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■オープニング本文 ●花嫁は棺で眠る 身分違いの恋だった。それでも彼を愛していた。彼だけを愛していた。 普段から折り合いのよくない父が「つりあう身分」として選んだ男性なんかより彼の方がずっと素敵で、ずっと私を愛してくれた。 彼とでなければ幸せになれない。そう思ったから薬師に一時的に仮死状態に陥る薬を調合させて死んだ振りをして、迎えに来た彼と遠くへ行くはずだった。 何もかも捨てて、それでも彼の手を取れば満ち足りる。幸せになれる。 ――はずだった。 ●花嫁は生き血を求める 「身分違いゆえの悲恋、というには女性に行動力がありすぎましたね。そして男性に節操がなさすぎました」 宮守・瑠李(iz0293)が珍しく眉間に皺を寄せて切り出したのはアンデットとなった女性の討伐と墓場に潜んでいる吸血鬼の討伐だった。 「男性の方には別に恋人がいて、今回犠牲になった女性に金品をねだっては別の恋人へ貢いでいたようですね。仮死状態に陥った女性を助けに行くこともなかったようで女性は夜の墓場で吸血鬼に襲われて失血死、アヤカシになってしまったようです。 埋葬地は都から半日ほど歩いた場所にあります。吸血鬼は女性の生き血で当座の飢えを凌いだものの、アヤカシが多くそうであるように飢餓感に苛まされているようですね。 人の匂いを感じればそう苦労せず引っ張り出せるかと。一応埋葬地なので出来るだけ場を荒らさないで下さい、とお願いしておきますね」 自分の身を犠牲にしてまで結ばれようとした女性を簡単に裏切った男性については。 茶色の目が冷たく眇められる。 「個人的には死なない程度にお仕置きしておいて欲しいものですが、如何でしょうね?」 ひんやりと笑った後で青年は曇天を仰いだ。 「私には結婚のよさはいまいち理解できないのですが……犠牲になった女性にとってはその男性が全て、だったのでしょうね」 雨が降り出す、気配がした。 「今から向かえばアヤカシの行動が活発な夜には埋葬地に着けるでしょう。雨で見通しが悪いと思いますがお気をつけて」 裏切られ、生を蹂躙された女性の悲劇に、一刻も早い安寧を。そう言って瑠李は頭を下げたのだった。 |
■参加者一覧
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●仮の死は血を呼んで 愛しい人。愛しい人。あの人がいない。恋しい人。恋しい人。貴方がいない。 どうして? どうして? どうして迎えに来てくれないの? ああ、此処は息苦しい。恐ろしい。はやく目覚めてこれは夢なのだと貴方が笑ってくれなくちゃ。 怖い夢を見たんだねと髪を撫でてくれなくちゃ。 もう大丈夫なんだよと、抱きしめてくれなくちゃ。 ――はやく、あなたに、あいに、いかなくちゃ。 今はもう人語を理解することも出来ない、忘れられた花嫁はそれでも生前の約束を覚えていた。 ただ、愛しい人の許へといかなくてはと。これは恐ろしい夢なのだと。 駆け落ちして、あの人と幸せに暮らすのだと。 駆け落ち先で小さな式を挙げよう。式の衣装は天儀のものとジルベリア風、どちらがいいかな。 そんな約束を信じるように、街へと戻ろうとする女性のアンデットに開拓者が立ち向かう。 「……襲われたときに意識がない状態であったなら、せめてもの救いだっただろうに。男にだまされたことも、アヤカシに食われたことも分からずに死ねたのなら……」 甘くも感じる腐臭を漂わせ始めた女性の虚ろな眼窩から流れる血色の涙を見てフランヴェル・ギーベリ(ib5897)は痛ましげに目を伏せた。 松明の灯りが照らす夜の墓所はその呟きを飲み込むほどの、明かりでは消しきれない闇を内包していた。 「おやおや。どうして彼女を止めるのです? 彼女はただ焦がれた人のところへ行きたいだけですよ。その唇に死の接吻を贈るために、ね」 男性の姿が女性の横にすっと影をさした。 戦いに備えて泥まみれの聖人達を使用して味方を強化していたケイウス=アルカーム(ib7387)は秀麗な顔に深い気な表情を浮かべた。 「だまされた女性には同情する。だがアヤカシを街へいかせるわけにはいかない。アンタの手の平で命をこれ以上弄ばせない!」 「貢がされたことに気付かなかったのはなんだけど……この場合、『節操がない』じゃなくて詐欺だよ。死後も縛られてるなんてこの人が救われないじゃない」 戸隠 菫(ib9794)が吸血鬼を睨みつけると吸血鬼は大仰に肩をすくめた。 「そういわれてもね。私はその子を救っただけだよ。あのままでは窒息死していただろう。その対価を頂いただけさ」 「どの道命を奪った貴様が何を言うか! 女性は確かに気の毒だ、だがこれ以上は無意味だ。死ねぇ!」 通常であれば十人がかりでなければ弦を張れないほど強靭な合板弓を吸血鬼に向かって構える草薙 早矢(ic0072)は折しも結婚へ向けての準備を整えている真っ最中だった。 (一緒になれないとなったら私だったら仮死じゃなくて自殺してそうだな……一緒になるため、駆け落ちするために仮死状態になるほど男が大切だったのか……) 今も女性のアンデットは血の涙を流しながら誰かを探したいのに目が見えない、というように手探りで墓所を歩こうとしている。 最早意味を成さない呻き声は生前愛し、死の間際まで思い続けた男の名だろうか。 引き絞られた強弓「十人張」が吸血鬼を射抜く。 「貴様も死んでその女性に詫びろ!」 「待ってて、貴方の無念はボクたちが晴らすから。その苦しみから、闇から救うから」 女性のアンデットを飛び越し空中から天歌流星斬で吸血鬼に渾身の力を込めて斬りおとすフランヴェル。 「流星斬・雷霆重力落とし!」 すっと吸血鬼が身を捌いて攻撃をかわす。 「貴方たちの血も芳しそうですね」 口の端を上げて笑う吸血鬼の口元には鋭い犬歯。早矢の喉元にひんやりとした手がかかる。 「貴様に吸わせる血液は一滴たりとも持ち合わせておらん!」 寄せられた顔から遠ざかるために仰け反りつつ、弓の間合いではなかったため蹴り飛ばすと吸血鬼は僅かに後退し、眉間に皺を刻んだ。 「凶暴なお嬢さんだ。吸血の甘美さをご理解いただけないとは」 「普通に考えて理解したいと思う人の方が少ないと思うけれどね」 フランヴェルが呆れたように呟きながら横なぎに「秋水清光」を払った。 血しぶきが上がり、吸血鬼の身体が半分ほど裂ける。 「あぁ、痛いですね。そういわずに試してみてはいかが?」 「秋水清光」が身体にめり込んだまま、逆に刀を掴んでフランヴェルを引き寄せると喉元に牙が突きたてられた。 血とともに生気が強引に奪われる眩暈にも似た感覚を覚えながらフランヴェルは二人の楔となった刀を更に薙ぐ。吸血により回復する量より大きいダメージを与えれば済むだけの事。 身勝手な言い分と喉に突きたてられた歯に対する不快感が皮肉にも怒りと言う名の力を与えてくれる。切っ先が逆方向の横腹を突き破って、吸血鬼は横に真っ二つになっていた。 「吸血された感想を冥土の土産に聞かせるなら、不快でしかなかったよ。今まで奪った命に詫びて地獄へ落ちろ」 「開拓者……私たちアヤカシの敵よ。やはり貴方たちとは分かり合えないようだ。この女性を救ったのは私のほうだというのに。自らを陥れた男に復讐する力を与えて暗闇の恐怖から救ったというのに」 不可解だ、という表情のまま吸血鬼が灰のように崩れ落ち風に流れて消えていく。 「こんなことになる前に男の正体に気づけたらよかったのに……本当に大切なら仮死状態になる薬なんて危ないものは飲ませないはず。恋は盲目って事だったのかな……」 アンデットが一番近くにいたケイウスに腕を振りかざす。 あえてその腕を取り引き寄せ、魂よ原初に還れを発動させた。 「俺の腕は君が望む腕ではないけれど。……もういいんだよ。おやすみ」 なだめるように形を崩れていく事に怯えて暴れる女性の背中をぽんぽんと叩いて囁く。 消えうせる間際、偽りの生から解放された女性の姿が微かに見えた気がした。 彼女は深くお辞儀をすると泣き笑いの顔で消えていく。 彼女を縛り付けていた楔は壊され、天の国へと昇っていくのだろうか。 湿った土に彼女のつけていた簪が落ちた。大事に使われたことが分かる、恐らく一点物の。 「……これは使える、かも」 拾い上げたケイウスが無表情に呟いた。 アンデットとなってしまった、弄ばれた女性の死を悼んで菫が弔いの読経をあげる。 朝を待って、もう一つの仕事に取り掛かる前にせめて死後の安寧を願いたいから、と。 読経の間他の三人の開拓者は女性が消えた辺りに向かって頭を下げていた。 ●二度と忘れられた花嫁が生み出されないように この依頼を開拓者に持ちかけたとき静かに、だが確実に黒い笑顔で怒っていたギルド職員の青年に依頼して件の男と男の『彼女』を探してもらうと開拓者たちは“後始末”に乗り出した。 女性の名前を呼んで注意を引くと彼女にとっては恋人、開拓者にとっては最低な所業を行った男が呼んでいる、と告げた。 「あの人が私を? どうしたのかしら、いつもなら自分で呼びに来るのに……」 「さぁ、でも『吃驚させたいし驚かせたい』って言ってたよ。……あぁ、これは言っちゃいけなかったかな」 友好的な態度を示すと不思議そうにしながら女性はケイウスの後をついていく。 豪奢な衣装。高そうな装飾品。甘やかされ、真綿にくるまれて育てられたのだと分かる無邪気な素直さ。 (この人があの女性から巻き上げた金品を貢がれてた人、か。……あの女性の最期を見た身としては複雑だな) 最期に垣間見た、泣き笑いの表情。彼女はだまされたことに気付いてあんな表情を見せたのか。それとも短すぎた人生と、その後の偽りの生からの解放を思っての表情だったのか。 隣を歩く女性への複雑な感情と全ての元凶となった男への強烈な不快感をもてあます。もちろんそんなことはおくびにも出さなかったが。 男性の居場所も突き止めてもらって男性のほうには菫が向かっているはずだ。 二股をかけるくらいだから美人には気が緩むだろうしお茶くらいなら、と乗ってくるだろう。 二度とこんなことが怒らないように、という後始末。菫との逢引にみせかけた現場を目撃して貰ってそれでも彼を愛する覚悟があるのかと女性に問う。 そのシナリオどおりに事が運べばそれなりにきつい灸を据える事が出来るだろう。 一方その頃、予定通り男性を「釣り上げた」菫はケイウスと決めていた合流地点の茶店の一角に男性を誘った。 (顔自体は悪くないけど中身の軽さが見えるし何より女性を一人結果的に殺した後、恋人がいるのにナンパに引っかかるとか最低) 気を抜けば引き攣りそうになる顔に満面の笑顔を浮かべ、此方も気を抜けば男性の顔か腹部へめり込ませそうになる拳は気合を総動員して握らないようにしなければならなかった。 「このお店、お勧めとかあるのかしら。雰囲気が良かったから来てみたかったのだけれど一人だと気が引けて」 「そうなのかい? 女性なら甘味を出す店には男より入りやすいと思ったのだけれど。お友達とはこないの?」 「……このお店、どちらかというと男女で来るお客さんが多いって聞いていたから、同性二人だと逆に目立つかなって」 「あぁ……確かに仲睦まじそうな二人が多いね。僕達もそう見えるのかな」 お前とだけは死んでも御免だ、と荒い口調で殴り飛ばして出て行きたくなるのを必死で堪えていると茶店の扉が開いて新しい客が姿を現した。 ケイウスと件の女性である。当事者二人が気付く前に素早く視線を交わして此方へ誘導。 アヤカシに対する持久戦や待ち伏せに要する忍耐力、戦闘自体への集中力。それらとは別種の、かなりの疲労感が菫にもたらされていた。 ケイウスが連れてきた女性が目にしたのは待ち合わせの茶店で仲睦まじく話す菫と恋人の男性の姿。その様子にケイウスがさりげなく席を近くに取る前に女性が二人の許へ駆け寄った。 「……どういう、こと……?」 「君こそ! その男は誰だ?」 「私は、この人が貴方が呼んでるからってついてきただけよ。他の女の人とお茶を飲んで楽しげに話していることが『驚かせたくて喜ばせたいこと』なの!?」 「ち、ちがう! 僕たちはだまされたんだ。……君たち、一体何のつもりだ!?」 見苦しく取り乱す男性は自分たちが注目を集めていることにすら気付いていない。 甘味とお茶の乗ったテーブルに、冷ややかな笑みを浮かべたケイウスが昨日遺品として残された簪を置く。 「この簪に見覚えは?」 「それは……!」 「……女性の物のようね。貴方、私をだましていたの!?」 ケイウスの前ではおっとりした印象の物言いの多い女性だったが怒りの導火線はそう長くなかったようだ。修羅場になり始めた茶店の一角を他の客が遠巻きに眺めながら囁き交わす。 「ま、彼はこういう人だから気をつけてね」 「……どういうこと?」 「詳しい話を知りたかったらギルドにおいでよ。もう悲恋は見たくないんだ。……命を賭けてしまう様な情熱的な人の悲劇も、ね」 「……分かりました。この人と一緒にギルドにいって、貴方たちとこの人のどちらが真実を語っているのか聞いてみることにします。事情はどなたが詳しいですか?」 先ほど爆発させた怒りを押し殺していることが分かる平坦な声の女性の問いかけにケイウスたちは仲介を取り持った青年の名を告げる。 宮守さん、と女性が呟いて涙の浮かんだ目で男性を睨みつけた。 「……身の潔白を証明できるんだから一緒に来てくれるでしょう? もし来れないって言うならお父様に浮気疑惑の件を含めて全部話すわ。この街を追い出すことも、私は厭わないわよ」 「う、ぐ……」 「いきましょう。……失礼します」 引っ立てるように腕を掴んで男性をギルドがあるほうへ引きずっていく女性の後姿を開拓者たちは見送った。 「……意外と気の強い、というか情熱的な人だったね」 「……立場が違ってたらあの人も駆け落ちのために仮死状態になることを選びそうで怖いよ」 「……むしろあの男が痴情のもつれで殺される可能性の方が高いと思うが」 「…………人の死を願うのは開拓者として間違ってるだろうけど……それもある意味自業自得って言うか」 後始末の決着はこの事件の解決を望んだ瑠李がつけてくれるだろう。 普段穏やかな様子を崩さない彼は珍しく非常に怒っていた。 女性をだました男性は相応の報いを受けることになるだろう。社会的にも、精神的にも。 「……さて、と。徹夜でアヤカシ退治して修羅場を作ってなんかちょっと疲れたな。報告は済んでるはずだから帰って一眠りしようかな」 「そうだね。あの男の顔殴るの我慢したのが一番疲れたけど」 「それはお疲れ様」 互いに労いあって開拓者はそれぞれの帰途に着く。 忘れられた花嫁の冥福を祈って。忘れた花婿への報いを確信して。 (おやすみなさい……名も知らない、花嫁になれなかった人) |