考え込んだ。 「んん、女手の要りそうな仕事か。着付けと髪結いをお願いしようか。自分でできるが」 早速通りかかった恐らく瑠李の姉に声をかけると笑顔で浴衣の準備はあるのか、と問いかけられた。 黒地に橙色の華が描かれた、季節を問わずに華やかな雰囲気の出せる上品な仕立ての浴衣を見せると女性の顔がほころぶ。 「素敵な浴衣ですね。着付けはいつごろなさいますか?」 「蛍が出る時間までに間に合えばいいんだが……なにか急ぎの予定でも?」 「いえ、時々着崩れてしまう、というお客様もいらっしゃるので。それからこれだけ上等なお品ですと楽な姿勢でいて皺がついたらもったいないですし。あとは……ちょっと愚弟の世話を焼くくらいですけれど」 瑠李にはもうすこし休息が必要だろう、と今着付けを手伝ってくれても構わないかと靖が持ちかける。 「髪型はどうしましょうか?」 「んー……お任せで」 「浴衣の黒に髪の赤が映えますね。柄が華やかですから髪は大人しめに……」 着付けと髪結いに取り掛かる瑠李の姉の姿を眺めつつとりあえず一人は引き止めるのに成功したようだ、と靖は小さく息をついたのだった。 一方こちらも本来であれば自分でできる仕事を瑠李の家族に任せていた靖の連れである椿鬼 蜜鈴(ib6311)の部屋。 戦闘用の着物を身に纏おうかと考えていたら瑠李の妹であろう双子が「ちょっと待っていてくださいね!」と笑顔で押し切って何処かへ出かけていった。 「お待たせしました〜、此方なんていかがですか?」 「此方も素敵だと思うんですけど」 「あ、でしたらこれも」 「髪の色が淡くて華やかな雰囲気をお持ちだからこっちも捨てがたくなくて?」 双子がもう一組増えて四人が広げて見せたのは真新しい浴衣。 紺地に朝顔を描いたもの、藍色に薄紫の桜を描いたもの、花火柄のもの、紫紺に水色と白で曼珠沙華を描いたもの、髪に合わせたのかピンクに白い小花模様のもの、少しジルベリア風に薔薇を取り込んだもの……などなど。 「ず、ずいぶんたくさんあるのぅ……」 「物々交換とかも盛んなんです、この宿。あとは星見の時期にお越しになったけど祭りの存在を知らなかったり旅をしていて浴衣の準備がなかったりしたお客様用に毎年何着か仕入れてるんですよ」 「なるほどのぅ。戦着流で馴染みのある曼珠沙華の浴衣を借りようかの。他の浴衣も綺麗じゃがわらわの身体は一つしかないゆえ一着しか着られぬ。他の客に勧めてくれるかえ?」 「分かりました。髪はどうなさいますか?」 これも本音をいえば自分で結えるのだが瑠李のために一肌脱ぐなら手伝ってもらったほうがいいだろう。 「そうじゃの……おまかせで結って貰おうかの」 「よかった、簪も色々用意してきたんですよ!」 あれが、いやこっちが、でもこれも、とまた一騒動起きる。 (星見の誘いをしている時は女性が苦手、という風ではなかったが……我の強い女性が苦手、なのかのぅ」 頭頂部でお団子にして歩けばシャラシャラと澄んだ音をたてる、雨を模した銀の簪を挿してもらいながら蜜鈴は髪結いの邪魔にならないように心の中で首を傾げた。 「お客さんは姉妹はいらっしゃるんですか?」 「なにゆえそのようなことを?」 「あ、失礼に感じたならごめんなさい。瑠李お兄様が身を固めないのを家族全員心配していて。瑠李お兄様より十も下の弟だってもう結婚しているのに」 もう三十路も近いですのに、と嘆息する妹たち。 「……あまりせっつくから逃げ腰になるのではないかのぅ」 「でも瑠李お兄様はヘタレなので私たちが縁談を取りまとめないと永久にご縁を逃しそうで……あ、身内の話題で困らせてしまってごめんなさい」 いかに瑠李がヘタレなのかを女声四部合唱のような状態でさえずった後我に返った一人が謝罪した。 (……これは、確かに里帰りするのに勇気が要るやも知れんの。かといっていつまでも逃げているわけにもいかんじゃろうが) 女性陣の勢いに飲まれつつ着付けと髪結いに礼を言った蜜鈴は出かけるときに持っていく酒の肴の準備も頼んだのだった。 三郷 幸久(ic1442)は恋人の葛 香里(ic1461)が着替えている間瑠李と雑談をしていた。 「相手を自分で見つけたほうが気が楽じゃないか? いいぞ、心が安らぐって言うか」 「……仕事として向き合うのも、友人づきあいとして女性とお話しするのも苦にはならないのですが……実家の女性に一人でも会ったのでしたらお分かりいただけると思うんですが私の家、女性が異様に強くてですね。仕事から帰ってきた後カカア天下の家で尻にしかれるのでは、と考えると恐ろしくて。女性は家庭を持つと強くなると聞きますから」 それは護るべき家庭を持った男性にいう台詞ではないだろうか、と思いつつ物凄い勢いで瑠李に迫っていた母親を筆頭とした女性陣の勢いを見ると確かに女性が強い家ではあるのだろう。 「上は三十半ばから下は十代半ばまで兄弟姉妹が大勢いますが身を固めていないのは私だけなので心配してくれる気持ちはありがたいのですが、母や姉や妹を見ていると安らぎを感じられなくて……しかも縁談を断りきれずに見合いをすると大概気の強そうなお嬢さんで」 はぁ、と息をついて自分で淹れた茶を啜る。因みに幸久には客用の茶器と茶葉、茶菓子を母親が用意していった。 「お連れ様のお支度、整いましたよ。お待たせしました。瑠李、此処からは家族水入らずでお話しましょうね」 「…………では、お祭り楽しんでくださいね」 束の間の復活は終わったようだ。 「幸久様、お待たせしました。お心遣い有難うございます。瑠李様、心悩ませずとも佳きご縁がありますように」 「有難うございます。浴衣も化粧もお似合いですよ」 「まぁ、お戯れを……」 「なんでその台詞を独り身の女性に言えないんだい、あんたは!」 「一人身の女性に言ったら口説いているようではないですか……」 「分からない子だね、口説いておいでって言ってるんだよ!」 明らかに瑠李劣勢の親子喧嘩が始まったので幸久と香里が往生していると姉の一人が「ゆっくり楽しんできてくださいね」と送り出してくれた。彼女も見送りが済んだら母親に加勢するのだろう。 ●星は煌き、蛍火は揺らめき 「色々お料理教われてよかったなー。日持ちする材料も持たせてもらえたし。……ちょっと勘違いされてたけど」 瑠李が真夢紀のことを「料理上手でしっかり者のお嬢さんがよく息抜きの誘いをすると乗ってくれる」と縁談を纏めようとする家族には誤解を招く以外のどんな結末があるだろう、という紹介をしていたようで母親は「貴方があと十歳早く生まれていればねぇ」としきりにこぼしていたのを思い出す。 仕出し弁当が行き渡り、真夢紀が氷霊結で作り出した氷製のかき氷も町の人がもらいに来る盛況っぷりだ。 『「夏の野外食と夏バテ対策』のホン、売れるといいね」 「そうだね。ペーパーにも色々ねじ込めそうだし」 仕出し弁当に入っていた初めて食べる料理を一口。 「うん。美味しい」 靖は蜜鈴の手を引きながら川までエスコート。 「水場が近いからな、足元に気ぃつけて。手をどうぞ?」 炎蝶と提灯のお陰で明るいが一応注意を促せば。 「心遣いに感謝を。星見の塔も気になったのじゃが川辺の方が蛍はよく見える気がしてのぅ」 「蛍が光らなくなったら星見の塔のメンバーに混ざっても良いんじゃないか。結構夜遅くまでやるみたいだぜ」 「それもそうじゃの」 用意してもらった酒と肴で一杯やりながらポツリポツリと言葉を交わす。 「天の星川に地の星空か……美しいものよな」 「そうだな。上も下も星の川。こりゃ壮観だ」 「斯様に静かなときを共に過ごすも久しいのう……靖には感謝しておるよ」 言われた側も想いは同じで、静かに過ごして苦痛ではないという相手は中々いないもので、そういう意味でも靖にとって蜜鈴は得がたい相手だった。 小隊は賑やかで静かとは言いがたい。 「開拓者始めてすぐに蜜鈴に出会って、色々助けられたよ。ありがとうな」 「残る時はいま少し……せめて傍にいられるこの時だけでも大事にせねば、な」 「傍に……な、ずっと一緒だったから、想像つかないが。過去も今も未来もいい友であろう」 「乾杯をせぬか」 「何に?」 「天地の星々と、今この時間に」 「そうだな。……乾杯」 「乾杯」 幸久の頼みで凝った帯結びや薄化粧を勧められ、受け容れた香里は匂うように美しかった。 「何時も同じことしかいえなくてごめん。やっぱり本当に綺麗だ。簪と櫛を大事に使ってくれてありがとう。瑠李さんのご家族には改めてお礼を言わないとな」 「法衣ではないのでなんだか緊張しますね。……幸久様に頂いた櫛と簪ですもの。大事にしないわけがありませんわ」 星を見に行く途中で蛍舞う道を二人で歩く。夜道は危ないから、と繋がれた手。 こんなに長い時間、手を引かれて歩くのは初めてで。 (大きな温かい……少し、熱のこもった手。意識してしまうと少し恥ずかしいですね。蛍は私を、私たちをどう見てるでしょうか……) 塔に登ると星が少し近く感じられた。眼下には蛍の光、少し離れた場所には家々の灯りもみられる。 「星の光に包まれているようで素敵ですね。幸久様は星に何をお願いされますか?」 「地の蛍に天の星、か。……俺の願いは……そうだな。隣に君がいる幸せが永く続く事を祈ろう」 その答えに香里は頬を染めながら微笑んだ。 「幸久様の願いは私の願いでもあります。二人の願いが叶う事をお祈りしましょう」 「ありがとう。俺、男ばかりの兄弟でさ、蛍というと追いかけてばかりの悪ガキたちだったけど……今はこの静けさもいいものなんだって思えるよ。香里さんのお陰だな」 「そんなことは……。星見が終わったら宿で一息入れさせていただきましょうか。仮眠を取ってからの方が都まで帰るのも楽でしょうし」 「そうだな。夏場は熱中症の心配がある。体調は万端にしないとな」 こうして地上の蛍と天上の星々がそれぞれの輝きで人々を見守る、夏の一夜がすぎていったのだった。 |