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■オープニング本文 ●死して尚訪れぬ安寧 ある山間の村に、疫病が蔓延して一つの村落が滅びた。 通常ならば悲劇として其処で村の歴史は終っていただろう。 しかし新鮮な、大量の死体に瘴気が入り込むことによってその村は食屍鬼の村になり、墓場からは屍人となった村人たちが起き上がった。 腐臭が立ち込める淀んだ空気の中、終るはずだった村の歴史が偽りの時を刻みだす。 「発見は、隣……といっても山を一つ挟んだ場所にあるのですが……便宜上は隣村となる場所に住んでいる青年団、とのことです」 村一つ分の食屍鬼と屍人がいる、と開拓者ギルドに報告があったのは数刻前だったらしい。 宮守 瑠李(iz0293)は沈痛な面持ちで切り出した。 「まだ村の方たちが存命だった頃、蔓延する疫病を食い止めようと隣村にいる医師の手が借りられないかと使いがいっていたのですね。物騒ですし護衛として青年団の方が何人か同行して異変に気付いた、とのこと。 屍人は一般人でも油断しなければ撃破できる強さだった事が唯一の救いでしょうか。一人が医師の護衛は他に任せて急いで此方に報告に来て下さいました。 ……村はおそらく全滅、とのことです。住民は把握されている凡その数として三十人。屍人は死体に瘴気が入り込んだアヤカシなので数は正確にはわかりません。一体一体の強さはそれほどではないアヤカシですが数が多いので気は抜けないでしょうね。 隣村に被害が出る前に……そして、死者を冒涜する行為を止めるために、村へ向かってください」 疫病で苦しんだ方々に、せめて死の安寧を。ギルドの青年はそう言葉を結んだのだった。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
ナザム・ティークリー(ic0378)
12歳・男・砂
九朗義経(ic1290)
17歳・女・ジ
九頭龍 篝(ic1343)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●やんぬるかな 一つの村の終わり。蔓延する疫病に、対処が追いつかなかった。山間部で人の出入りが限られていた。生者の数を死者が上回り、やがて声が途絶える。 緩やかに、確実に。その村は村としての機能を停止し、いずれ朽ちていくはずだった。 アヤカシの瘴気に取り込まれた死体が動き出しさえしなければ、村は静かに眠れるはずだった。 「死して尚……か。穢された彼らに一刻も早い安寧を与えてやりたいな」 偽りの命で黄泉還った村を少し離れた場所で地形の把握に努めながら緋桜丸(ia0026)を始めとする開拓者たちは苦い思いで見つめる。 共同体としての生を終えたばかりの村。喪われた命は取り戻すことは出来ないがその残滓はまだ其処彼処に留まっていた。 たとえば、誰かが引いてきた、村では作れない品をたくさん積んだ荷車。 たとえば、子供が遊んでいたのであろう地面に描かれた円。 軒先に連ねた干し柿。冬囲いに使う材木。 冬支度を始めようとしている村でよく見るその光景の中で、生活を営む生者だけがいない。いるのは偽りのせいに縛られた死人だけ。 女性も、子供も、老人も、青年も。目に光はなく、情愛はなく、知性もない。あるのは新鮮な血肉への渇望だけ。 「……死者に安寧をもたらすため、そしてこれ以上の被害者を出さないためにも、食い止めねばな」 羅喉丸(ia0347)が一度目を閉じ、開いた。 「なんとも痛ましき事態よな。討つ事で成仏を祈ろうぞ」 「……不憫じゃな。早く終わらせてやらねばなるまい」 北条氏祗(ia0573)とリンスガルト・ギーベリ(ib5184)が同意を示す。 「人払いが済んでるのがせめてもの救いか」 個々の戦力は一般人でも相手取れるレベルのアヤカシだが村一つ分となれば数の上では開拓者を圧倒する。 避難誘導に人員を割かずに済むのは少人数で挑む身としては救いではあるが避難誘導して救える命がもう村にはないということが分かってはいてもやはり少しやるせない。 せめてもの救いだ、と言ったナザム・ティークリー(ic0378)の本心は表情からは読み取れなかった。 「私とは縁もゆかりもない人たち……何も感じるところなんてないはず、だけど……」 何故か気分が悪い、と九頭龍 篝(ic1343)が小さく呟くのと 「鬼よ夜叉よと呼ばれたが、斯様な物を許す胆を持っては居らぬ! ええい亡者共よ、其処に直れい叩っ斬る!!」 と九朗義経(ic1290)が声を張り上げるのが同時だった。 「……いつまでも様子を見ていても仕方ないし、遮蔽物の位置は確認出来た。行こう」 止まるはずだったのに偽りの時を刻む村の歴史を終わらせ、死者に安息をもたらすために。 ●もうおしまいだ、どうしようもないと誰かが嗤っても 一同はまずアヤカシと戦うのに向いた開けた場所へと急いだ。村の中心部にある広場が一番遮蔽物がなく、隙をつかれにくいと判断して歩を進める。 「今回に限っては遠慮はしねぇ。それが彼らを解放する最善の措置だと思うからな」 口元を覆うマスクのせいでややくぐもった声にはなったが緋桜丸の言葉に全員が頷いた。 「同感じゃ。もとは人間とはいえ、人に戻し、生き返らせる手段があるわけではない。手加減は一切せず、迅速な殲滅を目指すぞ」 「一刀を以って山を断ち、二刀を以って雷を割く! この九朗が其れを成す、恐れるならば疾く去ねい!」 演じることを最重要とする九朗義経が突出して標的にされないよう、また今回が開拓者として初の任務となる篝をサポートするように陣をくむ。 「寝んねの時間だ。さっさとその体を還して無に消えろ」 頭部を打ちぬかれた死人が何かを掴もうとするように手を伸ばしながらゆっくりと後ろに倒れ、掻き消える。 感情の宿っていない金の目を眇め、緋桜丸は近付いてきた一体を騎士剣「グラム」で薙ぎ払った。 瞬脚を使って自分の間合いを保ちながら旋棍「颪」を振るう羅喉丸と殲刀を操るリンスガルト、敵集団の側面から斬りかかる氏祗。攻撃を繰り出した後素早く敵の得物が届かない範囲へと飛びずさりながら隙を見て追撃するナザム。 戦闘に不慣れな篝は無理には向かおうとせず、自分を狙ってくるアヤカシを相手取っていた。 「ん、食屍鬼と屍人が……一杯」 死んだら人はただの物。それに瘴気が入り込んでアヤカシになったなら倒すことに躊躇いなどない。 「それ」には人としての魂を感じないから。「それ」はもう彼らではないのだから。 依頼に慣れるためにも生活資金確保のためにも。単純そうな討伐依頼はうってつけの筈だった。 (でも……) 斬撃符を放ちながら篝は自分にも理解しがたい感情が胸に燻っていることに戸惑う。 眠りを妨げられた死者への憐憫なのか、妨げたアヤカシへの怒りなのか。 自分より年少と思われる少女の体が崩れていくのを見て篝の眉間に皺が寄る。 「みんな……強いね」 そう呟いてしまったのは技量の差からだけではなく、『揺らいで』いない姿をみたからというのもあったのだろう。 「人に近い姿に惑わされるでないぞ。どれほど姿が近くともすでに彼奴らは抜け殻……中にあるのは魂ではなく瘴気、妾たちの敵なのじゃ」 リンスガルトが戸惑いに気付いたのか低く語りかける。 「……うん。考えるのは、後にする」 きっと答えが出るのは人として、開拓者として経験をもっと積んだ、ずっと先のことになるのだろうけれど。 「九朗殿、突出しては陣が崩れる」 氏祗が屍人を切り伏せながら警告する。 九朗義経は何かに憑かれたように笑声をあげながら大立ち回りを演じていた。 「死者の魂に幸いがあらんことを」 羅喉丸の祈りを込めた一撃が、戦いの幕引きとなった。 ●散華 「往生せいよ……」 九朗義経が動きを止めたのはアヤカシが全滅してから数拍後だった。 「まったく……無茶をするにも程があるぞ。突出は危険だと言うたじゃろうが」 「この九朗、アヤカシごときに遅れはとらぬ」 「開拓者として経験を積みたいのならば周りとの連携も考えろ、と妾は言っているのじゃ」 「……かたじけない」 幼くともリンスガルトの方が開拓者としての経験は豊富だったため九朗義経も耳を傾けることにしたようだ。 かなりの数を相手にしたものの幸い味方に大きな怪我などはなかったようだ。 「死体なき村の状態であっても最後は形だけは弔いをしてやりたいな。アヤカシだったまま終わるのは……彼らも悔しいだろう?」 緋桜丸が優しさと、ほんの少しの切なさを乗せた目で荒れ果てた村を眺め、懐から取り出した笛を唇に当てる。 鎮魂の旋律が山間に響き、遠くへと風に乗って流れては消えていく。 「墓石の素材は……流石にないか。木材はあるようだな」 「何をする気だ?」 「村があった、人々が生きていたという証に慰霊碑を、な」 「……証、か。瘴気に取り込まれたせいで遺体も残ってないし、滅んだ村だ。隣村だって遠いからその慰霊碑だって朽ちて行くだけだろうに」 「拙者たちが忘れなければいいだけの話ではないか?」 氏祗の言葉にナザムは肩をすくめたが取り立てて反論はしなかった。 「御爺さま……篝は、次からはよく吟味して、依頼を受ける事に決めたよ」 今は亡き祖父にそっと語りかける篝の視界に、花籠が差し出された。 差し出しているのは九朗義経。 「……?」 意図を問うように首を傾げた篝に答えたのは花籠を差し出している本人ではなく先ほどお説教をしていたリンスガルトだった。 「散華、だそうじゃ。力仕事は任せて妾たちにできる弔いをしよう」 「散、華……?」 「仏を讃えて供養するために花を散布することでござる。手向けにはやはり花がよかろう」 「そっか……敵として対峙した後でも、その人の死を悼んで、魂を送ることは出来るんだね」 死者には何も残らないと思っていた。ただの物だと。 けれど違った。想いは、残るのだ。 「……ちょっと、村を見て回ってくる」 「散華は……」 言いかけて口をつぐんだ九朗義経に謝罪の意味を込めて頭を下げて篝は背を向けた。 想いが残るなら少しでも多く目に焼き付けておきたかった。 慰霊碑に捧げる形見の品も、いまならまだ探せるだろう。 「討ち漏らしがないか念のために見て回ってくる」 慰霊碑作りに手を貸していた羅喉丸がそう言って篝の背を追った。 「疫病が蔓延する前に手を打つことができていたら、この村にも違う形で来れたのかね」 「もしもの話をしてもきりがない。残念な結末じゃが、起きたことは変えられぬからの」 「それもそうだ」 天高く昇って消えていく音律と、壊れた家屋からまだほんの僅か垣間見える人々が生きた証に一同は戦闘開始前のやるせなさを再び感じていた。 村が壊れた分、村人が完全に居なくなった分、あるいはその思いは戦闘開始前より強いかもしれない。 「やんぬるかな、とはこういうことを言うのかもしれんのう」 「それ、どういう意味?」 「『もう終わりだ、どうしようもない』」 「たしかに来た時点で拙者たちに出来たことは少なかったが……」 ナザムとリンスガルトの会話に慰霊碑を作り終えた氏祗が遠慮がちに口を挟んだ。 「拙者たちが討伐していなければ被害は拡大していたであろうし、どうしようもなかった、とは思いたくない。眠りだけは、取り戻せたのだし」 「……そうじゃな」 散布した秋の花が、風に乗って舞い上がる。 「……願わくば人々の魂も風に乗って天の国へと召されるように」 全員が揃ったところで改めて一同は真新しい慰霊碑に黙祷を捧げたのだった。 山間の小さな村で営まれてきた歴史。紡ぐ者を失い、炉辺を囲う者を失い、残るのは静寂と、七人の歴史の一片を受け継ぐ者のみ。 いずれ家屋は雪に潰れ、村は自然に還って行くだろう。 それでも今は記憶に留める者がいる。笛で、花で、死を悼む者がいる。 新たな歴史がこの地で紡がれるのは新しい住民がやってくる日でない。 ――かつて毎日響いていたであろう子供の笑い声が、いつか再びこの地に花開きますように。 やるせない想いを抱いた一行はせめてもの救いを未来に託したのだった。 |