薄紅の饗宴
マスター名:秋月雅哉
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや易
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/18 21:42



■オープニング本文

●梅花、桃花、桜花は華麗に咲き誇り
「日差しが春めいてきましたね。去年の今頃、梅と桜の花見へお誘いしたのがつい先日のようです。実は新しい隠れた名所を見つけたので、今日は息抜きがてらお誘いに上がりました」
 宮守 瑠李(iz0293)は眼鏡越しに外の景色を眺めてからふっと集まった開拓者たちにやわらかな笑顔を見せた。
「梅と桃、桜の花がいっぺんに見られるんです。水辺が近くにあって、水質の関係か青みが強くてですね。そこに風に散った花が舞う。とても幻想的な光景が見られますよ。お昼頃から月が出るころまでのんびりお花見を楽しみませんか?」
 碧い湖面に薄紅の花びらがとても映えるのだという。用意をしていけば舟遊びも楽しめることだろう。
「まぁ、船を持っていくのは少し大変かもしれませんが水面で花を眺めずとも楽しみ方はいろいろありますしね」
 雪で白く染まった世界が春の訪れにほんのり色づいていく、そんな季節が今年もやってきた。
「成人した方々は飲酒はご自由に。ですが飲みすぎて帰れない、なんてことにならないでくださいね。それから当然ですが後からやってくる人のためにも自然のためにも持ち込んだものは必ず持ち帰ること。発つ鳥後を濁さず、ですよ。では皆さんと楽しい一時を過ごせることを心待ちにしていますね」
 そのためにはまず仕事を片付けないといけないわけですが、そういって視線を戻した青年はひっそりと苦笑したのだった。


■参加者一覧
/ 静雪 蒼(ia0219) / 御神楽・月(ia0627) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 叢雲・なりな(ia7729) / 叢雲 怜(ib5488) / 玖雀(ib6816) / 藤田 千歳(ib8121) / 秋葉 輝郷(ib9674) / 天野 灯瑠女(ib9678) / 音野寄 朔(ib9892) / ジャミール・ライル(ic0451) / 御神楽・十貴(ic0897) / ティー・ハート(ic1019


■リプレイ本文

●はらりはらりと風に舞う薄紅色の花びらが
 弥生半ばのある昼下がり。うららかな日差しが柔らかく降り注ぐ上々の天気は花見にうってつけだ。微かに頬を撫でる風はまだ少しだけ冷たいがその分いつもより日差しはあたたかい。梅、桃、桜。三種類の春の花が爛漫と咲き誇り新しい命の芽吹きを告げる。
 なりな(ia7729)がつくった重箱入りの弁当を叢雲 怜(ib5488)は色の違う双眸を輝かせて見つめた。
「なりなが手作りでお弁当用意してくれるって聞いてたから楽しみにしてたの♪ おいしそ〜」
 桜の木の下に敷物を敷いて二人で重箱を広げる。おかずの他になりなが用意したのは怜の好物であるおむすび。
「はい、怜。あーん♪」
 箸でおかずを一つ取ると恋人の口元へ。
「ん、おいし。幸せ〜」
 幼い外見の怜が相好を崩し、受ける印象が余計に幼く感じられる。
「ね、なりな。また次があった時も、その次も……ず〜っと俺にお弁当作って欲しいな」
 ふっと表情を引き締めてなりなに告げる怜は先ほどまでとは打って変わった雰囲気で。
「う、うん。いいよ。ずっと怜のために、お弁当作る。もっと料理の勉強して、いっつも美味しいっていってもらえるように頑張る」
 プロポーズのような言葉に思わず照れたなりなが俯くと彼女の黒髪に薄紅の花びらが一枚ふわりと舞い落ちた。
「あ、髪に花びらついてるよ」
 そういいながら髪に手を伸ばし花びらを取り除く。照れたなりなも可愛い、そういって不意打ちで頬に口付けてきた恋人になりなは赤かった頬を更に赤くするのだった。

 秋葉 輝郷(ib9674)は一人、梅の木の下で杯を傾けていた。
 以前相棒の猫又に文を持たせて花見に誘った相手からの返事はなかった。
「新春の宴でも少々気分を害していたようだしまだ塞いでいるのやもしれんな。花見で気が晴れればと思ったのだがな……」
 まだ淡い空の青と、雪白にほんの少し紅を差したようなやはり淡い色の花びらが舞う。
 ぼんやりと頭上の梅を眺めていた輝郷の耳が足音を拾った。釣られるように視線を下げれば文で誘った天野 灯瑠女(ib9678)の姿が映る。
「何をしているの? 私がわざわざ出向いてあげたのよ?」
「来てくれるとは思わなかった。腰を下ろすならば、これを」
羽織を脱いで地に敷こうとした輝郷を灯瑠女は止める。
「汚れるわ。やめて」
「穢れる?衣類の土であれば洗えば落ちる故構わんが。それに大地は全てを育む母のようなもの。俺は穢れとは思わん」
「洗えば落ちる? 違う。綺麗なものの前で穢れることは許されない。美しいもの、神聖なもの、その前では皆平等」
「全てに於いて人は本来平等であるものだ」
「今までがどうであろうと関係ない。等しく楽しむ権利を持っている。貴方も同じ。それを無駄にするつもり?」
 いつの間にか言い争いにもみえるやり取りに発展していたことに気付き、輝郷はこの風情の前で争うのも無粋と羽織を敷くのをやめた。
「何はともあれ……来てくれてありがとう、灯瑠女」
 そんな輝郷に灯瑠女は高圧的にも見える態度で陽の刺繍がされたお守りを差し出す。
「お返しよ。受け取りなさい」
「俺は花見に誘っただけだが……」
「いいから受け取りなさい。私からの贈り物が受け取れないというの?」
「そういうわけではない。ありがとう。折角きたんだ、諍いはやめて少しの間一緒に花を愛でないか」
「どうしてもというなら付き合ってあげなくもないわ」
「では、『どうしても』、だ」
「……仕方のない人ね」
 灯瑠女は歩を進めると輝郷が陣取っていた梅の木に寄りかかって華奢な手の平で梅の花びらを受け止めたのだった。

●月光に照らされし春華は艶やかに
 日が西へ傾き、やがて沈んで代わりに天頂に月がかかる。朧な満月は柔らかな金色の光で花々を昼より艶やかに彩った。
 静雪 蒼(ia0219)は静雪・奏(ia1042)の用意した小船に乗って湖の中央付近で二人きりで花を眺めていた。
「ちぃと寒ぅおすな〜」
 そう言いながら用意した毛布を一緒に被ろうとしたところを抱きかかえられて耳まで赤くなる蒼に奏はクスクスと笑いながら告げる。
「……こうした方が暖かいからね」
 最初は自分の上着をかけてあげようと思ったのだけれどそれは胸のうちに秘めて。
「せ、せやね……暖かやわ……ほんまに」
 小船を浮かべた湖は日光より光度の弱い月光に映った分鮮やかな蒼みは薄れて深くとろりとした色合いに変わっている。
 日中に光を弾いていた蒼い水面も美しく幻想的だったが夜の湖面もまた情緒があるものだった。
「綺麗、だね」
 日中見るより白味が強く感じられる花々が風に散るのを腕に蒼をかき抱いたまま眺める奏。
「綺麗やね、ほんまに……世界に二人しかおらへんみたいやわぁ」
 うっとりと華と奏を見つめる蒼の言葉に奏はまたクスリと笑って。
「ボクはお酒でもいただこうかな。……ん? 蒼も呑む?」
「奏さんが飲むなら」
「ふふ、いいのかな? 男から勧めた酒は危ないよ」
 そう笑いながら杯を満たす奏に艶やかに微笑み返す蒼。
「……奏さん以外からは注がれても飲みまへんぇ? ……奏さんやからやわぁ」
「そっか。……じゃあ、どうぞ」
 艶やかな微笑みと誘うような言葉に奏は口元に笑みを刻んで酒盃を勧めたのだった。

陽月(ia0627)は長い間敵前逃亡していた相手と話し合うべき、と決意して手紙で今日の花見に十貴(ic0897)を誘った。
 二人は親が決めた婚約者同士。陽月が逃げ回っていたのは十貴が筋肉質で大柄な男性なのにも関わらず一族の事情から女装をしていることが原因だ。
 酒を各種用意した後差し向かいで座る二人。花見をしつつ酒類の味や肴の好みや最近は何をしていたのか、など場持たせに問うていた陽月はこんなどうでもいい話をするために出向いてもらったのではない、と軽く自己嫌悪に陥る。
「えっと、お互いが聞いてみたかったことを一つきいてみる、というのは如何でしょうか?」
 建設的な話を、と思って彼女が切り出したのはそんな一言。
「質問か……そうだな……私に何か気に入らぬ点があるのだろうか? あれば言ってほしい。可能な限り考えたい」
 共にいたいゆえな。
 そう真面目に答えた十貴に陽月は同じ位真面目に、きっぱりと答えた。
「格好です」
「格好……」
「しきたりとは存じておりますけれど年中着なくとも……藍の着物とか、渋い柄物等が、絶対似合いますのに」
「ふむ……そちらからの質問はなんだろうか」
「あの、トキ様。その女装は……、一生そのままなのですか? まさか家の都合以上にご趣味が!?」
「ふむ。そうさな……これは家に代々伝わる由緒正しき盛装ゆえ……跡継ぎが出来て引き渡すまでは女装することになる。……が。趣味というわけではない」
 むしろはやく跡取り娘に譲って自分は転職したい。と誤解を解くため付け加える十貴。
「跡取り娘……」
 彼の婚約者は自分で。普通跡取りは妻が産むもので。つまり自分が産まなければ彼はずっと女装姿で。
 陽月の表情からその思考をほぼ正確に読み取った十貴は焦ったように視線を彷徨わせた。
「む、無理強いするつもりはないゆえ……そう構えないでほしい」
「は、はい。申し訳ありません……」
 異様な迫力と立派な体格を持つ十貴だが繊細な面もあるようで許婚に逃げられていたことを気にしているようだ。また逃げられる要因が増えたのでは、と危惧しつつも気まずい空気を払拭しようと双方がぎこちなく会話を再開させる。
 まだまだ他人行儀な面も多くみられる二人を花と月の光が静かに見守っていた。

 他の人とも一緒に食べられるようにと礼野 真夢紀(ia1144)が用意したお弁当は重箱一杯の豪勢なもの。
「夜の部参加してみたけど……春の花全種類、かぁ。見ごたえある景色」
 菜花は醤油で鰹節と和えたものを。蛤はそのまま持ち込んで現地で七輪で焼いて食べられるように。
 卵焼きは細かく切った葱が入ったものと鱈子を芯にして巻いたものと、鰻を芯にして巻いたものの三種類を。
 定番の鳥の唐揚ももちろん詰めて。牛蒡の千切りと鳥つくねを纏めて揚げた揚げ物とじゃがいものすり揚げを一緒に醤油で甘辛く味付けしたものも。
 若布は千切りにして茹でた甘蘭とあわせて酢の物に。
 ご飯はおこわ。もち米に刻んだ筍、人参、豚肉を透き通るまでいためた後蒸して一口大に笹の葉で包んで持ってきた。
 食後の甘味の苺大福も重箱に釣られてやってきた面子に振舞って自分も一緒に食べて。
「夜の花見もいいものですね。今日は割合静かですし」

 浪士組の一員である藤田 千歳(ib8121)は兄のような存在である玖雀(ib6816)に久しぶりに一緒に出かけないか、と誘いをかけた。
 千歳が日常でも戦場でも、もっとも信頼するのが玖雀だった。
 共に夜桜を眺めつつ盃を交わす。
 あまり饒舌ではない千歳だが玖雀は千歳の調子に合わせてくれ、静かで穏やかな時間が流れることもあって千歳は彼と共に過ごすことを好んだ。
 最近はお互い忙しかったこともあって共に酒を酌み交わす機会もなく、今回は幸運にも久しぶりに都合がついたため二人で花見に来たのだった。
「遅くなっちまったけど。誕生日、おめでとうな」
 緩く笑み、桜の花弁を千歳の盃に浮かべる玖雀。
「相変わらず忙しくしてんのか?」
「俺は、相変わらずだ。浪士組として都の治安を守る日々。空いた時間は政の勉強等に充てている。玖雀殿は、最近はどうだろうか?
 俺から見ると、少し変わったように見える。勿論、良い方に。何かいい影響を与える友人でも、できたのかな?」
「最近、か……。そうだな、ここ一年半程は色々あってさ。何も告げずにいてすまなかったな」
 互いの近況報告で遠くを見つめて答える玖雀に千歳は僅かに首を傾げる。
「近々時間を作って二人でゆっくり話をしようか。楽しい話ばっかじゃねぇかもしんねぇけど……きっと千歳になら話せる。……付き合ってくれるか?」
「俺でよければ、勿論付き合う」
 そう答えた千歳の髪を不意に強くなった風が煽る。乱れた髪を玖雀は手を差し入れて直してやった。
 共に過ごす時間が好きだと告げた千歳には無言で穏やかに微笑んで。
(俺も、同じだ)
 そう胸のうちだけで答えたのだった。

 音野寄 朔(ib9892)、ジャミール・ライル(ic0451)、ティー・ハート(ic1019)の三人は湖を眺めながら雑談に興じていた。
 日頃から仲のいい三人、ただ一緒にいるだけでも楽しいが今日は梅に桃、桜が咲き乱れ、神秘的な蒼い湖面と満月、持ち寄った酒類も楽しみに華を添えている。
「春の三花がいっぺんに楽しめるなんて素敵ね。散った花びらが月明かりに照らされながら水面を彩るのは風情があるわ。お酒もまた進むというものよ」
「おおー……」
 綺麗、と桜と梅の木を見上げたティーの手にジャミールが盃を取らせ、朔が酒を注ぐ。
「ん? 酒飲むのか……? 俺、下戸だから……二人で楽しんで……なんだその笑顔は……」
 断ろうとするティーに笑顔で迫った二人が飲ませた酒でティーはすっかり酔っ払ってしまった。
「蒼い湖面に反射して浮かぶ月……まるで空が落ちてきたみたいだわ。手を伸ばせば届きそう。こんな素敵な場所なのだから舞いたくなるのも巫女の性、かしら……。
 ティー、一曲お願いできるかしら」
「あ、演奏してくれるなら俺も踊るー」
 派手もいいけど折角の夜だからしっとりめに、艶やか系を。
 そうジャミールがリクエストするとティーは呂律の回らない、しゃっくり交じりの言葉で承諾の返事をした。
「ヒック……! おら、俺様が華麗なる演奏してやるから、ヒック……踊れ! 踊れ!」
 噂では機嫌のいい日ほど演奏中に物凄く音を外したり爆音を奏でる事がある、というティーだが酔うと演奏がうまくなるようだ。
 付け加えるならスローテンポな口調が消えてとても饒舌になる。
「みんな踊り上手いな!! はははっ、楽しい♪」
「ジャミールさんが踊る姿は精霊のようね。ティーも今日は随分演奏が上手いこと」
「あぁん? いつも、演奏は……プロ級だ、ろ? ……すやぁ」
 一曲奏で終えてそのまま寝入ってしまったティーを見て朔とジャミールは苦笑を交し合う。
「本当に下戸なんだね。……今年は……梅に縁があるのかもねぇ」
 ジャミールにとっては今年初めて見た花なのに、もうこうやって三度も花見をしていることに思い至ってつい笑ってしまう。
 履物を脱いで水辺に足を浸してみると流石にまだ冷たい。
「けど、酔いさましにはちょうどいいかな」

 春の中でも取り分け短い期間でしか見られない花が咲き乱れる薄紅の饗宴。
 陽は花に命を与えて。花は陽の光に煌いて。
 風は花をそっと揺らして。花は風に乗って何処までも遠くへ飛んでいく。
 月は花を冴え冴えと照らして。花は月の光に艶やかに咲いて。
 春の息吹を一番強く感じられる季節。平凡で、けれどだからこそ特別な一日がまたすぎていこうとしていた。
 もうじき今日美しい姿をみせた花々は全て散って緑が芽吹く。
 名残惜しさを感じさせながら、季節は巡っていく。
 そうしてまた次の年、厳しい冬を越えて美しい花は咲くだろう。
 約束の、春に。