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■オープニング本文 ●手折らずて散りなば惜しと我が思ひし 紅、橙、黄色、とりどりの色は山を赤く染める。遠くから見るとまるで山が燃えているようだ。 渓流に落ちた手の平に似た形の葉は流れていき、秋の情感を誘う。 渓流を眺められる丘の頂上で日に当たりながら過ぎ行く秋を惜しむもよし。 渓流のすぐ傍にある、弁当を広げるのにうってつけの大きな、平たい岩の上で饗応をするのもよし。 もうじき雪深く閉ざされ、家から出るのも億劫になる冬が来る。その前に。 今年最後の紅葉を眺めに、深山幽谷へ出かけてみては如何だろうか。 ●紅の饗宴 「紅葉狩りの隠れた名所を聞いたんですよ。出かけてみませんか?」 宮守 瑠李(iz0923)は書類に書き込んでいた手を止めて集まった開拓者に切り出した。 「ちょっと山深い場所なので行くまでは大変そうなんですけどね。天狗の腰掛、と呼ばれるような大きな平たい岩が渓流の近くにあってお弁当を広げるのに丁度いいそうですよ。少し離れた丘で遠目に紅葉を見ても綺麗そうですね。 それから渓流を登っていくと温泉が湧いているそうです。こちら、秘湯の類で男湯女湯の区別も仕切りも当然ありませんから水着か何か着用してくださいね」 そろそろ秋も終りそうですし、紅葉狩りで思い出作りもいいでしょう? 眼鏡越しに茶色い目を細めて青年は笑った。 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 巌 技藝(ib8056) / 音野寄 朔(ib9892) / 桃李 泉華(ic0104) / 月詠 楓(ic0705) / ドミニク・リーネ(ic0901) / 白隼(ic0990) / 津門川 鎮吉(ic1040) / シンディア・エリコット(ic1045) / 星杜 藤花(ic1296) |
■リプレイ本文 ●冬ごもり 春さり來れば 鳴かざりし 鳥も來鳴きぬ 咲かざりし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取り手も見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてそしのふ 青きをば 置きてそ歎く そこし恨めし 秋山われは 足場の悪い山道を紅葉狩りに誘われた十五人の開拓者たちと誘ったギルド職員が列を組んで歩いている。 北條 黯羽(ia0072)が桃李 泉華(ic0104)と一緒に作った弁当を津門川 鎮吉(ic1040)が持つ。鎮吉が「女子供に荷物を持たせるわけにはいかん」と言ったため、黯羽もその点には反論しなかったのだが泉華を肩に乗せていることに対しては不満があるのか時折目を眇めて鎮吉のほうを見遣っている。 ずっしりくる荷物の、時折香る食べ物のいい匂いを楽しみつつゆったりと山道を進むのだが。 (……黯羽殿からの視線がなぜか痛いが……) 気のせいだろう、と何度か自分に言い聞かせているときに気がそぞろになっていたせいか岩場で足を滑らせ体勢を崩してしまう。 「!」 反射的に死守したのは泉華と弁当。その代償に顔面を強打してしまったようだ。 「うぐッ……!」 守るべき二つこそ守れたが……ぶつけた顔はかなり痛みを訴えている。 泉華を構いながら横を歩いていた黯羽は慌てて泉華を確保。 お姫様抱っこして「大丈夫かい?」と心配するが滑って転んだ鎮吉のほうは心配するのは後回しだった上に聞き方も淡白なものだった。 泉華の肩車を代わって再び歩き出す。 (泉華の肩車まで鎮吉がやるとは聞いてなかったので残念至極だったが……代われたからよしとするか) 「姉さん、助けてくれておおきに♪」 「お安い御用さ。さて、あの辺りで座って弁当でも食べようか」 のんびり出来そうな平たい岩場を見つけて腰を下ろし、弁当を広げる。 転んだときにぶちまけなかったとはいえ少し中身が偏ってしまってはいるがおいしそうなことには変わりがない。 「……えへへ、姉さんにあーんしてえぇやろか? あぁ、鎮吉は勝手に食べとってえぇよ?」 「お礼に俺も食べさせてやるよ。どれがいい?」 「ほんまに? えぇとね……何がえぇかなぁ?」 嬉しそうな泉華の様子に黯羽も満足げだ。 なんだか割り込めない二人の雰囲気に呑まれつつも傍からみているだけでも和むやり取りではあるのでどっかり座り込んだ鎮吉は泉華に言われたとおり勝手に食べることにした。 「見事な紅葉だな……」 「たしかに。山が燃えているようだ、とはよく言ったものだよ」 「葉っぱ拾って帰って栞にしよか。三人でおそろい」 「あぁ、いい記念になりそうだな。あとで綺麗な葉っぱを見繕おう」 風に吹かれ落ちる紅を眺めながら三人は弁当に舌鼓を打つのだった。 お手製のお重弁当と秋が旬の果物を持参した柚乃(ia0638)はそんな三人から少し離れた場所で紅葉を眺めていた。 果物は氷霊結製の氷水で冷やして食後のデザートにする算段である。 小鳥の囀りを使用すると近くの小動物たちがおずおずと近寄ってきた。 「集まってくれるかな……あ、来た来た」 人の怖さを知らないからか、スキルのお陰か野生動物にしては懐っこい態度に口元がほころぶ。 一人気ままに……のつもりだった柚乃だが提灯南瓜がふわふわとついてきていた。 どうやら柚乃の行き先に興味があった模様。 「お名前つけてあげないとね……うーん……」 重箱弁当と果物を胃に収め、小動物たちと紅葉をしばらく眺めた後で片づけを済ませると提灯南瓜と一緒に秘湯だという温泉へ足を運んでみる。 「やっぱり仕切りなしは……誰も居なければ、水着でも平気なのですけど」 そう呟いて足湯のみに留めておく。 慣れぬ山道、歩き疲れた足を癒すべく暫く足湯を満喫。 「体が暖まりますね。此処から見る紅葉も綺麗……」 なんとなく提灯南瓜を撫でながら視線を上に向ければ青く澄んだ何処までも広がる空に白い千切れ雲。そして太い枝を隠すほど葉を連ねた真っ赤な紅葉がいっぺんに視界に飛び込んでくる。 「結構、贅沢な眺めですね……」 柚乃の呟きに同意するように提灯南瓜がくるり、と一回転した。 礼野 真夢紀(ia1144)に巌 技藝(ib8056)と白隼(ic0990)が声をかけてみると真夢紀が手作りだという弁当を一緒にどうかと誘ってくれたので二人は温泉に行く前に摘ませて貰うことに。 「まゆちゃん料理上手だよねー」 栗ご飯のおにぎりは胡麻をふりかけ、茸ご飯のおにぎりは隠し味にバター醤油を。 白山の芯と林檎と蜜柑の薄皮をむいてカボス果汁を混ぜた和え物に鳥手羽のお酢煮。人参と蓮根と小芋と蒟蒻、百合根の煮物。 揚げ物は海老と白身魚を揚げてジルベリア風に別容器に入れたタルタルソースを。食べやすいように串に刺して、玉葱も一緒に揚げた物。 おかずの仕切りは甘藍、小松菜は胡麻和えにして彩りを添えるように、秋刀魚は竜田揚げに、南瓜は焼いたものに粉チーズを振り掛けて。 食後のデザートは葡萄と柿を。 「どうぞ」 「うわぁ、いっぱいあるねぇ」 嬉しそうに顔をほころばせる技藝と白隼に真夢紀が勧めて食事会が始まる。 「ん、おいしー」 「口にあってよかったです」 食べ終わったら食材と調理してくれた真夢紀に感謝して手をそろえてご馳走様の挨拶。 「温泉入りに来たんだけど得したわ。ありがとね。まゆちゃんも一緒に入る?」 誘いには真夢紀は首を振って。 少し残念そうにしながら温泉へ向かった二人を見送った後改めて本来の目的である下見を始める。 「ふむふむ……今度朋友連れてきても人の迷惑になりそうにないところだな」 そう呟いて今度朋友も連れてこよう、と頷くのだった。 和奏(ia8807)は鷲獅鳥の漣李に頼んで岩場のなかでも一番高い場所へと連れてきてもらっていた。 「高いところはやはり気分がいいですね……少し、冷えるのが難点ですが」 高い場所で紅葉を眺めながらほっと一息。 漣李に寄りかかって高い位置から見下ろす風景は格別だ。 「近くで見るのもいいですけど、山全体を眺められる遠景も素敵ですよね。 池などあれば水面に映ったお山も見てみたかったですが……」 残念ながらあるのは渓流だけだったようだ。 「贅沢を、言いすぎでしょうか。今のままでも十二分に綺麗な景色な訳ですし」 色づいた葉っぱが一枚、舞い上がって和奏のいる岩場までやってきた。 「本当に……いい景色です」 「今日もいいお天気で行楽日和ですね。折角の紅葉狩り、雨の中でも情緒はあるかもしれませんが足場やあとのことを考えるとやはり晴れてくれてよかったです」 月詠 楓(ic0705)は天狗の腰掛に用意してきた御茶や弁当を広げて一息ついた。 「のんびり短歌を詠むのにも良さそうですね」 色づいた葉が風にそよぐ音を聞きながら暫く瞳を閉じてみる。 (わたくしも秋生まれで『楓』という名前のためか、この季節になると感慨深くなるのは仕方のないことなのでしょうか?) 心のうちで問うた言葉に対する答えは当然なかったけれど。 「ここは昔、天狗が住んでいたという話があるそうですし……その天狗もこの岩に腰をかけ、目の前に移る紅葉の景色を楽しんでいたのかもしれませんね」 そのような光景を想像しながら書いた短歌だったが、知らない人の側で詠むのは少し恥ずかしいのでそっと句帳を閉じた。 記された新しい句は『燃ゆる秋 岩に腰掛け 紅色に 染まるもみぢに 微笑む天狗』 「紅葉狩り! 風流だわ、しかも秘境ですって。素敵なんでしょうねえ」 出発前にそうはしゃいでいたドミニク・リーネ(ic0901)も無事開けた場所に到着していた。 弁当を自作は出来なかったがいろいろ持ち込んだようだ。 「おむすびとか、お菓子とか! タルトもパイも、みんなで食べたほうがきっとおいしいわ」 忘れずに持ち込んだ琵琶で周りの会話を妨げないように気をつけながら楽を奏で、歌を歌う。 もし酔っ払いがいた場合はこっそりハリセンで倒して大人しくしてもらう心積もりだったが幸いそういった存在はいないようだった。 「秋の女神っておしゃれなのね。とってもきれいな衣!」 紅葉で赤く彩られた山を女神になぞらえて。 「でも華やかなのにどこか寂しいわ。だから余計に心惹かれるのかしら?」 寂しさはやがて訪れる真っ白な凍てつく冬の前兆を感じ取ったからなのか、他に理由があるのか。 首を傾げて暫く考え込んでいたドミニクだったが気を取り直して今この瞬間を楽しもうと再び琵琶を爪弾き始めたのだった。 「たまにはのんびりと、紅葉狩りもいいですね」 夫には内緒で紅葉狩りにやってきたのは星杜 藤花(ic1296)だ。 「でも折角なので綺麗な落ち葉など土産に出来れば……」 そう呟きながら広げた弁当は少しいびつなものだった。 (自分で作ったものだし、美味しいんですけどね……旦那様はお料理上手なんですよね……) おかずを頬張りながら同行していない夫に思いを馳せる。 代わりというわけではないが相棒になりたての南瓜提灯の宵待を連れての今日の紅葉狩り。 秋はやはり心地のいい季節だし、夫と一緒に見てみたくなかったかと聞かれて「否」と答えれば嘘になるけれど。 (……無理に誘ってもいけませんしね) それでも、やはり少し残念ではあるのだけれど。 拾った落ち葉で栞を作って思い出話で記憶を共有できれば寂しさも薄れるだろうか。 宵待の南瓜頭と自分のうさぎ耳の生え際にも簪か何かのように色づいた楓の葉を差し、自らを秋に彩ってもらう。 「ふふ、なんだかとても浪漫がある気がします」 旦那様にもお見せしましょうね、と幼く見える顔を綻ばせて宵待に話しかけるのだった。 ●秘湯にて リンスガルト・ギーベリ(ib5184)とリィムナ・ピサレット(ib5201)の二人は仲良く温泉へ向かっていた。 「綺麗なとこー♪ 温泉の効能はなんだろ?」 「まさに秘湯じゃの。リィムナよ、汝の寝小便にも効くかも知れぬぞ? よく浸かっていくがよい♪」 ビキニ「ノワール」に着替えたリンスガルトが悪戯っぽく恋人に笑いかけるとリィムナは赤くなりながらリンスガルトの口をふさいだ。 「……リンスちゃん! みんなの前でそんな事言わないでよっ」 「すまぬすまぬ。さて、浸かろうかの」 「あったまるね♪」 そうだ、とはしゃいだ声をあげてリィムナは紅葉を水着に見立てる。 「見て♪ 紅葉ビキニ♪」 見せ付けつつ「あっちのほうが紅葉よく見えるかも」とリンスガルトを誘導。 ヴォ・ラ・ドールで奪ったのは……。 「ところでこれ、なーんだ?」 「!? ってリィムナ、何をやっておる! そういう事は二人きりの時にするのじゃ!」 今度はリンスガルトが赤くなる番で、その後見せられたものに胸を探り、慌てて首まで湯に沈む。 返されたビキニを身に着け、かわいい顔に不似合いな不敵な笑みを浮かべて。 「お仕置きが必要じゃな。とっておきの紅葉を見せて進ぜよう!」 リィムナを横抱きにし、「それ! 真っ赤な紅葉じゃっ!」と平手で連打するとお尻が紅葉のように手の形に赤く腫れた。 「ちとやり過ぎたかの、すまぬ……」 涙目で痛がるリィムナにお仕置きを済ませたリンスガルトが我に返って謝る。 「うぅ……じゃ、仲直りのキス♪ 愛してるよっ」 「っ! ……うむ……愛しておるぞ」 リンスガルトも囁き返しリィムナの頭を撫でたのだった。 真夢紀の弁当に舌鼓を打った後の技藝と白隼は当初の予定通り温泉へと来ていた。 お互い水着に着替え、お客様に肌を魅せてはいるもののなかなか手が届かず、肌の手入れが出来ない背中――白隼の場合は羽根の付け根も含めて――を、いい機会だし互いに磨こうという事になり、まずは石鹸で流し合う。 「温泉に浸かって肌を磨きながら、綺麗な紅葉が見られるなんて最高ね」 舞衣装ではスリットなどで肌を露出することも多い背中。出来るなら手入れはきちんとしておきたい。 汚れの落ちを確認するために指を背筋に這わせた白隼に思わず「ひゃっ」と声をあげた連れをからかってみたりしながら丹念に身体を磨く。 紅葉狩りも温泉も、ゆっくり楽しむために肩まで浸かる前に、薄絹の単衣を羽織った足湯状態で井戸で冷やしたハーブティーを酌み交わしながらくったりとした一時を楽しんだ。 音野寄 朔(ib9892)もまた温泉を楽しみにやってきた一人。 「四季折々の風景もまた素敵よね……ゆっくり楽しみましょう」 入浴用の浴衣を着用しかけ湯をしたあと湯に身を沈める。 「秘湯と聞いていたから温度が心配だったけれど……ちょうどいいわね。温泉はゆっくりしてこそ、よね」 上機嫌であることを示すように耳がぴくぴくと動く。 ちょうど視線の先に山の一部として紅の紅葉が広まっていた。 「山の紅葉も綺麗で絶景だわ。燃える茜色が温泉に反射して、太陽の加減で茜風呂みたいだし、素敵ね……」 紅葉も楽しみつつ昼間ではあるが一杯頂くことに。 酒には強くてあまり酔わないほうだけれど今日は景色にほろ酔い加減になってもいいかしら、と思ったりもして。 「今年最後の紅葉狩りですものね。楽しむためにまったり談笑でも出来るといいわね……」 飲酒可能な年齢の、同じく湯船に浸かっている仲間に声をかけて酒を酌み交わす。 「秋が終わり冬が来る。雪の白もまた美しいのでしょうね」 賑やかな温泉からつと視線を外して山に投げかければ其処には変わらず紅があるのだった。 「なるほど。衣服を畳んで……前の籠の中に入れるのね♪ こうして……」 先客たちの様子をこっそり観察していたシンディア・エリコット(ic1045)が用意を終える頃には温泉に来ていた面子は全員湯に浸かるなり身体を磨くなりしていた。 更衣室代わりの粗末な小屋を出てみれば視界に広がる赤い世界。 「……!」 以前山に赴いた時に見た紅葉とは、また一味う色づいた葉に言葉を失う。 出身国である砂漠の国にはない自然に心なしか鼻の奥がつーんとした気がした。 周囲を見よう見真似で身体を洗った後、洗髪した髪を軽く束ねてお団子にして湯船に髪が入らないようにする。 「……はぁう。天儀では、こんな素敵なお風呂が各地にあるのね。素敵♪」 至福の溜息を一つ吐いて、暖色に染まった葉と空を眺めたのだった。 それぞれに一日を楽しみ、山を下った一行を見送った後、山はひっそりとしたが紅の饗宴はまだ僅かの間続くようだった。 ひらり、ひらり。 一枚ずつではあるが葉は確実に散っていき、やがて来る真白き季節の足音が聞こえ始める――……。 |