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■オープニング本文 ●春は移ろい 「此処もやられたか……!」 「ここいら一体殆ど全滅だぞ……!」 「一回村の若衆が奪還に向かったがまるで歯が立たなかったからな……どうしたものか」 無残に散らされた黄色い花弁。一面の菜の花畑だったそこは手当たり次第に花を引き抜かれ、踏み荒らされていた。 「志体持ちの荒くれ者に一般人がかなうわけがない……か。……こうなったらギルドに頼むしか……」 「そうだな……夜明けを待って出発しよう」 こうして菜の花畑が無残に荒らされている姿を見るのは菜の花が咲き始めた頃から十数度目。 村人たちはがっくりと肩を落としたのだった。 ●下衆な花盗人を退治せよ 「……なんといいますか。菜の花が大好物の、けれど農作物を育てる根気は皆無の、志体持ちの男を頭領と仰ぐ盗賊団が、菜の花が産地の村の菜の花畑を十数か所も荒らしているという報告がありました」 妙に区切りを多くしながら疲れた様子で宮守 瑠李(iz0293)が語る。 「菜の花を差し出さなければ村の女性を攫って売り飛ばす、と脅しもかかっているようですが、菜の花畑も無尽蔵にあるわけではありません。皆さんには盗賊団のアジトに向かって捕縛なり何なりをしていただきたいと思います。 このままでは村が壊滅しますので……。 盗賊団は志体持ちの頭領が一人と一般人の部下が九人の十人。 脅して連れてきた村人に菜の花を料理させたり菜種油を作らせたりしています。村では菜種油を取るための畑と菜の花を食べるための畑、両方が被害にあっているわけですね」 消費し切れなかった分は物々交換に出したりまだ旬を迎えていない北方や時期の終った南方へ赴いて売りつけたりしているらしい。 「全く……人が手間隙かけて育てた菜の花を盗む事も論外ですが食べきれないから売る、それでも盗むというのもまた論外です。きつめに懲らしめてあげてくださいね」 ギルド職員の青年の笑顔はいつもどおりだったが背後に黒いものが立ち込めているのは恐らく気のせいではないだろう。 「場所は村から少し離れた林の中にある洞窟ですね。入り口は一つだけで何筋か分岐点がありますが一番太い道を選んでいけば首領たちの寝起きしている場所にいけるようです。 これは隙を見て逃げ出してきた攫われた村人から得た証言なので確かかと。 金品も強奪しているようですがそちらはギルドの方で回収、持ち主への返却を行いますので今回は救助と捕縛に専念してください。宜しくお願いします」 黒いオーラを漂わせながら瑠李は頭を下げたのだった。 |
■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
日依朶 美織(ib8043)
13歳・男・シ
花霞(ic1400)
16歳・男・シ
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ
ヘイゼル(ic1547)
17歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●菜の花や 月は東に 日は西に 菜の花畑を荒らす盗賊団を懲らしめてほしい、そうギルドに依頼があったのは少し前のこと。 囚われていたものの隙を見て逃げ出した村人や、ギルドが独自に集めた情報を元に洞窟内の見取り図と盗賊団の大まかな配置を把握した開拓者の五人は問題の盗賊団が拠点としている洞窟へと向かっていた。 「村の人を苦しめる悪い奴等! たっぷりお仕置きしちゃうんだから!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)が可愛らしい小さな拳を握り締めて意気込むとその隣で日依朶 美織(ib8043)が深く頷いた。 「まったくです。見下げ果てた連中ですね。きついお仕置きが必要です!」 「全く、風情もへったくれもない連中ね。悪いことするにも品ってモンがあるでしょうに。いいわ、お仕置きしてあげる。 ……刃を心に暈す、我は桜と薔薇の花霞。花の仇は花で返すのよ」 花霞(ic1400)が気に入らないとばかりに鼻を鳴らしたところで一行は洞窟を視界に納められる場所まで近付いたこともあり、一度立ち止まった。 「僕は見取り図を参考に首領格の捕縛を目指して行動しますね。頭を押さえてしまえば残りの連中は降参すると思いますので。 仮に抗ってきても統率が取れにくくなるでしょうし」 サライ(ic1447)の言葉にリィムナが頷く。 「じゃああたしは見張りを無力化させていくよ。ナハトミラージュ使えば効率よくできるだろうし」 その上で近くに生息する野生動物の声帯模写をした夜の子守唄を発動、奥にいる盗賊たちに気付かれないように眠らせて陰に引きずりこんだ後必要なら取り囲んだ上で武器を突きつけて情報を得る、というのがリィムナのプランだ。 「ではリィムナ様、宜しくお願いします。入り口の見張りは一人のようですから都合がいいですね」 ヘイゼル(ic1547)の言葉に頷いてリィムナが洞窟に近付く。 首領以外は一般人ということもあって呆気なく眠りに落ちた見張りを持参の荒縄で縛った後、五人で取り囲み、万が一声を上げられたときにはすぐに落とせるように用意を整えた上で男を起こす。 「なっ……!」 んだ、てめぇら。とでも叫びたかったのだろうが、首に回された縄が絶妙な力加減で絞められて男は言葉を飲み込んだ。 「菜の花ばかり好むだなんて……変わった方たちですね。ご自分で栽培されれば、いつまでも頂けますのに。 生け捕りにして労働の悦びを噛み締めて頂きましょう。……ところで、菜の花の何が貴方たちの首領を駆り立てるのでしょうか。 それほどまでに美味なものなのでしょうか、私は食した事がありませんが」 任務とは別に問い詰めたいと思っていたヘイゼルが口火を切った。 「お、俺は菜の花には興味はないから分からない。菜の花の時期以外は旅人の身ぐるみ剥いだり村から略奪したりで……普通に稼ぐより贅沢が出来ると思って手下になったんだ」 「言語道断、ですね。然るべき場所で裁かれた後、特にきつい肉体労働に回してもらえるよう頼んでおいて差し上げます」 必要なことを聞きだした後逃げ出そうと縛られたまま足掻く盗賊にリィムナはにっこり笑いかけた。 「とりあえず騒がれてあたしたちの襲撃がばれても面倒だしもう一回寝ててもらうね。あと、強制労働はあたしも賛成。目先の楽さばっかり選ぶからこうなるんだよ」 自分の半分も生きていない少女に正論で諭され男は何も反論できないまま眠りの世界へ旅立った。 「じゃ、あたしは人質救出しながら巡回役とかいたら無力化させていくから首領のほうは宜しく」 「はい」 美織が洞窟内の明かりを消された時のために持参の松明に火をつけて中に入る。サライも彼に同行することになった。 花霞は超越聴覚を駆使して情報収集しながら洞窟内の賊の掃討をヘイゼルと共に行うことに。 ●労働は尊いことを身をもって学べ 一人が見張りに立っていて無力化されたので残りは八人の一般人の手下と志体持ちの首領。 そのうちの二人は囚われた村人の見張りに立っていたのでリィムナが夜の子守唄とナハトミラージュのあわせ技であっさり捕縛。 賊を荒縄で縛り上げ猿轡を噛ませた幼い少女の姿に村人は助けられたことを喜ぶより驚きが先に立ったのかしきりに瞬きをしている者が過半数。 「開拓者ギルドに依頼があって菜の花畑を荒らす下衆を退治に来たよ。今賊を無力化してるからもうちょっと待ってて。人質にとられて盾とかにされると困るし」 「ギルドからって……本当に?」 「夢、じゃないよね……?」 「私たち、助かるの?」 夢か幻覚なのでは、と案じる村人たちに向かってリィムナが微笑む。見張りに向けた黒笑顔とは違って暖かな笑顔だった。 「本当だよ。夢でも幻でもない。全部終わったらあたしたちも菜の花畑の手入れとか手伝うからさ。これからが勝負どころだよ」 「あ、ありがとう……」 漸く実感がわいたのか涙を流したり抱き合ったり、果てはリィムナを拝む村人まで現れてその有様に助けた本人は些か困ったように頬をかく。 「それじゃあ、後で改めて助けに来るからね」 花霞とヘイゼルの二人は巡回中らしい手下二人に奇襲をかけて生け捕りにするとやはり荒縄で縛り上げていた。 猿轡で声を封じた後灯りのついていない小道に放り込んでおく。 「賊は首領をあわせて十人でしたか。見張りが一人に今倒したのが二人。人質の方に何人張り付いているのでしょう」 「あぁ、いいタイミングだ。リィムナ、人質は見つかったの?」 「二人見張りがいたから眠らせておいた。人質の人たちは固まって全部片付くまで待っててもらってる」 「ということは手下がもう四人いる計算ですね。首領以外は一般人ということでしたが気を抜かずに参りましょう」 「一通りみて回ったけど巡回中の手下はいないみたいだよ。首領の護衛でもしてるのかな」 「じゃ、首領のほうに行ってみようか。確か一番太い道を選んでいけばいいんだったよね」 美織とサライを追いかけて三人は足音を立てないよう注意しながら奥へと進んでいく。 暫く進むと野太い声と可憐な声のやり取りが聞こえた。 「このガキっ……ちょこまか動きやがって」 「貴方の動きに無駄がありすぎるだけでは?」 首領らしき男を美織が相手取り、サライは残りの手下とやり合っている。 サライの投じた苦無が脚に突き刺さった手下はだみ声で悲鳴を上げた。音が反響して、思わず敵味方問わず顔をしかめる。 「食べきれないほど菜の花を奪ってどうするおつもりですか? お好きならご自分で育てればよいでしょう」 「はっ、人の物を奪うのが盗賊だ。奪うこと自体も菜の花も楽しめる。余った分は旬じゃねぇ地域に運んで売っ払えばいい。自分で育てても楽しみが一つ減って苦労が一つ増えるだけじゃねぇか」 「まったく……」 「ものすごく」 「見下げ果てた連中ですね」 「肉体労働の尊さ、その身にしみこむまで暫くかかりそうだこと」 「脳みそわいてるんじゃないの」 連鎖反応のように開拓者勢が前の発言者の言葉を引き継いで呆れを示すと頭に血を上らせた首領が大振りの得物を振り回す。 洗練されていない動きから隙を読んだリィムナが懐に入り込み一撃で昏倒させる。 首領の下へ駆けつけようとした手下四人はリィムナ以外の開拓者によってやはり昏倒させられていた。 「手ごわかった?」 「いえ、奇襲自体は成功したのですが随分体力が有り余っているようで少し長引いただけです」 「ならその有り余ってる体力は肉体労働で有効活用してもらえばいいよ。さぁ、人質を解放して、捕縛した連中引っ立てて菜の花畑の復興を手伝いに行こうか」 花霞の言葉に悪あがきしていた男たちはがっくりと頭を垂らしたのだった。 踏み荒らされた土地を手入れし、人手が足りず蔓延り始めた雑草をむしり、今年は時期がすぎてしまったので来年に備えて畑を整備する開拓者と村人たち。 盗賊団一味はギルドに引き渡され捕縛者側の意向もあって『然るべき罰を与えた後労働の尊さを理解するまで強制労働』という流れになるようだとギルド職員の青年は語った。 「此処一面が菜の花畑なら、荒らされてなければ一面黄色い花が咲き乱れて綺麗だっただろうなぁ」 「すみません、盗賊団の捕縛と人質の解放をしてもらったうえに畑の手入れまで手伝って頂いてしまって……」 申し訳なさそうな老女の言葉に花霞が緩く首を振る。 「咲いているところをみられなかったのは残念だけれど、花は嫌いじゃな……好きだから……まぁ、その、サービスでね」 「あら、では来年は是非咲いている頃においでになってください。一面の菜の花畑はとても綺麗なんですよ」 「菜の花って盗賊団が狙うほど美味なものなのでしょうか。生憎食べたことがないもので……」 ヘイゼルが問いかけると村人たちは菜の花料理をいくつか挙げた後、もう一度「今度は是非花が咲いている時期に遊びに来てほしい」と繰り返した。 「菜種油は事情を聞いた商人の方が高値で買い取ってくれるそうです。盗賊団自体も捕縛されましたし、人質になっていた村人も帰ってきて田植えの時期には間に合いましたし、皆さんには本当に感謝しています」 「それはよかったですね。今日は天気がいいので手入れするのにも好都合ですし」 思ったより汚れてしまいましたが、と美織が呟くとそれならせめてものお礼にお風呂に入っていってくれ、と申し出があったので甘えさせてもらうことに。 「……しかし。ショタっこに男の娘に性別不詳っこかぁ。その手の趣味の人がいたら涎たらしまくるよね♪ あははっ」 リィムナがポツリと呟いて笑っている少し先で美識がサライの背中を流すと申し出て、サライが美織が男性だと分かっているのにドギマギしてしまう自分に頭を抱えていた。 春風が村を吹きぬけていく。花霞は畦に咲いた小さな花を見つけて目を細めた。 来年は此処一帯に黄色い花の絨毯が敷かれたように菜の花が咲き誇ることだろう。 |