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■オープニング本文 ●梅雨だからこその楽しみを見つけに 「近頃は梅雨のせいか雨が増えてきましたね。鬱屈されてはいませんか?」 そういいながら宮守 瑠李(iz0293)が出したのは一軒の邸宅の見取り図。 此処にアヤカシでも出るのか、という開拓者の質問に青年は首を振って否定した。 「此処、少し前に空き家になったのですが……濡れ縁からみられる菖蒲が見事なんですよ。雨の日はたおやかに濡れる菖蒲も見られますし、一緒に行ってみませんか?」 なんの事はない、この青年お得意の「息抜き」の誘いだったらしい。 「惠みの雨も続けば気が滅入るものですがたまには雨を楽しむのもいいでしょう? 紫陽花を、とも考えたのですが此方の邸宅の情報が入ってきましたので菖蒲にしてみたんです」 基本的に飲食物の持ち込みは禁止しませんし飲酒も自由にしてくださって構いませんが帰り際に掃除をお願いしますね。それから、一応空き家なので茣蓙なり何なり持っていった方が衣服は汚れないかもしれません。 そういって青年はほけらっと笑った。 「皆さんの引率なら一応仕事と言い張れますし実家に帰らず縁談を無視するためにもご協力頂ければ、と。……ほ、ほら、皆さんも息抜きが出来て一石二鳥じゃないですか」 あぁ、また縁談から逃げ回ってるのか。そんな冷ややかな目を見てわざとらしく慌てる瑠李。 「菖蒲の時期は過ぎたと思ったんですけどね、運よくまだ咲いてまして。一緒に行きませんか?」 |
■参加者一覧 / 御神楽・月(ia0627) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 叢雲・なりな(ia7729) / 叢雲 怜(ib5488) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / 御神楽・十貴(ic0897) |
■リプレイ本文 ●雨と菖蒲と平和な時間 その日は糸よりも細い、やんわりとした風情を感じる霧雨となった。濡れ縁での鑑賞となると『雨ざらしになる縁側』という性質上どうしても濡れることにはなるが雨の重みを感じない、短時間ならば衣類が濡れていると感じることもない細やかな雨。 濃い霧よりも微かに煙る雨の中、最近無人となった邸宅は何人かの客人を迎えていた。その庭に咲き誇る、今年は眺める人がいなかったかもしれない菖蒲が仮の家主と言っていいかもしれない。 菖蒲屋敷の情報を開拓者たちに息抜きスポットとして提供したギルドの一般人の青年に対して何故か共感を覚える、とほんの僅か苦笑した陽月(ia0627)は夫となった相手から見合いの際に衝撃を受けて逃げ回っていた過去があるからだろうか。 (私の場合は初対面に受けた衝撃から逃げ回っていましたが縁談自体から逃げ回るとはどういう経緯なのでしょう。トラウマとなるような余程凄まじい縁談話でも以前舞い込んだのでしょうか……) 開拓者たちを屋敷の濡れ縁まで案内したあとごゆっくり、と挨拶して奥へ引っ込んだ青年の、縁談と言う言葉を口にしたときの生気のない目を思い出して陽月はそんな思いをめぐらす。 「美しい庭ですわね。重箱にお弁当をつくってきましたの。ご賞味くださいな十貴様と春と私、家族としての初の花見ですわね」 十貴(ic0897)は陽月が自分から逃げることなく、最近は手を繋げる程度には自分に慣れてくれたことを安堵しながら傍らに座した。 巨漢で男性、声も重低音の、普通の衣類なら堂々とした偉丈夫として怖がられる可能性もあるが十貴の場合は少々事情が異なっていた。 一族の事情により跡取り娘が出来るまでは巫女姿、つまり女装を強いられていたのだ。どこからどうみても威風堂々とした立派な男性が華やかな女性物の衣類を着ていたことに衝撃を受けた陽月は縁談のあと逃げ回り、十貴は彼女を長い間探し、少しずつ距離を縮めて今に至る。 二人の間には羽妖精の春。石鏡の森で出会った妖精で二人にとっては養女という存在。いつか実子を得たときには妹を守護する約束を交わしている。 「まぁま」 「貴方の名を彼……十貴様が考えてくれたんですよ」 「ぱぁぱ、すき」 「う、うむ。宜しくな、春」 陽月の用意した重箱の弁当を三人で囲み、会えなかった数年間を埋めるようにぽつりぽつりと会話を交わす。 二人の間には婚姻届け。それぞれ御神楽・月、御神楽・十貴と姓名を変更しギルドに届け出ようという話を済ませた結果だ。 「私を石牢に閉じ込めた陽家と縁を切れる……昔の話ですわ」 十貴が気遣うように見つめている事に気づいた陽月はほのかに笑って言葉を付け加えた。 春も舌足らずな言葉でその輪に入り、夫婦として、家族としての一歩が刻まれるのを庭の菖蒲が見守っていた。 『しょーぶ?まださいてる?おそーじ、できるよ』 からくりのしらさきが礼野 真夢紀(ia1144)の傍らで首を傾げた。 「おそうじさきにやって、ゆっくりしょうぶみよ?」 「いや、使った後を綺麗にということで……そうね、使わせてもらうんだし、先に掃除しておいたら後の掃除も楽よね」 最初は菖蒲を眺め終わってから掃除をしていくつもりだった真夢紀だったがしらさぎの言葉に考えを変える。 はたきでほこりを落として茶殻を撒いて畳を箒で掃いて縁側や柱は雑巾で水拭きと乾拭き。 鑑賞する開拓者たちが濡れ縁に集まるだろうから、と奥に引っ込んで湿気た煎餅を一人で齧っていた瑠李が室内まで段取りよく掃除する少女とからくりの姿に一度目を見張った後お疲れ様ですと声をかけた。 「湿気たお煎餅はいただけませんね。よかったらこれをどうぞ?」 差し出されたのは購入してきた練り切りと実家で生産してまだ残っていた甘夏を一つ。 「いけませんか、湿気たお煎餅。私はこれはこれで好きなんですけど。あぁ、おいしそうな練り切りと甘夏ですね。有難うございます。後の掃除は私がやっておきますから、どうぞ菖蒲鑑賞に時間を割いてください」 掃除は使った場所だけで、と説明しておけばよかったですね。 そう言って少々反省した素振りの瑠李に一礼して真夢紀としらさぎは濡れ縁に戻る。虫がいると嫌だ、ということで蚊遣り豚に蚊取り線香をセットして火をつける。 夏の風物詩といってもよさそうな蚊取り線香の匂いが仄かに雨の匂いと花の香りに混ざり合った。 茣蓙を濡れ縁に敷いて二人で座る。浴衣でのんびりと菖蒲を見ながら近くにいた人におやつを勧めてのどかな時間はすぎていった。 ほとほと、と古典的な音が似合いそうな雨が注意しなければ気付かない程度に衣類や髪を湿らせる。 雨で視界は多少悪くなっているはずなのに菖蒲はより一層鮮やかに、生き生きと咲いて見えるのだった。 入籍したばかりの新婚ほやほやの叢雲・なりな(ia7729)と叢雲 怜(ib5488)も濡れ縁の一角に場所をとって菖蒲を眺めていた。 この屋敷の濡れ縁は家に沿って長く続いているためある程度距離を開けて二人で座っていても十分に余裕があったのは今回のメンバーからすれば幸いだったかもしれない。 お弁当を作っていくね、という約束どおりなりなが広げたお手製の弁当は怜の好きなものがたくさん詰められた愛情をたっぷり感じさせるもの。 「菖蒲、綺麗だね」 怜が持ってきた蓙の上で広げられたお弁当も気になるが今日は遅咲きの菖蒲も気になるところ。 まずはお茶を一口飲んで喉を湿らせる。 「なりな、お団子は? ある?」 「お団子は食後。はい、あーん」 「あーん」 愛する人が自分のために作ってくれたお弁当。しかも好物を食べさせてくれるのだから素直に感情を表現する怜の相好が崩れないわけがない。 「美味しいぞ、なりな。俺もなりなに食べさせる。あーん、だ」 「ん……よかった、冷めても気になるほど味は落ちなかったみたい」 「なりなの手料理はいつも美味しいな。料理上手な奥さんを持てて俺は天儀一の幸せ者だ」 「もう、怜ったら。褒めすぎだよ」 照れるなりなに怜は満面の笑顔を向ける。 夫婦だし、ということで二人の距離は大分近い。 「ん? どうした? 俺の顔になにかついてるか?」 美味しそうに食べる様子が嬉しくてつい箸を止めて怜の顔をじっとみていたなりなの様子に気付いて首を傾げると妻となった少女は幸せそうに笑った。 「美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて見入っちゃった。あ、でもお弁当ついてる。動かないでね?」 頬についていたご飯粒を指で取ってぱくり。 食事が一段落して、怜が絶対に外せないと主張していたお団子も食べて、菖蒲を見ながら話したのは二人の将来の話。 数年後、自分たちはどうしているだろう。 「今よりずっと、仲良くしてるよね?」 なりなの質問に怜は彼女の手をきゅっと握った。 「当たり前だ。ずっとずっと、俺たちが杖なしで歩けなくなる日が来ても、仲良くなることはあっても仲が悪くなったりは絶対しないぞ。ずっとなりなだけを好きでい続ける」 「そうだね。怜はもっと身長伸びてるかな? 私は髪伸ばしたほうがいい?」 「俺は……そうだな……大きくなって元服したらもっとカッコ良くなるのだ!! ん〜っとね、天儀で一番の砲術士になってなりなが自慢できる男になるのだよ♪ 俺たちの間だと……子供、たくさん欲しいよね……なんて♪」 「うん……あなた♪」 初めて「あなた」と呼んで気恥ずかしさに顔を見られないようにぎゅっよ怜の腕に抱きつくなりなの髪に口付けながら怜も幸せと照れ臭さを凝縮したような真っ赤な顔をしていたのだった。 ファムニス・ピサレット(ib5896)は最愛の人、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)との外出に雨の気配も気にならない様子。 緑茶と茶道具を用意して火種を使ってお茶をたて、フランヴェルが用意したワッフルセットと一緒に甘い時間を過ごしている人たちの間を読んでそっと振舞う。 「綺麗なお花ですね……」 「そうだね。とても綺麗だ。ファムニスの髪と同じ色だ♪ ファムニス……ボクの可愛い菖蒲」 髪に顔を埋め、指で梳きながら甘く囁く。 後ろから抱きしめた状態に、二人きりではないから、と照れるファムニスにフランヴェルは笑顔で言い放った。 「他の人たちをごらんよ、ファムニス。二人きりの世界に没頭していて周りなんて目に入らないさ。それともボクにこうして後ろから抱きしめられるのは嫌かい?」 「嫌じゃ、ないです……」 顔から湯気が出そうな思いをしつつ答えれば「合格」と耳元でまた甘い囁きが。 「どうしよう……手折ってしまいたくなる……あいたっ!」 思わず伸びた手の先はファムニスのスカートだったのでファムニスはフランヴェルの手を抓った。 「駄目ですぅっ」 撫でられ髪を梳かれて夢見心地になりながらもしっかりおいたに対してお仕置きをするのは忘れない。 「ごめんごめん、あまりに可愛いものだからつい……」 にこやかに笑っている悪戯っ子は反省しているのかしていないのか。 「ファムニス、今度は膝枕をしてもらってもいいかな?」 「膝枕ですね、いいですよ♪」 濡れ縁に座ってフランヴェルの要望どおり膝枕を提供するファムニス。 「ありがとう♪ ……あたたかいな、君の膝は♪ 心地よくて眠く……」 早速うとうとし始めるフランヴェルの髪を梳きながらファムニスは微かに笑う。 「ふふ、寝ていていいんですよ……依頼で疲れているんですから」 「……よ……」 寝言で呟かれた言葉を拾ったのはファムニス一人。どんな言葉が漏れたのかは分からないが真っ赤に染まったファムニスの表情からお察し、ということで。 それは甘い甘い、砂糖菓子のような、夢のような。お菓子の家のような。蕩けるような愛おしい時間だった。 そんな逢瀬を、菖蒲は雨の中で咲き誇り、彩りを添えていた。 憂鬱になりがちな梅雨の時期でも、此処には幸せ以外の感情が入り込む余地は、なさそうである。 |