凍てつく村への復興支援
マスター名:秋月雅哉
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや易
参加人数: 19人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/29 13:30



■オープニング本文

●凍える村にともし火を
 年が明け、冬の厳しさはいっそう増していた。山間の村は平地に比べて降雪量も多い。
 出稼ぎに若者がでかけている、女子供と老人が主となっている村ではその厳しさは死に直結する。
「このままじゃ家が雪に潰されてしまうよ」
「しかし人手が……」
 村に残った若い男たちの手でだけではこの冬を乗り切れない、そう誰もが悟っていた。
「……お礼に、冬の山の氷雪華が見られる場所を案内することを条件に、ギルドに助けを求めてはどうだろうか」
 このまま何もせずに村ひとつが死に絶えてしまうよりは。
「しかしアヤカシが出たわけでもないのにギルドが手を貸してくれるだろうか……」
「生活の脅威はアヤカシだけではない。頼むだけ、頼んでみたらどうだろう」
「そうだな……」

●氷雪華
「山間の村から救援要請がありましたよ。……あぁ、アヤカシ絡みではないのですが」
 宮守・瑠李(iz0293)は眼鏡を直しながら書類を捲った。
「今年は雪が酷いですからね。若い人たちの少ない村では雪が猛威を振るっているようで。雪寄せや雪下ろし、炊きだしを行ってきて頂きたいんです」
 他にも何か思いついた事があったら行って欲しい、と瑠李は続ける。
「村の方々がお礼に氷雪華、という珍しい花が見られる場所に案内してくれるそうなので、折角ですから其方も楽しんでこられては如何ですか? ただし、この花はとても儚いので眺めるだけに留めてくださいね。触れると雪のように溶けえて消えてしまうそうなので」
 薄青く、仄かに光って見える、この時期にだけ見られる美しい花なのだそうだ。
「雪は雪遊びの楽しさももたらしてくれますが冷たく無慈悲な一面も持っています。どうかその冷たさの危機に瀕している村を救ってください」
 私も微力ながらお手伝いさせていただく所存です。
 そう言って青年は薄く微笑むのだった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / 玄間 北斗(ib0342) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 浄炎(ib0347) / 国乃木 めい(ib0352) / アリシア・ヴェーラー(ib0809) / 十野間 修(ib3415) / レティシア(ib4475) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 何 静花(ib9584) / ジョハル(ib9784) / ヴィユノーク(ic1422) / 三郷 幸久(ic1442) / 番 炬(ic1459) / 葛 香里(ic1461


■リプレイ本文

●我が里に、大雪降れり、大原の、古りにし里に、降らまくは後
 開拓者ギルドに、山間の村から救援要請があってから数日。手の空いている開拓者をギルドが募り、各々が食材などの用意をして危機に瀕している村へと列を組んで出発した。
「寒さがこうも厳しいとつらいだろうな。雪かきを怠ると、雪の重さで家が潰れると聞いたこともあるし、死活問題なんだろうな」
 ギルドに依頼を出すほどの大事なのだろうから、急がなくてはな。
 羅喉丸(ia0347)が言葉とともに吐き出した息は白い。雪道は体力を消耗する。除雪されていない道を踏みしめていくならなおさらのことだ。
 冷たい空気を吸い込むたび冷気で肺が痛むほど寒いのに雪山を歩いていれば汗ばんでくる。
「酷い雪だな。ここで生活するのは大変そうだ」
 耳や肺、手先足先は冷え切っているのに汗をかくというのも不思議な話だが血の通いやすい部分と通いにくい部分の体感温度の差は激しい。
「雪降ろしをすると汗ばむくらいだと聞くが……汗の始末をしっかりしないと風邪という二次災害が席巻しそうだな。冬は乾燥するから風邪を引きやすいというし。……風邪を引いた人が他の人に伝染したりしたら大変なことになるぞ」
 流石に二十人近い人数全員が風邪をいっぺんに引くとは思わないが注意しないとな、と頬をかいたのは海神 江流(ia0800)で、彼はついこの間、相棒と雪崩に巻き込まれたばかりで他人事じゃないと手を貸すことにしたのだった。
 二人で一緒の依頼にでも行くか、と話をしていたときに取り上げられた救援要請だったためいい機会だとアリシア・ヴェーラー(ib0809)も同行している。
「アヤカシから人々を守るのも開拓者としての大事なお役目ですが、こういう日常的なことでも頼りにしていただけるとなんだかすこし嬉しいですね。アヤカシ退治のときは場合によってはあまり救援対象の方とお話できませんし」
 氷雪華についてできる限り下調べを済ませているアリシアは終わったらデートをしたいな、とこっそり思っているがまずは村への救助を成し遂げなければいけない。
「支援に行く人員の食料負担しないと却って迷惑です。炊き出しも可能とのことでしたから多めに作って、保存食の糠秋刀魚は譲渡して……」
 小さな背中にたくさんの荷物を背負った礼野 真夢紀(ia1144)と同行者の十野間 月与(ib0343)は料理仲間だ。
 月与の持ち物である食料、ぬいぐるみ、上着も村人への無償提供品とする予定だという。
「雪深い山間の村という土地柄、魚なども不足しがちでしょうから糠秋刀魚が活躍しそうだね。体の暖まる料理で寒さを乗り切って欲しいな」
「そうですね……寒さと空腹は同時に来るととても辛いですし身体にも悪いですから」
「雪はきれいだけど、その中で暮らすのは大変ですね」
 滑らないように履物には縄を巻いている菊池 志郎(ia5584)が一息ついて視線を上に上げた。
 雪山で天候が崩れては一大事、と懸念していた者も多かったが幸い今日は冬晴れが一日続きそうな、雲ひとつないいい天気だ。
「……天気がいいのは何よりですが……雪の照り返しって案外眩しいのですね。周りが一面の銀世界だとある意味夏より眩しい気も致します」
「雪で生活圧迫されるっちゅうのも難儀な話やなぁ。雪解け水は農作業にかかせないっちゅー話やけど、降りすぎなんも困りもんやな」
 ジルベール(ia9952)が呟いたところでようやく村の入り口が見えたのだった。


 寒さや飢えで気が塞いでいそうな村の人たちを笑顔一杯にさせようと愛用のたれたぬきの着ぐるみを持参、着用し、シノビの身軽さ、三角跳で高所移動の長所をいかした屋根の除雪作業を行うのは玄間 北斗(ib0342)、コミカルな仕草と着ぐるみ姿が相まって村人たち、特に子供の笑顔がよみがえる。
「すみません、開拓者の方に雪寄せなんて雑用をさせてしまって……」
 申し訳なさそうに頭を下げる村の女性にジルベールは闊達に笑って彼女の子供だろうか、小さな子供の頭をわしわしと撫でる。
「アヤカシ退治だけが開拓者の仕事とちゃうからな。俺らがきたからには安心してや」
「ありがとうございます……」
「ほら、嬢が心配しよる。もう雪で家が潰れる心配はないんやからあんさんも笑ったってや。一月ももうじき終わりやし、二月と……この分やと三月もかいな。とりあえず、冬ももうじき終わりなんやから、もうちょっとだけ気張ろうや? なぁ?」
「……はい!」
 気さくな励ましに女性の顔にも明るさが戻ったのを確認してジルベールは村の家々の耐久性と積雪量をざっと確認し、緊急性の高い家から雪降ろしをしようとはしごを借りに歩きだしたのだった。
 明王院 浄炎(ib0347)は手配したいくつかの大きめの木箱と板をソリに加工していた。
 雪降ろしや雪かきで出た雪を効率よく雪捨て場まで運搬するために使おうと考えて用意したものだ。日曜大工から細やかな細工物まで苦もなく作る彼にとっては簡素なつくりの雪ゾリを作るのは造作もないこと。
 あっという間に組み上げたソリを子供たちがすこし遠巻きに、そして興味深げに眺めている。
「……雪寄せと雪降ろしに使い終わったら村に置いていこう。遊ぶのは大人がそばにいるときだけにすること。約束できるか?」
「ほんと!?」
「約束する!」
 物怖じしない子供たちが浄炎の言葉を聞いてわっと歓声をあげた。浄炎もほんの僅か口元を綻ばせて雪降ろしの準備が整った家の屋根の下に置いて極力積み替えにかかる無駄な労力を軽減しようとする。
 ソリを置き終わった後は雪降ろしと雪かきを中心に黙々と働いた。
 その前に村人に用水路やため池など、村の周囲で雪を捨てたとして、その後村人や村への影響が少ない場所を確認しておく細やかな心配りも忘れない。
「下手な場所に山にし、崩れて田畑や家を潰しては元も子もないのでな」
 村人たちが示した場所を除雪にいそしむ仲間たちに伝え、各々が分担して雪降ろしと運搬、道の除雪を行う。
 十野間 修(ib3415)はそんな義父と一緒に除雪作業を行いながら傷みの激しい家がないかをチェックしていた。
 雪捨て場までを往復したり各家の雪下ろしをしていたりすれば短い時間とはいえ小さな村落だ、大雑把な把握をすることはそれほど難しくない。
「家が傷んでいるお宅が何軒かあるようですね。他にも修復に名乗りを上げている方がいらっしゃいましたから手分けして柱や梁の補強をしておきましょう。今期の雪に耐えられても来期、その次で耐えられない可能性もありますし。直せるところは人手があるときに、直せるうちに直してしまったほうが後悔しませんから」
 持参した愛用の大工道具でテキパキと補強の用意を始める修の様子を村に残った数少ない男手で大工の心得があるものたちが見かけ、手伝いを申し出る。
「恥ずかしい話ですが修繕しようにも雪が激しすぎてそこまで手が回らなくて……ありがとうございます」
「困ったときはお互いさま、ですよ」
 若い男性は村全体を見ても両手で数えると指があまるほどの人数しかいないからこれは仕方のないことだろう。
 雪の重みで屋根が抜けてしまったり、柱や梁が折れては命に関わると分かっていても今年の雪の量は凄まじく、村の除雪と雪降ろしですら追いつけない状態だったのだ。これで村人も家で過ごす時間が安らかなものになる、と喜んだのはもちろんのことである。
「……故郷を思い出すな。それと……俺が開拓者となって初めて依頼に向かったのも、特に雪深い村だった。あそこには……足を運ぶたび、生き抜く強さを教えられている気がする。話を聞いて……他人事には、思えなくてな」
 ウルグ・シュバルツ(ib5700)が村人に感謝の言葉を述べられたときに返した言葉はどこかしんみりとしていた。
 雪里の厳しさは時に人の命を奪うほど激しい。彼もそんな厳しい気候のなかで暮らす人々を何度も見て、自分もそこで過ごしていたのだろうか。
 雪寄せや雪降ろしを主に、村人の暮らしを見て必要そうな細々とした雑事も引き受けていく。
「これから降り積もる分も、どうにかする必要があるな。せめて、雪寄せの手が楽になればと思うが……。備えられることがあれば、出来る限り力を貸したい。何でも言ってくれ」


 赤鬼だ、まだ節分には早いよ、という子供たちの言葉に何 静花(ib9584)の怒号が響く。
「ちゃうわー!」
「そんな格好……寒くないんですか? 赤くなってますよ……?」
「自前だっ!」
 おそらく心配して聞いた女性にも思わず噛み付く。
 白銀世界にやはり目立つ赤色、おまけに雪山なのに薄着。声をかければ律儀に激しく突っ込み返すので遊び相手が欲しい子供たちが群がってきた。
 表で雪寄せして道を作る静花の周りを子供たちが遠巻きに取り囲む。
「赤鬼さーん、あそぼー」
「ちゃうっつってるだろーが!」
「だって赤いし角あるしー。季節先取りで豆まきしちゃう?」
「私は修羅だ! 鬼じゃない!」
「じゃあ修羅のおねーちゃん。あそぼー」
「仕方ないな……雪捨てる場所も限られてるし有効活用するか」
「有効活用って?」
「かまくらだ!」
 雪捨て場に持っていこうと纏めていた雪を使ってかまくらを作り始める静花。
「わーい、雪のおうちー」
「砂も厄介なものだけれど雪もありすぎると大変だね。砂より綺麗で大好きなのだけれど生活に直結している人たちには悠長な話、かな」
 ジョハル(ib9784)はジルベールが降ろした雪を寄せつつ子供たちの遊び相手も請け負っていた。
「あのおにーさんにぶつけちゃえ」
 ひそひそと悪戯好きそうな男の子に囁けば男の子はきょとんとした顔でジョハルを見上げる。
「雪合戦、だよ」
 そういって自分が率先してジルベールに向かって雪玉を投げつける。
「俺に雪合戦を挑むとはええ度胸や〜!」
 屋根から飛び降り子供たちを巻き込んで雪合戦に突入。きゃっきゃというはしゃぎ声に最初は何事かと振り返っていた村人や開拓者仲間たちも楽しげな子供たちの様子を見て人では足りているから、と遊び相手を任せることにした。
 走って逃げ回るジョハルを笑いながら追いかけるジルベール。
「やっぱり子供はあぁやって笑ってるのがいいね」
「あぁ。普段あまり遊んでやれないから遊んでもらえるのが嬉しいんだろうな。雪を何とかしないと生活が成り立たないとはいえ子供たちにはかわいそうなことをした」
 村の男たちがしんみりと手を休めて呟く。
「個人的にはかまくらっていうのを作ってみたいなぁ」
 やっぱり雪はいいなぁ。成形できる楽しみがあるよ。砂は零れるだけで何にもならない。
 そう呟いたジョハルの目はここではない砂漠の風景をみているのだろうか。
「砂でお城作ったりしないの?」
「うーん、海でなら作れるんだろうけどねぇ。砂漠の砂だと乾燥してるからサラサラしててね。成形には向かないかなぁ」
 ひとしきり遊んだ後は子供たちが開拓者二人を囲んで冒険譚をねだる。山里から離れたことがない子供たちにとってはどれもこれも目を輝かせて聞く以外の選択肢がない、珍しい逸話ばかりだった。
「雪とはこんなに積もるものなのか。まるで砂漠だ」
 アル=カマル生まれなので雪には不慣れなヴィユノーク(ic1422)は道中ずっと胸に抱いていた思いを思わず言葉として放っていた。
 雪かきや雪降ろしの経験もなく、見よう見まねで除雪をするが屋根から降ろされた雪は凍っている分かなり重く、地面に積もった雪で滑るから土の上を運ぶよりは労力が少ないのだろうが上手く押さないと見当違いの方向に進んでいってしまうという難点もある。
「おにーちゃん、へたくそだねー」
 邪気のない笑顔でからかってくる子供たちにちょっと言いにくそうに「……雪かきは初めてなんだ」と告げると子供たちは自分たちようの小さな道具を使って見本を見せてくれる。
 雪捨て場まで雪を運びながら生まれ育った砂漠の話を聞かせるヴィユノーク。
 砂漠がどんなに暑いか、蜃気楼やオアシスの話。暑い昼間と打って変わって朝や夜はとても寒いこと。
 三郷 幸久(ic1442)は知り合いに挨拶した後視界に必ず誰かを入れておきながら除雪作業を行っていた。お互い村の中で遭難しては困るという配慮からだ。
 崩れないように水をかけながらかまくらを作る。
 他の人が作ったかまくらもいくつか点在していて子供たちは大はしゃぎだ。
「あとは……炊き出しにも使うだろうし薪はいくらあっても困ることは多分ないだろうから薪割りもしておくか」
 男手の足りない村では薪を節約しないと一冬越すのは難しいのでは、という読みは当たったらしく各家庭に配ると何処の家でも喜ばれたのだった。

 一方炊き出し班も存分に腕を振るっていた。
「山を登ってきて除雪作業したらやっぱりお腹すくでしょうし、皆さんの分も考えると大目がいいですよね」
 寒い日にはやはり鍋、ということで真夢紀が作るのは味噌鍋と、一つだけでは面白くないからとすき焼きも。人参、ごぼう、白菜、ネギ、水菜、玉ねぎ、春菊などの野菜と干しキノコ、うどんにする小麦粉と鶏肉五羽分くらいの肉と同量程度の牛肉。
 春雨に白滝、豆腐に米に調味料。盛りだくさんの荷物に手伝いに来た村の女性たちが目を丸くする。
 七輪と火種を活用して炊き出しの鍋とご飯を作成しながら生姜と水で戻したしいたけで佃煮を作る。
「生姜は身体が温まりますから毎食のお供にどうぞ食べてください」
 糠秋刀魚は来る途中に話し合ったとおりに譲渡。
「保存食ですから冬の食事に利用してください」
 お酒は大人の人に、適量なら身体が温まるからと熱燗で。
 そんな真夢紀の隣で月与は軽く焦がしたにんにく味噌を溶いたスープに辛味のある保存食も混ぜた野菜たっぷりの麺料理を作り上げた。
 それから持参の上着を女性たちに差し出して一言。
「誰かが困ったときに、互いに手を差し伸べあえるように……って、日頃からみんなで備蓄してきた品なの。使ってもらえたら嬉しいな」
「家事には外作業がつきもの。奥様方はそうそう風邪を引いてもいられませんからね」
 除雪作業を終えて炊き出しの様子を見にきた月与の夫、修の後押しもあって女性たちはお礼を言って上着を受け取った。
 レティシア(ib4475)は風邪や喉に効く香草を買い込んできていて、体調の良くない人に香草茶を振舞った。
 冬は娯楽が少ないからと香草茶を飲む人たちの傍らでハープの弾き語りでいろいろな土地の物語を聞かせたあと、悪戯心を起こして。
「お姉さんも実は昔のこわーい雪の精霊かもしれませんよ?」
 と子供の一人を脅かしてみると子供は屈託なく笑って首を振った。
「そんな事ないよ」
「どうしてそう思うの?」
 本気で脅したかったわけではないが全く動じないほど自分の演技力がなかったのかと首を傾げると小さな手が触れてくる。
「だってお姉ちゃんはこんな風に温かい手をしてて、僕たちの体調を気遣ってくれたでしょう? 本当に怖い雪の精霊なら、冷たい手をしてて、冷たい目をしてて、雪を使って僕らを雪像にしちゃうと思うもの」
 真っ直ぐな言葉にじんわり心が温かくなって笑みをこぼす。
「そうだね。ありがとう」
 葛 香里(ic1461)が作った鮭の粕汁も好評だった。子供たちには甘い麹の甘酒を振舞う。
 炊き出しで作った料理は、足腰の弱い人のところへは一軒一軒持って訪ねて。
「温かいうちに食べてくださいね」
 都に出たばかりなので驚くばかりだった都の大きさや珍しいものの話が気晴らしになるようにと語って聞かせる。
 国乃木 めい(ib0352)は胴乱に医薬品や治療に用いる道具類を収めてこの村にやってきた。
 孫娘である月与に寒冷地で弱った人たちを体の内から元気付ける食材や調理方法を教える。
 癒し巫女として村人のところを訪れ診察と健康食にもなる炊き出しの補佐を。
「困った時はお互い様……今はゆっくり休養をとってくださいね」
 高齢にも関わらず山道を越えてやってきためいに誰もが皆驚いたが医療技術は確かなもので感謝の言葉は絶えなかった。

●氷雪華
 村を脅かしていた雪の脅威も一旦は退けられ、炊き出しで身も心も満ち足りた一同は村人に案内されて氷雪華を見物してから帰ることになった。
 番 炬(ic1459)は除雪後相手をしているうちに仲良くなった子供に氷雪華とはどんなものなのかと問いかける。
「もうじきみられるよ」
 たどり着いたのは一本の大樹だけが生えている空き地。その木を見て開拓者たちの多くが感嘆の声をあげる。
 薄青く光る花のようなものが雪の葉を従えて咲き誇っていた。
 正確には花ではなく自然現象の一つということだったが冬にしか見られない光景であり、寒々しいほどにその美しさは映えるのだろうと思われる。
「弟妹へのいい土産話が出来たな」
 炬が呟くと案内役の一人の子供が嬉しそうに笑う。
「万物を凍らせる冷たい空気がこんなに美しい花を咲かせるのですね……」
「おお、これか。綺麗だな……綺麗だ」
 深い溜息と共に吐き出された声も、綺麗だというシンプルな褒め言葉しか咄嗟に浮かばない声も。
「厳しい寒さに耐える人々に、神からの贈り物……だな」
「氷雪華……このような厳しい環境でしか、咲かないものなのだろうか。…………不思議なものだな」
 その神秘にただじっと見つめる様子も。
 言葉は少なかったが見る価値はあったと逆に示されているようで、村人たちはその様子に安堵する。
「綺麗なもんだな……でも触れれば消えてしまうか……。恋焦がれど口には出来ず。なんて関係に似てるかもな。儚いもんだ。だから、尊いんだろうけどな」
 含みなしで江流がいった言葉にアリシアは焦ったように視線を彷徨わせ、お茶を勧めた。
「これはきれいだな」
 羅喉丸がその様子を視界の隅に認めながら氷雪華を眺めていると村人がほっと息を吐いた。
「皆様に、助けて頂いたお礼がしたくて。でも私たちに出来ることは殆どありませんから。喜んで頂けるか不安だったのですが……」
「いい物を見せてもらいました」
「天儀にはまだまだ、見たことのない美しいものがたくさんあるんでしょうね」
「綺麗やなぁ。触れられるんやったら、奥さんに持って帰ってあげたいんやけど。忘れられへんお礼やな、おおきに」
 開拓者たちの言葉に村人はこちらこそありがとうございました、と深々と頭を下げる。
 雪に閉ざされた村の復興支援は、こうして静かに幕を下ろしたのだった。
 凍てついた村には保存食や子供たちも手伝ったから、とお駄賃、暖かな上着、雪寄せにも遊びにも使えるソリや風邪に効く薬や香草など、役立つ置き土産も多かったし雪の重みで家が倒壊する危機から逃れられた安堵も大きかっただろうが村人にとって一番うれしかったのは、開拓者として忙しく過ごす人々が自分たちの小さな、けれど切実な救援要請に駆けつけてくれたという、温かな心遣いだっただろう。
 氷雪華のように触れてしまえば消えてしまう、冬の冷たさの中でしか生きられない存在もある。けれど人は、人の支えやぬくもり無しでは生きていくことは難しいのだと青白い花を眺めながら救助者と救助を求めた者は双方そっと心に刻んだのだった。
 それはきっと、生きていく上でいざというとき踏みとどまるための導になってくれることだろう。